あの一瞬が遠くて

__ 
この間、ニットキャップシアターの「月が見ていた話」に出演された時に改めて思ったんですが、役者としての平林さんはものすごく受け止めやすい存在感がありますよね。共感しやすいというか、なんというか。素直に受け止められる気がするんです。
平林 
素直でいようとは思ってますね。嘘をついてたら分かっちゃうんですよ。演じる上で、その人物を分かってないと台詞って言えないというか。まあ覚えてしまえば言えるんですけど、でも、そこを何とか、分かりたいなというのがあります。
__ 
役者の、自分の演技に対する理解度という事でしょうか。最近、それって観客に与える印象にかなり影響するんじゃないかなと思っていまして・・・。
平林 
ええ。でも、役者が分からないまま言う台詞もあっていいと思いますけどね。そういう負荷がないと面白くない場合はあると思います。結局、素の状態が一番面白いんだと思うんですよ。素の状態にするために、色々演出するんじゃないかと思うんです。
__ 
素の状態である事。リアルに役者を感じるようになるという事ですね。では、平林さんが考える「魅力的な俳優」とは。
平林 
やっぱり、その場でやっているように思わせる人、ですね。ああ、今この場でその気持ちになってるんだ、って。その場で悲しい気持ちになっている役者がいて、それがお客さんに伝わって・・・生の舞台の最大の魅力ってそこだと思いますよ。
__ 
そこに毎回行き着けられたらすごいですよね。
平林 
ねえ。
__ 
何か方法があるんですかね? いや私もそういう風になった舞台は何回か立ち会った事があって、手の込んでる作品にお客さんが夢中になった時に、まあ会場が一体になっている感覚があって。傑作ってそれの事なんじゃないかと思っているんですが。
平林 
でも、手順や手数だけじゃない何かもあるんですよ。俳優に限って言ったら、例えば人生経験とか、深みだったり。
__ 
そうそう、そういう、トレーニング出来ない部分ってありますよね。それから、何だろう・・・お客さん側の努力もいるのかなと思います。役者がいくら、生の状態になっていても、見る態度にまで持っていけないといけないし、ちょっとつまらなくてもカンタンに諦めてはいけないし。結局、演者側にも客席側にも、手軽な方法はないみたいですね。
平林 
そうですね。疲れますけどね。だからこそ、「やれた!」「見た!」という気持ちになるんだと思います。
ニットキャップシアター 第34回公演『月がみていた話』
公演時期:2014/5/10~11。会場:八尾プリズム小ホール。

タグ: 演技の理解、その可能性 傑作の定義


オペレーターの失敗

___ 
あるシーンでの照明が、本当にそのプランが最も妥当なのか?というのは観客からはわからないんじゃないかな、と。別に地明かりでも影響ないんじゃないか。そういう事を考えたとき、その光が代替可能ではない、つまり貴重な、それだけで傑作に値する、そんな照明を作るにはどうすれば良いのでしょうか。
ツォウ 
一つ言えるのは、照明プランナーの考え方としては、お客さんに気付かれないのがいい明かりと言えるんですよね。「いい明かりだな」と思われると、その瞬間、舞台の役者さんや作品から、お客さんを持っていってしまうんじゃないかというのがあって。「役者さんがきれい・かっこ良い」と思われてほしいですね。その辺はオペレーターの腕にも掛かっていると思いますね。
___ 
なるほど。
ツォウ 
矛盾しているんですよね。プランナーとしてはやっぱり「キレイだな」と思ってもらいたいし、オペレーターとしては光をキレイだと思われてしまったらある意味失敗だし。

タグ: 傑作の定義 わたしとわたしの矛盾


続けていく

__ 
今後、どんな感じで攻めていかれますか?
廣瀬 
これまで年に3回から4回、舞台に立たせてもらったり自分で上演したりしてきて。それぐらいのペースじゃないと辞めてしまうやろうなという恐怖感に囚われながらやってたんです。でも、そろそろ働きながら演劇を続けるという事をガチに考えないといけないとなると、1・2年に1回でもいいんじゃないのと。続けていくという事が大切なんじゃないかと。ペースが落ちてもいいから、続けていますと言える事が大事なんじゃないのと思っているので。
__ 
素晴らしい。
廣瀬 
今までも、30分から1時間の小作品を2年に一回のペースでしか書けていないので。そのペースでいいんじゃないかと。演劇を見るということだけでも、つながりが消える訳じゃないんだから。
__ 
ご自身のペースに合わせる事で傑作が作れるのであればそれが正解だと思います。今日はありがとうございました。
廣瀬 
ありがとうございました。

タグ: どんな手段でもいいから続ける 傑作の定義


Baobab

__ 
今後、どんな感じで攻めていかれますか?
北尾 
アフタートークでも言わせてもらったんですが、今回の作品を通して言葉と身体の関係、そのリスクの面を痛感しました。今一度、身体の方に立ち返っていきたいなと。Baobabも4・5年目と段々と規模が大きくなりつつあるんですが、常々情報量の多い作品を作ってきたんですが、もう少し焦点を絞ったやり方が出来ないか。そして、自分にとってダンスが何なのか、そうした視点を作品の中に芽吹かせたいなと。それが重要な作業だと思いますので。なので、Baobabとしては充電期間に入りたいかなと思っています。
__ 
ご自身にとって、ダンスを見直すと。
北尾 
そうですね、歳相応に傑作を作りたいですね。でも僕にとっては、作ってきた作品はみんな財産なんです。死ぬ時にはその作品を胸に抱いて死んでいきたいと思っています。全ての作品が一つの大きな樹木を構成していて、この作品はこれこれこういう構造の建築物で、これらの作品群が一つの幹を構成していて。そんなイメージの、まるで国を作るような。そんな作品創作をしていきたいなと思っています。

タグ: 傑作の定義 情報量の多い作品づくり


ループ

___ 
silsilさんが絵を描き始めたのはどのような経緯があるのでしょうか。
silsil 
物心付いた時から描いていました。が、姉も描いていて賞も取ったりして、ずっと日陰の身でした。一向に褒められないけど、好きだから描いていました。
___ 
ずっと続けていたんですね。
silsil 
そうですね。高校では、全部の教科のノートに自分の絵や写真を切って貼ってしていました。こういう仕事をグラフィックデザインと呼ぶんだと知って、それで専門学校のグラフィックデザインコースに入学しました。入った後に、イラストを使うような授業があって。どの素材も気に入らなくて、自分でまた描き始めました。
___ 
その時に私と会ったんですかね。どこの大学でしたっけ・・・。
silsil 
甲南女子大の学園祭でしたね。どんな人でも可愛い女の子になるヘンな似顔絵師をしてました(笑う)。おばあちゃんが来ても可愛い女の子になりますけど、いいですか?って。
___ 
それは素晴らしいですね。似顔絵師なのに、自分の表現を曲げない。
silsil 
まあ、そう見えるので。ゴリゴリした男の人がきても、可愛い方がええなと思って女の子を描いてました。
___ 
おばあちゃんが来ても可愛い女の子が出てくるというのがいいですね。
silsil 
もう一度やりたいですね。あれはお小遣い稼ぎでやってました。「料金はお気持ちだけ下さい」って。露店をやってから色んな出会いがありました。本当に。クラブイベントに出演させてもらって、その先で個展に呼ばれて、またその先で・・・そういうループで今の活動のベースは出来ているので。ストリートで絵を描いていたその時間は大事だったと思いますね。
___ 
しかも、ムーンビームマシンのイベントにも出て。
silsil 
はい。ライブペイントを見に来ていらして、そこでお話が膨らんでいって。ムーンビームマシンの方々って、エンターテイメントに真っ直ぐなんですよね。舞台って凄く大変ですよね!みんな、何でこんなのやってるの、ってくらい大変でした。私なんて、そんなに演技はないので大変ではないはずなんですが・・・
___ 
そうですよね。
silsil 
すごく練習するじゃないですか。毎週2、3日の練習を2・3ヶ月して、公演は2~3日、一瞬で終わってしまうのに。
___ 
壮大なムダに見えるでしょうね。でも、それは傑作を生み出す為に仕方ない事だと思っています。画家の方にとっても同じかもしれませんが、傑作って皆、それと分かるじゃないですか。見たら。
silsil 
確かに。
___ 
その傑作なんて、いつでも作れる訳じゃないし、どんな条件が揃っていてもまだ足りない。俳優個人の力とか意識とか存在がこの世に具現化していて、しかも観客がその意味を分かっていないと成立しないし。そんな時には、舞台と観客の間にとても濃い応酬があるんです。
silsil 
確かに。私も舞台に出させて貰った時に物凄い感動がありましたね。みんなで一個のものを作って表現して。舞台に立つ興奮が、それまでの辛さを全て消し去るという。あれはビックリしましたね。ものすごい快感もあって・・・

タグ: 傑作の定義 新しいエンターテイメント


vol.311 silsil

フリー・その他。

2013/春
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silsil

劇団ZTON「天狼ノ星」を終えて

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天狼ノ星を終えて。ZTONの傑作として記憶に新しいですね。大変面白かったです。私の考え方だと、傑作って作品だけではきっと成立しなくて、客席も含めた劇場が置かれている時代背景がかなり影響していると思うんです。そうして初めて演劇は必然性を持って現在の我々の前に現出しうるのではないか。天狼ノ星は、多文化共生社会の到来と東アジアとの国際関係に悩む現代日本を背景に、他国の国民とこれから向き合うであろう世代の横顔を、ループ状の物語構成を借りた演劇作品として鮮やかに表現されていました。もちろん芝居としても非常に完成度が高く、素晴らしい演劇になりました。為房さんは、一人の役者として、どのような経験でしたか?
為房 
ありがとうございます。お芝居を作るにあたって何が一番大事かって、話が一番大事だと思っていたんです。僕が何かお芝居やパフォーマンスを見る時、やっぱりお話を見るんですね。脚本家が書いたものの起承転結がきちんと魅せられるか。そこに徹するあまり、自分が演技をする時も「色がない」「安定感が凄いよね」「もっと余分な事をすればいいのに」と言われる事があって。
__ 
そんな事を言われますか。
為房 
安定はしているけどね、って。でも今回に関して言えば、早い段階で稽古が回ってこなくなって。つまり殺陣指導をはじめ稽古を見る時間や、自分自身のプラスアルファを考える機会が多かったんですね。さらに、団員の平均年齢があがるにつれ、僕が、絶対的に話を魅せる側に回らないといけないと自覚したんです。地の章では割と、一本の柱としての役なので、もっと我を張らなくてはならないと。今までは誰がメインなのかによって、そこに意識を集中させるために考えて、それはもちろん大切なんですけど、その中でも我を持つようになったというのが個人としては大きい変化でした。
__ 
話を律する立場を意識するようになった。
為房 
そうなるのが遅すぎると言われそうですけど。ホントに極端な事を言うと、話が壊れてもいいから僕が目立てばいいかなというぐらいの気持ちになった、というのが大きいですね。

タグ: 傑作の定義 背景が浮かびあがる 自分の演技を客観的に見る 世界がズル剥け 役者に求めるもの 殺陣の話題 劇団ZTON、参る


噛み合う為に生きている

嵯峨 
腕よりも、もっと鍛えた方がいいのは体幹ですね。そこを教えてくれるのはいい道場です。腕をどう使うかは大切なんですけど、相手がどんな時に来てもいいように胴を練るんです。幹が練れていたらバランスが崩れないので、枝葉に当たる腕も動いてくれるようになるんですね。
__ 
体幹を練る。どのように訓練しているのでしょうか。
嵯峨 
まずは、正しく立つ事です。背筋をまっすぐ伸ばし、やんわり曲げていく。自分の体にどれだけ力が入っていったのか感じながら曲げていく、あるいは伸ばしていく。ブルース・リー先生もやっていた「アイソメトリックス」がそうですね。立っている人間には前後左右上下の6方向に重力が働いているんですが、動かないで自分はどこに方向に向かっていくのかを感じるトレーニングなんです。前に行きたい自分を抑え、キープする。後ろに行きたい自分を感じる。自覚するんです。
__ 
自分の行きたい方向を感じる・・・?
嵯峨 
下に向かう重力があって、自分は反作用で立っていますね。だから自分はここにいる。自分はどの方向に向かうのか?禅のようですね。
__ 
精神と肉体と関節の総合が持つ方向付けの力を感じ、集中して問い続ける。
嵯峨 
そうですね、力と言えると思います。ただし、惰性ではありません。惰性だと重力に従って落ちていく筈で、それに逆らって立っている自分の方向付けを見定める事は、禅に近い修養と言えるでしょうね。
__ 
我々はたまたま生まれてきて、闇雲に生きていますが、肉体と精神と関節というものを与えられていますね。その3つの総合をもってして、方向付けがいみじくも出来ています、と。
嵯峨 
そうですね。
__ 
それは惰性で動こうとしているのではなく、自ら存在として動こうとしている。
嵯峨 
もっと演劇の話に近づけると・・・「シモンさんみたいに動いてみたいです」と言われる事があって。僕なんか全然動けないんです。どんな風に自分は動けるのか、そのイメージを具体的に持たないといけないんですね。自分の腕の可動域はどこからどこまでか。肩は?足のバネは?それを考えて、ゆっくり動いてみたり・あるいは勢いをつけたり。考えて動かなければ失敗するパフォーマンスになるんですよね。ちゃんと、今いる立ち位置・スタンスのところから、相手への距離を考えて練っていく事をやるかやらないかが、上手い演技者かどうかの分かれ目。武道でも同じです。これは師範の言葉ですが、武道を学ぶ人こそ頭を使って勉強しないといけないんですね。理を理解し、相手と自分の事を考え、頭を使って勉強していないと、武道を正しく使えないし、上手くもならない。
__ 
それは、言葉だけではない自己分析と言えるかもしれませんね。自己の表現内容を吟味するという意味で、演技者としての大切な作業ですね。
嵯峨 
もちろん、プレイヤーと演技の間には演出の要請がありますからね。さらに、独りよがりの演技に陥ると「何で相手役を置いて一人だけでいってんねん」という事になってしまいますし。舞台は、噛み合った完成形を見せる芸術作品ですから。ところで武道でも、噛み合うという事を学ぶんです。
__ 
というと。
嵯峨 
武道の「道」とは仲良くする事を意味するんですよ。それが最終目的なんですね。道でないと広がっていかないんです。格闘術は戦場で生き残れればキレイでなくてもそれでいいんですよ、本当に。「道」と名前の付いている武道は自他共栄する事です。演劇って、役者が共演者と一緒に上に上がっていくからより良いものになっていくんですよ。
__ 
それはきっと、傑作と呼べるものだと思います。
嵯峨 
そうですよね。統合・統一・統和されないと、演劇としては完成されないと考えています。そうでないと面白くないんです。

タグ: 揺らぎ、余白 肉体、重心 傑作の定義 トレーニング[方向について]


舞台上で「何かあるぞ」という予感

__ 
これからの目標は。
石田 
地点で活動していくのは前提として、傑作を作りたいですね。
__ 
傑作とは何を指しますか?
石田 
みんながこれから演劇を作る上で意識されるものです。「地点はあれを作った」と、事あるごとに思い返されるような、ベケットの『ゴドーを待ちながら』のような作品です。
__ 
私にとっての傑作とは、その時代のその劇団にしか作れない作品と、時代の気分と観客の認識が一致し、それ自体が力を持った時空間の事を指します。演劇は時間と空間を使える唯一のメディアで、その中で行われるアジテーションによって、観客の認識が一致すれば、誰もがみんな、それが傑作だと分かると思います。
石田 
その場で何かが生まれる瞬間ね。今傑作とされているものは、本物だから残っているんでしょうね。
__ 
これまでいやというほど演劇は上演されていて、しかし全てが本物の傑作として残っている訳ではない。しかし、世界は傑作を求めている。
石田 
圧倒的なものには憧れるよね。長年やっていると、舞台上で「何かあるぞ」という予感はある。色んな要素が、その時代や環境によってあるんでしょうね。
__ 
「何かある」とは? 予感ですか?
石田 
うん、本番でも時々あるんですよ。舞台の上で抜き差しならない空気になることが。何ものにも代え難いもの。20何年やってますが、鳥肌が立つなんてものじゃない。アレはねえ・・・。幾度か体験したんですけど、やっぱりそういう凄いものを作らないと意味がないですね。

タグ: 傑作の定義


新しく生まれるもの

__ 
猥雑さ。話は飛びますけど、それは子供鉅人が強烈に持っているものですね。
藤原 
そうですね。こないだの『幕末スープレックス』も実に猥雑ですごく面白かった。傑作でしたね。大阪の、彼らが育ってきた環境があの猥雑なパワーを生んでいるのかも。びっくりしたのが、菊の御旗さえも「ええじゃないか」の踊りに巻き込んでいってしまうところ。あの飲み込んでいくパワーは凄いと思った。益山貴司くんは自分は在日だとインタビューでも答えていたけど、「日本」の虚構性を肌で感じつつ、単なる批判とかではないもっとクリティカルな懐の広さをあの作品で体現したんじゃないかと。あと弟・益山寛司くんのあの性的倒錯ぶりはほんとかっこいい! ああいう人たちがどんどん出ていってほしいなー。商業シーンにも進出してほしいし。
__ 
おお。
藤原 
例えば深夜ラジオとか。あれも一種の悪場所だと思うんですよね。まあとにかく社会の中に遊びをやれるだけの余裕がなくなってるから、単にオッサンとかに買い叩かれていくのではなくて、自分たちで悪戯できるような場所をつくっていくしかないのかな。きっと理解者はマスメディアの中にもいると思います。ただ札束ちらつかせて身体の関係を求めてきた、みたいな話も未だに聞きますからね。マジひくわー。いやほんとに終わってる連中もいるので、さすがにそういうオッサンには早々にご退場願いたい。ここ2、3年が正念場かなって気はします。ここで新しい価値をつくっていくことができたら、日本も多少は良い国になれるかもしれない。いや、もう国家という単位で考えていいのかも分からないですけど。さっきは撹乱ということを言いましたけど、同時に、新しい価値をビルドしていくことも大事。ただそれは僕ではなくて、若いアーティストたちの仕事のような気もします。分かんないですけど。

タグ: 傑作の定義 子供鉅人


ニットキャップシアター第29回公演「ピラカタ・ノート」

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今日はどうぞ、よろしくお願いします。
ごま 
うん、ごめんね。遠くまで来てもらって。
__ 
とんでもありません。さて、最近は「ピラカタ・ノート」が終わった所ですね。非常に面白かったです。お疲れ様でした。
ごま 
ありがとう。
__ 
ピラカタという、架空の街そのものをテーマにした作品でしたね。傑作だったと思います。
ごま 
ありがとう。苦節14年にして(笑う)。これからも頑張らなきゃと思います。
__ 
応援しています。頑張ってください。
ニットキャップシアター
京都を拠点に活動する小劇場演劇の劇団。1999年、劇作家・演出家・俳優のごまのはえを代表として旗揚げ社会制度とそこに暮らす人々との間におこる様々なトラブルを、悲劇と喜劇両方の側面から描いてゆく作風は、新しい「大人の演劇」を感じさせる。日常会話を主としながら、詩的な言葉を集団で表現することも得意とし、わかりやすさと同時に、観客の想像力を無限に引き出す奥深さも持っている。(公式サイトより)
ニットキャップシアター第29回公演「ピラカタ・ノート」
公演時期:2011/03/12~13(名古屋)、2011/04/09~11(東京)、2011/04/15~19(京都)。会場:千種文化小劇場(名古屋)、下北沢 ザ・スズナリ(東京)、アトリエ劇研(京都)。

タグ: 傑作の定義