「すっぴん」

__ 
月一の「すっぴん」。即興演劇のイベントなんですよね。惜しくもまだ拝見出来ていないのですが、とても面白そうですよね。
赤星 
ありがとうございます。また7月の22日にあります。
__ 
出来れば参ります!まず伺いたいんですが、会場はどんな感じになるのでしょうか。
赤星 
基本は結構、温かい空気になりますね。そもそもこれの始まりは、坂口さんとずっと二人芝居をしていて、で坂口っちゃんが「エチュードをやりたい」と言い出して。でもただのエチュードはやりたくないと。だったら音響とか照明を自分たちで操りながら即興演劇が出来たら楽しいなという事になって。実は僕、即興は結構苦手なんですよね。でもまあやってみようかなと。
__ 
そうなんですね。
赤星 
もう、一年近くやっていてルールも出来てきて。お客さんからアイデアを二つくらい頂いて、それを組み合わせたタイトルの即興劇をやるんですよ。
__ 
ええ!それは凄い。
赤星 
でもそれだけではちょっと難しかったんです。お客さんから「場所とかが最初に分かった方が見やすいです」って意見が出て、それも取り入れるようになって。5分で終わるようにしよう、とか、最後のセリフを決めよう、とか。お客さんもそういう、ルールが出来ていくのを楽しんでくれてるのかな、と。
__ 
私もインプロショーを拝見することがあるんですけど、色んなやり方があるんですよね。最初のシーンの設定を決めたりとか、何人かの組に分かれるとか。でも、タイトルを決めるというのは凄く新鮮ですね。即興劇にタイトルを付けて臨むとは。
赤星 
最近、お客さんが何かタイトルを考えてきてて。二つ繋げるってのを知ってるから、「○○と君と」みたいなタイトルを用意してきてくださるんですよ。
赤星マサノリ×坂口修一即興芝居「すっぴん」
赤星マサノリ×坂口修一が二人で挑むデッド・オア・ライブの即興ジェットコースター!「すっぴん」ホンなし!演出なし!スタッフもなし!舞台には役者が二人だけ!音響や照明操作も演技中に二人でやります!赤星マサノリと坂口修一がすべてをさらけ出して挑む即興芝居。
【日時】2015年3月31日(火)、4月29日(水)、5月26日(火)、6月23日(火)、7月21日(火)、8月25日(火)、9月29日(火) 20時開演

次は一人芝居かも?

__ 
今年も半分過ぎましたね。下半期はどのような活動をされますでしょうか。
赤星 
新しいことがしたいというのがずっとあって。で、この数年映像を作ってるので、映像を使った一人芝居がしたいなと思ってるんです。それを持って全国を回れるような作品を作りたいんですけど、まだ上手くはいってないです。
__ 
映像と一人芝居を組み合わせたもの?
赤星 
そうですね、全部自分で映像も音も照明も操作しながら(まあ今「すっぴん」でやってる事なんですけど)。最近、透過スクリーンみたいなのがあるらしくて、その実験もやってみたいな、と。
__ 
「透過スクリーン」。なんだか新技術っぽい響きがありますね。
赤星 
ビニールハウスのビニールがスクリーンになるらしくて。
__ 
そこに映像を投影するんですね。光を当てなかったらそこは透明になる。
赤星 
ちょっと、そういうのを使ってやってみたいんですよ。
__ 
もし安かったら、それを破って出てくるみたいな。
赤星 
そうそう。
__ 
お話を伺っていると、一人でやる、という事にこだわりがあるんでしょうか?
赤星 
いや、僕は結局周りの人にお願いしていく感じになっていってしまうので、そういうこだわりはないんです。協力してくださる方には感謝ばかりですね。
__ 
失礼しました。
赤星 
いえいえ。sundayという劇団の一人としてなんですけど、sundayはそれぞれみんな何か一人でやってるんですよ。たとえば平林さんは音楽やってるし、サキさんは一人芝居やってるし。それがみんな、もう一度集まったらきっと凄い事が出来るんじゃないかと思うんですよね。だから僕も、というのはあります。

もっと深い意味での役者の立ち位置

__ 
今回からしばらく、役者の実質的な仕事について考えていければと思いまして。たとえば、先日の、メイシアターで上演された「やぶのなか」のモノローグバージョン。この作品の演出で、人物は全員、嘘によって己の真実を隠そうとしていたように思うんです。個人的な解釈かもしれませんが。赤星さんはどんな役作りをされたのでしょうか。
赤星 
よく、役者の人が「嘘の芝居をするのは嫌だ」という考え方に行くじゃないですか。僕も嫌だったんですけど、最近は変わってきて。だって、絶対嘘じゃないですか、演技って。
__ 
そうですね。
赤星 
どんだけ真実に迫ってやろうが。だからそこは開き直って、もう、「こんなもんだよ」という気持ちでやっています。
__ 
「こんなもんだよ」。
赤星 
嘘とかホンマとか。もちろん役者としての演出からの注文は真摯に受け止めてやっていくんですけど。アウトプットの出し方で、これを真実にしようと思ってはやってない。「こんなもんだよ」、という気持ちでやっています。最低限の嘘は付かないんですけど。
__ 
誠実な考え方ですね。
赤星 
嘘をついてもいいんじゃないかと。だってしょうがないですもんね、嘘なんだから。どれだけ真実にひっぱってこようが、それが逆に嘘っぽく見えるような気がして。あれちゃいますか。力抜きたいと思ってるのかもしれないです。逆に聞きたいんですが、「やぶのなか」の時はそういう風に見えたんですか?
__ 
そうなんですよ、お互いに目を合わさないようにするというルールが、人物同士の距離が主なテーマなのかと予感させてくれたんですよね。それから役者自身のメタ的な紹介とかもあったり、真実からどこまでも遠ざかっていく感覚がものすごくあって。喋れば喋るだけ。真実が確定しない状態の心地よさが味わえたんですよ。
赤星 
そういう作品だったからか、いま余計に思うんですけど、僕はやっぱりゲームが好きなんですね。演技するよりも、ゲーム感覚で芝居をしている感覚があるんです。木下さんの作品だと特に。「やぶのなか」はルールとして、何をやってもいいというのがありまして。もちろんある程度話し合って作ったんですけど、その遊びによって真実が隠されていったのかもしれませんね。
__ 
遊びの感覚があるんですね。
赤星 
坂口さんと芝居やる時は、役柄があって、その上でさらに、どういう風にするのかという、お互いのコミュニケーションがあって。それが凄く楽しい。そこまで行くのが結構大変で、何回か公演しないとそこまで行けないんですが、そういうやり取りが出来るようになっているんです、今。

__ 
今後、何か新しい趣味を一つ始めるとしたら?
赤星 
旅行。あんまり行かないので。あと、大型バイクの免許を取ろうと思ってます。

質問 吉見 拓哉さんから 赤星 マサノリさんへ

__ 
前回インタビューさせていただいた、吉見拓哉さんから質問です。「俳優は、意識と無意識、どれぐらいのバランスの時が一番うまくいきますか?」
赤星 
意識・・・常に色んな事を意識してるんですけど。時々、無意識の境地に行くときは気持ちいいなと思います。でも、そこに行く事は意識していない。行けたらいいなと思っているぐらい。気が付いたら、ああなんかなりきってるというか、変なところに入ったわ、という事はあります。
__ 
それにはどんな条件が必要なんでしょうね。
赤星 
意識したらそこにはきっと行けないんですよ。やってる内にそうなるんですよ。
__ 
観客がそういう没頭している感覚になるのは結構難しいんですよね。冒頭に、琴線に引っかかるような事があれば違うのかも。
赤星 
でも、役者としてはですけど、そういう無意識になるのがいいのかどうかは分からへんし。お客さんにとっては勝手にして、みたいな感覚かも分からへんですね。

空飛びたい

__ 
いつか、こんな演技が出来るようになりたい、とかはありますか?
赤星 
空飛びたい。吊ったりとか。あと、大劇場でも小劇場でも、雰囲気が伝わるような演技が出来るようになりたいです。
__ 
それは既にそうなってると思うんですが・・・
赤星 
いやいや。この間「PLUTO」で柄本明さんの演技を見たんですが、凄くて。声を聞いているだけでもうっとりするような。すばらしいな、ああいう感じになりたいなと思ってます。

トートバッグ

__ 
今後、どんな感じで攻めていかれますか。
赤星 
焦らず、じっくり色々考えながら行きたいですね。
__ 
ありがとうございます。今後も応援しております。頑張って下さいませ。今日はですね、お話を伺えたお礼にプレゼントを持って参りました。
赤星 
ありがとうございます。これ、毎回?
__ 
はい、一応。
赤星 
(開ける)え、凄い。ありがとうございます。使わせて頂きます。


投げ出す唄い方

__ 
吉見さんと言えばあの独特な唄い方。どうしてあの唄い方になったんですか?
吉見 
やっぱりしゃがれてる印象がありますかね?僕はあんまり酒飲めないので、にせもののしゃがれ声なのですが。高校生の時ミッシェル・ガン・エレファントが好きで、チバユウスケさんの唄い方を真似してたらこんな感じに。なので、出しといてほったらかすみたいな歌い方になりまして……。それもそれとして、なんと言うか、広がりのある唄い方も出来へんかなとかも思ってて、僕はこういう放り出すような唄い方、ロックの人はみんなそうしてはるんちゃうかと思うんですけど。なので、これしかしたないみたいなとこもあって。特徴や武器として、褒められもするんですけど、けなされる部分でもあると言うか。個人的には、高橋さんが最初に吉見を目撃した「茶摘み」の頃に比べたら、大分変わってると思ってるんですけど。ふわっと歌うとこも出したり、投げ出すのを多少意識するようになったり……。

ふりをする

__ 
あの唄い方を、例えばバリエーションの一つにしてしまうと、何か違うような気もしますね。ああいう唄い方も出来ますよ的な器用貧乏。そういうのにはなってほしくはないですね。
吉見 
そうですね、それは思うとこありますわ。ブッキングライブやと、一人につき30分ほど時間が貰えるんですけど、その間ずっと似たような印象が続くとダレやすいんちゃうか思って。まあ30分で客の集中を途切れさせないミュージシャンはそういないんですけど。逆に、似たような印象の30分で、何もかも持っていく凄まじい人もいるんですが……。なので、なんというか「器用貧乏」の範囲までいかない、似たような印象の範囲内で、ずっと、おらぼけえみたいなテンションでいくだけじゃない、空気を匂わすような事もできたらなあと。
__ 
わかります。この間のライブはそうですね。
吉見 
なんというかまあ、あえて言うてしまうんですけど、頭悪いフリを選んでしてるみたいなのがかっこええんちゃうかと思うんすわ。ここで投げ出さないように歌うとか、大量の言葉を全部は拾いきれんよう唄うとかを、ガッとやってて、なんも考えてなさそうでも実は……みたいな。まあ大体そんな余裕ないんですけど。演劇はコンセプチュアルな部分が多いもんやと思うんですけど、ライブはそういう考え方とは良くも悪くも離れてて。武道館とかで単独ライブしてはるような人はまた違うかもしれませんけど、ライブハウスのブッキングで30分演奏する人は仕事帰りに出演して、事前の準備なんか何もせんとやりはる人も多くて。それでもめっちゃええ人もいますし。直前のアクシデントがライブ自体の印象を変えるみたいな事も。こないだ見に来てくれはった時、僕本番直前ステージでビールこぼしてたん見てはったと思うんですけど(笑)それとかその前の、京都の二条nanoでライブしたときなんですけど、ブッキングしてもろた、京都の詩人のchoriさんに、「choriさんおれめっちゃ緊張してますわ!」つってステージからブッカーに心情を吐露するっちゅう割と言うたあかんこと言うたんすわ(笑)
__ 
それはいいですね。
吉見 
そうすると、良きにしろ悪きにしろ(笑)空気がわりかしやらかい感じになったような……。演劇やったらこういう事ありえへんやないですか。ライブやったら、パフォーマンスじゃないですけど、これでちょっと「吉見あほやなあ」とか思ってもらえたりすれば……。わりと小難しいこと歌いがちなので、出来るだけ、インテリっぽさを……。多分おれ、言うて割とインテリっぽいとこあって(笑)この間も塚本にあるエレバティと言うライブハウスで「仏教ナイト」っちゅう、あの、仏教について喋る座談会みたいなイベントで、メインで喋ってたんですけど。どういう教えがあって、キリスト教とどういう違いがあるのかとか。おれめっちゃインテリやないかと何ひけらかしとんねんと(笑)でも実際このイベントやったのも、生きるの辛くて切羽詰まって仏教いって詳しくなったので……。リア充やったらミュージシャンなんかしてないすわ。演劇とか歌聴いて、セリフやら歌詞に「ええやん」思って「おれもそうしよう」みたいな感じで、仏陀の言うてたことをどう日常に照らし合わせれるかとか。仏教の成立の歴史とかにはあんま興味なくて……。

トリップとメディテーション

__ 
例えば、色即是空と空即是色の違いとか?
吉見 
ああ、一緒や思います。二つとも般若心経の言葉やったと思うんですけど、伝えるニュアンスがちょっとちゃうだけなんです。二つを並べる事で伝わる幅をひろげようとしてる感じかと。何もかもが幻で、空は色から出来ていて、色も空から出来ている。人間の認識は不確かなものやし、ぜんぶ諸行無常やし。例えば、(煙草の箱を持って)このタバコもいつか空になったらゴミになって焼却場かどっかで燃やされたりするやないですか。そんな感じでどんなもんも一定ではない。そんな不確かなもんにお前らは左右されとるんやぞ、と。なんか悩んでたりで夜寝られへんとしても、その悩みも確かなもんじゃないと思うだけで楽になれる場面があるんじゃないかと。まあそんなん言うてもしんどいですけど。
__ 
私もです。
吉見 
まあそんで……他の人に尽くす、ちゅうのが仏教の基本やったりするんですけど、自分の利益を考えずに、他人の利益を考える事によってあなたの人生は良くなるよ、みたいなんが。でも僕はロックンロールなので、それがどうしても綺麗事やないかと思ってたんすわ。あの、自意識過剰で、人前でましてや一人で自分の曲を演奏するような、自己承認欲求の病気みたいなやつにはどうしても綺麗事やと。それがそんな、ロックンロールとしても腑に落ちたとこがあって……長くなりますがよろしいでしょうか。
__ 
もちろん大丈夫です。
吉見 
因果応報ってあるじゃないですか。悪い事をしたら巡り巡って自分に帰ってくるっていう。その日腹立つ事あってバイト先で後輩に八つ当たりして、その後輩が彼女にあたってその彼女が……みたいなのがずっと続いて最終また自分に、と言うやつですわ。だから良いことしたら、その逆の事が起こるんじゃないか。んなこたわかっとるけどでけへんと(笑)じゃあどないしたらええか言うたら……人間って、だいたいみんな個別に分かれてるもんやと思ってるんですよ(バラバラの円を描く)。でも実際はこう、円と円の一部が重なり合ってるイメージと言うか……まあそこまでは言われんでもわかっとる人もいはると思うんですけど……でも仏陀はさらに向こうまでいってて(大きな円を一つ描く)全部が一つやと認識せえつっとるんすわ。
__ 
関係は繋がっている。
吉見 
一神教では神様と人間との間に圧倒的な非対称──明確な線引きがされとるんです。あの、カムイって言葉あるやないですか。カムヰヤッセンさんのカムイ。そのカムイは元は神様って意味と同時に熊って意味もあったらしくて。ほんでそんな、熊なんかちょっと山行ったらおれら(人間)と同じように魚とって食うとるやないすか。それぐらいの距離感やった。けど一神教は、モーセの十戒っ!みたいにこう上から……神様の言うことは絶対みたいな、はっきりとした線が人間と神様の間に引かれとる思うんです。その線とはまたちゃうかもしれませんが……僕ら個人個人に引く線。こちら側をつくって向こう側とを分けること。そう言う境目みたいなんを無しにしょうやっちゅうのが仏教の基本的な考えやと思ってて。……こう、ライブハウスでこんな話してたら自然と、トリップと瞑想(メディテーション)の違いみたいな話になって。どっちも気持ち良くなるとか楽になる方法として一緒やん!って割と言われて(笑)でも、トリップと戦争や人殺しは、割と似てるんちゃうかと思うんです。トリップは自分の責任を放棄する、忘我やと思ってて。戦争やったら国に言われたから言うて人殺すし、大体の殺人は「あいつが悪い」っつって人のせいにしとる。自分のせいや思ったら大体人殺せないじゃないですか。ほんで瞑想は「今自分が何をしとるか集中して観察する」ことらしいんですけど、それやった先で自他の区別がない境地に行く。ほんだら人殺すもクソも、その対象と自分に区別がないんやったら、自分殺すみたいなもんやったりするやないですか。まあ、その先言う「自他の区別がない境地」っちゅうのがわかんないので綺麗事や思ってたんですけど(笑)

仏教との出会い

吉見 
話変わりますけどロックンロールは基本、戦争反対なんですわ。仏教の修行は基本的には瞑想で……その似て非なるものとしてのトリップ──シャーマニズムやらが元にあった忘我のにおいての楽になる方法……。戦争とか人殺しはトリップに近いと思ってて……マリファナとか薬物で得られる、60年代にローリング・ストーンズやビートルズがロックにも持ち込んで、サイケデリック・ロックとか言われたりしたやつですわ。そのトリップと戦争の自己責任の放棄は似てるんちゃうかと。(仏教=戦争反対=ロック≒トリップ=戦争……?)でも違うんですよ、何でそう思ったんか全然思い出せないんすけど……。えらい遡るんですけど、二十歳ぐらいの時にバンド組んでて。
__ 
「金輪際」。
吉見 
そうですそうです。その頃生きるのが辛くてしゃあなくて色々ことを起こしてしもたんですけど……。通ってた大学が成安造形大学っちゅう美術系の大学で、まあそこで大原に出会ったりもしたんが劇団しようよですけど、それはええか(笑)。美大なので、深層心理学とか宗教学とかの授業もあって。で、ロックって大体女子を口説く音楽として発祥してたんですけど、ボブ・ディランがそう言うロックミュージックにやっと詩を持ち込んだとか言われてて──まあその前にも色々あるんですけど──ほんなら歌詞書く上でボブ・ディラン外されへんやんと思って訳詞とか読んでたんですけど……全然分かんなくて。なんで分からへんのやろう思ったら、キリスト教文化圏の考え方なんですよね。「Sister」を「お姉さん」とだけしか分かってへんかったら意味不明やけど、「修道女」っちゅう意味も含まれてるの知ってたら整合性とれたり。まあそう言うの切っ掛けで、キリスト教勉強したり。ほんでまあ……22まで童貞やったので、後に付き合った彼女が割と放蕩やったりしたのが受け入れられへんくて(笑)救いを求めたりもして。中学の頃に、よう道で聖書配ってはったりしたやないですか。それをまあ大人になって真剣に読んでみたりしたんですが。そう言う下世話な観点の上でも、どうも色んなことが腑に落ちなかったんですよね。
__ 
ええ。
吉見 
……まあその彼女問題は二人の関係の上で片は付いたんですが……それはええわ、ええと。キリスト教は絶対的な唯一神がいて、その神にどんな試練を与えられても疑ってはならない、って言うヨブ記みたいなしんどいことの耐え方みたいなんあるんですけど、おれはあれあんま良くないんちゃうか思ってて。中沢新一さんと河合隼雄さんの対談で、キリスト教では神さんと我々人間は非対称や言うてて。その垣根に道を作る為に、キリストの死、犠牲が必要やった。仏教はその点はなからその垣根があんまし無くて。例えば、仏陀は下痢で死んではるし(笑)まあ日本に入ってきた時点で、キリスト教とかの一神教風のドラマチックな感じに変わってるとこもあるんですけど。もともと仏陀は、今のその深層心理学者とかのカウンセラーみたいに、一人一人に「君はこうしたらええんちゃう。でも君はこうよりこうかなあ」みたいに、中身はそのまま、ケースバイケースで言うてた部分もあるんちゃうかと思うんです。せやから仏陀死にはった後、仏典やらに纏める時に「あれ?これとこれ言うてることちょっとちゃうぞ。大きくくくっとこ」みたいなみたいなとこもあったと思うんですけど。

ロックと悪魔

吉見 
日常の上でも戦争はおこっとると思ってるんすわ。こちら側と、向こう側を分ける、どんな些細なことやとしても。でも仏教は、そう言うことをやめといた方がええんちゃうか言うとるんすわ。そういうとこがロックに似たとこもあるんやないかと思ってるんですけど。
__ 
人間という種が地球においてやってきた他種への危害は、多大な種の絶滅を招きました。現代のような保護の考え方が現代に至るまで徹底されていなかったのは、人類知の未発達以上に、自己の責任を転嫁する能力に長けていたからかもしれません。
吉見 
あああなるほど。さっきのカムイの話でもそうですけど、動物すら自分と分けへんかったらみたいなん仏教にもあるんすわ。なので仏教勉強してると自然とエコになるんですよね(笑)。例えばですけど、蚊が腕にとまってたらパンッって叩くやないですか。でも自分が蚊やとしたら、飯食うてたら死んだ!みたいな。そう思ったらそうそう虫も殺されへんな、と。
__ 
自分の責任の中に全てを認識する。それがロックンロールにつながる?
吉見 
おれは繋がると思ってて。繋がらないところも一杯あるんですけどね。
__ 
それはもちろん。つながらなかったり矛盾したりしていて当たり前だし、それでいいんですよ。
吉見 
ロックンロールって基本的に悪魔崇拝的な部分がありまして……。ローリング・ストーンズに「悪魔を憐れむ歌」ちゅうのもあって、それとかめちゃめちゃめっちゃカッコええんすけど……。そう言うなんちゅうか「I don’t care」感と言うか、「関係ねえよ」みたいな姿勢がロックの基本みたいなとこもあって。じゃあロックってあんまり良くないもんなんじゃないか──あの、さっき全然思い出されへん言うてた話の答えになるんちゃうかと思うんですけど──言うたら、ロックって人の感情を掻き立てるものじゃないですか。演劇もそうかもしれませんけど。掻き立てられたものを信じるのがロックやったり演劇やったりすると思うんですけど、仏教はそれを空として無いもんとしよる。嫌なことも、そこから解放されて楽になるんも、どっちも同じ価値で、どちらもない平静さの中が真実やと。この間のライブで歌ってた『ファウスト』ちゅう曲もその辺を歌ってるとこもあって。なんつったらいいか分かんないんすけど、個人個人の世界(先に書いたバラバラの円を指す)におる私たちに、そういう仏教の教えとか実感わかないんすよ。段階踏んでへんから。偉そうな事ずっと言うてますけど、僕もギリギリこのへんしか分かりませんわ(バラバラの円の図と、一部が重なり合った円の図の間を指す)人前で歌って承認欲求どう満たすか、っちゅうことしか考えてへんやつですし。でもさらにその先(大きな一つの円の図を指す)があるんちゃうか。「みなさんこれ、わかんないすけど、この先あるんちゃいます?」とか、そんな感じのこと歌えたら、それはもうロックンロールなんちゃうかと思ってます。

質問 池田 鉄洋さんから 吉見 拓哉さんへ

__ 
前回インタビューさせていただいた、表現・さわやかの池田鉄洋さんからです。「演劇の脚本を作る時、自分の実体験を使ったりしますが、恥ずかしくてごまかしたりします。作詞はどうですか?」まあこの間、酔わせてやれそうな女をストーカーするみたいな歌を歌ってましたよね。
吉見 
ああ『戦争』っちゅう曲なんですけど、あれはですね、ライブハウスってそういう感じ多いなあと。「色んな悲惨なことおこっとるのに、ライブハウスとか盛り場で女のケツばっかおっかけとるクズども」ちゅうのがもう。ほんで言うておれもせやないかと思って、なんもしたないみたいになって。でもちゃんとそれ実感するんやったら、逆に、なんもしたないとか言うとる場合やあらへんがやと。
__ 
じゃあ実体験ですね。
吉見 
そうですね。実体験ですね。ぜんぜんぼやかしてないです。

質問 笠井 友仁さんから 吉見 拓哉さんへ

__ 
エイチエムピー・シアターカンパニーの笠井さんから質問です。「演奏する空間を自分で自由にプロデュース出来るとしたら、どんな空間で歌いたいですか?」
吉見 
憧れみたいなんは色々あるんですけど、例えばチバユウスケはアンプの上にマリア像を置いてたり、ニール・ヤングは大聖堂みたいなとこでインディアンの像やらピアノやギターを適当に置いて、曲ごとに移動して持ちかえたり……みたいなんかっこええなとかは思うんですけど。僕の場合は、正直今は特に無いです。どんな場でもやります、っちゅうのが強いです。

歌う

__ 
「劇団しようよ」の劇伴もやってるんですよね。
吉見 
はい(笑)まあでも、最近は稽古に参加するのは少なめで、その時々にある出来たての曲やら出来かけの曲やら、以前の公演で弾いてたフレーズやらを聴かして「それ!」とか「ちゃう!」とか言われて、まあそれで合わせる感じです。「あゆみ」で歌ってた曲も、勝手につくってきてたまたま合った感じで。今までも正直「劇伴用」みたいなんでつくったことないです。
__ 
いつか、どんな歌が歌えるようになりたいですか?
吉見 
どうやろなあ。いま、既に歌えてるんで大丈夫です。細かい事はいっぱいあるんですけど……日常で思った事を、言うてた仏教やら哲学やらの普遍的な方向に持って行って(笑)完成させるみたいな事が多いんですけど。分かる人は分かってくれはるんですけど、言うて小難しく自分の事歌ってることが多いので、ポカーンとされがちっちゅうか。なのでなんか、やらかいことも歌いたいんですけど……「君が好き」的なこと歌おうにもどうしても「嫌いな時も絶対あるやん」とか思ってまうし……。

これから

吉見 
戦争をどうやって止めるか、とか。あの、政治的な話やなくて、戦争は日常に腐るほどあると思ってるんです。朝起きて寝るまでに何回戦争起こっとるんやいうくらい。例えば上司に嫌味を言われたとして、それにどう報復しようかとか考えたらそこでもう戦争始まっとるんすわ。そう言う、一個一個の日常の戦争をどう終わらすか。何か嫌味を言われたとしても、例えばその上司がたまたま寝不足で機嫌悪かっただけとか、そんなんほんまの理由なんか分からへんし。実際にほんまに仕事が出来てなくて嫌味言われんねやったら、嫌味を言う上司を悪もんにするんやなく、嫌味を言われる原因を自分で無くしたる、と腹くくるとか。そうやって原因詰めたりやることやってたら、多少恨みとか怒りとかの感情が薄まるんちゃうかと。人間の思考ってすぐには変化しないので、大体しんどい感情湧いたら割と長いことそのまんまなんすわ。ほんで更に円がバラバラのまんまやったらずっと、こう、ほんまにあるかどうかわからん霞みたいなもんに責任押し付けて、切りあらへん。でもこう、ちゃんと自分のせいやと思って、ほんで出来るだけ自分のせいやと思える範囲広げていけたらええんちゃうかと思ってます。……あの、もうすぐ27歳なるんですけど、ロックの人凄かったら27で死ぬ伝説みたいなんあるんですけど(笑)。僕は言うて長生きすると思いますし、ライブもずっとします。

五線譜テープ

__ 
今日はですね、お話を伺えたお礼にプレゼントがございます。
吉見 
あ、ありがとうございます。開けていいですか。
__ 
もちろんです。マジに大したものじゃないんです。
吉見 
(開ける)おほっ、なるほど。楽譜デザインのマスキングテープすな。ようマスキングテープ使うので、ありがたいです。
__ 
あ、それは一応、五線譜として実用できるものなんですが……
吉見 
あああ、あの、楽譜的なやつ一切分かんないんすわ……何もかも勘です(笑)


現代演劇レトロスペクティヴ エイチエムピー・シアターカンパニー 『阿部定の犬』

__ 
今日はどうぞ、よろしくお願い申し上げます。本日は、次回公演「阿部定の犬」について伺えればと思います。まず、今回はどういった経緯で企画が立ち上がったのでしょうか。
笠井 
よろしくお願いします。この公演はAI・HALLの現代演劇レトロスペクティヴという企画で、先方から佐藤信さんの戯曲をという事で頂きまして。佐藤信さんは、当時の言葉で言うと「アングラ四天王」と呼ばれていまして。つまり唐十郎さん、寺山修司さん、鈴木忠志さん、佐藤信さん。このような偉大な日本の劇作家の作品をやれるんですね。佐藤信さんの戯曲をいくつか読んでいたんですが、鼠小僧次郎吉シリーズもしくは昭和三部作、どちらにしようと思ってたんですよ。
__ 
ええ。
笠井 
僕は昭和54年生まれなんですが、その年の生まれって10歳になるかならないかで年号が平成に変わっているんです。実は昭和に対する実感はそれほどない。昭和の真っ只中には生きていないですからね。だからこそ私自身、昭和という言葉に懐古的な魅力を感じていたんです。そういう訳で昭和三部作に興味が出て。中でも「阿部定の犬」は昭和11年の2・26事件から始まる1年間の話。佐藤信さんがこれを上演したのが昭和50年。という事で、そのおよそ40年後に当たる現在、もしかしたら共通点があるんじゃないかなと思って選んだんです。
エイチエムピー・シアターカンパニー
2001年に「hmp」という劇団名で活動を始め、ハイナー・ミュラーの作品を中心に舞台作品を発表。2008年に現在名に変更する。現在は『「再」発見』を劇団のミッションとして忘れられていたことを掘り起こすこと、見過ごされてきたことに焦点を当てることを軸に、主に
1. 同時代の海外戯曲シリーズ、
2. 現代日本演劇のルーツシリーズ、
3. 実験的なオリジナル作品
のカテゴリで創作を行う。演出の笠井友仁が日本演出家協会主催<若手演出家コンクール>にて優秀賞や2014年に上演した『アラビアの夜』の演出にて平成26年度文化庁芸術祭新人賞を受賞している。
現代演劇レトロスペクティヴ エイチエムピー・シアターカンパニー 『阿部定の犬』
作:佐藤信
演出:笠井友仁
出演:高安美帆 / 森田祐利栄 / 米沢千草 / 澤田誠 / ごまのはえ(ニットキャップシアター) / 中村彩乃  / 赤星マサノリ(sunday) / あらいらあ / 有北雅彦(かのうとおっさん) / 合田団地(努力クラブ) / 熊谷みずほ / 諏訪いつみ(満月動物園) / 林田あゆみ(A級MissingLink) / 稲葉良子 他
【伊丹公演】
2015年8月6日(木)18:00
7日(金)18:00
8日(土)14:00
9日(日)14:00
【東京公演】
2015年8月19日(水)18:00
20日(木)14:00

「阿部定」というヒーロー像

__ 
まず、阿部定という人物について。男性の局所を切り取って逃走し、その後多くの文化人のアイドルになったり色々あって最後には小料理屋の女将になり、今は行方消息不明。その適当さたるや、まるでモンパルナスのキキですね。ファム・ファタールの典型例だと思うんですよ。笠井さんはどう思われますか?
笠井 
もっともだと思います。まず阿部定の時代についてなんですが、昭和天皇という人が当時、もの凄く重要な人物だったんですね。言葉は違うかもしれないんですが一種のヒーローだったんです。彼に対して対抗出来る唯一の巨大なヒーローが阿部定だったと思うんです。
__ 
ヒーロー?
笠井 
昭和11年に関しては、2・26事件よりも阿部定の事件の方が興味を引いたと思うんですよね。阿部定の事件は自分達に身近で、鬱屈した時代の気分を一新してくれる事件だったと思うんです。残虐性だけじゃなくて、一種、英雄視された部分があるんじゃないか。この戯曲「阿部定の犬」の舞台は「東京市日本晴区安全剃刀町オペラ通り」に「あたし」と名乗る阿部定が訪れて町を引っ掻き回すというお話です。さて、阿部定の起こした事件、つまり異性の生殖器を切り取るというのは、自分の子、遺伝子、つまりコピーを残せないという事ですよね。これは町とか国とかにとってかなりの脅威な訳です。
__ 
子孫のメタファーを殺害されるという事ですね。
笠井 
天皇を頂点としたイエ制度は、今もやっぱり私たちのバックグラウンドにはある訳じゃないですか。この時代の人たちにとっては特に。阿部定はそれを断つ能力を持っていたという訳だから、町の人々にとって脅威ですし、いわゆる国という体制からしても脅威なんですよね。それがこの戯曲の中心になっています。
__ 
事件のセンセーショナルさが人々を驚かせ、メタファーの殺害という意味では人にも国にも脅威を与えていた。
笠井 
芝居の楽しみ方としては、そうした作家の思惑はありますが、下品さとか残酷さ、そして笑える部分を楽しんで頂ければと思います。私からすれば下ネタのオンパレードですね。
__ 
とても楽しみです。合田団地とかもいるので、彼の薄暗い下ネタは楽しみですね。
笠井 
彼の役柄もとても独特で、楽しんでいただけると思います。

にんじょう沙汰

__ 
阿部定のヒーロー像について、もう少し。何故、その時代の人々にとって彼女はヒーロー足り得たのでしょうか。
笠井 
私も資料をあたってはいるのですが、中々、その時代の人の気持ちに共感するところまではいっていなくて。でも、当時1935年の三大事件とされる「2・26事件」「阿部定事件」、それから、上野の動物園から黒豹が脱走した事件があったそうなんです。3つの事件に共通するのは、緊張感のある事件であったこと。一見、どれもハッピーな事件ではない。その中でも人々が話して楽しめるのは「阿部定事件」。彼女の事件の理由としては、愛する男を我が物にしたいが故に殺しているという事に共感を覚える。現代の私たちが聞いてもロマンを感じませんか。
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感じますね。
笠井 
首を締めて殺した訳ですけど、その日初めて締めた訳じゃなくて、性行為に及んだ時に何回か締めた事があるそうです。その日男が「そのまま絞め殺してくれ」と言う訳ですよ。我が物にしたい彼女としては「じゃあいっそ・・・」と思うし、「その時、まさか本当に死ぬとは思わなかった」と言ってる訳なんですよ。彼女が恩赦によって刑期が短くなり釈放されるというのは、そこまでひっくるめて、運命みたいに思いますよね。
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ドラマティックですよね。
笠井 
相手の男には妻がいましたから、その妻に性器が触れられるのを嫌って切り取ったそうなんですね。そこだけは誰にも触らせたくないという思いで。「阿部定の犬」の「あたし」も、その性器を風呂敷に包んで大切に持っているというところからスタートしています。