コミュニケーションが仕事の結果に与える、いくつかの影響

__ 
最近疑問に思っている事があって。稽古が面白い作品は本番も面白い、みたいな意見を目にしたんです。面白い作品の条件に、稽古での何かはあるのかなと。役者同士のコミュニケーションが上手く行ってたりだとか、役者が演技を提案してこないと始まらないだとか、稽古のし過ぎは良くないだとか。
伊藤 
ああー、全部ありますね。確かに、お芝居の先輩を見ていても思うんですが、コミュニケーションがホンマに大事なんですよ。リリパットアーミーII(セカンド)さんのお芝居に出させてもらった時、大体毎日飲み会があるんですけど、最初は強制的に相手役の役者さんの隣に座らされるんですよ。最近になって、そうするべきなんやという事に気づきました。
__ 
というと。
伊藤 
相手役の方とお話せえへんでも芝居は出来るんですよ多分。成立するのはすると思うんです。でも、もっと良いものを作ろうとしたり、アイデアを出そうと思ったら相手の役者さんと仲良くならないといけないな、と。コミュニケーションをとらなあかん。飲み会という場所は普段とは違うし、私も最初は飲み会なんて何でいかなあかんのと思ってたんですけど、普段は聞けない話も聞けるし、芝居でやりたい事が直接話し合えるんで、そこで面白いプランが出てきて決まったりするんです。そういうのも大事なんですよね。
__ 
コミュニケーション、めっちゃ難しいですよね。でも、一つ考えている事があります。抽象的な腹のさぐり合いじゃなくて、具体的なものを例に取って話すのが円滑なコミュニケーションになるのかもなあ、って。
伊藤 
そうですね。もしくは全然関係ない世間話をしているときも重要なのかなと思います。彼氏どうなんとか。人柄も見えてくるんだと思うんですよ。私達は大抵初対面の方ばっかりの仕事場なので、本当にどうって事のない話から入っていくといいんですよね。
__ 
IN HER THIRTIESの時は共通項があって、話がしやすいんでしょうねきっと。しかもテーマがそのもの女性の30代だし。
伊藤 
ホンマそうでしたね。稽古場の時に延々と、自分達の生き方を持ち寄って話してました。演劇に対しての思いもそれぞれ違ってたのが凄く印象的で、でも心を開いていない人はいなかったと思います。年上の方にもちゃん付けで呼んでも怒られなかったし喋りやすかったです。本当に、みんながコミュニケーションを取ろうという気持ちがあったんだと思います。みんな、心の扉が開いてる!ってのがわかりました。

タグ: 稽古とコミュニケーション能力


大らかさについて

__ 
これから表現を始めようと思っている若い方に、何か一言頂けないでしょうか。
白神 
私が学生の頃に言われて、今になって凄く実感する事があって。学生の頃に何も考えずに作っていた時期、それは凄く楽しかったんですけど、平田オリザさんに「何においても大らかにいなさい」と言われたんです。それは今になっても残っていて。続けていく内に大らかにはなれない事もあるんですよね。失敗出来ない仕事とか。でも、一作一作に根を詰めたりしていても、大らかさを欠いてはいけないんじゃないか。
__ 
そうですね。
白神 
大らかさを持ってほしいですね。「こうあるべき」とか、「流行だから」とかでやるよりは、自分が見たい・作りたいものを大らかに捉えてほしいです。結局、若い時に出来るものには能力的にも予算的にも限度があって、できないことが多くて根詰めすぎると人を傷つけてしまうから。でも、そういうときの方が実は可能性に満ちあふれているから自分たちが出来る、今やりたいものを、周りの人とよくコミュニケーションをとりながらやって行くのが良いと思います。
__ 
器、ですね。
白神 
器ですね。私器ないですけど。
__ 
とんでもないです。
白神 
もうちょっと広がっていければと思います。

タグ: 稽古とコミュニケーション能力 平田オリザ


体を酷使した日々

__ 
ちなみに由良さんはカポエラをされてますよね。プロレス公演でやってましたよね。意外でした。
由良 
京都駅の近くの道場に通っています。本部はブラジルにあるんです。結構由緒がある道場なんですよ。向こうの世界にはものすごい人がいっぱいいて、同じ人間とは思えない動きをするんですよ。
__ 
おお。
由良 
僕らの所属してるグループを経営している人、つまり僕らの師匠の息子さんが、去年アゼルバイジャンで行われた世界大会で優勝したんです。
__ 
凄いな。私、カポエラの事は知らなかった。
由良 
組み手の中で、動きがシンクロした時が凄いですね。上手な人がやると踊っているように見えるんです。
__ 
役者として、これまでの内閣の公演で、苦労したのは?
由良 
舞台上で苦労したことはあまりないですね。3年前、初めてプロレスをやったんですけど、ほんとに体を酷使するんですね。五体満足で帰れるんだろうかとピリピリして、観客の目線を気にする余裕もなかったです。それ以来感覚が麻痺したみたいになって舞台でプレッシャーを感じることがなくなりました。失敗しても怪我をする訳じゃないので。それよりもコミュニケーションで苦労したり失敗することが多いです。子どもの頃から本当に人と話せなくて、今まで散々人に怒られてきたので何とかしたいです。昔に比べたらこれでもまだマシになった方なのですが、なかなかうまくいかないですね。役者として以前に人としてどうなんだろうと、いつも悩んでます。

タグ: 稽古とコミュニケーション能力 舞台にいる瞬間 外傷・内傷


東京俳優市場2014に出ます

真壁 
稽古が始まる前に、皆で人狼ゲームをしようと提案したんです。ミジンコターボでも、稽古が始まる前にゲームしていたのでそういう経験からですね。もちろん時間は区切って、演出家が稽古場に来るまでに稽古もして。演出はテノヒラサイズの湯浅さんで、指示されていた稽古もして・・・
__ 
コミュニケーションも、稽古も工夫してされていたんですね。それはきちんと、立派な稽古場になっていますね。
真壁 
リーダーだから言う訳じゃないですけど、皆の成長し具合が分かりますよね。
__ 
それは真壁さんが一番成長したと思います。
真壁 
いやー、どうでしょう。私の相手役の子も、ずっと相談をしてくれて。日増しに演技が凄く良くなっていって、感動でした。みんなと得たものはとても大きかったです。参加して良かったです。
__ 
真壁さんは、次回の東京俳優市場への出演も決まっていますね。思いを教えてください。
真壁 
色んな方に、「東京で今の芝居を続けてたらダメだよ」って言われてます。でも見たことないし分からんし・・・いやすみません私こんな感じなんですよ(笑う)。とりあえず、今までやってきた事を全て出したいですね。知らない事ばかりですし、知らない演出家の方だし、初めての土地の、もちろん初めての劇場で。何が出来るか、というよりも、何かをしたい、みたいな好奇心が強いです。
__ 
真壁さんを使い尽くして下さい。
真壁 
ホンマですね(笑う)、自分で自分を使い尽くしていきますよ。
東京俳優市場2014
東京俳優市場は、2006年に開始し今年で8年目20回目の公演を迎えました。若手俳優の育成と発掘を目的としたもので、売り出し中の芸能事務所各社イチオシの若手俳優、女優を舞台を通して芸能関係者にアピールするものです。3人の演出家からなるオムニバス公演が年に2回公演があり、1人だけではなく全員が主体となった形で、3人の演出家からなるオムニバス形式の3つの話を若手俳優、女優が演じます。若手俳優、女優発掘 芸能関係者にとってはこれから芽を出す、これから輝く俳優、女優たちを見つける絶好の機会です。劇作家・演出家は業界で活躍しているプロの作家、演出家のもと、レベルの高い舞台を提供します。(公式サイトより)

タグ: 『東京』 稽古とコミュニケーション能力


vol.376 真壁 愛

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2014/春
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真壁

日本が失ったコミュニケーション読解能力について

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チラシの文章。「ニュアンスでコミュニケーションすることを忘れたエセ主人公たちは明確、且つ単純なプロトコル(通信規約)を膨大な数必要としているのです。」これはどういう意味なのでしょうか?
廣瀬 
分かりやすいことを求めるでしょう、現代日本人って。アメリカ映画も同様に、分かりやすいのが求められる。だからアメリカ人のコミュニケーションは浅いものに終始するのかと思いきや、彼らは非言語のコミュニケーション能力がすごく高いんだと思うんです。現代日本人と較べたら遥かに。
__ 
ノンバーバルコミュニケーションですね。
廣瀬 
ですがそれは、戦前日本人は持ってたんじゃないかという期待を僕は抱いているんです。戦後、アメリカから表層の分かりやすいコミュニケーションだけを取り入れようとして失敗したのではないかと。
__ 
プロトコルの上の部分だけでやってるようなものだと。
廣瀬 
演劇に関わらず、リアルタイムでコミュニケーションする時、ニュアンスを伝えてナンボじゃないですか。しかし、そこは視覚化出来ない。
__ 
情報処理の大部分を担う視覚では、ニュアンスを捉えきれない?
廣瀬 
絶対に映像じゃ伝えられない、非可視光の部分の影響は多大だと思うんです。それをどう発すれば良いかというのは分からないんですが、演劇でやるべきのはそこなんじゃないかと。

タグ: 日本人の美意識 稽古とコミュニケーション能力 難しい演劇作品はいかが 「初めて芝居を見たお客さん」 「核心に迫る」


村川拓也「羅生門」を終えて

__ 
今日はどうぞ、よろしくお願いします!最近、舞台でよく見る大石さんにお話を伺います。大石さんは、最近はどんな感じでしょうか?
大石 
よろしくお願いします。最近は、『羅生門』が終わって、バイトをしたり、映画を観たりと、のんびりとした時間を過ごしています。
__ 
村川拓也さんの『羅生門』ですね。振り返ってみると、大石さんの良さが非常によく出た作品だったと、私は思っています。ご自身にとっては、どんな経験になりましたか?
大石 
自信を持つことが出来た公演でした。自分のことを役者と名乗ることに対しての抵抗が、少しだけ減りました。
__ 
なるほど。公演の内容的に、結構特殊な役どころでしたね。大石さんが言葉の通じないドイツ人の女性に、身振り手振りで羅生門を説明するという作品でしたね。でもそれが、どこか重なるかのような。伝わったというか、重なったんじゃないかなと。どのような稽古場だったのでしょうか?
大石 
他の稽古場のとき以上に、演出家(村川拓也さん)と対話をする時間が多い稽古場でした。自分の考えを言葉にして伝えなればならない状況が、他の稽古場よりも多かったように思います。
__ 
言葉にするというのは、セリフの言い方を整理する為に、考え方を精査するという作業でしょうか?
大石 
うーん、というよりも、舞台でする行為を僕自身が自覚して行えているかに、向き合う作業だったように思います。うん、何だか的は外していないのですが、伝えたいことと微妙に違うような気もします。一言では表せない作業でした。
AAFリージョナル・シアター2013~京都と愛知 vol.3~ 参加作品 村川拓也「羅生門」
公演時期:2013/6/13~16(愛知)、2013/6/21~23(京都)。会場:愛知県芸術劇場小ホール、京都芸術センター。

タグ: 役者の認識(クオリア) 稽古とコミュニケーション能力 客席と舞台の共犯関係 今の作品に集中する 非日常の演出 ユニークな作品あります 最近どう? 創造環境としての京都 実験と作品の価値


vol.312 大石 英史

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2013/春
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大石

手垢について

___ 
実は、「たゆたう」が受けたインタビューのページを拝見したんですよ。そこで、異なる価値観を受容する事についてのお話があって。最近私は、芸術についての議論をもっと豊かな結果に持って行くにはどうすればいいのか、という事を考えていまして。
イガキ 
芸術全般への見方をどう鍛えるかが、教育システムに組み込まれていないからだと思うんですよね。実は私、大学で非常勤講師をやっているんです。今教えている学生達には、強い意志が感じられないなと思って。作りたい、という意志はあるのに、萎縮していきやすいように見えるんです。
___ 
「根性がない」?
イガキ 
ではないですね。根性って自分との戦いだと思うんですよ。もっと根本的な部分の話だと思います。ディスカッションも、他人と自分が違うという事を前提にして、相手を否定したり肯定したりしながらピラミッドを積み上げていくようにしないといけないんですけど、ちょっとでも否定を受けると次の積み木を置くことが出来なくなるみたいな。
___ 
なるほど。
イガキ 
その打たれ弱さは、どうやって出来たのか?
___ 
生き方や振る舞い方が、大学に入るまでの間に、波風が立たないよう洗練されているのかもしれませんね。先生に強く怒られない、友達とも喧嘩しない。ルールの中で巧く生きられるように。これは当然、地域社会や生活レベルによって影響されるんでしょうけど。
イガキ 
SNSなどによってコミュニケーションの効率が上がるようになって、逆に対人関係で難しいやりとりを避けるようになったのかなって思うんですよね。
___ 
ネットを上手く使いこなせますもんね。だから、逆に他人と触れ合う機会は多くなっていると言えるかもしれない。
イガキ 
そうそう。中学生の時にヤフオクを使ってレアモノをゲットしたりするんですよ。へえーって思いました。
___ 
もしかしたら、要領の良い事が当然とされている世界であれば、制作の実段階に入る前の、設計段階での能力が向上するんじゃないですか?
イガキ 
いや、要領がいいのは大事な事やと思うんですけど、大切なのはそこに至るプロセスだと思うんですよね。作品を観て、プロセスや手垢を感じられない作品は別に面白くないんじゃないかと思うんです。それが汚いものでもつるっとしたものであっても、作り手の人格が反映しているものじゃないと鑑賞に値しないんじゃないか。観ている人も作った人もすぐに忘れてしまう。

タグ: 稽古とコミュニケーション能力 汚す


領域外

___
その、これはお聞きしていいかどうか微妙なんですけど。えー。ダンスって言葉がないですよね。そういう事に制限を感じてしま訳で。言葉がない、さらに抽象性の度合いが高くなってくると、理解のハードルが高くなり、エンターテイメントとして楽しめなくなっている観客も出てきてしまうと。
砂連尾
その辺を、どう認識して活動しているか、という事ですよね。
___
ええ。
砂連尾
色んな答え方があると思うんですけど。えーと。
___
はい。
砂連尾
私の実感として、言葉で全てが語れる訳ではないということはまず前提となっていると思うんですが、でも、まあ、分からないという事はある意味恐怖になるというのは分かります。
___
ええ。
砂連尾
これは僕がニューヨークに留学してた事と非常に関係があると思うんですが、ニューヨークに初めて行ったのが25歳の頃だったんですよね。その時、私個人の状況は日本ではそんなに舞台芸術とか音楽を観たり聴いたりする機会が限られていたので、少なかったんですが、まあ、アメリカはブロードウェイから前衛ものまで多種多様にあり、そして何より日本より格段に安く観れたんですね。渡米当初は向こうに友達もいないで行ったので、毎晩劇場に行くのがレッスン以外では楽しい事だったんですよね。数としてはかなり行ったと思いますよ。僕、ニューヨークフィルの会員にもなってて。音楽・オペラも含めたら2~300の公演に行ったんじゃないかな。
___
ええ。
砂連尾
ほぼ毎日見てるという週が何週も続いたり。言葉が分からなかったり音楽の予備知識も少なかったので元から作品の内容を分かろうとしない所から入ったんですよね。とりあえず意味的に理解しようとするのではなく、先ずは感じようと。例えば、クラシックとかではベートーヴェンとか知ってる曲は聴けたけれども、そうじゃない初めての曲や現代音楽って最初はしんどい訳ですよ。
___
知らない曲って、どれも同じに聞こえてしまいますね。
砂連尾
でも会員になっちゃうと演奏が分からず楽しめないのは勿体無いから、聴きに行く前にCDを借りて聞いたり、オペラとかだと年に何回か同じ演目をやるから複数回行って、同じ曲や演目に触れる機会を多くするわけね。そうすると、以前には気付かなかった旋律に気付くんですよね。それから、そういう楽しみ方を音楽以外にも当てはめていくようになったんですね。例えば、バレエだったら、同じダンサー、同じ演目でも体の動かし方が違ったり。そういう事に気付いていく事が、何か凄く楽しくなっていったんですよね。
___
なるほど。
砂連尾
楽しみ方ってのは色々あるし、そういった意味では、その、分からないと言ったことがあんまり絶望的なことではないなあっていうか。分からない事から、自分なりの見方、感じ方を作る第一歩が始まるっていうか。
___
ええ。
砂連尾
世の中、舞台の数は限られていて、その日見てつまんなかったらもう観に来ない人はいっぱいいる。私達の舞台にしても、こちらがその日の為にしっかりとコンディションを整えて本番に臨んでも、分からないと思われる事は充分あり得る訳で。ただ、分からない事から始まる可能性を信じ、それでも、なおかつ理解出来ないと言う結果ならばそういう縁で仕方ないと思うことにして。言葉の領域外のもの、抽象的なものが、この世には一杯あるという事を伝える手段が、舞台芸術、とりわけダンスには非常にあると思っています。
___
なるほど。
砂連尾
だから分かりにくい事に対して、そんなに悲観的ではない。もちろん、非常にマイノリティ的な発想かもしれないけれど。言葉が通じない中での、他人の仕草だとか表情だとか。そういうもので凄く幸せに感じた事もあるし、言葉ってコミュニケーションでありながらディスコミュニケーションにもなりえちゃうって言うか。
___
誤解を生み出しやすいとか、そういう事ですか?
砂連尾
うん、そういうのもあるし、例えば日本語だったら、日本語を喋れない人からしたらそれはディスコミュニケーションじゃないですか。
___
はい。
砂連尾
で、えっと、そういう事になったら別に言葉が絶対に一番理解しやすいものじゃないんじゃないかなと。
___
言葉を意図的に排除するという考え方ではなく、言葉のない世界のコミュニケーションもあるという事ですね。
砂連尾
それも人間としては重要だろうと。言葉も重要だけど、そうじゃない世界も重要だなと。別に体のコミュニケーションが一番とは思ってないですが。

タグ: 稽古とコミュニケーション能力 生き方と世の中の為に動く 新しいエンターテイメント