京都に残る

__ 
勝二さんが演劇を始めた経緯を教えて下さい。
勝二 
中学の頃、それまで取り柄がなかったんですが、文化祭で舞台に立ったら認められた感があって。高校で演劇部に入ったんですが、それが30何人も部員がいる強豪だったんですよ。何となく始めたハズだったのに、熱心にやっている人もいて・・・高校の有志が集まって年度末に公演する劇団もあって、そこに参加していたら面白いなとなってしまって。大学で京都に来たんですけど演劇部が合わない感じがして入らなかったんですけど。
__ 
なるほど。
勝二 
で、ニットキャップシアターの「愛のテール」をアーコンで見たんですけど、それが衝撃で。京都にもこんな演劇がやってたんだ、と。それからごまのはえさんやハラダリャンさんのWSを受けて、しばらく京都に残ろうと思いました。それまでは実家に帰ろうぐらいに思ってたんですけどね。ハラダリャンとも出会って、テンケテンケテンケテンケを旗揚げして活動していました。7回公演までやってましたね。
ニットキャップシアター
京都を拠点に活動する小劇場演劇の劇団。1999年、劇作家・演出家・俳優のごまのはえを代表として旗揚げ。関西を中心に、福岡、名古屋、東京、札幌など日本各地で公演をおこない、2007年には初の海外公演として上海公演を成功させた。一つの作風に安住せず、毎回その時感じていることを素直に表現することを心がけている。代表のごまのはえが描く物語性の強い戯曲を様々な舞台手法を用いて集団で表現する「芸能集団」として自らを鍛え上げてきた。シンプルな中にも奥の深い舞台美術や、照明の美しさ、音作りの質の高さなど、作品を支えるスタッフワークにも定評がある。(公式サイトより)
ニットキャップシアター第13回公演 スロウライフとことこ vol.3「愛のテール」
公演時期:2003年7月12~17日。会場:アートコンプレックス1928。

タグ: 文化祭前夜 その人に出会ってしまった 作家の手つき


vol.397 勝二 繁

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2015/春
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勝二

大学を少し離れて

__ 
石畑さんが演劇を始めた経緯を教えてください。
石畑 
僕のきっかけ薄っぺらいんですよ。高校のクラスメイトが芸能プロダクションに所属していて、彼と親しかったんですけど、文化祭で彼と一緒に舞台に立って、これは面白いなと思って。それから大学でも続けていきたいなと思いました。
__ 
近畿大学での経験はいかがでしたか。
石畑 
うーん、まあでも、トータルで見たら役に立った感じですけどね。匿名劇壇に出会えて参加出来たのは大きかったです。
__ 
なるほど。もしかしたら、微妙な経験だった?
石畑 
もし僕が、高校3年生で演劇を志す人に何かアドバイスするとしたら、近畿大学はあんまりオススメしないですね。
__ 
それは。
石畑 
学生達がですね、あんまり演劇をしようとしないんですよ。演劇学科の学生として入ってきているのに、逃げ腰というか深く関わってこないんです。自分の時間を持つのはいいとは思うんですけど、そこが大きすぎるというか。だから、きっちりやろうとしていたら「何で怒ってんの」とか「雰囲気悪くしてんで」とか言われたり・・・。

タグ: 文化祭前夜


早川さんの初期衝動

__ 
早川さんがお芝居を始めた経緯を教えてください。
早川 
元々何か文章を書く事が好きで、読書感想文が得意なこまっしゃくれたガキだったんです。中学の時、文化祭のクラスの出し物でみんな演劇をするんですけど、大体ああいう時って女子が全然おもしろくない劇をし始めるんです。それが耐えられなくて。中三で台本を書いたのが初めての脚本です。そこから高校まで書いてました。文化祭で毎年劇をやってたんですが、それがまさか仕事になるとは思わなかったです。大学は大阪芸大に入りました。父親のすすめで。
__ 
お父さんに薦められてですか。
早川 
僕のやりたい事を察したのかもしれませんね。ちょっと不思議な人なんですよ。僕が、折り合いを付けるつもりで適当な大学の願書を取り寄せたら「お前は本当にそれでいいのか」と怒られて。「お前はこういうのが好きなんじゃないか」と、芸大の資料を持ってきて。まさか普通、親は普通、芸大は薦めないと思うんですけど。
__ 
そうですね。普通は。
早川 
芸大に入っても、実は脚本を書いていた訳じゃなくて。僕はコピーライターとかそっちのがやりたいなと思ったんですね。企画とか。夢みたいな夢じゃなくて、可能な夢にシフトしたんです。それでも、大学の最後、卒業制作でやっぱり一本芝居をやろうと。学内で役者を目指している仲間も出来たし・・・そうしたらこれが面白かったんですよ。楽しかったし。その時東京の広告代理店の内定を貰ってたんですけど、蹴って。もしかしたら本当は今頃フェラーリぐらい乗ってたかもしれないと自分では思っています。そういう経緯から、放送作家になりました。
__ 
素晴らしい。早川さんの初期衝動について伺いたいんですが、女子が全然おもしろくない劇をやってたのが我慢できなかったと。それを見てしまって火がついた?
早川 
反感食らいそうですけどね。実は中一でルイ何世だかの王様の役をやってたんです。でもあまりにも台本が面白くないから、相手役の男子と相談して、勝手にちょこっとだけ自分達の台詞を作って、勝手に衣装も自作して、勝手なシーンを作ってやったんですよ。それがウケたんです。今思えば、役者としては最低ですね。
__ 
(笑う)
早川 
ほら見ろと。女子はちょっとおかんむりでしたが、僕は大満足でしたね。
__ 
それは、本番突然始めたんですか?予告なしに当日?
早川 
はい。当日。その来年の中二の時も、女子が企画した演劇でまたルイ何世とかの役が振られました。その時は衣装の子がいて全員分作ってたんですが僕は自分から拒否して。ロビンフッドの映画でのショーンコネリーが着ていた衣装を参考に、ちゃんとしたものを作りました。一人だけ衣装のクオリティが違うという。なんかそういう、ヤなガキだったんですよ。
__ 
早川さんの笑いって、もしかして、誰かを驚かせたいという気持ちがあるのかもしれませんね。

タグ: 文化祭前夜 初期衝動 書いてみたいと思った SeizeTheDay


笑の内閣に出会って・・・

__ 
髭さんがお芝居を始めた経緯は。
髭だ 
昔、ものすごく人見知りだったんですよ。引っ込み思案で。小学校で全校生徒の前で喋ったりするような機会でも、出来なくて。中学校の時に文化祭で演劇をしたんですけど、それが自分の行動とは全然違うような役柄だったんですが、結構ウケて。もっとやりたいなと思ったんですね。高校には演劇部は無かったので合唱部に入りました。大学の演劇部に入りました。未踏座です。先輩に九鬼さんがいるんですよ。同期にキタノ万里、2個下に森孝之、図書管がいます。いま考えると凄いメンツですよね。
__ 
笑の内閣との出会いは。
髭だ 
先輩の川崎さんという方に紹介頂いて、一度呼ばれたんですけど予定が合わなくて断ってしまって。3回生の時に、「非実在少女のるてちゃん」に出演して、それからほとんどレギュラーですね。プロレスにも2回くらい参加しています。いつも公演が終わると、「もういいかな」と思うんですけど次も参加しています。何なんでしょうね。題材が面白いからでしょうか。
__ 
笑の内閣。役者の演技が糞下手なのにこりっちで準グランプリを取るという荒業を成し遂げましたよね。しかもそれがあんまり話題になってないという。
髭だ 
不思議ですよね。高間さんが不思議な人だと思うんです。いやー、よく分かんないです。高間さんは。どこでも営業するんですよあの人は。どんな人間に対しても分け隔て無く営業をしてるんです。集客に対する姿勢は昔っから変わってませんね。もう結構売れてるやろうにあの人は何なんでしょうね、その貪欲さは。まあそうでもしないといかんのだとは思いますが。

タグ: 文化祭前夜 九鬼そねみ


あの時のいい顔に見つけたもの

__ 
白井さんがお芝居を始めたのはどんな経緯があったんでしょうか。
白井 
小学生の時に、深夜TVで芝居を見たんですよ。光GENJIの内お二人がでている真田十勇士のお芝居で、最後のカーテンコールで、脇役のおっさんがめちゃくちゃいい顔で挨拶してたんです。汗だくで。芝居はもちろん面白かったんですが、その顔が、めちゃくちゃいいなと思って。そっち側に行きたいなと思ったんです。
__ 
その俳優の表情が、印象的だった。
白井 
あの嬉しさは何だろう。すごく汗だくできらきらしていたんです。でもそこからすぐに演劇を始めるという訳ではなかったんです。中学校の頃にお笑いブームだったので、文化祭でそういうのをやって、笑ってくれるのって嬉しいなと思って。高校の頃に、ゆとり学習の枠で、金曜日に一限だけ演劇の枠があって文化祭で上演しました。大学に入ってから、演劇ぶっくとかで公演の近い劇団に入団しました。
__ 
恐れ入りますが、劇団名を伺えますでしょうか?
白井 
「暇だけどステキ」です。その8回目ぐらいの公演の時、僕が身体障害者の役を頂いたんですね。その時にスタッフで来ていた現在のステージタイガーの代表のhigeさんが見て下さった上に、団員の方にもオススメして下さったそうで。その、僕の役が本物に見えたと仰って頂いて。凄く嬉しかったですね。それから、お誘い頂いて出演させて頂くようになりました。

タグ: 役者の汗を見せる 自分を変えた、あの舞台 文化祭前夜 カーテンコール 初期衝動


経験と総括・2

__ 
山野さんがお芝居を始めた経緯を教えてください。
山野 
高校2年の時に文化祭で、クラスで演劇を作る事になったのが人生最初の舞台でした。ちなみに、高校の時の担任の先生が劇研アクターズラボの田中遊さんの公演クラスに参加していたんです。渋谷善史さんという方で現在も田中遊さんのユニットの正直者の会.labで活動されています。その渋谷さんのクラスで文化祭に出て舞台に立ったのが最初です。
__ 
いかがでしたか。
山野 
良かったです!!すごく褒めてもらえて・・・。高校時代の唯一のいい思い出ですね(苦笑)重要な役でプレッシャーも大きかったし、仲間同士で衝突もしたりで大変でしたけど・・・。本当にやっておいて良かったです。僕の人生を大きく変えた出来事でした。しかし、その舞台の直後に急激に体調を崩しまして・・・病院に行ったところある精神科の病気になってしまっていたんですね・・・。実は育った家庭の環境が非常に悪くて・・・物心ついた頃からあまり自分の家庭が好きではなかったんです。そのストレスからか高校に入学した頃から体調も精神状態も悪く、騙し騙し必死に耐えていたんですが、ついに溜まりに溜まったフラストレーションが爆発してしまって・・・。以来学校にもまともに通えなくなり、処方薬依存でボロボロの状態で勉強どころではなくなってしまって・・・。なんとか高校は卒業できましたが当然受験勉強も進学出来ずそのまま自宅に引きこもるようになってしまったんです。
__ 
なるほど。
山野 
それからしばらくブランクが空くんですが、22歳の時にインターネットで某演劇サークルがメンバーを募集していてそこに入ることにしたんです。理由としては当時の僕は仕事も勉強もできていない、友達もほとんどいない、まあニートだったわけで・・・(苦笑)それが嫌で少しでも社会との接点を持たなくてはと思ったんです。「あの時素晴らしい経験を与えてくれた演劇なら自分に希望を与えてくれるのでは・・・」という思いで(苦笑)で入団してしばらく活動していたんですが正直ものすごく面白くなかったんです。考えが甘くて、だらだらしてて。あまりにも演劇を趣味として見ていたので。
__ 
つまり、良くなかったんですね。
山野 
そうですね・・・。そこでしばらく悩んでいたんです。「そのサークルを辞めようか・・・しかし辞めたところで全くの無名の僕がどうやって芝居を続けるのか?いや自分が頑張ってそのサークルを立て直すべきなのか?しかしそのサークルの方達とは根本から考え方が違うのでは?」とかウダウダ考えている矢先にふつうユニットの廣瀬信輔さんと出会ったんです。確か2011年の1月だったと記憶しています。そこで廣瀬さんに気に入ってもらえてふつうユニットの「スペーストラベラーズ」という作品に出演させていただいたんです。その現場で廣瀬さんや他の共演者の皆さんに良くしてもらって・・・随分久しぶりに同年代の人達と関わることができて、喋って、遊んで、作品を造って・・・本当に楽しい現場でした。これをキッカケとして人と関わることを覚えて、徐々に引きこもりからを脱出することができたんです。
__ 
廣瀬さんと出会ったのはどんな経緯が。
山野 
谷さんが参加されていた、劇研アクターズラボの「恋愛論」という作品の挟み込みに、ふつうユニットの出演者募集のチラシがあったんです。当時の僕は今以上に演劇のことを何もわかっていませんでしたから・・・堅苦しいチラシとかだったら逃げ腰になってしまって絶対行けなかったと思うんですけど、そのふつうユニットのチラシがまあ、そのあまり上手くない絵が表にデカデカと描いてあって(笑)書いてあることも砕けた内容だったのでここなら自分でもと思い連絡をとってみたんです。そしたら連絡してきたのは僕一人だけだったらしくて(笑)それがきっかけで(苦笑)もしそれが無かったら現在の自分はなかったかもしれませんね(苦笑)

タグ: 俳優のブランク 自分を変えた、あの舞台 文化祭前夜 劇研アクターズラボ 高校演劇 ひきこもり もう、辞めたい


vol.364 山野 博生

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2014/春
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山野

いていいんかな

__ 
演劇を始めた経緯を教えてください。
乾  
私の入っていた小学校では、六年生になると卒業公演をするんですよ。ライオンキングをする事になって、私は子供心に悪役をやりたいと思っていまして。ずっと。オーディションで、スカーという役をさせてもらいました。
__ 
いかがでしたか。
乾  
終わった後、あまり遊んだ事のない子や親御さんから、「良かったよ」と言ってもらえて。それで調子に乗って、演劇を始めました。必要とされているのが嬉しいのかもしれません。
__ 
必要とされたい?
乾  
役があると、「いていいんだ」って自然に思うんです。稽古場なんて、それだけで楽しいですね。本番が終わった後に、お客さんから声掛けてもらったりするとすごく嬉しい。
__ 
最近、私は闇金ウシジマくんが好きで。そこに出てくる登場人物の半数以上が、「誰かに必要とされたい」って思ってるんですよ。依存を止められない癖に、寂しい自分は客観視して、批評までしてしまう。
乾  
だから人気があるんでしょうね。必要とされたいってきっとみんなあると思うんです。稽古場というか劇団って、いる事を許されている気がするので。でも「いていいんかな」って思っちゃうんですけど。
__ 
私の中では、がっかりアバターにおける乾さんの存在はもう必要不可欠ですけどね。
乾  
えーっ。いつ捨てられるかと思ってますよ。
__ 
いやいや。少年役がはまりまくる感じ、がっかりアバター独自のかぼそい変態性に最高にハマっていると思いますよ。
乾  
劇団とか、入るつもりは無かったんですよ。それまでにもお芝居に出させてもらった事はあるんですけど、がっかりアバターは稽古も含めてあまりにも楽しくて。これ、もう出られないのが、めっちゃ嫌だと思って。「入っていいですか」と言って入れてもらいました。
__ 
がっかりアバターに出会った経緯は?
乾  
中学3年の時に、文化祭で坂本さんの舞台を見たんですよ。この人は凄いと純粋に思って。今でも雲の上の存在なんですよ。衝撃を受けて同じ学校に入ったんです。
__ 
なるほど。
乾  
その時にやってたのが、舞台の上に男の子が寝かされて「死体や」って言って。アンディさんが体育館用の掃除機でその男の子の乳首を延々と吸うっていう。学校の文化祭なので、当然父兄が来て見ていて。もの凄い空気でした。
__ 
どのくらいの作品でしたか?
乾  
覚えていませんがもの凄く長い時間だった気がします。緊張感がありました。アンディさん、輝いてました。衝撃でしたね。

タグ: 文化祭前夜 その人に出会ってしまった 衝撃を受けた作品 調子のってた ポジショニング不安 ライオンの話題


ホンを書く高校生

__ 
坂本さんがお芝居を始めたキッカケを教えて下さい。
坂本 
私は大阪府立寝屋川高校に入学しましてですね。そこは文化祭を頑張る不思議な高校でした。3年になったら演劇やらなあかんやろという風潮になるんです。2年以下は体育館ではなく小さい講堂で「小劇」というのをやったり、映像作品を作ったりするんですね。高校一年生のとき、私達のクラスはHIVに感染した女の子の話を映像作品としてやる事になって。4人で台本を書く事になりました。女の子本人を主人公にするのではなく、クラスメイトの男の子の目線から描こう、というアイデアが出たりして。皆なんて頭がいいんだろうと感心してました。台本は4分割して書く事になって、私は最後のパートを書きました。
__ 
それが最初の脚本だったんですね・
坂本 
自分のノートにバーっと思いついた事を書いたんですよ。それを、先生が「見せなさい」と、一つ一つ添削してくれて「ここはとても良い」とか「ここはもう少し考えないとあかん」と。ありがたかったですね。撮影を終えて編集を始めるとこれが大変で、規定時間に収まらないとか、エンドロールが入らないとか。そうした困った事が、工夫によって上手い演出に転化していくのが超面白くて。台本楽しいとなって、もっと書きたくなったんですね。

タグ: 文化祭前夜 書いてみたいと思った 工夫する俳優


あの時代から数歩離れて

__ 
玉一さんが演劇を始めた経緯を教えてください。
玉一 
高校3年の頃、文化祭で演劇をやろうと誘われたんですよ。水球部・テニス部・書画部の仲良しで集まって。三谷幸喜さんのTVドラマのある一話を演劇化する企画でした。それまで演劇なんてやった事無かったんですけどね。それから大学に入って友達にすすめられてラーメンズのDVDを見たんですが、凄く世界観が独特じゃないですか。いいなあと思って。
__ 
楽しそうですね。
玉一 
で、私も当時自分の世界観を京都精華大で絵で表現してたりしてたんです。でもある時先生に「それじゃ全部は伝わらないよ」と。これじゃダメなんですか?全部伝えないといけないんですか?私は偶然性というものも好きだったんです、偶然生まれた技法だったりとか。でも、やっぱり学校だから。研究して積み重ねないとダメなんですよね。そこの食い違いというかそういうわだかまりもあったものだから、平面の世界で息詰まっていて。抜け出したかったというのはありますね。そういう折にラーメンズとかを見て、自分が作品を描くのではなく、自分が作品の一部になるというのはこれまた面白いなあと。それで劇的集団忘却曲線に飛び込みました。
__ 
大学は教育機関ですからね。評価されますからね。
玉一 
そうですね、総評されるんです。私は作品の一部分が面白い、というのもありなんじゃないかなあと思ってたんですが、そうじゃないんですよね。難しいなあと。パッと思いついたらそれをやるという、面白い方に飛びつくという。集中力がないんですかね。でも演劇って、何ヶ月も同じ作品に向き合うじゃないですか。今日は昨日よりも掘り下げられた、みたいな感触があって・・・
__ 
それは、確実に製作者としての意識が高まっているんじゃないでしょうか。
玉一 
そうかなあー。
__ 
ある程度以上の重さを持っている作品は確かにあって、それはお客さんの心と引き合うんですけど、その時にどれだけ考えられて作られているか、に依っていると思うんですよ。それがお客さんの目の前に現れる時、美しい調和をもって時間とともに奏でられると思うんです。
玉一 
そういう意味では、大分自分は変わってきていると思います。入ってからも変わっているし、周りも変わったし。だから、なんか、昔と全然違いますね。

タグ: 俳優のブレイクスルー 頭が真っ白になる 自分を変えた、あの舞台 文化祭前夜 リアルに相対し戦慄する 人生の節目 三谷幸喜 自分で考えてきたもの、の価値 入団の経緯 受け入れる・受け入れられる 尊敬している人


面白い言い方がぽっと思いつく

__ 
丸山さんが初めて舞台に立ったのはどのような。
丸山 
小学生の頃、文化祭で生徒会が40分くらいの芝居をやったんです。加古川小学校で加古川コマンという役でした。半ズボンで赤いマントの。
__ 
最悪ですね。
丸山 
(笑う)大仰なドラの音がなって出てくるという役でした。ウケました。それが初めてです。
__ 
今、どんな役者になりたいですか?
丸山 
東映のヤクザ映画に出てはった、室田日出男さんという人の演技がめちゃめちゃ好きで。狂ってるような人なんですけど、哀愁と可笑しみがある人なんですよ。ああいう役者になりたいですね。
__ 
いつか、こういう演技が出来るようになりたいとかはありますか?
丸山 
今、わりと「笑いを取って来る」事を期待されるんです。自分自身としても、笑いが起きてないと怖いです。シーンとしたら、セリフが飛んでいる状況と一緒ですね。むっちゃ怖いんですよ。そんな事を思わんと、普通に演技をするようなのがしてみたいですね。
__ 
なるほど。
丸山 
舞台に立つ上での怖さが、人一倍あるんじゃないかと思うんです。ウケんかったらイヤやなと思って、雑になってしまう事もあるんです。丁寧に演技をしたいという欲求もあって、そこら辺の感情をうまくしたいなと。結構悩んでいて。
__ 
思うに、丸山さんの演技のイメージを伝える速度はとても早くて鋭くて。個人的にはそうした事が出来る人を天才と呼んでいるんですが、そうした演技のイメージ作りはどこから来るのですか?
丸山 
これは結構、良くないんですが・・・ゲネぐらいで気づきますね。「ああ、これや」と。下手したら、5回ある本番で2回目ぐらいで正解見つけて、みたいな。申し訳ないんですが。お客さんいないと、自分の中の何かがサボっちゃうんですね。ウケへんという不快感がないとサボっちゃうみたいで・・・。ウケを取るのが目的ではないセリフがあったとして、本番でお客さんを前にした時に、面白い言い方がぽっと思いつく。想定が出来てないんですね、良くないなあと思いつく度に思います。
__ 
考え始めるのが遅くても、発想の切れ味が鋭ければ、まだいいじゃないですか。
丸山 
そう言ってもらえると。でも、申し訳なく思いますね。

タグ: アドリブについて キャスティングについて 赤色 コメディリリーフ 文化祭前夜 いつか、こんな演技が出来たら


部活選び

__ 
嘉納さんがお芝居を始めたきっかけを教えてください。
嘉納 
高校では陸上部に入ろうと思ってたんですが、無かったので演劇部にしました。それが最初です。
__ 
演劇が陸上の代わりの選択に?
嘉納 
中学時代に友達に借りたガラスの仮面と、あと5歳くらいに学童保育のお遊戯会で「セロ弾きのゴーシュ」をやったんですが私はヒバリ役で「私たちは喉から血が出ても歌うのになぜあなたは弾かないのですか」という台詞を泣きながら熱演してたらしくて。あとは、高校入学時、部活選びで迷っていた時期にウチにきた祖母のすすめですね。
__ 
有北さんとの出会いは。
嘉納 
大学の演劇部です。私が2回生で自主引退したときに文化祭があって、私も時間があるし、何かしたいなと。演劇部で馬のあったおっさんを誘って、文化祭で自主公演したのが最初です。それから外部公演をし始めて。卒業してからも続けています。

タグ: 文化祭前夜 迷っています その人に出会ってしまった お遊戯会


切り離す

__ 
末山さんの脚本。「ビリビリ直子ちゃん」、とても面白かったです。ある高校の文化祭を舞台に、原発問題と表現の自由を描く野心作。書く時に、どのような事を考えましたか?
末山 
あの時、社会的な気分だったんですよ。原発に関して、あんなにいっぱい反対する人がいて、でも預かり知らぬ所で物事が決まっていって。そんなのでいいのか。黙っていていいのか?という疑問があって。しかし、とはいえ、僕が反対運動に参加する訳じゃなし。
__ 
ええ。
末山 
大飯原発再稼働の時、会社の研修で東京に行っていて。滞在していたホテルの部屋で、デモのUstream中継を見たんです。僕は原発を信じていないし、あっさりと再稼働するのはおかしいと思っていまして。でも、反対派の人たちの騒ぎもどうかと思うんですよ。太鼓で音を鳴らしたり、神輿を担いだり。この人の中には、消費税増税反対派の人々もいるに違いないと。
__ 
そうでしょうね。
末山 
身の回りの事を切り分けずに、色んな問題をいっしょくたにしてるんじゃないか。もっと、細かく切り分けて考えた方がいいと思うんですよ。それとこれとは話が違う。僕の中には、そういう考え方が根づいていたんです。
KAIKA劇団 会華*開可「ビリビリ直子ちゃん」
公演時期:2012/11/23~25。会場:KAIKA。

タグ: 文化祭前夜 超天晴!福島旅行 ユニークな作品あります


ネーミング

__ 
三名さんがお芝居を始めたのはどのような経緯があるのでしょうか。
三名 
小学校の頃に、「安寿と厨子王丸」という森鴎外の山椒大夫から題材を得た音楽劇を見て、それがすごく印象に残っていて。その曲コピーしてずっと持っていたんです。そこから興味があったのかな。高校の文化祭の時に、クラスの出し物で劇をしようという事になって、その時に担任の先生がなぜか私に「書けるんじゃない?」って言って下さったんですね。何でなのかは分からないんですけど・・・15分ぐらいの、受験かなんかの台本を書いたら結構楽しくて。
__ 
なるほど。
三名 
大学では、演劇のサークルを選びました。
__ 
そこから始まったんですね。レトルト内閣を旗揚げしたのは。
三名 
大学のサークルの時は俳優をちょっとやったり美術や音響をやったりとうろちょろしてたんですけど、卒業の辺りで演出をやらせてもらって(野田秀樹の「桜の森」でした)。もっと追求したいなと。自分で台本を書いてみたら、代表の川内が「一回やってみよう」と。劇団名もその時付けた適当なもののままで、今も続いています。
__ 
ありがとうございました。レトルト内閣って命名、適当なんですか。
三名 
その時の、森内閣が崖っぷちだったからかな?他に色んな案が出てたんですけど、瞬間的に印象の残る名前を選びました。
__ 
笑の内閣とどんな思想的な違いがあるのかと思ってました。
三名 
あ、笑の内閣。この間ディベートする作品を見ました。代表の方がめっちゃ面白かったです。ネーミングに根拠付けがあるんですよね。
__ 
笑の大学のもじりでしょうね、きっと。
三名 
何回も改名案は出てきているんですけど、せっかく今まで頑張ってきたのに、もったいないと。
__ 
まあ、検索しやすいですからね。
三名 
でも、名前と作品内容の違いというのがあるので。
__ 
どうでしょうね。私はレトルト内閣でイメージが固定されていますからね。
三名 
世界一団さんみたいに、ビシッと変えられるんちゃうかなと思っています。
__ 
狙って行って下さい。

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ミジンコターボ「シニガミと蝋燭」

__ 
ミジンコターボ「死神と蝋燭」。お疲れさまでした。結構メタ的な立ち位置でしたね。
山田 
そうですね。僕の演技スペースは舞台の二階だったんですが、そこから小説家の描く世界を見守るみたいな。メインのスペースで演じてるみんなを誰よりも見るみたいな。
__ 
ご自身としてはどんな経験でしたか。
山田 
何か子供もたくさんいたりして、文化祭を思い出しました。本番中も、袖から片岡百萬両さんと舞台上の役者の気になるところや、舞台袖で起こる事件を見たりして楽しんでました。「あいつ出とちってる!!ちょっと悩んで・・出るのあきらめたー!!」とか。ミジンコターボさんは二人の作演出家さんがいるんです。片岡百萬両さんの作品はコントっぽくてあったかい感じで、竜崎だいちさんの作品は最近はちょっとダークなファンタジーです。今回は竜崎さんでしたね。世界観と、リズムで見せる芝居でした。楽しかったです。
ミジンコターボ
大阪芸術大学文芸学科卒業の竜崎だいちの書き下ろしたオリジナル戯曲作を、関西で数多くの外部出演をこなす片岡百萬両が演出するというスタイルで、現在も関西を中心に精力的に活動中。2011年からは東京公演も行う。現在劇団員は片岡百萬両・竜崎だいち・Sun!!・川端優紀・江本祥・赤松洋樹・中元優那・西野遥子・箕原汐梨の合計9名で構成されています。最終目標は月面公演。(公式サイトより)
ミジンコターボ-10『シニガミと蝋燭』
公演時期:2012/7/27~29。会場:ABCホール。

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