好き放題

__ 
今日はどうぞ、よろしくお願いします。筒井さんは最近、いかがでしょうか?
筒井 
おかげさまで、忙しくさせてもらっています。まあ順風万帆でもないという感じかな。
__ 
私は逆境に立たされているというのが結構好きなんですけど、筒井さんはいかがですか。
筒井 
そうですね、そもそも演劇を選んでいる時点で、この現代社会においては逆境なんですけれども、もっと具体的には、なかなか自分がやりたいことを認めてもらえなかったり、賞をもらってから数年経って、昔ほどやりたい放題ではなくなっていたりして。それは僕のせいでもあるんですけど。
__ 
好き放題出来なくなっている?
筒井 
昔はお金の事なんか全く気にしないで作品を作っていたんです。すごい借金して公演を打ってたりしてました。それだけじゃ難しくなると思って方向転換をしていきました。やりきった感と共に辞めるのならともかく、お金の融通が効かなくなって、どうしようもなくなって辞めるのは避けたいです。
__ 
なるほど。
筒井 
ただ、やれる範囲でものを作るという事が習慣化されていくという弊害にも直面していて。発想力が上演空間に収まっていて、それを破るようなキテレツなアイデアが生まれにくくあるんじゃないかというのが、自分が生んでいる逆境といえるのかも。悩んでいるという訳じゃないんだけど。いまは活動の継続性を確保しつつ、発想力が劇場に収まらないようにするやり方を模索しています。
dracom
1992年、dracomの前身となる劇団ドラマティック・カンパニーが、大阪芸術大学の学生を中心に旗揚げ。基本的には年に1回の本公演(=「祭典」)と、同集団内の別ユニットによる小公演を不定期に行う。年に一回行われる本公演では、テキスト・演技・照明・音響・美術など、舞台芸術が持っているさまざまな要素をバランスよく融合させて、濃密な空間を表出する。多くの観客に「実験的」と言われているが、我々としては我々が生きている世界の中にすでに存在し、浮遊する可能性を見落とさずに拾い上げるという作業を続けているだけである。世界中のあらゆる民族がお祭りの中で行う伝統的なパフォーマンスは、日常の衣食住の営みへの感謝や治療としてのお清め、さらには彼らの死生観を表現していることが多い。我々の表現は後に伝統として残すことは考えていないが、現在の我々がおかれている世界観をあらゆる角度からとらえ、それをユーモラスに表現しているという意味で、これを「祭典」と銘打っている。(公式サイトより)

タグ: どんな手段でもいいから続ける 劇団の方向転換 訳の分からないボールの話 難しくて、厳しい 人生の節目 ロックな生き方 筒井潤 実験と作品の価値


「しちゃう」

__ 
実は私、dracomの祭典・公演はもれうた、事件母、弱法師、この間のたんじょうかいしか拝見出来ていなくて。どれもとても面白かったんですが、やっぱりもれうたの衝撃は凄かったんですよ。
筒井 
ありがとうございます。
__ 
dracomの特徴といえば俳優の身体と台詞のズレだと多くの人が思い浮かべると思うんです。つまり、俳優の台詞を前に録音しておいて、本番時にはスピーカーでそれを流し、意図的にズレを作りだす事で、観客の受容器官は別々に俳優の演技を受け止める事になる。私はあれがとても好きでして。そうした演出を発想されたのはどのような経緯があったのでしょうか。
筒井 
2007年に作品を作るという事で、企画書を書く事になって。その当時、ミュージカルに興味があったんです。好きとは言えないんですが、興味があって。
__ 
興味。
筒井 
もれうたの前の2年間に2本、ミュージカル作品の祭典を作っていたんです。歌って踊って、でも歌はとてもへんてこりんなメロディで、アレンジもスカスカで。でも、いずれは静かなミュージカルを作れるようになりたいと思っていました。演劇計画2007参加に向けて企画書に書いたタイトルは「もれうた」で、公園で鼻歌を歌っている人、それだけで作品を作れないだろうかと思っていました。
__ 
わかります。面白そうですね。
筒井 
でも、格式高い作品にしちゃおうと。(この「しちゃう」という言い方をよくするんです)その格式高さがおかしみになるんじゃないかと思うんです。鼻歌で歌われているのはオペラの歌曲で、歌詞が映像で出てきて、鼻歌を歌っている人がいて、それだけの作品。でもそれだけの作品だったら多くのお客さんは寝てしまうだろうと思って。だからセリフのテキストを書きました。が、すると客の意識はそちらの方にばかり向いてしまう。僕は鼻歌の方にフューチャーしたかったから、どうしようと思って。だから、会話のセリフを録音して、それをちっちゃいボリュームで流せば鼻歌の方が勝つ。そのコンセプトまでは稽古場に持っていくまでに出来たんです。練習して、俳優が身体だけで演じられるようになった。
__ 
なるほど。
筒井 
しかし、それだと俳優がセリフを覚えない手抜きという事になってないか。努力の跡が見えないといけないという言い方をする人もいるんですよ。僕はそういう評価の仕方は好きじゃないんですけど、でもまぁ、努力の跡を示すために、俳優たちがセリフを覚えている事を示すために思いついたのが、事前に録音しておいて、俳優が身体だけで演技した後に遅れてセリフが聞こえてくるという演出をしたんです。これなら、俳優はちゃんとセリフを覚えていると示せる・・・そういうつまらない発想からだったんです。まあ、それを実際試してみたら、過去に体験した事のない感覚があったんです。これは面白いなと。
dracom 祭典2007 『 もれうた 』
公演時期:2007/9/8~9(京都)、2007/9/29~30(伊丹)。会場:京都芸術センター(京都)、AI・HALL(伊丹)。
dracom 祭典2010 『事件母(JIKEN ? BO)』
公演時期:2010/10/14~17(京都)、2010/11/18~21(東京)。会場:京都芸術センター(京都)、THEATER GREEN BOX in BOX THEATER(東京)。
dracom 祭典2012 『弱法師』
公演時期:2012/9/7~9。会場:京都芸術センター。

タグ: ミュージカルの話題 コンセプチュアルな作品 ハミング・鼻歌 意図されたズレ メロディ


音楽と、演劇と、身体と、

__ 
興味があるやり方に「しちゃう」のが筒井さんの演劇なんですね。そこで伺いたいのですが、筒井さんが発見されたセリフと身体の時間的な分離は、革命的な手法として演劇史の延長線上に位置しているのでしょうか。それとも、人間存在なるものを、意図的に発生させたズレから問い直す意義に立脚しているのでしょうか。
筒井 
後者ですね。確かにそれは後者なんですよ。最近になってようやく、自分がやっているのは演劇だと思えるようになりました。dracomが舞台芸術集団と名乗っているのもそこからです。舞台で何か、面白い事をしたいという気持ちは当初からあるんですが、それが演劇である必要はないなあと。そういう中で、例の実験が大きかったんです。ちなみに僕は音楽が趣味なんですが、劇中で音楽が鳴る時、「音楽が鳴ってるからここは盛り上げたいんだ」という見え方がするともう最悪なんですよ。そういうものが世の中に多い中で、演劇を後押ししたりとか、足をひっぱりあうみたいな関係じゃなくて。音楽と、演劇と、身体と、セリフというものが有機的に関わる表現を模索していたんです。その中で、ずらすという手法が、今までにない形で捕まえる事が出来たと思ったんです。演劇に革命を起こそうとかは考えてなかったですね。音楽好きだったから辿り着いたかもしれません。もしこのやり方を、演劇だけを志向する人が気付いたとしたらどうだったんだろう?それを深めたり継続したり、上演に持っていったとはちょっと思えないですね。
__ 
音楽と空間と演劇。それらが同じ時間と場所に結実するものを、コンセプトから引き出せないかと考えているのですね。
筒井 
まあ、偶然に助けられたものかもしれないし、それを稽古場で初めて見た時面白がったのは僕だけだったんですけど。あの瞬間は、それまで目指していたものを掴んだと同時に今後の自分の方向性を広げてくれました。ただ、その広がりは用意されている劇場空間に集中してしまい、以降、それほど変な公演はしていないですね。もちろん、試みを面白いと多くの方に仰って頂いたし、僕自身も面白いと思っていたんですがその次へと越える為の何かを生むのに苦しんでいます。あの演出方法でどんどん作っていけばいいじゃないかという声もあるんです、が、実感としては「いくらでも作れそうだ」と思っています。テキストさえあれば。だから、いくらでも作れると思えてしまった時点で、これはブレーキを掛けないといけないと考えたんです。

タグ: 総合芸術としての演劇 孤独と演劇 有機的に関わりあう 作家の手つき


純芸術

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私は小劇場を見る時に、納得出来なくても気にしないで見るという姿勢が身についていて。例えば言えてない俳優のセリフを無理矢理受け止めたり、間の不自然さに気持ち悪いと思ってもそこは目をつぶったりして、テンションを落とさずに見ているんです。そんな事を考えている時点で楽しんでいないのかもしれませんが。しかし、dracomを見る時は、そういう事はしなくていいんですよね、それはもう、上演する寸前に肌で感じるものがある。奇妙さが前提だったから?いや、それはもしかしたら、純芸術と呼べるようなものだからかもしれない。そう思います。
筒井 
うん。
__ 
純芸術と呼べる演劇は、dracomの形をしているのかもしれない。それは、「良いコンセプト」があれば、それを味わえるだけで良い。そうした力強い作品をdracomで拝見出来るのはとても嬉しいです。
筒井 
そうした反応を貰えるのは嬉しいですね。

タグ: 奇妙さへの礼賛 筒井潤


dracom Gala公演 ウイングフィールド提携公演 たんじょうかい

筒井 
一般の人たちは演劇をどう捉えているんだろうと思って、Gala公演「たんじょうかい」という企画が生まれたんです。大勢の方に面白いと言ってもらえましたが、一方、dracomの祭典をいつも面白いと言ってくれるコアなお客さんは物足りないと。
__ 
dracomには珍しいストレートプレイでしたからね。
筒井 
実はこの公演には狙いがあったんです。大阪のお客さんは、一体何に興味があって劇場に足を運ぶのか?という事です。戯曲か、俳優か、演出か?そういうリサーチの意味もあったんです、実は。上演後にお客さんに書いてもらったアンケートの結果と、公演後の声から総合したら面白い事が分かったんですよ。
__ 
というと。
筒井 
アンケートに「今日劇場に来た理由は何ですか?」という項目を設けたんです。僕は「見たことがない劇作家の作品を見てみたかった」が多いと思っていたんですね。その結果が出ていれば、お客さんは知らない劇作家の、過去の名作に興味がある。つまり、戯曲への興味が大きいという事になる。
__ 
そうですね。
筒井 
しかし、「dracomを観てみたかった」という答えが意外と多かったんです。みんな割と演出に興味があるという事が分かったんです。dracomを見に来る時点で少数派であることは否めないですけど。で、じゃあ、世に言われる大阪戯曲至上主義の正体とは?それは、ある作家の新作が、作家自身によって演出された戯曲に最も忠実な上演を見に劇場に来る事を指しているのかもしれません。であれば、お客さんが横に流れていかない。実際に「たんじょうかい」のアンケートでは、すでにある作家のファンの人で、未見の他の作家の作品を観てみたかった、という回答をした人はたった一人でしたから。戯曲至上主義というよりは作家個人至上主義と呼べるのかな。すると横の流れがより狭くなってしまって、広がりがなさそうな気がしてくるんだけれども。
__ 
作家に人が付いていっているという事かもしれませんね。
筒井 
作家という、保証なんですよ、きっと。演出が作家自身によるものが「本物」であって、その「本物」じゃない公演には足を運ばない、ということになっているのかもしれないですね。もっと多くの劇団や作家が「たんじょうかい」のように積極的に働きかけたらそれなりの成果が得られるのに。
dracom Gala公演 ウイングフィールド提携公演 たんじょうかい
公演時期:2013/6/22~23。会場:ウイングフィールド。

タグ: 社会の中で演劇の果たすべき役割 町とアートと私の企画 アンケートについての話題 演劇村についての考察


質問 嵯峨 シモンさんから 筒井 潤さんへ

__ 
前回インタビューさせていただいた、笑の内閣の嵯峨シモンさんから質問です。
筒井 
笑の内閣、見たい見たいと思ってたんですよ。
__ 
明日、結婚式プロレスやりますよ。
筒井 
何やそれ。
__ 
代表・高間さんの結婚式にプロレス軍団が乱入してくるそうです。ええと、そこの嵯峨さんから質問です。「最近知ったおすすめのお酒を教えてください」
筒井 
この間長野県に行ったんだけど、そこで飲んだ「獺祭」がめちゃくちゃ美味しくて飲み過ぎて、翌日頭がぼーっとしましたね。

テント公演と、女三人

__ 
筒井さんは今後、どんな感じで攻めていかれますか?
筒井 
「たんじょうかい」のような地に足着いた演劇作品を作りつつ、僕が発見できた「ズレ」から広がった、従来にはない方法から模索していこうと思います。具体的な公演予定としては、秋にテント公演するんです。
__ 
テント公演!?
筒井 
10人ぐらいが入れるテントで、いろんなところに持っていきたいなと思っています。
__ 
面白そうですね!なぜテント・・・。
筒井 
ある条件下で作ってしまいがちな今の状況から抜け出したかったというのもありますし、実は昔から冗談で言ってたんですよ、テントでやりたいというのは。発想が劇場などのすでにある上演施設に収まりたくないという思いもあって。
__ 
6月にはそよ風ペダルの公演もありますね。
筒井 
高槻市のシニアの皆さんですね。劇場での公演ではありますが、素人ゆえに劇場に収まらない方々なんですよ。お互いに「客席に顔を向けていかな」とかって声を掛けあってくれるんです。シニアの方々だからこそ出来る、生の声に聞こえるようなセリフの言い方がどういうふうに受け止められるかですね。その辺りが楽しみです。
__ 
「女3人集まるとこういうことになる」は。
筒井 
今稽古途中なんですけど、演劇をやっていてダンサブルになりすぎる瞬間と、ダンサーが演技になりすぎる瞬間の、本来ならダメ出しされてしまう、ダメな部分を集めるとこうなる、という事をちまちまと作っています。
高槻シニア劇団 そよ風ペダル 第1回本公演『モロモロウロウロ』
公演時期:2013/6/22・23。会場:高槻現代劇場 レセプションルーム。
DANCE FANFARE KYOTO参加『女3人集まるとこういうことになる』
公演時期:2013/7/6~7。会場:元・立誠小学校 職員室。

タグ: 半野外劇 今後の攻め方 実験と作品の価値


MOLESKIN シャープペンシル(0.7mm)

__ 
今日はですね、お話を伺えたお礼にプレゼントを持って参りました。どうぞ。
筒井 
えっ、そんなものがあるんですね。めちゃめちゃ嬉しい。(開ける)シャープペンシル?
__ 
手帳用のものです。
筒井 
入るかな。ちょっとはみ出るけど、今使ってるのがスカスカなので、ぴったりです。ホントに使います。

タグ: プレゼント(文具系) プレゼント(ツール系)


「こんなにも習った事が出来ないものなのか」

嵯峨 
再開したのは2011年ごろですね。久しぶりの空手でしたが、すごく面白く思えて。
__ 
面白く感じた?
嵯峨 
専門的な話ですが、子供の頃は松濤館流、今は剛柔流をやっています。その二つは伝統的な空手の流派でして、松濤館流は本土で競技試合の発展とともに流派としての深みを培ってきた流派で、剛柔流は沖縄っぽさがすごく残っている流派で、相手との間に取る間合いが近いんですよ。つまり、技が近い。以前映像で見て、いつかやってみたいと思ってたんです。
__ 
私は空手とはあまりにも縁がなく生きてきたので、その面白さは想像するしかないんですが。
嵯峨 
流派の違いというのは系譜の違いと、想定している間合いの違いがあるんです。間合いが違うと、技も当然違うんです。松濤館流は間合いを置き、離れた相手に技を入れる。剛柔流は接近戦で、猫足立ちといって接近していくんです。面白いのは、捕み合いになった時。「こんなにも習った事が出来ないものなのか」というぐらい簡単に技が潰されたりするんです。知らない技もいっぱいあるし。
__ 
相手とのやり取りがあり、自分のプランがある。それらに自分の身体を使うというのが絶対面白いんでしょうね。
嵯峨 
それはありますね。ただ、プロレスやってるから意外だと思われるんですが、僕は組手嫌いなんですよ(笑う)。それよりは型の方が好きですね。今の道場も型を重視してくれるので。松濤館流と剛柔流は型が一切被ってないので、ひと通り覚えるには苦労しました。基礎的な型を教えてもらう時、「やった事あるやろ」と言われたんですが、やった事ないです(笑う)。必死に覚えました。

タグ: プロの仕事 本番は毎回違う、一過性の 暴力 深めていきたい


バカ正直な人間

__ 
嵯峨さんのプロレスを、西部講堂で拝見した事があります。ブレーンバスター三連発がとても美しかったです。嵯峨さんが空手をされているうえ、演じられていたリッキー・クレイジーという役も空手出身というキャラクターだったからかもしれないですけど、型の美しさというものがあるプロレスだったんじゃないかと思うんですよ。
嵯峨 
よくご存知で(笑う)そうですね、型は大事にしています。バカ正直な人間なので、自分がやってきた事をしか反映させられないんです。ストロングな、意地を張る、アスリートのキャラクター。僕も笑いを取れるような怪奇キャラやりたかったんですけどね。
__ 
笑いが主体の内閣プロレスで、正統派のシモンさんの試合がとても見応えがあって好きです。格闘をやっている人はやっぱり違うなと思います。嵯峨さんは空手の有段者なんですよね。
嵯峨 
初段です。子供の頃から高校二年までやっていました。大学受験までやってたんです。実は高校演劇をやっていたので、大学に入ってからはずっと演劇部でした。いまお世話になっている道場に入ったのは2年前なんです。だから、ついこないだ再開したばかりなんですよ。
笑の内閣
笑の内閣の特徴としてプロレス芝居というものをしています。プロレス芝居とは、その名の通り、芝居中にプロレスを挟んだ芝居です。「芝居っぽいプロレス」をするプロレス団体はあっても、プロレスをする劇団は無い点に着目し、ぜひ京都演劇界内でのプロレス芝居というジャンルを確立したパイオニアになりたいと、06年8月に西部講堂で行われた第4次笑の内閣「白いマットのジャングルに、今日も嵐が吹き荒れる(仮)」を上演しました。会場に実際にリングを組んで、大阪学院大学プロレス研究会さんに指導をしていただいたプロレスを披露し、観客からレスラーに声援拍手が沸き起こり大反響を呼びました。(公式サイトより)

タグ: 自分を変えた、あの舞台 観客との関係性 西部講堂 会場を使いこなす


__ 
この事だけは伺いたいのですが、演技は訓練していれば誰でも習得出来るんだと思うんです。
嵯峨 
ええ。そうですね。
__ 
恐らくはダンスの振付も、空手の型も、誰でも訓練すれば出来るはずです。
嵯峨 
はい。
__ 
でも、100日間訓練しただけの人と、同じように訓練したダンサーや空手家では、同じ動きをしていても絶対に違うと思うんです。それは、理を分かっているかどうかではないか。空手の型にも道理はありますか。
嵯峨 
もちろんあります。道理があるから残るんですよ。理があるから系譜されていくんです。中途半端なものを作っても、誰もついていけなくて廃れる、そう僕の師匠が言ってまして。
__ 
ダンスでも芝居でも、理の伴わない芝居が、そりゃ全てとは言えないですけど、見応えのあるものとは成り得ないだろうなと思うんです。
嵯峨 
そうですね。僕もそう思います。
__ 
もちろん、そうしたパフォーマンスを本番で発揮出来なければ何の意味もない。

タグ: 演技の理解、その可能性 出来ない!難しい!演技


__ 
格闘の本番と舞台の本番。共通する事を感じた経験はありますか。
嵯峨 
本番の舞台では誰も助けてくれない。それを強く意識します。演劇的な見せ方への意識って、武道の演武で生きるんですよ。見栄を張るやり方ですとか目線であるとか、発声であるとか。同時に、武道で培ったものが舞台で生きる事は多いですね。ピンと背筋を張った立ち方であるとか、立ち幅とか、相手との間合いの違和感を感じるかどうか。
__ 
違和感?
嵯峨 
手の届く距離に相手がいること。それを本番でも意識する事で、緊張感をもって演技することが出来ます。そして、目線の使い方です。「のるてちゃん」を東京でやった時、ゲストに来ていただいた藤本由香里先生に「あなた本物っぽい!」って言われて。警察官僚ってそういう風に立っているのよ、って。研究したから、というのもありますが。武道をやっているかどうかは結構伝わるみたいです。
__ 
武道をやっている人の立ち方、目線が生きるんですね。
嵯峨 
背筋に力を入れた緊張しっぱなしの立ち方だと疲れてしまうし、リラックスし過ぎでも良くないんですよね。空手の有名な先生の話で、海外で強盗に出くわした時はさっと用意しておいた20ドル札を渡すんですって。そりゃ強盗を空手で制圧する事は簡単なんですけど、その後の面倒臭さを考えると、被害を避ける為の一番の方法はそうすることだそうです。海外だと特に。それも一つの武なんですよね。「武」とは、争いを避ける事ですから。技術を使って相手を制圧するのは意外と最後の最後なんですよ。
__ 
備えているという事ですね。
嵯峨 
絡まれた時も、落ち着かせて話を聞く事とかね。実のところ、絡まれて腕を掴まれても、ちょっと習った位では振りほどくための技なんて出ないんですよ。訓練して訓練して、指導員クラスの人でようやく出るくらいなんですよね。さらに、矛盾するようですけど、道場で教えられた護身術はみだりに使ってはいけないんです。中国拳法の世界でもそうですけど、手が出るのはラスト。今日で人生がちょっと変わってもしゃあないな、という覚悟が出来た時だけなんですね。空手はとても危ない事を学ぶんです。だからこそ、正しい心を持たないといけないんです。

タグ: 印象的な特徴「目」 わたしとわたしの矛盾 本音の価値


噛み合う為に生きている

嵯峨 
腕よりも、もっと鍛えた方がいいのは体幹ですね。そこを教えてくれるのはいい道場です。腕をどう使うかは大切なんですけど、相手がどんな時に来てもいいように胴を練るんです。幹が練れていたらバランスが崩れないので、枝葉に当たる腕も動いてくれるようになるんですね。
__ 
体幹を練る。どのように訓練しているのでしょうか。
嵯峨 
まずは、正しく立つ事です。背筋をまっすぐ伸ばし、やんわり曲げていく。自分の体にどれだけ力が入っていったのか感じながら曲げていく、あるいは伸ばしていく。ブルース・リー先生もやっていた「アイソメトリックス」がそうですね。立っている人間には前後左右上下の6方向に重力が働いているんですが、動かないで自分はどこに方向に向かっていくのかを感じるトレーニングなんです。前に行きたい自分を抑え、キープする。後ろに行きたい自分を感じる。自覚するんです。
__ 
自分の行きたい方向を感じる・・・?
嵯峨 
下に向かう重力があって、自分は反作用で立っていますね。だから自分はここにいる。自分はどの方向に向かうのか?禅のようですね。
__ 
精神と肉体と関節の総合が持つ方向付けの力を感じ、集中して問い続ける。
嵯峨 
そうですね、力と言えると思います。ただし、惰性ではありません。惰性だと重力に従って落ちていく筈で、それに逆らって立っている自分の方向付けを見定める事は、禅に近い修養と言えるでしょうね。
__ 
我々はたまたま生まれてきて、闇雲に生きていますが、肉体と精神と関節というものを与えられていますね。その3つの総合をもってして、方向付けがいみじくも出来ています、と。
嵯峨 
そうですね。
__ 
それは惰性で動こうとしているのではなく、自ら存在として動こうとしている。
嵯峨 
もっと演劇の話に近づけると・・・「シモンさんみたいに動いてみたいです」と言われる事があって。僕なんか全然動けないんです。どんな風に自分は動けるのか、そのイメージを具体的に持たないといけないんですね。自分の腕の可動域はどこからどこまでか。肩は?足のバネは?それを考えて、ゆっくり動いてみたり・あるいは勢いをつけたり。考えて動かなければ失敗するパフォーマンスになるんですよね。ちゃんと、今いる立ち位置・スタンスのところから、相手への距離を考えて練っていく事をやるかやらないかが、上手い演技者かどうかの分かれ目。武道でも同じです。これは師範の言葉ですが、武道を学ぶ人こそ頭を使って勉強しないといけないんですね。理を理解し、相手と自分の事を考え、頭を使って勉強していないと、武道を正しく使えないし、上手くもならない。
__ 
それは、言葉だけではない自己分析と言えるかもしれませんね。自己の表現内容を吟味するという意味で、演技者としての大切な作業ですね。
嵯峨 
もちろん、プレイヤーと演技の間には演出の要請がありますからね。さらに、独りよがりの演技に陥ると「何で相手役を置いて一人だけでいってんねん」という事になってしまいますし。舞台は、噛み合った完成形を見せる芸術作品ですから。ところで武道でも、噛み合うという事を学ぶんです。
__ 
というと。
嵯峨 
武道の「道」とは仲良くする事を意味するんですよ。それが最終目的なんですね。道でないと広がっていかないんです。格闘術は戦場で生き残れればキレイでなくてもそれでいいんですよ、本当に。「道」と名前の付いている武道は自他共栄する事です。演劇って、役者が共演者と一緒に上に上がっていくからより良いものになっていくんですよ。
__ 
それはきっと、傑作と呼べるものだと思います。
嵯峨 
そうですよね。統合・統一・統和されないと、演劇としては完成されないと考えています。そうでないと面白くないんです。

タグ: 揺らぎ、余白 肉体、重心 傑作の定義 トレーニング[方向について]


なんだこいつみたいな

__ 
いつか、どんな演技がしたいですか?
嵯峨 
気持ち悪い役柄をやってみたいですね。去年出させてもらった京都ロマンポップさんの『ミミズ50匹』でそういう役をやらせてもらって。とても楽しかったんですよ。なんだこいつ、みたいなのをやってみたいですね。
京都ロマンポップ さかあがりハリケーン公演「ミミズ50匹」
公演時期:2012年3月1~3日。会場:アートコンプレックス1928。

タグ: いつか、こんな演技が出来たら


質問 大熊 隆太郎さんから 嵯峨 シモンさんへ

__ 
前回インタビューをさせて頂きました、壱劇屋の大熊さんから質問です。「移動中に音楽を聞きますか?」
嵯峨 
聞きます。最近は「きゃりーぱみゅぱみゅ」をよく掛けています。女の子の素直な音域で唄う歌はのんびり聞けますね。あと、昔はメタルを聞いてました。

アイソメトリックス

__ 
今後、どんな感じで攻めていかれますか?道を学んでいる方にこの質問は矛盾しているかもしれませんが。
嵯峨 
自分である事かな。

タグ: 今後の攻め方


AFTER DEATH SAUCE

__ 
今日はですね、お話を伺えたお礼にプレゼントを持って参りました。どうぞ。
嵯峨 
見させて頂いても。
__ 
もちろんです。
嵯峨 
(開ける)えっ・・・
__ 
それはブレア社の「AFTER DEATH SAUCE」という、めちゃくちゃ辛いソースです。
嵯峨 
僕、辛いもの好きなんですよ。味覚が極端で、激甘と激辛なんですよ。ブラックコーヒー飲めないし、でも激辛好きで。楽しみです。僕も、お返しにこれを持って来ました。
__ 
ありがとうございます!これは・・・?あ、リッキーのTシャツ?
嵯峨 
はい。11枚作りました。その内の一枚です。
__ 
嬉しいです!ありがとうございます。寝間着にします。

タグ: プレゼント(食品・飲料系)


悩みどころの日々

__ 
俳優としての目標を教えて下さい。
大熊 
27歳俳優としては悩みですね。売れたくもあり、売れたくなくもあり。力を抜いた演技もしてみたいですね。藤原大介さんみたいな。それから、単純にでっかい劇場で一回やってみたいです。小劇場の演技が通用しないものがあるんだろうなあと。
__ 
私は多く見てる訳じゃないんですけど、大劇場の演技って、はっきりと伝えてそれが面白い、そういう芸術だという感触はあります。
大熊 
そうなんですよ、それで面白いんですよ。
__ 
生きている論理が明確にあるんじゃないかと。

もっと愛してもらえるように

__ 
今後、どんな感じで攻めていかれますか?
大熊 
京都にも公演で行きますし、2014年度までにやる公演が、6月のも含めると6回決まってるんですよ。
__ 
それは凄いですね。
大熊 
ちょっと大丈夫かなと。自主公演もあるし、そんなにやって大丈夫なのかなと。今年度は攻めすぎですね。
__ 
今後、作って行きたい作品としては。
大熊 
エンターテイメントとアートの、中間の娯楽を作って行きたいです。中間というと安いですけど。どんな人でも楽しく面白く見られる大衆性を持ち、アートを意識するお客さんにも訴えられる。あと、劇団をもっと愛してもらえるような運営が出来ればと思います。

タグ: 愛される劇団づくり 分かりやすい面白さと芸術的な面白さの中間 私の劇団について 今後の攻め方


「世界のタワー」

__ 
今日はですね、お話を伺えたお礼にプレゼントを持って参りました。どうぞ。
大熊 
ありがとうございます。見ていいですか?
__ 
どうぞ。
大熊 
ここまで来てもらって、プレゼントまで貰えて感謝感激です(開ける)あっ・・・うわ、めっちゃ嬉しい。この本、何回も立ち読みしてるんですよ。TSUTAYAで。僕、建築好きなんです。変な建物とかが好きで想像力を刺激されて、作品作りの元になるんですよ。

タグ: プレゼント(書籍系)