ポーズとその意味

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思い出深かったのはどんな事ですか。
石畑 
DRY BONESに参加した事ですね。学園祭の公演に関わっていた時期に、「自分はこれでいいんだろうか」と悩んでいたんです。そんな時期に竹内銃一郎さんの名前とDRYBONESのチラシが目に入って、入団しました。
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DRY BONESでの、最初の公演はいかがでしたか。
石畑 
タイトルは「光とそしていくつかのもの reset」でした。その公演の直前に、元々いた団員達がごそっと抜けていて。それで作品の雰囲気も変わったらしかったんです。楽しかったですね。竹内さんがですね、面白かったんですよ。何でも出来るんですよ。凄かったです。「こうやるんだよ」って、笑う演技を見せてもらったり。厳しい時は厳しかったんですけど、良いものを考えて見せたときには、笑ってくれました。
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印象深い経験は。
石畑 
やっぱり一番最初の公演ですね。その時、漠然とですけど舞台での体の動かし方がどれだけ大切なのかが分かったんですよ。
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舞台上の、俳優の体の動かし方という事ですか?
石畑 
それまでは演出家に頼った意識があったんです。「僕らが面白い動きをすれば、演出家が面白いようにまとめてくれるだろう」みたいな。でも、役者の姿勢や動きがお客さんにはどう見えるのか、例えば役者が二人いれば彼らの向いている方向だけで、どんな関係にあるかが分かるんだ、みたいな事を意識するともの凄く面白い。それを体で学んだんです。
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自分の体がどんな態を示しているかに意識的になったという事ですね。
石畑 
そうですね、そこを竹内銃一郎さんという方に教えてもらったのが僕の基本にあると思います。

タグ: 演技の型の重要性


どこへ向かったら?

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先日の劇団衛星の珠光の庵。とても面白かったです。これは僭越ながら、ファックさんの芝居が大変上達していたなと感じまして。型が洗練された演技の先の、何だか丸みを帯びているような、そんな佳境に来ていたと思います。
FJ 
ありがとうございます。
__ 
そこで伺いたいんですが、ファックさんは今後、どこに向かいますか?
FJ 
どこに向かったらいいんですかね?自分がもう下手くそ過ぎて見てられないんですよね。
__ 
私は全然そう思わないですけど。
FJ 
いや、もう使い物にならないと思っているんです。他人の気持ちはもちろん、役柄の心情とか想像出来ないし。今回の一人芝居も、自分の事ならセリフにして表現出来ると思ったからだし。
__ 
なるほど。
FJ 
怒ったりとかの感情を、何か、ただの体(てい)だと思ってたんですよ。でもコントロール出来る人はいるんですよね。他の役者のセリフに対して、身体が反応して感情表現する、そういう技術を周りがやっているのを見て・・・いい仕事をするなあと思うんです。ホンマ自分、出来ひんなあと。どこへ向かったらいいのやら、という気持ちです。
珠光の庵 京都公演「珠光の庵~真の巻~」
公演時期:2014/3/15~16。会場:乾窓禅院。

タグ: 演技の型の重要性 瞬きの数をコントロールする俳優 一人芝居


舞台の上で生きる、動く

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壱劇屋以外で、一緒に作品を作ってみたい人はいますか?
安達 
会話劇をちゃんと取り組みたいですね。今でも一年に一回くらい客演はしているんですけど。違う畑の人と一緒にやってみたい。
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安達さんにとって、優れた俳優とは?
安達 
それになりたい訳じゃないですけど、自分達が演じるという事に真っ正面から向き合ってやれる人なのかなと思います。その役がどんな時に感情を震わせるのかを感性ではなく考えて表現出来る人は、どんな舞台でも必要とされるんじゃないかと思います。
__ 
なるほど。
安達 
自分がそれを出来るかというと、それはやれないと思う。この役はこういう人物だから、こういう行動は出来ないみたいな人を見てきたんですよ。ありえない行動は出来ない、みたいな。でも、演劇の上での人物ってありえへん行動を起こすものじゃないですか。納得出来ないけどやる事になる。そこを嫌がらずに、執着せずに出来るのが自分の良さなんじゃないかなと思います。
__ 
なるほど。執着も大事ですけどね。
安達 
そうですね。でも、演出が決める劇場において、自分の執着一つで出っ張るというのは違うんじゃないの、と。まあ、舞台上の結果が全てなので、そういうこだわりとかは見えない部分なんですけど。一般的には上手い事が全てなんでしょうけど。

タグ: 演技の型の重要性 役をつかむ 感性ではなく考えて表現出来る人


誰何

北尾 
今回の作品は、舞台上に立つことにまっすぐになりすぎてしまうと、見せる者としてちょっとダサいかなあと思う部分があって。ダンサーとしては誠実に身体を投げ出すというのが大前提なんですけど、何かの役として真剣になりきっているのではなくて。だからあまりガチガチに役柄を固めず、家族内での役割が変わっていくような演出にしました。
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例えば「お母さん」「お兄さん」という強い、具体的な代名詞をダンサーに投げかけた時に、不自由さと同時にイメージの広がりと同時に不自由さも得られる訳ですけど、その辺りは上演を通していかがでしたか?
北尾 
東京公演を経て京都公演では、キャラクタライズ・集団性(有象無象)というものを強めた感じで改訂しました。踊る時には、その必然性を言い訳だと思っているんです。踊るというのはすごく非日常的な行為だと思っています。路上で、ダンスが始まる事はないと思っています。そことの距離を何か考えたいと思って、言葉を扱ったりしているんですね。お客さんとの壁を取り払う、一つのてがかりとして。すごく難しいんですけど。そこで、家族という身近なテーマをストレートに扱いました。作用としてはうまくいったんじゃないかなと思っています。仰って頂いたように、家族の事を想起していってもらったらと。

タグ: 演技の型の重要性 役をつかむ 演技それ自体への懐疑 非日常の演出 第四の壁


「司会者」

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いつか、どんな演技がしたいですか?
古藤 
漠然となんですが、いつか「司会者」になりたいです。
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おお。
古藤 
表向きはボケたりしていて、でもまとめる時はまとめる。その境目が限りなく近いひとですね。見た目と雰囲気がボケなのに、ツッコミも行えて、その境界が曖昧というか。さっきはボケてたのに、今もうマジメに進んでいるみたいな。それが演劇で出来るとしたら、そうなりたいですね。
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ちょっと分かるかもしれません。「不思議な存在感」という奴?次に何をするか分からないけれども、それが気になるぐらい注目を集める、飄々とした人物。
古藤 
「どっちにもつける」というのがキーワードかもしれません。丸山交通公園くんが正論を言う時が近いかもしれません。僕は彼ほど、雰囲気だけで面白い訳じゃないのでそれが弱点だと思ってるんですけど。
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いえいえ。
古藤 
だから逆に、両方行けるし、真ん中のおいしい所をとれるかもしれない。テクニック的に難しいとは思うんですけど、そこが自在に操れたらいいなと。
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丸山交通公園の面白さはどこにあるんでしょうね。人柄の良さと、それとは全く関係ない凶暴性の同居かもしれません。
古藤 
そうですね、普段から雰囲気がにじみ出てるんですよ。この人、普段からこんなやばいのか、ってお客さん思ってるかもしれない。

タグ: 演技の型の重要性 凶暴な役者 いつか、こんな演技が出来たら いつか、どんな演劇を作りたい?