忙しい11月

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今日はどうぞ、宜しくお願いします。最近、今村さんはどんな感じでしょうか?
今村 
最近で言うと、11月7日にDANCE BOXの企画コンテンポラリーダンス@西日本版 1にソロで出演して、11月14日に高尾小フェス 2に出演して。それから11月22日に東向日のセカンドルームというライブハウスで、voodolianさんと一緒にやりました。 3
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そして、次の出演は12月17日にFOuR DANCERS#41 4ですね。引っ張りだこですね。
1コンテンポラリーダンス@西日本版
公演時期:2015/11/7。会場:Art Theater dB 神戸。
2高尾小フェス
公演時期:2015/11/14。会場:旧・高尾小学校。
3アトリエ atelier
公演時期:2015/11/22。会場:京都東向日Second Rooms。
4FOuR DANCERS#41
公演時期:2015/12/17。会場:UrBANGUILD。

何かやらかしそうな

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いきなりざっくりとした事を伺いたいんですが、今村さんは最近、どんな踊りが気になっていますか?
今村 
これは多分、前からそうだと思うんですけど、次に何をやるのか分からないのが好きです。何かをやらかしそうな、でたらめな状態やダンサーが好きなんですね。
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でたらめをやらかしそうな?
今村 
つい最近の事ですが、芸術センターで上演された「おしもはん」 5。そこに高齢の男性が出演されていて、その方の演技がやらされている演技ではなく、やりたくてやっている演技だとわかるんですが、異様にでたらめなんですよ。でたらめという言葉がいいかどうかは分からないんですけれども。
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それは・・・厄介な話になっていきますね。
今村 
そうですね。
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「でたらめ」な演技のあり方。俳優の演技って、観客が既に持っている・そしてリアルタイムに更新しているイメージに裏付けられている。だからこそ飛躍が発生すると思うんです。でも、その方の演技は、どこかでかけ離れていっている?
今村 
演技をしているはずなのに、演技をしているかどうか分からなくなるというか、何を目的にしているか分からなくなるのが面白いんです。僕が特に思ったのは、般若心経を読むシーンがあって、書いてあるのを見ているはずなのにどんどん間違えていっている。
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ええ。
今村 
でも本人はそれを別に何も気にしていないというか。そのでたらめ感は凄いなと思っていて。最後に「おかーさーん」と言って去っていくんですけど、きっと本人の中では意味がはっきりあると思うんですが、でたらめにみえる。演出の伴戸さんも、それまで纏っていたまるっとした着ぐるみを脱ぎ捨てて、突然出て行く。
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こちらのリズムやそれまでの理解を無視していかれてしまったような?
今村 
こうなっていくんだろうな、みたいな部分をひっくり返される。もしくは、もう次に何をやるのか分かっているのに、何をやるのか分からない部分を残している。それがどうすれば起こるのかは分からないんですけれど。
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予想を深く裏切られたらそんな「でたらめ」になれるのかもしれませんね。かけ離れる事を彼らが望んでいるかどうかはさておき。しかし、観客側の理解に沿いたいとは元々思っていないのは確実でしょうね。
今村 
お芝居という前提は全くはずさないまま、でも、何をするかは分からない。舞台上にいるという前提があるからこそそのでたらめは成立していると思います。
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うーん。
今村 
話が飛んでしまうんですけど、USJのゾンビって僕は怖くないんですよ。ワーッて驚かしてくるから。でも、そんな中にも一人、何をしてくるか分からない人というのがいたらめちゃくちゃ怖いと思うんですね。この人ルール分かってるのかな?みたいな。みんな若者のゾンビばっかりなのに、一人みるからに普通のおっさんが混じってたらもの凄く怖いですよね。そのでたらめさ。
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落差ですね。
今村 
そんな感じかもしれませんね。
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いやなゾンビですね、それは。役者が重力から解放された時、観客は実はリアルを感じているのかもしれない。その落差が無ければ、自分が見ていた光景を では、パフォーマーとして、そのリアルさの為に何をすれば良いと思われますか?
今村 
これは・・・そうだな、と思う反面、そうじゃないなと思う事もあるんですが。たとえば、本当に困っている人を舞台に上げるということですかね。そこで本当にそうなる。
5おしもはん
公演時期:2015/11/24~25。会場:京都芸術センター フリースペース。

はみ出ているのに飛び出ている

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今村さんのソロって、空間と身体と今村さんの人格、の関係が凄く強く出ているんじゃないかな、と思っていて。空間が激しく動き、次の瞬間は身体が動く。どちらも今村さんの人格の色気が映える。もの凄く映えるんです。
今村 
うーん、どうだろう。でもそうかも。作品にもよりますが、完全に振り付けている訳ではなく、この部分はこういう質感でやろうというふうに決めているところもあります、すると自分の身体の動かし方が出るんですよね。こういうことに気をつけてるとかこういう稽古をしているとか。ということは人格もそのまま出るのかもしれません。空間は大きさにも左右されてて、狭かったら二歩歩いただけで端から端まで行けてしまう。そうすると空間が動いたように見えるのかもしれませんね。
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だからか、踊っている今村さんがそのまま伝わるように思えたんです。
今村 
大野一雄の本に、プレスリーの曲をかけて踊ってみなさいみたいな発言があって、でたらめの限りを尽くさないとプレスリーなんか踊れないでしょう、って。作品そのものから離れず全力で向かっていて枠の中からはみ出てはいないんだけれども、突拍子もないものが出てくる。はみ出ていないのに飛び出ている、みたいな・・・。
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ジャンプ力。

正確さの要請、ジャンプの必要

今村 
ちゃんとした凄さっていうのは、でたらめな事が無くても成立させる事が出来ると思うんですよ。正当なテクニックで人を魅了する事が出来る。それにを大事にしつつ、でも今現在それと拮抗しうる力はないわけで、プラスの価値として、その中だけで収まらない(でもあくまで本筋から離れていない)何かが必要なのかなと。
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そのジャンプ力を発揮出来る条件って何でしょうね。私はインプロショーを見るのが好きで、彼らが元々もっている演劇の文脈と、その時にしかないアイデアが合致した時の凄さ、がそのジャンプ力に近いような気がします。
今村 
インプロとは正反対に、演出家がちゃんと全体を作る作品であればジャンプする必要は無いと思うんですね。充分成立しているなら。でも、演出家の姿が見えてないほうが良い作品であれば、ジャンプする必要があると思うんですね。どこからが演出家で、どこまでが出演者の仕事なのか、を見えないようにしたい作品を作りたい場合は、一人ひとりが何をするのか分からない状態を持つべきなんじゃないかな。
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作品自体が、どう成立したいのか。その要請によって違うんですね。
今村 
例えば宝塚歌劇でジャンプされたら困るじゃないですか。きっと。きちんと踊れる、きちんと全て出来る。一方で、野田地図は正確さも求められるけれども、何かしら、はみ出す力が必要なんじゃないかと勝手に思っています。
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飛び越えてくるような野獣性。
今村 
「おしもはん」はジャンプはしていたけれど、そこは演出家もジャンプする事をわかっていたと思うんです。

バランスについて

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ちょっと質問の方向を変えて。今村さんは、これまでどういう場所で踊ってきたんでしょう。野外等で踊っているイメージがありますが。
今村 
劇場以外ですと、ライブハウスとかバー、路上という事もあるし、教会やお寺、幼稚園とかもありますね。体育館だったりだとか。どんな場所でも踊ります。でも、作品によっては場所を選びますし、どんな場所でも踊れる作品もあります。
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どんな場所でも共通する精神はありますか。
今村 
難しい質問ですが、退屈はさせたくないという思いは必ずどこかにあると思います。でも、退屈というのを何と考えるかは人によって違いますよね。どんな作品でも、退屈する人・しない人は出てくると思うんですよね。そこで作品がブレないようにしていくのは大変だなあ、と。誰でも楽しめるものをと思って作っても、見方は人それぞれですから。でもやっぱり、自分が楽しめる物を作りたいとは思っています。踊っている、というのがわかりやすい作品と、踊っているかどうかわかりにくい作品とあって、その辺りのバランスをどう取っていくかは考えものですね。

質問 長谷川 直紀さんから 今村 達紀さんへ

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前回インタビューさせて頂きました、突抜隊の長谷川さんから質問です。どういう観点で作品を作られていますか?
今村 
自分が面白いなあ、と思う事を人に見せられるようにする事。例えば関節を鳴らす作品があるんですけど、ダンスとして見せようとすると難しいよなあと最初は思っていました。だからあれを最初に上演したのはサウンドパフォーマンスプラットフォームという企画で、この作品は踊らなくてもいいと思っていました。その後、コンテンポラリーダンス@西日本版に出したときは、広い意味のダンスにも見えるんじゃないかと思って応募しました。その作品を発表にいい場所を選んでいるかもしれません。FOuR DANCERSでは、一緒にやる人とどんな面白い事ができるかを考えます。照明の魚森さんとご一緒させていただいた時も、ムービング・ヘッドという照明装置を使って何ができるのか考えたりしました。だから、面白いと思った事がダンスでないならば、ダンスにこだわらなくてもいいんじゃないかと思うんですね。

どう見ていいか分からない?

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今村さんがダンスと出会ったのはどんな経緯があるんでしょうか。
今村 
大学の時に演劇部に入っていて。その演劇部の先輩がキャラメルボックスという劇団にいて、ワークショップをしてくれたんです。その時の会場がダンスのスタジオで。ダンスもやった方がいいよ、と薦められて、そのスタジオに通い始めたのがきっかけです。それから最初に見たコンテンポラリーダンスが、アマンダ・ミラーというドイツの振付の方の作品だったと思います。
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どう思われましたか。
今村 
どう見ていいか分からなかったですね。体がよく動くなあ、と。でも何を取っ掛かりに見ていいかわからなかった。衝撃を受けたというより、ただ、何をどう見ていいかわからなかった。でもそれは別に悪いという事ではないです。僕の高校の頃の先生が抽象画をやっていて、個展を見に行ったんですよ。それもやっぱりわからなかったんですね。でも、分からないから見に行こうと思ったんです。今見にいってもよく分からないと思う。でも、分からなければならないなら見に行かなくなってしまったと思うんですよね。分からなくても仕方がないし、分かったら楽しいよね、という。
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前衛は・・・いやコンテンポラリーに「前衛」という言葉が妥当かどうか分からないですけど、手法から作るのが前衛と言えるのであれば、そのコンテキストを鑑賞者は当然のように共有していないので、だからこそ鑑賞者それぞれに絶対に違うであろう反応が鑑賞の大きな手がかりとなるのかもしれないですね。
今村 
多分、作品を作るという事だけにすると、ものによってはお客さんを必要としていない。誰かが見ないと絵は完成しないかというとそうでは無いですよね。でも、舞台芸術と呼ばれるものはお客さんがいて初めて成り立つと思うんです。ところが、ダンスそのものは、もし作品でなければ必ずしも見る人はいらない。
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生活とダンス。
今村 
芸術活動をしていない人も、ダンスや演技をしている訳ですから。あれ、何を言おうとしたんだっけ。
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定義の食い違いが起こっていると思います。私は「見る人がいてこそ、価値が生まれる」だろうという考え方で、今村さんは、生活と技術という意味でのアート。
今村 
その価値とは、経済的な価値という事だと思うんですよね。でも、価値のあり方はそれだけじゃなくてもいいんじゃないかなあ、と。言葉の定義の問題だけかもしれないですけど、僕は多分、アートの経済的な価値の、ちょっと外側にあるものを見たいと思っているので。
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では、その幅と呼ぶべきものが今村さんを惹きつけている?

年明けの今村さん

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そろそろ取材も佳境ですが、何か仰っておきたかった事はありますでしょうか。
今村 
久しぶりにお芝居に出ます。1月のgate 6に、したためで出演する事になって。
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楽しみです!今後、どんな感じで攻めていかれますか?
今村 
そうですね、今までとそんなに変わらないと思うんですけど、今まで舞台に上げてこなかった事を上げようと思っていて、それはそのまま舞台に上げられるかどうかが課題だと思っています。それ以外は相変わらず雑多に。1月はバーみたいなところでやるかと思えば演劇に出て、SHCというイヤホンで聞くイベントに出たり、2月に入るとシンガポールで多田淳之介さんの作品に出たり。相変わらず、いろいろですね。
6パイロット版シアターシリーズ『gateリターンズ2016』
公演時期:2016/1/21~24。会場:KAIKA。

いわさきちひろ作品

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今日はですね、お話を伺えたお礼にプレゼントを持ってまいりました。
今村 
ありがとうございます。開けてもいいですか?
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もちろんです。
今村 
包装がクリスマスっぽいですね(開ける)。おお。
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いわさきちひろの作品ですね。
今村 
ありがとうございます。
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お部屋のどこかに飾っておいて頂ければ。
(インタビュー終了)