笑いの共通項

__ 
いつか、どんなショーがしたいですか?
Saku 
海外では、僕は正直、世界で通じる笑い、つまり風刺があり思想があり、というカテゴリがあるとしたら、日本のお笑い文化(フリとオチの構成や、生活描写をこと細かに表現するといった)は、必ず共通項があると思うんですよ。その中の最大値は、きっと歩けると思うんです。日本人が慣れ親しんだ笑いを、海外用にアレンジすることは可能だと信じています。それを紡ぐということは非常にやってみたいと思います。
__ 
それは、日本の笑いを翻訳するということですか?
Saku 
いえ、多分、翻訳というよりは作り変えた方がいいと思います。一対一の翻訳をしてもウケないなと肌で思っています。というよりもむしろ、日本のものをアメリカナイズドし、アメリカのものをジャパナイズドした果てにあるものだと思っていて。例えばですけどシチュエーションコメディを作るとなったら、そのシチュエーションの中で何をどう創れるか。セリフの部分だけではなく、自然や動作、プロットだけではない部分に拘って行くと必ず作れるものがあると思っています。3月11日に一人芝居として上演するのは、そうした公約数をある程度狙った作品になります。
__ 
ありがとうございます。そうした実験のその時点での答えが観れれば、とても嬉しいです。

ドライビング

__ 
ちょっと最近考えてることがあるんですけど、人間って、反応には嘘をつけないじゃないですか。もちろん、準備する暇があれば、検討を経た反応を返すことはできるんですよ。でも、どうしても検討する時間が入る余地なく引き出された反応というものに、観客の本質は現れるのではないか。うまくドライビングされている演劇の観客は、反応を検討する余地のない状況に追い込まれてるのではないかと思う。ちょっと逆説的だけれども、そうした状況下にある観客席の身体を「観客」と呼びたい。
Saku 
はい。
__ 
演者としては、レバーを何とかして握りたいですよね。そのイニシアティブの奪い合いは、コンテンツそのものとは多少離れた様々な領域で為されているのではないかと思う。もちろん、大部分は重なっているけれども。そしてスタンダップコメディでは、役柄を介さないコメディアンと、まだ観客になることを決めていない聴衆の間で、とても濃密なやり取りが交わされているのではないでしょうか。
Saku 
まず、アメリカに渡って一番感じたのは、「どこでみんなが笑わなきゃいけないのか」というものが、日本における漫才や落語に比べて、無いな、と思ったんです。一般的に、日本のお客さんは、皆さんが同じタイミングで笑うということを良しとしている。
__ 
おお。なるほど、そうですね。
Saku 
だからこそ、ツッコミという役割がいる訳です。ボケというある種異常な人を、お客さんと同じ目線のツッコミという役割が糺す訳ですよ。「あつがなついでんな」「いや、逆やろがい」と。そのボケが面白い面白くないにかかわらず、「そこが笑いどころですよ」というサインをあげているんです。ツッコミというのはそういう役割を果たす上で日本の劇場には不可欠だと思うんですね。みんなで一緒に笑いたい、それは僕が日本の観客席にいるときもそう思っていますので。ただ、アメリカの方では「俺このギャグ分かんねんで」「俺このジョークは分かって笑えてんねんで」あくまで笑いに来ているので、一人で笑うお客様も大勢いらっしゃるんです。より、お客さんと対峙してると言うか。だから笑うべきところではちゃんと笑ってくれるし、逆に滑る時には、舞台の上に議論しに上がってきた人もいるし、ビール瓶を投げてきたおっちゃんもいましたし。
__ 
という事は、アメリカではレバーは観客それぞれが多めに握っているという事なのかな。
Saku 
なおかつ、鉄板ジョークも滑ることがある。そういう時、(僕はレスキュージョークと呼んでるんですけど)「ごめんねこれは新しいジョークなんだけど、二度と言わないことに決めたよ、教えてくれてありがとう」。
__ 
(笑う)
Saku 
さらにもう2、3回滑ってしまった時は「僕は今までに2000本以上ショーに出てきたけれども、今日ほどウケた日は無かったよ」と。
__ 
素晴らしい。そうだ、前回インタビューさせていただいた90年会の大牧ぽるんが、滑った時にどうあるべきなのかを言ってたんです。彼女には嫌な思い出があって、滑った時あまりに怖くなってその次のネタを飛ばした事があるそうです。
Saku 
はいはいはい。
__ 
そうじゃなく、もし滑ったとしてもそのまま滑るべきだ、と。エネルギーを出しつくさないと失礼だし、覚えてももらえないと。滑るということに対してどういうスタンスを持つかということはとても重要だなと思う。
Saku 
僕はもう、滑ると放心状態になってしまう。基本的なお客さんは時間とお金とソウルを捧げてきているんですよ。その人の前で滑るということは、その人を不幸にしてるということなので。そういう日は家に帰って一人でぼーっとしてることが多いです。その上でエネルギーを落とさないというのはとても大切だなと思います。
__ 
アメリカでも滑るんだな。
Saku 
滑る時には本当に滑ります。でも、どういう状況が待ち受けていそうでも、舞台に立つんですよ。深夜のショーにあてがわれて、お客さんは二人しかいなくて、そのうち一人は泥酔して寝てるとか。もう一人の方をウケさせることだけがその時の僕の目的でした。多分、その人は僕のことを一生忘れないと思うんですよ。
__ 
おお。
Saku 
一万人の前でやったこともありますが、毎回同じです。出番の前は緊張で吐きそうになります。ただ、大事だと思うのは、人生は諦めと挽回力だと思うんです。僕は高校生まで野球をやっていて、自分で言うのはアレですけど、チームの中心で、試合にも一番出させてもらってたんですよ。大学でもやろうと思っていたんですけど、ピッチャーでライバルだったやつが東大に現役合格したんですよ。ほんで僕は浪人してしまった。野球ができない中で、ライバルのやつが一年生からバンバン活躍しだして。周りで「朔の代だ」と言っていた人達が、段々とそいつの代だ、と言い始めて。当時の十代の僕にはきつかったんですよ。でもそいつに負けたくはないから一生懸命勉強して阪大に入った、と。でもいくら頑張っても六大学でバンバンやってるそいつに勝てないと思って。それで野球を諦めて、そして演技を始めました。負けたくなかったので。挽回ですね。大げさにいうとそいつのせいで野球を辞めたんです、というかあきらめられることができた。彼もそのまま放送局で報道をやっていたんですが、何かやりたいことと違うなぁと感じていた時に、僕のケニアの映像を観たらしく、やりたいことをしている僕のせいで放送局を辞めた。こっからすごい挽回がきっとあると僕は思っています。人生は挫折と挽回なんですよね。ジョークも滑る時はあるんですよ。でもそういう時に、どう挽回していくかというところは、人生と似てるなと思います。
__ 
ちょっと話は変わりますが、滑った時にお客さんの中で何が起きているんだろう。考えたことはありますか。
Saku 
面白い時はお客さんは必ず笑うんですよ。面白くない時は笑うべきではないと僕は思います。つまり、滑った時というのは一番わかりやすく、面白くないんです。実力不足です。コメディというのはその点でとてもわかりやすいですよね。お互いの目的がここまで明確な芸能は他にないと思うんですよ。コメディアンは笑かしに行く、お客さんは笑いに来ている。なのでお客さんというのはショーを見ながらにして、第三者としてそのショーの出来を判断することができるんですよ。極論、どれだけいい事を言おうが、どれだけお客さんが入っていようが、お客さんが笑っていなかったらその公演は失敗なんですよ。極論ですが、野球もちょっと似ていて、体を鍛えた男たちが棒を振り回すわけですからまぐれでヒットになることぐらいありますよ。でも、受けを取り続けてるやつ、ヒットを打ち続けているやつににまぐれの人は一人もいないです。

質問 90年会の皆さんから Saku Yanagawaさんへ

__ 
前回インタビューさせていただいた90年会の面々から質問を頂いてきております。「同世代に言いたいことは何ですか?」
Saku 
僕はそんなに偉そうなことは言えないですけど、好きなことを好きなだけ、出来るまでやってもいいのかなと思います。なぜそれを同世代の方にいたいと、僕は25歳なんですけど、これからの人生を色々考える時期だと思うんですよ。僕にとっては、好きなことをやり続けるのが、少なくとも自分への誠意だと思うんですよ。極端な話、ミスをしてめちゃくちゃになったとしてもまだ絶対に取り返しが効きます。ミスをしたら、それが出来なかったということは分かる。それがわからない状態で何も動かないよりは動くべきだと思います。それぐらいしか言えないですけど。
__ 
それは本当にそうですね。

表現するということ

__ 
Sakuさんはなぜ、表現をされたいと思うのですか?
Saku 
自分の目で見た世界が作品になって、誰かに影響を与えるでも与えないでもいいですけど、世に出るということは何ものにも代えがたいことなのかなと思うからです。
__ 
自分の作品。
Saku 
それを誰かが見てくれて、作品として昇華した時は素晴らしいと思いますね。少し大きなことを言うと、それが自分の生きている意味だと思うんです。僕の目線でしか見えないものにしたいなと思います。今まで進んできた道が生んだ内面から出てきた、含蓄のあるショーがしたいなと思います。
__ 
感情移入じゃないけど、私は観客として作品を自分の人生と共有したいです。そういう観客術だと思う。けれども、今お話になっている作品のあり方は、個人とは別個のものとして扱って欲しいみたいな、そういう印象を受けます。
Saku 
おっしゃってることは間違ってないと思います。
__ 
そして、笑いというものが絶対的な指標であるということは、私にとっては結構新鮮です。笑いを任意にコントロールする観客はたくさんいると思うから。
Saku 
そうですね、だからこそ空間を制圧しなければ笑いは作れないので。笑いを常に一人で作り続ける人は天才です。一方で、Likeableという英語があるんですけど、意味としては「好かれうる」という。そういう人は出てきた時点でお客さんの心を掴んでるんですね。この人応援したいな、気になるな、みたいな。興味を持ってもらえる人って、その人の内面からにじみ出ているものが強いと思うんですよ。
__ 
日本語でそれは愛嬌と呼ばれているものです。
Saku 
そうですね、でもとても無愛想な人でもなんだか憎めない人もいるじゃないですか。それってやっぱり、何から出る何かなんじゃないかなと思うんです。しょうもない奴なのになぜか、人が逃げていかないという人もいる。
__ 
なんなんでしょうね。やっぱりその人が何を見てどう反応しているか、みたいなのが直結しているのかもしれない。

小鉢の料理大全

__ 
今日はですね、お話を伺えたお礼にプレゼントを持って参りました。
Saku 
え、そんなそんな。
__ 
どうぞ。
Saku 
結構、重みのある・・・(開ける)おお。これもう僕、本当に料理大好きなんですけど。今まさに小鉢を極めたいと思ってたところなので。これを作れるようになったら一人前ですね。
__ 
もし誰かが遊びに来た時にそういう本があったらまあ盛り上がるんじゃないかと。それと、小鉢料理というのはカテゴリーとしては全く存在感がないにも関わらず、それ一つ一つが確固とした存在感を持ち、しかしコースに組み込まれることが前提のものだと思うんですよ。舞台に立つ者として、「ネタ」に対する意識や姿勢を持ち続けて頂ければ、という思いがこもっています。
Saku 
振れ幅も凄いですし、ルールもあってないようなものですからね。人はそれを美味しいか美味しくないかだけで判断するという。本当に彼らはスタンダップコメディアンですよ。
__ 
オリジナリティもあって、独自のルールがあり、破調も内包し、そしてすぐ消える。
Saku 
エスニシティも武器になりますし。小鉢は芸術ですね、ホンマに。

__ 
次に、前田郁恵さんは。
坂元 
多分、まっすぐなんですよね。
大牧 
ああー。
木下 
それが「ひたむきさ」やな。
前田 
「ひたむきさ」、あたしか!
坂元 
なんかそう。とてもまっすぐで正義感があるし、芯が立ってる人だなぁと思ってる。それプラスおっちょこちょいの部分があって、完璧とかではなく、人間としても魅力を持ち合わせているいい女優さんだなと思う。

__ 
なるほど。そして、池永百花さんは。
坂元 
池永の良さは、見た目がとてもかわいらしいことだと思うんですよ。でも、可愛らしいけれども、周囲から「アイツ可愛いからな」と言われる中、本人はすごく負けず嫌い。一本の芯があって、男だけの現場に行っても負けねえぜ、と。魂を持ってる女優さんだなと思います。
池永 
魂。
大牧 
褒められてるよ!大丈夫。
坂元 
ヒロインポジションを与えられて、そこに大して一本通す芯。根性があるんですよ。
木下 
頭脳と筋肉と魂と鋭さとひたむきさを取られて、これから大牧に何が残ってんねん。
大牧 
そー!

坂元 
あと、木下くんは頭脳と筋肉だけじゃなくて・・・
木下 
まだあるの。
前田 
要素が取られてく。
坂元 
木下くんはね、たまーにおっちょこちょいなところがあるんですよ。
大牧 
おっちょこちょい被ってるやん!
坂元 
いや、意味合いが違う。
女3人 意味合い!?
木下 
どういうこと?
坂元 
たまに、マジか!?っていう可愛らしいポカをするやん。天才的な人なのにそういうこともあり、人間味があるなあ、可愛いなあと。
池永 
また人間味出た。
大牧 
からの?

坂元 
で大牧は、この90年会の中では太陽的な存在なんですよ。性格的な部分もあると思うんですけど、ぽるんがおるだけで場が和むというか。
池永 
ムードメーカーだ。
坂元 
緩衝材を自認してやってくれているところがある。90年会にはリーダーは設けてないんですけど、アナウンスが必要な時は「ヘーイ聞いてくれよ!」ってみんなの視線を集めてくれる。そういうのが得意なんだなと思う。だから、この90年会を照らす太陽的な存在なのかなと思う。
__ 
大牧さん太陽かー。
大牧 
役割としてはDJです。それぞれの分担を決めていった結果、場を回す。
木下 
明らかにMCやし、最初の方は大牧に突っ込んでたんだけど徐々に慣れ始めましたね。
__ 
そして、坂元さんの事を皆はどう思ってるんですか?

出田 
顎・・・
坂元 
この流れでそれ!?
大牧 
坂元さんは良くも悪くも、ナルシストだと思うんですけど、それは役者として持っておかなくてはならないことだと思う。「自分の演技なんて」と、私も時々言っちゃうんですけど、それはダメじゃんとなるやんか。だけど坂元は間違っているとしても絶対に100で持ってきて、「俺絶対合ってる」で提出してきてくれるやん。
前田 
ぶつかってきてくれる感はすごくある。
坂元 
それが「ちゃうよ」と返される場合もあるんだけど、でも発注したら持ってきてくれるやん。そういうナルシストであることは役者として一番必要かなと思っているから。
前田 
マジメですね。芝居見てても、一緒に芝居してても。
大牧 
マジメだからこそ、人との連携や企画をポンポンやってくれるし。稽古場所とかも取ってくれるし。
池永 
行動力が凄いですよね。
出田 
そう、行動力が凄い。超元気。
__ 
これで全員、ポジションが決まりましたね。
大牧 
決まりましたね。私は太陽という事で。
池永 
人じゃない!
坂元 
よろしくお願いします。
__ 
前田さんが「ひたむき」「おっちょこちょい」「芯」、池永さんが「可愛いけど芯がある」「魂」「負けず嫌い」、木下さんが「頭脳」「筋肉」「おっちょこちょい」、出田さんが「パワー」と「鋭さ」。大牧は「太陽」「DJ」「緩衝材」坂元さんが「真面目」「行動力」「役者として必要なナルシスト」「元気」ね。

坂元 
僕自身がこのメンバーでやりたかったので。二度とないかもしれないという思いもありながら、旗揚げ公演という、悪い意味での悪ノリじゃなく、一つ一つしっかりやっていきたい。自分たちが楽しめる内容の作品ではあるんですけど、それだけじゃなく。一番はお客さんに見てもらうものなので。切磋琢磨して良いものを作れたらな、と意気込んでいます。
__ 
本当にね、「プロデュース公演」って、偶然生まれたアイデアから企画されたからプロデュースって付いてるのかもしれないけど。でも新しい何かを生む「プロデュース公演」であってほしい。90年会、ものすごく期待しています。

90年会 第一話「僕らだって、ヒーローだ」

__ 
今日は荒通し、お疲れ様でした。
6人 
ありがとうございます!
__ 
いや、あの、めちゃくちゃ面白かったです。
6人 
やった!
__ 
この90年会のおこりについて伺いたいんですが、さっきお話を伺ったところによると、別の芝居の座組で同い年の6人に、坂元さんが声を掛けたのが最初だということですが。
大牧 
一番最初に焼肉に行こうと誘ったのが坂元なんです。
坂元 
そうそう、焼肉にいこうやと言って、そこからみんなで何かしようやと言う感じで発足したんです。
池永 
うん、私も言った。みんなでこうやって集まってるから、なんかみんなでできたらいいなと言ってたら、やろうよやろうよととんとん拍子に続いて言って。
大牧 
なんだかんだくだらない話をしてたら知らない間に発足してましたね。
池永 
そうそう!
大牧 
元々は劇団ZTONさんの『覇道ナクシテ、泰平ヲミル』で共演して、「同い年やん」と、割と後半に気付いて。皆、仲がいいからこそ出来た空気感があると思います。友達でありながら役者同士でもあって、それぞれの意見・考え方って真逆の場合が多いんですけど、その狭間でみんなお芝居を作っているのが面白いなあと思っています。役者先行の現場ってビジネスライクみたいなところがあるんですけど。逆に友達だけだと仲良くなりすぎたら馴れ合いみたいになったりもする。でも90年会は、全員役者さんで、でも友達としてスタートしてるので、その間の所でうまいことしてるなというのが私の印象です。
__ 
ほー!なるほど。そういうあり方は初めて聞くかもしれない。
大牧 
喧嘩しても、友達としての意見か、お芝居をしている人の間の言葉なのか、と。
90年会とは
メンバー:池永百花、出田英人(劇団ZTON)、大牧ぽるん(激団しろっとそん)、木下航(熊の宅急便企画)、坂元恭平(ProductionDayze)、前田郁恵(劇団ZTON)。
活動紹介:とある公演で共演した1990年生まれの役者たちが仲良くなったことをきっかけに、同窓会のように集まることが多かった…そんなメンバーが同じ年の役者でなにかしたい!と企画したのが今公演。

作家は、
今公演作家デビューを飾る劇団ZTONの出田英人、
自らの劇団の代表にして作家の熊の宅急便企画の木下航、
激団しろっとそんの大牧ぽるんの3名。
全く違ったジャンルの作品をご期待ください。

出演は、
多数のメディアや脱出ゲームにも出演する等注目の女優、池永百花。
劇団そとばこまちに出演、アクションで魅せる実力派男優、坂元恭平。
劇団ZTONにて培った殺陣は必見、戦うヒロインで右に出るモノはいない前田郁恵。
…に作家の3名の計6名。

同じ年に生まれた個性豊かなメンバーで皆様と楽しい時間を作れるように、素敵な公演をお約束します!
(公式サイトより)
90年会 第一話「僕らだって、ヒーローだ」
「27歳」そんな歳で自身の信念のもと芝居をしている6人の役者。とある公演で出会い、友となり、自然な流れでユニット立ち上げと相成った。日々の討論、迷いなども乗り越えた先【本番日】の2週間前。僕たちは大きな壁にぶつかった…。
友情も家族も芝居も全部生でお見せします。これが90年会第一話だ!
「僕らだって、ヒーローだ」

【期間】2018/03/17 (土)~2018/03/18 (日)
【劇場】in→dependent theatre 1st
【出演】池永百花 出田英人(劇団ZTON) 大牧ぽるん(激団しろっとそん) 木下航(熊の宅急便企画) 坂元恭平(ProductionDayze) 前田郁恵(劇団ZTON)
【脚本】
出田英人(劇団ZTON) 木下航(熊の宅急便企画) 大牧ぽるん(激団しろっとそん)
【演出】
出田英人(劇団ZTON) 木下航(熊の宅急便企画) 大牧ぽるん(激団しろっとそん)

【スタッフ】【舞台監督】宝代裕規
【照明】浜崎 聡
【音響】廣岡美祐(ゲキゲキ/劇団「劇団」)
【映像】武信貴行(SP水曜劇場・観劇三昧)
【スチール撮影】熊本 将

【その他注意事項】
【お知らせ】
90年会を応援して下さっているお客様、『ニチアサ!!』のご予約をご検討いただいていたお客様へ。90年会からの大切なお知らせです。
《90年会第一話『ニチアサ!!』公演中止、及び新作『僕らだって、ヒーローだ』上演のお知らせ》
https://90nenkai.stage.corich.jp/news/371

坂元 
とりあえず出田は「パワーと鋭さ」。
出田 
パワー被ってるやん!もう既に!
坂元 
ちゃう、違うんや。弾き出される言葉のパワーとかそういったもの、そしてそれを追求する鋭さとかが英人くんはすごいなと思っていて。で、セリフとセリフの関係とロジックをちゃんと追求する姿勢が、この人は凄いなあと思っている。
大牧 
確かに。

__ 
さて、実は先程坂元さんに色々と、他のメンバーについての事を伺ってました。まずは木下さんについて・・・
木下 
悪口じゃなきゃいいんですけど。
__ 
そこまでじゃなかったみたいですけど・・・
坂元 
いや!
木下 
後で聞きますね。
__ 
坂元さん曰く、木下さんは体力及び頭脳を担当していると。それはつまり、全てを担当してるということじゃないか?
木下 
そう、他は残らないんです。この担当振り、Twitterで坂元さんが勝手に始めたんですよ。僕の紹介が一番最初に来て「筋肉と頭脳」って言われたんですよ。あと何が残んねん。
6人 
(笑う)
前田 
おめでとう。
__ 
一人で全部担当しちゃった。あとはスピードとかしか残ってないな。他のメンバーは何を担当してるんでしょうか。
大牧 
覚えてない、あたし。
坂元 
え、俺引用RTしたけど。「力と頭脳」は特に。
大牧 
それだけパワーワードで覚えてないよ。
木下 
何かね、「ひたむきさ」はあった気がする。それ以降は忘れた。前半に要素をガンって詰めちゃったから他は残らんわな。
__ 
一旦ちょっと、それぞれの役割をもう一度決めていってもらえますか。

Cブロック LPOCH(京都教育大学)
『溺れる』脚本 蒼色メチル基 演出 ジョルジュ・ポンピドゥ
Cブロック はねるつみき(岐阜大学ほか)
『昨日を0とした場合の明後日』脚本/演出 常住奈緒
__ 
学生演劇祭、いよいよ再来週ですね。
吉岡 
はい。今日も劇場に行って打ち合わせをしてきました。
__ 
各地から色々な団体が集まりますね。私行けないかもしれなくて。
吉岡 
22日から26日ですね。日本の団体の上演は25日までです。
__ 
出社するかもしれないので確実に全日程は無理ですが、でも1日ちょっとなら行けるかもしれません。申し訳ないです。
吉岡 
いえいえ。ちなみに今日(2月10日)が3ブロック見られるスペシャルパスの受付締め切り日でしたが、10団体見比べようと全国学生演劇祭に来てくださる方がいらっしゃるというのは、とてもやりがいにつながりますね。
__ 
お客さんに何か一言。
吉岡 
ただただ楽しんでいただきたいです。そのために私はいると思います。
__ 
頑張ってください。
吉岡 
ありがとうございます。
第3回全国学生演劇祭 Cブロック
三桜OG劇団ブルーマー(とうほく・仙台三桜高校演劇部OG)
LPOCH(京都・京都教育大学)
はねるつみき(名古屋・岐阜大学ほか)

2月22日(木) 16:30[Aブロック]
2月23日(金) 10:30[Bブロック] 14:30[Cブロック] 18:30[Aブロック]
2月24日(土) 10:30[Aブロック] 15:00[Bブロック] 19:00[Cブロック]
2月25日(日) 10:30[Cブロック] 14:30[Bブロック]
2月26日(月) 10:30[特別枠]

Cブロック 三桜OG 劇団ブルーマー(仙台 三桜高校演劇部 OG)
『スペース.オブ.スペース』 脚本/演出 熊谷美咲 原案者 平岩あかり
__ 
そのうえで観客側に与信権が与えられていることについて、制作者としてはどう思われますか?
吉岡 
私が制作者と名乗るにはまだまだ未熟ですが、意見を述べるとしたら、制作として観客に対して期待すべきことなのではと思います。ある程度の与信権を観客に与えることは至極当然のことではないでしょうか。ただ、作品自体とお客様自体の橋渡しになるというか、その位置に制作はあると個人的には考えていて。作品制作にも耳を傾けながら、でも作演出や俳優よりも一番お客様に近い距離にはある。私が語るのも差し出がましいですが、その間にいる者として、与信権は観客に与えられているべきではないでしょうか。もし与信権が与えられる方向が逆になったとしたら、極論を言えば観客は誰でもいいわけで。与信権が与えられているというのは、つまり演劇を見るにあたってお互いがお互いに期待しているものはあるはずです。その関係が成立しているからこそ各地で演劇公演が開催されていて、私も観に行くわけで。
__ 
観客の与信能力を高めるためにはどうすればいいんでしょうね。観客がその作品の価値について分析し、表現できるようになるには。
吉岡 
少し違うかもしれませんが、観劇リテラシーを高めるには、ということでしょうか。
__ 
実のところ、私は早さも正確さもどうでもよくて、ただしこの演劇の価値は自分で見つけるというその視座だけが必要だと私は思っています。
吉岡 
どうやって育てるか、高めればよいかはすごく難しいですね。与信能力の基礎となるものは個人によって違って、それに上乗せされるものなのか。一つは、色々なジャンルの演劇を見て広く見識を得ることで、なんとなくの与信が上がっていくのか。それとも一つのジャンルや作品を何度も繰り返し見ることで、そのからくりや仕組みが分かってくるのか。それは本当に人それぞれだと思いますね。
__ 
観客のタイプは6タイプくらいに分かれると思ってるんですけど、今は沼タイプが多い気がしますね。だいたいニュアンス的には伝わるかと思いますが、例えば、あるグループアイドルのファンになって三段階ぐらい進むと、そのアイドルグループたちの関係性に着目してクセになって、そのカップリングなどにドロドロとはまっていくのが沼。
吉岡 
それだと私が典型的な沼タイプですね。ある意味オタク気質というか、その性格のおかげで色々な演劇に触れているので。おそらくアイドルだけに関わらず、一旦深みにはまると終着点はすごく広い。垂直に深い穴が何個も彫られているのではなく、ある程度深くまでいくと一旦道が開けるような気がします。
__ 
それは飽きるということではなく?
吉岡 
だんだん広がる感覚でしょうか。コアな部分になることで、その穴の端が別の道につながる。大人数のグループを例にとると、その中の一人が別のグループの一員でもあった、また加入することでアリの巣の穴がさらに広がっていくような感覚になる人もいるはずです。
__ 
吉岡さんは何の沼ですか?
吉岡 
AKB48関連ですね。舞台にも出演されるようになって、私の中で演劇の沼にもつながって、結局全てズブズブ沼にはまっていくという。
__ 
私が沼というキーワードを出した瞬間、体が固まりましたね。
吉岡 
そうですかね。
__ 
まあ嘘ですけど。AAAってあるじゃないですか。あの沼は深そうだなと思いますね。男女混合グループってすごく珍しくて、深いのではないかと。
吉岡 
確かにそうですね。ジャニーズなどの男性アイドルグループ、女性アイドルグループ、混合グループでもユニットに派生するなど沼の種類は本当に多くて、それこそアイドルだけではなく漫画やアニメなどどんな文化にも沼は数えきれないほどあると思います。しかもほとんど底を知らない。
__ 
底はあるかと思いますね。第3段階目の関係性沼は確かに広い。でもどこかのタイミングで飽和するかと思います。私の経験だと、あるグループの人がそこを辞めた瞬間、その沼から出ましたね。
吉岡 
言われてみればそうかもしれません。大学2年のときにアメリカに留学していたのですが、日本を出る直前の1月に好きだったメンバーがグループを卒業して。イベントに足を運べなくなったというのもありますが、どうしてそのグループが好きだったのか分からなくなって、その時期を境に沼が深くなることはなかったように思います。
__ 
それって男性の?女性の?
吉岡 
女性です。
__ 
じゃあ違った。
吉岡 
その状態は確かに飽和に近くて、ここから先深くはならないというポイントを見つけた、ポイントになってしまったのかもしれません。そのポイントがある日、演劇において見つかるかもしれないと考えると少し怖いです。
__ 
いいと思いますけどね。小劇場の観客は基本沼にはまっている人たちで、そんな文脈で捉えられるとあまりよくないかもしれませんが。観客席で夢中になっている人の沼というのは、面白い概念だと思います。
吉岡 
劇場に行くと「いつもいらっしゃるな」という方が見えるのと同時に、私自身もいつもいるなというのも気づきます。
__ 
それは「おまいつ」という概念ですね。
吉岡 
そうですね。
__ 
沼。細かい小指の動きに気づく沼があるということなんだと思います。沼の作用として、大劇場では細かい動きに気づかないと吉岡さんは仰っていましたが、大劇場の一番後ろの客席でも小指の動きは捕捉できると思っています。人間の視覚はそれぐらいのものがある。沼というのは、結果的には集中力だけど、やっぱり自分自身がその終着の渦の中にいるということに気づけないくらい深く集中しているという悲しい状況だと思っていて。その暗い渦の中にいればいるほど、その奥の光がどれだけ遠くても補足はできると思う、小指の動きくらいなら。だから観客席の人口を増やすことよりも、その作品にしかない沼をアピールすることができればいいなと思っているだけです。
吉岡 
客層というよりは、その作品独自の色、その沼にはまる人を待つということでしょうか。
__ 
そうですね。そして宣伝すれば人は来る。宣伝はすればするほど多くのお客さんを呼べる。未来のお客さんの目に触れていくので、来てくれなくてもするべきだと思います。
吉岡 
することに意義があるというか、潜在的な観客を増やすことですね。全国学生演劇祭であっても、宣伝を見た時点では気に留めなかったけれど、そういえばこんな催しがあったと思い出す。その瞬間のために広報があるのかもしれません。
__ 
その広報は無駄遣いではなく、むしろ美しい行いだと考えるべきと私は思っています。お客さんが来なくても、広報という行動、その業は美しいものです。

Aブロック 楽一楽座(徳島大学)
『Say! Cheese!!』脚本/演出 中西一斗
第3回全国学生演劇祭 Aブロック
劇団宴夢(札幌・酪農学園大学)
フライハイトプロジェクト(東京・早稲田大学/東京藝術大学ほか)
元気の極み(大阪・大阪府立大学×大阪大学×神戸大学)
楽一楽座(四国・徳島大学)

2月22日(木) 16:30[Aブロック]
2月23日(金) 10:30[Bブロック] 14:30[Cブロック] 18:30[Aブロック]
2月24日(土) 10:30[Aブロック] 15:00[Bブロック] 19:00[Cブロック]
2月25日(日) 10:30[Cブロック] 14:30[Bブロック]
2月26日(月) 10:30[特別枠]
__ 
全国学生演劇祭。どういうところが見所でしょうか。
吉岡 
各ブロックや各地域でカラーが違うところでしょうか。すでに私は京都・東京・名古屋の学生演劇祭を全ブロック見ていますが、各地域でウケる演劇、そうでない演劇も違いましたね。面白いと思うかどうかの感性も違って、それが京都に集うことでどんな化学反応が起きるのか。一気に3、4団体見比べられる点は、全国学生演劇祭の魅力であり面白いところではないでしょうか。
__ 
昨年ロームシアター(京都)で、Bブロックしか拝見できなかったのですが、面白かったですね。
吉岡 
確かBブロックはとても濃くて、他のブロックと比較しても。優勝したシラカンと、劇団なかゆびのいたブロックですね。学生の頭の中というか、熱量が伝わってくるなと。
__ 
地域ごとでカラーは違うというところはあるかもしれませんね。
吉岡 
今年は去年と全く違う団体が多く出場するので、楽しみにしていただければと思います。

Bブロック ヲサガリ(京都工芸繊維大学)
『ヲサガリの卒業制作』脚本/演出 小川晶弘
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今回、ご自身としてはどんな思いがありますか。
吉岡 
実行委員長を務めているのですが、実は2月のこの時期まで関わるとは思っていませんでした。去年4月の時点で大学3年生と、就職や将来のことを考える時期でもあったので、一旦京都(学生演劇祭)で区切りをつけようとか、もしくは学生演劇祭には一切関わらないと決めていたほどでしたが、そこから色々な偶然や出会いがあって声をかけていただいて。1年間ほぼ毎週ミーティングを開いて詰めてきた今回の開催なので、それが実になればいいなと思います。また実行委員長としての活動を通して、改めて「どうして今、学生演劇祭を選んだのだろうか」を考えるきっかけに、ご覧になる皆様には全国学生演劇祭の意義についても考える機会になってもらえれば嬉しいです。
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というと。
吉岡 
それぞれの地域で活動する学生劇団を、一つの場所に集めて公演を行うことの意義ですね。私は高校から演劇を始めたのですが、高校では演劇の全国大会やコンクールがあるのに、大学ではそういったものがないなと。それだけが理由で全国(学生演劇祭)が始まったわけではありませんが、あえて大学生を対象に各地から学生劇団が集うものがあれば面白いのではないかというのが一つですね。あとは各地域に眠っている、これだけ面白いのに他の地域で演劇が好きな方、見たい方に触れられていない、届いていないのは勿体ないという思いが一番強いです。昨年であれば東京の団体が京都で作品を上演して、私たち京都の観客が衝撃を受けることができたのも、全国学生演劇祭があったからこそだと思います。

Bブロック 喜劇のヒロイン(日本大学)
『べっぴんさん、1億飛ばして』脚本/演出 新宮虎太朗
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今、演劇そのものについて考えていることを教えてください。
吉岡 
演劇そのもの・・・。演劇って一括りにできないほどたくさんの種類があって、例えばよく見たり参加したりしている小劇場から、1000人規模での商業演劇まで。私は全部見るのが好きです。ただ、普段大学の友達と話していても未だに演劇というもののイメージがあまり浸透していなくて、やはり未だに宝塚やミュージカルなどのイメージが強いようで。そのままでも勿論いいですが、少しは変わらないものかと。視野が広がらないものかとは最近考えていますね。
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色々な考え方がありますけどね。
吉岡 
私はどちらも見ますが、場所的にも金銭的にもふらっと行ける小劇場、学生演劇もその一つとして好きです。元々は見る専門でしたが、今は制作などの創作する側に回ることが多くなって。それでも未だにただのファンですね。その延長線上で演劇をやっていていいものか。でも好きだからこそ関わり続ける、没頭しているのだとも思います。
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演劇に関わっていて、嫌なことはなんですか。
吉岡 
演劇以外のスケジュールとの兼ね合い、両立ができなかったことですね。大学では全く演劇に関わっていなくて、具体的に言うと学生劇団に入ったことは一度もありません。他の部活には入っていましたが。
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何の部活ですか。
吉岡 
英語研究部です。その大会や行事と日程がかぶったときにどちらを優先すべきか、調整ができなかったときに、悔しくて嫌になることはあります。あとは、自分で見たいものを見に行く場合と、当日制作でお手伝いをさせていただく場合がありますが、どちらであっても自分の「面白い」にはまらなかったときは、複雑な気持ちになりますね。でも「実行委員辞めてやる」といったことは今までありません。

Bブロック 砂漠の黒ネコ企画 (九州大学ほか)
『ぼくら、また、屋根のない中庭で』脚本 Granous B.K Ponser 演出 木下智之
第3回全国学生演劇祭 Bブロック
ヲサガリ(京都・京都工芸繊維大学)
喜劇のヒロイン(東京・日本大学)
砂漠の黒ネコ企画(福岡・九州大学ほか)

2月22日(木) 16:30[Aブロック]
2月23日(金) 10:30[Bブロック] 14:30[Cブロック] 18:30[Aブロック]
2月24日(土) 10:30[Aブロック] 15:00[Bブロック] 19:00[Cブロック]
2月25日(日) 10:30[Cブロック] 14:30[Bブロック]
2月26日(月) 10:30[特別枠]
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演劇の、どういうところが好きですか。
吉岡 
「ライブ感」ですね。目の前で物語が起こっている、演じられているところ。同じ空間で何人もがそれを同時に経験しているところでしょうか。抽象的ですが。同じライブ現象として音楽やダンスも挙げられますが、その場で言葉をどのように話すかは、場所や時間、空気など色々な要素が組み合わさって幾つもの楽しみ方があるのが、演劇の好きなところですね。
__ 
なるほど。演劇が嫌いな人は、そういうところが嫌いなのかもしれませんね。
吉岡 
反応が同じ、一方的でないからかもしれませんね。
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小劇場が最たる例だけど、細分化した表現がネックになるのだと思います。細かい小指の動かし方一つでも俳優は作ってくるじゃないですか。かなり意識して細かく。テレビドラマの俳優もそれは同じだけど、瞬きをする・しないといった選択も、高度な集中力が要求されたりとか、あるいは受け取り方によって意味が変わったりであるとか、そういうコンテクストを踏まえないと味が出てこないという。それをライブでやるという無茶苦茶さ、あまり強くいけないというのが本音かもしれませんね。
吉岡 
ライブ感だからこそ「そのとき」しかないじゃないですか。一日何回公演、再演なども勿論ありますが、「そのとき」の上演は一回しかないので、もう一度体験したいという方にはやはり、すでに完成されていてリピートできるものの方が向いているという方もいらっしゃるのではないでしょうか。あとは敷居の高さを未だに感じます。実際昨年の全国学生演劇祭は、映画のような感覚でご来場いただきたいと思って料金設定をしていました。今年は違いますが、どうしても「演劇か…。」という意識はあるような気がします。
__ 
昔からそうでしたね。
吉岡 
完全に拭われているわけではないかと。
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今はどうだろう。演劇の敷居は変わってないというか、平均的に見れば高くなったように思います。私個人は、べつに演劇の敷居は低かろうが高かろうが、物凄く個人的には高くても別にいいと思う。演劇を見ずに批判する人は問題外ですが、見たうえで悪口や文句を言いたくなる気持ちはあるかもしれない。けれども、小指の動かし方一つや目線、お客さんは自分の視界の中に入っているはず。そして、分析することがその時はできなくても、やっぱり視界に入ったものは残り続け、影響を与えると思う。可能性は低いかもしれないけれども、白目で見ているような情報が伝わることは、信じるに値すると思います。だから我々のやっていることは決して無駄ではないはずです。
吉岡 
小指の動かし方一つ、という言葉がありましたが、地点の公演のアフタートークで聞いたことを思い出しました。個人的な解釈ではありますが、演劇は観客が見る視界を限定していないのがその良さで、ただ演出の意図としては視界を限定することが使命じゃないですか。このシーンのここを見てほしいと思って演出をつけるので。一方で、映画では演出をつけるこの手の動き、目の動きを見てほしいといった細かい指示がされた瞬間を、フレームの中に切り取ることができる。そこが演劇とほかとの大きな違いだと仰っていて。なるほどと思いましたね。演劇であれば、演出の意図にはない微かな動き、役者による偶然で勝手な動きが、作品全体を変えたり形作ったりすることがある。演出の意図に沿って見ることは勿論しますし、そう仕向けられているような気になりますが、そうではないところ、例えば「ここは演出がついているのか、そうでないのか」を疑問に思いながら、別の部分に注目するのも好きです。そのサイズ感が一番適しているのが小劇場なのかなと思いますね。それこそ1000人以上の劇場であれば舞台までの距離が遠くて見にくいですし、白目には入っていたとしても把握できない、自分の目や頭で消化できないかと。小劇場では全部を見渡すことができて、演劇を作っている側も、ここであれば見えるなという範囲を知ることができるのではないかと。
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そういう作業をする上で必要になるのは何だろうかと思っていて。観客と出演者とか、作品を上演する演出家と出演者の、観客席と上演する側の間には提携関係が結ばれていますね。その出演者側に観客席が視線という透しをするんですけど。その与信をどう行われるように設計するというのか、信用を与えるようにするのかは、やっぱり演出家の手腕ですが。小劇場的な小指の動かし方の話になると、実は観客席の方に出演者側の、果たして彼らのパフォーマンスに対して与信すべきかどうか判断する能力が求められている。非常に高度なことが求められているので、それがつまり敷居の高さですかね。
吉岡 
ひとつ結論に達したような気がしますね。今私は演劇を見やすいと思っていますが、それはある程度の数を見ているから見やすいと感じるのか、小劇場で演劇を見たことがない、サイズが小さいなと思われるような方だと、逆に限定されることでどうすればいいか分からなくなるのかもしれませんね。
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そこで得られる情報というよりは、小劇場の場合かどうかは分かりませんが、前衛演劇の場合は、世間一般の価値やある種の価値基準と相容れないわけじゃないですけど、独自の価値を持っているわけで。それを簡単に言葉やお金に還元できないというところが悩みの種ですよね。
吉岡 
価格の話にもつながってきますね。ある作品を見て、例えば2000円を払って、それ以上のものを見られたと思う感覚や、これは見に行って損をしたなと思う感覚など。ある意味その人それぞれの価値観にもよりますが、チケットというのは価値が可視化されている唯一のメディアなのかもしれませんね。無料のパフォーマンスをしているわけではないので。作・演出や技術スタッフだけでなく、制作や実行委員会、運営側がそれだけの時間をかけて形にしたものを、どれだけの価値で見るかという。