VOGA「直観と情熱」

撮影:井上嘉和
___ 
今日はどうぞ、よろしくお願い申し上げます。VOGAのうめいまほさんにお話を伺います。
うめい 
よろしくお願いします。
___ 
さて、VOGAの前回公演「直観と情熱」。大変面白かったです。お疲れ様でした。非常にストイックな作品で、短いシーンがイメージや思想を次々と呼び込む、そうした作品だったと思います。なんと、いつも2時間半以上あるVOGAの作品が90分とコンパクトになっていたんですよね。
うめい 
確かにそうですね。「何回も見ないと分からない」とおっしゃっていた方が、今回は見やすくてよかったって。でも幻覚を見るまで入り込んで行きたいタイプの人にとっては少し物足りなかったみたいでした。
___ 
作品を作っている側としては、いつも長い上演時間を誇る作品を、短くしたということに対してどう思ってるのでしょうか。
うめい 
いつも長い作品に慣れすぎていて、「えっ、もう終わり?」ていう感じもちょっとあるんですよね。作・演出の近藤自身も、色々な構想や設定をバックグラウンドに用意してるんですけど、それを全部書きたいんですけど、都合上書けない・・・そんなことはこれまでもたくさんあって。これだけ短くしていてわかるのか?と。でも、これだけすっきりしても、意外とわかるんだ。そういう実感がありました。
___ 
氷山の一角しか描かれていなくても、氷山でさえあればその底の方まで分かるものかもしれませんね。お客さんは。
うめい 
VOGAの作品は練習内容が多くて。稽古場の都合上、横の方でアンサンブルだけ練習しといてみたいな状況が多いんですよ。だから表から見る機会が少ないんです。でも今回は、舞台監督をしてくださった方が芝居の見え方を客観的に教えて下さったんですよ。ここはこうなってるから、こういう面白さが生まれる、って。なるほど、そういう風にお客さんから見えるんだ、というのが本番する前にわかったんですよね。自分たちがどういうことをしてるのか。
___ 
ちょうどいいところから自分たちの作品を見ることができたと。
うめい 
そうそう、そうなんです。別の観点からわかりやすく見る事が出来て。VOGAはプロジェクションマッピングが重要な演出方法なんですけど、本番直前にしかその中で稽古することは出来なくて、それまで視覚的には分からないんですよ。自分達は自分たちのことをやっているだけ。でも、どういう風に見えるか、というのを途中で教えてもらえました。。
___ 
変わった芝居で、変わった演出でしたね。
VOGA
関西を中心に活動する舞台芸術集団。1997年、劇団維新派に在籍中、草壁カゲロヲ・近藤和見が結成。以来、動員1000人規模の本公演を重ねる。古典的物語や現代舞台に必須とされる身体表現も行いつつも、その、演出手法・劇場空間設定の異質さで、他の小劇場劇団や商業劇のいずれとも違う舞台表現が特徴。近年では東西、出身母体の垣根を越えた実力派役者が多数参加する。公演は観客にとって一種の『旅』と考え、「日常から地続きの非日常へ迎え入れる」ことをコンセプトとし、一般劇場の他、神社・教会・現代美術館・ライブハウス・造船所跡地など、屋内、野外を問わず上演。野外公演ではスタッフ・役者、総勢約70名超の一座が組まれ表現者交流のターミナルとしても機能している。2011 年8月より劇団名をLowo=Tar=Voga(ロヲ=タァル=ヴォガ)からVOGA(ヴォガ)に変更。2015年現在、結成19年目を迎えた。(公式サイトより)
VOGA「直観と情熱」
公演時期:2018/11/3~7。会場:大阪市立芸術創造館。
撮影:井上嘉和

自由なコロス

___ 
「直観と情熱」で、こだわりのあるシーンはどこでしたか?
うめい 
ずっと練習していたのはオープニングのシーンです。うちは劇団員が少ないので、VOGAの子と一緒にチームを組むのは少ないんです。ほぼ誰とも一緒になったことがなくて。だから初めてVOGAに出演する人と一緒に、突き詰めて考えていくんです。
___ 
突き詰めて考える。
うめい 
けど難しいんです。オープニングは最初に出来上がったシーンなんですけど、ずっと悩んでいました。よくみんなついてきてくれたなと思いました。
___ 
非常に美しいオープニングでした。間といい、構成といい。
うめい 
中盤の方に作品として話がバーッと進むシーンがあって。そこから話自体が回転して進んでいくんだろうなと。
___ 
回転していく?
うめい 
よくわからないままバーッて巻き込まれていくんですよね、そこを境に。今回はそれぞれがそれぞれの世界で生きてる感があるんですよ。メインキャストには彼らのバックグラウンドがあって、それぞれの背景や行動している理由とかがあるんです。けど、アンサンブルもアンサンブルで一人歩きする瞬間があるんです。そこに翻弄されるメインの登場人物もいる。
___ 
自由になる瞬間とは?
うめい 
メインキャストの女の子を頂点に、アンサンブルがピラミッドを作るシーンとかは、その女の子のためのアンサンブルなんですけど、なんかその理屈では繋がらないよな、と思っていて。でもふと、その地点からアンサンブルが一人歩きし始めるんだと気付くと、その自由さに気づけるようになったんです。作品を通して、ただの群衆ではなくなる瞬間なんですよね。それを理解してるのと理解してないのでは全然違うんですよ。それが分かってると、自由になれるんですよ。一人歩きする瞬間が面白いと感じていました。
___ 
そうなんですね。あえて伺いたいんですが、コロスが全体を把握するのは果たして本当にいいことなのかどうか、は?
うめい 
そうですね、分かっていなくても全然いい。でも、こういう風に見えてるのがわかったら、まずやっている側としては面白い。

何も考えなくていいから・・・

___ 
先ほどからお話を伺っていて、理論と実践の違いってなんだろうなと思っていて。完璧なレシピがあったとしても、目の前の材料に手を着けるかどうかというのはまた別の問題。何かのきっかけがなければ作業を始めることができない。逆に言うと、どんな小さなことでも必然性があれば、例えばVOGAみたいな複雑な作品を上演する団体のアンサンブルの稽古に参加することはできるかもしれない。
うめい 
最初はほんまに、あわあわしてますね。VOGAのメソッドが体に入っていない、和見さんが良く言う、体と脳が接続出来ていない状態から始まるので。私が初めてVOGAに出演した時、要領は良くないし運動神経も全然駄目だったのでめっちゃ怒られたんです。ずっとやってても全然分からなくて。一人で練習したり、みんなにつきあってもらって、でも出来なくて。でも、当時の副座長に「何も考えなくていいからおれの後を付いてこい」と言われてから、本当に何も考えなくなりましてね。その世界の中でただ生きているだけ。何も考えてない、というと変ですけど、タイミングやきっかけを意識しなくても、曲が入った瞬間にそのものになって、自由が感じられる事に気付きました。
撮影:井上嘉和

今まで

___ 
うめいさんが舞台を始めたのはいつからですか?
うめい 
子供の頃から、おやこ劇場とかによく連れて行かれていて。観るのは凄く好きで、何がきっかけとかはないんですけど。とはないんです。高校に入った時、田舎の町おこしみたいなので倉本聰さんが名誉校長の演劇学校が出来て1年間そこに入ってて。でもその後何もやってなくて。
___ 
なるほど。
うめい 
大学2年の時に、TEAM発砲・B・ZINのきだつよしさんが座長の一年劇団に入って。でも1年だからその後することが無くなって。チラシで募集をみて新転位・21の演劇学校に入り、山崎哲さんに教えてもらって。卒業したらどうしようかなと思ってたんですが、普通に働き始めました。
___ 
そうなんですか。
うめい 
働きながら資格を取ったり、20代はほとんど演劇は何もしていませんでした。でもある時、一緒に演劇学校に通っていた人から、舞台出演を誘ってもらったんです。で、VOGAが東京公演したときに友達に誘われて当日のお手伝いして、そこでVOGAと出会って、その後近藤から電話が掛かってきて「京都に来ないか」と。
___ 
おお。
うめい 
「VOGAはこれから毎年公演するから」って。私のお芝居を見たことがないのに、それで駄目だったらどうするんだ?とか思ってたんですが誘われて。どうしようかなと思ったんですが、なんか、後悔したくないなあって思って。京都に来てから7年になります。大体の人生がお芝居とともに。

質問 福井 しゅんやさんから うめいまほさんへ

___ 
前回インタビューをさせていただいた、福井しゅんやさんから質問を頂いてきております。「あなたにとって待つとはどういうことですか」?
うめい 
待つことは仕事柄多いんですよ。芽が出るのと一緒で、楽しみですかね。どのタイミングで来るんやろう、って。今の仕事(精神保健福祉士)を始めてから、待つことは苦ではなくなりました。彼らにはきっと、言いたいタイミングがあるんですよね。延々待とうと思います。待っている時は楽しいです。殻を破って芽が出そうな瞬間。来るか来るか、って。

必然性を求めて

___ 
VOGAの魅力を教えてください。
うめい 
やってて、ですか?私は結構ぼんやりしてるんですけど、結構VOGAのやり方ってはストイックなんですよ。どんどん突き詰めていけると言うか、そういうのがやっていて気持ちいいですね。
___ 
突き詰める。
うめい 
そんなところかな。あとは、「動きが揃ってるのが綺麗だね」と言われることは多いんですが、揃ってることは前提で、決まり事の中でどうやって表現性を持っていくかを求められるのが面白いです。
___ 
具体的には?
うめい 
アンサンブルの同じ動きの中で、それにどういう意味があるのかを探さないといけないです。演出は動きだけを付けていって、意味はほとんど教えてくれないんですよ。
___ 
つまり、アンサンブルそれぞれで考えている意味が違ってくるということですか?
うめい 
あ、それぞれバラバラな時期があるんですよ。なんか、なんとなくみんな振りが揃っていない時があって。は?ってなって。なんだこれはと。これはこういうことでしょ?というのをみんなで合わせていくのが面白いです。「風音」の振り付けで、手を掲げたポーズで前進する動きがあるんですが、気づいたら全然違う動きしてる人がいて。「風を箱の中に入れる」という解釈をしてたんです。風が抜けていくんじゃない?とか、いやいや風を腕にぶつけるんじゃないか、とか。そして、どれに合わせるか、というのは結構任せてくれています。
___ 
任されるんですね。
うめい 
こういう意味なんでしょ?ってやってたら「それは違うぞ」って言われるんですけどね。でも意味の内容自体は教えられたことはありませんし、何を考えているのかも教えられてない。
___ 
アンサンブルと演出で対等なんですかね。でも最初から、全部意味を教えてもらったら、他のもっと大事な部分に時間を割けるんじゃないか、と言われたら?
うめい 
自分たちで考えるという指向性が大事にされてるんだと思います。「手を掲げてその先を睨むポーズが『眩しい、でも狙う』でもいい。『ただ自分を大きく見せたい』でもいい。理由は人によってバラバラで良い、でも形を保ってほしい」と言われるんです。ストイックに追求し続ける、決まり事の中でのアンサンブルの自由度がVOGAの面白いところだと思います。
___ 
確かに、全ての角度やタイミングがぴったりと揃ってるわけではないですよね。少しずつ動きの中に見出されている意味が違うということに着目すると俄然面白くなる。
うめい 
アンサンブルも人間、一人一人意思を持っているんですよね。例えば私は結構アンサンブルでいる時、楽しくて笑っていることが多いんですけど、それは別に何も言われないんですよね。

これから

___ 
今後、どんな感じでやってくれますか?
うめい 
いま、演劇友達が少なくて寂しいんですよ。VOGA以外で演劇仲間もいない。ただ演劇見て、面白かったねって言える友達を探しています。

クリスマスのドライフラワー

___ 
今日はですね、お話を伺えてお礼にプレゼントを持って参りました。
うめい 
ありがとうございます。見ていいですか?
___ 
どうぞ。
うめい 
(開ける)めっちゃ可愛い。ありがとうございます。クリスマスですね。
___ 
よければ毎年飾ってください。
うめい 
年中出しときます。

三栄町LIVE×fukui 劇 Vol.2 「2108 年岐阜五輪正式競技 WAITING」

__ 
今日はどうぞ、よろしくお願い致します。fukui劇の福井しゅんやさんにお話を伺います。今回三栄町LIVEで上演されている「WAITING」。摩訶不思議なスポーツを取り上げた作品でした。福井さんのスラップスティックな言語感覚が生きた作品だったと思います。
福井 
ありがとうございます。実はなかなか受け入れられない回とかもあったんですけど。今日で5ステージ目でしたが、この回の反応が一番良かったです。反応が返ってくるのは嬉しいですね。地獄みたいな回もありましたから。
__ 
そうなんですか。
福井 
肌感なんですけど、主人公である鰻登り早手(うなぎのぼりはやて)がお客さんに好かれていないな、と感じる回があったんですよ。今一緒にやらせてもらってる三栄町LIVEのプロデューサー・清さんからは「フリとオチのフリの部分が、分かる人にしか分からない」という意見をもらいました。ついていける人とついていけない人を選んでいる舞台だと。特にこういう特異な設定、題材だと、誰にでもフリとオチが分かるようにしないといけない。でも今の回はお客さんもちゃんと見てくれたような気がしました。他の回は僕か、僕が出ているときは逆班の熊田くんが前説をしているのですが、この回は実況役の堤くんが前説をしていい導入になったんで、それが功を奏したんじゃないかと思います。
__ 
会場自体がエキシビション会場になりましたね。
福井 
この劇はそういう趣向なのかな、という入り口が出来たんだと思います。
__ 
お客さんに確定した立場を与えれば成立しやすいのかな。
福井 
お客さんにツッコミを入れてもらう、みたいな。
__ 
この間取材させて頂いたスタンダップコメディアンが言っていたんですけど、日本のツッコミというものは、観客に動かない部分をお客さんと共有して、ボケという世界観に切り込みを入れることで笑いを提供すると。そんなことをおっしゃっていました。
福井 
WAITINGは片来泰子という女性アナウンサーが物語を進行しているんですけど、この劇での新たな挑戦として"動じる語り手"というものをやってみたかったんです。物語の進行を担う語り手が急に個人的なことを話しだしたり物語自体をないがしろにするのってあまり見たことがなくて。大仰かもしれませんが、もし動じる語り手という手法が成立したら、演劇そのものが今より少し広がるんじゃないかって。今回の裏テーマだったんです。
fukui劇
福井しゅんやが主宰する企画。
三栄町LIVE×fukui 劇 Vol.2 「2108 年岐阜五輪正式競技 WAITING」
世界初の“待つ”競技をめぐる、新感覚スポーツ劇!
2108 年、オリンピックが開催されることとなった首都、岐阜。
岐阜五輪では新競技として前代未聞の“待つ”競技、『Waiting』が採用されることに。
ペットトリマーの専門学校に通う鰻登り早手(うなぎのぼりはやて)は、ひょんなことから Waiting に出会う。
やがてシンプルながらも奥深い Waiting の魅力に取り憑かれた早手は、 来る日も来る日も Waiting に明け暮れる。
そして彼は、迫り待つ強敵を待ち倒し、 岐阜五輪で金メダルを取るという夢に向かって、だいぶ頑張るのであった…。
これは、そんな Waiting に命を懸ける男たちや女たちの、魂の物語である。

キャスト
佐々木幸志朗 宮崎利貴 花岡翔太 仙洞田志織 田澤葉 大高孟之 堤敏樹 磯部伸二郎 熊田修 須田明子 横滝今日子 福井俊哉 真優花 石井彩友美
11月21日~12月2日
会場
三栄町LIVE STAGE(旧フラワースタジオ)
スタッフ
 宣伝美術:加納和可子 キャスティング:福井俊哉/若宮亮 制作:松尾智久/井原正貴 制作指揮:小畑幸英 プロデューサー:清弘樹

バランス

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そこで、今回の作品はまさにスラップスティックコメディだなと私は思っていました。口が悪い登場人物たちがエゴ丸出しで、お互いに遠慮なく、口汚くなじりあうし裏切りあう。
福井 
たぶん僕自身ができていない人間だから、より一層鬱屈してる部分が出ちゃうんだと思うんですけど。
__ 
主人公の早手の彼女が「コーチとの浮気が初めてではない」とか面白かったです。
福井 
早手の血で誓約書を書かすというのが絵が浮かぶあたりが好きで。
__ 
そういうエピソードを高速で流していくあたりが好きなんですよ。単に露悪的な思考で出ているんじゃなくて、面白いという方向になっているのが素晴らしいと思います。
福井 
先ほど言ったように、主人公の早手が愛されていない回というのがあって。微妙なところなんですが、少し声を張り上げすぎてちょっと怖く見えてしまったんですよね。社会の端くれにいるようなクソ雑魚が小さい声を張り上げているのが面白いのであって、彼が強さ、怖さを持ってしまうと違う。普段絶対主役やってないんだろうなっていう人物をチョイスしないとできないんですよね。のび太的な主人公と言うか。のび太よりももっと焦点が当たらないような人物。
__ 
それが粋がっているみたいな。
福井 
早手役である佐々木君の、黒タイツに日の丸というルックス。彼を見てるだけで面白いんですけど、彼にどこまで怖さと面白さのバランスを取ってもらうかがポイントでした。
__ 
いや、きっと大丈夫だと思います。ノリというものがあると思いますよ。劇場の外にもそれはあって、SNSに何も書かれなくても伝わっていくと思います。
福井 
今回西田シャトナーさんに勇気を出してリプライを送って、明日見に来ていただけることになったんです。そもそもこのWAITINGを書き始めたきっかけは、平昌五輪でスピードスケートの選手がずっと待ってる姿を見て、これをスポーツにしたら面白そうだという発想があったんです。それと西田シャトナーさんのスポ根的なSFの芝居が大好きでインスピレーションを受けたんです。尊敬する先輩に見ていただけるのは嬉しいですが、とても緊張します。

次は女子死闘編!

__ 
これから一週間のロングランですね。
福井 
皆さんの助けと、役者のみんなのおかげもあって成立に向かっているなと思います。この感じで向かっていければ。
__ 
選手も全員良かったですね。この競技をやってる奴は全員やばい、全員どこかしら精神を病んでいるというのが面白かったです。
福井 
あの台詞は今日追加しました。
__ 
それから、ウェティングとストップは全く違う、というセリフが面白かったですね。
福井 
骨、筋肉、臓器、全てを待たせるというのをほじくりたかったですね。
__ 
しかし、あんな意味不明な競技がなぜオリンピック競技に選ばれたのかは疑問ですよね。
福井 
そうですね。でもダンスや即興劇もスポーツ化する流れもあるので、待つというのがスポーツになるという可能性も少しはあるのかなと。
__ 
意義が全く分からないのに、ルールやマナーに関してはスポーツとしてちゃんと考えられてるのが不条理極まりないと感じました。劇中に出てくるポーズが数種類だけあって、そのアレンジが実際の競技では使われるというのが面白い。歴史を経て洗練されていったんですね、きっと。
福井 
テキストからはカットしちゃったところがあるんですけど、WAITINGは「ウェイトタイム」と「芸術点」で勝敗が決まるんですよ。芸術点の高いポージングは点が加算されるんですよ。その説明は全部省いたんですけど。省くなよ、でもそれはいいか、と。ウェイトタイムが長ければ長いほどいいんですけど、それより短く終わっても良いポーズだった場合は勝つ可能性もあるんです。フィギュアスケートの要素もあるんですよね。
__ 
各ポーズに印象的な名前がついてますよね。「マカオコネクション」。
福井 
「インディ・インディ」とか。あれはインディアンの勝利と敗北という意味を込めています。
__ 
水泳でいう自由形が実質的にはクロールになるみたいに、名前の付いていないポーズをやる選手がいなかったのがリアルでした。
福井 
色々なことがあって、そのポーズに落ち着いたという時代の流れがあるんですよね。2100年代は「アウトバイアウト」が世界的に流行する、とかね。体操のつり革とかもそうじゃないですか、その技って大体決まっていて、変則的なポーズはあるけど、大体のポーズは研究され尽くされてる。
__ 
未知のスポーツを見に来ているのに、その辺りの事情を見せつけられる割に、説明は省かれる絶望感。
福井 
僕はWAITINGが架空の競技だとは思っていなくて、変な話、サッカーだって段々と形成されていったんですよ。逆に言うと、待つことすら競技になりうる。待つことと競技は表裏一体。じゃあその待つことが主体のスポーツは、逆にスポーツそのものだと思うんですよね。競技性という面では魅力のないスポーツだとは思うんですけど。
__ 
みんなつまんないと思いながら競技してますけどね。
福井 
仕方なくやっている競技なんですよね、最後の滑り止めのスポーツ。
__ 
でも世界記録36時間が出ましたね。
福井 
あれはもう伝説的な記録なんですけど、公式記録ではなくて参考記録です。実は、今回の続編である女子死闘編を考えてるんですよ。またどこかで発表できたらと思います。

環境

__ 
そうか、福井さんは今東京にいるんですよね。
福井 
そうなんですよ。前回していただいた歪ハイツの時の僕のインタビュー記事を読ませてもらったんですけど、むちゃくちゃ調子に乗ってたなと思って。東京にいる同じジャンルの人を一人ずつボコボコにするとかテラスハウスがクソだとか、どんだけ調子乗ってんねんと。ここで仕事についてから、自分のものが作れない時期もあって。最初映像の会社に入ったんですが、その上司が凄い人で、すごくよくしてもらったし、色々教えて頂いたんですけど、その期待に応えられなくて。「お前には才能がないんだからやるしかないんだ」と言われながら、いろんなことを迎合しないといけないのか、と。でも今は、これから上にあがっていくしかないという、環境にいるんだと思います。お客さんの顔色をただ伺うんじゃなくて、誰もみたことない世界にみんなを連れて行く。お客さん、役者、自分も含めて。そういうことは今、強く思っています。
__ 
今回は?
福井 
パッケージングの話なんですけど。こういう本を書きますよ、という前提がなにもない、まだ世間にも浸透していないような状況で、あえてお客さんを選ぶような作り方はしなくてもいいんじゃないか、と三栄町LIVEのプロデューサーの清さんには言われます。正論も正論で、もっとも過ぎてイラッとしちゃうこともあるんですが、すべてが僕ないし、僕の劇をもっと上にあげる為に言ってくれていることなので、そういう人と劇を一緒に作れるのは本当にありがたいです。そういう並走してくれるプロデューサーさんと出会ったのは初めてなので。多少、セリフも含めて小屋入り後の変更点が多く、役者に迷惑をかけることも多々あるんですけど、日に日に進化させていくことが、僕は劇づくりをしていく上で健全だと信じています。恥ずかしいことはしたくないので。それは東京で、色々なことを経験して、叩かれて、萎縮して、わやくちゃになりながら学んだことです。

質問 苧環 凉さんから 福井 しゅんやさんへ

__ 
前回インタビューさせて頂いたO land Theaterの苧環凉さんから質問を頂いてきております。「死後の世界はあると思いますか?」
福井 
あったらいいなとは思いますけどね。死後の世界はなくて、輪廻転生はあるかもしれませんね。死んだらロケット鉛筆みたいな形で魂が飛ばされて、生まれる前の人に宿るのかも。前世はあると思います。死後の世界に何年いたらいいか、みたいなのを考えると、死んだら天国に行くというのはおとぎ話なのかなと。死んだ後の魂は半分信じてます。受精卵に死んだ人の魂が宿るというのはある気がするんですよね。

ゼロイチ

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fukui劇の今後の意気込みを教えてください。
福井 
今後も新たな、“ゼロイチ”を探していきたいなと思います。何かの派生形ではなくて、誰もやっていなかった、掘り下げられなかった、枠組の外にあるものをポップに伝えていければいいなと思います。
__ 
福井さんのいいところは、その井戸の枠をはみ出して、気づかない魅力を掘り出してくれるところですよね。
福井 
枠の外ですか。自分では気づいていないと思います。周りにはそのことを注意して欲しいですね。新しくて面白いと思ってもらえたらいいなと思います。

「漬けものレシピ」

__ 
今日はですね、お話を伺ったお礼にプレゼントを持って参りました。
福井 
ありがとうございます。あ、漬け物。
__ 
WAITINGと絡めてみました。

「しあわせな日々」

撮影:児島功一郎
__ 
今日はどうぞ、よろしくお願いします。O land Theaterの苧環凉さんにお話を伺います。最近、苧環さんはどんな感じでしょうか。
苧環 
先月の公演が終わって、次の公演までの準備期間ですね。
__ 
前回の「しあわせな日々」(サミュエル・ベケット原作)でしたね。大変面白かったです。ご自身ではどんな公演になったと思われますか?
苧環 
ここ一年ぐらいのテーマが、見えるものと見えないものを同時に成り立たせるという事でした。今回のベケット作品の上演に関しては、人間ドラマにはせずにドラマの背後にあるものを立ち上げたかったんです。それが少し、掴めたのかなと思っています。うまくいったかどうかというのは精度の問題があるから、自分では厳しい目線で見てしまうんですけど。
__ 
見えるものと見えないものを同時に成立させる。まず、「見えるもの」とは。
苧環 
人間の体や舞台美術ですね。対して「見えないもの」とは、心や思考があげられますが、ベケットの場合はそれらを存在させている、背後にある何かをそう呼んでいます。
__ 
心や思想を存在させているもの。
苧環 
「名付けえぬもの」(注:ベケットの小説)ですが、私は思考などよりもそちらの方が重要なんじゃないかと考えています。例えば、戯曲には「間」という指示が大小含め600箇所以上書かれているんです。間、って見えないですよね。喋ることと同じぐらい間というものが指示されている。人間ドラマだけにスポットを当ててしまうと、間は存在できなくなってしまうのではないかと私は思っています。
__ 
まず前提として、私は情報そのものに興味があります。結論から言うと、情報として成立するのは人間が自ら洞察した意見のみであると考えています。そこで実は、このあいだ拝見した芝居が、ちょっと観客にその力を期待しすぎていて、途中で20分くらい寝ていたんですよ。眠くなったという事は、私の生活にとっては関係ないものだと、洞察するまえに分かってしまったという事なんじゃないか。ちなみに、眠るということはつまらないか面白いかの重要な判断基準で、結構大事にしています。
苧環 
寝ちゃうと面白くないということですか。
__ 
そういうことになりますが、でも面白くないというのは別にネガティブな意味ではないです。その芝居の場合、抽象的な情報をうまく作り出すことができなかったんじゃないかなと思っているんですよ。抽象的な情報は劇場の中では最も強度のあるオブジェクトだから、そこを共有できたら、少なくとも寝なかったと思う。構成の問題かもしれない。人間ドラマは抽象的な最たるものだと思うんですが、苧環さんは人間などを見せたくなかったということですか?
苧環 
見せたくないと言うか、それを見せることだけが劇をつくる目的ではないんです。戯曲では日常的なものはむしろたくさん使ってたんですよ。腰から上しか出ていない人が、日常的な行為をこれでもかというくらいアクションとして使っていたんです。さらに、その日常を支えているサムシング(名付けえぬもの)はドラマと関係がないわけではないんです。けれども、日常はぶった切られるんですよね。すぐに、頻繁に。
__ 
そして、そこには間がある。
苧環 
日常が続いていることと、頻繁に断絶を起こすことの両方を見せるのが、人間の姿としては真なるものに近いんじゃないかなと思っています。人間は理路整然として常に生きているわけではない。日常的営為と断裂に交互にさらされることにこそ。
O land Theater
日常に潜む見えない意識や感情を取り上げ、「人間とは何か」「人間が生きるとはどういうことか」を演劇を通して探求する。2017年より古典戯曲の上演を主軸に活動している。主宰・苧環凉。代表作に『王女メデイア』『イナンナ』、 2017年FFAC創作コンペティションvol.6『春独丸』、利賀演劇人コンクール2017『サロメ』など(公式サイトより)
KYOTO EXPERIMENT 京都国際舞台芸術祭2018 フリンジ「オープンエントリー作品」 サミュエル・ベケット作『しあわせな日々』 安堂信也 / 高橋康也 訳
演出・美術 苧環凉
出演 坂東恭子 竹ち代毬也
照明プラン 池辺 茜
照明操作 岩元 さやか
音響  林 実菜
宣伝美術 瀧口 翔
写真記録 児嶋 功一郎
映像記録 奥田 ケン
舞台監督 乃村 健一(n.o.m.)
制作 宮崎 淳子
公演時期:2018 10/19(金) 19:00 10/20(土) 15:00 10/20(土) 19:00 10/21(日) 14:00
会場:京都東山青少年活動センター 創造活動室

断裂

__ 
人間は理路整然とは生きていない。しかし、基本的にはそれを目指すものではないか。数学では、紀元前の理論をそのまま使うんですよ。なぜなら証明されているから。
苧環 
私も数学は好きなんですが、円周率などの無理数は文字通り「分からないもの」ですよね。人間の考えた枠に収まりきらない、次に出てくる数は分からない、さらに理屈では果ての方まで行くんですが、誰もそこまで行こうとはしないし。
__ 
そうですね。人間は自分の意識をマッピングしようとする。だが結局失敗する。その中をむりくり進んで行こうとするだけだ。
苧環 
「しあわせな日々」はそれが描かれていましたね。
__ 
「しあわせな日々」は、彼女がぼーっと生きてるようには全く思えなかったんです。緊張感に晒されながらも、うまく付き合ってるようにも見えました。自らの混沌に対しても。とても好感の持てる態度でした。
苧環 
でもやっぱり、しきれないんですよね。理屈では可能であっても、肉体でやろうとしても絶対に限界が生じる。秩序立てて生きようとしなくても生きられるという現実があるんですよね。そこに私は、こういう言葉を使うのは語弊があると思うんですが、人間の神秘を感じています。何かによって生かされているという感覚。その「何か」によって行いさせてもらっていると考えたとき、視点が変わる瞬間があるんです。あの劇はそこを狙って書かれていると思う。
__ 
生かされている。
苧環 
そういう感覚をお客さんが拾っていってくれればいいなと思っていました。もちろん人によって、切り替わっていくタイミングはまちまちだと思いますが。寝ました?
__ 
私は一秒も寝なかったです。懐中電灯で一歩一歩を照らしながら進んでいく彼女にものすごく共感していたから、むしろとてもスリリングでした。

断裂と断裂

__ 
最近、苧環さんはどんなことを考えていますか?
苧環 
自分が何で演劇をしているかというと、見えるものと見えないものの関係に切り込んで行きたいなと思っていて。社会とか人間とかのためではなく、純粋な個人の興味として。それが成立する形は何だろうと、ずっと思っています。ただ、やり方についてはどこか的を絞らないと、それこそ「しあわせな日々」のウィニーのように散逸していくので。どんな演劇をしているのか、というのが明確にわかるような形にしたいなと思っています。今までやってきたことを整理しつつ、シュミレーションしている段階です。
__ 
見えないものがなぜ成り立つのか。
苧環 
私はお能の稽古もしてるんですけど、能の上演って基本的なパターンは大体決まってるんですよ。ワキが舞台で言えば上手の位置に付いて、シテが幽霊だったり神だったり、時々人間だったりなんですが、彼らと交流する。ちょっと語弊があるかもしれないですけど、お能は演者の型だけ見ていてもちっとも面白くなくて、演者が作っている空気の方に意識を移すと俄然面白くなるんですよ。こんな話があるんですが、地上波で能の上演でずっと真ん中に座っている役者が映っていて、景色が変わらないから他のチャンネルをつけて、30分後にもう1回見てみたら、まだ同じ位置で座っていたと。
__ 
はい。
苧環 
形を見ていても面白くないんですね、でも演者が発している空気に注目するとものすごく芳醇なものが充満している。そこに視点がシフトする瞬間が、一つの理想ではあります。自分が目指す舞台の完成形だと考えています。
__ 
ちょっと、すごく脱線するんですけど、私はそのお能のエピソードについて話したいことがあります。
苧環 
はい。
__ 
だが、それを話すことによって苧環さんの思考を変容させるのではないかと危惧している。もちろんそれは貴重なコミュニケーションの一つには違いにないけれども、果たしてそうした「情報の受け手を信用して発信する」行いが一方的な強要とどう違うのか迷っているんですよ。いや、変なところで拘っているように見えるかもしれないんですが。幽玄を語るのに言葉を使っていいのか?
苧環 
それを強要として取るのかどうかはわからないですけど、でも舞台って消えものですからね。ずっと続くわけじゃなくてある限定された中で行われることなので。スポーツ観戦で試合に熱中している時はそこに包まれているんですよね。それが日常を支配し出すと危険なんですけど、舞台はあくまでフィクション。遊びのエンターテイメントだよ、と。
__ 
受け取り手の自由ということですね。
苧環 
そうですね、絶対に日常に帰ってくるので。

物語の演劇ではなくて

撮影:児島功一郎
苧環 
ちょっと別の切り口ですけど、物語というものがありますよね。物語は人を熱狂させ、ドラマに寄り掛からせる。最近私はそれを疑い始めていて、要は集団的合意ですよね、何歳になったら結婚して、いい会社に入って、年齢とともに給料が上がってみたいな。でも、いまそういう物語はそれほど信じられなくなっている時期に来ているんじゃないかと思っています。自分が子供の頃に比べると無効化されている。ドラマに同調していればうまくいった時代はすでに終わっていて、今は何でもあり。そして、なんでもありだと言いながら何をしたらいいのか先が見えない時期に来ている気がします。
__ 
なるほど。
苧環 
だから、ドラマそのものに頼る演劇というのは、有効性を失ってきてるじゃないかと思っています。
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ドラマが個人にとって有効力を失った世界。
苧環 
自分を守っていた物語が消えたら、むき出しの個人が現れるんですよ。色付けされていない自分。そこで一体どういう演劇が立ち上がるかと言うと、物語の演劇ではなくて存在と現象の演劇が立ち上がってくるんじゃないかなと思っています。
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むき出しの個人で創る演劇。人間とは何か、ではなく、自分とは何か、を問う演劇。
苧環 
ああ、そうですね。人間という抽象的なものではなく、私とは何か。

質問 ヒラタユミさんから 苧環 凉さんへ

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前回インタビューさせていただいた、ナマモノなのでお早めにお召し上がりください。のヒラタユミさんから質問をいただいてきています。「これから一生これしか食べられないとしたら何にしますか?」
苧環 
えー。何でしょうね。究極的には食べないで生きていきたいんですよね。それは無しですよね。
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別にそれでもいいですよ。青酸カリで自由になる、でもいいと思います。
苧環 
惑いたくないんですよね。じゃあ、卵にします。