__ 
今日はどうぞ、よろしくお願いいたします。「安住の地」の岡本昌也さんにお話を伺います。最近、岡本さんはどんな感じでしょうか。
岡本 
最近はですね、ついに部屋の掃除をしました。昔から自分の部屋は汚かったんですけど、ちょっとさすがに片付けようと。汚すぎて、友達を部屋に招いたりできなかったので。45リットルのゴミ袋が10袋ぐらい出ました。ようやく、綺麗な部屋になりました。
__ 
よくわかります。何もないスペースがありがたいですよね。余白のある部屋。何も置かないという贅沢。
岡本 
わかります。片付ける前は歩くことさえままならなかったので。廊下ができるんですよね、肩で風を切りながら部屋に入っています。その状態を持続することが今の目標です。
__ 
掃除の他には。
岡本 
部屋にプロジェクターを置きました。映画が好きなので、壁に映してミニシアターのようにしています。ベッドをソファー代わりにして映画を見ています。
__ 
白い壁があるんですね。大きい壁があったら、まあ映したいですよね映像。
岡本 
是非。安いプロジェクターだと3万円位で買えるので。結構普通に綺麗な写り方しますよ。業務用のものなんですけど。
安住の地
2016年7月に結成。2017年6月に旗揚げ公演を上演予定。京都を拠点に活動。
【所属メンバー】岡本昌也 中村彩乃 にさわまほ 中西一志 森山やすたか 大崎じゅん (公式サイトより)

人間座「幽霊はここにいる」

__ 
人間座「幽霊はここにいる」大変面白かったです。
岡本 
ありがとうございます。ああ、嬉しいです。
__ 
個人的には、岡本さんが演出をするっていうのはとても新鮮な人選でしたね。非常に上手く行ったんじゃないかと思います。
岡本 
嬉しいです。僕も最初は、事の重大さをよくわかっていなくて、最初の顔合わせでコの字形でテーブルが組んであって、真ん中に座らされて「演出の岡本です」で自己紹介して。でも、重大さが分かっていなかったから緊張もしてなくて。
__ 
あはは。
岡本 
僕以外、ほぼ全員年上なんです。40年以上のキャリアを持つ方もいらっしゃって、僕の人生の2倍以上を演劇をやってる方と一緒に作品を作るという。7回目の稽古から、だんだんと事の重大さが飲み込めてきました。
__ 
そうでしょうね。
岡本 
結果的には本当にいい俳優さんに助けていただいて。感謝しかないですね。
__ 
異種格闘技戦みたいな感じでした。いろんな形の演技スタイルがそのまま出てきてましたね。
岡本 
やっぱり僕が、まとめきれなかった、という思いはあります。新劇の人がいれば、小劇場の人もいるし、(僕が連れてきた)日下七海さんみたいな、また違う文脈の人もいる。まとめきれなかったですけど、けれど全体として噛み合うということを目指しました。劇全体を、日下さんがプレイしているゲームという形でパッケージングして、様々な役者さんがすれ違うプレースタイルで演技しているのを、日下さんがまた一つ上から違う演技スタイルで、ゲームとしてプレイしている。その演出が上手くはまったステージがあったんです。それが、個人的には非常に大きな経験でした。
__ 
なるほど!日下さんと藤原さんが、素の感じで喋っているシーンが間あいだにありました。映像に「PAUSE」と出てて。ああ、確かにゲーム画面でしたね。
岡本 
「幽霊はここにいる」は、政治の話だったりとか労働の話だったりとかが頻繁に出てくる作品なんですが、21歳の僕としては正直興味があまりなくてどうしようかなと思ってたんです。
__ 
なるほど。
岡本 
脚本上では、日下さんの役は主人公の酒井さんと恋仲になるんですけど、その設定は排除して。すると日下さんの役の存在意義ではなくなってしまって。わーわーと騒いでいる大人たちを見る子供、という演出に落ち着きました。
__ 
実は日下さんがプレイしているゲームだったんですね。
岡本 
そうですね。だれがプレイヤーとして見えていてもいいのかなと思います。
__ 
いろんなファイトスタイルがありましたね。最後に出てきた高瀬川すてらが、エンタメの演技スタイルで「お待たせしました」ていうセリフと共に出てきたのが嬉しかったです。
岡本 
すてらさんには非常に助けて頂きました。楽曲は全部作ってたんですが、ステラさんが歌う曲だけ思いつかなくて、ピンクレディーでいこう、と。「UFO」と「幽霊」の言葉遊びなんですけど。丸投げしたらあの歌とダンスを完コピで稽古初日から持って来てくださっていて。
__ 
さすが。そして劇団飛び道具の藤原さんと山口さんも素晴らしかったです。
岡本 
お二方には非常にお世話になりました。特に嬉しかったのは、あの作品をそのまま演出するか、それとも構成を変えて異常にするかという事にちょっと迷っていた時期があって。後者を選んだ時に、やっぱりどこか、役者の方には、「普通に行った方がいいんじゃないか」、みたいな・・・「物語をそのままやった方が面白いんじゃないか」みたいな雰囲気もあって。その時に藤原さんに「これはどうすれば」みたいな相談を乗ってもらったんですよ。藤原さんは「ちょっとよくわからないけれども、とりあえずやってみるわ」と言ってもらって。そのスタンスに安心したんです。ただ、同時に「この演出がわかるのは最終日になるかもなあ」と怖いことをおっしゃって・・・でもとりあえずやってみるというスタンスを見せていただいたのがすごく安心しましたね。
__ 
役者が分かち合ってくれるということですからね。その中で酒井さんが一本支えてたってていうところはありますよね。
岡本 
それは絶対あると思います。やっぱりああいう演出をするにあたって物語の方が弱いとしっちゃかめっちゃかになるし、何がしたかった?みたいになるから。さかいさんの存在は大きかったと思います。
__ 
最終的には、物語と演出と役者が、どれもどれかに負けていることがない、そういう渾然一体と言うか、そういう形での「複合」となっていました。
岡本 
ありがとうございます。そう言っていただけると。嬉しいな。自分で演出する場合には絶対できない経験でした。本当に良い経験でした。
人間座「幽霊はここにいる」
公演時期:2016/12/15~18。会場:人間座。

複合について

__ 
複合というのが、最近の私のキーワードなんです。色んな領分を持っているプロが一つの作品を作る。そういう作品にあたって、お互いが混ざり合わないという形もまた複合なんだなと思っているんですよ。ざっくりとですが、どう思われますか?
岡本 
2年ぐらい前から7作品ほど、ライブハウスで、作品の上演を行ったんです。音楽のライブの中に演劇が30分枠もらえる。だから嫌でも音楽との関わりを意識しなくてはならなくて。音楽とクロスオーバーさせたりとか、詩とクロスオーバーさせたりとか。やっぱり演劇って懐が広いから許容できちゃうんだけどそれぞれがどこから独立しちゃいますよね。音楽と芝居と詩が同時にあって、シーケンスでそれらがすべて別れてしまう。ザッピング的な作品になりました。それはそれで30分の作品として楽しかったんですけど、全体で見たときに一つのまとまりみたいなものだいまひとつないなあ、と。どうしようかなと。
__ 
まあ、演劇だけをやれ、ということはないですからね。
岡本 
僕自身が結構演劇以外もすごく好きで。今でもいろんなものに興味があります。最初に学生演劇祭で評価を頂いたから続けていることもあるのかなと思う。もし映画で評価を頂いてたんだったら、映画をしていたのかもしれません。

安住の地「渓谷メトロポリス化計画」

__ 
さて、安住の地「渓谷メトロポリス化計画」ですね。チラシが非常に魅力的ですね。
岡本 
本当ですか。
__ 
チラシに載っているテキストが気になりますね。「そしてこれから緩やかな衰退を待つだけであったが・・・」。
岡本 
厭世的なイメージがあって。なんだろう、すごく怠惰な子供、な感じなんですよ。さっきも言ったんですけど、例えば政治とか2020年はオリンピックをするとかそう言う世界の目まぐるしい動きを実感していない。僕はそういうことがなくても安泰だし生きていけるのに、みたいな。世界のこととかどうでもいいなというのがあって、それは結構語れるものなんじゃないかなと思っています。自分が子供という自覚があって、その子供から見た大人のごちゃごちゃうるさい感じを表明する、みたいな事をやってみたいです。
__ 
安住の地、どんな団体を目指しますか?
岡本 
代表の中村さんって、結構いろんな役ができるんですけど、そういう団体にしたいなと思って。個人的にはラベリングされるのが凄く苦手です。あの劇団はああいう芝居をする、みたいな。その道はその道で極めればいいかもしれないですけど、僕はその時ホットなものを、できるだけ真剣な状態でやりたいなと。中村さんと一緒にやりたいというのも、そういう理由はあります。そんな団体にしたいですね。
__ 
ラベリングされたくないと。
岡本 
そうですね。
__ 
いつか、何かのスタイルを発見するのかもしれませんね。
岡本 
そうですね、それに関しては全然否定的ではないです。もともと劇団をやりたいと思ったのも、何かを積み重ねていきたいと思って旗揚げしたので。やっていくうちに何かこれだなと思ったものを見つけたとしたら、それを極めていくかもしれません。ポケモンで言う、メタモンのような。
__ 
メタモン。ごめんなさい、私ポケモンは一切やらないので・・・
岡本 
メタモンというのは、ゴムまりのようなポケモンで、成長するとどんなポケモンにもなれるんですよ。
__ 
そのメタモンというのは、メタモンのままで強くなれるんですか?
岡本 
出来ます出来ます。メタモンはいろんなものになれるんですけど、レベルが上がっていくと強い技とか覚えるんです。
安住の地 第一回公演『渓谷メトロポリス化計画』
脚本・演出:岡本昌也
日程:2017年6月30日(金) ~ 7月2日(日)
会場:アトリエ劇研

【出演】

|中村彩乃|森山やすたか|大崎じゅん|私道かぴ|市毛達也|

【スタッフ】

|ドラマターグ:中西一志|舞台監督:中西一志|舞台監督補佐:濱田真輝|
|舞台美術:森山やすたか|舞台美術補佐:市毛達也|照明:吉津果実|
|映像:岡本昌也|音響:福井裕孝|衣装:大崎じゅん|宣伝美術:岡本昌也|
|ヴィジュアルワーク:私道かぴ/大崎じゅん/中村彩乃|情報宣伝:私道かぴ|
|web:岡本昌也|制作:にさわまほ|製作:安住の地/アトリエ劇研|

彷徨

__ 
安住の地に、どんな事件が起こればいいと思いますか?
岡本 
安住の地は名ばかりで、安住の地を希求するという意味なんです。安住の地が見つからない方がいいと思ってます。求め続けるのが安住の地で、彷徨し続けたいです。

肺が破れて演劇を始めた

__ 
岡本さんが演劇を始めた経緯を教えてください。
岡本 
中学校の時から高校2年生まで剣道をやっていて。でも高校3年生の時にある日いきなり胸が痛くなって。呼吸器科に行ったら、肺が破れていたんです。
__ 
死ぬところでしたね。
岡本 
しかも両方破れてて。レントゲンをとったら、肺がシュークリームぐらいのサイズしかなかったんです。即手術でした。で、剣道はできなくなって・・・なんでだろうかちょっと覚えてないんですけど、何故か演劇部の戸を叩いて。鍵山先生に、演劇部に入れてくださいと。肺が破れたから演劇部に入りました。

演劇って自由

__ 
演劇を始めた頃に見た衝撃作を教えてください。
岡本 
舞台だと、唐仁原さんの芝居に初めて出たんですけど、舞台上でセックスをするみたいな高校生の役をやらされて、「ああ、舞台って自由なんだな」と思ったのと、大林宣彦監督の「この空の花」という映画があって。戦争映画なんですけど、全然説教臭くなくて。すごいものを作るじいさんがいるなあと。

しがらみのない

__ 
「渓谷メトロポリス化計画」。どんな作品になりそうでしょうか。
岡本 
初めて、色んなしがらみのない状態で作れる環境になるんです。制約なく、好きなメンバーと作品を作ることになりますが、もしかしたら「しがらみ」が良かったのかもしれない。僕自身もわからないですね。そこは客観視できないところなので、不安なのかな。失敗するかもしれないけれど・・・
__ 
電気を使った発熱機器って、電気抵抗を用いていますよね。抵抗があるからこそパフォーマンスが成立するところがあるんじゃないかなと思っていて。次の岡本さんの現場は抵抗のない現場。どういう考え方をすればいいのか・・・抵抗がないことで、広がるものがあるという期待をしてもいいのか。さっきの複合だとかザッピングの話も、観客に抵抗を与えるパフォーマンスといえるのかもしれない。ただ、編集をすることで、抵抗は装置となる。いろんなヒントを含んだ話ですね。
岡本 
そうですね。
__ 
ただ、しがらみが無くなったということは、岡本さんの作りたい世界が表現できるということですね。少なくとも。どんな匂いがするんでしょうか。
岡本 
もしかしたら、作品自体がうざいと思われるかも・・・これまでは怒られないように作品を作ってたフシがあったんですけど、今回はちょっと怒られに行こうかな、と。扱えないものは扱うな、みたいな事を言われないようにしてきたんですけど、今回は割と。だから猛勉強中です。まあ、大人が騒いでいるテーマを扱うので、それについて説得力を出したいと。
__ 
そのテーマは具体的には・・・
岡本 
あ、それは・・・
__ 
見たらわかるということですね。
岡本 
是非見に来てください。

質問 神田 真直さんから 岡本 昌也さんへ

__ 
前回インタビューさせていただいた神田真直さんから質問を頂いてきています。「俺のいいところを5つはあげてください」。
岡本 
1つ目は、かわいい。2つ目は、お金を貸してもちゃんと返ってきた。3つ目は、twitterでごちゃごちゃ言ってるけど実際見たらいい人だしかわいい。4つ目は、内容はどうあれ演劇を見て沢山リアクションを返すところ。ブログとかで評論をしたり。ちょっと上からな言い方になっちゃうけど、偉いなと思う。5つ目は、服がいろいろ・・・いろんな格好してるのでかわいい。
__ 
ありがとうございました。

安住の地を目指して

__ 
旗揚げの時のテキストを拝見したんですけど、安住の地は奪われるものでもある、と書いていましたね。そして、「自分で作り出せるものである」とは一切書いていなかった。
岡本 
たしかに、書いてないですね。
__ 
神田さんによると、安住の地というネーミングは、場所を求めるという、自分たちの世代特有の本能が現れているんじゃないか、という事でしたが。
岡本 
それはあると思います。同世代って、僕だけかもしれないけど、どこでも生きていけるから、どこで生きればいいのかわからない、他人に所有されている、そういう感覚があるんですよね。彼らに隠れて秘密基地を作る、みたいな感覚を求めているのかもしれません。
__ 
自分が誰かに所有されているかもしれないという感覚? なるほど、少し分かるかもしれません。今の世代はすごく育ちが良くて。逆に言えば・・・
岡本 
そうですね、すごく過保護に育てられた、というのはあります。親にしても、大切にするということと所有するというのを混同しているのかもしれません。僕は説教されるのが嫌いで・・・説教を聞いている人を演じてしまうんですよ。親の持っている「理想の息子像」を演じてしまう。それが日常になっている。個人的なのかもしれないけど、僕のまわりの同世代はこの話を共有できたりするんです。
__ 
いろんなタイミングにおいて、オルタナティブ、つまり変更可能な幅を奪われているという事なんだろうか。場合によってはそれを見出す能力持つことができていない、ということだろうか。
岡本 
働いて扶養を外れれば解決される問題なんでしょうか。
__ 
何か見つかるかもしれませんね。ともかく、「安住の地」にとても期待しています。

RASAM SPICE CAFEカレーとカレー専用スプーン

__ 
今日はですね、お話を伺いたお礼にプレゼントを持って参りました。
岡本 
嬉しいです。ありがとうございます。開けていいですか。
__ 
どうぞ。
岡本 
(開ける)あ、カレーと、スプーンですか。カレー好きです。ありがとうございます。食べます。

劇団なかゆび「45分間」

__ 
今日はどうぞ、よろしくお願いします。同志社大学の第三劇場出身で「劇団なかゆび」の代表、神田真直さんにお話を伺います。さて、最近、神田さんはどんな感じですか?
神田 
よろしくお願いします。演劇以外の活動なんですけど、この間卒業論文を書き上げました(ちなみに卒業ができないので来年も学生なんですけど)。ちなみに卒論のテーマは「ニッチ」市場における商品開発の特性についてという、経済学・経営学系のテーマです。
__ 
演劇とは関係ない感じですね。
神田 
僕のゼミは経済系で、学問的にも文学部畑の人間ではありません。演劇からは遠い所に籍を置いていたりもします。だから演劇にとらわれない(演劇自体を問題とする)ことができるというのが強みなんじゃないかなと思います。演劇活動としては、2月に劇団なかゆびとして第2回全国学生演劇祭に出場するということと、3月に第三劇場卒業公演を控えています。そのどちらも作演出を担当します。でその間に、なかゆびメンバー綱澤くんの、演劇集団Qとしての卒業公演があります。
__ 
活躍されてますね。ですが、まずは「45分間」ですね。
神田 
はい。劇団なかゆびの「45分間」。京都での「45分間」再演になりますが、脚本と演出は大きく見直す予定です。脚本は多くの問題点を指摘されましたし、演出面については、会場もロームシアターですし、同じというわけにはいかない。題材はそのままに、上演内容は全く違うものになる予定です。そこで目をつけたのが、三島由紀夫でした。どういうことかというと、『青の時代』、『宴のあと』、『金閣寺』等で彼は、現実に起こった事件を元にして芸術作品をつくっています。今はそれを参照しつつ、創作しています。さらに、それがその次の第三劇場の卒業公演にもつながっています。『アプレゲール ーーー〈賢者〉の時代』は「45分間」で参照した三島由紀夫が着想の契機にあります。内容は現時点ではまだあまり固まっていませんが1970年、学生運動の近くにはいたけれども、学生運動に加担していなかった学生に、焦点を当てた芝居にしようと計画中です。続けてご覧になっていただければ、知的好奇心が刺激されるとても楽しい3週間になるんじゃないかなと思います。
劇団なかゆび
排泄の片手間、社会になかゆびを立てています。赦してください。
主宰・神田真直
嗜好品:LARK(9mg)、マウントレーニア
好きなタイプ:波多野結衣、里美ゆりあ
団員:神田真直が公演ごとに参加者を募っている。
初演は第三劇場、演劇集団Q、同志社小劇場の団員により構成。
拠点:同志社大学新町別館小ホール
これまでの公演記録
「滔々と流れゆく」 (2014) 脚本・演出:神田真直
「動悸」 (2015) 脚本・演出:神田真直
「45分間」(2016)脚本・演出:神田真直 〈京都学生演劇祭2016審査員特別賞受賞〉
NAVERまとめでもっと知る (公式サイトより)
第2回全国学生演劇祭 Bブロック劇団なかゆび「45分間」
脚本・演出 神田真直
出演 神田真直 綱澤秀晃

●日時
2017年2月24(金)~27(月)Bブロック開演時刻
24日(金)18:30
25日(土)13:30
26日(日)18:30
※受付開始は開演の30分前、開場は開演の20分前となります。
※各団体の上演時間は45分以内、間に休憩があります。
※27日の公演終了後、授賞式を行います。無料でご覧いただけますが、先着順でのご案内となります。
●会場
ロームシアター京都ノースホール
詳細はこちら。

事件の「風化」に向かい合う

__ 
全国学生演劇祭での「45分間」。どんな感じになりそうでしょうか。
神田 
初演からだいぶ形を変えたものになるのかなと思います。構成や演出を大幅に変更しています。
__ 
また別の視点から戯曲を捉える事になりそうですね。
神田 
この戯曲を書いた時は、相模原市の事件を踏まえていないんですよ。「老人ホームを襲撃したテロリスト」、というお話なんですが、その脚本が書きあがって次の日に相模原市の事件があったんです。これはまずいなと思って・・・。そこに関しては上手に作品に取り入れられる部分もあり、うまくいかなかった部分もあり。今回に関してははっきりと、事件を取り込んでいることを出した作品にしようかと思っています。まさに現代的な作品になると思います。
__ 
現在の姥捨てに関しての問題に、正面から取り組んだ作品となるんですね。
神田 
僕はこれは、近代の宿題だと思っています。デカルトの「我思う故に我あり」から近代が始まっていてその問題の先に、第一次世界大戦、第二次世界大戦が起こって行ったと思うんです。観念論上、解決できていなかった問題が、現実の人間を傷つけるという事態に発展してしまっている。普遍的な解決に至らないまま続いてしまっている。弱者切り捨てという課題については、ずっとそういう事態が起こっている。
__ 
解決策なんて、あるのでしょうか。
神田 
再演にあたり、相模原事件についての新聞記事をもう一度リサーチしたんです。事件発生の1か月後にはその事件を風化させてはならないという論調が出たんですけど、その言葉の時点で風化が始まっているんです。さもなければ、世界大戦のようにいずれ世界を揺るがす事件になっていたのかもしれない。だからこそ、事件を風化させないためにも、演劇はひとつの有効手段なのではないか、作品に昇華させることで、今後普遍的なものとして残るんじゃないかと思っています。

明晰過ぎる故の・・・

__ 
京都学生演劇祭での上演に向けて、現時点ではどのような思いがありますか?
神田 
はい。去年の学生演劇祭では審査員賞を頂いたんですけれども、観客投票では著しく低いものでした。14団体あって12位、データから見ると、僕らは、全然面白いと受け取られていなかった。
__ 
見る目ねえな。
神田 
放置していい問題ではないと思ってます。気に入っていただけた人にはすごく気に入っていただいたんですけど、ほとんどの人にはよくわからなかった、つまらなかったという声を頂いてしまいました。それは、僕にとっては衝撃だったんです。僕はこれ以上、説明がいらないぐらいわかりやすくやってたんですけど、でもそれは観客にとっては全然残らなかったんだと思うと。それはどういうことかというと、カントは『純粋理性批判』の序文で、「多くの書物はこれほど明晰にしようとしなければもっとずっと明晰になったであろうに」と言っています。わかりやすくしようとしすぎて、逆説的に分かりにくくなっている。成る程、明晰な言葉は部分部分のつながりを分かりやすくするけれども、全体のまとまりを損なう。
__ 
ああ、分かりますよ。
神田 
結果として、お客さんには何も残らなかった。「45分間」の台詞一つ一つは強靭なセリフだと思ってるんですけれども、結局最後には残らなかった。
__ 
確かに、放置出来ない問題ですね。
神田 
丸山交通公園さんがツイキャスで、「情報量を減らしていくのは違う気がする」と仰っていました。それは僕も同じ意見です。ですから、今回はむしろ情報を多くしようと思っています。新しい知見も視野に入れて、もうちょっと補助線を引いてわかりやすくしようと思ってます。
__ 
補助線という発想は、なんだか良いですね。良い捉え方をされている気がします。
神田 
観客に寄り添うというと月並みな言い方になるんですけど、できれば、観客にとって嫌だなと思わせるぐらいの寄り添い方がこの作品の題材に合ってるのかなと思います。お客さんが目を背けたくなるような現実がこの作品の主題なので。

誰に向けた中指か

__ 
本題に入りたいと思います。劇団なかゆびは誰に向けた存在であるのか。どうお考えですか。
神田 
元々の旗揚げの経緯としては、第三劇場のレパ選(脚本を選ぶ会議)で自分のが選ばれない、というのが続いたんですね。自分がやりたいことしたい、という思いが理由の一つです。自由にやりたいように人を集めて作品を作れる、そういう場を求めました。今はもう自分が楽しくやるためにやろうかなと思っています。もちろん、自分の問題意識が向いている題材を作品に昇華する場ですね。作品が役者とスタッフに波及して、それがお客さんに届いて帰ってきて、で、自分にフィードバックしていく。自分はもちろん、関わったみんなが一緒に成長することができる、そういう場にできたらなと思ってます。
__ 
なるほど。
神田 
観客にとっては、ちょっと大きい事を申しますと、演劇の始まりであり同時に終点でありたいと思ってます。なかゆびから演劇を見始めて、最終的にはなかゆびに戻ってくるような。それは、岡本君「安住の地」とも近いのかという印象を持っています。まあ彼らにどんなコンセプトがあるのか、あまりわからないので、今度聞いてみようと思っています。

果てなき諍い

神田 
僕は、才能は「ゼロから生み出す力」、センスは「1から生み出す力」と定義しています。才能は先天的なものですが、センスは修練がものを言うんですね。僕は18になるまであまり本も読んでなかったし、映画も観ていなくて。中学校の頃は年に2冊ぐらいしか本を読んでいなかったんです。同じ世代の人と比べてだいぶ遅いんじゃないかと思う。だから、それをまずやっていかないとならないですね。三島由紀夫は『若きサムライのために』のなかで、「人は人生を始めてから徐々に芸術を始める」と言っています。僕は20歳から突然、演劇(つまり芸術)を始めたというのもあって、明らかに洗練が足りていない。本番を迎えるまでに、その洗練する作業というのが間に合っていないとならないのに。課題が分かっていても、出力に追いつかないというところがありますね。そういうギャップをどうしていくのかというのが、これからしばらくの課題だと思っています。
__ 
最近の学生劇団の俳優は非常に良いと思います。でも、あと3年あればもっと良くなる。ある線を超えたらきっと、非常にいい役者になるんですよ。
神田 
いい役者と良くない役者の分岐点が僕の中にはあって、「役作りの形而上学」を越えられるかどうか、なんです。例えばAという役を演じることになったとして、そのAは実在しないわけじゃないですか。それなのに、Aの立ち方を探さないといけない。その形而上学に落ちてしまうともう、駄目なんじゃないかなと思うんです。認識の限界があるので。カントの言う、「果てなき諍い」になってしまうので。完全になりきる瞬間なんてあるはずがないのに。そういう認識がないと、どこかで心が折れるんじゃないかなと思います。若い人たちは勢いで何とかなってるけど、その痛みに耐えられなくなって終わってしまうんじゃないかなと思う。
__ 
役作りの内的なスパイラル。そこを抜け出すには・・・。

ふまじめな演劇人

__ 
神田さんが頑張れる秘密を教えてください。
神田 
僕は、顰蹙を買うかもしれないんですけど、実は演劇を真面目にやってはいないんです。それが頑張れる秘訣です。
__ 
おお、不真面目なんですか。
神田 
森山先生に以前、「今後どうして行ったらいいか」というようなアドバイスを伺っていたんですけど、「まあISに行くというのは面白そうだというのは自然な若者の感情として認めなければならないことだ、でも、それより演劇は面白くなければいけない」と仰っていました。中世ヨーロッパの異端者排除とか、人間はやっぱり、神経を尖らせ過ぎると危ないんじゃないか。第二次世界大戦の日本もそうだったんじゃないか。やっぱり僕は演劇もそうだと思うんですよ。先日、少し上の世代の学生演劇の方々とご飯行ったんですが、みんな演劇を真摯に真面目にやってるんです。僕は皆のように演劇を好きだと思ってやってなくて・・・僕の場合はモテたいつまり性欲とか、かっこよくいたいつまり自己顕示欲、そういうのが僕の演劇の根本的な動機なんです。それはもうずっと変わらないんじゃないかなと思ってます。
__ 
良いんじゃないですか。それで良いと思いますよ。

その理由

__ 
神田さんが演劇を選んだ理由は何ですか?
神田 
真面目にやってないという話に繋がるんですけど、手を出しやすい所にあったからというくらいです。もし近くに映像とかがあったらそちらの方に入っていたかもしれない。でも今は抜け出せない、という・・・それは何ら積極的な姿勢ではなくて、今から別の形式で成り立っているジャンルに手を出せる余裕がないだけですね。消極的なんですけど、だからダメだとは思わなくて。ここにしかいられないんだ、ということですね。我々だって日本に特別の思い出があるというわけじゃないのに、アメリカとか中国に移住するわけでもない。捉えようによっては消極的な根拠なんですけど、強力な根拠でもあると思っています。演劇を好きでやっているわけではない、ズレている人間だからこそ見えてくるものもあるかもしれません。
__ 
というと?
神田 
共同製作者の綱澤君と一致してるところなんですけど、僕らが演劇史上に位置しているのは太田省吾さんから始まる潮流なんじゃないかなと思います。綱澤君は、人生で初めて演出したのが太田省吾だったんです。太田省吾は自らを「既存の新劇への不満の権化だった」と言っています。そして僕らは現代演劇への不満の権化です。演劇それ自体を一つの問題としています。たとえば、なぜ台詞を覚えないといけないのか、みんな当たり前と思ってるけれども。はたまたなぜ同じ場所に合わせる必要があるのか、なぜ同じ空間を共有しないといけないのか、云々。考え始めたら普通すぐ本番がやってきてしまうので、僕らはいつも哲学者に助けてもらっています。カントとかデカルトとかヘーゲルは、僕らに重要なモーメントを与えてくれています。後はフロム、ハイデガー、ニーチェにも。だからあんまり稽古という感じじゃなく、ディスカッションという色合いが強いですね。実質的つまり一般的な稽古(台詞があって、読んで、読み方や立ち位置を決めるみたいな)をしたのは2週間程度です。
__ 
確実な知識に裏付けられているという手応えがありまして。非常に安心して拝見することができました。様々な哲学体系が、ショーとパフォーマンスの方向へ踏み出すというのが非常に良かったです。頭のいい人が頭のいいことをやりすぎてスクエアダンスを始めるというのがすごく好きなんですよ。私の趣味だったんですよ本当に45分間という作品は。とても完成されていた気がする。変な言葉かもしれないけれども、演劇に選ばれているというようなそんな感じがした。そういう言葉が嬉しいかどうかわからないですけど。
神田 
嬉しいです。ありがとうございます。初演では実は作品の冒頭にベケットを引用してるんですよ。というかそのままやってるんです。『ブレス』という世界最短の戯曲をそのまま上演してるんですけど誰も触れてくれなくて。気づかれないか!?って。ベケット以降、不条理の演劇は変化がなくて、俺たちはそこを一歩踏み越えたいんだ、と。気づいてもらえないというのはちょっとショックでしたね。

演劇の有限性について

__ 
演劇でこそ与えられるお客さんへの影響について、何かを考えがありましたら教えてください。
神田 
あります。演劇はどんな価値があるかと考えると、人間の有限性を享受するのに一番適したメディアではないかと思っています。ぼくらは若いので、目上の人から「人間には可能性がある」みたいな激励をよくいただくんですけど、いやいやむしろ人間は限られてるし、それを認識してこそ一歩前に踏み出せるんじゃないかと思っています。
__ 
「演劇の有限性」。
神田 
映画やアニメーションの技術力の向上は、以て人間の有限性から目を背けさせてしまったのではないか。人間を現実の檻から解放させてしまう。やっぱり人間は物理法則に境界づけられているものだと思う。『マトリックス』という映画がそれを如実に表している。ですがもちろん、演劇はすごく物理法則に囚われているじゃないですか。限られた空間で表現しないといけない。劇場にゴジラはやっぱり出てこないし、『君の名は』みたいに、身心二元論で心だけが本当に入れ替わる事はない。入れ替わっているということを何かを使って表現しないといけない。物理法則に従ってどう表現しているのか、演劇は人間が囚われているということを教えてくれる、数少ないメディアだと思うわけです。台詞も人間の有限性を教えてくれます。好きでもない人を「好きだ」と、嘘をつきまくるわけじゃないですか。嘘付くって最低じゃないですか。でもやっぱり、そういう風にしてやるしかないと。神という存在も感性でとらえることはできない。嘘をついて表現するしかない。でもその先に、生きる上で大事なことが見てくるんじゃないかと思うんですね。それが演劇の良いところなんじゃないかと思うんです。
__ 
現実の有限性、現実の限界性を観客に再認識させるということについて、神田さんは悲観的ではない。
神田 
いえ、悲観でも楽観でもなく、とにかく演劇はそれに適してるんだろう、と思うんです。現実は結局、こうなんだから頑張ろうと。

事実についての客観

__ 
抽象的な質問ですが、ファクターはどのように見出されるべきだと思いますか?抽象的なお答えでお願いします。
神田 
知覚されることで満たされるべきだと考えています。役者の演技が観客の眼球に受け止められて、それぞれの経験に基づいて解釈された時に、ようやく客観的と形容される「それ」に至る。でもそれは主観の延長であると結論づけられているんです。その限界を肝に銘じている人とそうでない人では、見えてくるものが違ってくるのではないかと思っています。そのことを忘れると、カントの言う「果てなき諍いの競技場」ですが、そこに立たされて血まみれになって死んでしまう。
__ 
自分の観察が客観的ななものにはなりえないということについて、私はポジティブになれるだろうか・・・。
神田 
やっぱりアイデンティティの確立ですよね。「この論文を書こうと思った理由を客観的に説明してください」、こないだ大学で聞かれたんですよ。ゼミの担当教官に口を酸っぱくして「やりたいからやってるではダメなんだよと」言われていました。芝居を書くときもやりたいからやるではダメなんだと思って。常に社会的意義や位置づけをしないといけない。僕の場合は、合理的な観方を探して答えたんですけれども。完全に客観的に見えるポジションなんてないんですけど、もっともらしい意見を述べていかないと。そうしないと生きていけないと思うんですね。
__ 
それは、全ての者が本来的に引き受けないといけない矛盾ですね。
神田 
そこは演劇に通じる部分があるんじゃないかと思います。