これは、ハーメルンの事件の謎から生まれる・・・

ナツメ 
ハーメルンの笛吹き男。ドイツに伝わる、実際に起こったとされる事件。街に巣食う大量のネズミが笛吹き芸人によって退治されて、けれど街の人が報酬を支払わなかったために、笛吹き男がその街の子供を全員連れ去ってしまったというお話ですね。「パイドパイパー」の前半ではその謎が見所になります。
___ 
そもそも、これは史実かどうか定かではないんですよね。
ナツメ 
そうですね、当時の文献が今では残っていないという事情もあって。ただ、実際に子供が行方不明になった事件はあったそうです。大人もいなくなっただとか、全員少年十字軍に徴収されただとか、ペストがあっただとか。ただ、百人以上の人がいなくなった事件は確かにあったそうです。
___ 
なるほど。
ナツメ 
ハーメルンの事件は1284年なんですが、1260年にハーメルンの北の方で紛争があったそうなんです。そこでハーメルンの警備隊の人たちがそこで全滅してしまって、それが人さらい事件に繋がったんじゃないか、みたいなウワサもあるんですね。当時のイスラムの国々との関係だとか。詳しいお客さんにはニヤリと笑って頂けるようになっていると思います。
___ 
どんな公演になりそうでしょうか。
ナツメ 
あえて言えば、いつも通りだと思います。出演者と場所が違うだけで、そこに掛ける労力は一緒なんですね。一人芝居も同じですね。とにかく、2時間の枠の中でご覧頂いたお客さんが、驚いたり面白いと思っていただいたらそれで成功なので。
___ 
ありがとうございます。現在、稽古はどんな感じでしょう。
ナツメ 
台本を書きながら、全体のシーンを中心に作っていっています。今回、21人もキャストがいるんですが、どの方もそれぞれ面白いし、武器を持っている人だと思うんです。どんな人がいるのか、お客さんに見に来てもらえたらなと。

生々しい殺陣

___ 
『パイドパイパー』の見所を教えて下さい。
ナツメ 
殺陣が見所ではあるんですけど、物語がカスカスならしょうが無いですよね。一人の騎士が主役の物語なんですけど、彼が何に葛藤し、どう答えを出すのかを見てもらえたら。演出としては、やはり映画みたいなビジュアルを構築するというのが作る側としての楽しみなんですよね。それがどこまでリアルを追求出来るのか。もちろんリアルにはなれないんですけどね。日本人の僕らが中世ヨーロッパの人々を演じるというのは難しい。どこまで受け容れてもらえるよう追求出来るのかな、と。これは見所というよりは僕らのやり甲斐ですね。
___ 
今回は殺陣もあるんですよね。楽しみです。
ナツメ 
実は今回、カンフー系の殺陣は出ないんです。あくまで戦士同士の剣の打ち合いなので、素手というのはないんですよね。一撃で決める、という感じです。あとやっぱり、中世ヨーロッパを舞台としたような映画で凝った殺陣をされても冷めてしまうんですよ。もっとこう、肉弾戦でやってくれよ、と。今回はそれに近い事をやる予定です。
___ 
つばぜり合いとかじゃなく、剣を斬り抜いたり?
ナツメ 
剣を華麗にかわすとかもあるんですけど、こけつまろびつ逃げ惑うとか、そういう生々しい殺陣、ですね。

「マナナン・マクリルの羅針盤」

___ 
「マナナン・マクリルの羅針盤」、去年の池袋演劇祭での大賞を受賞されたんですよね。お疲れ様でした。私はCM大会での映像しか拝見出来ていないのですが、とても面白そうでした。林遊眠さん、凄いですよね。視線や身体のふるえなどの細かい表現で、とてもスケールの大きな世界を描き出す、そんな高い実力を感じました。見ていて気持ちよかったです。あれが2時間続くと伺っていますが、一度拝見したいですね。
ナツメ 
自信作です。あれはSP火曜劇場でも流れると思います。是非一度。
___ 
さて、最近テーマにしているのが「役者は舞台上でどんな意識状態であるべきなのか」という事なんです。無意識状態であるべきなのか、自分の役者の状態をずっと管理しているべきなのか。トリップしているのかメディテーション状態なのか。まず伺いますが、林遊眠さんは、あの芝居をしているとき、どんな状況になっているんでしょうか。
ナツメ 
たまに、乗り移っているのかなと思う瞬間はあるんですが、僕は毎回「酔いながら醒めて」いてほしいと言い続けていて。トランスしている状態だとしても、トランスしている演技をしてください、と。かといって冷めてしまうと自分の中での回転数が上がらないので、乗るべきところはノッてください。彼女はそれを一人芝居の2時間の枠の中でバランス良く使い分けていると思います。それがズレると上手く行かなくなる。どちらかに傾くという事はないんじゃないですかね。ノリっぱなしだと、「私酔ってます」みたいになってしまう。冷めっぱなしだと頭良さそうな事をしているだけのように見える。急なミスに対応出来て、でも熱い魅力のある人。
___ 
林さんはその二つを使い分けている。
ナツメ 
そのスイッチが分からないぐらい素早く、そしてたくさん切り替わるんですよね。役者が2時間ずっと集中し続けるというのは出来ないんですよね、オフの時間を作らないといけない。彼女の場合はその時間を凄く上手に取る事が出来る。
___ 
オフの部分。
ナツメ 
そうですね、彼女の編み出した方法ではあえて給水時間を作るんです。一旦ハケて、あからさまにペットボトルを持ってきて役になりながら飲むんです。空調の温度を聞いたり、腰をストレッチした方がいいぞみたいな時間を作ったり。グダグダなんですけどね。あと、舞台を走り回る演技の時。Uターンして反対の方向の切り返す時に一瞬タメを作るんですけど、そのタメが彼女にとってはオフなんです。
___ 
素晴らしい。では、林遊眠さんを見たことの無い人に一言お願いします。
ナツメ 
見る・見ないは個人の自由だと思いますけど、見なきゃ損するぞと。彼女も発展途上ではあるんです、彼女より演技が上手かったり可愛い女優もいっぱいいるんですけど、彼女より凄いい女優は僕は見たことないんです。
「マナナン・マクリルの羅針盤」
第26回池袋演劇祭 大賞受賞作品。公演時期:2014/9/5~7。会場:シアター風姿花伝。

質問 田辺 剛さんから ナツメクニオさんへ

___ 
前々回インタビューさせていただきました、下鴨車窓の田辺さんから質問です。「京都で公演しないんですか?」
ナツメ 
うーん、分からないですね。一度凱旋はしてみたいんですけどそれなりの説得力を持たないといけないですし。話題性をもっと持ってからだと思います。

質問 三木 万侑加さんから ナツメクニオさんへ

___ 
前回インタビューさせていただきました、三木万侑加さんから質問です。「何のために表現しているんですか?」
ナツメ 
考えた事もないですね。あるのかな?書いて上演した芝居がお客さんに喜ばれたのでやり続けています。何のために・・・それはやっぱり、自分のためですかね。皆そうだと思うんですけど。
___ 
ええ。
ナツメ 
書きたいものを書いて、自分のやりたいようにやった作品が、観に来たお客さんに褒められたりまた観に来るよと言われたのが繋がって今にこれたんです。煙草と一緒で、一番最初にしんどかったらやらないと思うんですよ。もちろんお客さんを喜ばせるのが大前提なんですけど、受け入れられるのは自分の感性が間違っていないという事ですから、それを証明する為という感じですかね。最初からこういう考えは変わっていないですね。極端な話、面白くなくなったら辞めてしまえるものでいいと思うんですよ。でもその時がなるべく遅くなるように、自分の感性を磨き続けていきたいです。

突きつけたいことがある

___ 
いつか、こんな演劇を作りたいというのはありますか?
ナツメ 
物凄い長尺の大作を作ってみたいです。3時間の作品を作った事はあるんですが、6時間の作品を作りたいですね。前編後編と分けての。やってみたいです。それをやらせてもらえるだけの資金力があったら。
___ 
300億あったら?
ナツメ 
それぐらいあったら小屋を買いますね、そこで稽古出来るし公演も出来る。あとは世界中に取材で旅行に行きたいです。
___ 
今後、どんな感じで攻めていかれますか?
ナツメ 
そうですね、謙虚を装いつつ、目の上のたんこぶをぶっ潰していく感じ(笑う)。結局劇団を続けるって、一つの信仰を保ち続ける事だと思うんですよ。自分達が面白いと思うものを作っていくだけだと思うんですよ。もちろん作品作り以外の労力もあるんですけど、核は作品だと思うんです。どれだけお客さんが入ってもつまらなかったら・・・。僕はやっぱり自分の信じる面白さをもって脚本を書き続けていきたいです。突きつけたいですね。見てくださいとかじゃなく、見ろよ、みたいな。
___ 
はい。
ナツメ 
ビラに関してもそういう姿勢で、お芝居のビラと勝負してないんです。お芝居のビラって興味をそそらないと思うんですよね。映画館においても遜色ないビラを作って欲しいですね。結局、お芝居より映画の方が市民権を得ているじゃないですか。有名な映画俳優がスクリーンで1800円で見れるのと、全然知らない役者さんが出る芝居を3000円で見るというのは、相当な自信と戦略が無ければ難しいじゃないですか。お芝居が何故3000円も取れるかというと、製作費用という意味もありますが、自分達で作った面白さは3000円です、と宣言する訳じゃないですか。だとしたら勝負すべきは他の芝居ではなく、映画の方ですよね。こちらは数倍の感動を与えますよというのを突き付け続けないといけないと思うんです。目標としては、映画館にビラが並んで欲しいですよね。芝居のビラとして。夢ですよね。

グラス

___ 
今日はですね、お話のお礼にプレゼントを持ってまいりました。大したものではないですが。
ナツメ 
ありがとうございます。(開ける)おお・・・いいですね。ちょうどグラスが無かったので。嬉しいです。


CHAiroiPLIN「三文オペラ」

__ 
今日はどうぞ、よろしくお願いします。最近、三木さんはどんな感じでしょうか。
三木 
ここ最近は、秋に東京で上演されるCHAiroiPLINの「三文オペラ」に参加する事になったので、その為に関西での仕事の整理に動いていました。
__ 
劇伴で参加される感じでしょうか?
三木 
いえ、もう音楽は決まっているそうなので、役者で参加だと思います。
__ 
ありがとうございます。では、演劇を抜いたらどんな感じですか?
三木 
最近だと、去年に録音したものがやなぎみわさんのゼロ・アワーの劇中に流れると思います。あとは、外出した時に思いついたメロディとかを書き留めて家でまとめる、そんな地道な作業をしています。いつか、何かの形でまとめられたらいいなと思います。
__ 
素晴らしい。個人的な事ですが、ウクレレを触り始めたんですよ。楽器楽しいですよね。
三木 
あ、そうなんですね。楽器は楽しいですよね。弦だと私、チェロを大学の副科で習っていました。楽器を触るのが楽しいというのはいいですね。私、ピアノが楽しいと思えたのは大学からだったので。
__ 
つまり、それまでは楽しくなかった?
三木 
実は・・・
CHAiroiPLIN「三文オペラ」
公演時期:2015/10/24~11/1。会場:三鷹市芸術文化センター 星のホール。

vol.425 三木 万侑加

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2015/春
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三木

わたしと先生

__ 
あ、まず伺いたいのですが、三木さんがピアノを始めたのはいつからなんですか?
三木 
3つからです。
__ 
そんなに前から。
三木 
ピアノをやっていなかった頃の記憶がないんです。気がついたらピアノを弾いて、親に怒られ先生に怒られという。
__ 
大学に入ってから楽しいと思えた?
三木 
いい先生に会ったんですね。もちろんそれまでの先生は技術的な事や感情の表現の仕方を教えて下さる良い先生だったんですけど、先生の思う様に弾かないといけない感じがあって。大学の先生は、私が思うように演奏したらいいんじゃない、と仰ってくださる方だったんですね。
__ 
それは良かったですね。細かい事を伺いたいのですが、大学に入るまでピアノが面白いと思えていなかったのに、大学に入ってもなお続ける事にしたのですね。
三木 
というのはいきさつがあって、高校の制度で留学する事になって、オーストラリアに行ってたんですよ。そのタイミングでピアノを辞めようと思い、音楽の関係ないコースを申し込んだんです。実は、習っていたピアノの先生は家のお隣にあって、ピアノの練習をしていないのがすぐバレる環境だったんです。もうイヤだと思って、これを機に離れようと。先生は音大行かす気満々だったんですけど、他の道に行きますと言うキッカケになると思って。
__ 
留学先ではどんな感じでしたか。
三木 
最初の五日で、すっごいヒマだと感じたんです。それまで学校から帰ってピアノ、寝る、学校行くの繰り返しだったのが何も無くなるから。最初の3、4日はそれでも楽しかったんですよ、散歩に行ったりホストファミリーの方とショッピングに行ったり。でも、単純にヒマだったんですね。
__ 
なるほど。
三木 
で、ステイ先のホストファミリーの方が端的に言うとパーティー好きだったんですね。毎週人を招いてバーベキューして騒いで。2回目のパーティーの時にホストマザーが私のプロフィールを読んでたんでしょうね、ちょっとピアノ弾いてよ、って言ってきたんです。そしたら周りの人たちも「日本の子だからスキヤキ弾いてよ」、って。
__ 
弾いたんですか。
三木 
はい。さすがに「上を向いて歩こう」はメロディとコード進行が頭に入ってたので。そうしたらホストマザーが「凄い!あなた天才なの!」って(後から考えると基本褒める人だったんですよね)。さらに、周りの人たちが「あなたピアノ弾けるのね」って話しかけてくれるし、楽器出来る人からは「セッションしようよ」って。言葉は通じないんだけど、音楽がコミュニケーションになったんですね。言葉は通じないけれど友達は増えている。音楽って楽しい、とまでは思えていなかったんですけど、自分の人生を生きていくツールとして考えられるようになったんですね。
__ 
なるほど。
三木 
日本に帰ったらまたピアノの練習だけが続く退屈な毎日かもしれないけど、音楽は自分にとって大切なものだと考えなおしたんです。オーストラリアに行く前に親には「私ピアノ辞めるから」って宣言してたんですけど、「やっぱりピアノ続ける」ってすぐにオーストラリアから電話しました。今考えると、音大に行く事にして良かったんです。小さい頃からピアノを習い続けても、音大に行かなかったら世間的には音大生には勝てないんですよ。私もプライド高かったんですね。今から考えたら単純ですけどね。でも辞めようと思って行ったのに、続ける決心を付けて帰ってくるとは、面白いなと自分でも思います。

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2015/春
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三木

言葉が通じなくても伝えられる

__ 
そのホストマザーはきっと、三木さんはピアノを弾くべきだと思ったんでしょうね、きっと。
三木 
そうですね。実は留学する直前までコンクールに参加していて根を詰めて弾いていたので、しばらく弾きたくないと思っていたところだったんです。でもパーティーで「弾いてよ」って言われて、これは日本人的なんですけど場の空気を壊したくないという気持ちが働いて。
__ 
まさに「上を向いて歩こう」、ですね。
三木 
今から考えるといいホストファミリーでした。お母さんはぐいぐい人に近づく人で、お父さんは逆に距離を置く人で。きっとバランスの取れたカップルなんだろうなと思います。
__ 
悪い芝居の岡田太郎さんも同じような事をインタビューで言ってましたね。「言葉が通じなくても音楽で伝える事が出来る」って。
三木 
あ、そうなんですね。私、彼と高校の同級生です。
__ 
え、そうなんですか。
三木 
実は最近まで同級生だと知らなかったんですけど。私、全然覚えてなくて。向こうも覚えてないと思うんですけど、共通の友達が「いやいや知り合いやで」って。「オーストラリアで会ってるかもよ?」って。でも私ちゃんと喋った記憶ないんですよ岡田さんとは。
__ 
それは面白いですね。
三木 
共通の友達は何人かいるし学校ですれ違って挨拶程度には喋ったかも知れないけれどちゃんとした接点はなくて。彼がギターを担いでた姿を見た記憶はあるんですけどね。彼は軽音部だったし。今度会ったらそれを話そう。で、そうなんですよ、言葉が通じなくても伝えられるんですよね、音楽は。私はクラシック専門だから、昔から受け継がれるだけにどこでも通じるんですよね。クラシックはクリスチャンの宗教観に結びついているものなので、ある曲を弾いたらそれについてずっと話しかけてくれる人もいたし、老若男女問わず愛されているんです。ずっと引き継がれるだけの事はあるんだ、と思いますね。楽曲が持つそれぞれの意味や物語があるんです。

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2015/春
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三木

ピアノって絶対に本性が出るんじゃないか

__ 
ピアノをやっている時の感覚について。「芽吹きの雨」と「キャバレーナイト」で劇伴をされていましたね。「キャバレーナイト」は原作の疾走感を拡大解釈して奇妙でハデな世界にしていました。寂しい曲も激しい曲も弾かれていた三木さんが素敵でした。どんな感覚で弾いていましたか?
三木 
普段の演奏の時とは違いました。私はまず、普段は自分の中でストーリーを作るんですよ。こう言うストーリーを表している曲だ、と、情景を具体的に思い浮かべて。でもキャバレーナイトの時は、路地から来たオバ達の役として弾いてくれと言われていたんです。だから私としてでは無くオバとして路地から見送ってきた者達への想いを鎮魂歌にのせたんですね。自分の気持ち的にもの凄くしんどかったんです。自分が見送ってきた者を思う気持ちがずっしりとあって。あのまま終わっていたらしんどかったと思うんですけど、でもその後のキャバレーのシーンでは華やかに吹っ切れていました。私もキャバレーのお嬢さんの役でしたし。私としてではなく他の誰かとして演奏する。不思議な感覚でしたね。
__ 
そうですね。
三木 
私が大学を出てから演劇に関わろうと思ったのは、ピアニストの出てくる作品を見た時、「絶対にこの役柄の人はそんな弾き方はしないだろう」という違和感なんです。ピアノって絶対に本性が出るんじゃないかと思うんですね。大学の先生はいつもはフワフワしてはる人なんですけど、いざという時はパシっと言う人で、門下生はみんな「こっちが本性だな」と思っていました。そしたら実際演奏もパシっとした感じで。本当の性格って音に出るんですよね。そういうのが分かっていると、劇中での演奏の仕方と役柄の性格に違和感を感じたりするんです。繊細なキャラクターのはずが、音楽の弾き方がバリバリしてたり。代弾きする人も、役者と同じぐらいその役について研究するべきなんじゃないかなと思うんですよね。だから、お音楽だって性格があるんだと、それを表現したいなと思って演劇を始めました。

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三木

でも、最近はちょっと、楽しもうと

__ 
「お酒に酔っている時にこそその人の本性が出る」、とよくいいますよね。俳優や演奏者にしても、集中が高まるにつれ陶酔状態になるのかもしれません。それは無意識状態になる、とも言われていますね。先日インタビューさせていただいた吉見拓哉さんが仰っていたんですが、彼はそういう状態には大きく「トリップ」と「メディテーション」の二つがある、と。彼は仏教に造詣が深いのですが、トリップは自己を忘れた破壊的な衝動に基づく酩酊であり、「メディテーション」は自己に沈潜し調和の世界に溶け込んでいく、うんぬん・・・
三木 
メディテーションしているような状況になった時は、「芽吹きの雨」をヴォーリズ学園の記念祭でやらせて頂く機会があって、その時が近いかもしれません。学園の創設者、一柳満喜子さんが弾いていらっしゃったピアノを特別に使わせて頂くことになって。目の前に満喜子さんのお写真があって、見守られている感覚が出てきて。で、後ろから満喜子さん役の飛鳥井かがりさんの声が聞こえてきた瞬間に涙が出てきて、フアーってなったんです。飛んでるみたいな溶けていくみたいな感覚でした。外的な要因があると、持っていかれるような気がするんです。トリップだったり無意識になる時は内的な要因が多いと思いますね。
__ 
無意識になる事もある?
三木 
私は入り込んでしまうんですよね。ピアノの置き位置上お客さんに真正面を向いて演奏する事が少ないですけど、その時にグァっと入り込んでしまうんですね。でも、私らしく演奏していると言われる時は、そう言う時になりふり構わず弾いていた時ですね。誰かが聴いている、採点しているとかは全く気にせず、自分の演奏を聞いてくださいというワガママを言っている状態。酔に酔って周りが見えていない時。自分の常日頃抑えている感情が爆発している時、ですね。私は大学がカトリック系だったんですけど、音楽は神に捧げる演奏と言う前提はあるにせよ、自分の事を伝えようとしている時の方が感情的になっているのかな。だから、例えば学生の演奏の方が自由なんですよね。先生方の演奏はテクニックが凄くて、あの技は凄いなとか思うんですが。
__ 
なるほど。どちらが良いとかではないのかもしれませんね。
三木 
私の場合ですが、聞かせたいメロディがあったら、そこは無意識でも弾けるまで練習します。意識している時点で前後とつながらなくなる気がするんです。ここは盛り上げたい、なら、無意識のレベルで出るまで・指がメロディに持っていかれるぐらいの勢いで、自分の感情を導かないといけない。多分お芝居でも同じだと思います。私は基本は無意識でやる事が多いんですよ。先日、映画監督の武正晴さんにWSでお世話になった時、「無意識だけじゃダメなんだ」と実感して。お芝居で完成させる時には、ちゃんと狙ったところに何かをしないとダメだと。もちろん、狙いだけで行ってもダメ。無意識から出た事をちょっとだけ大きめにすること。・・・意識と無意識を、この五月に考えに考えたんですよね。その時改めて、ピアノも演技もダンスも、表現するって全部繋がってるんだなと思いましたね。難しいですね。でも、最近はちょっと、楽しもうと思っています。
__ 
楽しむ?
三木 
二年程前にコンドルズの近藤良平さんに「どうして踊っているんですか?」って聞いたんですよ。私は「何かをやるんだったら良いものが生み出せないと、と思っているのですが」と。そうしたら、もちろん良平さんには何か考えていらっしゃるものがあると思うんですが、私が思い詰めているのを察されたのか、「そんな事考えなくてもいいんじゃない?楽しかったらいいんじゃないか、楽しいという気持ちは重要だよ」と。その時は単に、そうなのかなと表面的に理解しただけだったんですが、最近改めて考えたら、これまで続けてこれたのは楽しいという気持ちがあったからだし、楽しいから・楽しそうだからやってみようというのは大切なのかもな、と。

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三木

誰かの感情を動かす

__ 
いつか、こういう演奏が出来るようになりたい、等はありますか?
三木 
何だろう。私、誰かの演奏を聞いて救われたと思う事が多いんですよね。私もいつかそう言われたいと思っていたんですが、今でもそれは多分あるんですが、自分のそばにいる人の為に演奏したいんですね。私にとっては両親、特に母なんですが、私がピアノでのお芝居でも、表現の道を選ばせて良かったなと思ってもらいたいんですね。究極的には、自分が想う人に幸せになってほしいんだと思います。
__ 
報いたい。
三木 
誰かの感情を動かす事をしたい。幸せな方向に気持ちが動くようにしたいんですね。例えば、悲しい曲を聴いたとしても「生きていて良かった」と思ってもらえるような。それは自分のエゴかもしれないですよ、そういう安心なのかもしれないし。でも、それは私にとってはお金以上の安心なんですよね。良かったよって千円渡されるよりも、誰かの気持ちが動いた方が私にとっては安心なんです。
__ 
スレた、ビジネスだけのやり取りじゃない、濃い感情のやり取りですね。
三木 
お金を稼ぐ事が価値だという人もいるし、誰かの役に立ちたいという人もいるし。でも今の私は誰かの幸せの為になってほしいなと思っているんですね。もちろんお金を稼ぐ事も大事なんですがそれが第一条件ではないと言うか。例えば思春期って自殺したいとかすぐ思っちゃうじゃないですか。でもその翌日にいい映画を見たら、その映画を見る為に今まで生きてきたんだって思える。なんか、そういうものを作れるようになりたいと思っています。

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三木

質問 田辺 剛さんから 三木 万侑加さんへ

__ 
前回インタビューさせていただいた、下鴨車窓の田辺さんから質問を頂いてきております。「お気に入りの喫茶店があったら教えて下さい。」
三木 
あ、田辺さん。ええと、梅田にあるカフェーヌですね。とても落ち着くお店です。大学時代からたまに行っています。奈良だったらフランツ・カフカですね。背の高い本棚が壁一面にある、静かなお店です。田辺さん、本がお好きそうなので、カフカがオススメですね。
__ 
今興味のある人・分野はありますか?
三木 
何にでも興味を持つので・・・でも、次に参加するCHAiroiPLINの芝居の作り方に興味があります。お話を聞くところによると、皆で案を持ち寄ってばーって作っていくみたいなので、それがどんな感じか興味があります。東京で、今までにないぐらい長期滞在するんです。滞在で何かが変わったらいいなと思っていますね。1を10や100にするのはこれまでやってきた事だから慣れているし得意な方なですけど、0を1にするのはとことん苦手で。自分には向いていないんじゃないかと思う事も多くて。変われるキッカケを掴めたらいいなと勝手に期待しています。
__ 
創造する力、ですね。
三木 
そうですね。周りにはそれが上手い人が多くて。しかもその時に、ちゃんと相手の事も考えたやり方を取る人もいて。すぐにそんな風にはなれなくても、そうなれる様に今回も何かを盗んでやろうと思っています。

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2015/春
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三木

方向性を探しながら

__ 
今後、どんな感じで攻めていかれますか?
三木 
一箇所にとどまっているのはあまり好きじゃないんですよ。だから自分に合うのはフリーランスという形なんですかね。せっかく身軽なんだから、色んな事をしようと思います。漠然としていますけど。大学を卒業して3年経つんですが、20代の間はまだまだ勉強だと思っていて、でも勉強しつつもそろそろ方向性を探していきたいな、と。とは言えそれを探すのが人生だと思っているところもありますので、多分一生探し続けるんだろうなと思います。
__ 
分かりました。ありがとうございます。

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三木

デッドストックのティーカップ

__ 
今日はですね、お話を伺えたお礼にプレゼントを持ってまいりました。大したものではないんですが。
三木 
ありがとうございます。嬉しい。(開ける)あ、素敵じゃないですか。東京に行くとき、食器をどうしようかと思ってたんですよ。
__ 
デッドストックのティーカップです。
三木 
めっちゃ嬉しいです。ふふ。


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2015/春
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三木

下鴨車窓 #12『漂着(island)』

__ 
今日はどうぞ、よろしくお願い申し上げます。最近、田辺さんはどんな感じでしょうか。
田辺 
いまはちょうど、下鴨車窓の新作「漂着(island)」のツアーの中休み中ですね。6月に京都があって、香港・マカオと行って、つい先週大阪で公演を終えました。国内外で6都市で上演するんですが、残りはお盆明けに三重と東京で上演する予定です。
__ 
ありがとうございます。ツアーの手応えを教えていただけますでしょうか。
田辺 
そうですね、香港・マカオには沢山のお客さんに来ていただきまして。すごく熱心に見ていただけたのは凄く嬉しかったです。日本の国内バージョンを縮めて1時間にして、一人で語る長い台詞は字幕ですべて出して、短い会話のやりとりは何の話をしているのかと説明を字幕にするという形で。ちょっと頑張って見ていただかないといけない仕掛けになっていたんですけど、熱心に見ていただいて。アフタートークでもずっと質問が出てきて。字幕の情報が少ないからこそ面白がっていただけるお客さんもいて。トークが終わってからも楽屋まで追いかけて質問してくださるお客さんもいました。賑やかな公演になったと思います。嬉しかったですね。
__ 
ありがとうございます。手応え充分という感じでしょうか。
田辺 
そうですね、これが次に繋がればとても嬉しいですね。
下鴨車窓
京都を拠点に活動する劇作家・演出家の田辺剛が主宰するユニット。公演ごとに出演者を募る形を取る。
下鴨車窓 #12『漂着(island)』

孤島に流れ着いた
瓶詰めの手紙が呼び起こす
記憶と出発の物語
脚本・演出:田辺剛
出演:藤原大介(劇団飛び道具)、柏木俊彦(第0楽章)、福田温子(てがみ座)、飯坂美鶴妃(枠縁)、菅一馬(デ)

【三重公演】
会場:三重県文化会館
日時:
2015/08/22(土)18:00~
2015/08/23(日)14:00~
【東京公演】
会場:こまばアゴラ劇場
日時:
2015/08/26(水)19:00~ 2015/08/27(木)19:00~
2015/08/28(金)14:00~ 19:00~
2015/08/29(土)14:00~
2015/08/30(日)14:00~

わからなくなってしまったこと

田辺 
ただ最近は、作品が面白いのかどうかというのは、自分自身ではもう分からなくなってきてますね。面白かったと仰っていただけるお客さんもいれば、そうでないお客さんもいる。いろんなリアクションがあるなかで、もはや面白いのかつまんないのかのどっちなのかはよく分からないと。もちろん、今自分ができることのベストを尽くしますし、尽くすしかないんですが。それができないというのはもちろんダメでそれができているかという自問自答はいつもありますけど、その結果、観客の反応については分からない。予想もできないしもうしてません。
__ 
それは、もしかして「褒められても貶められても何とも思わない病」ですか?いや、私もこの10年続けてきて、色んなお褒めの言葉だとかお話を頂いたり、または様々なリアクションを頂いたりしてきたんですけど「評価されたりそれなりに扱われても心が動かなくなってしまう」?いつかマツコ・デラックスも言っていましたが。
田辺 
いえ、お褒めの言葉はそれはやっぱり嬉しいんですよ。ありがたいことだし、救われたような気持ちになるし。つまんないと言われるよりも。それは確かなことでして。でもやっぱり何だろう、地元ではなく知り合いもいないような地域で公演をしたときに、自分の作品の評価はもう予想がつかない。20代から30代にかけての時期は京都でしか公演していませんでしたから、だいたいどんな人が客席にいるのかが分かるんですよね。言わば小さい村の中で活動しているイメージ。だから好評も不評も予想できるところがある。いきなり外に出るよりも集団や作品の足元を固めるという意味ではそういう時期は必要なんですけどね、もちろん。でも今のように広がりが得られれば得られるほど果てが読めなくなる。面白いと仰っていただいた言葉を頼りにはするが、それで完全にホッとするということはないですね。
__ 
ああ、私の感覚とはかなり違いましたね。でも、目標が見えなくなるような気がする、という事なのかなと思ったりするんです。

巡り合わせがずっと続く

田辺 
去年までアトリエ劇研のディレクターを務めましたが、それも終わりまして。まあ、一つの丘に登ったというところなんだと思うんですけど。そこを降りたらどうするんだろうという漠然とした不安は終わりが近づく頃にはあって。でもそういう職種なんだろうなと思います。なかなか数値目標ということにはならないし。不安との戦いになるのかなと。
__ 
不安を抱くような予感はありますか?
田辺 
まあ、どうなるんだろうなとは時々思います。今回の香港・マカオだってお話をいただかなければ行くことはなかったですし。そういう巡り合わせというものもありますから。ただそうはいっても結局は楽観的なんです。楽観というかあんまり思いつめないでいられているというのはあります。まあ、生活が立ちいかなくなければ考えなおすことになるとは思いますけど。抱えている仕事がすべて終わって半年間何の依頼も来なくなったら演劇は辞めて別の仕事に就くという自主ルールがあるんですけど。「あなたにはもう声を掛けません」とは言ってもらえないですからね。待つしかない。
__ 
半年間干されたら辞めるルール!
田辺 
二年前には今年に海外公演が実現しているとは予想もしていなかったし、来年の予定はだいたい決まりましたがそれ以降はまだ分からない。その一方でわたしは結婚して子供もいるし、中年になって自分の体力とか病気とか、実家の親のこととか、考えだしたらキリがない。無計画ってことではないし将来のための準備もしますけど、それでも先のことは分からなかったし、これからも分からない部分はある。待つのが仕事というか待つ人生というか。

偶然を踏みしめて

__ 
「漂着」の登場人物たちも、例えば船だとか、あるいは元いた街だとか、つまり社会から漂流してしまった人々。例えば飯坂さんの演じた、行き倒れの死体。または、元の街から離れた、工業地域の真横に引っ越した夫妻。個人的な見立てですが、セーフティネットから投げ出された人々が辿り着いた場所で何をよすがに生きるのか、ということを描いた作品だったのかなと思うんです。この作品を現代で上演することに、どんな意味があっんだろうと思いまして。
田辺 
今回の元になったものは(「初演版」といいますけど)2010年に上演されました。わたしが書いたものを福岡の演出家が上演したんですね。その時は今回の作品でいうと映像世界の中の、島に軟禁されている夫妻の部分だけだったんです。しかも夫婦の設定でもなく資産家の男が一人で瓶の収集をしている。登場人物も全部で3人しかいない。
__ 
ええ。
田辺 
そして去年。その福岡の演出家から香港・マカオでの上演のお話を頂いて。せっかくの機会ということで過去の作品の資料を香港に送ったら採用されたんです。他にもいくつか候補の団体があったらしいのですがありがたいことに。じゃあやろうと。「漂着」を選んだ理由としては、自分でも演出したい作品でしたし、海外で上演するということが瓶の中の手紙のシチュエーションとも重なっているように思えまして。旅公演としてもコンパクトな座組でいけそうだと思いましたしね。ところが多少は書き直しをしようかと思っていたところ、ずいぶん直すことになりまして。初演からの5年の間に、僕の趣味趣向も変わってきて、いろいろ違うなと思うようなことがあったんですね。
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というと。
田辺 
ここ十年くらい、わたしの作品は、現代日本から時代も場所も遠く離れた世界を設定してそこに生きる匿名の人々の物語を描くという方法をとってきました。「漂着」の初演版もそういう書き方でした。その方法をやり始めた頃は四苦八苦しながら実験や挑戦をしている感覚が強かったのですが、それがだんだん薄れてきて自分にとって当たり前のことになってしまったと。自己模倣のサイクルに入るような危機感を持つようになって。それで最近は舞台は現代日本のどこかで登場人物には名前もちゃんと付いてるという、ごく「普通」のことに挑戦し始めた。それで「漂着」を上演するのも何か工夫が必要だと思ったんですね。名前をもつ映像作家とその妻が生きる、わたしたちの日常に近い世界があって、一方で匿名の人々による異世界を映像作品の世界と見立てて設定しました。
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二つの世界のお話でしたね。
田辺 
だから例えば飯坂美鶴妃は、かたや映像作家の部屋のそばに辿り着く溺死体で、かたや映像作品の世界では生きた者としてある目的で夫妻のいる島に辿り着く女という二役を演じます。一人の俳優が二役を演じることで二つの別世界があることを示し、またそれぞれをつなぐ役割も果たします。
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人は漂着しますね。
田辺 
目標や目的を持つというのが人の生き方であると、何にしろすべてに目的がハッキリとあることが肝心だとされています。そういうことで世の中はまわっているし、わたし自身もそういう流れのなかに身を置いて生きている。でも無目的であることにも意義はあるのではないかと。現代では宛名の無い手紙はただのエラーですが、それだって失われてはいけない手紙ではないかと。そうしたところに人間の社会や生き方の本当の一つがあるんじゃないかなと思っているんです。むしろ無目的であることが本来の在り方だろうって。わたしたちの実際の生活は目的的な営みによって前に進められているし、そのように見えますけど、私たちの足元は無目的なものやある種の偶然のようなもので成り立っているんじゃないかと。物語になるのはいつも後から振り返ってのことですからね。
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偶然によって左右されているのかもしれない。人生の選択は偶然性と不確かさで出来ている。現代人だって、いつ難民になるか分からないですしね。「漂着」はその不安が出発点なのかなと思ったんです。
田辺 
自分自身の宛てが分からず、先行きもよくわからない。流されているあいだは身を委ねるほかなかったりする。けれども一度どこかに辿り着いたのなら、そこからは偶然に身を任せるだけではなく、自分の意思を持って踏み分けていかなければいけない。作品の登場人物はそれぞれの判断を下して次の歩みを進めようとしている。そういう描写はあるかなと思います。