何をしたいか考えたら演技だった

__ 
演劇を始めた経緯を教えて頂いてもよろしいでしょうか。
伊藤 
めっちゃ最初から話していいですか。
__ 
もちろんです。
伊藤 
子供の頃からミュージカルが好きだったんです。おやこ劇場に月一回連れていって貰ったりして。母親も好きだったんでしょうね。(ちなみに、絵の教室にも行ってました。)学校の演劇鑑賞会で劇団四季を観てミュージカルが好きになって、でも高校は演劇部は敬遠してて。宝塚とかは好きで、ずっと見に行ってたりしてたんです。
__ 
なるほど。
伊藤 
高校は進学校だったので大学に進むのが当然だったんですけど、私のいた国際教養科は熱い人が多くて、将来は何になりたいとかを語り合ってたんです。その中で一人の子が「私、みんなに黙ってたんだけど、今まで新聞記者になりたいとか言ってたんだけど、本当は歌手になりたいねん」って。そんなきらびやかな芸能生活を送りたいとか言う人なんて入学時からいてなかったし、でも当時ASAYANが流行ってたのもあるし、私も「ああ、自分のやりたい事をやってもいいんや」ってなって。高校3年ぐらいの時から劇団ひまわりの養成所に入りました。
__ 
なるほど。
伊藤 
じゃあ大学行かなくてもいいや、となって。就職しながら週3のレッスンに通って歌とかダンスとかを習う生活を2年続けていました。
__ 
二十歳ぐらいですね。
伊藤 
その時に永津とも出会いました。でも子供の頃からバレエをやっている子を目の当たりにすると能力の差が歴然で。歌もダンスもいっぺんにしようと思ったら私空回りしてる、ってなってしまって。私は一番、何をしたいか考えたら演技だったんですよ。2年続けていた会社を辞めて演技専攻クラスに入りました。その編入も永津が一緒でした。
__ 
なるほど。
伊藤 
その課程を1年間、修了公演みたいなのもあって。ひまわりの劇団員になって、しばらくしてAripeを結成したんです。

タグ: 演劇研修所 その人に出会ってしまった バレエやってた 二十歳のわたし プロの仕事 ロックな生き方


本来の気持ちに

__ 
研修所での西岡さんの様子を伺えればと存じます。今、どんな生活をされているんですか?
西岡 
一年目は、月曜日から金曜日までフルタイムでしたね。朝9時半から夕方くらいまで研修でさまざまな講義や、実技を受けています。二年目になると、現在バリバリ活躍されている演出家の方々と芝居を作る授業も始まり、月~金曜+αで不規則になりました。大学と同じくらい、毎日勉強してます。
__ 
それは、楽しい楽しくないという尺度で言うとどうですか?
西岡 
うーん、時期によって違います。研修生1人1人によっても違うでしょうし。私は、当初は本当に、やりたくてやりたくて仕方なく入りました。でもいつからか日々の生活がルーティン化してくると、ちょっとダレるというか。贅沢なことに、与えられている事が当たり前になってしまって、気持ちが崩れてしまいました。そういう変化を講師の方も分かっていらしたみたいで、喝を入れてもらったりとか、自分でも奮起したり、また初心を思い出して、本来の気持ちに戻ったり、そういう繰り返しでした。
__ 
ルーティン化。
西岡 
私の場合は、周りに「このままじゃ駄目よ」とハッキリ言ってくれる方がいたんです。講師や、同期の8期生も。それから、研修所以外の芝居仲間や同世代の人たちが頑張って公演を重ねているのをみて気付かされる、そんな瞬間がありました。
__ 
なるほど。
西岡 
2年目までは外の公演には参加出来ないのですが、3年目からはカリキュラムが試演会と修了公演のみになるので、外の仕事を受けても良いんです。
__ 
あ、そうなんですね。
西岡 
そういう自分の状況もありつつ、外で仲間がめっちゃ面白い事をやっていると、うわあ~って凄く焦りました。

タグ: 演劇研修所


東京に行った西岡さんが京都に戻ってきた日

__ 
今日はどうぞ、よろしくお願いします。お久しぶりですね。最近、西岡さんはどんな感じでしょうか。
西岡 
こちらこそ、よろしくお願いします。私、今は新国立劇場の演劇研修所の研修生です。今年で3年目で、研修所の最後の年なんですよ。いくつか試演会を重ねてから修了という感じです。まずは、9月に2本の試演会があります。ちょっと遠いんですけど、関西の方々も観にきて頂けると嬉しいです。
__ 
ありがとうございます。頑張ってください。東京に来て、自分は変わったと感じますか?
西岡 
色々と、変わったとは思います。でも根本的な部分が変わったとは思わないですね。無理矢理変わろうとしても無駄だし、変えるには自分はなかなか頑固だなあって。ぜんぜん変わらないというのもなかなか辛いものがありますね。なすがままという感じで行こうと思います。
新国立劇場 演劇研修所
演劇研修所は、3年の研修期間を設け、芸術表現としての演劇を主体的に実践し、組織していく俳優を育てることを中心にカリキュラムを編成しています。1.2年次は基礎的俳優訓練とともに、第一線の演出家や俳優指導の専門家を軸とする講師陣によるシーンスタディを展開し、3年次には修了公演に向けて数本の舞台実習公演を行っています。修了生は、新国立劇場公演のみならず、さまざまなプロデュース公演に出演するなど、活躍の場を広げています。(公式サイトより)新国立劇場 演劇研修所 Facebook

タグ: 『東京』 演劇研修所


人が集まってきてくれる

西岡 
その後も、ジャンルを問わず様々な分野の講師に教わりました。二年目の芝居を作る授業(シーンスタディ)では今まで触れたことのない役にも出会えたり。価値のある事ばっかりだったなあと思います。すごくいい環境だと思うんですよ。それが自主的にできなくなったら終わりだというのも経験しました。自分がこういう事をしたいとか、こうなりたいと思っているところに、定期的にアドバイスをくれる人が集まってきてくれる。それは新劇関係だけ、小劇場関係だけという事ではなくて、多面的な見方が出来るんですよね。知識や体験が増えていくと、その都度ハテナが溜まっていくんですけど、色んな言い方をされるぶん、答えにたどり着けるという感じです。
__ 
なるほど。
西岡 
それは一つのメソッドを追求する劇団や団体とはまた違う価値があると思いますね。

タグ: 演劇研修所


今も、それぞれの場所で

__ 
髙橋さんがお芝居を始めた経緯を教えてください。
髙橋 
私、兵庫県出身なんですけど、宝塚歌劇に憧れて。どうしても入りたかったんです。「あそこは入るところやない、見るところや」って母には言われたんですけど親不孝して受験スクールに通わせてもらって。入学試験に最終まで残ったんですけど落ちてしまったんです。それで1年、ダンスのレッスンを受けながらバイトして、お金を貯めて。お芝居をしようと思って東京に来たんですね。
__ 
近くに宝塚歌劇団にあった、というのがまずはキッカケだったんですね。東京に来てからは?
髙橋 
まず、関西でお芝居をやる環境を探そうと思うと、今ほど情報が溢れている訳じゃなかったので。新劇の劇団の養成所の内、青年座だけ受かったんです。受験がボロボロだったので、もう発表を見ないで帰ろうかなと思ってたら、受かってました。
__ 
おめでとうございました。
髙橋 
それがキッカケでした。“あ、家探さなアカン”となりました。上京した翌週から養成所で鬼のカリキュラムが始まって、その集大成としての公演をして。その時のメンバー達とはすごく絆が深いです。毎日毎日、12時間以上一緒に過ごしたんです。自分にとっては大事な経験です。今も、それぞれの場所で頑張っている同期を誇りに思います。

タグ: 演劇研修所 厳しいレッスン 入団の経緯


少なくとも11,175よりも多い絆

__ 
その頃に見た衝撃作を教えて下さい。
髙橋 
青年座の作品ですが、高畑淳子さんが主演された『パートタイマー・秋子』に衝撃を受けましたね。あと、映画だと『CHICAGO』。キャサリン・ゼタ・ジョーンズの演技が凄くて、10回以上見ましたね。東京で見た初めての映画で、女がのし上がっていくストーリーなんですね。自分も東京でやっていく!という思いがあって。それと、ミュージカルへの思いが残っていたんですね。の割に青年座に入ったんですけど(笑)
__ 
青年座ではミュージカルは難しい?
髙橋 
研究所時代、授業で「バルタン星人になってください」というお題が講師の方から出された時に、ちょっと戸惑い・・・(笑)その後、入団して“ああ、私はミュージカルとは本当に関係ない劇団に入ってしまったんだ”って。今はあまり思わないですし、それまでやっていた日舞やダンスは今でも現場で役に立つので、何も無駄じゃないんですけど。
__ 
青年座の稽古で、どんな時間が好きですか?
髙橋 
家族というか、同じ釜の飯を食う、みたいな。同じ青年座という絆は感じます。でも約150人もの役者さんがいるのでまだ会った事のない方もいらっしゃるんですけどね。
__ 
ええ。
髙橋 
先輩が、後輩を何とかしてあげようという気持ちも色んな状況で感じるんですよ。アプローチはそれぞれ違うんですけど、後輩も先輩に相談しに行きやすくて。そういう環境が、すごく素敵ですね。お酒の席でも、大先輩に「あのシーン、どうでした?」って言い合えるんですよ。
__ 
いや、それはそういう事が積極的に出来る髙橋さんが素晴らしいですね。
髙橋 
いえ、それでも行き詰まってしまう自分が情けないという気持ちは強いです。

タグ: ミュージカルの話題 演劇研修所 自分を変えた、あの舞台 日本舞踊 後輩たちへ 衝撃を受けた作品