経験と切離された視覚

__ 
人間の認識は、個体差はあるけど、認知以外の認識があるような気がします。福井さんの作品は、もしかしたらそういう、物質的ではないコミュニケーションを目指しているような気がする。だから、私はいまけっして、「面白くするためには、例えば関係性の変容をどう構成するべきなのでしょうか」みたいな質問を福井さんに対してすべきではないと思っています。道を出現させてしまうと、それはつまり認知の発生だから。
福井 
60分前後の作品としてどう推移していくのかみたいな流れは全然考えてなかったですね。やっぱり時間からどうつくっていったらいいのかわからないっていうのもあるんですけど。生活していくにつれて床が汚くなったり、物が散乱したり、ゴミが増えたり、そういう単純な時間の推移みたいなのが一つありますよね。それをうまく取り入れられないかと今は思っているんですけど、ただそれを愚直にやっちゃうと生活のお話みたいになっちゃうので。距離感をうまく測らないといけないし、あまり誤解されないようにしたいなと思っています。
__ 
それは茨の道なのか、それとも結構いけるのか。
福井 
どうなんですかね。「モデルルーム」は、そういう意味ではうまくバランス取れてたんじゃないかと思ってます。
__ 
そうそう、「モデルルーム」で舞台上に設置されていたウォーターサーバーが絶妙な配置だったと思うんですよ。外部から来た何か、「ここは家ではなく、ただし完全な商業施設でもない」、モデルルームがこの世の全ての界から等しい距離にある場所、と宣言しているかのようだった。
福井 
確かに「モデルルーム」は模造されたプライベートな部屋でもあるし、部屋を模造したパブリックな施設でもある。ありそうでない・なさそうであるというような中間的な性格があったからやりやすかったのかもしれません。

人と物との関係性

第1回 京都でコントやってます会 出展作品「モデルルーム」 撮影:築地静香
__ 
ちょっと補足的に。<人>と<物>を相対化してみせるということは、それぞれが同じ発言力を持ち、それぞれ埋没させないということですか?
福井 
そうですね。舞台で喋っている人の傍らに消火器とか、たとえそこにいる人と直接的な関係の見えない物であったとしても、それがそこに在るという事実が、同じ空間上にいる人の存在を補強しているように思えるんです。それは人の立場からでも同じことが言えると思うんですけど、そういった相依的な関係のネットワークみたいなものがあって、そこに人も物も内在しているという意味で、存在のレベルは等価なんじゃないかってことをあらわしたいのかもしれません。もっといい加減に言えば、そこに人がおれるんやったら消火器がおってもいいでしょみたいなことだと思います。いかにして異なる人や物が共在できるのかってことに今は関心があるので。
__ 
では、人と物との関係性が構築されていくのを見る、とはどのような鑑賞体験なのか。
福井 
演劇表現で使われる物ってなかなか美術の域を出られないというか。物の質感が具体的であるか抽象的であるかとかはともかく、あくまで作品世界の側に属していることが多いですよね。あるがままの状態というか、純粋に机があってその横に人がいるっていうような状況の自然的な有り様はあまり注目されない。そこにあるがままの完成された世界の様相を見ることができるんじゃないかと思ってるんですけど、作り手はそれをないがしろにしてまで、作品で何を力強く語ることができるのだろうって最近よく考えています。演劇で「そこに物がありますよね」みたいなことされてる方はあまりいないと思うんですけど。
__ 
言われてみれば、なんででしょうね?
福井 
美術というか特殊な物体としてあらわれてくる。純粋にここにコップがあるなっていうような物との出会い方があってもいいと思います。
__ 
一つには、経済的ではないのかもしれないですね。脚本という設計書があったとして、工数をかければ良いものが出てくるという信仰があるから。無関係性そのものを演出しようとしても、それを良いものにするための指標が、実にとりとめのないものだからだろう。計画の中には組み込めない。それは特殊技術なので、誰もやれないのかもしれない。同じ苦労するなら、分かりやすく美を追及したい。そう考えているかもしれません。
福井 
あとは、上演の手続きの中で、どうしても特殊化されてしまうのかもしれないですね。でもやっぱり俳優と同じで、登場人物を演じてるけど、その人自身でもあるやんみたいな両義性が物にもあると思っていて。美術の文脈で言えば、既製品の俗っぽさとかその後ろに控えている場所性とかドラマ性みたいなものを残したまま提示するようなやり口があったりしますね。
__ 
いろんな実現の仕方があると思います。ナラティブから切り離すために、時間的な経緯を持たせる。
福井 
ただ、レディメイドを美なるものとして転化させたり、そこに新しい意味とか価値だけを求めていくとそれはそれで特殊化されて結局オブジェになってしまうので。バランスみたいなのが難しいなと思っています。でも一方で、唯一演劇がその物をその物として扱うというか、その物として知覚させることができるメディアなんじゃないかとも思っています。まだはっきりとはわかってないですけど。このあいだの「モデルルーム」も、質感をダサくすることで諸問題を回避したつもりになっているので。
__ 
「モデルルーム」は強烈な役者の味があったので成立していたと思いますよ。
福井 
ありがとうございます。よかったです。

質問 川瀬亜衣さんから 福井 裕孝さんへ

__ 
前回インタビューさせていただいた川瀬亜衣さんから質問をいただいてきております。「子供ってどう思いますか?」
福井 
大人より、子供相手の方が人見知りします。

これから

__ 
今後どんな感じで攻めて行かれますか?
福井 
5月の公演は、会場に入ってからでないと決められないことが多々あるので、会場に入ってから残り50%とか作っていくことになるのかなと思っています。かなり変わってくるかもしれないので、臨機応変にやっていこうと思っています。「インテリア」は今回の製作期間だけでは多分つくり切れないので、今後も長い目で見て上演を重ねて更新していければいいなと思います。

山グルメ

__ 
今日はですねお話を伺えたお礼にプレゼントを持って参りました。
福井 
ありがとうございます。(開ける)アウトドアの。
__ 
そうっぽいですね。アウトドアに興味はありますか?
福井 
全然関係ないですけど、最近焚火がやりたいです。

最近のこと

__ 
今日はどうぞ、よろしくお願いします。最近は、川瀬さんはいかがお過ごしでしょうか。
川瀬 
よろしくお願いします。どんな感じでしょう。一昨年ぐらいは出演する公演をすごく多く頂いていたんですけど、それが少しずつ落ち着いてきて。今年の初めには予定が決まっていないという、そんな感じで緩やかに、先々のことを考えたりしながら過ごしています。
__ 
そうなんですね。
川瀬 
作年の後半は、色々公演を見に行ったりとか、声をかけてもらって人に教わりに入ったり、リサーチする稽古場があったらお手伝いに行ったり。あと、ダンスをもう一度とらえなおす目的もあって、対して演劇ともっと近づこうと地点のカルチベートプログラムに参加してました。秋頃からは、ANTIBODIES Collective にも関わらせてもらっています。

ソノノチ「いられずの豆」

__ 
次に出演されるのは劇団ソノノチの「いられずの豆」ですね。稽古は今、どんな感じでしょうか。
川瀬 
徐々に徐々にという感じです。3月に入ってから週に何回か稽古があるという。今回は中谷さんが新しく脚本を、これまでとは違う雰囲気のものを書きたいとおっしゃっていて。草稿を役者が読み、どう感じられたかをフィードバックされていたり、あと、カフェの設定について資料を読んで理解を深めたり。今はそういう感じです。(インタビュー時点、3月初旬)
__ 
舞台となるカフェの歴史を作るということですね。
川瀬 
さぁ、そういうこともあるんでしょうか。今回の話題となるのはコミュニティカフェということになってるんですけど、そういう場所で人が出会っていって何が起きるのか、そのカフェにいる人間の歴史とかも見えるんでしょうか。コミュニティカフェという営利目的ではない場所がなぜ運営されているのか、なぜそこに人が集まるのか。その辺のことがこれからもっと分かってくるのかな?
__ 
私の田舎にも公民館という場所もあって、そこがそういう、コミュニティスペースになっていましたね。
川瀬 
そういうのの延長にあるのかなと私も思っています。今回は一応、町なかという設定ですが、コミュニティから外れている人とかもあるじゃないですか。コミュニティがどこにあるのかがわからない人たちもいる。私自身が住んでいる町内でも、子供があんまりいなくても地蔵盆をやったりするんですよね。お菓子を配ったりして、最終的には、足洗いをするというのが重要みたいですね。そういうことがあると、同じところに住んでいる人たちの事が分かったりして。
ソノノチ「いられずの豆」
脚本・演出:中谷和代

店主のいない、一軒のカフェ。古くから通う人、新しく来た人など、そこに集う人々が、独自のルールを築いていく。それぞれにそれぞれの人生があり、よろこびを求めて、もがきながらも、でもこの場所にしかない何かを求めて、小さな町の人々は、このスペースを訪れる。
「―――わたしたちはこの場所で、どれだけ、どのくらいのあいだ、一緒にいられるのだろう。わたしたちには、一体なにができるのだろう。」
(※「いられずの豆」台本イメージより)

【公演日時】
4月15日(日)12:00~/ 14:00~
4月24日(火)18:00~/ 20:00~
4月25日(水)18:00~/ 20:00~
4月29日(日)12:00~/ 14:00~
4月30日(月・祝)12:00~/ 14:00~
(各回10名限定。物販コーナーもございます)
(開場は開演の20分前)

【会場】
Social Kitchen 1F Café(京都市上京区相国寺門前町699)

【出演】
藤原美保(ソノノチ) 川瀬亜衣 佐藤和駿(ドキドキぼーいず) 西村貴治

【チケット料金】
前売チケット:2,500円(事前決済のお客様)
予約・当日チケット:3,000円(当日精算のお客様)
応援チケット:5,000円(前売りのみ・グッズ付き)
※すべて1ドリンク付き。

<あらすじ>
舞台は、とある閑静な住宅街、さくら町。
この町の美術大学に通うチハルは、商店街の福引で偶然珈琲チケットが当たり、「カフェえんがわ」を初めて訪れる。
上の階に住むフリーライターのホシノはじめ、常連客たちと出会い会話をする内に、この場所が単なるカフェではなく、訪れる人々によって自主的に運営されている場所だということが明らかになっていく。
そしてやがては、この場所に集う常連客がさまざまに抱えた思いや、カフェえんがわ誕生当時のエピソードにたどり着いて・・・。
コミュニティカフェという地域に開かれた場所と、「近づかないけど離れない」人々の関係をめぐる物語。

【クレジット】
脚本・演出:中谷和代/演出助手:外谷美沙子(以上、ソノノチ)
イラスト・題字製作 森岡りえ子/舞台監督:北方こだち/楽曲製作:いちろー(廃墟文藝部)
制作:渡邉裕史/制作補佐:義村夏樹/物販協力:森岡ふみ子、のちノのち
喫茶:Kitchen hanare
協力:加茂谷慎治(株式会社エイチツーオー)

主催・企画・製作:ソノノチ
共催:NPO法人フリンジシアタープロジェクト
後援:NPO法人京都舞台芸術協会
京都芸術センター制作支援事業/made in KAIKA

【お問い合せ・チケット購入】
ソノノチ
050-5318-7717(制作)/info@sononochi.com

ひととなりの事

__ 
川瀬さんは今回、どんな役どころでしょうか。
川瀬 
今分かっている範囲では、実家が珈琲の焙煎をやっているOL、です。
__ 
見どころは。
川瀬 
実は、俳優さんの中に俳優として出るのは初めてのことで。あごうさとしさん演出の「走りながら眠れ」では、ダンサーが役者をやる、というのが大元のコンセプトなので。どちらも会話劇だけど、まるで経緯が違うので。今回は脚本を作りながらなので、ちょっとドキドキしています。できるだけ準備はしっかりしていこうと思うけれども。あまり伝えようとしすぎないでいようと思っています。プレゼンしすぎないと言うか、どうとでも見てもらえる、風通しの良い立ち方でいれたらいいなと思っています。
__ 
それは何故ですか。
川瀬 
自分が演劇とかを見に行った時に、喋ってる姿でも黙って立つ姿でも、それを見ている時には、何か思うことがあるからこそ入っていけるなと思うので。そういう隙間を作って、できるだけ、お客さんの思いを引き出せるようなことが自分にもできるといいなと。

隙のある役作り

__ 
風通しの良い立ち方。なんとなく、隙のある絵画、みたいな事を思いました。もちろん、隙を見せすぎるのは良くないと思うんですよ。でも、ぼんやりとしたポイントがお客さんに若干の距離を取らせて、その輪郭が少しハッキリするような間合い探すためにお客さんが距離を測るような展示作品ってありますよね。
川瀬 
まず最初は気になる作品があって、焦点を変えたりしながら色々と結び目が見えたりしてきて。そういうことですか?
__ 
輪郭という言葉からShapeという概念になりましたが、自分と作品の間の交点ができるみたいな。それが演劇で出来たらいいんですけどね。
川瀬 
自分でハードルを上げてってどうしようと思いはじめました。
__ 
力を抜けば大丈夫だと思いますよ。
川瀬 
変な力は抜いた方がいいですね。
__ 
周到な準備をすればするほど出来るような気もします。
川瀬 
そうですか。後はお客さんに任せても大丈夫だというぐらいには、本番では力まない。
__ 
それは大丈夫だと思いますよ。だって相手はお客さんなんだから。

わたしの制作

__ 
川瀬さんがダンスを始めたのはいつからですか。
川瀬 
大学を卒業してからです。子供の頃から元々舞台は好きで、同時に、絵を描いたり写真を撮ったり、書道を習っていたので文字も書いたり。先々は芸術方面に進みたいと思っていたんですよね。結局、行きたい大学の学科には受からなかったんですが、作家としてやっていくにしても美術をもっと知らねばと思って京都造形芸術大学の芸術表現・アートプロデュース学科に入りました。そこでマネジメントやプロデュース、編集とか研究を通っておけば、今後自分で何かを作るときにきっといいだろうと。
__ 
なるほど。
川瀬 
大学を卒業後しばらくしてからは、制作活動を始めまして。これで作品を作れるというテーマが分かり、そのための方法も同時に見つけて。
__ 
どんな内容だったんでしょうか。
川瀬 
最終的には、写真インスタレーション作品を作っています。何を撮っているかというと、水滴は表面張力で立体が生まれるんですけど、その集合でドローイングするというもので。時間が経つと蒸発して支持体には痕跡だけが残ります。途中、水滴には顔料や砂を撒いたり塩を入れたりもして変容させつつ。その様を定点で数百枚は撮影し、うちの何枚かを抜き取り、それらを写真インスタレーションとして提示するというものでした。いま思うと、制作自体は、もうちょっと続けても良かったかもしれないんですけど、これを作りはじめた頃に、コンセプトだけでもう完結してしまっていると感じて。でも作りたい欲求があり。これは何でだろうかと。ものを作るための手立てが経験値として私の中には少ないのかな、あるいは、コンセプトは立ってしまうけれども、頭で組み立てて、間に手を使って物を作るというのが介入しないまま、ある着地点にまで行ってしまうのはどうなんだろう、とか。頭の活動率と体の活動率のバランスが取れていないと思って。そこで、自分の制作と通じるところがある文面が載っていた、千日前青空ダンス倶楽部の新メンバ募集のチラシを見つけ、門を叩いたんです。体を媒体として作品をつくる集団の中に入ることで変わるかなと。実際やってみると、やっぱり自分の作品づくりの方にフィードバックする隙なんてなく、一生懸命やるしかなかったです(笑)
__ 
なるほど。
川瀬 
舞台に立ったことで、そのこと自体が面白いなと思ったんです。作品を構成する材料の一部にもなる感覚が面白くて。絵に例えると、自分は絵具であり絵筆であり、少しは画家でもある、みたいな感覚です。舞台の中で動く自分は、生きものであることはあるんですが、作品を作品にするための材料のひとつというか。ある意味で。
__ 
自分が素材になっている。
川瀬 
自分が素材になっているというよりも、自分がいなくて、この身体が材になってると言うか。それが面白いと思ったんです。それが舞台に移行していく最初のきっかけになります。
__ 
テーマと手法が有機的な関係を築いていかなかったということでしょうか。
川瀬 
制作時の話ですか? 先にも話していたような状況だったので、ちぐはぐさだけが当時自分の実感としてはありました。
__ 
川瀬さんが、人格としてではなく、一つの構成部分として求められた時、新鮮さを感じたということであれば、それは何故でしょうか? 一体感?
川瀬 
いま考えてポンとでただけの答えになっちゃいますが、たぶん、作品の中に身を置くことが、芸術と自分の関係性として、これまでになくとてもフィットしたんで、新鮮だったんだと思います。それまでネックになっていた、コンセプトと、物としての作品との遊離する違和感が、解決する必要なく解消されちゃったのかもしれないです。

私の必要性

__ 
踊るうえで、ご自身が抱えているテーマというものはありますか?
川瀬 
ダンサーとしてということですか? たぶん、テーマは無いです。いまのところ。作品によって、それぞれに存在しようと思っています。あ、逆に言ったら、私個人は存在させようとは思っていませんが、身体であるとかを通して、観客席にいる人が様々に何か感じたり思うなりしてもらえればとは思っています。
__ 
ありがとうございます。
川瀬 
ちょっと傲慢なんじゃないかと思ったりしますけど。
__ 
いえいえ。今まで関わった作品で、自分が必要とされたことは?
川瀬 
実際、クリエイションの段階では、すごく各人の提案が必要だと思います。そこは私の課題に一つでもあるんですけど・・・。
__ 
個性というのは身につけようとは出来ないもので、むしろ、贅肉をそぎ落としていったところにあるのが本当の個性だぜ論?または、役作りのアプローチの向こうにある味があって、逆にそこからは逃れられないかもしれないけど。
川瀬 
よく分からないですけど、ふと気が付くことがあるんですかね。そういうのは自意識の外側にありそうな気がします。私の場合、個性と言うか、ただただ実際にやりながら提案できるようになりたいです。

踊りとバランスについて

__ 
体を動かすにあたり、気をつけていることはありますか?
川瀬 
具体的に言ってしまうと、軸を取ることです。それが苦手なので、大切にしています。
__ 
なぜそれが大事なのですか?
川瀬 
取れなかったら取れなかったで、もしかしたらいいかもしれないんですけど、なんでしょうね、すごく焦るんですよ。右や左のバランスを取って成立している時、すごく体が強張るんですよね。体の内側、深いところから動きが生まれてこない。軸が取れると、もうちょっと自由に動く場所が得られて、その時にはもうちょっと定まる。物理的に軸がのってるということと、次の動きのために体を整えておくとやりやすいというのがあるのかもしれないですね。やりやすい、でいいのかな。
__ 
バランスの中心にあるもの。骨格のバランス、筋肉のバランス、または身体を動かす上での、力の入り具合のトータルなバランス。
川瀬 
というよりも、片足立ちをするとしたら、構造物として成立する。ダンス作品の舞台に立って踊るという機会がこの数ヶ月はあまりなかったので、バレエやコンテの稽古をつけてもらうとか、日本舞踊を知っている人から教えてもらったりとか。だからそういう回答をしたのかなといま反芻してます。人前に見せるわけではない踊りをしてる時には、軸を取ろうとしていますね。色々な動きができるようになるために。
__ 
軸をとることで、次の動きの準備ができる。
川瀬 
次に左に動くためには、今は右の方に軸寄せておかないと動けませんよね。もっと、ここでこの動きをしたいという時に、それを逃さずブレずにしたいです。
__ 
何かをし易くなるための、準備段階やかまえ。
川瀬 
土台を成立させたいんです。安定している部分があった方が、動いていることが際立ちますよね。止まりがあるから、動きが見えてくると受け売りですが思います。
__ 
観客はダンスを見て、止まっている人や安定している人は、こちらも静止して、焦点を合わせようとしてる気がします。その人の停止している状態を受け止める。

夕陽の横

__ 
何か大きく影響を受けた瞬間を教えてください。
川瀬 
いま言われてすぐに思いつくのは、高校の時の文化祭の帰り道で、鴨川を自転車で走っていて、すごく疲れていて、ふと頬の辺が熱くて、ふと見たら夕陽だった、という時。熱が伝わったというのを実感したというのが今でも結構思い出します。太陽と、距離がめっちゃ遠いはずなのに、太陽の円とこの辺は無関係ではないんだなと。それが嬉しいなと感じたんですね。
__ 
距離があるということと、頬を熱くさせているということは無関係ではないという事ですね。多分そこはリアリティの中だったと思うんですが、環境と条件が入り乱れた時、認識と感情にエモーショナルなもつれが発生したみたいな感じでしょうか。
川瀬 
たぶんそう。あまり理解してないかもしれないですけど。触れないものに対して、ほんまかな、というのがあって。触れられるものに対しても、本当はあるんですが。でも何か、あれだけ離れていても、皮膚感覚で影響を受けるという事が、ええな、と。ちゃんと説明できなくて申し訳ないです。
__ 
いえ、これは伺っておいてよかったです。

これからも

川瀬 
今回の「いられずの豆」では役者さん達と一緒に演劇しますが、ダンスを辞めるつもりはなくて、演劇との可能性も探索しつつ、ずっと舞台に立ち続けられればと。
__ 
今後どんな感じでせめて行かれますか。
川瀬 
どうしましょう。出演をしてきたいです。最近思うのは、いろいろな意味を含めて、オファーを受けるだけではなく、出演する側として、企画面でも主体的になった方が良いなと。座組の一人としてその公演への主体性は持っていて当たり前ですし、これまでも私なりに一出演者として舞台にしっかり立つことだけは、やってきたつもりです。ですが、企画や主催は作り手側にとても偏っていて。この数ヶ月、どういったことならできるかを考えています。
__ 
暴走せず、ちょうどいいところを探っていけるといいですね。
川瀬 
そうですね。

質問 Saku Yanagawaさんから 川瀬 亜衣さんへ

__ 
前回インタビューさせていただいた、スタンダップコメディアンのSakuYanagawaから質問をいただいてきております。ご自身が表現をする理由は何ですか?
川瀬 
芸術が好きだからです。観るじゃなく、やりたいと思います。幼児期の時点で既に好きだったようですが(絵ばっかり描いていたので)、まず、芸術ていいなぁって思うんですよね。だから、食べるでも眠るでもない、生命維持のためには直接関係ないけれど、なんか、人間たちが寄り合って舞台作品を観たり、音楽を聴いたり、絵を観に行ったりするじゃないですか、なんだかそういう現象が愛しいなと思うんです。芸術がもっと、深まるとか大らかになる・・・どういう言葉が適しているのかが分からないのですが・・・芸術がもっと人の中で育っていってくれるといいな、と。芸術作品との接点がなくてもその人の時間の中に芸術はあると思いますが、それでも、作品を観ることを通して、純粋に芸術作品に深く触れていくことは他に換え難いものであるはず。私を含め芸術なしにはいられない人はもちろんのこと、そうでない人にも、これはもう自分の単純な欲求で、知ってほしいです。どこまでいまの自分がそれに加担できているのか、ダンサーとして踊ることでそれをやっていけると幸いです。

桜色の髪留め

__ 
今日はですね、お話を伺いたお礼にプレゼントを持って参りました。
川瀬 
いいんですか。ありがとうございます。(開ける)おお、髪留めですね。春っぽい。
__ 
ちょっと派手すぎるかもしれませんが、春なのでいいかな、と。
川瀬 
いえいえ。私あまり、飾るものを持っていなかったので。ありがとうございます。

Saku’s Comedy Night Final in Osaka

__ 
今日はどうぞ、よろしくお願いします。スタンダップコメディアンのSakuYanagawaにお話を伺います。Sakuさんは最近、どんな感じでしょうか。
Saku 
よろしくお願いします。僕は実は今年中にアメリカの方に完全に移住することになるので、それに向けて国内ツアーの準備をしています。国内での活動と、国外での活動も充実しています。
__ 
素晴らしい。大阪の方でも、3月11日にツアー最初の公演があるということで。とても楽しみです。
Saku’s Comedy Night Final in Osaka
国内最後の"Saku’s Comedy Night"をOsakaで!

舞台の上でマイク一本で繰り広げられるスタンダップコメディに、ひとり芝居。シンプルな舞台に広がる無限の可能性。日本のテレビで観る笑いとはひと味違った味わいと奥行き。そして社会風刺というスパイスを加えてみなさまにお届けします。今の時代、コメディが紡がなければならない言葉を込めて。
コメディというアート、ぜひ劇場でご覧ください。
作・演出・出演 : Saku Yanagawa

March 11th (Sun)
(1) 2:00 pm-
(2) 7;00 pm-
開場はともに30分前となります。


Banquet House
大阪府大阪市北区西天満3-1-13

前夜

__ 
アメリカに移住を決めたきっかけは何ですか。
Saku 
今も行ったり来たりしながらコメディの舞台に立ってるんですけど、僕の一つの大きな目標が、Saturday Night Liveという番組に日本人初のレギュラーとして出演するということなんです。それは野球選手にとってのメジャーリーグへの進出に等しいんですよ。野球で言うなら、メジャーリーグに挑戦するには国内でスーパースターになってから行く、というモデルだったんです。例えば大谷選手や松坂選手みたいに。ですが、コメディの世界ではそれが成り立たない。向こうのマイナーリーグの舞台にコツコツと出て、コメディアンたちのリスペクトを得た人たちだけがメジャーの舞台に立てると。僕も向こうでコツコツと舞台に出演する中でそういう流れを感じたんです。夢を叶えるために行って参ります。
__ 
リスペクトということが重要なんですね。
Saku 
同業者からのリスペクトを得られない人は、何をやってもきっと・・・
__ 
それは本当にそうですね。その目標が見えてきたのはいつ頃からですか?
Saku 
大学からコメディを始めて、大学3回生ぐらいの頃からアメリカで舞台に立ち始めたんですけど、その時に番組を見て衝撃を受けました。トークを主にコントもやる番組なんですけど、日本のそうした番組と決定的に違うのは、政治風刺の笑いや思想を多く含んだ自由な表現が行われている事です。芸術としての番組だということをすごく感じました。それは日本にはないなと思ったんです。後で知ったんですが、僕が小さい時から好きだったジム・キャリーもそうだし、ブルース・ブラザーズもアダム・サンドラーも、映画の中で見ることのできるコメディアンたちもその番組から出てきているんです。いつか僕も出演したいと思ったんです。
__ 
なるほど。
Saku 
やはりコメディアンとして一番基本なのはスタンダップコメディ。自分でネタを書いて、自分で自分を演出して、そして自分一人が主人公として出演する。脚本と演出と主演を全て兼ねる訳ですよ。なので、この3つの技術を兼ね備えなければ一流とみなされない。プロデュースもですね。シンプルなんですけど奥の深い芸能なんですよ。ほぼ全てのコメディアンがこのスタンダップコメディ出身なんですよ。これを極めていった先に、演技をしたりだとか、大きくなっていく可能性があると思うんですね。
__ 
自分で全てを作るんですね。
Saku 
自分の目を通してみた世界を喋ると言う事は、自分にしか描けない世界を書くという事なんですよね。とてもオリジナリティの高い芸術だと私は信じています。これはアメリカでもよく言われていたんですけど、舞台を終えて楽屋に帰ってくると別のコメディアンに「Saku,あのジョークはとても面白かったよ、でもあれって本当にお前が言わなきゃいけないのか」と。「別の誰かが言っても面白いジョークではあるんだ。でも本来、俺たちが突き詰めていかないといけないのは、お前が言うから面白い、お前じゃなきゃ言えないジョークだ」と言われて。最初は「そんなん面白ければいいやんけ」と思ったんですけど、よく考えるとやっぱりそうあるべきなんだなと思い直しました。
__ 
様々な仕事でもそういうところありますよね。誰にやらせても同じ仕事の結果が返ってくることは確かに期待されている。ベテランの技術者二人が同じ製品の何かの設計書を作るとして、それぞれのアウトプットはそれぞれ違う。完璧な事はもちろんだし、要件は満たしている。で、何が違うか?というとそれは「味」だけの問題ではない。確実に、それぞれの技術者の人格や思想、大切にしているものや背負っているものが反映されている。実際はそれこそが、仕事の本質的な意味での重い部分と言えるし、お客さんが期待しているものであると言えるのではないでしょうか。
Saku 
それがやっぱりやりがいにつながるのかなと思います。

シンプルなこと

__ 
向こうに渡って楽しみにしていることは何ですか?
Saku 
シンプルですが、それぞれバックグラウンドの違う・文化や言語の違う人達を身一つで笑わせるのが何よりも楽しみです。達成感もものすごく大きいですし。

ジョークの種類

__ 
Sakuさんは人種ジョークというものも扱われているようですね。人種ジョークというものはもちろん、社会的な場面では基本的には許されていませんが、それが許されている空間であれば非常に有効に作用する、周囲の和を生む、その人種がいる空間でさえうまく作用することがあったりすると聞いた事があります。資料として頂いた動画で、アジア各国での人々の喋り方の違いであるとか、それのモノマネがすごく面白かったし、会場のお客さんにとても受けていた。そこで伺いたいのですが、「人種ジョーク」については、例えばどういう部分で意識的ですか?
Saku 
はい。まず第一に、アメリカという国においての話を言わせていただけるのであれば、アメリカというのは移民が集まってできた国であるという事です。日々の会話の中で、自分の人生であるとか宗教であるとか、ジェンダーは最近ですけど、そういう目に見えるものを半ば自虐的に喋ったり、例えば相手の人種にジョークを入れることで、お互いに「自分は敵ではないですよ」と表現しているんです。人種ジョークは日々のキャッチボールとして使われてきたという背景があり、他者を批判しない限り許されている風潮があります。その上で、コメディの成り立ちから言うと、虐げられていた人種の人達による叫びから生み出された芸術であると、ある程度は言っていいと思うんですね。黒人のコメディアン、ユダヤ人のコメディアンがメインストリームになっていったように、そもそもが彼らの声を笑いというフィルターで消化したというものがコメディの成り立ちであると僕は理解しています。
__ 
コメディの成り立ち?
Saku 
まず、日本のお笑いとアメリカと笑いがどのように違うのか。一つ目は「日本の、テレビで見ることができるお笑いは、ほぼすべて生活に根ざしたものである」という事。例えばコンビニに行ったらこんなことがあったとか、嫁にこんなこと言われたであるとかの「あるあるネタ」。なぜこれが成立するかというと、少ない人種がほぼ同じ文化に根ざした生活を共有しているので、それが共有項になるからなんですよ。けれどアメリカの文化は様々で、誰もも同じ生活を送ってるわけではない。だから生活だけがネタにはなりえない。だからこそ色々なジョークにジャンルがあるんですね。人種、科学、思想、文化、政治や宗教。
__ 
あるあるネタは前提を必要とする、と。
Saku 
もう一つ述べさせていただくと、風刺という精神があるんです。「刺す」という字が入っているように、ナイフだと思ってください。アメリカというのは対立軸がすごくはっきりしている社会です。白人・黒人・ラティーノ・エイジアン、またはクリスチャンとムスリムとジューイッシュ。これらを風刺というナイフでグサっと刺すから、両者の間にミゾが生まれて、これが笑いになる。ただ日本という国はまだゆるっとした村社会なので、ナイフを刺そうとしてもぐにゃっと、途中で曲がってしまう。
__ 
その中でも日本人であるSakuがアジア人風刺をやるとですね、なんだかまるで観客の気持ちが伝わるような気がするんですよ。「日本人とも中国人とも判然としない男が一体何をやっているんだろう」、そういう可笑しみがある。
Saku 
僕自身も、海外に出て初めて「自分がアジア人である」と、より認識しました。日本の人というのは、どちらかと言うと「日本人」であるという自認が強くて。アジア人という枠組みの中で自分を捉えない。それが向こうへ出て、他者からのそうした視線を受けて自分がアジア人だと思われているんだ、と気付く。それをジョークに昇華しようと思い立ったのが、初めてアメリカで舞台に立った時の事です。