揺らぎと演技
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- 今後、高田さんはどんな感じで攻めていかれますか。
- 高田
- とりあえず、あまりカチッとした演技はしていきたくないなと思っています。こんな事を言うと向坂に叱られるかもしれないですけど。格好いい言葉で言うと、揺らぎみたいなものを持ち続けたいなと思っています。
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- 素晴らしい。
衝動
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- さて、KEXのオープンエントリー参加作品[deprived]。見所を教えて頂けますでしょうか。
- 矢野
- 俳優の身体そのものを、先ずは観て頂きたいです。俳優が言葉を発語する。発語という行為を行うために、その行為を際立たせるために本当にいろいろなものを削ぎ落としているので、そこを観て欲しい。どちらかというと僕らの作っているものは派手で豪華なエンターテインメントではなく、儀式的、様式的というか・・・例えば、歌舞伎ではなくて能楽に近いような、そんなものなんですね。俳優がテキストを発するとき、おそらくそれは目に見えるようなものじゃないんですけど、けっこうな苦労をしていて・・・僕らの作品に限らないと思うんですけど、古典や近代文学のようなテキストを、普通に、何事もなく聞けてしまうようにするのって、けっこう難しいんですよ。誰が何故、何を、何のために喋るのか? について、俳優がちゃんと自分のなかに衝動のようなものを持ってないとすぐ、言葉が上滑りするというか、スカスカになってしまうんです。
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- まずは俳優の発語に注目すると、shelfの作品の成立する瞬間が感じられる?
- 矢野
- いうなれば、西洋的な足し算で見せていくフラワーアレンジメントではなく、余白、間を見せるための生花ですね。ギリギリまで削った、言葉と、身体と、空間。そして何より余白を大事にした作品を作っています。これは余談なんですが、最近いろいろ英語で企画書を書いていて苦労したというか気づかされたんですが、英語では日本語の「削ぎ落とす」って、あまり良い意味を持っていないんですよ。trim outとかかな、とか、いろいろ考えたんですけど、trim outだと確かにクローズアップはしているんですけど、それはあくまで部分に集中させることを念頭に置いた表現なんですよね。僕らは逆に、削ぎ落とした、削がれた方の余白の美しさや、お客さんの想像力を喚起するための間、何もない空間じゃなくて、無いものが在る、内に深く混沌さを孕んだ豊かな空間を作るのだということを最優先に狙っています。とにかく古典をやるにしても、今回のような構成作品を上演するにしても、それを大事にしていますね。
歯車がぴたっと合った瞬間
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- 舞台の上で演技をした時。「この演技が上手くいった」という時があると思うんですが、その条件は何だと思いますか?
- 丹下
- それは私個人では絶対出来ないんです。相手ありきというか。全ての歯車がぴたっと合った瞬間。その確率を上げるのが稽古なんだなと思います。全ての関係者とも、その日のコンディションも合わないと上手くいかないと思います。
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- 確率を上げる。その言い方、凄く面白いですね。
- 丹下
- エンタメ系だと、それはパフォーマンスに当てはまるんですけど、会話劇だとそれは当てはまらなくなるんですよね。
噛み合う為に生きている
- 嵯峨
- 腕よりも、もっと鍛えた方がいいのは体幹ですね。そこを教えてくれるのはいい道場です。腕をどう使うかは大切なんですけど、相手がどんな時に来てもいいように胴を練るんです。幹が練れていたらバランスが崩れないので、枝葉に当たる腕も動いてくれるようになるんですね。
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- 体幹を練る。どのように訓練しているのでしょうか。
- 嵯峨
- まずは、正しく立つ事です。背筋をまっすぐ伸ばし、やんわり曲げていく。自分の体にどれだけ力が入っていったのか感じながら曲げていく、あるいは伸ばしていく。ブルース・リー先生もやっていた「アイソメトリックス」がそうですね。立っている人間には前後左右上下の6方向に重力が働いているんですが、動かないで自分はどこに方向に向かっていくのかを感じるトレーニングなんです。前に行きたい自分を抑え、キープする。後ろに行きたい自分を感じる。自覚するんです。
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- 自分の行きたい方向を感じる・・・?
- 嵯峨
- 下に向かう重力があって、自分は反作用で立っていますね。だから自分はここにいる。自分はどの方向に向かうのか?禅のようですね。
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- 精神と肉体と関節の総合が持つ方向付けの力を感じ、集中して問い続ける。
- 嵯峨
- そうですね、力と言えると思います。ただし、惰性ではありません。惰性だと重力に従って落ちていく筈で、それに逆らって立っている自分の方向付けを見定める事は、禅に近い修養と言えるでしょうね。
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- 我々はたまたま生まれてきて、闇雲に生きていますが、肉体と精神と関節というものを与えられていますね。その3つの総合をもってして、方向付けがいみじくも出来ています、と。
- 嵯峨
- そうですね。
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- それは惰性で動こうとしているのではなく、自ら存在として動こうとしている。
- 嵯峨
- もっと演劇の話に近づけると・・・「シモンさんみたいに動いてみたいです」と言われる事があって。僕なんか全然動けないんです。どんな風に自分は動けるのか、そのイメージを具体的に持たないといけないんですね。自分の腕の可動域はどこからどこまでか。肩は?足のバネは?それを考えて、ゆっくり動いてみたり・あるいは勢いをつけたり。考えて動かなければ失敗するパフォーマンスになるんですよね。ちゃんと、今いる立ち位置・スタンスのところから、相手への距離を考えて練っていく事をやるかやらないかが、上手い演技者かどうかの分かれ目。武道でも同じです。これは師範の言葉ですが、武道を学ぶ人こそ頭を使って勉強しないといけないんですね。理を理解し、相手と自分の事を考え、頭を使って勉強していないと、武道を正しく使えないし、上手くもならない。
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- それは、言葉だけではない自己分析と言えるかもしれませんね。自己の表現内容を吟味するという意味で、演技者としての大切な作業ですね。
- 嵯峨
- もちろん、プレイヤーと演技の間には演出の要請がありますからね。さらに、独りよがりの演技に陥ると「何で相手役を置いて一人だけでいってんねん」という事になってしまいますし。舞台は、噛み合った完成形を見せる芸術作品ですから。ところで武道でも、噛み合うという事を学ぶんです。
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- というと。
- 嵯峨
- 武道の「道」とは仲良くする事を意味するんですよ。それが最終目的なんですね。道でないと広がっていかないんです。格闘術は戦場で生き残れればキレイでなくてもそれでいいんですよ、本当に。「道」と名前の付いている武道は自他共栄する事です。演劇って、役者が共演者と一緒に上に上がっていくからより良いものになっていくんですよ。
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- それはきっと、傑作と呼べるものだと思います。
- 嵯峨
- そうですよね。統合・統一・統和されないと、演劇としては完成されないと考えています。そうでないと面白くないんです。
いくつかの到達点
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- いつか、こういう演技がしたいというものはありますか?
- 森
- 一人芝居で、セリフを一言も発さずにマイムだけで全てを伝えられるような役者になりたいですね。そういうのが出来たら、役者としての一つの到達点だと思います。
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- 到達点。
- 森
- 年齢が上の方と共演させて頂くと、やっぱり引っ張って頂くみたいな事はあるんですよ。自分がやらなきゃならないのですが、その時に一人芝居のように、自分で表現内容を決められるような経験があれば全然違うと思うんです。
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- その一人芝居、例えばどんなお話になるでしょうか。
- 森
- 日常の一コマを切り取って、その沈黙の空間に緊張感があふれていて、僕のイメージが強く伝わるような。そんなものが作れればと。
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- なるほど。頑張って下さい。
- 森
- 森個人としては、殺陣だけの芝居に出たいです!
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- 今後、どんな感じで攻めていかれますか?
- 森
- 京都といえばZTONみたいにのし上がって行ければと。その一端を担えればと思います。その為には、まず個人的なスキルアップをしないといけないし、次回公演も成功させないと。
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- ZTONは京都でもかなりの異色劇団ですからね。
だんだん余分なものを取って、余白が残って
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- 今後、どんな感じで攻めていかれますか?
- 七井
- 今やっているロマンポップの芝居なり、自分の演技のあり方なりが全体的に過剰なんですよ。情報量だったり、熱量だったり。抽象的な話なんですけど。
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- というと。
- 七井
- とある役者の方に、沢先生を見に来ていただいて感想を伺ったんですよ。「テンションの高い会話劇だよね」って。荒削りって。それは事実、普通の会話でもテンションが高いんですよ。何でかなというと、脚本家が「芝居は観客をレイプする事なんだ。みんな、普通の人は見たくないんです、気違いを見たいんです」と常々言っていて。
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- なるほど。
- 七井
- するとどうしても、なんだか会話がおかしくなってくるんですよね(笑い)。例えば、静かな演劇の脚本をロマンポップでやったら全然違う方向になると思うんです。
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- そうかもしれませんね。
- 七井
- 私個人の目標としては、今後はそれを削ぎ落としていく方向になるんじゃないかなと。
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- 削ぎ落とす。引き算していくという感じでしょうか。
- 七井
- 一つの表現に収斂させていくというよりは、だんだん余分なものを取って、余白が残って・・・という方向になったら何か出来るのかなと。舞台に立っていても、そういう実感があるんです。
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- わびさび、ですね。多分、理解するのは簡単だけど作るのはめちゃくちゃ難しい美だと思うんですよ。何というか、京都では受け止められやすい表現の方向だと思ういます。
- 七井
- 何にせよ、まだまだ余白よりも伸びしろのある劇団なので、先の話でしかないんですが。