質問 市川 愛里さんから 村上 慎太郎さんへ

__ 
前回インタビューさせて頂きました、市川愛里さんから質問です。「この道で生きていこうと思ったキッカケは?」
村上 
高校の頃に、電視游戲科学舘の「みなそこにねむれ」という作品を見てから、です。高校も辞めて、小劇場の世界でやっていこうと、学校の先生にも泣きながら相談しました。そこで、将来、劇団やりたいなら、大学に入って仲間を見つけた方が絶対にいいよとアドバイスを受たりして、京都造形大学へと進学しました。

こけし

__ 
本日はお話を聞かせて頂きまして、ありがとうございました。お礼にプレゼントがございます。どうぞ。
村上 
ありがとうございます。何だろう・・・(開ける)
__ 
こけしですね。村上さんに似たものを選んだつもりです。
村上 
(笑)ありがとうございます。稽古場に置いておきます!

お引越し

__ 
今日はどうぞ、よろしくお願い申し上げます。最近、市川さんはどんな感じでしょうか。
市川 
この間、演劇集団よろずやに出演させていただいて。その後は今月の引越しの準備でバタバタしています。東京に引越します。
__ 
引越しは忙しいですからね。
市川 
けっこう頭使いますよね。ゴミの日を計算に入れて片付けをしないといけないし、届け出の必要なものや、解約しないといけないものとかもあって。4月に入って手続きが束になって出てきた。
__ 
私も最近、大阪から京都に引っ越したので大変さは分かります。
市川 
ね。知らない間にモノが増えたりして。
__ 
もうじきなんですよね。
市川 
あっという間に、引越しの日は来るんだと思うんですよね。
__ 
東京行きの新感線の中で、泣いたりますか?
市川 
泣かないと思います。京都に未練はないの?って聞かれるんですけど、実は全然無くて。向こうでやる事が決まっているから。田舎の鹿児島を出る時も希望にあふれた引越しだったし、大阪から京都に来るのも、ニットキャップシアターに入団するための移動だったから、悲しいとかの気持ちは一度も無かったです。
世 amI
「世 amI(セアミ)」は、釜山出身の演出家・俳優 金世一(キム・セイル)が主催する創作団体です。定期的なワークショップや公演によって東洋演劇の美学を追究し、広く海外に伝えていくとともに、日本・韓国・台湾・香港などアジア諸国の演劇人どうしの連帯を深めていきます。(公式サイトより)
ニットキャップシアター
京都を拠点に活動する小劇場演劇の劇団。1999年、劇作家・演出家・俳優の ごまのはえを代表として旗揚げ。関西を中心に、福岡、名古屋、東京、札幌など日本各地で公演をおこない、2007年には初の海外公演として上海公演を成功させた。一つの作風に安住せず、毎回その時感じていることを素直に表現することを心がけている。代表のごまのはえが描く物語性の強い戯曲を様々な舞台手法を用いて集団で表現する「芸能集団」として自らを鍛え上げてきた。シンプルな中にも奥の深い舞台美術や、照明の美しさ、音作りの質の高さなど、作品を支えるスタッフワークにも定評がある。(公式サイトより)

演劇集団よろずや「青眉のひと」

__ 
演劇集団よろずやの「青眉のひと」どんな公演でしたか。
市川 
竹田朋子さんという女優さんと、一度イベント公演でご一緒した縁があって、オーディションに応募したんです。それで出演する事になりました。作品が、今、転機の時期にある自分に非常に合うものでした。上村松園さんという女性画家の幼少期から没年までを描く作品なんですけど、女性・画家の社会的地位や、社会からどう見られているか、という。それは演劇人の社会における立場とかも重なる部分があって。
__ 
というと。
市川 
松園さんは絵を描く事だけに生きた人で。自分も死ぬまで演劇をするにはどうしたらいいんだろう、という事を考えているんです。私は今後、世amiという東京の団体に入るんですけど、主宰の金世一さんという方が演劇トレーナーをしていて、私に俳優の才能というものを認めて下さったんです。それはとても心強くて。俳優の評価って、誰がするのか、という問題があって。TVに出たら、映画に出たらハクが付く、とか。いつになったら有名になるの?みたいなプレッシャーを誰もが一度は感じていると思うんですけど、そうではなくて、信念。どういう作品を残したいのか、取り組む姿勢や生き方が、「青眉のひと」で重なったんです。そういう人でありたいなと思ったんです。
演劇集団よろずや vol.25 『青眉のひと』劇団結成二十周年記念公演
公演時期:2016/3/13(東京)、2016/3/26~27(大阪)。会場:武田修能館(東京公演)、山本能楽堂(大阪公演)。

身体

__ 
世amiではどんな活動を。
市川 
主に訓練ですね。実は代表のキムさんがしばらく忙しくて、公演は来年から忙しくなるかも、という。定期的に関西でもWSはされているんですが。
__ 
個人的には、そういう凄い方に市川さんが認められるのはとても嬉しいです。何様やねん、ですが。
市川 
いえいえ、嬉しいです。私はこれまで、ごまさんの元でお芝居をしてきたんですけど、俳優の仕事の本質的な部分というのは、もっと体系的な知識の有る無しで差があるなあ、と思って。実は、何となく俳優として伸び悩んでいる自覚があったんです。ニット内ではやれてたんですが、その枠を超えられないなあ、と。そういう時にキムさんに会ったんです。衝撃を受けたんです。俳優訓練が面白かったんですよ。
__ 
良ければ、詳しく教えて下さい。
市川 
例えば上半身を45度右にして、そこで首を45度下に向けて、それで手をギュッと握った時に、そこから湧き上がる気持ちとかイメージはなにか。みたいな。手を握ると悲しかったり悔しかったりの気持ちになったり。両手を広げて前に45度上半身を倒すと、空を飛んでいるようなイメージが湧き上がったり。すると凄く自由になったり、幸せになったりするんです。
__ 
身体とイメージが繋がる、みたいな事なんでしょうか。
市川 
いまはまだ繋ぐレッスンですけど、それをもっと客観的に分析して、作品を演じる上でどう活用出来るのかを重ねていくんだなあ、と思うんです。どういう風に戦略的に使えるか。同じ立ち姿でも、角度や目線や息の仕方で、お客さんにどんな印象を与えられるか。それが凄く戦略的だ、と思って。今まで野性的な勘や感性で芝居をしてたんです。「勘がいいね」で来ていたのを、もっと的確に使える人になりたいと思って。
__ 
自分がどう見られているのかというメタ視点をもっと細かく持つ、という事でしょうか。
市川 
うーん、ポーズだけではお客さんには伝わらない、内面が伴わないと伝わらないんですよ。でも、効果的な見せ方、なんです。同じ気持なのに、俯いているか真っ正面か、で違うんです。マイムでも同じ訓練があって。ちょっとした体勢で殺人鬼に見えるような事もあるんですね。内面とポーズの倍増効果が、あるんだと思うんです。
__ 
なぜ、その領域に興味があるのでしょうか。
市川 
野性的な勘ですけど、俳優としてもっと伸びる筈だと思っていました。もっと開拓出来る分野が裾野のように広がっていると思ってたんです。でも、それが何なのかよくわからなくなってしまった。このまま同じ事を繰り返していても何も見つからない気がしてきて。いま中堅俳優みたいなポジションになっているけど、技術的な面では自分で理解していないし。人に教えるとかアドバイス出来るような核心がない、というか。

広がっている

__ 
東京でしか出来ない事はある?
市川 
どこにいても一緒で、自分が何をやるか、だと思うんですけど。凄く興味のあるWSだったりとか、世界の演劇祭でちゃんと評価される俳優になりたいと思っていて。その為には世amiのキムさんなんです。キムさんの作るお芝居で、世界に繋がる為に、稽古に出て、作品に出たいですね。そうしたらもっと俳優人生が広がる気がします。
__ 
そうですね。それはきっと、広がると思います。でも、なぜそんな顔をしているんですか?
市川 
うーん、そうだなあ。色んな両立だとか、そういう事が出来るかなあ、と思っていて。でも向こうで働き先も決まっているから、一刻も早く東京の生活に慣れたいです。

取り込みたいと思った

__ 
京都という、ふわふわした場所で、これ以上過ごせないと思った?
市川 
あはは。なんだろう。ちゃんと、知識と技術と経験が欲しいと思ったんです。ヨーロッパやアメリカ、ロシア、韓国、その他の国では演劇の体系的な学問があって、公教育でも取り入れられていて。それを知らずして、このままでいいのか、と思って。もちろん海外のものをそのまま取り入れても上手くいかないから、日本人に合ったメソッドがきっとあるし、個人に合う合わないもあるとは思うんですけど、最終的な俳優としての目標地点はきっと一緒で、どんな道筋を通るのか、という選択を各々でしないといけない。キムさんの考え方は面白くて。キムさんは日本に来て世阿弥の風姿花伝を読んだ時に、これまで学んで違和感のあったことが、凄くしっくり落ち込んだそうなんですよ。彼は日本人の性格を熟知しているので、彼の訓練には安心感はありますね。

質問 中村 彩乃さんから 市川 愛里さんへ

__ 
前回インタビューさせていただいた中村彩乃さんから質問です。「芝居を観ていて、面白いあるいはつまらないと思うポイントは何ですか?」
市川 
学芸会レベルだなあ・・・と感じる芝居は面白くないなあと思います。俳優の力はもちろん、脚本の力も、演出の力も足りていない芝居。
__ 
ええ。
市川 
客席が身内ばかりで、何だか盛り上がって満足というのは、それは非常によくないなあと思っていて。それは自分も気をつけなければならないと思っています。どういうレベルの作品を残すのか、どういうレベルの俳優でありたいのか。それをちゃんと見極めたいし、ラインを超えたい、というのは非常に思いますね。
__ 
学芸会、ね。真面目に作っていないというのはすぐ分かりますからね。会話劇のどこか断片、1秒だけでも見れば分かるかもしれない。でも、逆に、120分のつまらない作品の内、1秒だけでも凄いシーンがあったら良いんじゃないか?そういう気持ちでいたいとは思う。
市川 
うーん。
__ 
逆に、やっていて面白い作品って?
市川 
まず台本が面白いというのは非常に重要で、それを自分で分析したものと、演出家と他の共演者の分析が、ちゃんと同じ目標地点に行っていれば、そのための工夫を色々していけるのが非常に面白くて。演出家がどういう事を求めているのかが分からなくて、そんなモヤモヤを抱えた作品は辛かったですね。
__ 
なるほど。
市川 
吉本新喜劇みたいに、お客さんが期待するネタをサービスするのも、それはそれで成立しているけれど、でもそのサービスは、初めて劇場に来たお客さんを置いてけぼりにする場合もあるなあと思う。おもてなしは必要だけど、何をもっておもてなしするのかに課題があるんじゃないかなあ。
__ 
お客さんに親切になり過ぎず、挑発ではないですが、考えを誘うみたいな事があるといいのかな。
市川 
人によって好みもありますし、時代もあるんじゃないかと思う。今は「私達は社会に対してこう思っています」と、はっきり主張して投げかけるのが評価されやすいらしいですね。ちょっと前まではグレーでぼやかすのが評価されていたのが。時代だと思います。
__ 
今は、論理的に自分の意見を表明出来る人が評価されるのかな。最近まで多文化共生社会とか言ってたのに、今は論理的であろうとしている。

先行

__ 
市川さんがこの道に入ろうと思ったのはどんなきっかけですか?
市川 
演劇をやりたいと思ったのは、それこそ小学校の学芸会で、大きな声が出たね、と誉められてから。中学校に入ったら演劇部に入って、その文化祭でやった芝居が校長先生に誉められて。
__ 
素晴らしい。
市川 
高校でも演劇部に入って、そこでも校長先生からお呼びだしを頂くほど誉められて。中学から、俳優になりたいとずっと思ってたんです。でも中学校の進路相談では、母からそれはダメだ、と。自分で働いて、生活に困らずやれるならいいよ、という話になって。まずは手に職を付けようと、医療専門学校に行って歯科衛生士になろうと決めたんですよ、中学校で。高校はどこでも、近くに通えるところで。専門学校で資格を取って、まずは3年働いてから大阪のタレント事務所に入って、その後ニットキャップシアターに入りました。死ぬまで俳優をやろう、と決めたのはキムさんの存在かなあ。うーん。師匠になるのだなあ、この人は。
__ 
中学校でそこまで考えるのか!そして、今でも歯科衛生士なんですね。
市川 
はい。
__ 
似合いすぎますね。
市川 
あはは。よく言われます。
__ 
悪いけど似合いすぎます。市川さんのいる歯科に行きたいです。
市川 
そのためにわざわざ東京に?クリーニングに?
__ 
はい。

毛糸と私

__ 
ニットキャップシアターとの出会いを教えてください。
市川 
77年企画に、ごまさんが出てるのを見て。面白い人がいるなと。一度、門脇さんに入団希望の連絡をしたんですけど、当時正社員で働いていたので、公演期間が仕事のスケジュールと合わない場合もあって、一旦保留にしたんですよ。で、しばらく後に大阪の某劇団のオーディション付きWSを受けて、そのまま出演するか悩んだ時に、職場の同期が「俳優をしに大阪に来てるんだから、俳優を優先するべきなんじゃないの?」と背中を押してくれて、その舞台に出ることになったんです。そこで、板橋薔薇之介さんがいたんです。
__ 
おおっ。
市川 
「市川に紹介したい劇団が京都にある」と言われたのがニットキャップシアターで。ああ、きっと何かご縁だなあ、って。先の舞台で仕事と稽古と本番の折り合いもついてたので、ニットに入団しました。
__ 
ニットキャップを辞めて、寂しいという気持ちはありますか?
市川 
ないなあ・・・でも何か、凄く、恥じないように行きたいと思います。「ニットにいた方が良かったのに」とは言われたくない。これから功績を残していきたい。
__ 
何者かになってほしいです。ニット時代の市川さんを知っている者としては。では、辞めるとなった時の周囲の反応はどうでしたか。
市川 
どうなんだろう。でもみんな、辞めるのはうすうすと感じていたみたいです。自分が進みたい道が明確にあるので、心配はされませんでしたね。何かを探しに東京に行く訳ではないので。
__ 
そこが違うね。何かを探しに行くわけではない。やることが決まっている。

戦略

__ 
どんな演技が出来るようになりたいですか?
市川 
隙のない演技。戦略的に自分を扱える人になりたい。
__ 
それは、今までの自分には無かった?
市川 
今までは感覚の人間だったから。野生的勘でやっていたものを具現化して、自分で理解して、使っていければと。
__ 
今までは、ある意味無責任。あ、無責任って言うとまた意味がズレるかな。
市川 
いや、巷に溢れる演劇WSとかコミュニケーションゲームとか、色々ありますけど、裏付けされるものを自分が持っているかどうかが気になっていて。それを持たない人が人に何かを教えていいのか、と。
__ 
自分を意識的に使った俳優になる。隙の無い、間のない俳優?
市川 
戦略的に間や隙を作りたいです。

木のお皿

__ 
今日はですね、お話を伺えたお礼にプレゼントがございます。
市川 
ありがとうございます。(開ける)あ、やったー。これはアクセサリを入れるやつですね。
__ 
お料理を入れても大丈夫だと思います。
市川 
ありがとうございます。

中村さん

__ 
今日はどうぞ、よろしくお願い申し上げます。最近、中村さんはどんな感じでしょうか。
中村 
最近は、飛び道具の本番とエイチエムピー・シアターカンパニーの本番が立て続けにあったんですが、それも終わって。明日が大学の卒業式です。京都女子大学です。
__ 
あれ、京都造形芸術大学だと思ってました。造形の人らと一緒に見かける事が多かったからかな。
中村 
教育学部です。劇団S.F.P.に入って、そこから辞めてフリーになって、この間飛び道具に入団しました。造形大の人たちとは、ルサンチカの「楽屋」に出演したのが縁で。朗くんの演出で。
劇団飛び道具
京都を中心に活動している劇団(公式twitterより)
安住の地
2016年7月に結成。京都を拠点に活動。
安住の地のラジオ「の地ラジ」
https://www.youtube.com/channel/UCLSeKR16QwEmYTTlkXoK2bw
Twitter @nochiradio

劇団飛び道具「アルト-橋島編-」

__ 
「アルト」、大変面白かったです。ある島に住む人達の生活が、時代とともに終わっていく様を丁寧に描かれていました。中村さんは主役でしたね。
中村 
ありがたいポジションで。役もらったときはびっくりしました。藤原大介さんとHauptbahnhofの「ありえないこと、ふつうのこと」で一緒に共演したことがあり、そのご縁で呼んでいただきました。
__ 
藤原さんとは、育ての母親と義理の娘役でしたね。
中村 
なんだかあんまり違和感のない感じでしたね。藤原さんのおばあさん役が、あんまり女おんなしくはないようにさじ加減が絶妙で。私もなんだか絡みやすかったです。
__ 
無理してない感じでしたね。
中村 
私の方は、育ての親を相手にする演技、そこにどんな厚みを持たせられるかを気にかけてました。やっぱり最後の別れのシーンでテンションの掛け方が強くなるのかもしれないと思って、そこは凄く考えました。
__ 
詳しく聞かせてください。
中村 
ト書きに一行、娘が義理の母に抱きつく、とあって。一歩引いて観ると「あるよね、こういうシーン」って思われるかもしれない。でも、生身である二人の関係性が離れるという、そういう瞬間を丁寧にしたいと思っていました。千秋楽にいらしてくださったんでしたっけ。
__ 
はい。泣いてましたね。
中村 
そうなんです。そういうシーンで涙を流すってすごく記号的になってしまうじゃないですか。だからあんまりやりたくは無かったんですが、結果出てしまったんですね。客席の温度も高かったし、役者さんも全員ハマっていたような気がするからあそこにいけて。でも、稽古から本番に至るやり取りの中では、泣こうとかそういう話は無くて。自然に出てきた、とかいうのは嫌いなんですけど、でも千秋楽は出ちゃったなと。
__ 
結果的にはね。
中村 
はい。
__ 
泣いてしまうという事に警戒しているんですか。
中村 
泣いちゃったら、なんだろう、涙という多くの情報をお客さんに渡してしまう。あとちょっと酔っ払っちゃってないか、という疑いが俳優としてはあって。どこか、気持ちに倒れかかっている自分に心地よくなっているのではないか、という心配が。その危険性があるので、そこは狙わずに行こうと思っています。
__ 
涙は演技の一つの結果として出てしまうから、その確定した事実によって視線が固定されてしまうリスクがありますね。
中村 
その時、ちょっとウェットになってしまったかな、と思って。でもその後の藤原さん演じるおばあさんが橋が取り壊されるのを見ているシーンのとき、私の温度を引き受けた芝居をしてくださって。それを袖から見てたとき、琴線に触れる何かはあったのかもしれないな、と思えました。
__ 
なるほどね。
中村 
でも、恐らくですが依(酔)ってないんですよ、多分お客さんとも離れていなくて。そういった他人と何かを共有できているような感覚はさじ加減が凄く難しいけど、舞台では起こる可能性があるんじゃないかと。そんな事を思う公演でしたね。
__ 
私がいざそれを語ろうとすると余計な事になりそうです。
中村 
いえいえ、色々伺えたらと思います。
__ 
いや、本当に、言葉で飾ろうとしたり分析しようとしても無駄だと思う。その時にしか存在出来ない価値がなんじゃないかと思うんですよ。役者二人とも泣いてしまうような、あり得べくもない瞬間だった。
中村 
今後俳優をやる上で、あれを追いかけるじゃないですけど、でも支えになる経験になったと思います。大事にしたいと思います。
劇団飛び道具「アルト-橋島篇-」
公演時期:2016/3/3~6。会場:スペース・イサン。

掘り下げる

__ 
中村さんは京都の22歳を代表する役者だと思っています。
中村 
えぇっ、ありがとうございます。
__ 
「京都」の、役者という感じね。ひと捻り加えるのが好きで、既存の価値観に対して牙を剥くみたいな。まあ、それは勝手に私がそう思っているだけの偏見なんですけど。
中村 
なるほど、ありがとうございます。
__ 
中村さんの場合はさらに捻って、行き過ぎた存在感ではないというところが新時代みたいな。だって就職するし、飛び道具に入るし。
中村 
飛び道具に入団するという報告をさせてもらった時、周りの方にすごくありがたい言葉ばかりを頂いて。
__ 
飛び道具という劇団が素晴らしいのは、きっと調和の力なんですよ。そこに中村さんが入るのは、単純にとても似合っているし、楽しみです。
中村 
なんか、さっき言って下さったように、あんまりこだわりは無いというか。演劇は好きなんですけど、所詮演劇、されど演劇、ぐらいの気持ちでいた方がいいのかな、と。この間飛び道具の先輩達と飲んだ時に、考えてからやるんじゃなくてやってから考えろって言われたんです。自分が何故このタイミングで、この言葉をこの音程で、この間で、この目線でやったのかを、出来るのであればしっかり考えて考えて考え詰めたら、自分の人生の根底とか生い立ちにまで掘り下げられるから。そこまで行った芝居はなかなか簡単には否定されない。そこで否定されたら、その人とは相容れないんだなって諦めがつくから、と。
__ 
・・・。
中村 
私は、誰に対してもあまり否定はしたくない。まずは受け容れてみようというのは、あります。

諦観のこころ

__ 
受け容れてみようとする?
中村 
そうですね、分かるのは無理だと思うんですけど。
__ 
受け容れる・・・。それがキーワードになって10年ぐらい経っていますが、日本は多文化共生社会になろうとしてなれていないじゃないですか。
中村 
はい、はい。
__ 
なりそうもないじゃないですか。
中村 
(笑う)そうですね。
__ 
お互いに受け容れ合ってうまくやっていけるかというとそうでもなく、どこかでショートして、こじれている。いつものこの流れが終わったら、反動で、たぶん次は「論理的であろうとする」が流行るんじゃないかなあ。これインタビューになってないですね。
中村 
反動はありそうですね。ただ、どこかでやっぱり諦観の姿勢を持たないと保たないんじゃないかなと思うんです。実は十代の頃、割りとトゲトゲとした考えを周囲に対して持っていたんです。それが、いつかの時に、言ってもしょうがないんだな、と諦めた瞬間があって。人間って面白いな、くらいの適当さで物事を考えようと出来るようになりました。
__ 
なるほどね。
中村 
まあ、今後とも、ゆるっと楽しんでいきたいなと思っています。起きたことと、出会った人と大事にして。

就職するとどうなるか

__ 
エイチエムピー・シアターカンパニーの「静止する身体」も良かったです。あれは、ご自分で書かれたんでしたっけ。
中村 
そうですね。自分で書くのは稀有な経験で、ありがたいというか。
__ 
あのテキストは本当の事なんですか?
中村 
指示としては、どこかふわついたフィクションの方にゆるやかに行って欲しいという指示でした。私の書いたテキストについては、全くのウソです。
__ 
あ、そうなんですね。電車の中で演出家が話しかけてくるというのは。
中村 
台本を読んでた、までが本当です。
__ 
内定を蹴ったのは?
中村 
願望です。就職します!
__ 
あ、どうしよう。その辺を記事に書くべきか書かざるべきか・・・。
中村 
いや、就職したくないという訳ではなくて。そのあたりもものすごく考えたんですけど、どちらかと言うと、演劇を続けるために就職しようという気持ちがあって。色んな人がいると思うんですよ。一回社会に出ないといいものは作れないと言う人もいれば、就職しようがしまいが関係ないって言う人もいる、みたいな。そういう話もたくさんの人としたんですよ。
__ 
中村さんは、まずは就職すると。
中村 
そうですね、まずは社会に出て頭を打って、公演のチケット代金3000円が、社会の中でどれだけの重さを持っているのか感じた上で演劇に戻るのは、私にとっては良いんじゃないかと思ったんです。まあ、目先の公演に飛びつきたいという気持ちはありましたけどね。
__ 
入社は来月から、ですか。
中村 
3月22日から研修が始まります。
__ 
職種は?
中村 
ホテルなんです。お客さんと直接触れるような仕事も良いかも、と思っています。まだ係は決まってないんですけど。
__ 
おおっ!私、昔京都駅前のホテルでバイトしてましたよ。
中村 
そうなんですね。結構、演劇の人でホテルで働いている人多いですよね。
__ 
多いですね。THE ROB CARLTONもまさに。
中村 
そうですよね!
__ 
ボブマーサムさん曰く、ホテルは非日常の空間ゆえ、非常に演劇的である、と。私は、中村さんは「お客様の陰になって支える」、色んな対応が出来るタイプのホテリエになってほしいです。これは別に中村さんの雰囲気から判断している訳じゃなくて、由緒あるホテルだからこそ、大きな役割をしっかりと果たしてほしい。お客さまにサービスを売りに行くんじゃなく、そっと観察を続け、困っているサインを発したお客さまに近づいて、自分が持っているサービスをご紹介するタイプの寄り添い方が理想的です。
中村 
塩梅ですよね。
__ 
にこやかに、でも鋭くお客さんを見て。そういう地道なサービスを続けたら、見てくれる人は見てくれると思いますよ。
中村 
私、面接とかでもそんな事言ってたと思います。お客さまの支えになって、何を求めているのかを察する事が出来るような。
__ 
あ、そうなんですね。ホテル業界は確かに演劇人いますね。ぜひ、ROB CARLTONに出て欲しいですね。
中村 
そう、まだ女性出演者は出た事がないんですよね。私是非出たいんです、コメディ大好きだから。笑の内閣や和田謙二に出られたと思ったらシリアス担当だったり。楽しかったですけれども。
__ 
なるほど。夢が広がりますね。そして、ホテルマンとしてもキャリアを積み上げて言って欲しいです。この際。めちゃくちゃ応援しています。出来る事があれば何でも言ってください。
中村 
ありがとうございます。とりあえず、やるからには頑張ろうと思います。就職する事に希望を持ち始めました。
エイチエムピー・シアターカンパニー
大阪を拠点に活動する劇団。「エイチエムピー」は“Hamlet Machine Project"の略。1999年にドイツの劇作家ハイナー・ミュラーの『ハムレットマシーン』を上演するための「研究会」を結成。その後、2001年から劇団として活動を始める。その実験的な舞台創作とリアリティを追及する手法が評価され、かなざわ国際演劇祭、大阪現代演劇祭〈仮設劇場〉WA、精華演劇祭、演劇計画2007「京都芸術センター舞台芸術賞」など、数多くの演劇フェスティバルに参加している。「現代美術」とも称される舞台空間と俳優の造形力に定評がある。(公式サイトより)
エイチエムピー・シアターカンパニー『静止する身体』
公演時期:2016/3/11~13。会場:アトリエ劇研。
THE ROB CARLTON
京都で活動する非秘密集団。(こりっちより)

色々な事が出来る

__ 
そういえば笑の内閣『超天晴!福島旅行』で演歌を歌ってましたよね。やたら上手でした。
中村 
あの時は、中村個人としてのパッションはありつつ、それを押し付けるのではなくて。でもそこを嘘付いてしまったらあの役であの歌を歌う意味が無いから。高間さんの「まずは福島に行って欲しい」という意思には賛同出来たので。個人としても役としてもさじ加減を気をつけながら、でもどこか熱いものはあったと思います。
__ 
バランスを崩すと難しいですからね。
中村 
緊張はしました。
__ 
いざとなれば歌えるって、いいですね。
中村 
やれ、となればやります。S.F.P.に入る前には大学で軽音に入ってたんです。ギターボーカルやってました。1年ぐらいしてS.F.P.を見て、バンドをゆるやかに辞めて、演劇に入りました。
__ 
入学と同時に音楽を始めた?
中村 
そうですね。
__ 
それは有能なのか行き当たりばったりなのか。
中村 
何がしたかったんでしょうね。楽しかったからいいんですけど。演劇の方に行っちゃったんです。
__ 
ギターも弾けるんですね。
中村 
まあまあ、軽くは。
__ 
芸達者ですね!
笑の内閣
笑の内閣の特徴としてプロレス芝居というものをしています。プロレス芝居とは、その名の通り、芝居中にプロレスを挟んだ芝居です。「芝居っぽいプロレス」をするプロレス団体はあっても、プロレスをする劇団は無い点に着目し、ぜひ京都演劇界内でのプロレス芝居というジャンルを確立したパイオニアになりたいと、06年8月に西部講堂で行われた第4次笑の内閣「白いマットのジャングルに、今日も嵐が吹き荒れる(仮)」を上演しました。会場に実際にリングを組んで、大阪学院大学プロレス研究会さんに指導をしていただいたプロレスを披露し、観客からレスラーに声援拍手が沸き起こり大反響を呼びました。(公式サイトより)(公式サイトより)
KYOTO EXPERIMENT 2014 フリンジ企画 オープンエントリー作品 第19次笑の内閣 福島第一原発舞台化計画-黎明編-『超天晴!福島旅行』
公演時期:2014/10/16~21(京都)、2014/12/4~7(東京)。会場:アトリエ劇研(京都)、こまばアゴラ劇場(東京)。

質問 長南 洸生さんから 中村 彩乃さんへ

__ 
前回インタビューさせていただいた、悪い芝居の長南さんから質問を頂いてきております。ご存じですか?
中村 
そうですね、これも変なご縁で、学生の自主制作映画の現場で一緒になって。お互い名前は知ってて、挨拶はしました。
__ 
「曲げたくないものはなんですか?」という質問です。
中村 
自分の演劇哲学をあまり持たないようにする、という演劇哲学です。
__ 
持たないようにする?
中村 
その時々に合ったものを信用する、現場の他の役者さんの考えを知る、みたいな。
__ 
なるほど。笑の内閣から缶の階まで、色んなところに出られる、と。
中村 
現場によって言われる事も全然違うんですけど。
__ 
中村さんは白いキャンバスという、強烈な個性を持ってますね。
中村 
ありがたいお言葉です。どこまでそれをちゃんと、キャンバスの中に収めていけるか。プラスチックのようなものじゃなくて、ちゃんと色が乗る素材でありたいです。

頭を打つ

__ 
演技を作る時に、どんな手応えを感じたいですか?
中村 
相手役との演技がハマったと思える感覚かな。Recycle缶の階の時、相手役の七井さんと会話がなんとなくハマったときがあって、演出の久野さんもお客さんも良いと言って下さった事があったんです。何かしよう、というより、引き受ける姿勢でしっかりとした方が、私の場合は居られるのかな、と。
__ 
それは完全に、受容の体勢ですね。
中村 
ブッ込むのも好きなんですけどね。
__ 
ブッ込んでいってほしいし、その直後、何か受け容れている、みたいな。
中村 
そうですね、どんどん頭を打って行ければ。