黄金

__
何か最近、お考えになっている事はありますか?
中川
うん、ショートショートの事で言えばオープニング映像の事とか。前回だったら、上演の順番を決める時のクジ引きをオープニングに使ったんですけど。そのクジ引きを寝起きで引かせるとか。バイト先に僕が行っちゃうとか。そんなんを考えたり、あとは漫才のネタを考えたり。ですね。
__
SSMFですが。今回の、黄金という縛りが、私はぶっちゃけかなり制限を感じるものではないかと思ってしまうんですけども。
中川
そうかと思います。
__
製作する人は、「ここから入っていかなくちゃなんないんだな」みたいな。
中川
うーん。まあ、4回目になるんですけど。映画祭っていうのは、こういう言い方をするとアレですけど、何となく出来てしまうというか。で、それは僕らがやってもしょうがないと思うんですよ。ヨーロッパ企画という劇団が、普通の映画祭を作ってもしょうがないなと思って。でも前回までのままだと本当に普通の映画祭になってしまう。どこにもない映画祭を作ろうと思っていて、それを考えたときに、一個のタイトルに絞って作ってもらったら変な映画祭になるんあじゃないかと思って。
__
変な映画祭。
中川
こんなの見たことないという。タイトルにしても色々アイデアはあったんですよ。レインボーとか、トキメキとかジャンボとか。色々出た中で、「黄金」というのが言葉としても力があるし、馬鹿っぽいし。キラキラしてるし。
__
「金」だけでいいものを黄とかつけるからしつこいですよね。
中川
色んな意味にも取れるし。ゴールデンウィークだったり。
__
ベストという言葉にもつながりますしね。
中川
だから、みんな「黄金」というタイトルだから黄金を探しに行くみたいなベタな事はしないなと思うんですよ。このタイトルをどうクリアするかという所で、変な映画祭になるんじゃないかなと思ってるんですよね。
__
みんなのある意味での一致した障害があるから、そこを越えようとして変なテンションになる、という事なんですかね。

タグ: 映画の話題 「ベタ」の価値 タイトルの秘密


メガネ掛け

nakagawa
__
ええと、実は本日16時半に、ヨーロッパ企画の松田さんにインタビューをしてきました。
中川
あ、え、そうなの?
__
はい。
中川
へー。
__
で、中川さんに何か質問はありますかと伺ったんですが。
中川
はい。
__
「特にない」。
中川
あはは。
__
一応それだけはお伝えしておこうと。聞きたい事があったら本人に聞く、との事でした。
中川
あー。
__
という感じですね。はい。ええとですね、今日はお話のお礼に、プレゼントがございます(渡す)。
中川
プレゼント?ああ、そんなんでしたね。最後に。これ、その人にちなんだものなんですか?
__
一応は。
中川
(開ける)これは何ですか?
__
それはメガネ吊りですね。首から下げる。
中川
僕はメガネキャラとされてるんですね完全に(笑う)。
__
まあ、お会いした時から常にメガネを。
中川
ありがとうございます。メガネ吊りをプレゼントされてしまった。
__
しかもですね、いま掛けられているメガネには多分付けられないんですね。
中川
あ、つるが細くないとね。残念なプレゼントですね(笑う)。
__
ええ・・・。

仕事

__
今日は雨のなか、ありがとうございます。今回は清水さんのお仕事の内容について、伺っていきたいなと思っておりまして。考え方ですとか。
清水
難しいですね。舞台監督というのは、関係者はよく分かっていると思うんですけど、劇場入りしてからはもちろん設営をしなくちゃいけませんね。セット、照明、音響などのシステムを使えるようにしなくちゃならない。で、最終的には役者が板の上に乗って稽古して本番となるんですけども。劇場入りしてからの段取りを管理して、責任をもって本番を迎えなくちゃならない。だから、守備範囲が広いんですよね。例えばですが、ヨーロッパにおけるオペラとか、大きな規模での舞台監督ってのは何種類かあって。公演の予算組みの時にスタッフ予算を振り分ける人。それから、実際に現場で仕込み・ばらしの指揮をする人ですね。あとは稽古にずっとついていて、本番の現場で進行をする人。3人くらいに分担されているそうです。
__
そうなんですね。
清水
日本だと、特に予算のない小劇場の世界ではそれもみんな一緒くたになっていて。僕は稽古の現場についていて、本番の進行もするというのが、一番楽しみながら出来るやり方かなあと。ただ、実際は稽古にあんまり行けなかったりとか、通し稽古一回見て本番とか、そういう場合ももちろん多々ありますし。
__
ありがとうございます。作品に関わってから始まる、全体的の流れの中で、清水さんが一番大切にしている事ってありますか?
清水
一番大切にしている事?
__
いや、全部大切かとは思うんですが。
清水
それは、表現者のやりたい事に出来るだけ即してあげられれば一番いいですよね。ただ、予算的にも人数的にも無理であるとか、日程にも限界があるとかがありますからね。それでも僕らはああしたい、こうしたいというのを実現していかなくちゃならない訳ですから。物理的に不可能な事もありますが、お金がなくても経験や技術や知識があればこなせる事もあると思うんですね。その辺は勉強していかなくちゃならない所なんですけど。限られた時間の中で、やりたい事が出来るように持って行くのが大切だと思いますね。まあ、色んなジレンマがありますけどね。
__
色んな制限がある中で、一つの作品になるって事は凄い事ですよね。でも、それだけに難しいですね。
清水
ただ、スタッフっていうのは、演出家の表現したいというのを本番で実現しなくちゃならない訳ですからね。だから、舞台監督ってのはやるだけの事をやらなくちゃいけないんですね。

タグ: 天才スタッフのひらめき


vol.57 清水 忠文

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清水

制限

__
やっぱり、物理的に難しいこともありますよね。
清水
失敗はね、数限りなくありますよ。どうしてもありますよね。結構へこみますよね。
__
逆に、成功した時の手ごたえみたいなのも。
清水
それはありますね。でも本番が終わったらこちらは撤収がありますからね。
__
ああ、そうですね。
清水
うれしいですけど、劇場の時間制限もありますので。撤収もそこそこ危険が伴いますから、気を抜けないですね。
__
打ち上げに参加出来ない場合もありますからね。
清水
ああ、それはもちろんありますね。そんなん仕事だからしゃあない。
__
お体にお気をつけください。

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清水

方向

__
今後、舞台監督としてはどんな感じで。
清水
ちょっと、先の事は分からないですね。いろんな事情もあって。そうですね。まあ、いい歳なんでね。ちゃんとその、仕事として成立していかなくちゃならないと思うんですけど。
__
はい。
清水
まあ、やっぱりその、厳しいですからね。商業演劇とは違いますから。たとえば、舞台美術家だったらプランさえ手渡せば何本も何本も同時に進めていけるわけですが。舞台監督は現場にいなければ話にならない訳で。複数のプランを抱えたら大変だなわけです。そんな事は出来ないですね。かと言って単価もそんなに上がんないですしね(少し笑う)。どんなんですかね。厳しいですね。それから、京都の色々な大学で演劇をしている方がいますよね。その人が、京都や関西という土壌では仕事として成立しないという現状を知らないままスタッフ志望として出てきても、受け止めるところがない。
__
はい。
清水
それは、その子達にとってはとても不幸なことだと思います。生活が苦しくても好きだからやっているという分にはいいと思うんですけど、いい歳になってくると責任の問題も出てくる訳ですよ。手前勝手な話ですけど。そこはちょっと、どうしたらいいのかなと。
__
ご心配されていると。
清水
いや心配というほどのもんじゃないんですけど、それは切実な問題としてありますよね。どういう風に、若い世代の人たちに場を提供出来るのかなと思うんですよね。特に京都というのは、観客を多く動員出来る劇団はあまりないですよね。たいがい劇団としてどこかに出てっちゃうでしょ。ただその、メジャーになりつつある劇団とは仕事してても面白いですよね。まあ、でも難しい問題ですよね。
__
難しいですよね。
清水
という事を最近考えてますね。

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清水

遊劇体

__
清水さんは、そもそも大学時代から舞台監督をされていたんですか?
清水
いや、最初は役者をやっていたんですけど。卒業してからですね、劇団にそういう人材がいなかったのでシフトして。24、5歳でしたかね。だと思うんですけど。16、7年ぐらい前ですね。舞台監督を始めて間もない時に、春日小学校で行われた芸術祭典京都という京都市の催しがありまして。そこでいきなり遠藤さんという当時のプロデューサーの方がいらしたんですが、その方にいきなり舞台監督の仕事をいただきまして。あまりにも僕の経験と釣り合わない仕事で。ただ、周りの方にとても良くして頂いて。怒られもしましたけど、それがとても印象深いですね。とてもどきどきしながらやってました。
__
はい。
清水
あと、遊劇体さんとも一回だけお仕事しました。その時も始めたばっかりで右も左も分からない時代で。仕込みの現場に、未完成の大道具が搬入されてきたり、とか。
__
実は最近、遊劇体を初めて拝見しまして。
清水
ああ、そうですか。
__
とても面白かったです。
清水
当時はね、全然違ってたんです。アンダーグラウンド的な。西部講堂でやってたんです。
__
野外公演もあったんですよね。
清水
野外もありましたし、中でもやってたんですけど。劇場の退出時間とか入り時間とか無かった訳ですよ。24時間好きな時に作業してたから。そういうスタッフ達をまとめようとしてたんですけど、中々言うことを聞いてもらえなかったり。キタモトさんに慰められながらやってましたね。
__
その時代を見たかったです。
清水
当時は当時でまた、今とはだいぶ雰囲気が違った作品を作られてましたね。今は今で、新しい事をされてますけど。
__
こないだ見たのは、凄くしっかりした作品で。
清水
何ていう作品ですか?
__
「天守物語」という。
清水
5月か6月ですよね。
__
非常に丁寧でした。
遊劇体
1983年12月、京都大学演劇部を母体として団体結成。1984年7月キタモトマサヤの作・演出で野外劇を上演、旗揚げ。1990年までは京大西部講堂でのみ公演活動。91年より現主宰キタモトマサヤが実質上の主宰となり、野外劇場での公演のほか小劇場にも進出し公演活動を行う。(公式サイトより)

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清水

ルーペ

__
今日は雨の中、ありがとうございました。お話を伺えたお礼にプレゼントがございます。
清水
ありがとうございます。
__
どうぞ。
清水
これは開けさせてもらっても。
__
どうぞ。
清水
(開ける)これは何・・・?よく分からない。滑車に見えるんですが。
__
あ、それをずらして頂いて。
清水
スライドするんだ。
__
スライドします。ルーペです。
清水
ルーペ。ああ、目が悪くなってきたから嬉しいかもしれない。ありがとうございます。


vol.57 清水 忠文

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清水

Afro13 Vampire Killer 台湾公演

__
今日は、宜しくお願いします。
新良
はい、宜しくお願いします。
__
台湾、お疲れ様でした。
新良
楽しかったです。めっちゃ。
__
マジですか。
新良
やばかった。
__
出演者6人くらいでしたっけ。
新良
ええと、日本人が二人で、台湾人が5人です。でも、ほぼ台湾の人としか絡まないので・・・。もう全然通じなかったです。
__
全然ですか。
新良
エチュードで作っていくんですけど、もうね、英語もダメだし、日本語も私の役的にあまり使えないみたいな感じで。
__
じゃあ、一応セリフは台湾の言葉で。
新良
いや、何か、半々。
__
へえ。次は8月でしたっけ。
新良
8月、BlackChamberで。
兎町十三番地
2005年3月13日結成。作・演出・中川昌紀氏。歌とダンスを中心に、幻想的な世界を紡ぐ。
Afro13 Vampire Killer 台湾公演
公演時期:2007年6月8~10日。会場:皇冠劇場。
BlackChamber
大阪市住之江区の名村造船跡地の劇場。

キリエ・カルテット

__
新良さんは、専門学校から、でしたっけ。
新良
いえ違いますよ。大阪芸大。ウチの劇団は、皆芸大です。
__
いつも、稽古は、どんな感じで。
新良
稽古ですか?ウチは公演の稽古しかしないんですけど、2、3ヶ月前から、土日だけ集まってやるんですけど。もー何だろう、エチュードとかも絶対しないし、台本渡ったら立ち稽古をして、一回やったらそこはもうあまりしないですね。あとはもう、ダンスとか。
__
へえー。すごい。
新良
だから一回休むと、死が待っている感じの。
__
次の公演は確か。
新良
「キリエカルテット」が、10月大阪で、11月東京です。
__
あ、行きます。
新良
あ、是非。一週間やってるので。
__
一週間か。
新良
8月が一番忙しくて。一週目に、ガンダム系のに二つ出るんですよ。で、二週目がVampireKillerで、3週目がガンダム講談の東京公演で。で、土日は全部兎町の稽古が入ってて。
__
一週間毎ですね。
新良
そうなんですよ、でもほぼ歌だけなので。大変なのはアフロ13が。でもその間に兎町が着々と進んでいるので、私には確実に死が待っているんですけどね。
__
マジですか。
新良
ホントに。恐ろしい。
__
死ぬとどうなるんですか。
新良
最悪ですね、もう。演出も出来てないと、何も言ってくれないから、そのまま自分の責任になりますね。相手役の人が聞いておいてくれれば大丈夫なんですけど。でも私が稽古のスケジュール組むんですけどね。一応演出助手なので。
兎町十三番地04公演「キリエカルテット」
公演時期:2007年10月16~11月04日。会場:大阪市立芸術創造館。

タグ: ガンダム


事務所

__
新良さんは、そういう出演の話をご自分で取って来られているんですか?
新良
そうですね。え、そうじゃない人いるんですか?
__
いや、事務所とかに協力してもらうとか。
新良
ああ、ないですね。私、完全にフリーですね。
__
おお、素晴らしい。
新良
入りたいんですけどね。
__
入りたいんですか。
新良
いや、何か最初は、どこもオーディション受けずにそのままやってきたんですけど。周りが結構、事務所ばっかりですので。「あれ、入った方がいいの?」って。
__
どうなんですかね。
新良
どっちがいいんですかね。でも、自分で仕事を全部取って来れるようだったらいいのかなと思いますけどね。
__
いや、それって大事な事なんじゃないかなと。
新良
ね。どう転ぶかはわからないですけど・・・「ダメなもんはダメという事」で(少し笑う)。
__
ええ、きっと大丈夫です。

ストリップ

__
歌って踊れるストリッパーが新良さんの夢だそうですが。
新良
はい。
__
それは一体どういうビジョンのことなんでしょうか。
新良
なんていうか、あれは・・・エロの方向が好きなので。派手で、エロでみたいな。一回、ストリップのショーを見に行ったんですね。凄くキレイだったんですよ。何かね、やりたいなと思っちゃったんですね。でも、私は踊りがそんなに得意じゃないんですよ。で、一応バレエは3歳の頃からやっていて、体が柔らかいというのはあるんですけど、体にキレがないというか。クネクネする踊りが好きなんですよ。それと、一番得意なのが歌というのと、あと乳を出していかないとね、ていう感じですね。
__
なるほど。
新良
それが一番合ってるんじゃないかというだけです。やってないんですけどね。
__
ストリップかあ。一度行ってみたいですね。
新良
面白いですよ。何かね、昔らしい感じのもあれば、今っぽいアメリカ的なものもあれば。

タグ: バレエやってた 色気なるものの謎


田中真弓

__
新良さんは、俳優としてまたは歌手としてどんな感じで。
新良
うーん、どうなんだろう・・・。いや、本当に悩んでいて。悩むの遅いんですけどね。うーん、でも基本は兎町なので。そこを主流に考えていて。で、外にも出て活動したいですね。今とあんまり変わらないですね。本当に。歌はずっと続けて生きたいし、兎町も続けたいし。何だろう、どうするんだろう。どうしたらいいんだろう。でも、私の夢は田中真弓さんになることなんですよ。
__
え?
新良
声優の田中真弓さん。自分の劇団もありの、声優もしいの、歌も歌いの。
__
マルチな感じのね。劇団あったんですね。
新良
あるんですよ。おっ、ぺれったという。自分でミュージカル劇団をやってるんですよ。楽しそうじゃないですか。いいなあと思って。
__
クリリンの声が。
新良
そうそう。パズーとかね。こないだやってましたね。
__
やってましたね。
新良
でも私は、何にもならない気がします。何か、何かね。こんな事いっていいのか。何にもならずに、何だろう・・・結婚もせずに、ホステスをやりながら。
__
ホステス。
新良
今の流れで行くと、ホステスになって、適当に結婚して、死ぬ、みたいな。気がする。
__
なるほど。
新良
まあ、頑張りますからね。
__
それは別に、負けとかそういう事じゃないと思うけど、頑張って下さい。
新良
頑張ります。
__
まあ、何とかなりますよ。
新良
何とかなる何とかなる。
__
デス電所がある限り大丈夫だよ。
新良
ええ!?
__
デス電所楽しみですね。
新良
楽しみですね。私はクロムが大好きなんですよ。
__
ベトナムいいですね。
デス電所
1998年の近畿大学在学中に、作・演出の竹内佑を中心として結成。 現在は竹内佑、丸山英彦、山村涼子、豊田真吾、米田晋平、田嶋杏子、福田靖久、松下隆、そして座付音楽家・和田俊輔の9名で構成。人間の本質、感情の極限や暗部を描き、和田俊輔のドラマティックな音楽がさらに作品に深みを持たせて、哀しさや切なさ、愛しさやおかしさを表現している。
クロムモリブデン
主宰・青木秀樹氏。1989年、大阪芸術大学映像学科を卒業した青木秀樹を中心に、同大学の学生らを主要メンバーに結成。積み上げてきた独自のスタイルを基盤としながらも、ポップさを前面に押し出したコメディ色の強い作品を制作。(公式サイトより)
丸井重樹氏を代表とする劇団。手段としての笑いではなく、目的としての笑いを追及する。

タグ: 結婚について 声優になりたかった


迷彩柄の双眼鏡

__
今日はお話を伺えたお礼に、プレゼントがあります。
新良
あ、ありがとうございます。
__
どうぞ。
新良
エロいものですか?
__
ある意味。
新良
エロいんですか?(開ける)何だ何だ?
__
オペラグラスですね。
新良
すごいすごい。お芝居見に行く時に。
__
ええ。
新良
わあ。私、持ってなかったです。エロくもありますよね。
__
分からないけど。
新良
これで色んな所を見る事が出来る。遠くからでもね。すごーい。しかも迷彩っぽくなってる。
__
よりエロいですね。
新良
これで覗き見が出来る訳ですね。
__
そうですね。
新良
あ、あの人と目が合った。

タグ: エロスについて


転居

__
今日は宜しくお願いします。
奥村
お願いします。
__
最近は、いかがですか。
奥村
最近、やっと転居先が決まったんです。夫が突然異動するすることになって。
__
いつ引越しされるんですか?
奥村
まだ、はっきりとは決まってないねんけどね。

vol.55 奥村 マキ

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2006年以前
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奥村

9年

__
では、そろそろ始めていこうと思うんですが。奥村さんの、現在のニットにおける役割ってどんなんでしょう。
奥村
そうですね、チラシには制作の欄に名前がありますが、やってる事は演劇に関わるという事よりもさらに裏方の事務作業というとこですね。チラシには載ってるけど、何してるんだろうと思われているんですね。チラシを撒く訳でも、宣伝する訳でもなく。役割的には会計ですね。
__
私の中では、ニットの柱というイメージがあるのですが。
奥村
マジで!? 私、自分がどう思われているのか分からない。
__
団員暦が長いという印象がありますからね。
奥村
え、でも私高原と同じだよ。
__
そうでしたっけ。それでも4年くらいですよね。
奥村
そうやね。最年長ということが、物凄く前からニットにいる人と思われがちですね。ホームページでもその辺、ごまかされてるしね。
__
ニットも、旗揚げからもう、7,8年いきますよね。
奥村
「お彼岸の魚」のごまのコメントに、「8年してる」ってあるから、もう9年目とかじゃないですかね。
__
長いですね。
奥村
私が入ったのは、アトリエ劇研での「男亡者の泣きぬるところ」で。本格的に制作に関わったのは、そこからですね。
__
雑務と仰いましたけれども、具体的にはどのような。
奥村
ええと。
__
お金の管理とか・・・。
奥村
そうそう。あと、当日受付全般ですね。
ニットキャップシアター
京都の劇団。代表・演出はごまのはえ氏。個性的な俳優陣と高い集団力をもってごまのはえ氏の独特な世界観を表現する。
ニットキャップシアター第22回公演「お彼岸の魚」
公演時期:2006年12月22日~2007年5月20日。大阪:in→dependent theatre 2nd、東京:下北沢 駅前劇場、愛知:愛知県芸術劇場小ホール、福岡:ぽんプラザホール。
ニットキャップシアター第17回公演 「男亡者の泣きぬるところ」
公演時期:2004年10月1日~18日。会場:アトリエ劇研

タグ: お金の事 世界観の作り込み


vol.55 奥村 マキ

フリー・その他。

2006年以前
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奥村

気構え

__
どうでしたか、ニットでのやりがいは。
奥村
ああ、やりがいねえ・・・お手伝いから始めればよかったと。
__
というのは。
奥村
私は元々ニットキャップシアターの観客で、好きで見に行ってたんですね。でたまたま、挟み込みの中にスタッフ募集みたいなのがあって。制作の仕事がどんなんなのかも知らずに連絡をして。で、いきなり「男亡者」で、ロングラン・全席指定のを。
__
やりきったと。
奥村
板橋さんがかなりフォローしてくれたってのもあるけど。いきなり団員になるんじゃなくて、もっと違う道からっていうのあったんじゃないかと。
__
いや、でも、受付に立ってるだけで、頼りがいがありそうな感じですけどね。
奥村
本当に!?ああ、それはね、でかい態度でいるからですね。分からなくても分かったような態度でいるから。
__
いや、重要な事だと思いますよ。
奥村
これ板橋さんに言われたんだけど、私はパニくるとすぐ声に出すから。でも、多分受付という作業は向いていたんでしょうね。向いてたのかな?お客さんが満足していたかどうかは別として、必要最低限の事はこなせてはいたかと。お手伝いさんあってこそだけど。
__
その、受付の仕事についてもう少し。コツというのはありますか?
奥村
コツ?
__
というか、気構えというか。
奥村
気構え。何というかなあ、私はさっき話したように元々観客だったので、目線が観客なんですよ。なので、自分が受付でこんな事されたらやだな、という事を考えたり。自分が方向音痴なので、劇場に着くまでの道順とかを案内できるようにしたり。まあ、ニットは前からそういうのは物凄く徹底してやってたので。地図とか作ったり。あとやっぱり、受付で嫌な思いしたらきっとお芝居みるのもいい気分にはならないから、なるべく一番最初でけつまずかないように心がけますね。
__
そして、門脇君の。
奥村
前説で。
__
何なんですかねあれは。名人芸ですよね。
門脇君の前説
ニットキャップシアター団員・門脇俊輔氏による前説は非常に聴きやすく、特筆すべき。

vol.55 奥村 マキ

フリー・その他。

2006年以前
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奥村

毛帽子新聞

__
しかし、ニットは色んな作品やりますよね。
奥村
そうですね。
__
多才というか。
奥村
ごまのはえの作風が広いんですね。でも、元を辿れば一緒という。
__
そうですね。「ヒラカタ・ノート」みたいなシリアスなのもやれば、物凄い下ネタもやる。一番最初にご覧になったニットの作品は何だったんでしょうか。
奥村
「じょうどこちらへ」という、ウイングス京都でやった。
__
ありましたね。京都中の色んなホールで公演しようとかいう企画でしたよね。
奥村
そうそう。私はたまたま、それを見て。
__
私は、北大路のホールでみた朗読劇が最初で、その次が「クモノヒモ」でしたね。
奥村
そうなんや。
__
どうでしたか、ニットとの出会いは。
奥村
その時は短編集みたいな感じで。2作品くらいだったかな。すごい面白かったんですね。さらに、「毛帽子新聞」てのがまた面白くて。本格的に見始めたのは、アートコンプレックスでやってた時代劇で、何て言ったかな。
__
「そばの花」でしたね。
奥村
それ。
__
これは色んな方から聞かれる事があるかと思うんですが、ニットキャップの魅力についてお伺いしたいのですが。奥村さんにとって。
奥村
どんなところねえ。ごまのはえの作品世界というのもあると思うんですけど、ごまの世界を忠実に表現しようという団結力というか。
__
ああ、ありますね。それは。
奥村
集団力というか。稽古を見ていてそれは思いますね。面白い事をやってるのに、本人達はあくまで真剣で。細かい立ち位置から何から、ごまの考えている事を再現しようと。大変だろうと思います。
ニットキャップシアター第19・20回公演 新・KYOTO演劇大賞本選出場作品・京都芸術センターセレクション vol.14『ヒラカタ・ノート』
公演時期:2004年12月9日~14日(芸セン)、2005年2月26日(KYOTO演劇大賞)。会場:京都芸術センター、京都府立文化芸術会館。
ニットキャップシアター『じょうどこちらへ』
公演時期:2000年6月3~4日。会場:中京青年の家。
ニットキャップシアター『クモノヒモ』
公演時期:2001年11月8~14日。会場:アートコンプレックス1928。
毛帽子新聞
ニットキャップシアターが発行していた刊行物。公演情報やコラムなど。
ニットキャップシアター『そばの花』
公演時期:2000年12月8日~10日。会場:アートコンプレックス1928。

タグ: 朗読劇についてのイシュー その人に出会ってしまった


vol.55 奥村 マキ

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2006年以前
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奥村

感覚

__
非常にこう、頼りがいのある感じの受付をされているわけですけれど。ニットにおける、ご自分のお立場とか、自覚されていることはありますか?
奥村
自覚ねえ・・・。ベビー・ピーの制作をした時に、「奥村さんはその一般的な感覚を無くさないで下さい」と根本君に言われた事があって。多分、演劇界からしたら常識的な事が、私にとってはどういうものか良く分かってないから。用語でも、マチネとかソワレとか知らなかったし。だからちょっと、違った所から見ていたのかなと。
__
だからかな、さっきも申し上げたのですが、これからニットの迫力ある下ネタ満載の芝居を見る前に奥村さんの姿を見るとほっとしますね。
奥村
それは高橋君がニットを知ってるからやろう(笑う)。
__
あはは。これから、何かニットも忙しいでしょうねえ。
奥村
そうですねえ。
__
客演とか、外部の演出とか。
奥村
そう、それもやってますね。
__
ニットも、全国的になっていきますね。
ベビー・ピー
京都の劇団。主にニットキャップシアターの若手俳優によって結成。脚本・演出、根本コースケによる幻想的な世界を現代演劇に即して表現する。

vol.55 奥村 マキ

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2006年以前
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奥村

ファイヤーキングのカップ

__
今日はですね、お話を伺えたお礼にプレゼントがございます。
奥村
ありがとうございます。
__
どうぞ。
奥村
あ、何か重い。(開ける)かわいいねこれ。
__
ファイヤーキングです。
奥村
何それ。
__
アメリカの、パイレックス素材の容器を出しているブランドですね。


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2006年以前
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奥村

豊満

__
岩田さんはお芝居を始められて何年くらいになるのでしょうか。
岩田
学生の時からなので、十年・・・十二年くらいですね。演劇人では結構多いですね、私の世代は。
__
岩田さんといえば、トリコ・Aの。
岩田
そうですね、ほとんどあそこに出させてもらってますね。
__
はい。
岩田
よく呼んでもらってるんですよ。こないだも。
__
『豊満ブラウン管』に出演されましたよね。
岩田
ええ。鈴木君や森洋君とお話されてたみたいで。
__
まあ、『豊満』は結局見れなかったんですけれども。
岩田
そうなんですか。結構、名古屋は、最終的には良いものが出来たと思うんですけれど。稽古を始めたのが去年の九月からで。長かったです。衛星さんだったらそういう長い期間もあると思うんですけど、私、あんまりなれてなかったので。結構大変でしたけど。
__
なるほど。
岩田
えと、私の舞台を見てもらった事はあるんでしょうか。
__
あ、「壁ノ花団」の第二回公演を拝見しました
岩田
「たまごの大きさ」ですね。
__
それを拝見しています。あと、なんだったかな。「肉付きの面」だったかな。
岩田
3、4年前ですね。アートコンプレックスで。懐かしいですね。あと、田辺さん、水沼さんとかと関わったくらいですね。あ、77年企画もか。あとはほとんど、トリコが間をおかずに公演してたので、それに乗っかっちゃって。凄い長い付き合いで。トリコになる前から彼女の芝居にでていました。
__
魚船の。
岩田
そう、そうです。OMS戯曲賞を取った作品の一つか二つ後かそれぐらいからなので。長い付き合いですね。
__
確か、大学は佛教大学でしたよね。
岩田
そうですね、同じ世代だとニットキャップシアターの旗揚げメンバーが同朋です。
による演劇上演団体。
トリコ・Aプロデュース『豊満ブラウン管』
公演時期:2006年11月29日~2007年5月13日、京都・東京・名古屋各地で上演。公演紹介ページ:豊満ブラウン管 | トリコ・Aプロデュース [演劇公演紹介] ★CoRich 舞台芸術!公演記録:トリコ・Aプロデュース『豊満ブラウン管』
「壁ノ花団」
2004年に結成。京都を拠点に活動している演劇ユニット。
ニットキャップシアター
京都の劇団。代表・演出はごまのはえ氏。個性的な俳優陣と高い集団力をもってごまのはえ氏の独特な世界観を表現する。
山口茜氏
主に京都を拠点に活動する劇作家。トリコ・Aプロデュース主宰。

vol.54 岩田 由紀

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2006年以前
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岩田