白紙

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今日はどうぞよろしくお願いします。最近、増田さんはどんな感じでしょうか。
増田 
最近。去年の末に離婚して生活自体が変わったので、その前後は身辺がざわついてましたが、今は落ち着いて、なんかまあ新しい感じです。春ですし。白紙、未知。

アイザック・イマニュエル『Taleau Stations/風の駅 - 我が宿をいづくと問はば』成果発表上演 1

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3月29日にアイザック・イマニュエルさんの作品に出演されていましたね。
増田 
はい。城崎国際アートセンターに半月くらいの滞在制作に行ってました。3年前にも一度アイザックの作品には出演していて、前回もそうだったけれど、目に見える躍動より静止の瞬間とか、静けさを呼び込むことに作品の軸足があるように思う。例えばアイザックは行方不明者のような、いるといないの間の状態に興味を持っていたりします。曖昧で型ではつかみ損ねる茫洋としたところにそのまま足を突っ込める粘り強い足腰が必要な感じがします。
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アイザックさんの創作と、気が合うみたいな感覚はありますか。
増田 
そうですね。動きとしては抑制されていて、一見システマティックだけど、動きと関係のなかで詩的なものが立ち昇ってくることがあって、それがとても魅力的だと思ってます。今回作品の手がかりとして良寛の俳句を渡されて、こっちもちゃんと読んだことのない日本語をアメリカから来たアイザックを介して知る奇妙さもあったり。アイザックの振付、というか作品の中で時間を引き受けることは、「こういうふうに踊って」というのではないけれど、意識の導線は示されていく感じです。動きはその都度生け捕っていくような感覚があります。
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そうした場合、アイデアが降ってくる瞬間があると楽しいですよね。熟慮の上に降ってくるものなのかもしれない。ただ、熟慮と打ち合わせの末の方針がより良いこともある。アイデアって、全ての条件が揃ったときに電撃のように舞台と客席に出現してくるんですよね。先日インタビューした人が言っていたことなんですけど、ミュージカルで一番好きな瞬間は「自分の歌やセリフがお客さんに理解できたと言うことが伝わった瞬間」であると。
増田 
ほお。
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それはすごいなと思って。そんな体感があるんだ、と。こうやって話していても、自分の意図が伝わったという感触は確かに少しありますもんね。錯覚かもしれないですけど。
増田 
うん、客席に何かが伝わった瞬間、難しいですね。あるかも知れないし主観かも知れない。客席は自分の理解を超えるものだとも思います。

経緯

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例えば増田さんが、昨年のKYOTO EXPERIMENTで上演された「ZOO」 2の時や、今回の城崎滞在制作の企画に入るきっかけとか経緯ってどんな感じなんでしょうか。
増田 
アイザックの場合は一応3年前にやった作品を発展させたいということでした。「ZOO」は横浜で「天使論」という作品に出ているのを演出の篠田千明さんが見てくれていて、京都にこういう奴がおるというのを覚えてくださっていてお話をもらったんです。
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増田さんはなぜ声を掛けられるのか、というところを私なりに考えてみたんですよ。
増田 
はあ、どこですか。
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小柄で使い勝手がいいような気がする。そして、その体にドラマを内包してるような気がする。ダンサーだという振れ込みだけど、目がすごくドラマチックな感じがして。ある種の具体的なストーリーラインを任せたら、増田さんの物語を作り出してくれそうなそんな気がする。
増田 
そんなふうに見えますか。
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そして、利発そう。
増田 
見掛け倒しですけど笑。ドラマを内包しているというので思い出すのは学生の頃、太田省吾さんの「小町風伝」で老婆という役をやったんですけど、一言も声に出す台詞はない無言劇です。でも台本はほぼ老婆の一人台詞で、それは一度全部覚えるんですよ。である日「明日から台詞なくします」と告げられる。どうなったかと言うと、声に出さない台詞が全部自分の中で黙読される訳じゃなくて、台詞の中にあった意識の流れみたいなものが残る感じになりました。その道筋が体の中にあってその上で動きがあることがとてもしっくり来たんです。言葉による綿密な振り付けと言ってもいいかも知れないけれど、役というものが書き込まれた体だから、ダンスとは少し違う。そう言えばアイザックは太田さんに興味を持っていて、教え子がいるということで紹介されたのが出会いでした。
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書き込んでみたい身体。
増田 
ユニゾンの振り付けを覚えて合わせて踊るとかは苦手です。右と左がわからないということもありますけど。イメージをもらって動くほうが面白かった。
2篠田千明『ZOO』
公演時期:2016/11/11~13。会場:京都芸術センター 講堂。

ダンスの動力

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すごく個人的な話なんですけど、ダンスに出会い直したいと思っていて。京都芸術センター通信に3ヶ月に一回、ダンス作品のレビューを載せてるんですけど、なんだかその書き方が演劇だなあ、と思っていて。なんだかすごく、ダンサーに物語を求めるような気がする。これはこれでいいのかもしれないですけど、身体には物語的な起承転結がある訳じゃないし。で、家で一人で踊ったりしてみたんです。でも恥ずかしくなっただけだった。私は答えを求めすぎなのだろうか?
増田 
うーん。
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コンテンポラリーダンスと演劇の違いについて、この間のインタビューで話したんですけど、ダンスの上演中、ダンサーの体と観客の体は直接的にぶつかりあっている。演劇の方は、大概、シーンが介在しているように思う。
増田 
うん。
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そこでは二者は視線を介して精神でぶつかり合っている。そして私は、そのスキームに言葉を介在させてしまう自分に絶望しているのかもしれない。
増田 
絶望ですか。
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増田さんは、いま、ダンスをどう捉えていますか?
増田 
つい昨日見たものを例に話すと、90分の即興パフォーマンスを見たんです。それはダンサー2人、美術家3人のユニット、音を出す人が1人いて、打ち合わせなく90分何かやる。でも打ち合わせなしと言っても美術家の3人は、あらかじめ材料と空間に対する設計図がある。準備してきたものがあるんです。音を出す人も音の出るもの、楽器や道具があって、選ぶのは即興でも用意はある。でダンサー2人というのは素手です。美術の人が空間にものを並べたり吊ったりするのは具体的な行為で、それって何をやってるかってのは見ていてわかるし、観客がその動作を見るときに道筋を追える、つまり目的のある動きをしています。
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うん・・・。
増田 
それに対してあらかじめ振りを用意せず即興の場に身を投げたダンサーはどうあるか、そこにやりがいと難しさがあって。素手と言ってもダンサーはそれぞれに踊るスキルを持っているし、記憶に残っている振付もある。もちろんそれを使ってもいいけれど、それをその場でやることに必然性を見いだせない限り記憶の再現をしても仕方がない。そうすると場に対してのレスポンスが動きの動機になり、ダンサーのありようがどうも後手に見えてしまう。そうじゃない知覚や反応もあるに違いないけれど、もしかすると、ダンスの動力として受動ということが大きいせいだろうかと考えたりもしました。ダンスは動くというよりも動かされるところにあるように思います。けれど後手であってもひっくり返すことは可能だし、行為と用意を逆手に取ることができる強みもあるはず。
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あるいは、稽古していたらまた違った結果だったのかもしれない。もしくは、空間的に区切ってしまう。照明で抜いたりとか。でもそれはその企画の趣旨と違いますからね。
増田 
そうですね。ダンスがそこで何より自由に振る舞い、行為と用意を凌駕することを切望しました。その感想は全部自分にはね返ってきて、ダンスの、ダンスにしかできないことは何かと改めて考えました。

欲望の場所

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いま、増田さんが興味のある分野を教えてください。
増田 
言葉を書く自分をこしらえようと思って、嵯峨実果子という名前をつけました。私自身は嵯峨実果子のゴーストライターと名乗っていて、嵯峨実果子は架空の人物です。でも詩を書いて公募に出してみたのがたまたま賞を取ったことがあって、表彰式には私が嵯峨実果子と呼ばれて出ていくわけですから、体感としては演劇です。架空の人物が世の中に立体感を帯びてくるのがおもしろいので従事しているような感じもあります。操っているつもりで操られているのかも知れません。今はClassroom Mag http://classroom-mag.com/ というウェブマガジンに去年の5月から週一回コラムを寄稿してます。あと詩とドローイングを描き溜めているので、今年は詩画集を作ってみたい。節操なくいろんなことをやっているようで私にとっては書くことも描くことも踊ることも繋がっています。
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繋がっている。断絶していない。
増田 
そうですね、全部体を起点にしているということで。そういうとすべてのことがそうですけど。すでに自分が生きてしまっていることとそのわからなさと、どうやって生きるかという。
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すでに生きてしまっていること。
増田 
はい。体は私より先にもうあって、あってしまった、という悔いようのない居場所に思えて、ここは、この状態は一体なんなのか。そういうことにもう少し積極的になりたいんですたぶん。例えばコラムは日常の細かいことを拾って書いてる感覚で、それらの思念の素描というか。例えばこういう(目の前のコーヒーカップの縁)がいいなと言う事を思ったとして、それはすぐに流れていくじゃないですか。でもそれをいいと思ったことをもう一度手に取るというか。それはつまり創意だと思いますが、知覚の受動と能動の場所である体を端々まで使いたいという欲望はあります。
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自分の体や、身の回りの物体に批評性をもって当たるということ。実は私もそこはやりたいことなんですよね。後悔してること、たくさんありますからね。いろんなことを思っても、残さないし批評もしないから、すべて忘れている。でも、そういうのが集まって私になっている。
増田 
うん。



質問 佐藤 都輝子さんから 増田 美佳さんへ

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前回インタビューさせていただいた、劇団とっても便利の佐藤都輝子さんから質問を頂いてきております。「一人になって集中したい時に行く場所はどこですか?」
増田 
どこにも行かないです。
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そうなんですか。
増田 
うん。
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どこでも集中できる?もしくは集中したくない?
増田 
そうなった時に行く場所というのがないですね。家でお茶淹れるとか。

体の入口

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増田さんが踊りを始めたのは、どんな経緯があったんでしょうか。
増田 
大学に入ってからです。それまでは今自分が関わっているような舞台芸術の世界があることすら知りませんでした。通っていた高校が美術工芸高校で、そこでは服飾を専攻していました。中学ではなぜ皆同じ制服を着ないといけないのかと思っていて、自分の身に着けるものは自分で選びたいとか作りたいという要求があったんです。高校3年間でデザインから縫製まで一通りやってたどり着いたのは「装うとは何か」という問いでした。というかやっとスタート地点。
__ 
表面の事から入ったんですね。
増田 
そうですね。美術専門高校だったので、入ったときから絵がすごくうまい子や羨むようなセンスの持ち主が多かったので劣等感に苛まれていました笑。それで自分の抽き出しを増やそうと近所のレンタルビデオ屋にアート系映画をたくさん置いてる店があって、手当たり次第借りて見たりしてました。印象に残っているのはピーター・グリーナウェイとかクエイ兄弟とか、一番惹かれたのはヤン・シュヴァンクマイエルのアニメーションでした。劇映画とは違う実験映像と呼ばれるものがあるのを知って、次はこういうものを作ってみたいと思ったんです。それで京都造形大の映像舞台学科に入りました。だからそもそもダンスも演劇もやる気はなかったんです。
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そうだったんですね。映像がやりたかった。
増田 
でも一回生の必修授業にダンスがあって。岩下徹さんの授業でした。もちろん岩下さんを当時は知らなかった訳ですから、黒ずくめで坊主のどっちかというと全然踊らなさそうな先生が現れたと思いました。ダンスなんて高校の頃の体育の授業でもやりたくなかったけれど、それまでイメージしていたダンスとは全然違いました。
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と言うと。
増田 
まず力を抜くことを教わりました。もっと早くとか高くとか、効率よく動くにはどうしたらいいかということしかそれまでの体育ではやってこなかった。印象的だったのは、床に寝転がって15分かけて立ち上がる、というのをやったことです。やったことないくらいゆっくり動いて、そのとき18年くらい生きてきたけど体ってこんなに重かったのか、ということに気付きました。今まで表面のことに気を取られていたけれど、覆われている体のことを実はほとんど知らなかった、というか体があることに気付いてもいなかった。私はそういうよくわからないものの表面を作っていたけれど、何にせよまずこのよくわからない私の体のことを知りたいと思った。そのことは表現媒体が体に移行した大きなきっかけです。体の表面から体の内側に反転して。
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体の内側。
増田 
私が執着していた表面の内側にはどういうものが控えているのか。その内側を知りたくてダンスを始めたと言えますね。そこからいろんな人に出会っていくのですが、傾向として舞踏を経てきた方が多かったし、体の中に降りていくとか、体と相対するときの言葉にひかれました。体を不定形なものと捉え、変容していくことの魅力を伝えてくれた方々からの影響が大きいと思います。
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・・・言うか言うまいか迷ってるんですけど、言います。増田さんには「変身願望」があるんじゃないかと思う。
増田 
変身というより分裂に近いような気がします。私を割っていきたい。変身とは少し違うかな。
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2分の1、ではない?
増田 
何て言ったらいいのか、解体にも近いと思うんですけど、破滅せずにばらばらにしたい。どうなんだろうこれ、でもそういうことなんですよね。

私の尽きるところ

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今後、どんな表現をしたいですか?
増田 
あらゆる表現は自分のためにやるんですけど、ただ私が尽きるところまで行ってみたいと思ってます。

ポーチとミニ手鏡

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今日はですね、お話を伺いたお礼にプレゼントを持って参りました。
増田 
え、ありがとうございます。(開ける)あ、和風。
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西陣織のポーチと、ちりめん織のミニ手鏡です。
増田 
京都らしい笑。使わせてもらいます。
(インタビュー終了)