笑わせたい、そして

__ 
どんな上演にしたいですか。
本間 
この間読み合わせを全員でやったんですが、その時点で既に面白かったんですよ。面白いのが前提で稽古を始めるのは初めてです。
__ 
素晴らしい。
本間 
それを面白くするって、一体どういうことなのかなと思って。コメディなんですけど人の死を扱ってるんです。それってどういうことなのかなと思って。初演は2007年で、人の死をフラットに見ていたんじゃないか。読み合わせの時、登場人物の一人目と二人目が死んだ時に、「うっ」となったんですよ。それは完全に震災の影響があったんじゃないかと思っていて。死をどう扱うのか、難しいなと思っています。笑える上演にしようと思ってはいるんです。お客さんには最後まで笑い続けてもらって、その後に、笑っていたらあかんかったな、とそう思って貰わないと、自分たちの生活にある生きることと死ぬことに気付けない。だからこそ、まず、笑えるように作りたいと思ってます。
__ 
台本が既に面白いですよね。
本間 
そうなんですよ。このところ、音を大事にしようと思っていて。この一、二年、演出家として、役者の動線と、体の動きの保証はずっとしてきて。自分の本でも勿論音のことは意識していて。Hauptbahnhofの現場もそうだし。利賀のコンクールを受けた時も。音を大事にしないと言葉は生きないんだなと。見る、ことが出来て、加えて、耳に届く芝居を作らないといけないんじゃないかと。
__ 
音というのは、声のトーンとかテンポとかの話ですか?
本間 
言葉ですね。BGMとかのことではなくて、もちろん空間における沈黙もそうですけど。もっと言葉は力を持つはずなんだ、と、いろんなニュースを見ても思うんですよね。演劇が言葉の芸術だということをはっきりさせて行かないといけない。シェイクスピアの時代って、まず音を芸術としていた時代だったじゃないですか。あれをもう1回しないといけない。これだけ言葉が溢れている時代、幼稚な言葉も難し過ぎる言葉も溢れている。その中で劇場は、俳優の言葉が直接耳に届く場所なんです。そうはなっていないという印象が今はあるんです。届いてはいるんですけど、届いたふりをしている音が俳優を支配してると言うか・・・もっと、耳に届く台詞を、発する方法はあるはずなんです。今は模索中です。見える先の、予測し得たものを超えて行きたい、と思っています。見えた上で、聞かせることが必要なんですよね。予測を超えることが、言葉じゃないときっとできない。いやあ、どうしたらいいんでしょうね。

死んでしまうんじゃないか

本間 
表現は必ずしも演劇じゃなくていいじゃないかと、もちろん演劇が一番いいと思いますよ、僕は。でもtwitterでつぶやくことと、フェイスブックに投稿することと、あなたが本を書いてあなたが舞台に立つこと、何が違うのか。当の僕らが説明できていないと思うんです。それはすごくわかってるんですけど、それを言葉にできないと続けられない。その結果がアトリエ劇研の閉鎖だと思うんです。言葉にする術をみんなで信じて、演劇を信じようとするのがアウトリーチたと思うんです。
__ 
ええ。
本間 
何を提唱しても、ちっちゃいロジックになってしまうと思うんですよ。福祉を扱った演劇を作っても、ヤフーニュースのトピックの一つぐらいにしかならないですよ。小劇場は特に、単位が小さいからそうなりがちだし、でも、それは演劇だからすごい、演劇だから信じられる、ということをもっと肥大化しないと、社会問題を取り扱える土台になっていないんですよ。
__ 
まるで一部門としてしか機能できてないですね
本間 
そうですよ。このままだと、本当の演劇の面白さが見出されていない、死んでしまうんじゃないかと思うんですよね。演劇を信じるために、前田さんの本を一度やりたいと思っています。

ドキドキぼーいず♯07「生きてるものはいないのか」

__ 
ドキドキぼーいず♯07「生きてるものはいないのか」ですね。とても楽しみです。まず、この本を選んだ理由と、経緯を教えてください。
本間 
ありがとうございます。学生時代に戯曲を読む習慣をつけようと思って。岸田國士戯曲賞の作品から読み始めたんですよ。それで、それまでは戯曲って読んでも大抵は面白くないと思ってたんです。どうやって演出をしていくのか考えることに面白さがあると思っていて。でもこの作品は読んだ時点で面白いと思っちゃって。いつかやりたいと思ってたけど、演出の違いがあるかどうかわからない、とも思っていて。でも劇研の最後のタイミングだし、今までにずっとやりたかったものを最後にはやりたかった。それと、あの戯曲って端的には全員が死ぬ話なんですけど。それがとにかく醍醐味で。まず僕は、死ぬところから始めないともうたぶん京都の演劇は立ち直らないじゃないかという危機感があって。
__ 
というと。
本間 
アトリエ劇研がなくなるし、アートコンプレックスも使えなくなってるし、イサンも閉鎖したし。また新しい劇場の話もあるけれども、劇場の問題というよりかは、僕達演劇人がどうやって、この京都という土地で小劇場やって行くのか、本当にもう一度、絶望しながらでも考えていかないといけないと。あればできちゃうと言う演劇は、僕はもう、終わらないといけないと思っていて。まあ絶対続けるんですけど、1回、節目として。
__ 
一度、節目を付けたいと。
本間 
自分が書いた本ではなく、人の書いた本を、面白いキャストで、劇研という場所で、ちゃんと挑んでちゃんと作りたい。
__ 
面白いものを、「残す」。と言うとこれから去るみたいですね。「生きてるものはいないのか」は死を扱ったコメディ。そして、次々に登場人物が死亡していきます。最後には全員死亡する。
本間 
そうですね。上演を見る人にとっては、京都の俳優が全員死んだ、みたいな構図が完成するんですよね。笑えるようにつくりたいんですけど、笑ってちゃいかんわ、と。今は話し合うための場がなさすぎると思うんですよね、アーティスト同士が。社会にどうアウトプットするかじゃなくて、まず演劇という土台をどう立ち上げるのか、どう信じて疑っていくのか、もう1回ゼロにして考えようという、機会が欲しいんですよね。
アトリエ劇研究創造サポートカンパニー シーズンプログラム2017 ドキドキぼーいず♯07 「生きてるものはいないのか」
劇場:アトリエ劇研
出演:浅野芙実、ヰトウホノカ、佐藤和駿、松岡咲子(以上ドキドキぼーいず)、FOペレイラ宏一朗(プロトテアトル)、大石達起(INSITU)、ガトータケヒロ、川上唯、黒木正浩(ヨーロッパ企画)、黒木陽子(劇団衛星/ユニット美人)、勝二繁(日本海/およそ三十世帯)、菅一馬、西川昂汰、西村貴治、葛井よう子、藤原美保(ソノノチ)、望月モチ子(十中連合)、諸江翔大朗(ARCHIVESPAY)
脚本:前田司郎(五反田団)
演出:本間広大
料金:1,800円 ~ 3,000円
【発売日】2017/04/14
・一般
前売 2,500円、当日 3,000円
・U-Honma(27歳以下)
前売 2,000円、当日 2,500円
・学生
前売 1,800円、当日 2,300円


タイムテーブル:
2017年
6月7日[水]19:00~☆
6月8日[木]19:00~◎
6月9日[金]15:00~◎/19:00~◎
6月10日[土]14::00~/18:00~◎
6月11日[日]11:00~/15:00~★
(全8ステージ)
☆アフターイベント「KANPAI」
★アフターイベント「IPPON」
◎アフターイベントあり

説明:「死んではいないんじゃない?」
「もっと真剣に考えてよ」
「知らないけど、みんな死ぬんでしょ」
「僕たち死んじゃうんだろ」
「、、、え、でも、最悪アメリカ人が助けに来てくれるから」

あやしい都市伝説がささやかれる大学病院で、ケータイ片手に次々と、若者たちが逝く―。
とぼけた「死に方」が追究されまくる脱力系不条理劇。第52回岸田國士戯曲賞受賞作品。

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最近、死にたくないと、よく祈るようになった。神様に対してでは無く、人間に対して。
ずっと死にたいと思っていたのに、今は生きてみたい。だから祈ることにした。
なのに、手が合わせられない。合わせた瞬間に自分が満足してしまいそうだからだ。
独りよがりにならないために、演劇を、つまりは人間を信じて、祈るように創作しよう。
それは、劇場でしか完成しない「おもい」である。どんな観客と「おもい」を共有出来るのだろうか。
集まろう、生死の物語のもとに。

ーーーーーーーーーーーーー本間広大


スタッフ:照明:鄒樹菁
音響:島崎健史
映像:坂根隆介
(以上、ドキドキぼーいず)
舞台監督:稲荷(十中連合)
演出助手:高嶋Q太
宣伝美術:清水俊洋
制作:渡邉裕史

■お問合せ
ドキドキぼーいず
mail :dokidokiboys@gmail.com
twitter :@DokiDokiBoys

主催:ドキドキぼーいず
共催:アトリエ劇研
京都芸術センター制作支援事業

Hauptbahnhof Gleis8『ショー』

__ 
今日はどうぞよろしくお願いします。
本間 
よろしくお願いします。5年ぶりですね。
__ 
5年ぶり2回目ですね。
本間 
懐かしいです。とっても嬉しいです。
__ 
こちらこそ。本間さんは最近どんな感じでしょうか。
本間 
最近は、Hauptbahnhofの作品の演出をしていて、その稽古をしています。2月は大原さんの舞台の演出助手で、3月には、大阪でワークショップの講師の発表公演がインディペンデント1stであって。その翌日から稽古でした。バタバタしていました。もうほんとに演劇まっ最中ですね。あ、自分じゃない人の台本を演出するのが久々です。
__ 
脚本を書くわけじゃないですから、そのあたりの作業って根本的に違う?
本間 
違いますね。今回は、金田一さんが僕に演出をしてほしい、と。田中遊さんと僕の稽古の都合で稽古時間は1か月しかなかったんです。その間はしっかり稽古をしよう、という話だったんですけど、台本が上がるのが・・・つい本日、脚本が上がりました。
__ 
強行軍ですね。4月の13日から16日に、アトリエ劇研ですね。意気込みを教えてください。
本間 
でも面白いですよ。金田一さんが京都に来て、Scaleをやって和え物地獄変をやって、それでこの作品で一区切りなんですよ。アトリエ劇研もじきに閉鎖。そのタイミングで「バックステージもの」をやりたいとおっしゃって。実はこの作品、本当に金田一さんが書いたのかというぐらい生々しすぎるんです。これでいいのかなと思いながら、今日の稽古を見ていました。「もう書けない!」って電話してきたんですよ。金田一さん。
__ 
電話が!
本間 
「病む」って言ってくるんですよ。それくらい苦しかったみたいで。金田一さんはやっぱり野田秀樹さんの演出助手をしていたというのもあるのか、直接じゃなくて何かに例えるようなおとぎ話のようなセリフを書きたいと言ってたんですけど、今まさに自分のことを書いてるかのような直接性の台本が仕上がってきました。面白くないと思うんだ、って添えて台本送ってくるんですけど、僕はそれをとっても面白いと思っていて。どうなるやら。面白くなると思うんですけど、演劇人にとってはすごく苦しい作品になるだろうなという予感がしていますね。
__ 
苦しい。
本間 
苦しいと思います。
__ 
「苦労がわかってしまう」?
本間 
いやそういうことじゃなくて、本当に自分は芝居をしていていいのかな、みたいな。そうですね、どうなるのかな。僕はとにかく生々しいのが好きなんですけど、他の方はそれを見てどう思うのか・・・それはやってみないとわからない。
__ 
それは残酷な言い方をすると、アトリエ劇研の最後の4月にとてもふさわしいのかもしれませんね。
本間 
そうですね。いや、辛いですよ。
ドキドキぼーいず
人々はテレビやスマートフォンのニュース、SNSで無造作に流れていく情報にどれだけ『知った気』でいるだろうか。 我々ドキドキぼーいずは、今を生きる若者の身体・言葉・意識を解離させる演出技法により、作品を創作している。人と社会の関わりを報道する者、それを眺める『第4者』の存在を、演出家・本間広大は最も表現したい事であり、創作において重要視している。代表の本間と同世代である1990年代以降に生まれた若者たちに、「この国に今生きている」という意識が芽生えるきっかけになればと思う。それが「私たちが信じる演劇」であり、エンターテインメント(娯楽)を超える第一歩である。
2013年、代表である本間広大の学生卒業を機に再旗揚げ。京都を拠点に活動する若手演劇チーム。メンバーは8名で構成されており、俳優・演出家の他、音響・照明・映像のスタッフが専属的に在籍しており、俳優と演出家で構成される日本の劇団には珍しい形態をとっている。
2015年よりアトリエ劇研創造サポートカンパニーに選出される。受賞歴として、'14.02 第35回kyoto演劇フェスティバル 実行委員長特別賞受賞(奨励賞)  '15.10 第6回せんがわ劇場演劇コンクールグランプリ並びに演出賞(演出:本間広大)(公式サイトより)
Hauptbahnhof Gleis8『ショー』
期間:2017/04/13 (木) ~ 2017/04/16 (日)
劇場:
アトリエ劇研
出演:田中遊(正直者の会)、金田一央紀、南條未基、諏訪七海
脚本:金田一央紀
演出:本間広大(ドキドキぼーいず)
料金:2,300円 ~ 3,300円
【発売日】2017/03/01
一般前売2800円/一般当日3300円
学生前売2300円/学生当日2800円
(学生券は要証明書/税込/全席自由)

タイムテーブル:4月13日(木)19:00★村上慎太郎(夕暮れ社 弱男ユニット)
4月14日(金)14:00 / 19:00★長谷川寧(冨士山アネット)
4月15日(土)14:00 / 19:00★田辺剛(下鴨車窓)
4月16日(日)13:00 / 17:00
★のついている回には上記のゲストをお呼びしてアフタートークを行います

Hauptbahnhofの活動は京都ではこれが一区切り!演劇を作るとはどういうことか?ひとまずの宣言です。
【あらすじ】
私が稽古場の掃除をしていると、見知らぬ人たちが芝居の稽古をし始めた。
彼らはとある賞を取るために、日夜ここで稽古をしているという。
わがもの顔で稽古をする彼らに付き合うことにした。
私も、芝居がなんなのか、知りたかったから。

★アフタートークを行います。
13日19時 ゲスト村上慎太郎(夕暮れ社 弱男ユニット)
14日19時 ゲスト長谷川寧(冨士山アネット)
15日19時 ゲスト田辺剛(下鴨車窓)

作・演出:金田一央紀

舞台監督:釈迦谷智
照明:真田貴吉
音響:北島淳
スタイリング:村上街子

宣伝美術:サカイシヤスシ(LaNTA Design)
Web製作:太田家世

企画・製作:Hauptbahnhof

自ら選んでそこにいること

__ 
今日はどうぞ、よろしくお願いします。坂本さんは最近、どんな感じでしょうか。
坂本 
よろしくお願いします。1月に自主企画の透明人間の蒸気が終わって、その後がずっと試験期間で・・・それが終わったら次の公演のショウダウンの稽古と、卒業公演の稽古がありました。ずっとバタバタしてて落ち着かないです。
__ 
お忙しいんですね。確か学部は・・・
坂本 
国文学科です。
__ 
そうなんですね。何を専攻されてるんですか?
坂本 
近現代文学専攻のゼミに入りました。谷崎が好きなので、そのあたりを研究するんちゃうかなと思います。
__ 
谷崎の人間観には惹かれますよね。
坂本 
わかります。私も全部読んでるわけじゃないですけど、女性が強いというか、女性賛美とまでは言わないですけどそんな感じがして。それから、谷崎作品に描かれてる女性が好きです。可愛くて儚げじゃない。自分の欲望を持っているように感じるんです。そこが好き。
__ 
そうした女性像に憧れる部分がある?
坂本 
めっちゃあります。『痴人の愛』のナオミとか、サロメとか、アニメやったら峰不二子とか(笑)
__ 
サロメは、自分を人間として認めてもらいたいみたいなところがありますよね。
坂本 
父親政権からの脱却、という解釈があるらしいですね。
演劇集団Q
横溢れする肉体の力をもてあまし、平凡な毎日に汲々としているそんな君にはQの芝居演劇集団Qは同志社大学を中心に活動する学生劇団です。20世紀半ば設立(たぶん)から、新町別館小ホールを舞台に毎年約5、6回公演を行なっております。本多力(ヨーロッパ企画)、奥田ワレタ(クロムモリブデン)、ピンク地底人などを輩出しております。Qの芝居はエロティック・バイオレンス・アカデミックをモットーに、自由奔放な表現を楽しむことを真骨頂としております。未熟も未経験もなんのその。過去には「ネタづくりのため自作自演に走る、狂気の新聞社芝居」、「血のつながらない15人兄弟による、憎しみダンス芝居」、「世紀末、元おでん屋のニューヒーロー誕生芝居」、「10数人がカレーを食べるデモ隊芝居」、「ボケても誰もつっこまない給食室会話劇」、「首吊り芝居」「全席立ち見の金網芝居」、「舞台破壊芝居」、をつくりました。突っ走って、滑って転んで、もんどりうってノックダウン。でもまた立ち上がって突っ走る。そんな劇団です。何卒よろしくお願いいたします。(公式サイトより)

劇団ショウダウン「ドラゴンカルト」

__ 
坂本さんは劇団ショウダウンの「ドラゴンカルト」に出演されるんですよね。どんな作品になりそうですか?
坂本 
ショウダウンさんって、ファンタジーというイメージがあると思うんですけど、今回はサスペンスなんです。刑事とか先生とか、地に足の着いた人間が登場します。スリルを味わえるエンタメですね。
__ 
エンタメの大事なことって、物語がしっかりあると言うか。お客さんを置いて行かせないというところがまず前提という感じがしますよね。
坂本 
お客さんに対してある意味一線を引くっていうのが大事なんかなって。置いてけぼりにはせず、ちょっと先からお客さんを誘導し続ける力。そのための一線。東京公演よりも大阪公演の方がキャストの人数が増えるので、分散させずに引っ張っていく力の強い公演にしないと、って思っています。
__ 
ショウダウンは何をご覧になったんですか?
坂本 
船場サザンシアターで「錆色の瞳、黄金の海」を。高校の先輩が「最近面白い劇団を見つけてん、劇団ショウダウン」って。それ私も今度観に行くんですって言ったら「じゃあ何も言わへん、見てきて」って。
__ 
主演の林遊眠さんが凄かったですよね。
坂本 
本当に!私は林さんの一人芝居は観たことないんですけど、1人で2時間、お客さんを引っ張って行くことのできる役者ってこういうことなんやなと。
__ 
さて、ドラゴンカルト、意気込みを教えてください。
坂本 
私の役が、海外から助っ人に来た博士っていう色物枠なんです。「いたいたそんな奴!」って後で話題に上るようにしようと思います。スパイス的な存在。
__ 
あらゆる意味で美味しいポジションですね。
坂本 
美味しくしないと!
劇団ショウダウン「ドラゴンカルト」
公演時期:東京 2017/1/27~29@シアターグリーン BOX in BOX THEATER、大阪 2017/3/23~26@大阪市立芸術創造館。

演劇集団Q卒業公演「生れ地」

__ 
演劇集団Qの「生れ地」。大変面白かったです。ご自身としてはどんな経験でしたか?
坂本 
最初、卒業公演には参加しないって言ってたんですよ。ショウダウンの稽古で忙しいから。でも演出の綱澤さんが一回生の時に新人公演で演出された「エレメント」をベースに、太田省吾の作品を再構成すると聞いて、参加させてください!って。綱澤さんの演出にすごく興味があったんです。でも綱澤さんの演出にきちんと関わったことはなくて。綱澤さんの知識も吸収したい。戯曲をどのように読み解くのか、そもそも演劇にどう臨むのかを間近で見たい。綱澤さんの演出を受け取って役者として舞台に立ちたかったんです。役者で参加するにはギリギリのタイミングだったので、無理ならせめてスタッフとして関わらせて下さいという気持ちで参加させてもらいました。・・・とっても難しかったです。
__ 
ええ。
坂本 
別に演劇に合格とか及第点とかはないですけど、ある一定のラインはあると思っていて。今回の作品は、そこに到達してるのかしてないかの手ごたえが・・・。太田省吾の戯曲は3作品ぐらいしか読んだことがないんですが・・・日常生活を描いてるんですけど、行動に脈絡が無かったりするんですよね。私が演じた役だと、突然月に向かって吠えるとか、朝の食卓を用意してそのままどこかへ行ってしまうとか。でもその行動は日常の地続きなんですよね。それを自然に提示する、そこに脈絡を持たせるのが難しかったです。今でも考えてます。
__ 
その結果、どこまで出したのかわからないということですよね。お客さんについてきてもらうということを期待する作品の場合、作り手として担っている人の実感が薄くなるのはしょうがないですよね。
坂本 
今回の公演は、ライブというよりも美術展に近いなって思いました。自分が創ってきたものを持ってきて、後は見てください、というスタンス。でもほんまはエンタメでも何でも同じはずやから。手ごたえが持てなかったというのは、つまり甘えてたんやなって。もっと自分に厳しくしようと思いました。
__ 
綱澤さんの太田省吾に対する姿勢に魅力を感じたということですが。
坂本 
綱澤さんは演劇にも詳しいとても博識な方なんです。専門が哲学でその知識もたくさん持ってらして。戯曲を解釈する自分の武器を持ってはるんですね。それを用いて、戯曲に対して様々な角度から解釈を試みる。研究者っぽい。私はこれから学生として研究をしていく身ですので、役者としての興味は勿論、それ以上に学生としての興味が強くあったんです。
__ 
再構成をするというのが、色々な物の到来を期待してるようで、面白かったですね。
演劇集団Q それでも、やっぱり卒業公演 「生れ地」
公演時期:2017/3/3~5。会場:新町別館小ホール。

繰り返す日常の外へ

__ 
「生れ地」の冒頭と終演で、朝食のシーンが何度も繰り返されたじゃないですか。それらがまるで自然な、一つの流れの中で繰り返す、その時の役者の表情がとても自然だった、というのが面白かったです。「生れ地」という、日常にぽっかりと空いた空き地のことなのかな。そこで突然月に向かって吠えたりだとか・・・そういう、自分の境界を少しはみ出たところ・個人の人格の外にある物に対してはみ出す、その不思議な感じと言うか。人間の生殖も題材の一つでしたが、そこは本当に、人格の外にある、そして人間の範疇のもので、不思議ですよね。
坂本 
やけど、そこを通過して戻ってくる先は、結局日常なんですよね。でも戻ってきた時、何かが少し違ってる。大きくは違わないけれど、何かが。それを綱澤さんは何度も仰っていて。面白かったのが、稽古の最初の方で「鋼の錬金術師」を観よう、と。
__ 
はい。
坂本 
主人公の二人が修行の一環で無人島に置いていかれる。そこで「一は全、全は一」というのを自分たちで見出だすんですよ。「考えて考えて考えて、最初のところに戻って来る時には、違うものになってる。全てのものは一で、全だということ」って。そういう繋げ方、面白いなって。今回の公演はいろんな面において綱澤さんに興味が尽きない公演でした(笑)

劇団蓼喰ふ虫「透明人間の蒸気」

__ 
劇団蓼喰ふ虫。面白かったです。
坂本 
ありがとうございます、本当に。演出の牧野知泉さんって方が、QのOGなんですけど、その人の演出に惚れ込んでしまって、それがきっかけで野田秀樹が好きになったんです。でも結局Qで野田をすることは叶わなくて。ようやく片思いが叶った公演やったんです。
__ 
坂本さんは主演でしたね。野田秀樹作品の素敵さがとても伝わりました。
坂本 
劇場も装置も完コピはできないし、そもそも役者が全然違う体を持ってるから、なおさら完コピなんて出来ないんですけど。野田秀樹の、言葉が先にあってそこに役者の体がついて行って、お客さんがそこに巻き込まれていく。というのが出来ていたらいいな、と思っていました。
__ 
最後の透明人間が、そこに来てるかどうか・・・というハラハラ感がありました。
坂本 
私が演じていたケラの中では、彼は二度と来ないという気持ちがあったんですよね。でも、そう思ってしまうのは自分が信じていたものを捨てるということで、ものすごく苦しいし、そんな自分のことも嫌いやし。でもそこを諦めて大人になるんかなって。いっそ自分を嫌いになって楽になってしまおうってなった時に、彼は現れた。そこにいた。自分が一番嫌いな自分を突きつけられる。その展開がすごく苦しかったです。大変でしたね。

憧れて

坂本 
人前に立つのは好きな子供でした。昔ちょっっとだけ習っていた英会話のスピーチコンテストとか、ピアノの発表会とか。中学の時、学園祭でクラスごとに演劇をするんですけど、なんだかんだ出たがりで主役をやってみたりとか。その延長で、友達に誘われたのをきっかけに高校では演劇部に入りました。
__ 
演劇集団Qに入ったのは?
坂本 
高校は演劇部やったんですけど、芝居観るのが好きではなくて(笑う)。観たら観たで面白いんですけど、ショックを受けるほどじゃなかった。だから私、演劇好きじゃないんかなと思ってました。部活の先輩が卒業してから学生劇団で演劇続けはったので、学生劇団も観に行くようになりました。で、たまたま演劇集団Qの農業少女を観て・・・めちゃめちゃ面白ったんです。
__ 
野田秀樹ですね。
坂本 
高校ではやらない方がいいと言われていたこと――舞台上での台詞の吐き方、身のこなしが農業少女の舞台に全部あったんです。ショック受けました。こんなことしていいんや、みたいな。窮屈さがないって思っちゃって。あと言葉が好きな子だったので、役者が音として発する言葉に巻き込まれていくような、そういうエネルギーにくらっとちゃったんかな。農業少女観たの高校2年生くらいなんですけど、絶対Qに入る!って。

踏み込む

__ 
演劇を始めて、分かったことは何ですか?
坂本 
私は言葉も好きなんですけど、身体も好きなんやな、ということ。それから、言葉は好きやけど、言葉にするのは好きじゃないということ。ここ1年とってもお世話になってる方がいて、私がすごいなって思ってる俳優さんなんですけど。彼、めちゃめちゃ動ける人なんです。舞台上でこれだけ自由に動けて、空間をデザインすることができる、制御された身体。なんて綺麗なんやろうって。身体って凄いって。パントマイムやダンスにも興味が出てきました。
__ 
体って本当に限界がないですからね、鍛えようとすると。
坂本 
言葉に関しても、さっき言った方と関わっていて思いました。彼、言葉数は多くない人なんです。決して無口ではないけど、大事なことほど言わない、みたいな。でも言葉にしないそれが、立ち方とか、視線とか、発した言葉の端々とかから滲み出てるというか。それを近くで見てて、あー私こういうの好きーって。野田秀樹が好きなのと通じるかも。言葉は尽くすのに、一番大事なことには触れない。その奥にあるもの。それを隠すみたいに先行する言葉たち。
__ 
その、本音、にたどり着いた時、観客としては嬉しいのかもしれませんね。
坂本 
台詞は役として言うけれども、その身体はその人自身のもので・・・。その境に踏み込んでみたくなる。その瞬間は観客としてどきどきしますね。役者としても、そこに触れられたら気持ちいいと思う。そんな風に、踏み込んでみたいと思ってもらえたら嬉しいです。

その人自身がにじみ出て・・・

__ 
ご自分に足りないものは何ですか?
坂本 
いっぱいあるぞ、なんやろう・・・基礎力?こんな言ったら終わりかもしれませんけど(笑う)。私は制御されてる身体が好きで、でも自分はそれが全然できてなくて。まず単純に筋力が足りていないってことやと思うんですけど。声とかも、腹筋が足りてへんとか。さっき言ってた、お世話になってる先輩も、めちゃめちゃ鍛えてはるし。
__ 
いつか、どんな演技ができるようになりたいですか?
坂本 
演劇の楽しい瞬間って、その人の役とその人自身の境目が見える時やと思っていて。その人をもともと知っている知っていないに関わらず、客席で観ていて、役者の生々しさみたいなものを感じる時。役だけでなく、その人間にも興味を持たせられるような、というんですかね。そんな風になりたい。
__ 
生々しさ。
坂本 
こんな演技をするこの人ってどんな人なんだろう、と思わせたくて。身体ってその人について饒舌やと思うんです。その人が生きてきた年数分のものやから。役として立ってるのに、消しきれないその人が見える瞬間・・・。そこにどきっとさせたい。舞台に立つだけで人をぐっと惹きつけられる、空間を巻き込む中心になれる役者になりたい。
__ 
教養とかそういうのもダイレクトに関係しますよね。
坂本 
そうですね。台本を読んで考えて、役として立つけど、身体は坂本彩純で立つわけですしね。私、台本読むとき、同じ作者の他作品との比較とか、同時代の作品との関連とか、アプローチが文学少女なんですけど、そういうのも舞台で見え隠れすると思う。その見え隠れする部分を大事にしたいし、そういうところでちょっと引っかけたいな、と思います。

もう一度

__ 
やり直したい演技や作品はありますか?
坂本 
2つあります。Qに入団して初めての作品。清水邦夫の「狂人なおもて往生をとぐ-昔、僕達は愛した-」。私がいた高校の演劇部、台本を自分たちで書いてたんですよ。ハイスクールOMS戯曲賞の佳作を授賞したりしたんですけど・・・。等身大の自分たちがやれるものをやってたんです。でも清水邦夫は時代も違うし、そもそも既成の作品をやるのもほぼ初めてやし、どうしたらいいか分からなくって。(その公演に関わって下さっていた綱澤さんに言われたんですけど)演じるために戯曲を読むという発想がなかったんですね。小説を読むのとは違うんだ、って。あれから2年経って、もう一度、ちゃんと読み直したいなって。
__ 
なるほど。もう一つは。
坂本 
Qの新人公演の「傷は浅いぞ」です。私、ゲネプロの前日にバイクに轢かれて。
__ 
ええっ!
坂本 
だから体中痛いんですよ。顔もアザだらけやし、肩も上らへんし。できるなら、万全の状態で舞台に立ちたい。何より今思えば、あれはもっと面白い読み方が出来たのかもしれない。アイドルの話なんですけど、もっと女の子を共感させるような演技ができたんじゃないかな、と。チャンスがあるなら、もう一回やりたいです。
__ 
まさに、という状態ですね。
坂本 
本当にみんなに迷惑をかけました。電話で「ごめんなさい、バイクに轢かれたのでちょっと遅れます」って。タイツもビリビリの状態で行きました。でも骨折も何もなくて、打撲と、服が破れたぐらいでした。親には怒られました。何より、役者として一番ダメなやつですね。
__ 
というか、舞台に立てたんですか?
坂本 
全公演立てました。ゲネもやりました。
__ 
死ななくて良かったですね。
坂本 
本当に。

質問 増田 美佳さんから 坂本 彩純さんへ

__ 
前回インタビューさせて頂いた増田美佳さんから、質問を頂いてきています。「愛ってなんですか」?
坂本 
一番難しいやつじゃないですか!人類が何百年も考え続けてるやつ・・・。いろんな愛がありますよね。そうやなあ・・・。言葉にするの難しいですね。
__ 
そうですね。
坂本 
私は自己犠牲とかできなくて、他人に奉仕をしたり、全てを捧げるなんてできひんし。究極は、需要と供給の一致なんかなと思ったりもするんですけど・・・。親子愛もそうなんかもしれない。子供を守って育てる親としての義務。親の庇護下にあるうちは親の言いつけは守る、孝行する、感謝する子供の義務。親と子だってその気になれば適当な年齢で家を出るなり関係を切ることもできるのに、そうしない。それは親子関係を続けるうちに、義務以上の何かが生まれたからやと思うんですね。親と子にしても、男と女にしても関係性って絶対あるじゃないですか。利害の一致以上の、関係性を続けさせてしまう力。それが愛なんかな、と思います。

もっと

__ 
いつか一緒に作品を作りたい人や劇団はありますか?
坂本 
いっぱいあるぞ・・・!私、京都の劇団でしっかりお芝居したことがあまりなくて。京都でお芝居したい。拝見したことはないんですけど、すごく興味があるのは夕暮れ社弱男ユニット。
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いいですね。
坂本 
ビギナーズユニットをこの2年観ていて、参加していた方に村上さんの演出はとっても面白いと聞いたので。めっちゃ興味あります。弱男に出ていらっしゃる役者さんも面白そう。
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村上慎太郎作品は面白いですよ。いつかぜひ。
坂本 
人があまり触れたくない普遍的なものに、ちょっと迂回して触れていく感じなんかなって勝手に思ってて。単純に、そこに役者として足を踏み入れてみたい。それから、努力クラブさんも観たことないんですけど興味があります。ブラックでシニカルなコメディだって聞くんですけど、そういうの私すごく好きで。まず観たいし、機会があれば出てみたいです。あとは、夢みたいなんですけど、ZTONさんの舞台に出て斬られまくりたいです。私こないだ初めて観たんですよ、AI・HALLでの本若さんとの合同公演。そこに以前共演させて頂いた方が殺陣アンサンブルとして出てたんです。私も斬られてハケて、また出てきて斬られたいです。そして、目標なんですけど、柿喰う客さんの舞台に出れる女優になりたい。これは憧れですね。いつか。
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今後、どんな感じで攻めて行かれますか
坂本 
最近は大阪での舞台が多かったので。今後、京都での活動を増やしていきたいなと思っています。必要とされる役者になりたい。

MARY QUANTのマニキュア

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今日はですね、お話を伺いたお礼にプレゼントを持って参りました。
坂本 
わぁ!ありがとうございます。開けていいですか?
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どうぞ。大したものじゃないですが。
坂本 
(開ける)あ、可愛い!マニキュアや。次の公演が終わったら使います!

白紙

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今日はどうぞよろしくお願いします。最近、増田さんはどんな感じでしょうか。
増田 
最近。去年の末に離婚して生活自体が変わったので、その前後は身辺がざわついてましたが、今は落ち着いて、なんかまあ新しい感じです。春ですし。白紙、未知。

アイザック・イマニュエル『Taleau Stations/風の駅 - 我が宿をいづくと問はば』成果発表上演

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3月29日にアイザック・イマニュエルさんの作品に出演されていましたね。
増田 
はい。城崎国際アートセンターに半月くらいの滞在制作に行ってました。3年前にも一度アイザックの作品には出演していて、前回もそうだったけれど、目に見える躍動より静止の瞬間とか、静けさを呼び込むことに作品の軸足があるように思う。例えばアイザックは行方不明者のような、いるといないの間の状態に興味を持っていたりします。曖昧で型ではつかみ損ねる茫洋としたところにそのまま足を突っ込める粘り強い足腰が必要な感じがします。
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アイザックさんの創作と、気が合うみたいな感覚はありますか。
増田 
そうですね。動きとしては抑制されていて、一見システマティックだけど、動きと関係のなかで詩的なものが立ち昇ってくることがあって、それがとても魅力的だと思ってます。今回作品の手がかりとして良寛の俳句を渡されて、こっちもちゃんと読んだことのない日本語をアメリカから来たアイザックを介して知る奇妙さもあったり。アイザックの振付、というか作品の中で時間を引き受けることは、「こういうふうに踊って」というのではないけれど、意識の導線は示されていく感じです。動きはその都度生け捕っていくような感覚があります。
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そうした場合、アイデアが降ってくる瞬間があると楽しいですよね。熟慮の上に降ってくるものなのかもしれない。ただ、熟慮と打ち合わせの末の方針がより良いこともある。アイデアって、全ての条件が揃ったときに電撃のように舞台と客席に出現してくるんですよね。先日インタビューした人が言っていたことなんですけど、ミュージカルで一番好きな瞬間は「自分の歌やセリフがお客さんに理解できたと言うことが伝わった瞬間」であると。
増田 
ほお。
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それはすごいなと思って。そんな体感があるんだ、と。こうやって話していても、自分の意図が伝わったという感触は確かに少しありますもんね。錯覚かもしれないですけど。
増田 
うん、客席に何かが伝わった瞬間、難しいですね。あるかも知れないし主観かも知れない。客席は自分の理解を超えるものだとも思います。

経緯

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例えば増田さんが、昨年のKYOTO EXPERIMENTで上演された「ZOO」の時や、今回の城崎滞在制作の企画に入るきっかけとか経緯ってどんな感じなんでしょうか。
増田 
アイザックの場合は一応3年前にやった作品を発展させたいということでした。「ZOO」は横浜で「天使論」という作品に出ているのを演出の篠田千明さんが見てくれていて、京都にこういう奴がおるというのを覚えてくださっていてお話をもらったんです。
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増田さんはなぜ声を掛けられるのか、というところを私なりに考えてみたんですよ。
増田 
はあ、どこですか。
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小柄で使い勝手がいいような気がする。そして、その体にドラマを内包してるような気がする。ダンサーだという振れ込みだけど、目がすごくドラマチックな感じがして。ある種の具体的なストーリーラインを任せたら、増田さんの物語を作り出してくれそうなそんな気がする。
増田 
そんなふうに見えますか。
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そして、利発そう。
増田 
見掛け倒しですけど笑。ドラマを内包しているというので思い出すのは学生の頃、太田省吾さんの「小町風伝」で老婆という役をやったんですけど、一言も声に出す台詞はない無言劇です。でも台本はほぼ老婆の一人台詞で、それは一度全部覚えるんですよ。である日「明日から台詞なくします」と告げられる。どうなったかと言うと、声に出さない台詞が全部自分の中で黙読される訳じゃなくて、台詞の中にあった意識の流れみたいなものが残る感じになりました。その道筋が体の中にあってその上で動きがあることがとてもしっくり来たんです。言葉による綿密な振り付けと言ってもいいかも知れないけれど、役というものが書き込まれた体だから、ダンスとは少し違う。そう言えばアイザックは太田さんに興味を持っていて、教え子がいるということで紹介されたのが出会いでした。
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書き込んでみたい身体。
増田 
ユニゾンの振り付けを覚えて合わせて踊るとかは苦手です。右と左がわからないということもありますけど。イメージをもらって動くほうが面白かった。
篠田千明『ZOO』
公演時期:2016/11/11~13。会場:京都芸術センター 講堂。

ダンスの動力

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すごく個人的な話なんですけど、ダンスに出会い直したいと思っていて。京都芸術センター通信に3ヶ月に一回、ダンス作品のレビューを載せてるんですけど、なんだかその書き方が演劇だなあ、と思っていて。なんだかすごく、ダンサーに物語を求めるような気がする。これはこれでいいのかもしれないですけど、身体には物語的な起承転結がある訳じゃないし。で、家で一人で踊ったりしてみたんです。でも恥ずかしくなっただけだった。私は答えを求めすぎなのだろうか?
増田 
うーん。
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コンテンポラリーダンスと演劇の違いについて、この間のインタビューで話したんですけど、ダンスの上演中、ダンサーの体と観客の体は直接的にぶつかりあっている。演劇の方は、大概、シーンが介在しているように思う。
増田 
うん。
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そこでは二者は視線を介して精神でぶつかり合っている。そして私は、そのスキームに言葉を介在させてしまう自分に絶望しているのかもしれない。
増田 
絶望ですか。
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増田さんは、いま、ダンスをどう捉えていますか?
増田 
つい昨日見たものを例に話すと、90分の即興パフォーマンスを見たんです。それはダンサー2人、美術家3人のユニット、音を出す人が1人いて、打ち合わせなく90分何かやる。でも打ち合わせなしと言っても美術家の3人は、あらかじめ材料と空間に対する設計図がある。準備してきたものがあるんです。音を出す人も音の出るもの、楽器や道具があって、選ぶのは即興でも用意はある。でダンサー2人というのは素手です。美術の人が空間にものを並べたり吊ったりするのは具体的な行為で、それって何をやってるかってのは見ていてわかるし、観客がその動作を見るときに道筋を追える、つまり目的のある動きをしています。
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うん・・・。
増田 
それに対してあらかじめ振りを用意せず即興の場に身を投げたダンサーはどうあるか、そこにやりがいと難しさがあって。素手と言ってもダンサーはそれぞれに踊るスキルを持っているし、記憶に残っている振付もある。もちろんそれを使ってもいいけれど、それをその場でやることに必然性を見いだせない限り記憶の再現をしても仕方がない。そうすると場に対してのレスポンスが動きの動機になり、ダンサーのありようがどうも後手に見えてしまう。そうじゃない知覚や反応もあるに違いないけれど、もしかすると、ダンスの動力として受動ということが大きいせいだろうかと考えたりもしました。ダンスは動くというよりも動かされるところにあるように思います。けれど後手であってもひっくり返すことは可能だし、行為と用意を逆手に取ることができる強みもあるはず。
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あるいは、稽古していたらまた違った結果だったのかもしれない。もしくは、空間的に区切ってしまう。照明で抜いたりとか。でもそれはその企画の趣旨と違いますからね。
増田 
そうですね。ダンスがそこで何より自由に振る舞い、行為と用意を凌駕することを切望しました。その感想は全部自分にはね返ってきて、ダンスの、ダンスにしかできないことは何かと改めて考えました。