漆塗りのお椀

__ 
今日はですね、お話を伺えたお礼にプレゼントを持って参りました。どうぞ。
二人 
ありがとうございます。
松本 
わ、いいですね。ありがとうございます。かわいい。ちょうどこういうの欲しかったんですよ、最近割れちゃって。
橘  
かわいい、湯呑。
__ 
底をご覧いただいていいですか。
橘  
すごい。橘吉だって。

夜に

__ 
今日はどうぞ、よろしくお願いします。幻灯劇場の代表、藤井さんにお話を伺います。最近、どんな感じでしょうか。
藤井 
よろしくお願いします。一昨日ぐらいに発表になったんですけど、ミュージカルの執筆を依頼されて、その締め切りが今月末です。
__ 
メガネニカナウプロデュースの「DOGS,UNDER THE ROSE!」ですね。
藤井 その執筆と、4月からレギュラーでラジオに出ることになったんですがその打ち合わせ、8月に上演する幻灯劇場のヴィジュアル撮影とかをしています。今は仕込みの期間ですね。
__ 
こないだ知ったんですが、幻灯劇場には大阪支部があるそうですね。「現逃劇場」。
藤井 
劇団内で2個下ぐらいの人たちの拠点が大阪でに固まっていて、それで作る事になりました。コントチックなことをする人達です。
幻灯劇場
映像作家や俳優、ダンサー、写真家などジャンルを超えた作家が集まり、「祈り」と「遊び」をテーマに創作をする演劇集団。2017年文化庁文化交流事業として大韓民国演劇祭へ招致され『56db』を上演。韓国紙にて「息が止まる、沈黙のサーカス」と評され高い評価を得るなど、国内外で挑戦的な作品を発表し続けている。2018年、日本の演劇シーンで活躍する人材を育てることを目的に、京都に新設されたプログラム『Under30』に採択され、2021年までの3年間、京都府立文化芸術会館などと協働しながら作品を発表していく。(公式サイトより)

「盲年」

__ 
前回公演「盲年」がとても面白かったです。彼らが犯した罪が、因果応報ではあるけれどもそのまま彼らに返ってくるのではなく、形を変え現在の彼らに戻ってくる。彼らの魂や尊厳は、傷付いているのは確かなんだけど、自分がどう傷付くのかにはもしかしたら、罪や罰以外の要素があるのかもしれない。それは何だろうか。そんな事を思いました。
藤井 
楽しく見てくださってありがとうございます。盲年自体はどうなんだろうな、結構久しぶりに、稽古場の空気がいいなと思っていて。自分は劇作家なので、創作する時どうしても言葉から逃げられない感覚があるんです。台本を稽古場へ持っていくと僕が作った言葉をみんなで分解するわけですけど、結局僕がやりたいこと風景を立ち上げようと頑張ってくれている姿を見ると、なんだかなぁって思っちゃって。天邪鬼ですよね。でも今回は言葉の外側の領域で、この道具を使ってどういう面白いことができるのか、この雰囲気の中でどんな音を作ったら風景が突然違う意味を持つのかとか話し合えて。何だろう、それぞれの領域の外へうまく足を踏み出せた。久々に、気持ちいい稽古場だなと思いました。
__ 
俳優の演技については、どんな方針がありましたか。
藤井 
これまでの作品では情報を伝達する技術的な上手さを求めていましたが、今作は俳優としての技術は求めず、一人の作家のとして作品をどう捉えるか、どういうスタンスで存在するのかということを求めました。メンバーの技術の向上もあって、ようやく「作品」を作れるようになってきたという実感があります。
第七回公演「盲年」
Under30支援制度プログラム採択 Kyoto演劇フェスティバル意欲的激励賞受賞作品
Story

舞台は大阪・八尾。ある誘拐事件に、
それぞれ関わりを持ってしまった四人の男女。
互いの距離が近づくにつれ「記録」と「記憶」がすれ違い、
不可解な事件のすべてが、盲目の少年に繋がっていく。
第四回せんだい短編戯曲賞を史上最年少受賞した藤井颯太郎の新作戯曲を、
Under30支援プログラムの第一弾として、京都府立文化芸術会館で上演。
世阿弥の息子・観世元雅の傑作能「弱法師」を下敷きに、現代の「盲目」を描ききる。

出演
村上亮太朗 / 春
松本真依 / 立花
橘カレン / 梅
藤井颯太郎 / 透

スタッフ
作・演出 / 藤井颯太郎 演出助手 / 今井聖菜 
機材 / 長井佑樹(ぷっちヨ@Kyoto.lighting) 音響 / 小野桃子
衣裳 / 杉山沙織 宣伝美術・写真 / 松本真依 
広報 / 橘カレン 石原口大樹
制作 / 谷風作 プロデューサー / 小野桃子

日程
2019年 1月 12日(土)~2月 3日 (日)
会場
人間座スタジオ・京都府立文化芸術会館

今の僕と過去の・・・

__ 
藤井さんの最近のテーマを教えてください。
藤井 
スケジュール管理ですね。元々苦手なのでもう大変で。今はうちの今井聖菜に演出助手をお願いして、執筆スケジュールとか予定を管理して貰ってるので、非常にありがたいです。できるだけいっぱい良い作品を作りたいし、色々な人に会いたいし、だから予定と時間を詰められるだけ詰めようと思ってます。
__ 
大変そうですね。演劇でのテーマは?
藤井 
せんだい短編戯曲賞を受賞した「ミルユメコリオ」を8月に再演しようと思っていて。ていうのも、18歳の時のこの作品を書いていて、今読むと言葉が若いなと思って。過去に書いてしまった取り返しがつかない言葉を、取り返すために頑張ってみるのは面白いんじゃないかなと思って。
__ 
取り返しが付かないとは。
藤井 
読んでて性格悪いなと思うんです。動機が不純だし非常識。高校演劇の大会で「ファントムペインに血は流れるか」という作品を上演したら講評でに「野田秀樹だよね!」って褒められて。その時はまだ僕は拝見していなかったけど「透明人間の蒸気」と繋げて考えてしまったんだと思んです。大人の勘違いが知ったかぶりしながら上から目線で褒めてくれるのがめちゃくちゃに可笑しくって。先生とかそういう大人が嫌いだったので。次の上演で唐十郎さんの「透明人間」のセリフやピーターブルックの演出を引用しても「野田秀樹だよね!」と言われて。そういう人たちを可哀想だな、自分の知っていることの範疇でしか語る言葉を持てないんだなって軽蔑して、いたずらする感覚で作品を作っていました。
__ 
それはそれはだな。
藤井 
勿論、自分が書きたいことは沢山あったので、それを書きつつ、知ったかぶりする大人達を嘲笑する作品を書いていました。それで全然問題もなかったんですが、鈴木聡さんの作品等プロの作品に参加するようになってから、そんなつまんない演劇の遊び方もないなとも思って。今僕がどれだけお金をかけても良くって、世界中のどんな人でも自由にキャスティングできるとしたら、僕はどんな作品を作るんだろうと考えるようになった。そこでようやく、自分の為に、自分の本当にやりたいことだけやってみようと思えるようになりました。

目的

藤井 
韓国で始まった「56db」シリーズはそのやりたいことの一つですね。劇場内で56デシベル以上の音を立ててはいけないという作品です。お客さんもその音の域を絶対に超えないようにするルールが劇場で敷かれるんですね。
__ 
緊張感が凄そうですね。
藤井 
いや、普段から劇場はお客さんはしゃべってはいけないっていうマナーがあるじゃないですか。あれと同じです。でもルールとして言葉にしてみると、あれってすごく気持ち悪いんですよね。2000人ぐらいの人間が、薄暗い場所に集められて二時間ぐらい黙って椅子に座り続ける。劇場によくある風景を、意識的に見られたら面白いなと思い付いて。音をコンセプトにしたのは、初めて海外の人達と作品を作るとなったのが大きかった。国を超えた普遍的な道具が欲しかったからなんですよね。で、音にした。人類は音から逃げることができないから。あと僕は、いわゆる参加型演劇が苦手なんですけど、このスタイルなら参加したくない人は黙って座ってみてるだけでいいし、楽だなって。韓国公演では立ち上がって声出すお客さんとかいましたね。国によって反応が違います。
__ 
56デシベル以上の音を立ててはいけないルールか。
藤井 
遊びと物語の両立を目指しました。神戸公演では物語も変更しました。月のクレーター「豊かの海」にある街が突然水の底へ沈んでしまって、電柱と電線だけが水面から顔をつきだしている(去年の水害に襲われた岡山のように)。電線に逃れ、わずかに生き残った「マグレ」と呼ばれる人々が、「カグヤ」という化け物から逃げて続け安心できない日々を過ごしている。少しでも大きな音を立てると「カグヤ」に襲われてしまう。だからマグレ達は「静かの海」に逃れるんです。二酸化炭素は月の水に溶けやすい、僕たちは二酸化炭素で話すじゃないですか、だから月の水面では言葉は溶けてしまう。静かなら襲われる心配はない。3人のマグレは共通の友人である「幸」という、好きな女の子を亡くしていて、でもその死体を置いて行くことができなかった。死後硬直で固まった死体を担ぎ上げて、電線を伝いながら、静かの海を目指す。
__ 
面白そうですね。
藤井 
面白そうでしょう、面白いんですよ僕の作品。
__ 
観客にはどんな姿勢を求めますか?
藤井 
楽しんでくれれば。楽しめない人は途中で出てもいいし。初めて出会った人とお話しする感覚で見てくれればいいかなと思ってます。初対面の人には何も求めませんね。

質問 きたまりさんから 藤井 颯太郎さんへ

__ 
前回インタビューさせて頂いたきたまりさんから質問をいただいてきております。「今までに強く体感したことを教えてください」
藤井 
身体が覚えている衝撃という意味で言うと…。小学校6年生の時に主役で出演していた詩人の方が書かれた作品の事で。黒焦げになったおにぎりがモチーフで出てくる、大惨事世界大戦という架空の戦争を題材にした作品だったんです。それから6年位経って、全く別件の取材で広島に行ったんですね。原爆資料館の入り口に、ふと見たら焼け残ったお弁当が展示されてたんです。それを見た瞬間に、昔俳優の自分がイメージしていた映像と今目の前に存在してる物がポンとぶつかって、呼吸が出来なくなって動くことが出来なくなってしまいました。体感といか、肌に何かを衝撃を受けたような感じがありましたね。演劇はこれだけ時間を越えでも威力を発揮するんだという経験でもありました。人生の中でも大切な体感の一つですね。面白い質問ですねこれ。体感って結構忘れてしまうもんだと思うんですよ。ダンサーさんはそういうのを覚えておくのも仕事だと思うんですけど。
__ 
あ、そういう感覚をダンサーが舞台上で完璧に再現出来てたとして、それが観客に伝わったとして、それはもちろん魅力的だけど、別にそれが「超目的」じゃないよな、みたいな事を思った。
藤井 
あ、それはそうですね。
__ 
地震で受ける、あのどうしようもなく地面に罰される感覚を表現した作品があったとして、でもそれをギャグとして笑う演出もあって良いと思う訳ですよ。
藤井 
僕はパフォーマンスには、情報を伝達する「表現」と、観客に発見を委ねる「存在」の二つがあると思うんですよ。それは作品によって違うと思いますし、どちらがゴールとも言えない。

発見

藤井 
子供の頃、比叡山のお寺で修行する機会があって、その時伺った「お経」についての話が心に残ってるんです。「経」というのは花が散った、水滴が長い年月を掛け岩を穿った、そういった、世界が発信してくるメッセージのことで、それを言葉に書き起こしたのが「経文」なんだそうです。「目に映るすべてのものはメッセージ」と歌うユーミンはお経の話をしていたんですねぇ。今、現代日本を生きてる僕らには、「経」を読み取る力が圧倒的に足りてないと思うんですね。自分が理解できない存在を受け止め、そこから自分を変容させる言葉を取り出す力。僕らは様々なメディアから一方的に伝達されることを教育されてきていて、発見する喜びは一部の人達が楽しむにとどまっている気がします。
__ 
鋭敏な感覚を持つ人は、舞台上にも客席上にも欲しいですね。
藤井 
そうですね。センスのある人と一緒に作品を作りたいですね。俳優の場合、感覚が発達してるという意味でのセンス。俳優を育てていくというのは、技術を向上させていくのもそうですけれど、それと同時に生理的な感覚を発達させるということも含むんだと思っています。感知する能力ですね。言葉にならないものをどれだけ言葉に出来るか。言葉から言葉にならないものを立ち上げられるか。そういう変換器としての役割を全うしてくれる俳優と仕事がしたい。稽古場でそれを積み重ねて、見えないものを見えるようにする・・・そういう作品を作りたいですね。
__ 
見えないものを見えるようにするというのはとても大切ですね。演劇で言うなら舞台上に視点が集まっている、そういう状況から呼び出されるものがあるんじゃないかなと思ってます。

言葉にならない

藤井 
今書いているミュージカルの脚本「DOGS,UNDER THE ROSE!」ですが、今はレチタティーボに興味があって。オペラで言う、語りの部分のことですね。レチタティーボがあるミュージカルは一幕23~25曲で構成されているのが一般的ですが、ない場合は11~13曲程度しかない。無いとより音楽劇に近くなってしまう。普段なら台詞書いたらそれで執筆が終わりますが、台詞、語りの歌、歌、そのどれに振り分けるのかを考えないといけない。その作業が今すごく楽しい段階ですね。愛を伝えやすいのは歌なのか台詞なのか、とか。
__ 
伺おうと思っていた質問なんですが、ご自身の作品においてダンスとはどんな立ち位置を占めていますか?「盲年」にもダンスがありましたね。俳優がただダンスをする訳ではなく、役として踊っていて・・・先日インタビューをさせていただいた小野村優さんが開催されている「役者としてのダンスワークショップ」にも、そういうコンセプトがあるそうです。
藤井 
あれ、この方・・・
__ 
そうです。「DOGS」に出演されますよ。
藤井 
よろしくお願いします。俳優ではなく、キャラクターの肉体が踊っている感覚ですよね。
__ 
その感覚にどこまで近づけるのか。あるいは遠ざかっておきたいのか。表現の構成としてどのように考えるべきなのか、伺えれば。
藤井 
森山未來さん・伊藤郁女さんと作品を作るときに、メールでシナリオとかを送ってやり取りをしてたんです。ある時、未來さんと「言葉の指示通りに肉体が動くわけじゃない。言葉で語れないことを踊る」という話をして。要するに言葉から距離をとってどう肉体を立ち上げていくか、ということなんですよね。だって、言葉で語るんだったら最初から喋ったほうが早いし。だから言葉にできないものをダンスにするんですよね。言葉と肉体を分離する。ダンスのいいところは、意味が簡単に剥がれやすいじゃないですか。言葉は意味と結びついてしまいやすいという危険性が高いですけれど、身体から意味を剥がすのは難しくない。意味を剥がしてしまった時に、存在がすっと浮き出てくるんですよね。
__ 
そうですね。
藤井 
執筆で言うと、作家は誰しもどうしてもやりたくない、続きを書きたくないシーンにぶつかる事ってあると思うんですよ。盲年で言うと、息子が目の前の自分を監禁してきた男が、実の父親かもしれないと気づいてしまうシーンがそうでした。で、ラジオから漏れてきているオークショナーの値札を読む声に合わせて踊るシーンにした。あれは、戯曲の中にある言葉にならない部分を、言葉にしないままダンスにしているから、作品としてもキャラクターの肉体としても成立していたんだろうなと思います。
__ 
京都府立文化会館での上演の時、ラストシーンの絵が素晴らしかったですね。
メガネニカナウプロデュース 『DOGS,UNDER THE ROSE!』
作・藤井颯太郎(幻灯劇場)

演出・勝山修平(彗星マジック)

【あらすじ】
元人気漫画家・桃田郎太郎は追い詰められていた。
作家生命を賭けた原稿を担当編集者に持ち逃げされたのだ。
担当の居場所を突き止めた桃田は地下五階のガールズバー「漢 (おとこ)」へ突入し、担当が女の子達に埋められている現場を目撃してしまう。
口止めの為殺されかけた桃田だが、No. 1嬢・オオイヌの提案で新人として働き始めることになる。
オオイヌ達は怯えていた。
桃田の漫画に「秘密」が暴かれてしまうのを。

【日程】
7月
9日(火)
19:30*初日乾杯
10日(水)
19:30*劇中歌アンコール(日替わり)
11日(木)
19:30*劇中歌アンコール(日替わり)
12日(金)
19:30*劇中歌アンコール(日替わり)
13日(土)
14:00*劇中歌アンコール(日替わり)
19:00*女子だけアフタートーク
14日(日)
14:00*男子だけアフタートーク
19:00*公開ダメ出し
15日(月)
13:00*作・演アフタートーク
17:00*小道具オークション

*受付は開演の1時間前
*開場は開演の30分前
(当日受付順に整理券を発行し、
開場時期は演劇パス→こりっちの整理番号順にご入場いただきます)

【料金】
・前売/当日◆4,000円
・学生◆2,500円(要学生証)
*日時指定自由席

【予約窓口】
・演劇パス
https://engeki.jp/pass/redirects/link/579
・こりっち
https://ticket.corich.jp/apply/99570/

【場所】
in→dependent theatre 1st(6月新築予定)

【キャスト(五十音順)】
安東利香 岡田由紀 小野村優 喜多村夏実 さぶりな(IsLand☆12) 鳩川七海(YTJプロ / 幻灯劇場) 東千紗都(匿名劇壇) 水紀憧子(ジャパントータルエンターテイント) 山岡美穂

石畑達哉(匿名劇壇) 上杉逸平(メガネニカナウ) 河口仁(シアターシンクタンク万化) 中尾周統(激富) 中路輝(ゲキゲキ/劇団「劇団」)
【スタッフ】
 作・藤井颯太郎(幻灯劇場) 演出・勝山修平(彗星マジック) 音響・八木進(baghdad cafe') 照明・西村洋輝 舞台監督・北村侑也 映像・堀川高志(KUTOWANS STUDIO) 制作・渡辺大(Limited_Spice) 宣伝美術・勝山修平(彗星マジック)

交差点

__ 
今後、どんな感じで攻めて行かれますか?
藤井 
いまの僕の年齢だと、「新進気鋭の才能を持つ演出家」みたいな触れ込みで、ちょっといい感じに仕事がもらえたりするじゃないですか。そういうことが続いているうちにちゃんと面白いものを作りたいです。そういう人間、ひいては劇団になっていかないといけない。幻灯劇場を「この人たちが作るものは何でも面白い」と思って貰える集団にしたいです。俳優を見に幻灯劇場の作品を見に来たら僕の言葉に出会えて、次に松本の写真に出会って、次に戸根のコントに出会えて、みたいな。今後は、交差点として機能する劇団づくりをやっていきたいなと思っています。

水平線の入ったグラス

__ 
今日はお話を頂いたお礼にプレゼントを持って参りました。
藤井 
ありがとうございます(開ける)。あ、グラスですか。うわあ嬉しい。めちゃくちゃ綺麗ですね。
__ 
ちょっとゆらぎの要素が入ったグラスなんですね。平らな水平線のように見えて・・・
藤井 
あ、一直線に入った水平線じゃないんですね。おもしれーなー。これ面白いですね。

新作舞踊「あたご」

__ 
今日はどうぞ、よろしくお願いします。最近きたまりさんはどんな感じでしょうか。
きたまり(以下、きた) 
よろしくお願いします。最近は忙しいかな。東京での「RE/PLAYDanceEdit」が終わって、新作の「あたご」に向けて動いています。それから、もう年度末なので来年度の準備をしています。2月中にその準備を済まそうと思ってます。
__ 
無理はしないでくださいね。
きた 
うん。体は丈夫だし、体力低下したらすぐわかるから。
きたまり
振付家、ダンサー。1983年生まれ。京都市在住。京都造形芸術大学 映像・舞台芸術学科 在学中の2003 年よりダンスカンパニー「KIKIKIKIKIKI」主宰。出演者のブログから映画、伝統芸能、クラシック音楽まで、あらゆる素材からダンスを創作、近年ではグスタフ・マーラーの全交響曲を振付するプロジェクトを開始し、同プロジェクト2作目『夜の歌』で文化庁芸術祭新人賞(2016年度)を受賞。積極的にジャンルを越境した共同制作を国内外で展開する。
新作舞踊「あたご」 サーキュレーション京都 劇場編
2019年3月23日[土] 18:00開演、24日[日] 15:00開演
会場|京都市右京ふれあい文化会館 ホール

山と生活、人々の祈り。
愛宕山へ捧げる、奉納の舞

近年グスタフ・マーラーの交響曲全10曲を振付するプロジェクトを開始し、同プロジェクト2作目『夜の歌』で文化庁芸術祭新人賞(2016年度)を受賞するなど、旺盛な活動が続く振付家、ダンサーのきたまり。今回彼女は、右京区の北西部にそびえる愛宕山に着目し、古(いにしえ)より信仰の対象として深く根付いた山への祈り、生活文化への影響、狂言、舞、落語、和歌などに多数登場する愛宕山と芸能との関わりなどをリサーチ。「愛宕山への月詣が一番の訓練になる」と山との身体的対話を経て、現代における奉納の舞として、新作舞踊を創作する。

振付・演出|きたまり 
ドラマトゥルク|木ノ下裕一、武田力
出演|斉藤綾子、益田さち、野村香子
演奏|嵯峨大念佛狂言保存会

舞台監督|浜村修司
照明|吉本有輝子
音響|佐藤武紀
衣裳|大野知英
制作|山﨑佳奈子
地域ドラマトゥルク|中智紀

山を歩く

__ 
CIRCULATION KYOTOで上演する「あたご」。楽しみです。この企画はもう半年以上前から知っていましたが、ついに3月に上演ですね。長い製作期間を経て。
きた 
ね。愛宕山は実は毎日見ているから、ずっとリサーチし続けてるような生活です。実際にダンサー達と体を動かし始めたのは9月か10月ぐらいですが。
__ 
愛宕山、見た事無いかも。
きた 
京都市内から結構見えますよ。
__ 
チラシに掲載されてるこの写真の滝も、愛宕山にあるんですね。
きた 
空也上人という方が修行をしたと伝えられている空也の滝です。登山ルートからはちょっと外れるんですけど、自然の滝で、落石注意の看板が近くにあります。私、空也ファンなんですよ。
__ 
空也上人。存じませんでしたが、どんな方だったんでしょうか。
きた 
庶民に仏教を広めたり、踊念仏の開祖だったと言われている人です。平安時代はまだまだ、お説法だけで仏教の有難さを伝えられる状況では無かったんですね。
__ 
ええ、当時の庶民の生活状況と教育ならそうですね。
きた 
貴族の宗教だった仏教を、庶民にわかりやすく「南無阿弥陀仏と唱えれば救われますよ」と。そこにリズムを付けて、紹介したんですね。あとは、六波羅蜜寺の十一面観音像は空也が彫ったとか(12年に一度しか開帳されないんですが)、井戸も掘ったとか。そういうパワフルな逸話がたまらなくゾクゾクします。空也上人は私のアイドルなんですよ。

舞いを編集する

__ 
作品についても伺えればと存じます。愛宕山に捧げる奉納の舞という事ですが、祈りと舞いと劇場の3つの概念から、たいへん広がりのある作品性を予感しています。
きた 
きっと、いろんな人にとって初めて見る舞踊になると思います。ここ数年、振付家としては主にマーラーの交響曲でダンスを製作していたんですが、リサーチはやはり楽曲を聞くところから始まりました。そして、マーラーという作曲家がどんな人生を送り、どんな考え方をしていたのか、交響曲何番はどういうタイミングで作って、どういう反響や出来事があったのか。曲を聞き、そうした調査をしてまた曲を聴き、イメージを膨らませたりとか。
__ 
なるほど。
きた 
今回も音楽が重要です。嵯峨大念佛狂言のお囃子なんですが、とにかくミニマルミュージックなんですよ。大きく分けて三つの音の変化しかないんですよね。鉦と太鼓のカン・デンデンに笛が入るか入らないか。あとはテンポの速い早鐘になるかですね。とてもシンプルな音楽です。
__ 
トランス状態になりそうですね。
きた 
あのリズムは心臓と同じリズムだと言われていて。だから生命のリズム?のような。私たちが何をしていても合う。こういう音楽で踊ったことはありません。聞いていると時間軸がわからなくなるんですよ。
__ 
それはどういうことでしょう。
きた 
稽古で聞いていると、1時間以上いつのまにかたってしまっている。時間という概念がなくなっていき、ずっと目の前の演者を観続けていられるんです。不思議なんですよね。
__ 
その音楽がまず楽しみですね。
きた 
振り付けの方は何をしてるかと言うと、自然に向けた舞と、信仰の舞と、山そのものに向けた舞、の大きく三つに分けています。自然に向けた舞は、私が去年の夏にひと月、中国の山の中に入っていたんですが、やることが本当に何もなくて。何もないと言うかレジデンスで行ってるから何でも出来るんですけど、あまりにも自然に囲まれていると、スピーカーから音楽を聞こうと思わなくなるんですね。
__ 
そうなんですね。
きた 
稽古場で踊るにしても、なぜ自分は部屋の中で踊っているのかという気分になってきて。だけどちょうど雨季だったから外の地面はぬかるんでいるし。雄大な自然に感謝したり共存したりするような身振りや所作が何か作れないかなと思って、その短い振りが出来たんです。これを、何度も繰り返す構成です。
__ 
そして次は「信仰の舞」ですね。
きた 
日本人ってよく無宗教だと言われますけど、信仰というものは生きてる間に絶対繋がりを持つじゃないですか。だから無宗教どころか多宗教で、それは本当にいいことだなと私は思っています。日本の魅力ってそういうところなんじゃないか。でも同じ日本人でも宗教観や信仰は全然違う。冠婚葬祭のやり方とかも全然違う。そういった所を表したくてダンサーに信仰についてのエピソードを色々聞いて、それを振り付けに表現しています。
__ 
なるほど。
きた 
そして三つ目の舞は、私は毎月愛宕山に登っていて、ダンサーも何度も登ってるんですけど、そこで経験したことや感じたことをいろいろピックアップし、振り付けを作っています。
__ 
つまり、まさにいまダンス作品を編集している最中ですね。
きた 
でも、奉納というのは人に見せるというものではないという前提がまずある。一方で、目の前にいない存在を想像して、生きている人に見せる芸能でもある。そういう意味では奉納の舞として振り付けは構成してるんだけど、生きている人にとっての観やすさを客観的に考えて、細かく稽古しています。

寛大さ

__ 
きたまりさんが中国のアーティストレジデンスで作った所作。たぶん私はそれが何であれ、見た瞬間分かると思います。心の拠り所を形にしたものは、論理を越えて伝わる。それを舞台上に上げるというのはとても価値があり、同時にスリルのある事だなあと思うんですよ。特に今回は。
きた 
時々ふざけたりもするから、怒られないかなと思う。人に、じゃないですよ。でも多神教の日本だからこういうことができるなあと思う。例えば私がムスリムだったとして、こういうものは作れないですよ。神を冒涜してるととらえられるかもしれない。日本の場合は宗教史の中で神仏習合の時代が長かったからかな、宗教観というのがミックスなんですよね。で、それぞれの良い(面白い)ところを、宗教の事物を基にこういう風習を作ろう、みたいなのって山ほど溢れてるじゃないですか。それの集合体なんですよね、日本の信仰文化は。その感覚が自分の中にあるんだなという事を発見できましたね。
__ 
アレンジと、ミックスですね。
きた 
これはやっぱり、日本で生まれ育ったから持ってる感覚なんだなと思いますね。私がヒンドゥーで牛は絶対食べられません、っていう日常生活だったらこういう感覚が持てなかったと思う。
__ 
今回取り扱うものは信仰自体ですからね。
きた 
信仰が自由の国の寛大さ。
__ 
寛大さ。
きた 
明治の神仏分離や廃仏毀釈、江戸の踏み絵とかもあったけど、やっぱり、信仰は続いているし美味しい所はちゃんと残っている感じがする。今も愛宕神社の千日詣りでは山伏さんが奉納してるし。

新鮮さについて

__ 
ご自身が振り付けをする時、稽古場でどんなことを大切にしてますか?
きた 
今やってることを信用しすぎないこと。これは自分が振り付けの時でも、ダンサーとして参加する時でも共通かな。
__ 
それは、ものすごい大切ですね。
きた 
特に、ダンスだからね。本当に稽古場だと、嘘みたいな瞬間とかがあるんですよ。だけどこれが答えではないということをちゃんとわきまえて稽古していかないといけない、ということかな。
__ 
何となくですがわかります。辛いでしょうね。
きた 
だけどね、そうなんですよ。うん。
__ 
その時ってきっと、これがいいんだという理由とか、どういう瞬間がどういう構成で素晴らしいんだとかが明晰に分かるしその場でならしばらく再現もできると思うんですよ。でも、それにこだわらない。
きた 
方向性は見つけることができるけど、それを最終地点として目指さない。ダンスで一番必要なのは鮮度だと思うんですよ。それはもちろん、基本的な技術が前提で、鮮度を生むための技術ももちろんあるんですけど、感覚的な鮮度?身体的には同じ経路を辿るけれども、感覚的な鮮度のためにちょっとだけ違う道で行ったりとか、見てる側には分からない鮮度だと思います。もしかしたら伝わるかもしれないけど。
__ 
そうした努力は、見ている側には全てはわからないのが悔しいですね。
きた 
踊りの「今の!」って多様だからね。
__ 
鮮度についてもう少し詳しく伺いたいです。つまりフレッシュネスのことですよね。
きた 
まあそうですね、フレッシュネスのことですね。
__ 
鮮度ってきっと、とても主観的な感覚なんですよ。稽古場で共有出来るぐらい明確なものだけど、それを観客が許容できるかどうかは分からない。それを再現するというのはものすごく奇跡だなと思う。
きた 
うん、難しい。だから最近は振り付けをすごく難しくしてる。
__ 
へえー。
きた 
というのは、ちょっと慣れちゃったら気を抜くと振りを間違えちゃう、みたいなのを振り付けることが多いかな。
__ 
それをすると、ダンサーが振り付けを覚えにくくなる?
きた 
いや、覚えるんだけど、例えば次に足をここに動かす時に重心をどこに置いておかないといけないか、それを間違えたら次の足は出ないよみたいな体を意識するポイントを含めた振り付けはしていますね。自分に対しても。
__ 
それをすることで鮮度を保とうとしていると。
きた 
他に演出的なこととしては、いつどういう言葉をかけるか、ですね。
__ 
それはものすごく難しいやつですね。
きた 
体がその言葉を受け取る状態じゃない時に出された言葉って、受け取れないんですよ。でも、ダンサー自身がそこに違和感を気付いた時に、こちらから言葉を投げかけるとちゃんと響く。その辺のタイミングとかは踊りに出ますね。意識を広げるためにタイミングを計る。場合によりますけど時々すごく失敗するし、でも昔よりは打率は上がった。相手の事を分かった気になるのはダメですけどね。
__ 
人は他人を思い通りに動かすことはできないですからね。
きた 
出来ない出来ない。でもそういうのがよくよく楽しいなと思います。
__ 
色々なことの折り合いの上で成り立つ作品なんですね。

質問 鍵山 千尋さんから きたまりさんへ

__ 
前回インタビューさせて頂いた方から質問をいただいてきております。鍵山千尋さんからです。「表現活動に関わろうと決めたのはいつからですか?」
きた 
表現活動・・・?表現活動って人生の事じゃないかな。うーん。身体表現という事なら、17歳かな。それがたまたま舞踏だったって言う。その前はなんやかんやと写真を撮ったりしていました。ネパールに行ったんですよね、16歳の時に。山に登って、街で色々と経験しました。初めて精神が崩壊した人を間近で見たんですよね。あれは薬かな、赤ん坊を抱いた、意識がもうずれちゃっている女性で、ふと振り向いたら財布を掏られそうだった。そういう経験をして、日本に帰ったら何かをしたいと思って、ボランティアとかをすればいいのかなと思って行った先がDANCEBOXで、そこで「若いんだから体を動かしたほうがいいんじゃない」と言われて。あと由良部正美さんの踊りに出会って、それが舞踏との出会いでした。けど、うら若き乙女が舞踏だけしててもな、と疑問を感じて大学に入ったという流れで、今に至ります。

5年

__ 
今更ですが「あたご」の意気込みを教えてください。
きた 
意気込み。これからの意気込みに近いことかもしれないですけど、調子に乗ってはいけないけど、5年前10年前よりは自分が見たいものを作れるようになったんですね。
__ 
それはすごい。
きた 
舞踊って抽象表現だからさ、具体的にそれをイメージして作っても違うじゃない。それを表してるだけじゃ舞踊にならないから。そんな、頭の中のものを実際にやってもらうだけじゃ。それを分かるようになったし、今見たいもののためにダンサーがどう状態のコントロールをすればいいのかとかが、ちゃんと伝えられるようになった、ということが今までとは違う変化だと思っていて。だから、これから私どんどん良い作品を作り続けると思うんです。
__ 
おおっ。
きた 
自分で言っちゃうなんてすごいよね、でもそう思うんですよ。「あたご」を見てダメだったら、向こう5年は私の作品を見なくていいです。だからとりあえず見に来てくださいと。大体5年の周期で振り付け理論とか舞踊観というのはちょっとずつ変化して作品として見せられるようになっていく。今はちょうどそのタイミングだと思うんですよ。マーラーでやってきたことだとか、アジアに行った経験だとか、東九条で素敵な人と出会ったりとか。それが今回詰まっていると思います。自信作ですよ。だって、この座組を見て?全員信用できるもん。スタッフも本当に素晴らしいし、ダンサーも。これで面白くなかったら私のせい、私の作品性が駄目だということなので。そしてこんな作品を作れるのは、今の私しかいないと思う。「あたご」は東洋的な身体と感覚がちゃんと出ているけれど、古いものをやってる感じでもない。
__ 
ほおー。
きた 
古いものを取り入れた表現にはなっているけど、それをそのままやってるわけではないし、宗教っぽい何かをとりあえずやってるわけでもない。全く新しいというわけではない、けれども色々な時代に色々なものを踏まえている。
__ 
ミックスという訳ですね。
きた 
これでつまらなかった、あるいは古臭いと思うんだったら私が時代を先取りしすぎたということなのですみませんと言う事です。
__ 
作品を見る前に、何か事前に知っておくべきこととかはありますか?
きた 
まあ、予備知識や体験があるとより面白いよね。愛宕山に登ったことがあるだったり、大念佛狂言を見たことがあったり、なんでもいいんですよ。そういうのがあったらより見方が広まると思うけど、何も持ってこなくてもいいよ。予備知識がなければ楽しめないという作品は、面白いものではないじゃない。
__ 
ありがとうございました。

愛宕山の風景

きた 
雲のかかり方とかも、いつも違うんですよ。毎日違う景色、違う山になる。同じなのに違うということのありがたさなんですよね。山の形って、大災害がない限り大きくは変わらないんですよ。ということは何千年も同じ形なんだよ。だけど毎日見え方が違うってすごいことなんじゃないかと思う。身体もそうなんですよね。毎日違う。機能としては一緒のはずなのに感じ方が違う、感度も違う。やっぱり自然と身体というのは近いものなんですね。そこは分けてない。
__ 
変わっている身体と、変わらないはずなのに、いつも異なっている山。
きた 
そうですね、どちらにもそういう面がある。
__ 
そしてフレッシュネス。
きた 
フレッシュネス。でもどちらにも鮮度があるんですよね。何があるとしても、気づかないふりをすれば気づかないで済むじゃない。
__ 
そうですね。
きた 
気付くことによって豊かになる。でも、些細な事でバランスは崩れてしまう。

高揚

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今日の取材、私もたくさん喋ってしまいましたが、何かお話しになっておきたかったことはありますか?「RE/PLAY Dance Edit」の事とか。
きた 
RE/PLAYね、いい企画ですよね。私にとっても、演出家の多田さんにとっても、プロデューサーの岡崎さんにとっても新鮮で大切なプロジェクトだったと思う。この3人が、「もっとこれを見たいね」という気持ちになった作品が、未だに続いているということがすごい。タイミング的には東京公演でひとまず最後だけだったけど、まだまだ3人とも見たいと思っているから、またいつか。この作品に関しては各地のダンサーにありがとうしかないです。
__ 
面白すぎて、しんどいけどもう一度見ないといけないなと思っています。
きた 
そうね、「RE/PLAY Dance Edit」は高揚していく作品じゃない。ダンサーも高揚できなかったらものすごくしんどいんですが、高揚してもしんどいんですよ。なぜ体って高揚するんだろう。
__ 
そうですね。
きた 
でも高揚するからこそ、色々なことがこの世界で起きてきたじゃない。いいことも悪いことも。高揚を止められない、制御できないという事に身体を感じる。やっぱりそこにお客さんが・・・
__ 
ノってくるんでしょうね。
きた 
ノってきたり、ノらなかったりももちろんするし。けどノれなかった時の置いてきぼり感がすごいと思うんですよあの作品は。
国際共同制作『RE/PLAY Dance Edit』東京公演
2019年2月9日[土]・10日[日]・11日[月・祝]
吉祥寺シアター

オリジナルは、多田淳之介率いる東京デスロックが2011年に発表した『再/生』。反復する身体を通して、再生に向かっていこうとする人間を描き出した演劇作品を、本作では、俳優を振付家・ダンサーに置き換えて、リ・クリエーションします。
ダンスバーションは2012年京都にて初演後、横浜、シンガポール、カンボジア・プノンペン、京都、フィリピン・マニラにて各地のダンサーと上演を重ね、2019年に東京に集結。連続で繰り返されるポピュラーな楽曲、サドンデスで踊り続ける8人のダンサーの疲弊していく身体。ダンスの根拠も意味もなぎ倒していくその果てしない構造が、切実な「生」や混沌とした現代社会を浮き彫りにし、ダンスの概念を覆す問題作です。

演出: 多田淳之介
振付・出演:きたまり、岩渕貞太、Aokid、斉藤綾子、シェリダン・ニューマン(シンガポール)、ソポル・ソー(カンボジア)、カリッサ・アデア(フィリピン)、ジョン・ポール・オルテネロ(フィリピン)

これから

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次の4年は。
きた 
今回久々に振付家としても仕事に集中できています。今後はもっともっと振付家としてキャリアアップして仕事に集中していきたいという気持ちが大きいですが、まだ踊れるから踊るんです。でも自分の踊りが好きかと言うと全然好きではないんです。
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あ、そうなんですか。
きた 
うん。自分のいいところも悪いところも分かる。分かったつもりでいても良くないんですけどね。言ってみれば、ずっと修行しているようなものじゃないですか。
__ 
そうですね。
きた 
だから去年、「きたまりダンス食堂」というものをやってみました。即興で毎日違うミュージシャンと1時間戻るということをやってみて反省したんです。
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反省?
きた 
反省と言うか、私の即興は安易だなと思って。即興なのに、時間軸の中で「この辺で盛り上がっておこう」とか考えながら踊っちゃう。何だろうな、思考が届かないくらい踊りをもっと充実させたい。だから今年の1月から修行として、2-3ヶ月に1回の間隔で「きたまりダンス食堂」をアバンギルドでやるんです。どんな音楽がかかるかわからない状態で毎回30分ずつ時間を広げていって、最終的には3時間半~4時間を即興で踊る企画。私は振り付けするのが大好きなので、即興は得手不得手もきちんと判断できない、けれどもとにかくやってみる。何か踊りが変わるかもしれない。
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すげえな。
きた 
本当に今年は頑張ります。これはもう本当に戻れなくなるわというぐらい、ちゃんと頑張ります。気持ち悪いかもしれないけど、ずっと使いたくても使えない言葉があって。
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大丈夫ですよ。
きた 
全身全霊で踊る。今年はこういう感じ。全身全霊じゃないとできません、というところまで追い詰めたい。ダンサーとしてのキャリアの大詰めだなと思っています。体力やコントロールの面からも、ダンサーとして心身が充実の時期は残念ながらもうそろそろ終わっちゃうから・・・
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悲しいことですね。
きた 
しょうがないことです。ダンスなので。そこからはまた違う踊りが生まれるとも思うけどね。