制作者への契機

__
垣脇さんの今までの事について、伺って行ければと思うんですけども。
垣脇
はい、私が答えられる範囲で。
__
垣脇さんは大学の頃から演劇に携わっていらっしゃるのでしょうか。
垣脇
そうですね、そういう事になりますね。高校の頃は全くやった事が無くて、興味も無かったんですが。偶然入った大学が演劇芸能専攻という名前が付いた学部だったので。近畿大学なんですけど。そこは役者もスタッフも何でもやる学部でしたので。そういうキッカケでしたね。
__
MONOに入ったのはどのような。
垣脇
在学中は、大学で学内公演などをしていたんです。そこで制作班に入ったのですが、卒業するときにもうちょっと続けたいなと思いまして。就職して制作が出来る、大手の事務所とかホールとかは中々難しかったので。就職難でしたし(笑う)。大学の教授とかにも相談したんですよ。例えば劇場に就職するにしたって、企画をやるホールは当時は凄く少なくて管理業務だけの場合もあるし。制作としてやりたいんだったら、劇団に入るのがベストだろうと言われたんです。でもお金にはならないと。それでもやると言うんだったら、関西でも東京でも、全部の劇団を回っていいと思う所を探すぐらいでないと続かないだろう、みたいな事を言われて。
__
そうだったんですね。大変ですね。
垣脇
大学の頃は公演ばっかりやってたので、あまり観れていなかったんですが、それを言われてから行くようになって。そこでいいなと思ったのが、今入っているMONOだったんです。
MONO
京都を拠点に活動する劇団。軽妙な会話劇から古典劇まで手掛ける。
壁ノ花団
MONO所属俳優、水沼健氏が作・演出を務める劇団。前衛的な手法を用いて豊穣なユーモアの世界を紡ぎだす。
公演時期:2007年8~9月(京都)、2007年12月(東京)。会場:アトリエ劇研(京都)、こまばアゴラ劇場(東京)。

タグ: 出来ない!難しい!演技


MONOとの出会い

__
MONOに会って、初めて感じられた魅力というのは何だったんでしょうか。
垣脇
私は、先ほども言ったんですが、田舎で育ったので身近に演劇がなくてあまり演劇を意識して来なかったんですね。演劇部のイメージというのは、よくある大げさな、あるじゃないですか。だから演劇というものは恥ずかしいものだと思っていて。まあ大学に入ってからそういう思いはなくなったんですけど、でもまあ一般的にはまだまだ恥ずかしいという印象があって。
__
なるほど。
垣脇
でもMONOのお芝居は凄くテンポが良くてね、何かこう、恥ずかしい感じが全然無かったんですね。自分に合った、というか。それが新鮮だったんですよね。
__
そこだったんですね。

タグ: 恥ずかしいコト


MONOの方向

__
そうしてMONOに入られて、もう何年になるんでしょうか。
垣脇
10年、あ、11年か。
__
旗揚げ当初から、という訳ではないですよね。
垣脇
私が入った時には7年目だと言ってたので、もうすぐ20年ですね。
__
凄い事ですよね。
垣脇
凄い事ですよね(笑う)。7年目に入ったので、新入り気分で入っていたんですね。それから劇団員がほとんど入っていないのでもう新入りじゃないのですが。
__
ええと、MONOにお勤めになっている、という認識で宜しいのでしょうか。
垣脇
はい、一応そうですね。
__
日常業務の他は、例えば他の催し物の受付に立っていらっしゃったりする訳ですけども、そういった事もされているのでしょうか。
垣脇
はい、そう手広くやっている訳ではありませんけども。
__
ありがとうございます。ここで垣脇さんにとっての、制作という業務についてお聞きしたいと思うのですが。具体的にはどういうスタンスで、制作業に当たっているのでしょうか。例えば、MONOの公演ですとか。
垣脇
まあ、これまで劇団はずっと続いているし、座長の土田が割としっかりとしたイメージを持っているので、「こうしていこうよ」とかいう話は土田とよくしますね。それをどう上手く動かしていこうかという事が主ですね。そこから先の仕事が、一般的な制作の仕事ですね。会場を押さえたり。
__
宣伝ですとか。
垣脇
そうですね。その合間合間に次の公演をどうしようかとか考えていくという感じですかね。まあ、いまよりもっと企画性をもってやったりとかいう時期もあったんですが、メンバーも本当に、大人になってしまったし。公演も一年に一回やるぐらいになってるんですね。
__
そうですね。
垣脇
単純に、劇団公演だけやっていても食べていけないという事や、それぞれが演劇に限ったとしても他にやりたい事もあるし。細かい事を言えば、演劇的志向はみんな違うと思うんですね。でも今まで培ってきた呼吸とかもあるので、メンバーがそれを嫌っているのでなければ続けていけばいいじゃないかと。それぞれの別の場所での活動が公演に戻ってきたり。例えば土田も、少し前に留学とかしていたので。
__
まあ、放任主義という。
垣脇
そうですかね(笑う)。だから、今後の事をああしてこうして、とあまり考えすぎても無駄やなというように思っています。流れに従おうと。

タグ: 留学して表現を学ぶ


制作者のタイプ

__
垣脇さん個人としては、今後、制作としてどのように攻めていかれますか。
垣脇
そうですね、MONOがそういう感じなので、個人としてやりたい事を考えてはいるんですが・・・。そうなんですよね、そこなんですよね問題は。ここ何年か、それを模索してる感じなんですよね。
__
ああ、そうなんですか。
垣脇
制作さんと言っても、皆さんそれぞれスタンスが違うと思うんですけども。
__
そうですね、違いますね。
垣脇
私は、一から企画をする、というタイプではないんだなあと思っていて。だから、プロデューサーというよりいわゆる制作さんなんだなあと思うんですけど。何か種があれば、それを育てていくような感じの事は凄く好きなんだろうなと思います。
__
夢のある話ですよね。
垣脇
だから、種を見つけるとか、そういう事については弱いというか、発想に至らないと思うんですよね。劇団に入ってから箱入り娘だったからか。プロデューサーさんとかは、それがあるからやってるじゃないですか。今までにいろんな事をかじって、最近やっと、自分は舞台の世界が好きで、お芝居を作って行きたいなあと思っています。今になってこんな事を言ってちゃいかんのですけど。あとは、自分よりも若い人達よりは少しだけ長く培ってきたものがあるので、それを伝える事が出来ればいいなと思いますね。
__
確か、劇研でワークショップをされていましたよね。
垣脇
ええ、やってましたね。まあね、それがどんなもんかと言われるとどうかという感じですけど。・・・私も学生の頃、そういうワークショップに出た事があるんですけどね。全部鵜呑みにするわけじゃないけど、現場にいる人達の話を聞くと、「ああ頑張ろう」と思うじゃないですか。そういうキッカケくらいになればいいかと。方法なんて自分で見つけるしかないんですし。

タグ: 今後の攻め方


限界

__
今まで、一番しんどかった公演というのはありますか。
垣脇
しんどかった・・・。20代の後半だったかな。その頃は、MONOがツアーを始めて、助成金も取れるようになり始めたり、予算が倍々ゲームみたいに大きくなっていったり、そういう中で感覚がマヒしてしまったりする時代で。公演箇所が増えたりで、単純にやる事も倍々ゲームになって。
__
そうですね。
垣脇
その上に、違うカンパニーの制作も引き受けていて。ちょっとしたプロデュース公演だったんですけど、動員が動かなくて悩んだ事がありまして。MONOは比較的、お客さんの入る劇団なので、私は今まであんまり悩んだ事が無かったので。その公演が劇場の買取公演だったんですよ。しかも、この客席分は埋めろという。
__
うわあ。
垣脇
買い取って下さってるという事はすごく有難かったんですけど、劇場のプロデューサーの方がめっちゃ怖くて。箱入り娘としてはこれが社会人かあと。でも当たり前だなあと。向こうもプロでやってるんだし。でも東京でチケットを売るなんて、どうすればいいのか全くわからなくておろおろして。きっとプロデューサーの方も困ったでしょうね。
__
なるほど。
垣脇
それで体調を崩したりして。でもそれで「自分はココまではやれるんだ」って自信になりました。自分の限界がこの辺なんだなという事も分かったし。あとで考えると、いい一年だったなと思いますね。

専門家

__
MONOの活動の拠点も京都な訳ですが、京都の小劇場の状況について。どのように変わってきていると思われますか。
垣脇
うーん。ゆっくりとですけど、専門家が立つようになってきていると思います。呼び名が単純に増えてきたり。
__
コーディネーターとかですね。
垣脇
ええ、技術者、例えば照明さんとか音響さんとか、割とやる事はハッキリしていると思うんですけど。舞台監督とか制作とかは、あふれた部分を拾う部分もかなりあるんですね。そういう時は、それは舞監で拾う?制作で拾う?みたいな話し合いをして。
__
スイーパーみたいな。
垣脇
そうですね。もちろん、小さいカンパニーで全部分けるというのは大変だと思うんですけど、意識的にやることは大事だと思います。そうすれば「小道具さんがいたらいいな」とか、「チケットを売ることを中心にやってくれる人がいたらいいな」とかいうことに思いいたるんじゃないですかね。同じように「制作」と名乗っても得意分野も実際にやってることもそれぞれ違うだろうから、得意分野にそれぞれが気づけるといいですよね。

タグ: 天才スタッフのひらめき


片山文三郎商店のネックレス/ブレスレット

kakiwaki_present
__
今日は、お話を伺えたお礼にプレゼントがあります。
垣脇
ああ、すみません。
__
どうぞ、
垣脇
あ、開けてもいいですか?
__
ええ。
垣脇
えー・・・?何だ何だ(開ける)。ネックレス?ブレスレット?
__
どちらにでも使えるタイプですね。
垣脇
(付けて見る)おお。
__
あ、お似合いですよ。本当に。
垣脇
マジですか。しかも、色が合っていますし。
__
おお、本当だ。


他人も私も知らない私

___
宜しくお願いします。
よこえ
宜しくお願いします(笑う)。えー。何ですかね。
___
最近どうですか。
よこえ
あはは。何か、そういう出だし多いよね。
___
そうですね・・・。ええと、よこえさんは結構前にニットキャップシアターを辞められている訳ですけれども。
よこえ
すごく世界観が好きでそこでしてたんやけど。何か、やっぱりニットにいたころは、生かされていた感じがしていて。自分で生きてた感じがしなかった。自分が、ふやけてたから。そこは、ごまさんや劇団の凄いところだと思うんだけど、でももうちょっと一人で立てるように。ピンで立てるような役者にならんとあかんなと思ったわけです。いつか、もう一度、ニットの芝居が出来たらと思ったりしてます。好きですから。
___
それで、退団されたと。
よこえ
七月の雨垂事典でやった役も、ニットでは貰えない役だったと思うし。だから、そういう現場が外に出ると増えてくるんですよ。もちろん劇団にいても機会はあるんだけれど、私は甘えっこなので。関わった事のない色んな現場にいって、よこえとも子として立たんとなあと。
___
なるほど。よこえさんは、今後どんな感じで役者をされていくんですか?
よこえ
新しいものを発掘、ですね。変な話、私は自分を解った気がしていた上で演技をしていたと思うんですよ。でも、わからないもの、というか。例えば他人から見た私と、自分が知ってる私と、他人も知らない私と、他人も私も知らない私があって。そこいらを掘らなきゃいけないというのを凄く思うんですね。だから、その辺の作業をする事によって、新しい顔が生まれてくるんじゃないかと。
___
なるほど。
よこえ
私、今年からブログをやり始めたんですよ。他人に対して説明したりするのが抜け落ちてたり、自分から色々発信できてないなと、で、やり始めたんですね。日本語日記。自分の中にある言葉とか、自分が好きな言葉とか書くだけですけど。ちゃんと認識して吟味してから、体に落とさんとなーと。役者は歴史が勝負なのかなと思ってましてね。
___
歴史?
よこえ
その人の歴史ですね。重要じゃなかろうかと。
___
そうですね、その人の過去・来歴が人を形作っている訳で、それが舞台上で違う人間をやる訳ですから、これは凄い作業ですよね。
よこえ
人の歴史の中には苦手な事とゆうのも含まれてると思うんやけど、私にもそれがもちろんあって。今まで、自分に出来ない事を簡単に制限し過ぎてたのではとゆうふうに最近の生活で気付いたんよ。私は自分の好きな世界観だけでやっていた節があったから。それだったら、分かりやすい人間像しか演じられへんくなるというか。当たり前のことなんかもしれないんですが・・・言葉、変じゃないです?
___
分かります。輪郭のはっきりしている人間像も私は好きなんですけど、うーん。
よこえ
いや、私のゆっているのは、輪郭がはっきりしてないんですけど・・・型みたいなのを決めただけだと。カタチの型、ですね。そーいえば昨日、とある女性と喋ってて。
___
え?
よこえ
で、気持ち悪いと言われたんですよ。川本真琴の真似をしたら。やっぱり、よこえさんに似合わない事をしたから、気持ち悪かったわと。それは川本真琴の歴史抜きで形だけでしてたからなんですけど。役も一緒で、気持ち悪くならないようにやらなくちゃならないと。型でやってて、落ち着いてる。「軽く」ならないために、もっと自分の動きと本を模索していかなくてはと思うんですね。
てんこもり堂
ニットキャップシアター
1999年、劇作家・演出家・俳優のごまのはえを中心に旗揚げ。個性的な俳優陣と高い集団力をもってごまのはえの独特な世界観を表現する。
雨垂事典
関西人のネイティヴ言語である関西弁をベースに、笑いと、ほんわか人情話を提供する劇団。

タグ: 世界観の作り込み


vol.63 よこえとも子

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よこえとも子

スライム

___
今後の予定としては。
よこえ
9月に埼玉で野外の公演があって、11月に東山青少年活動センターで如月小春さんの「夜の学校」っていう。知ってる?
___
聞いたことないなあ。
よこえ
私も知らんかったんやけどね。それをやんねんか。ちょっと課題のある役になってしまって。結構苦手分野だから、いかに、ねえ。
___
自分自身との戦いがね。
よこえ
いっつもそこでつまづくから。毎回そうやけど、チャンスを与えられてるなと。前までは苦悩しながら戦ってたんですが、最近は楽しく戦えるかなと。
___
で、冬に。
よこえ
映画の撮影を、東京で。その監督さんは今いろんな映画祭とかで上映中みたいです。それには出ていないですが。舞台と映像って、めっちゃ切り離されてる感じがするけど、携わったら演じる上では一緒やなと思いました。
___
大きい小さいの差はあるかもしれませんが、同じ人間を使った表現ですからね。
よこえ
うん。選択肢の幅を狭めたら勿体無いなておもう。何やろう、自分の中にある、にじみ出て来るものをもっと磨かなあかんのやろうなと。だから、そうそう・・・何者か分からないという事で、惹きつけるというのは必要なんかなって。分かる?
___
正体不明の。
よこえ
そうそう。
___
そうですね、そういう人がロックな芝居をやると物凄い魅力がありますよね。
よこえ
何か、私の中ではスライムと呼んでいて。ドラクエのじゃなくて。
___
うんうん。
よこえ
子供の頃に遊んだアレね。何なんだろうっていう。中身が透けているのに。人とかって、細胞で出来ているじゃないですか。顕微鏡でみたら、そういうのが見えるという。人だけじゃなくて色々みえるけど、スライムだけはわからへん。と私思うねん。
___
化合物だからね。
よこえ
何か、そういう人になりたいなと。例えば、梅澤さんとか。
___
あ、そうなんですか?
よこえ
あははは、いや分からんけど。意外やった?
___
いやいや、意外ではないです。そうだよな、そういう芝居って全然観なくなったような。簡単に言ってしまえば、訳わかんないけど熱い芝居って言ってしまえるんじゃないかなと思うんですが、重要なのはそれが何とか舞台に乗っているって事ですよね。なんじゃないかなと。それが舞台にのって信じられない事に芝居をしているっていうか。いや、それを観てきてはいる筈なんだけど、言い表しにくいな。
よこえ
最近、ないですか。
___
うん。
よこえ
別にそれで激しくしなきゃってのじゃないんですが・・・でも、そうじゃないと、どんどんどんどん甘えていってしまうんじゃないかと。土地に。京都や、劇団に。
___
土地に頼らない。
よこえ
いや、でもちゃんと乗っておかないと、浮遊しちゃうから。そういう流れみたいなのに流されているのは良くないのかなあと。いや、すごい頭でっかちなのかもしれないけど。
___
あー、土地に甘えてるかー。なるほどねー。梅澤さんか。
よこえ
いや、梅澤さんが大好きって訳じゃないよ(笑う)。美脚の稽古の時に、ごまさんが「もっと色々何かやれって」言わはって。思いつくかぎり色々やってんけど、全然で。やし、ごまさんが「足りひん」って怒り出してさ。今思うと自分自身、軽いとこばっかさぐってばっかやったなって。
___
なるほど。
よこえ
梅澤さんは、稽古で脱いでたと。いや、別にそれも良くはないと思うねんか。だって最終的には脱げばいいという事になるから。何していいか分からないから脱いでしまったという・・・。
___
その、スライムがね。
よこえ
そうスライムが。ごまさんはそれがぶあって出たところが観たかったんじゃないかなと。ごまさんだけじゃなくて、お客さんが観たいのもそれなんじゃないかなと。いや、分からへんけど。
___
いや、それは間違ってないと思う。

vol.63 よこえとも子

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よこえとも子

目標

___
今後は、ピンスライマーを目指して。
よこえ
そう、ピンスライマー(笑う)。それから、今までは完成されたものを目指してたけど、「完成した」って思いたくないと。ずっと探し続けていければと。
___
そういう形で、今後もお芝居を続けていかれるんですかね。
よこえ
いきたいな。どうなるんやろうね。無かったよね。どういうふうにしたいかとか、どれがとか、そういう目標が。何ていうのかな。でも一つ決まると、あれがしたいこれがしたいという欲求が増えてきて。でもそういう欲求がある限りはやっていきたい。

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よこえとも子

BEAMSのニーソックス

isige
___
今日はお話を聞かせていただいたお礼に、プレゼントがあります。
よこえ
あ。何か知ってるよ。何か貰えるって聞いたよ。
___
どうぞ。ちょっと袋がよれてますけど。
よこえ
うわー、ちょっと待って。誕生日みたいやな。え、BEAMS。厳重やな。
___
ええ。
よこえ
あ、何?靴下?えー、嬉しい。何だこれ。
___
まあ、タンスの中に入れておいて頂ければ。
よこえ
え、魔よけ?
___
ええ。
よこえ
・・・。

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よこえとも子

前回出演公演について

___
最近はいかがですか。
イシゲ
忙しいですね。僕のバイト先が京都駅で、ファミレスみたいなところなんですけど。そこが忙しいのと、9月の熱海殺人事件の稽古と、次はナントカ世代さんにお邪魔するので。色々掛け持っていて、最近大変ですね。
___
こないだの何色何番にも、出演されましたね。
イシゲ
はい。いかがでしたか。
___
いや、もう。自然な会話というか、その上手さが。何て言うんですかね。自然な演技って一概には言えないじゃないですか。目的のある自然な演技と、日常を表現する為の自然な演技と。あれは、なんていうのか。ボールがどういう風に転がっていってもいいような生活感覚が、観客席と共有されていて、乗って行きやすかったですね。ご自身は演じていてどうでしたか。
イシゲ
初めはたかつの方法論的なものに戸惑っていた所もあったんですけど、楽しかったですね。後半までこれでいいのだろうかと思っていたのもあったんですが。
___
何か、問題意識が。
イシゲ
台本に、囚われるなという事を言われていて。その囚われなさっぷりが幅広くて。自由すぎてちょっと困った部分がありました。今まで台本ありきな作品をやってきたので、作品に対するよりも、自分に対する不安が出てきて。
___
はい。
イシゲ
俺、これでちゃんと出来てるのかと。でも蓋を開けると大変好評で、好意的な意見を下さって。これは、たかつの一人勝ちだなあと。
___
一人勝ち。
イシゲ
作品性の高さが、強かった気がするんですね。言いたい事がはっきりしているとか、そういう感想を頂いています。
___
そうですね、雰囲気の演出も、作品の存在性というか、そういうものを含めたコンセプトが明確で。
イシゲ
で、ちゃんとそれに合った演出だったなあと今にして思いますね。
nono&lili.
京都を拠点に活動する劇団。
ナントカ世代
「正確な日本語」と嘯く特異な言語感覚に支配された規律(ルール)と、したたかな美意識によって用意する絵本のような突き放した風景描写(マナー)により織り成す、独特としか言えない割には中庸な世界観が身上。(公式サイトより)
何色何番
たかつかな・村井春也。の二名による演劇ユニット。各公演に~~色と題して、全くテイストの異なる公演を行う。

タグ: 何色何番


京都の劇場の観客

___
イシゲさんは、これからどんな風に役者として活動されていかれますか。
イシゲ
今年の初めに、私はいつまで芝居を続けるんだろうと思いまして。で、僕は今年で25なんですけど、転機だなと。
___
ええ。
イシゲ
今年で、芝居を始めて5年になるんですよ。そういう意味でもキリがいい年だから色々決めようと。なんだろうな。芝居で食べていこうというのは無理があるかと思うんですよ。衛星さんみたいに、会社として成り立たせるみたいに。
___
衛星のみならず、小劇場というドメインで会社を設立する所はあるっちゃありますね。
イシゲ
ええ、まあそんな中、京都で食べれるようにはどうしたらいいだろうと考えています。僕が芝居に関わっているのは、一緒にやっている人たちが好きだから、という事に気づいて。その人たちの為にじゃないけど、今後もやって行くために何とかしようと。具体的な事はまだ全然考えていないんですけど、京都で役者が食べていけるような環境に出来ればと思っています。その為には、役者をやっていては無理なんじゃないかと。でも、それは一旦置いておいて、今は役者をやっていようと思っていますね。僕、劇団に入ったんですよ。6月に。何色の前に、nono&lili.さんに出演させていただいて。それで色々話した結果として、ご一緒させて頂く事になって。初めてなんですよ、劇団に入るのは。

土壌

イシゲ
まあ、でも個人的には京都の土壌を何とか出来たらなあと思っています。
___
私個人は、言い出したらキリがないのですが、これは確実に独特なものがあるなと思うんですが。色んな、才能のがある人がいて、文化圏というのか、ムードというのか、それはあると思うんですが、それを経済的な方面に結び付けられないか、という事でしょうか。
イシゲ
どうなんでしょうね(少し笑う)。まだちゃんと、考えられてはいないのですが。例えば、京都の芝居を見に来るお客さんのほとんどが同じ演劇人だという事実とか。こんな言い方は変ですが、一般の人がもっと足を運んでくれたらいいなあと。それが、結果としては一番欲しいものなんですけれども。
___
永遠のテーマですね。
イシゲ
テレビには勝てないですからね。
___
まあ、でも競合している訳でもないですからね。テレビと競合しているのはむしろネットだと思いますので。実は。でも、大半の人が夜7時からどちらに流れるかと言うと、テレビですからね。
イシゲ
簡単に言うとそういう事ですね。劇場に赴いて、例えば2000円払って、一時間半拘束される事に比べれば、家でテレビを見たほうが。
___
ただし、私がテレビに勝てるのは、生身の人間が観れるという事で、それはどうしても。
イシゲ
昔、鴻上とかの書いたものを読んでると、今の観客は想像力が無さ過ぎるとあって。演劇とは観客がいて初めて成立すると。それが難しくなっているのかな。

タグ: 鴻上尚史


演技の方法

___
例えば、芝居の稽古が始まるとしますよね。3ヶ月以上あったり、二週間しかなかったりする場合がありますが、そういう稽古期間の中で何か気を付けている事はありますか?
イシゲ
うーん。
___
体のケアとか。役作りとか。
イシゲ
役に対する向き合い方っていうのは、ざっくり分けて二種類あると思っていて。一つは、全く新しい自分を作るという事と、自分のままで立つタイプと。
___
はい。
イシゲ
僕は、割と自分のまま立つタイプで。
___
はい。
イシゲ
明るい役が回ってくると、普段から明るくなったりとかそういう事はよくあります。
___
なるほど。
イシゲ
最近はそうかな。違う誰かになれるという事をあまり信じていなくて。
___
ぶっちゃけ、私も全然信じていません。
イシゲ
そう見える、見えたっていう人がいてもいいと思うんだけど、俺は俺だし、みたいな所があって。だから自分を近づける、という作り方をするのかなと思います。何でも器用にこなせなきゃいけないなあと。でも、おっつかない自分がいたりしますけど。
___
分かりました。ええとですね、私は先ほど、「俳優が役になりきる」という事を信じていないと言った訳ですけれども。でも、やっぱり何か神懸かった一瞬てのが訪れる訳で。そこに向かって進むというのがあるべき姿では、と。思うんですね。
イシゲ
何でしょうね。最初に台本を見て、ぱっと思いついたものを大事にしたいなと思います。でも多分それは、全然理論立っていなくて。
___
直感。
イシゲ
一点だけでもいいから、そういうのは大事にしたいなと。また、逆にそこを目的に作って行ったりとか。それが容姿とか声質とかを除いた自分なりの演技だと思うんですよ。それを除いたら、僕がやる必然性がなくなる。
___
そういう直感を生かした出演作の中で、これは上手くいった、みたいな例はありますか。
イシゲ
この前のnono&lili.は個人的には上手く行ったかなと。自分が今まで教わってきたものをちゃんと出せたかなと。
___
なるほど。
イシゲ
でも、ちょっと客観性が足りなかったかな、と。
___
微妙な反省点ですね。
イシゲ
ええ、そう言われてしまって。

今後の展開

___
今後のイシゲさんの展開としては。
イシゲ
これまでは年に3本くらいの芝居に出演していたんですが、今年は7本出ますね。
___
多いですね。
イシゲ
来年は来年で、たぶん、何色にまたお邪魔するのと。あとはnono&lili.の本公演が。なので、ずっと稽古の日々ですね。
___
なるほど。
イシゲ
それが落ち着いたら、これはずっと言ってるんですけど一人芝居がしたくて。nono&lili.の砂糖浩美に本を書いてもらって。材料も色々揃ってきているので。
___
なるほど。
イシゲ
役者として、nono&lili.に参加しつつ、今までとおり色んな所に出させてももらえたらと。今はとにかく役者をやる時期だと思っているので、しばらくは馬車馬のように芝居に出続けるかなと。

a depecheのショットグラス

isige
___
今日はありがとうございました。プレゼントがございます。
イシゲ
あ、噂の。
___
どうぞ。
イシゲ
開けさせてもらって。
___
ええ。
イシゲ
すごい厳重ですね(開ける)。あ、グラス。きれいですね。
___
ええ。
イシゲ
ありがとうございます。これ、あれですね、アロマランプとか入れても良さそうですね。きれいな影が出来そうな。
___
そんな用途もありそうですね。
イシゲ
このサイズは割りと使い道が多そうで。ただ大きいよりはずっと。

前回公演「Vampire Killer」

__
ええと、前回はBlackchamberでしたね。
齋藤
そうです。
__
確かもう3ヶ月以上の期間、この公演に関わっていらっしゃると思うんですが。
齋藤
台湾に渡ったのが5月。それから現地で6月本番があって、8月に日本に戻って日本公演ですから、3ヶ月間ですね。
__
そもそもこの公演は、どういった経緯から始まったのでしょうか。
齋藤
遡ると、Afro13は2002年の10月に台湾の演劇フェスティバルに参加をしたんですよ。その時に台湾側でサポートをしてくれていた劇楽部の方とウチの佐々木が知り合って。出演団体の中で年代も近かったので出演団体の中で年代も近かったので終わってから一緒にカラオケ行ったり、仲良くなったんですね。その後、メールとかメッセンジャーで交流を続けていたんだけど。たまたま去年台湾に遊びに行ったら、向こうの団長さんから「来年は一緒に、台湾と日本で公演をやりませんか」とお話を貰って。それからですね。
__
非常に楽しかったです。
齋藤
ありがとうございます。
__
ご自身の手ごたえは。
齋藤
予想以上に面白い作品になったなと。初めは単純な思いつきで、台湾のキャストは台湾語で、日本のキャストは日本語でセリフを言うという作品を作ったらどうかと。それに至った過程としては、3年前にエジンバラの演劇フェスティバルで英語を多用せずに8割を日本語で話すというお芝居をしたんですが、それが意外に通じたんですね。
__
実は、私は中学生の頃にアメリカにホームステイをした事があって。で、何とそこで日本語が通じるという体験をしたんですね。イントネーションとか、語感からかな。で、今回の公演も、何故か台湾語が通じた気がしていてですね。
齋藤
アンケートでも、「こんな芝居分かるか!」とかあるかなと思ってたんですが、一つも無かったんです。日本のキャスト以上に、台湾のキャストの気持ちが理解出来たという驚くべき感想もあって。
__
コンセプトが明確だったというか。
齋藤
まあ、難しいストーリーに全く出来ないので。単純明快なものにしか出来なかったんですね。例えば外国の人が桃太郎を英語でやったとしても、僕たちは何をやっているか理解出来ると思うんですよ。そんな感覚に近いのかな。よく使われるような話や体験した事のある出来事を主軸にすれば、あとは役者がどういう感情でストーリーを展開するかなんですね。あれがもし複雑な会話劇で、ずっと話をしていたら全く分かんないでしょうけど。
__
字幕でも使わない限りは。
齋藤
僕ね、字幕が大嫌いなんですよ。
__
ああ、芝居の字幕が。映画のは?
齋藤
映画の字幕もあまり好きじゃなくて。出来ればナシで見られればいいんですけど、さすがに英語はそこまで分かんないので。字幕を観ながら画面を追うのはかなり難しくって。それでも映画はまだ画面の中に字が出るからいいけど、演劇の字幕は舞台の中には出ないでしょう。舞台と切り離した所にあって。アレはかなり破綻しちゃってるなあと。
__
確かにそうですね。
齋藤
海外公演をする時も、字幕を使うという選択肢はありませんね。
Afro13
代表・演出 佐々木智広。1998年結成。演劇はもちろん、音楽、ダンス、アクション、様々な要素が複雑に絡み合い五感を刺激するような「言葉が通じなくても伝わる」作品作りを目指す。(公式サイトより)
BlackChamber
大阪市住之江区の名村造船跡地の劇場。
Afro13 Vampire Killer 日本公演
公演時期:2007年8月10~12日。会場:BlackChamber

コーディネーターの役割

__
Afro13のみならず、兎町十三番地の受付などでも齋藤さんのお姿を拝見する事があるんですけれども、齋藤さんのお仕事とはプロデューサーという。
齋藤
そうですね、世間的にはプロデューサーとして名刺を渡したり挨拶させてもらったりしているんですけども、関わる劇団との関係でそれぞれ違いますね。それこそプロデューサーだったり、コーディネーターだったり制作やマネジメントだったり。というのは、プロデューサーという役割にこだわりがあって。映画においてプロデューサーというのは監督よりも偉い立場なんですよ。何故なら、お金を出しているから、というアメリカ的な考え方があって。それは良い考え方だなと思っていて。最終的には、監督が撮った映像の編集権限はプロデューサーにあるんですね。それで面白くない編集をされたら監督は怒りますね。したら監督が外されるんですよ。そうなると映画の監督のクレジットには外された人の名前は出ず、代わりにある架空の人物の名前が表示されるんですね。その名前でクレジットする事が決まっていて。ハリウッドでは、その架空の人物が一番多く映画を撮った事になっているんですね。
__
なるほど。
齋藤
日本でも、そういう意味でのプロデューサーがちゃんといるべきだと思っています。僕は色んな所で仕事をしてるんですけど、お金の責任を全て持つ場合以外は、プロデューサーという名前は付けません。
__
例えば、コーディネーターですとか。
齋藤
劇団鹿殺しの制作をしていたときは、劇団の方向性とかも結構考えたりしていて。お金の責任以外のプロデューサー的な仕事もしていたので、ぴったり合う名前が無かったからコーディネーターという役職名もにしました。兎町も結構そういう感じですね。
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コーディネーターとは、基本的にはどういうお仕事なんでしょうか。
齋藤
僕の中ではコーディネータとは、劇団が立ち上がって、その後の道筋を一緒に考えられる仕事まで出来る人をコーディネーターと呼んでいます。道一つ間違うと、5年で行ける所を10年掛かる場合があるから、そういう立場が必要なんですね。でも、そういうノウハウを上の世代の人は持ってる筈なのに下の世代には落としてこないんですよね。
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確かに、そういうイメージはありますね。
齋藤
映画ではそういうのちゃんと出来てるんですけど、お芝居は上にいっちゃったら下の関わりが、あんまり無いんですね。40代、50代の人たちが、20代の若手に「あなたはこういう風にすればメジャーになれるよ」みたいな話をする機会が減ってて。昔は、そういう人が劇場のプロデューサーになって、若手の劇団と接触する事もあったんですが、それすらも今はなくなって。行き詰まるじゃないですか。才能があっても。
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それは嫌ですね。
齋藤
もちろん劇団としての方向性とかはあるので色んなパターンを組まなければならないんですけどね。一度道を通っている人達と、右も左も分からない人達とでは、理想への近づき方は全く違いますよね。そこを、もっと手伝えたらいいなと思っています。だから、例えば兎町とかは第四回公演で東京公演するというのはここ十年くらいの関西ではかなり特殊な存在だと思うんですよ。それは、他のみんなが行けないという訳ではなくて、行く道しるべが無かったからなので。ちゃんと、マーキングさえしていれば、四回目で東京というのはそんなに無茶ではないんですね。
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なるほど。
齋藤
そこで勝負して駄目だったら、演劇でご飯を食べていく事を諦めて、社会に戻るか、細々と演劇を続けていくか、という選択肢を提案できるじゃないですか。
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そういう、一個の公演の初めから終わりまでではなく、劇団の最初から最後までの舵取りを手伝うのがコーディネーターなんですね。
齋藤
そうですね。それに加えて、さらにお金とかの責任を持って自分がどうこうしていく、という立場をプロデューサーだと思っています。
兎町十三番地
2005年3月13日結成。作・演出・中川昌紀氏。歌とダンスを中心に、幻想的な世界を紡ぐ。
劇団鹿殺し
座長・菜月チョビが関西学院大学在学中にサークルの先輩であった代表・丸尾丸一郎とともに旗揚げ。旗揚げより「老若男女の心をガツンと殴ってギュッと抱きしめる」を合言葉に土臭さと激しさが同居する人間の愛おしさを表現する物語と、役者の身体、パフォーマンスに重点をおいた演出で観客を魅了している。(公式サイトより)

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テレビに向かう舞台人

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ちょっと目線を変えまして。今後、お芝居や、それを続ける人達はどうなっていきますか。
齋藤
あー。
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大雑把すぎる質問ですけれども。演劇のモードとか。
齋藤
何か、これは僕の中の感覚では、日本ではテレビとくっつかないと演劇人はご飯が食べれないというイメージが強いのではないかと。テレビに出るというだけで、月給並みのお金が貰えたりとか。舞台に出るだけだと、中々難しいものがありますね。だからどんどんテレビに向かってる気がしてて。ここ最近。ただ、それがだんだん二極化していて。
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二極化。
齋藤
テレビに向かう舞台人と、テレビから離れて生きていく道を見つける舞台人が出てくるんじゃないかなあと。
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テレビから離れて生きていく道を見つける舞台人。
齋藤
それは、例えばコンテンポラリーダンスの人達はテレビにくっつかずに自立をしている方がいるんですよ。田舎に住んで作品を作って都会に売りに来るという、ヨーロッパ的な発想で。あの流れに乗れる演劇人達も出てくるんじゃないかなと。純粋に舞台を極める人と、テレビと役者を兼業していく人に分かれるんじゃないかと。・・・という事をこないだ人に話したら、それは10年前くらいに鴻上さんがやった「リレイヤー」という芝居の最後のセリフでも同じような内容を言っていたらしくて。てことは、その頃から演劇人の間ではそういう考えが若干あったにも関わらず未だにテレビに向かっている、中々変わらない状況があるなと思いまして。でも、テレビでしか生きれない状況だと僕は寂しいなと思いまして。
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そうですね。
齋藤
舞台でしか出来ない、舞台ならではの面白さがあるのに。そこに対して、もっとお金を払う人がいてもおかしくないのになあと。だから、何とかして自分達で演劇でお金を作るシステムを考えなければ、先がない。
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はい。
齋藤
いつまでも、テレビからのお金で成り立たせようとしてるから、僕らは何か一生排他的な存在な訳で。コンテンポラリーの人達みたいに、自立する為の道を探そうと思ったら出来る訳で。

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