質問 横山拓也さんから 福田 恵さんへ

__ 
前回、インタビューさせて頂いた、横山拓也さんから質問を頂いて来ております。横山さんは、30代女性の不安な心理に今興味があるそうなんですが。「その事を考えると、心底しょげてしまうぐらいの心配事は何ですか?」
福田 
やらしい質問ですねぇ。まあ、その年代は市場への影響力でかそうですもんね。こないだ、ゲームの専門学校にお邪魔する機会があって、ゲームクリエイターになりたいらしき学生に、講師が「このゲームにどの層が金を出してくれるのか考えろ。狙うべきはアラサー未婚女性や。この層を想定して架空の彼氏が優しくしてくれるゲームを作る、大事なのはこういう発想や」て説教してるのを見ました。なんか落ち込みました。そういうことですか?
__ 
いや、次に甘いモノを食べれば立ち直れるレベルの事で。
福田 
うーん、まあ、でもやせ我慢の義務感じゃないですか。
__ 
やせ我慢?

タグ: アラサーになってしまった


やせ我慢

福田 
30代女性で結婚していない人が可哀そうという枠があって。私の思い込みかもしれないけど。可哀そうがられるのはムカつかれるよりきついことだと思うので、ついやせ我慢する。すると、女芸人がやってるみたいな自虐的な笑いになっていくんですよ。微妙に人に気を使われる立場というのは、人前で何かをするのに向いていないと思うんです。安定志向のコンセプトとも関係してますけど、ある程度安心して笑える人である必要があるんですよ。
__ 
安心して笑える事を大事にしている?
福田 
はい。安心してツッコんでいい人である必要があるんです。
__ 
福田さんはやせ我慢していますか?
福田 
あれ、している、という事になっちゃいますね(笑う)でも、正直なんとも思っていない部分がありますね。なんか、正直、コレいつまでネタにして大丈夫かな、って冷静に見てるかも。
__ 
確かに福田さんはその自虐的なのを笑いに変えてますよね。それを聞くと何だか妙なおかしみがあるんですよね。
福田 
それは本気で嬉しいです。ストレートに言うと可哀想になりすぎるやろうなというバランスはすごく気をつけていますね。
__ 
安定志向、それが中心になっていく事が多いですね。
福田 
Mー1の時は公務員押しでやっていましたけど、身近な問題になっていきますよね。藤さんも結婚したし。そうだ、藤さんの結婚式の模様が関テレの「アンカー」に取材を受けたんですよ。
__ 
えっ!それは凄い。
福田 
藤さんが漫才をやっている事が、相手のご家族に受け入れられるかどうか。そういうドキュメンタリーになりました。結婚式での漫才もちょっと映ってると思います。
__ 
そう言えば、時間外で市民サービスとして結婚式の盛り上げ役をされているそうですが、公務員がそれをしに式場に来るってショッキングですよね。会場は、どんな反応を示すんですか?
福田 
公務員だっていう以前に、知らない人が突然ウェディングドレスでやってくるっていう、もう要素が多すぎるんで、ポッカーンとされます。まあでも皆さん暖かいです。
__ 
安定志向。世間にどう受け止めてもらいたいですか?
福田 
受け止められ方・・・あんまり考えたことなかったですけど、そういえば安定志向の市民サービスのひとつに「合コンの欠員に入る」っていうのがあるのですが、声がかかったことがないので、それも我々の活動のひとつの大きな柱だと認識してほしいです。こちらはいつでも出動体制だぞと。

タグ: ドキュメンタリー 衣裳・ウェディングドレス


「息を合わせて」

__ 
今後、客演とかで付いてみたい演出家さんは。
福田 
勝手にファンだから言ってるだけですけど、土田英生さんですね。横山さんが覚えてくださっているのもたぶん、土田さんと横山さんのワークショップに行ったからなんですよ。その時に土田さんが説明してはったのがめっちゃ理路整然としていて。ファンなだけですけど。恐れ多いですけど。
__ 
面白そうですね。
福田 
その時は役者のWSで、呼吸についてでした。「息を合わせて」って良くいいますけど、それが具体的にはどういう事なのかを教えて下さったんですよ。

細々とでも/攻めながらじゃないと

__ 
では今後、どんな感じで攻めていかれますか?
福田 
まずは、倦怠アヴァンチュールを成功させないと何にもならへんなと。あと、安定志向としては藤さんが妊娠したんで今年秋までは基本産休なんですけど、ありがたいお話とかもあったんで、やりくりしながら色々やるつもりです。続ける事自体が攻めることかなぁ、私にとっては。
__ 
そうですね。
福田 
そこは全力で攻めますね。俳優としてはもっといっぱい出たいです。出れるように頑張ります。

タグ: 続ける事が大事 今後の攻め方


ティッシュケース

__ 
今日はお話を伺えたお礼にプレゼントがございます。どうぞ。
福田 
ありがとうございます。(開ける)あこれは立派なポケットティッシュ。
__ 
いいでしょう。
福田 
これは無かったですね。・・・え、これがホンマにプレゼントなんですか?
__ 
それもプレゼントですが、本当はこれを渡したかったんです。
福田 
あ、ティッシュケース。女子力アップしますね。ありがとうございます!

タグ: プレゼント(ポーチ系)


「ナントカ世代の落語まつり」を終えて

__ 
今日はどうぞ、宜しくお願い致します。久しぶりですね。最近どうですか?
北島 
「ナントカ世代の落語まつり」が終わりました。
__ 
面白かったです。ゲスト多数で見応えのある公演でしたね。お疲れ様でした。いかがでしたか。
北島 
有り難いことに、先輩方にたくさん出ていただきました。千秋楽なんかゲスト3組で上演時間が3時間を越えてしまって、第3部のナントカ世代が始まる頃にはお客さんも疲れ果てて、俳優も待ちくたびれて・・・打ち上げで謝ってました。
__ 
豪華ゲストでしたね。サプライズゲストもあって。THE GO AND MO'sの黒川さん
北島 
黒川さんは1週間前に決まったんですよ。演出するナントカ世代は第3部だけだし、しかも再演で、楽が出来るかなと思ってたんですけどちょっと甘かったです。
__ 
それにしても、なぜ「落語まつり」をやろうと思ったのでしょうか?
北島 
立川談志が亡くなったから・・・公演の時点で1年と少し経った頃ですね。「粗忽長屋」を原作とした『粗忽長屋』は、立川一門が言う「主観長屋」から得たヒントは大きいですね。『シ・バハマ』の原作である「芝浜」も談志の十八番ですし。
__ 
落語にインスパイアされた作品という事ですね。談志への追悼公演なのでしょうか。
北島 
追悼と銘打ってるわけでもないし、そもそもそんな事を言うと家元に怒られそうですが。ま、京都の片隅で故人を思いながら公演でも打とうかと。
ナントカ世代
当初は、すべての公演タイトルを『~世代』とすることを約束事として北島淳の脚本を上演する企画であった。が、そもそもは「タイトルを考えるのが面倒」という安易な理由から導入したタイトルシステムにより、徐々に狭まる選択肢に逆に苦しむハメになり約束を破る。つまり、今ではただの不条理劇とコメディが好きなだけの、京都の演劇企画である。(公式サイトより)
ナントカ世代13「ナントカ世代の落語まつり」
公演時期:2012年12月7日~9日。会場:アトリエ劇研。
THE GO AND MO's 黒川猛氏
2012年1月より本格始動したTHE GO AND MO's。黒川猛氏のパフォーマンス企画ユニット。

タグ: 追い詰められた時期 死んだオプションへの追悼 落語 サプライズ・ドッキリ


透明な沈黙

__ 
ナントカ世代の劇世界について伺いたいと思います。大体の作品には共通するシーンがありますよね。女がスズキスズオ(又はヤマダヤマオ)を名乗る男に対して「あなたは本当にスズキスズオなのか」という哲学的問いを投げかけるという。
北島 
名前をめぐるやり取りはたしかに多いです。有り体に言えば、やり口はデカルトの懐疑論なんです。舞台上から疑わしいものをどんどん剥ぎとっていけばどうなるか?という試験の取っ掛かりにしています。これが最も極端に振れたのは「鉛の夜 世界の樹」でしたね。最終的にヤマダヤマオ演じる首藤くんは、名前はおろかセリフすら剥ぎとられて、うめき声のような言葉にならない音以外は出せなくなってしまいました。
__ 
「鉛の夜」、あのラストですね。移動バーに置き去りにされる首藤くんは、確かに見応えがありましたね。絵がとても美しかったです。
北島 
主観とか実存の古典的な主題を舞台で試すことはよくあります。他にもよくあるのは、ラブストーリーであったり、辺境や行き詰まりを描く設定なんかでしょうか。
__ 
複数の軸を使って、何を見せたいのでしょうか?
北島 
まず、見せたい絵がぽんとあって、じゃあその絵にどうやって行き着くか、という作業から脚本を始めるんですね。ですから、共通するものがあるのは、美術や照明なんかと同じように目的にたどり着くためのオプションとして捉えているからだと思います。
__ 
確かに、最後にはラブストーリーになる作品もありますね。
北島 
うちの大きな特徴としては、どちらかと言うと方法論なんですけどね。稽古場では「台詞を盗む」とか言ってまして、ま、特徴とか言いながら、アンケートとかでもほとんど書かれたことはないんですが。
__ 
あ、「台詞を盗む」。あれ、面白いですよね。二人が会話していたら、別の俳優がセリフの一部を代弁?というか、代わりに言ってしまう。他は何事もないように続けるという。
北島 
あれには一応、ルールがあるんです。
__ 
そうなんですか!どんなルールですか?
北島 
所有権の多寡によってセリフが言えるかどうかが決まるんです。所有権が少ない言葉は盗まれる。例えば「あなたはバカだ」というセリフを受けて、反論する際に「先ほどあなた、私をバカだとおっしゃいましたが~」と返す時に、“バカだ”の部分は元々相手が言ったセリフだから所有権の主張としては弱い。だから盗まれるんですよ。盗まれても仕方がない。
__ 
引用符に囲まれた場合は盗まれて、別のキャラクターに取られるんですね。
北島 
音響として色んな現場に入っていた時に気づいたんですけど、お芝居のセリフって伝聞と揚げ足取りが多いんですよね。それをひっペがしたら、結構、喋る事は無くなっていくんじゃないかと思ったんです。
__ 
それも、剥ぎとるという事なんですね。
ナントカ世代11「鉛の夜 世界の樹」
公演時期:2011年12月2日(金)~4日。会場:アトリエ劇研。

タグ: ラブストーリー アンケートについての話題


日没より

__ 
もしかしたら、剥ぎとった末の、何も言えなくなる場だからこそ美しいのかな。「シ・バハマ」は沈黙と静寂の風景が非常に良くて。何だろう、饒舌な沈黙だと思ったんですよ。
北島 
それはうちの言い方だとキレイな絵という事なんですけど、・・・これはさっきの「鉛の夜」のラストの話にもつながるんですけど。
__ 
ええ。
北島 
人が舞台に出てきたら、まず十中八九は喋りますよね。それ自体はやむを得ないものと考えています。で、たくさん喋って、喋ったことの真偽についてあらゆる可能性を検討して、これを繰り返しているうちに大体の選択肢はなくなっていきます。これを「可能性を潰す」と稽古場では言っていますが、可能性がなくなればもう喋ることがなくなるので沈黙が始まる。一方、舞台上には検討のための膨大な情報と身体が残されたままな訳です。ベケット的というか、ベケットを評論しているドゥルーズ的に言うと消尽に近いかも知れませんが、沈黙に伴う情報量の多さが、雄弁な印象になるのかもしれませんね。
__ 
なるほど。・・・男を否定する女達。否定が終わったら、何かの残り滓みたいな生活シーンが描かれるのみでしたね。スズキスズオが否定されつくされて、それを観客が見守っている絵。何故、あの場が焼き付いているんだろう。
北島 
スズキスズオの立ち位置は、客席のすぐ前、照明がギリギリ当たらないあたりになることが多いです。お客さんに背を向ける形になりますが、客席からの目線は、男のそれと近しいものになる。観客はいやでも否定される男の体験を経たうえで、必然として沈黙のシーンを迎えるからじゃないかと・・・その前に飽きるお客さんもいますけどね。ああいう作品なんで。
__ 
そういう事だったんですね。
北島 
嫌いな人は大嫌いだと思います。舞台の上で殺人事件とかが起きないと許せない人は、気をつけてほしいですね。
ナントカ世代06「シ・バハマ」<
公演時期:2008年12月12日(金)~14日(日)。会場:アトリエ劇研。

タグ: 情報量の多い作品づくり SeizeTheDay


「シ・バハマ」

__ 
ナントカ世代の演技につける演出は、全て秒単位で決まっているそうですが。
北島 
細かいとはよく言われますが、全部秒単位で決めているということはありません。秒数が出てくるのは沈黙とか間って書いてあるところ。「3秒間沈黙する」とか、秒数管理してもらっています。
__ 
マジですか。
北島 
別にストップウォッチで測っている訳じゃなくて、俳優に数えてもらっているだけなので厳密でもありません。ただ、うちは10秒20秒を超える沈黙が珍しくなくって、俳優って多分、お客さんよりテンポが早いんですよ。
__ 
だから、数えてもらうと。間をキープするために。
北島 
この間の「シ・バハマ」の時に筒井さんにお願いしたのは、「明転したら8秒停まって、小さくそよそよそよと言いながらゆれて、息が終わったら5秒数えて、それからもう一度そよそよしてもらって、息が終わって2秒後に大きくそよそよして」とか。
__ 
そんな細かい事をしていたんですね。
北島 
ポイントごとに決めているだけで、全編に渡って細かく指示している訳ではないですね。
__ 
でも、決めている。
北島 
決まり事が多いという文句は、初出演の人からは多く出ますね。
__ 
遊べなくなるという事なのかな。
北島 
そんな事もなくて、文句言いながらでも勝手に色々やってましたから。筒井さんなんか特に。決まり事を守ってもらったら、大体見せたい絵に行き着くようにしているので、それ以外は勝手に組み立ててもらってたらいいんですよ。秒数とかより、このセリフはだれそれのこの言葉から反応して、みたいな決まりごとが多くって、それを覚えるのが大変なんだと思います。
__ 
なるほど。ある絵を作るために必要な段取りなんですね。
北島 
完璧主義者でもありません。稽古数も少ないし、稽古場に人が揃ってなくても気にしないしね。

質問 鈴木 知隆さんから 北島 淳さんへ

__ 
前回インタビューさせて頂いた、ともにょ企画の鈴木知隆さんから質問です。「演劇って、今の社会に必要ですか?」
北島 
うーん・・・社会について聞かれていることをパーソナルな答えに縮小して申し訳ありませんが、必要だと僕は思います、ですね。だって、僕は演劇を見に行くし、僕達は演劇をやっているし、それは社会の中で行われていることですから。
__ 
なるほど。
北島 
ユーザーや受け手がいる以上、必要ということは簡単だと思います。もちろん、事業仕分けみたいなやり方で言えば、不要ということも簡単でしょう。ただ、不要だから捨てるとなると、それはジリ貧だろうと思います。答えになってませんね。

終わるための時間

__ 
北島さんがナントカ世代の作品で、気に入っているのはどういうところですか?
北島 
気に入っているというか、好きな時間は作品の終盤が多いかな。戯曲的にも演出的にも打つべき手をすべて打ってしまって、あとは役者にお任せしきった状態とか。全部情報を出して。後は終わるために流れるままの時間。
__ 
担当している仕事が終わった瞬間という事ですね。
北島 
千秋楽とか、自分の仕事が全部終わってからは特に気持ちいいですね。私だけ仕事が終わって、皆まだ舞台上に残って何かやってやがるのを見るのがいいですね。はい、性格悪いですね。
__ 
終わるための時間。そうそう、最後の方になるといつ終わっても良いぐらいいい時間ってありますよね。ナントカ世代の特長だと思います。

見せたい絵がある

__ 
原作モノをやり始めたのはどういう理由があるのでしょうか?
北島 
『粗忽長屋』と『紙風船』の同時上演をやった時ですね。手応えが良かったので、続けて長編を芝浜で作ってみたら、勝手が良かったので続いています。
__ 
使い勝手が良かったとは?
北島 
さっきも言ったように見せたい絵があるんです。その為に手順を踏んでいくお芝居なので、筋自体は何でもいいと言えば何でもいい。原作があるというのを言い訳にしつつ作っていくとすごく楽ちんなんですね。
__ 
原作の骨子を使っている?
北島 
筋をそのまま使っているということはないですね。原作を何回か読んで、受け取った印象から組み立てていく感じかな。
__ 
なるほど。ところで、これは面白いなと思ったんですが「芝浜」を「シ・バハマ」というタイトルにしたのはめちゃくちゃいいセンスですよね。バハマの海岸と芝浜の白砂が一気に重なるんですよね。
北島 
あれは言っちゃえばおふざけですね。区切りを変なところに入れるだけで印象がころっと変わっちゃうでしょう。

タグ: おふざけ


変わりながら・続けていく

__ 
今後、ナントカ世代でどんな世界を描いていきたいですか?
北島 
昔は、誰も見たことがない世界を描きたいとか思ってたんですけどね。いまはそうでもないかな。あんまり、これというのがない形になりつつあるのかな。積み重ねもあるし。でももうちょっと、色々挑戦しようと思います。セリフの盗み方なんかももうちょっと発展できるんじゃないかと画策しています。
__ 
ナントカ世代、ずっと高い品質を見せてきてくれて。コンスタントに作品を作っているというのが凄いですよね。結構長く。
北島 
1年に2回くらい、やれる範囲で無茶をせずにやってるから。落語まつりは体力的に無茶でしたけど。
__ 
今後もやりたい事を追求して続けていく?
北島 
そうですね。社会人がほとんどですが、まあ時代も政権も変わっていくので、その分の空気の変化くらいはしながら。
__ 
時代の変化を覚悟しつつ、今後、どんな感じで攻めていかれますか?
北島 
6月に劇研でやるのと、5月にもしかしたらどこかでやるかもしれません。新しいメンバーが入ってくれないかなと思ってます。
__ 
アトリエ劇研以外の劇場で公演したりとか、そういう展開はありますか?別の地方に遠征したり。
北島 
機会があれば、くらいなもので。うちは完全にアマチュアですけれど、京都に多数あるカンパニーのうちの一つであればいいかなと思っています。一時期、すごくカンパニーの数が少ない時期とかありましたけど。
__ 
そうですね。
北島 
週末、どこかの劇場では必ず演劇がやっていて、そういう文化の端くれでも担えればと思っています。そのぐらいのスタンスが、続けていく分には楽かな。もちろん、勝負をしなきゃいけないカンパニーというのがあるのも音響卓から見ていますけれど、そういう感じではなく。

タグ: どんな手段でもいいから続ける 落語 今後の攻め方 演劇は勝ち負け?


キリンの置物

__ 
今日はですね。お話を伺えたお礼にプレゼントを持って参りました。今回はふざけた品物です。ガラクタは贈らないというのがルールなんですが、破りました。どうぞ。キリンの置物です。
北島 
丸山君が気に入れば小道具行きかしら。
__ 
あっ。
北島 
あれ、これ耳折れてる。

タグ: おふざけ プレゼント(大失敗系)


粛々と演劇

__ 
今日は地点の俳優である、石田大さんにお話を伺います。どうぞ、宜しくお願い致します。いきなりですが、石田さんは最近いかがでしょうか。
石田 
最近は粛々と演劇をやっていますね。5月から本番もかなり続いています。稽古をして上演して、そういう期間の間にも次の次の公演の稽古を前倒しでやって、みたいな。
__ 
確かに、地点の活動はこのところハイペースですね。以前上演された「かもめ」などがcafe montageで見れたり、ファンには嬉しいです。
石田 
ありがとうございます。一本作品を作ったらそれは劇団の財産で、分かりやすく言えばレパートリーなんです。公演が終わったら終わりではなくて。レパートリーを増やしていくのが、劇団の活動でもあるんです。もちろん、中々再演が出来なかったりとかはあるんですけどね。
地点
多様なテクストを用いて、言葉や身体、物の質感、光・音などさまざまな要素が重層的に関係する演劇独自の表現を生み出すために活動している。劇作家が演出を兼ねることが多い日本の現代演劇において、演出家が演出業に専念するスタイルが独特。(公式サイトより)
地点『かもめ』
公演時期:2011/9/28~10/16。会場:京都芸術センター 和室「明倫」、アートコンプレックス1928。他、再演多数。

タグ: 再演の持つ可能性について


地点『コリオレイナス』Coriolanus

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さて、2013年1月25日から29日まで京都府民ホールアルティで上演される、地点の公演「コリオレイナス」。今年グローブ座で初演された作品の凱旋公演なんですね。大変楽しみです。
石田 
はい。今回、地点としては初めてのシェイクスピア作品です。
__ 
少し意外な気がしますね。グローブ座での上演映像を拝見しましたが、ちょっと気付いた事がありました。以下の三重構造があるんじゃないかなと。
   1.「地点の俳優が戯曲を演じている層」
   2.「戯曲の登場人物の物語の層」
   3.「どこかからやってきた旅芸人の一座がお客さんの前で演じている」
これ、KYOTO EXPERIMENT2012で上演された『はだかの王様』を拝見した時にも思ったんですが。
石田 
確かにあると思います。特に僕らはメンバーが7人(俳優5人、あとは演出と制作)しかいないので、自然と旅芸人的な雰囲気が出るのかなあ。『はだかの王様』は子供の前で上演したので、なおさらそういう空気になったかもしれません。
__ 
やっぱり。『コリオレイナス』では石田さん演じる芸人がまずいて、彼が甥っ子や姪っ子達を旅芸人一座として連れて回っている見立てがあるのかなと。でも、叔父さんが前で芸をやっている間中、子どもたちはずっと仏頂面でよそ見してて、しかもいたずらを仕掛けたり。それが、コリオレイナスという英雄に振り回されている市民達の姿と重なって、観客の役割も二重三重に重なっていったように思いました。
石田 
いまの地点の新作では、確かにそうした演出が多いのかな。最近では、5人全員がコロスとして、一つのテキストを全員でやったりしていますね。
コリオレイナス
公演時期:2013/1/25~29。会場:京都府立府民ホールアルティ。

タグ: 子供が見て喜んで、且つ同時に批評家が唸ってしまう ユニークな作品あります シェイクスピア


Globe to Globe

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地点版「コリオレイナス」。どのような魅力があるのでしょうか。
石田 
今年の5月にロンドンのグローブ座で、GLOBE TO GLOBEという企画に参加して上演しました。それはどういう企画かというと、37戯曲を37言語で上演するというものだったんですが。
__ 
日本語で上演されたのですね。字幕とかはなかったんでしょうか。
石田 
字幕はあったんですが、場面説明だけでした。でもセリフが日本語でも分かるみたいでした。
__ 
なるほど、戯曲を読んでいる人が大半かもしれませんね。というか、知らない言語で自分の国から生まれた戯曲が上演されているなんて、物凄く面白い体験かもしれないですね。でもそれが楽しめるかどうかと言うと・・・どうでしょうか。
石田 
シェイクスピアの戯曲は韻律があって、それだけでも音楽的なんです。それを日本語に訳すとなると、翻訳者は日本の韻律を当てはめることになる。和歌であるとか、日本にしかない形式のものに変換するんですね。結果、日本語独特の言い回しによる音楽性が生まれるんです。
__ 
日本語は平坦だから、英語圏では危ないと思うのですが。
石田 
ところが、シェイクスピア劇の特徴である朗唱術に感情の高低が加わると、言語が分からなくても伝わるんです。地点の演出ではコリオレイナスだけが深編笠を被っていて顔を隠しているんですよ。表情が読みとれない、しかも言葉は通じない。でも、その状態でもセリフは伝わるし、観客は最後まで見てくれていたんです。そこは驚きましたね。

型と渦

__ 
ちょっと納得した事なのですが。確かに、私がイギリス人だったとして、日本からのカンパニーが英語で話し始めたら違和感を感じるかも・・・。やっぱり、自分たちの言葉で上演してほしいですね。
石田 
今回はあえて、福田恆存訳版を使っています。日本人でもついていけないくらいのスピードで難解なセリフをまくしたてて、あるところで声をひっくり返したりする地点の演出。意図的にそうしてるんですけど、笑うんですよね、海外のお客さんも。
__ 
分かってないはずなのに?
石田 
こういう現象が起きるというのは、実は思っていた通りなんです。朗唱術として抑揚などを考え、見せ場としての長セリフを構築して、やっとそこに感情が乗るんですよ。そういう作り方をしないと、感情だけじゃ上手くいかないんですね。俳優が渦中に入っていくとき、そこには型がないとだめ。型だけでもうまくいかない。うまくいったときは、俳優が発する音の中から何か生まれてくるものがあるんです。

埋まっている

石田 
逆に、同じ言葉が通じる劇場の方が、難しくなってしまうこともある。特に地点の作品だと、「いま歌いながらセリフを言ったけど、どういう意味があるの?」って。
__ 
それは、よく思います。
石田 
実は作ってる側もそこに引っかかるんです。が、本番にあがる前に俳優それぞれが埋めていけばいい事なんですね。その俳優の作業の内実は、観客や、もっというと演出が知らなくてもいいことだと思うんです。自分がその埋まっているものを知っていればいいんですよ。それを形式一辺倒にやってしまうと上手くいかない。もちろん長セリフだって、やらされてる感満載になってしまう。理由が埋まっている事の必要性を、言語が通じないグローブ座で認識しなおしました。
__ 
埋めるという作業が、俳優の仕事なんですね。
石田 
反面僕なんかは、いい加減なのかもしれないけど、芝居を見に行ってもあまりセリフを一言一句聞いてないんですよね。そんなにみんな、セリフばかりを気にして見てるのかなあ。もっと、何か大きいレベルで見ているんじゃないかな。もちろんやってる側はセリフを全部覚えている訳ですが。
__ 
お客さんの身体のモードが色々あって、例えばお笑いの時はかなり頭を使って見てると思います。細かい間とか、論理とかを追いかける訳ですから。石田さんの仰っている見方は、きっとパフォーマンスに近い、スケールが大きい方の鑑賞体験なのかもしれませんね。
石田 
海外で演劇を見る時、もちろん分からない言語で喋っている俳優を見る事になるんですけど、やっぱり面白い演技は面白いんですよね。そのうえ、上手さも技術も分かるんですよ。ものすごく高い技術の研鑽があるんです。海外では演技を体系付けた学問がある、それを肌で感じます。
__ 
言葉が通じないからこそ、営々と築きあげてきた表現の学問の体系を感じたと。
石田 
そこで僕なんかが意識するのは、日本の演劇史の初期に新劇の人たちが作り上げたものの凄さなんですね。今から考えたら「わざとらしい」演技なのかもしれない。テキスト自体が話し言葉じゃないから。スタニスラフスキーシステムを元にリアリズムを追求していたのが、今の時代の僕らにはそのリアリズムが分からない。でも、ある意味では、文語体で書かれたセリフをどう音声言語化するかという技術だったと思うんです。それを、個人の性質に合わせて身につけていくんです。シェイクスピアの作品を上演するにあたって、そのことが必要な事だったんだということを実感しました。

タグ: 新劇と「出会う」


野蛮な劇場

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地点「コリオレイナス」。改めて、見所を教えて下さい。
石田 
このコリオレイナスという戯曲は日本じゃ全然人気ないんですけど、面白く仕上がっていると思います。若い人はシェイクスピアに触れた方がいい。演劇に興味がある人は特に。
__ 
というと。
石田 
演劇史に歴然とあるもので、ずっとついて回るものだからです。俳優の仕事って、他者が残した文字言語を自分の身体を通して音声言語化する事だと思う。でも、シェイクスピアが書いたセリフは簡単には言えないんですよ。だから、喋れるように戦わなきゃいけないんです。
__ 
形式化してはいけないという事ですか?
石田 
いや、ちょっと違います。たとえば古典の戯曲を自分の日常生活に置き換えれば喋れるじゃないかという意見もある。でも、それが書かれた当時の言語で喋れなければ、自分の仕事が出来た事には決してならないと思うんです。僕は圧倒的に、他者の言語で書かれた戯曲に惹かれました。これはどうやったら喋れるのかと。それは俳優である自分にとってとても大きいテーマです。
__ 
シェイクスピア戯曲と戦っている石田さんがいるという事ですね。
石田 
今回、アルティ ではグローブ座と同じく3階席まで作って上演します。グローブ座が面白いのは、明らかに1階のヤード席が舞台と同じレベルで扱われていた事なんです。1階の観客の目線は舞台の高さと同じぐらいになるんですが、2階から見ると、ヤード席の無数の頭と舞台が同じ高さに見えるんです。まるで、舞台の延長のように。
__ 
それはとても面白いですね。
石田 
で、これまたセリフの話なんですけど・・・学生の頃シェイクスピアを読んでいてこんな長い独白をどうやって喋ればいいのか分からなかったんです。2、3行で済むようなセリフを、例えをいくつも使って2、3ページ使って説明してるし。じきに根本的な事に気がついたんです。これは観客に向かって喋ればいいんですよ。何で先生はそれを教えてくれないんだろうと思いましたね。プロセミアム形式の劇場が成立したときから「第四の壁」が出来た事にされていて、何故かその壁の向こうからは見られていない事が前提になってたからなんですけど、グローブ座にはそんなもの無いわけですよ。言ってしまえば野蛮な劇場です。
石田 
2階の観客はヤード席と舞台とのやりとりを演劇の一部として鑑賞し、ヤード席の観客もそれを分かっているから、俳優とのやりとりに楽しみを見いだしたりする。それはやってても楽しい部分ですね。しかも、Globe to Globeではシェイクスピア劇をオリジナルに近い環境で上演するというテーマの企画でした。シェイクスピアの戯曲にはそうした側面があると僕は思いますし、他でもないグローブ座で確認出来たのは貴重な体験でした。今回はヤード席も設定するので、見に来た人にその一端を感じてもらえればなと思います。

タグ: 第四の壁