どうしたら面白い登場になると思う?

__ 
ミジンコターボが本公演・コント公演共に非常に優れているのは、ダンスやネタだけじゃなくて、出ハケもその一つなんじゃないかなと思うんですよ。そのタイミング、そして方法が本当によく考えられていて、完璧に実行されるのがいつも見事だなあと思うんです。
片岡 
そうですね、注文は凄くしますね。気が付いたらいつの間にかおってほしくて。台本には詳しく書かれていない事もあります。場合によっては、どうしたら面白い登場になると思う?って考えてもらう事もありますよ。
__ 
出ハケは身体での演技の前後段階で役者が表現するチャンスなんですが、だからセリフよりもずっと早くに観客に届くものだと思うんです。だからそれを役者に求めるのは独立性を求めているんですね。
片岡 
若い役者さんって、セリフをしゃべる事だけに集中してしまいがちなんじゃないかと思うんです。セリフがない時こそ頑張ってくれと思いますね。

タグ: 出ハケについて


生き延びる

__ 
今後、描いていきたい作品は。
片岡 
自分の展望としては、全編にわたって山場がない作品を作りたいです。
__ 
というと。
片岡 
ゼクシーは最後の結婚式が超山場でした。そういうシーンが無くても超面白い。そんな作品が作りたいです。印象的なシーンが無くても勝負できる。構成に頼らない作品を作れればと思います。最後にビッグパンチを用意するのもいいけど、それで前半緩んでるんじゃないかと思われないように。痺れさせないまま駆け抜ける作品を作ってみたいですね。
__ 
ミジンコターボ、今後はどんな感じで攻めていかれますか?
片岡 
今話しているのは、「持ち運びが出来る作品を作ろう」という事です。関西を中心というのは変わらず、他の地に持っていけるような。劇場の大きさや状態に関わらず、ブレのない作品ですね。音響・照明などのテクニカルをはじめ、空間を相談しながら作っていくんです。
__ 
持ち運び出来る。それが、ミジンコターボらしさをもっと純粋に高めてくれればいいですね。もちろん、らしさを損なわずに。
片岡 
ウチの人間は大体みんな一人芝居をやっているので、それをパックにして持って行こうぜとも言ってるんです。それだけで3時間ありますね。僕、竜崎、Sun!!、川端、江本と。一人芝居好きなんかと。
__ 
素晴らしい。では、片岡さん個人としてはいかがでしょうか。
片岡 
俳優としてはやっぱり、面白いと形容され続けたいなと思います。エンジョイというか、愉快やなあ。尼崎に生まれて、大道芸人の気質が残っているのか。面白いと思われたいというのがずっと残っていますね。
__ 
なるほど。
片岡 
僕、舞台上で絶命することが多いんですよ。生き延びるような役を演じてみたいですね。死ぬって未知の、経験していない事じゃないですか。経験している事の中で反映出来る芝居がしたいです。

タグ: 今後の攻め方 作家としての課題 演劇は勝ち負け?


エンドマーク、スタートライン

__ 
・・・「ゼクシー」の話に戻りますが、正直、ミジンコターボの作品として、最も人間性を感じたんです。ネガティブな事をポジティブに変換したミジンコターボの作品作りはとても好きでしたが、同時に、この人達は眩しすぎて直視出来ない、とも思っていました。でも、例えば病室で感じた孤独感をそのまま作品に持ち込んで、それが誰かの琴線に触れるような作品が拝見出来るとは思っていなかったんですよ。意外だと思うと同時に、何だか嬉しかったです。
片岡 
そうした感想を頂けるのは嬉しいです。僕にとっては新天地だったので。
__ 
面白かった上に、泣けたという感想もあったみたいですね。
片岡 
最後のシーン。プロのバイオリニストの方がシンちゃんの亡き父親役で出演して下さいまして。そのシーンのリハーサルで僕は演出なので前から見させてもらったんです。主人公なのに。でも僕抜きでも成立していて、押し寄せてくるエネルギー量がね、バイオリンが良かったという感想だけだったらどうしようと思いました。
__ 
なるほど。
片岡 
これ裏話なんですけど、隙間の時間に、僕と音響王子とそのバイオリニストの方だけで音響のレベルチェックをしていたんです。アイデアとして、「本当はお父さん、めっちゃ下手なバイオリニストだったという設定はどうか」と。実際に音を外してみて貰ったら、やったらめっちゃ盛り上がりました。
__ 
それはちょっと泣けますね。そんな事をやったんですか。
片岡 
人間としてはそれが普通かも。上手だったら出来すぎやろう。下手くそやったんやお父さん!でも、それやったら意味あらへんがな、と。
__ 
天国にまで行ったのに。それは逆に出来すぎですね。
片岡 
これは泣けるけど、そういう人は少ないやろうなという話になりまして。結局、丁寧に弾いて見ただけました。

タグ: エネルギーを持つ戯曲 天才スタッフのひらめき 生演奏のある作品 楽器の話題・バイオリン


絵本 ごんぎつね(新美南吉/作 いもとようこ/絵)

__ 
本日はお話を伺えたお礼に、プレゼントを持って参りました。どうぞ。
片岡 
ありがとうございます(開ける)おっ。ごんぎつね。ありがとうございます。キツネ、好きなんで。いいんですか。
__ 
ちょっと荷物になるかもしれませんが。

タグ: プレゼント(書籍系)


僕は重くなった

__ 
今日はどうぞ、よろしくお願い致します。藤本さんは最近、どんな感じでしょうか?
藤本 
最近はちょっと、重いですね。
__ 
重い。心が重いという事でしょうか?
藤本 
いえ、単純に体重が増えてきているという事ですね。基本的にはそんなに太らないんですが、今回はかなり。
__ 
なるほど。痩せようと思われますか?
藤本 
実は正直、あまり思わないですね。昔は気にしてダイエットしたりしてたんですが、今はそうでもないです。
__ 
ある程度の年代になると、痩せようと思わなくなると聞いた事があります。ちょっとそこは興味あります。
藤本 
いえ、男も女も、キレイでいたいとか、カッコ良くありたいという思いはあり続けますね。だからといって、必ずしも痩せているのが美しい訳ではないという事に気づき始めるんですよね。外見ではなくて、人間の内容。これが見られるようになるんですよ。中年は、どれだけ人間としての内面を充実させられるか。だから、ダイエットにはあまり時間を掛けないんです。もちろん、健康でありたいとは思いますけど。
てんこもり堂
はじめまして、てんこもり堂です。主に京都で演劇活動をしております。「てんこもり堂」とは、私たちが『面白い』と思うものを徹底的に「天こ盛り」上演しようと2007年に結成された演劇ユニット。メンバーは藤本隆志、金乃梨子。演技の向上とオリジナル作品の創作を目指し、既成の戯曲を使用し上演するスタイルで開始。演出方法を変え繰り返し同じ作品を上演したり、一人の作家の数作品を上演し続けたりする「しつこさと粘り強さ」が特徴。過去の上演作家は、如月小春、岸田國士、別役実。(こりっちより)

タグ: ダイエットについての話題


てんこもり堂第五回本公演「真、夏の夜の夢」

__ 
てんこもり堂第五回本公演「真、夏の夜の夢」。まず、素敵なチラシですね。
藤本 
ありがとうございます。デザイナーの方にかなり注文を押しつけてしまって。僕の中に、今回はこうしたいというコンセプトがあったので、折れてもらったという形になりました。ストイックでキレイなチラシには憧れるんですが、自分のキャラクターとは合ってないなと。
__ 
タイトルの「真、」の部分。真夏である事が強調されながらも別の意味が込められているように思うのですが。
藤本 
「ま、なつのよのゆめ」と読んで貰いたいと思っています。実はこの作品、6月の夏至の日がベースのお話で、5月の祭も話題に出てくるんです。日本で真夏と言えば8月だし、昨今は「夏の夜の夢」というタイトルで上演される事が多いみたいです。ウチはそこをあえて「真夏」にして、「、」を入れてみたら、何か普通にはやりませんよみたいな。「真」って何やろうと思ってくれるのかなと思ってもらえるんじゃないかと。
__ 
原作を選んだ経緯を伺っても宜しいでしょうか。
藤本 
3年前にぶんげいマスターピースのシェイクスピア部門に、てんこもり堂も参加させてもらったんです。地元の劇団だからという配慮もあったのかもしれません。1時間程度の作品で、力いっぱいやらせてもらったんですが、審査員の方にきつい事を言って頂いたんですね。それが、僕の中の闘争心に火を付けたんですね。いつかシェイクスピア作品で返したいと思ったんです。それが、もう一度シェイクスピア作品を考えようというキッカケになったんです。
__ 
どのような魅力を今は感じられているのでしょうか。
藤本 
400年前に書かれた作品で、けれど色々と個性溢れる人が出てくるんですよ。彼らの個性って、現在でも色褪せる事がないし、何だかそういう人がいていいんだと思えてくるんですよね。
てんこもり堂第五回本公演「真、夏の夜の夢」
公演時期:2013/7/5~7。会場:アトリエ劇研。

タグ: 嘘のない いつかリベンジしたい


「我ら役者は影法師」

__ 
色んな人がいて、それで良いと。
藤本 
シェイクスピア作品には様々な解釈を許す多面性があるというか。どういう風な切り口をしても、結構通るんですよね。無理矢理でも。現代の役者に役を振った時に出てくるものには、現代人の彼が反映されている訳ですよ。そこを活かしたいですね。その人ならではの読み方を。
__ 
なるほど。
藤本 
もちろん演出もやっているので、こうしたいというコンセプトはあるんですけども、役者さんに委ねて出てきたものをどう活かせるか。それがどうしたら面白くなっていくのか、役者さんたち全員と共同で作っていくのが理想です。僕が一方的に指示したりする関係性は、なかなか良い秩序を産まないので。お互いに掛け合う。「こんなのはどうだろう」、「うん駄目や」と言いながら、この座組でしかできない、交換不可能なものを作って行きたいですよね。
__ 
ありがとうございます。この「真、夏の夜の夢」、作品としてはどのようなコンセプトがあるのでしょうか。
藤本 
戯曲の最後のセリフが印象的で、「我ら役者は影法師」、私達の芝居は大したことはありませんけれども、夢だと思って下さいというメッセージで締めくくる。まず夢である事が大切で、その世界を描こうというのが一つ目の指針でした。もう一つはやっぱり恋愛モノですので、「夢」と「愛」がコンセプトとして作っています。夢にしても、寝ている時の夢でありながら、実現出来る夢として描きたいですね。愛も、間違っていても構わない、色んな愛の形があっていいという事を舞台上で描けたらと思います。欲張りですけど、そういう風に膨らんでいけばいいなあと思います。
__ 
このお芝居を見たお客さんに、どう思ってもらいたいですか?
藤本 
人が人を好きになるって、いい事だと思ってもらいたいですね。そう思ってもらえなければ駄目だなあと。それは男女間の恋愛だけではなく、男が男に惚れる場合もある訳ですよね。年齢差も関係ない。それが素晴らしいという事を伝えたいですね。ニコニコとした気持ちで見て貰えたらと。

タグ: この座組は凄い どう思ってもらいたいか? ラブストーリー 恋愛至上主義 相互承認 関係性が作品に結実する


「見ている」

__ 
それは、片思いの事を指していますか?
藤本 
僕はドストエフスキーの作品が好きなんですけど、彼の描く愛の形は「目を背けない愛」なんですよね。悲惨な状況であってもちゃんと見ようとする登場人物が必ずいる。それは一つの、信じられる愛の形だと思っているんです。見てはいけないものをしっかり見るという。それを舞台上でやりたいです。台本上、出ハケではかち合うことのない登場人物が、もし同じ空間にいて「見ている」としたら。その方向性で作ろうとしています。
__ 
もしかしたら笑いになるのかもしれませんね。もしくは、そうした事により奇妙な想像が膨らむのかも。
藤本 
僕はギャグが好きなので、笑いになるのならば避けるつもりはないですね。だからと言って、今そう言われたからそういう方向に行く訳ではなく。僕達の作品にとってそれが必要であれば、力強く選んでいきたいと思います。ただ、単純に、俳優たちが舞台から姿を消さずにじろじろと芝居を見ているというのがどういう事になるのか見てみたいんですよ。不親切な作品になるかもしれませんが、あらゆる場面で関係性が見えた時、お客さんがどこを見たら分からなくなる。本来なら、見るべき所を決めるべきなんですけどね。極端に言うと4つのシーンが同時多発的に起こっている。そんな状況なら、ベタベタな笑いになるかもしれませんし無茶苦茶な状況になるんでしょうけど、そうしたリスクを冒さないと自分達にとって面白いものは出来ないんじゃないかなあと思っています。

タグ: 上演中出ずっぱり型演出 ドストエフスキー 出ハケについて 「ベタ」の価値


人間

__ 
藤本さんの演出家としての特長は、ご自身ではどこだと思われますか?
藤本 
演出としての一番願っている事は、引いて舞台を見ていても、大事な瞬間にフォーカスがアップに見えるような感覚が作品に欲しいですね。そこにぎゅっと、そこに今マックスのエネルギーが掛かっている、濃厚な瞬間を舞台で実現したいです。役者としても、そこへのこだわりがありますね。
__ 
ありますよね。後ろの客席から遠くの舞台の人の、例えば振りかざしている腕が迫力を持って大きく見える瞬間。
藤本 
映画のアップみたいに、そこしか見えていないような瞬間がたくさんあるといいお芝居になるんじゃないかなと思います。
__ 
集中しているという事ですね。
藤本 
大事だと思います。
__ 
集中している事が何故大切なのでしょうか。
藤本 
そこに人間が出てくるからだと思いますね。登場人物の人間像や、もしかしたら俳優が持つ人間性などが何ものをも押しのけるほどのパワーを持っていて、そこに見入ってしまう。そこに圧倒されてしまうし、惹かれます。もちろん、引いた目線の作品で素晴らしいものもありますけどね、やっぱりどうしても惹かれてしまいます。それを具現化していくのが本当に難しいんですが。
__ 
そうかもしれませんね。
藤本 
そこで思うのは、型を持たずに柔軟に行こうと。脚本や役者によって変わりますしね。もちろん、型を持つ方はたくさんいらっしゃいますし、本当に強くて魅力的です。が、僕はフラフラしながらの演出なので、うらやましいからこそマネ出来ないですね。
__ 
特定の型を作らない事で、飽きられないし、藤本さんご自身も飽きないんですね。

タグ: 役者の認識(クオリア) エネルギーを持つ戯曲 演技を客席の奥まで届ける 舞台全体を見渡せる感覚 俳優自体の人間力 俳優を通して何かを見る


アイデアを生かした演技がしたい

藤本 
その反面、俳優としての僕は全部システマチックなんですよ。演技の全てに理由があって、僕はそれが嫌なんです。
__ 
あ、嫌なんですね。
藤本 
こういう風に見えているだろうなと思うのが嫌ですね。憧れとしては、無計画でいたいですね。サッカーのように、その場その場で生まれてくるアイデアを生かした演技がしたいです。インプロビゼーションではなくて。
__ 
状況に動かされているという感じ?
藤本 
あるシステムの役どころに、自分をはめていくというか。その上で成立している演技をしている事に嫌だなあと思っています。
__ 
そこから脱したい?
藤本 
はい。
__ 
藤本さんに振られる役が、ご自身と似つかわしすぎて、労力がいらないから、かも・・・?
藤本 
そうですね、全然違う芝居の役どころに当たったら、そこで全く通用しないから、違うやり方に触れるかもしれません。

タグ: 道具としての俳優 即興、インプロについて


フィルムから人形劇へ

__ 
演劇を始めた経緯を教えてください。
藤本 
映画監督になろうと考えていたんです。撮影所に入ろうとしたんですが、やっぱりどこでもそうなんですが、映画じゃなくてTVを主に撮影していたんですね。僕は青二才だったし、僕にとって映画とはフィルムを指していたから。遊んでいてもしょうがないので映画に繋がる事が出来たらいいなと思って、演劇をしたら勉強になるのかなと。作る側として。そこで探していたら人形劇団が募集を掛けていたんです。子供の頃NHKで人形劇を良く見ていたので、受けてみようと。
__ 
なるほど。
藤本 
元々作る側を志向していたんですが、演じる事になって。渋々ながら稽古していたんですが、本番を迎えて、「表現するって面白いんだ」と思うようになりました。

タグ: 映画の話題


質問 筒井 潤さんから 藤本 隆志さんへ

__ 
前回インタビューさせて頂いた、dracomの筒井潤さんからです。「寝る時に、どのタイミングで明かりを消しますか?」
藤本 
明かりを消してから10分後に寝ていると思います。だから、10分前ぐらいじゃないですか?

ドラマへ

__ 
今後、どんな感じで攻めていかれますか?
藤本 
自分の中で大切な事を言いますが、時間が掛かってもいいから劇作をしたいです。これまで演劇をしてきて、結局自分がドラマが好きなんだなと強く思うようになりました。一作くらいは本公演で、自分が書いたものを舞台に載せたいなと思います。これが自分にとっての、これからの展望になると思います。
__ 
どんな物語になるのでしょうか。
藤本 
家族の話になるでしょうね。出来ればしっかりセットを組んで。永井愛さんのような、もしくはいままで上演してきた作品のような、魅力的な作品にしたいと思います。

タグ: どんな手段でもいいから続ける 作家として不安はない 今後の攻め方


水うちわ

__ 
今日はお話を伺えたお礼に、プレゼントがございます。
藤本 
ありがとうございます。
__ 
どうぞ(渡す)
藤本 
これは団扇ですか?水うちわ?
__ 
それはですね、水に付けて仰ぐと涼しい風になるものなんですよ。
藤本 
ありがとうございます!僕、冷房をあまり付けないのでぴったりです。これ、好きな色です。紺色。

タグ: プレゼント(衣服・布小物系)


好き放題

__ 
今日はどうぞ、よろしくお願いします。筒井さんは最近、いかがでしょうか?
筒井 
おかげさまで、忙しくさせてもらっています。まあ順風万帆でもないという感じかな。
__ 
私は逆境に立たされているというのが結構好きなんですけど、筒井さんはいかがですか。
筒井 
そうですね、そもそも演劇を選んでいる時点で、この現代社会においては逆境なんですけれども、もっと具体的には、なかなか自分がやりたいことを認めてもらえなかったり、賞をもらってから数年経って、昔ほどやりたい放題ではなくなっていたりして。それは僕のせいでもあるんですけど。
__ 
好き放題出来なくなっている?
筒井 
昔はお金の事なんか全く気にしないで作品を作っていたんです。すごい借金して公演を打ってたりしてました。それだけじゃ難しくなると思って方向転換をしていきました。やりきった感と共に辞めるのならともかく、お金の融通が効かなくなって、どうしようもなくなって辞めるのは避けたいです。
__ 
なるほど。
筒井 
ただ、やれる範囲でものを作るという事が習慣化されていくという弊害にも直面していて。発想力が上演空間に収まっていて、それを破るようなキテレツなアイデアが生まれにくくあるんじゃないかというのが、自分が生んでいる逆境といえるのかも。悩んでいるという訳じゃないんだけど。いまは活動の継続性を確保しつつ、発想力が劇場に収まらないようにするやり方を模索しています。
dracom
1992年、dracomの前身となる劇団ドラマティック・カンパニーが、大阪芸術大学の学生を中心に旗揚げ。基本的には年に1回の本公演(=「祭典」)と、同集団内の別ユニットによる小公演を不定期に行う。年に一回行われる本公演では、テキスト・演技・照明・音響・美術など、舞台芸術が持っているさまざまな要素をバランスよく融合させて、濃密な空間を表出する。多くの観客に「実験的」と言われているが、我々としては我々が生きている世界の中にすでに存在し、浮遊する可能性を見落とさずに拾い上げるという作業を続けているだけである。世界中のあらゆる民族がお祭りの中で行う伝統的なパフォーマンスは、日常の衣食住の営みへの感謝や治療としてのお清め、さらには彼らの死生観を表現していることが多い。我々の表現は後に伝統として残すことは考えていないが、現在の我々がおかれている世界観をあらゆる角度からとらえ、それをユーモラスに表現しているという意味で、これを「祭典」と銘打っている。(公式サイトより)

タグ: どんな手段でもいいから続ける 劇団の方向転換 訳の分からないボールの話 難しくて、厳しい 人生の節目 ロックな生き方 筒井潤 実験と作品の価値


「しちゃう」

__ 
実は私、dracomの祭典・公演はもれうた、事件母、弱法師、この間のたんじょうかいしか拝見出来ていなくて。どれもとても面白かったんですが、やっぱりもれうたの衝撃は凄かったんですよ。
筒井 
ありがとうございます。
__ 
dracomの特徴といえば俳優の身体と台詞のズレだと多くの人が思い浮かべると思うんです。つまり、俳優の台詞を前に録音しておいて、本番時にはスピーカーでそれを流し、意図的にズレを作りだす事で、観客の受容器官は別々に俳優の演技を受け止める事になる。私はあれがとても好きでして。そうした演出を発想されたのはどのような経緯があったのでしょうか。
筒井 
2007年に作品を作るという事で、企画書を書く事になって。その当時、ミュージカルに興味があったんです。好きとは言えないんですが、興味があって。
__ 
興味。
筒井 
もれうたの前の2年間に2本、ミュージカル作品の祭典を作っていたんです。歌って踊って、でも歌はとてもへんてこりんなメロディで、アレンジもスカスカで。でも、いずれは静かなミュージカルを作れるようになりたいと思っていました。演劇計画2007参加に向けて企画書に書いたタイトルは「もれうた」で、公園で鼻歌を歌っている人、それだけで作品を作れないだろうかと思っていました。
__ 
わかります。面白そうですね。
筒井 
でも、格式高い作品にしちゃおうと。(この「しちゃう」という言い方をよくするんです)その格式高さがおかしみになるんじゃないかと思うんです。鼻歌で歌われているのはオペラの歌曲で、歌詞が映像で出てきて、鼻歌を歌っている人がいて、それだけの作品。でもそれだけの作品だったら多くのお客さんは寝てしまうだろうと思って。だからセリフのテキストを書きました。が、すると客の意識はそちらの方にばかり向いてしまう。僕は鼻歌の方にフューチャーしたかったから、どうしようと思って。だから、会話のセリフを録音して、それをちっちゃいボリュームで流せば鼻歌の方が勝つ。そのコンセプトまでは稽古場に持っていくまでに出来たんです。練習して、俳優が身体だけで演じられるようになった。
__ 
なるほど。
筒井 
しかし、それだと俳優がセリフを覚えない手抜きという事になってないか。努力の跡が見えないといけないという言い方をする人もいるんですよ。僕はそういう評価の仕方は好きじゃないんですけど、でもまぁ、努力の跡を示すために、俳優たちがセリフを覚えている事を示すために思いついたのが、事前に録音しておいて、俳優が身体だけで演技した後に遅れてセリフが聞こえてくるという演出をしたんです。これなら、俳優はちゃんとセリフを覚えていると示せる・・・そういうつまらない発想からだったんです。まあ、それを実際試してみたら、過去に体験した事のない感覚があったんです。これは面白いなと。
dracom 祭典2007 『 もれうた 』
公演時期:2007/9/8~9(京都)、2007/9/29~30(伊丹)。会場:京都芸術センター(京都)、AI・HALL(伊丹)。
dracom 祭典2010 『事件母(JIKEN ? BO)』
公演時期:2010/10/14~17(京都)、2010/11/18~21(東京)。会場:京都芸術センター(京都)、THEATER GREEN BOX in BOX THEATER(東京)。
dracom 祭典2012 『弱法師』
公演時期:2012/9/7~9。会場:京都芸術センター。

タグ: ミュージカルの話題 コンセプチュアルな作品 ハミング・鼻歌 意図されたズレ メロディ


音楽と、演劇と、身体と、

__ 
興味があるやり方に「しちゃう」のが筒井さんの演劇なんですね。そこで伺いたいのですが、筒井さんが発見されたセリフと身体の時間的な分離は、革命的な手法として演劇史の延長線上に位置しているのでしょうか。それとも、人間存在なるものを、意図的に発生させたズレから問い直す意義に立脚しているのでしょうか。
筒井 
後者ですね。確かにそれは後者なんですよ。最近になってようやく、自分がやっているのは演劇だと思えるようになりました。dracomが舞台芸術集団と名乗っているのもそこからです。舞台で何か、面白い事をしたいという気持ちは当初からあるんですが、それが演劇である必要はないなあと。そういう中で、例の実験が大きかったんです。ちなみに僕は音楽が趣味なんですが、劇中で音楽が鳴る時、「音楽が鳴ってるからここは盛り上げたいんだ」という見え方がするともう最悪なんですよ。そういうものが世の中に多い中で、演劇を後押ししたりとか、足をひっぱりあうみたいな関係じゃなくて。音楽と、演劇と、身体と、セリフというものが有機的に関わる表現を模索していたんです。その中で、ずらすという手法が、今までにない形で捕まえる事が出来たと思ったんです。演劇に革命を起こそうとかは考えてなかったですね。音楽好きだったから辿り着いたかもしれません。もしこのやり方を、演劇だけを志向する人が気付いたとしたらどうだったんだろう?それを深めたり継続したり、上演に持っていったとはちょっと思えないですね。
__ 
音楽と空間と演劇。それらが同じ時間と場所に結実するものを、コンセプトから引き出せないかと考えているのですね。
筒井 
まあ、偶然に助けられたものかもしれないし、それを稽古場で初めて見た時面白がったのは僕だけだったんですけど。あの瞬間は、それまで目指していたものを掴んだと同時に今後の自分の方向性を広げてくれました。ただ、その広がりは用意されている劇場空間に集中してしまい、以降、それほど変な公演はしていないですね。もちろん、試みを面白いと多くの方に仰って頂いたし、僕自身も面白いと思っていたんですがその次へと越える為の何かを生むのに苦しんでいます。あの演出方法でどんどん作っていけばいいじゃないかという声もあるんです、が、実感としては「いくらでも作れそうだ」と思っています。テキストさえあれば。だから、いくらでも作れると思えてしまった時点で、これはブレーキを掛けないといけないと考えたんです。

タグ: 総合芸術としての演劇 孤独と演劇 有機的に関わりあう 作家の手つき


純芸術

__ 
私は小劇場を見る時に、納得出来なくても気にしないで見るという姿勢が身についていて。例えば言えてない俳優のセリフを無理矢理受け止めたり、間の不自然さに気持ち悪いと思ってもそこは目をつぶったりして、テンションを落とさずに見ているんです。そんな事を考えている時点で楽しんでいないのかもしれませんが。しかし、dracomを見る時は、そういう事はしなくていいんですよね、それはもう、上演する寸前に肌で感じるものがある。奇妙さが前提だったから?いや、それはもしかしたら、純芸術と呼べるようなものだからかもしれない。そう思います。
筒井 
うん。
__ 
純芸術と呼べる演劇は、dracomの形をしているのかもしれない。それは、「良いコンセプト」があれば、それを味わえるだけで良い。そうした力強い作品をdracomで拝見出来るのはとても嬉しいです。
筒井 
そうした反応を貰えるのは嬉しいですね。

タグ: 奇妙さへの礼賛 筒井潤


dracom Gala公演 ウイングフィールド提携公演 たんじょうかい

筒井 
一般の人たちは演劇をどう捉えているんだろうと思って、Gala公演「たんじょうかい」という企画が生まれたんです。大勢の方に面白いと言ってもらえましたが、一方、dracomの祭典をいつも面白いと言ってくれるコアなお客さんは物足りないと。
__ 
dracomには珍しいストレートプレイでしたからね。
筒井 
実はこの公演には狙いがあったんです。大阪のお客さんは、一体何に興味があって劇場に足を運ぶのか?という事です。戯曲か、俳優か、演出か?そういうリサーチの意味もあったんです、実は。上演後にお客さんに書いてもらったアンケートの結果と、公演後の声から総合したら面白い事が分かったんですよ。
__ 
というと。
筒井 
アンケートに「今日劇場に来た理由は何ですか?」という項目を設けたんです。僕は「見たことがない劇作家の作品を見てみたかった」が多いと思っていたんですね。その結果が出ていれば、お客さんは知らない劇作家の、過去の名作に興味がある。つまり、戯曲への興味が大きいという事になる。
__ 
そうですね。
筒井 
しかし、「dracomを観てみたかった」という答えが意外と多かったんです。みんな割と演出に興味があるという事が分かったんです。dracomを見に来る時点で少数派であることは否めないですけど。で、じゃあ、世に言われる大阪戯曲至上主義の正体とは?それは、ある作家の新作が、作家自身によって演出された戯曲に最も忠実な上演を見に劇場に来る事を指しているのかもしれません。であれば、お客さんが横に流れていかない。実際に「たんじょうかい」のアンケートでは、すでにある作家のファンの人で、未見の他の作家の作品を観てみたかった、という回答をした人はたった一人でしたから。戯曲至上主義というよりは作家個人至上主義と呼べるのかな。すると横の流れがより狭くなってしまって、広がりがなさそうな気がしてくるんだけれども。
__ 
作家に人が付いていっているという事かもしれませんね。
筒井 
作家という、保証なんですよ、きっと。演出が作家自身によるものが「本物」であって、その「本物」じゃない公演には足を運ばない、ということになっているのかもしれないですね。もっと多くの劇団や作家が「たんじょうかい」のように積極的に働きかけたらそれなりの成果が得られるのに。
dracom Gala公演 ウイングフィールド提携公演 たんじょうかい
公演時期:2013/6/22~23。会場:ウイングフィールド。

タグ: 社会の中で演劇の果たすべき役割 町とアートと私の企画 アンケートについての話題 演劇村についての考察


質問 嵯峨 シモンさんから 筒井 潤さんへ

__ 
前回インタビューさせていただいた、笑の内閣の嵯峨シモンさんから質問です。
筒井 
笑の内閣、見たい見たいと思ってたんですよ。
__ 
明日、結婚式プロレスやりますよ。
筒井 
何やそれ。
__ 
代表・高間さんの結婚式にプロレス軍団が乱入してくるそうです。ええと、そこの嵯峨さんから質問です。「最近知ったおすすめのお酒を教えてください」
筒井 
この間長野県に行ったんだけど、そこで飲んだ「獺祭」がめちゃくちゃ美味しくて飲み過ぎて、翌日頭がぼーっとしましたね。