fukuiiiii企画「うねる物語と、お前とおれとおれの剣」

__ 
去年の夏に上演されたfukuiiiii企画「うねる物語と、お前とおれとおれの剣」これがですね、大変面白かったんです。
福井 
ありがとうございます。
__ 
この話の大きな特徴は転調でした。最初はジャンプ漫画だった劇中劇が、別の作者の手による創作になり、「あいのり」や「テラスハウス」のような恋愛番組に変貌してしまう。そのダイナミックな転変が素晴らしかったです。そのモチーフになった番組について考えたんですが、これら番組の違いは「距離」の性質の違い、なのではないかと。
福井 
はい。
__ 
恋愛と距離は非常に良く似た性質のもので、どちらも人間を困らせる問題です。恋愛を物語の中心に据え、距離を視覚化したのが「あいのり」だったのでしょうね。一方、「うねる物語」。芝居の最初は能力モノアクション漫画が多少のギャグを含みながら始まり、それがあいのりになってしまうと同時にギャグは一切入らなくなる。その落差に客席はずっと笑い続けている。しかし、僕ら観客が笑ってたものは純粋な恋愛そのものだった。そのおかしさに分かっていながら笑うのを止められない、その共犯関係。
福井 
そうですね、どう壊すかで行き着いたのが「あいのり」だったんですよ。「テラスハウス」も見たんですが、正直クソみたいだなと思ったんです。僕は「あいのり」をずっと見ていたんですが、あれは恋愛に器用じゃなかったんですよ。付き合うか付き合わないかのせめぎ合いが良かったんです。「テラスハウス」は付き合った後もずっといられるじゃないですか。あれはホンマくだらんなと思いまして。あまり参考にはしていません。
__ 
なるほど。あいのり、お好きなんですね。
福井 
僕はその、どちらかと言うと女の子の気持ちで見ていて。「なんで男が待ってんねん」て気持ちで見ていて。見返してみたらやっぱり面白いんですよね。主人公のかんすけという漫画家の作品を壊す材料として「あいのり」をもう一度見なおして。中学の3年間で見たあいのりがホンマに面白くて、その面白さを詰めた感じです。作品自体は賛否両論だったんですけど。
__ 
(笑う)
福井 
怒って帰る人もいれば、「『面白くない』言ってる人の気持ちがわからん」って言ってくれる人もいて。でも一番嬉しかったのは兄に褒められた事ですね。今までの作品で一度も褒められたことが無かったので。嬉しかったです。
__ 
去年の夏に拝見しましたが、内容を結構覚えてるんですよ。船に集められたダークヒーロー達が、暗転と同時にあいのりを始めるんですからね。
福井 
僕も漫画家を目指していて、ずっと読んでもらっていた親友に「ストーリーは良いけど絶望的に絵は下手」と言われて諦めた事があって。まあそこも下敷きに。ジャンプにも、たまに面白くない作品がありますよね。こうすればもっと面白くなるのに、とか思う経験もあって。
__ 
なるほど。
福井 
実はこの作品の出発点は下北沢で見たお芝居でした。それがですね、「何でみんな笑わんの」ってぐらい面白かったんです。いや、コメディではないんです。「うねる物語」の前半でやってたような、「あ・・・頭が!頭が疼く!」みたいなノリの芝居で、お客さんがずっと黙って見てたんですよ。僕は見ている内に、「10秒後こいつの頭にトマトが降ってくる」とか勝手に想像しちゃうわけですよ。ずっと僕だけ顔を隠して笑ってたんです。今思うと最低の客やったと思うんですけど。その作家さん的には、あの芝居で真剣に感動させようと思ってたんでしょうけど、その能力が稚拙やと凄い事になるんやなと。僕が親友に言われたように。周りのお客さんも「なんやこれ」と思ってた人はいるんじゃないかなと。その経験を3年ぐらい寝かして作った作品でした。まあ、役者さんの中には「この芝居の何が面白いのか分からない」と思っている人もいたと思います。物語を壊すことに面識がない人からすれば当然だとは思いますけど。
__ 
悪趣味ですね。
福井 
最初は結構、濃いジャンプ漫画から入って。稚拙なジャンプみたいなシーンが続いて「この芝居ヤバい」「おいどうした」って思わせて、そこでさらにあいのりが始まって、ついてきてくれるかどうか。あいのりを見る感覚、つまりキャラクターに感情移入出来る人はきっとすごく楽しめたんだと思うんです。でも客観的に全体の構成を考えながら見る方は、何やこれと思われたのかもしれないです。
__ 
私は・・・どうでしょうね。感情移入もしたけど、構成が壊れている作品は大歓迎なので。
福井 
自分の作品を成功・失敗では考えないですけど、この公演は失敗だったのかなと。でも自分の糧になる作品になったと思います。
fukuiiiii企画「うねる物語と、お前とおれとおれの剣」
公演時期:2014/8/1~4。会場:人間座スタジオ。

タグ: ジャンプ!についてのイシュー 器用さ・不器用さ ラブストーリー 観客との関係性 悪意・悪趣味


向こう岸の影たちへ

__ 
非常に奇妙な空気感を持つ高田さん。俳優として、高田さんの事を色々伺おうとしても、ちょっと難しいなと思っているんです。この人の何が独特かなんて見て頂いた方が早いんだろうし・・・
高田 
いやあ、作り方が雑だからそんな言われ方に繋がっているのかもしれないと思っていて。不器用に不器用を重ねているから、そんな評価になってしまうのかなと。
__ 
いえ!?
高田 
違いますか?違ったらそれは嬉しいですけど。
__ 
いえいえ、上手ですって。独特な雰囲気なのに、「あ、これはこんな人だ」とすぐ理解しやすいって凄い事だと思います。「どくの沼地」で演じられた、泥団子を作る道しか無かった職人の姿が素晴らしかったです。
高田 
真面目な話していいですか。
__ 
もちろんです。
高田 
上手な演技をして上手く伝えたいみたいな欲求が全くないんです。
__ 
ほう。
高田 
上手な人を見ているとめっちゃ凄くて、僕はこれは一生出来ないだろうなと思うんですよね。でも、自分がこれをしたいかと思うとそうでもないんですよ。
__ 
上手な演技に憧れない?
高田 
ある一定以上の上手な人の、押し付けがましさとか全然出してこない演技で、それをやったら絶対感動するような芝居をみてさえ「何という押し付けがましさや」と思って見てしまうんです。自分の性格が悪いからなのか、ムカつくなあ・・・と思うんですよ。ナチュラルなテクニックの、上手に見えてしまう人って、何か押し付けがましいと思ってしまうんです。凄く、色んなものを疑ってしまうんで。乗せられたくない、みたいな。上手な人に対して。悪い風に言うと、自分が相手を乗せたくないみたいなところもあるのかなあ、と。心のどこかで思ってしまうんですね。悲しいですね。
__ 
それは、支配されたくない、という思いがあるんじゃないでしょうか。
高田 
一言で言うと。
__ 
ええ。観客席の中にいてさえそう思うのでしょうか。
高田 
思いっきり同意しますね。僕はあまり芝居を見に行かないんですけど、めっちゃ笑っていても受け入れていないんですよ。どこかで僻んでいたり。
__ 
まあ私も差別心ありますけどね。
高田 
駄目でしょう(笑う)。

タグ: 器用さ・不器用さ 演技それ自体への懐疑 奇妙さへの礼賛


不器用の効用について

__ 
役者としての山野さんが好きです。不器用で素直で、嘘がないというか。その受け止めやすさがユニークな俳優だと思うんですよ。
山野 
ありがとうございます。そうですね、器用な人間ではないという事は自覚しています。ただ、不器用だという事は悪い事ではないと思っています。
__ 
というと。
山野 
野村克也さんの教えに「便利は弱い、不便は弱い、器用は弱い、不器用は強い」という言葉があるんです。「便利なものに頼りすぎる者は弱い。不便なものは使えない。器用に何でもこなす者も、いざというピンチで対応できないことがある。不器用な人間は、それを克服する努力を重ねたとき、底力を発揮する。」この言葉に出会った時、「これだっ!!」って(笑)僕は不器用なので、失敗の度にボコボコに言われるんですけど、20年先ぐらいに「言われておいてよかったな」と思える気がしています。長い目で見ればこれはずっと得な経験なんだと。だから、不器用だと言われるのは別に恥だと思っていません。
__ 
そこが山野さんの味でもあるんだと思いまして。そういう部分が好きですね。

タグ: 努力を重ねる 器用さ・不器用さ 嘘のない


vol.364 山野 博生

フリー・その他。

2014/春
この人のインタビューページへ
山野

こころをほどくとき

__ 
去年の「君の名は」の大阪公演。場所は大阪城公園でしたね。とても面白かったですが、後半の方はものすごくおどろおどろしくて疲れてしまったんです。特に、2Bさんの悶々としたダンスが凄くどんよりとしていて。一見ポップなのに、ネガティブな表現もあるんだな、と。もしかしたら、旅をする人だから受け入れられたいという願いと同時に受け入れる事にも強い。その姿勢がきっと作品の作り方とも結びついているんじゃないか。そういう姿勢があるから、ネガティブな表現にも通じていくのかなと思う。そこで伺いたいんですが、お客さんにどう思ってもらいたいというのはありますか?
五月 
どう思ってもらいたいというのはないですね。色んな人がいるから、やっぱりキツい世の中だから、何となく気持ちが固くなって身体も固くなって、周囲に遠慮したり気を使ったり、それで自分がイヤになったり、遂にキレてしまったり。まあ何か、どくんごの芝居に来て、笑ったり空を見たり、下らないなあと思って呆れたり、可愛い小道具を見て和んでもらったり。色んな気持ちになって、感情を起こして、気持ちが柔らかくなるといいな、自由になるといいなあと。そう思います。だから色んなタイプの表現を挿入していると思います。だけど、基本的には「ひっどい世の中だなあ」という(笑う)、基本的には、私の芝居の世界は暗いんですけれども。でも、暗いでしょうと言ってもしょうがないですけどね。
__ 
気持ちをほぐす。揺さぶっているんですね。では、自分の芝居をやる上で、総合的に心がけている事はありますか?ちゃあくんさんからお願いします。
ちゃあ 
いやあ難しいなあ、僕は芝居も初めてなので。基本的な事ですけど、ちゃんとセリフを言えて、僕だけの独りよがりにならない、お客さんを置いていかないで、イメージを伝えられるようにしたいです。
__ 
難しいですよね、「ひとりよがりにならない事」。
2B 
まあ、自分がやりたいシーンを作ってやっているので・・・僕は、「どうすか?」って姿勢でいます。見る人によって色々だと思うんですけど、色々考えてもらえたらいいというか。去年のダンスも、ネガティブに捉える人もいれば、笑ってくれる子供もいるし。舞台でやっている事を使って、考えてもらうという部分があるんです。
__ 
ああ、エンターテイメントとして終始するだけじゃなくて、深い部分にまで考えが突入していくような、そんな感じ。
2B 
考え事をしてもらえれば。そういう風になるには舞台上の僕とか作品が上演は強さがなければならないと思うし、そういう風にやっていけたら嬉しいと思います。
__ 
ありがとうございます。高田さんは。
高田 
あえて決めてしまわないようにしてるかもしれません。大声を出そうとすると、「自分は大声を出すのが得意じゃないか」ってキャラを決めてしまって、その場でがんじがらめになってしまって。それはあえて決めないで、探していこうと思います。つまりは柔軟に対応しようという事だと思います。
__ 
その場その場での判断。そこで集中していられたらいいですよね。
高田 
そうですね、その為に体とかのケアはしないといけないな。
__ 
ケア出来ていますか?
高田 
どうですかね。一応、体調を落とさないようにはしています。
__ 
石田さんはいかがでしょうか?
石田 
五月さんが言ったみたいな、色々な感情があるみたいなのが凄く好きで。私は健康優良児なのでそれを生かしていこうと。テントで後ろが開けていって、大きく大きく見せられるように。器用じゃないから大きく大きくしていこうと思います。
__ 
なるほど。石田さんを早く見たいです。根本くんは。
根本 
僕はまあ、扉を開いていこうと思います。切り込み隊長だとこの間言われて。そういうポジションにいるのかなと思います。お客さんの中に入って新しいスペースを作って。ぐわって上げて、そこにさらに他の人達が乗っかって。
__ 
扉が開く!
根本 
開ける!後は任せた、みたいな(笑う)。まあそんな事が出来たらいいなと思ってます。
__ 
開く。それがキーワードな気はしますね。今回、根本くんは脚本ですね。これまでのどくんご公演は、役者の方々が作ってきた一人芝居・二人芝居を構成した作品だったと思うんですが・・・
根本 
今回も作り方としては一緒です。役者一人ひとりが作ってきたものを出すんだけど、僕が書いてきた脚本があって。今回はSFという設定で書いたんだけど、そこを各自が勝手に拾ったり、自分のアレンジでやったりとか、その繰り返しでやったり、原型が無くなっていったりとか。最終的にはどくんごの芝居という形になりますね。
劇団公演第27番・The Naked Dog Tour 13 『君の名は』
公演時期:2013年5月~11月。会場:日本全国各地。

タグ: 器用さ・不器用さ 生き方と世の中の為に動く 役者のその場の判断 新しいエンターテイメント 心を揺さぶる ポカーンとなった観客


距離感

__ 
今後、やってみたい人や参加したい劇団はありますか。
九鬼 
いや、そりゃあ、末永く努力クラブに出させてもらえたら嬉しいんですけどね。憧れてた弱男ユニットさんについに出させて頂きましたし。これ以上欲張ると罰が当たりそう。出たかったといえば、笑の内閣ですかね。卒業してしばらく映像オペやらせてもらってたんですけど、ずっとオペ卓で観てて、どうしても、楽しそうで。絶対出られないと思うと辛くて。アゴラで舞台に立つとか、うらやましくてしょうがなかったです。でも籔内君とか、オペしながら舞台に立ってたし。もちろん、私にあんな器用なことは出来ませんが。
__ 
今後、演出として作ってみたい作品は。
九鬼 
何かを信じている人、と、その周囲を、書きたくてしょうがないんですよ。お芝居でも音楽でも、何かを信仰している人に付き合わされる話が。基本的には優しいいい人だから、つい付き合いで芝居とかライブとかに行ってしまう。目の前の関係性に負けて。それは結果的には良くないんですけど。
__ 
その人との距離感、でしょうか。
九鬼 
はい、どこまでやれば、干渉になっちゃうのか、という・・・何を信じるかではなく、どう信じるかである、という事をずっと思っているんですけど、その一貫性が私にはないからうわぁってなってるんです。その信じ方変だよって言う権利があるかどうかなんて。
夕暮れ社弱男ユニット
2005年結成。当初はライブハウス、砂浜など劇場外での活動を主としていたが、2008年より活動の場を劇場へと移す。従来の客席・舞台という構造の認識を、骨太な戯曲により再構築することを試みている。過去には、客席を破壊/再生した「現代アングラー」(2008年/次代を担う新進舞台芸術アーティスト発掘事業「CONNECT vol.2」優秀賞受賞)や、劇場の真ん中に客席を設置し、その周りをグルグルまわりながら物語を紡ぐ「教育」(2010年/大阪市立芸術創造館セレクション選出)などがある。(公式サイトより)
笑の内閣
笑の内閣の特徴としてプロレス芝居というものをしています。プロレス芝居とは、その名の通り、芝居中にプロレスを挟んだ芝居です。「芝居っぽいプロレス」をするプロレス団体はあっても、プロレスをする劇団は無い点に着目し、ぜひ京都演劇界内でのプロレス芝居というジャンルを確立したパイオニアになりたいと、06年8月に西部講堂で行われた第4次笑の内閣「白いマットのジャングルに、今日も嵐が吹き荒れる(仮)」を上演しました。会場に実際にリングを組んで、大阪学院大学プロレス研究会さんに指導をしていただいたプロレスを披露し、観客からレスラーに声援拍手が沸き起こり大反響を呼びました。(公式サイトより)

タグ: 器用さ・不器用さ 俳優同士の闘争心 いつか、どんな演劇を作りたい? アングラ演劇という価値


器用にこなせなくても、やれる事はある

__ 
九鬼さんは、役者活動の先に、何かがあると思っているんですね。
九鬼 
はい。多分。器用で上手な役者さんいるじゃないですか。私この人にアドバイスされたら聞くなあって思っちゃいますよ。説得力があるというか。だからつまり、私はそうじゃないから、自分の不器用さがもどかしく思っていた反動だったからかもしれないんですけど。この間合田君に、「九鬼さんは頭は悪くないと思うけど、器用じゃないからなあ」って言われたんです。それでいいのかもしれない。
__ 
どういう事でしょうか。
九鬼 
役者の個々の目として器用に演技がこなせるという事と、全体を見て、例えば「この作品の全体はこういう形をしているから、このシーンの演出はこうであるべきじゃない?」という考え方は、ちょっと違うのかもなあって思ったんです。器用さ=賢さだと思ってたんですね。役者として器用にこなせなくても、やれる事はあるんだなあ、って。
__ 
次はコント集ですからね、ずっと空気を切らないようにする事が必要なんでしょうね。それこそ、全体を見る目で。
九鬼 
そうですね。それを願ってやみません。

タグ: 器用さ・不器用さ 舞台全体を見渡せる感覚


不器用なおかげで書けたもの

__ 
突劇金魚の7月の短編公演、キンギョの人々vol.2「蛇口からアイスクリーム」。面白かったです。
サリ 
ありがとうございます。
__ 
その内の「夏の残骸」を長編として、伊丹AI・HALLで再演ですね。意気込みを伺えますでしょうか。
サリ 
いつでもそうなんですけど、その都度、今出せる力の全てを出すんですよ。本当に生命力を削ってます。いま、これ以上を求められてももう出来ないでという感じですね。ネガティブな感じで言ったら、これが面白くなくても仕方がないんですというしかなくて。ポジティブに言ったら出し惜しみせず全部注いでます。何でもそうかもしれませんけど、今見てもらわんともう見れないと思いますね。
__ 
エネルギーをつぎ込む。それはどういう事ですか?
サリ 
日頃お金を貰ってやる仕事が全ておざなりになりますね。全部、滞りますね・・・。
__ 
つぎ込まないと作れない?
サリ 
わたしの場合はつぎ込まないと作れないっぽいです。頂いている仕事と劇団の両立が、よりシビアになっていっていると思います。作品作りになると、どうやったら面白くなるかとか、お客さんにどうやって伝えようかとか、稽古でどう俳優に伝えようかとか、演出プランでもそうだし、書き上がった脚本に「もう一つ何か」があるんじゃないかとか、考えるのは当然なんですけど、他のことが全部後回しにしてしまうので、すごく焦ります。後回しにしている他のことをいつやるのか、そっちの〆切どうするのかとか。多分、わたしが不器用なだけなんですけど。そこまで思いつめんでも出来るのかもしれませんけどね。
__ 
サリngさんはご自分の不器用さをどう思っていますか?
サリ 
いや、そのお陰で書けたものがいっぱいあるので。ありがたいといえばありがたいんですけど、自分の浮き沈みが激しくなってしまうんです。勝手に焦って、いっぱいっぱいになって。すぐしんどくなるから、もう・・・しんどいですよね。人生がしんどいです。どんなに充実していてもすぐしんどくなってしまうのは正直しんどいんですけど、その感性のお陰で書けたものもあるので。まあこうやって、生きていくしかないねんなって思いますね。
__ 
楽な方法を選んだらいいのでは。
サリ 
選べないんですよねー。例えば舞台が決まって、それの練習をしようということになって。今回は楽ちんな方法にしようと思っても、途中で「いやそんな楽をしてはいけない」って思ってしまう。「私程度の力の者がその程度で面白くなれる訳がないやん」って。そっちに行っちゃうんですよね。
__ 
私個人の性向として、全部自分でやろうとするというか、他人に任せるのがめちゃくちゃしんどいというのがあるんですけど。そういうところが、もしかしてサリngさんにもあるのでは。
サリ 
それはありますね。人に頼むのは苦手ですね。申し訳なく思ってしまうので。相手はきっと別に不愉快に思ってなくても、頼む事自体にストレスを感じてしまうので。
キンギョの人々vol.2「蛇口からアイスクリーム」
公演時期:2012/7/2~4。会場:in→dependent theatre 1st。
突劇金魚 第13回公演「夏の残骸」
公演時期:2012/10/12~15。会場:AI・HALL(伊丹市立演劇ホール)。

タグ: 器用さ・不器用さ 他人に任せることの難しさ エネルギーを持つ戯曲 産みの苦しみ ユニークな作品あります


何で自分はそれを可哀想だと思うのか

__ 
これまでの突劇金魚の作品は、確かに変遷を遂げていると思うんですよ。
サリ 
はい。
__ 
今までの作品では、人間の内面と、そこから見える世界と、新しい地平線に旅立っていくラスト・・・みたいな。それが、夏の残骸は側面からの群像劇に近いなって思うんです。もしそうした変化があるとしたら、それはどのような理由があるのでしょうか。
サリ 
わたしの興味が変わっていったからかもしれないですね。昔は何で自分がこんなに人付き合いに不器用なのかが、生きていく中で頭のほとんどを占めていたんですけど。最近は、何でわたしはその事について考えてしまうんやろうと思ってきていて。残骸を見る時も、昔はそこに可哀想な情景とか物語を想像をしていたと思うんですけど。今は、何で自分はそれを可哀想だと思うのかと疑っていってるような。
__ 
冷静に見れるようになった?
サリ 
そうかもしれないですね。年齢的に大人になっただけかもしれないですね。例えば・・・昔は少女漫画を読んだらそこに描かれている恋愛物語が全て、だったのが、今はその恋愛にはもう少し何か別の要素があるだろうと期待してしまう。そういう自分を認識するようになりました。

タグ: 器用さ・不器用さ 群像劇


非日常

__ 
関さんが舞台に立つ上で、ご自分にしか出来ない事はなんだと思われますか?
関  
オリジナリティという事ですよね。まず身体が自分の個性かなあと思っています。そんなに器用という訳では全くなく、他の人の振り覚えも遅いので、素材として使うのは結構厄介な存在なんじゃないかなと。自分で作る振付はそうでもないんですけど。
__ 
振付家としては。
関  
最近の傾向のひとつとして、テクニックから離れていきつつあって、例えばダンスらしくないダンスが新しいとされていたり。
__ 
それは、ウミ下着がそうですね。
関  
それも素敵だと思うんです。でも、私自身がお客さんとして見る時は、身体なり、動きだったり、テクニックや特別な肉体を見たいんですよね。私も、そういうものを提供出来たらなと思っています。
__ 
そういうもの?
関  
非日常という事ですね、きっと。特別なものを見たいし、見せたいですね。それを表現するために、例えばバレエは客席と舞台が全く分離した、違う世界として扱うんですね。それにも惹かれるんですけど、受動的に鑑賞しているだけではなくて、本能的に、身体的に共感するような交流が舞台と客席の間で出来ればなと志向してきました。例えばサーカスは、映像で見るのとテントで見るのとはまるで違いますよね。映像は視聴覚的な情報だけで、身体に訴えかけるような感覚は伝わらないんです。
__ 
共有感覚ですね。相手の感覚がこちらで想像出来る。
関  
そうですね。追体験みたいな。それはもしかしたら痛さであるかもしれないし、笑いかもしれない。
__ 
そうした、特別なものを共有したいという思いはどこが出発点なのでしょうか。
関  
元々はバレエをやっていたんですが、高校入りたての時に続けていいのかどうか迷っていたんですね。もちろんダンスを仕事にしたいんですけど、バレリーナにはとてもなれないのではないか。それにはちょっと故障があったりとか、そもそも素質的に、バレリーナは無理だわと。
__ 
そうでしたか。
関  
それ以前に、バレエの演技に疑問を感じてしまったんですね。バレリーナは役柄になりきって踊るんですけど、もっと、自分として踊りたいと思っていたんです。自分として、お客さんに向き合いたいと。一年半ほど踊ることを休んでいました。ダンスを嫌いになった訳じゃないんですが。
__ 
休んでいたのですね。
関  
その間は舞台を見に行っていました。コンテンポラリーダンスとか演劇とか、色んな表現を見て、そうした思いはさらに強くなりました。もちろんバレエも特別な事は起きますけど、スタイルとして・様式として追求するものが予想を裏切らないように思ったんです。そこを裏切っていくものを見たいし、やりたいなと。
__ 
それはきっと、革命とか変革とかとはちょっと違うんですよね。関さんのような、クラシックとは違う方向を目指す人がいる事に、むしろ全体の意思を感じます。

タグ: 器用さ・不器用さ 非日常の演出 バレエやってた SeizeTheDay


vol.246 関 典子

フリー・その他。

2012/春
この人のインタビューページへ
関

沢山の人と出会って繋がる

__ 
さて、今後、どんな感じで攻めていかれますか?
兵頭 
変わらないと思います。今ここにあることを一生懸命にこなす事が自分のやり方なんですね。本当は、色んな事を同じにこなせる器用さが必要なのかもしれませんが、どうも私には苦手みたいで(笑う)。もちろん、やっているんですけど。
__ 
そうですね。
兵頭 
目の前の事に手を抜かず仕事します。相変わらずだねと言われるかもしれない。あえて攻めるというなら、沢山の人と出会って繋がる事で何か面白い事が出来るんじゃないかなと思います。人と知り合えたらその分領域が広がるんですね。

タグ: どんな手段でもいいから続ける 器用さ・不器用さ 一生懸命を描く 今後の攻め方


不器用

__ 
さて、弱男ユニットとはどのような団体なのでしょうか。
稲森 
2005年ぐらいに村上がユニットとして始めました。2008年に「もっと出来るんじゃないか」という事になって、レギュラーを集めて劇団になりました。まあ、仲いいんじゃないですかね? あんまり呑みに行ったりはしないんですけど。
__ 
なるほど。
稲森 
同い年が多いですね。私と向井と御厨と小川は同い年です。みんな好きな事やってる感じです。
__ 
これはもう、なんとなくのレベルでいいんですが、弱男ユニットの強みとは。
稲森 
これ、自分で言うのもなんですけど・・・役者が強みです。不器用な人が多いんですけど、そこのところは演出が見て上手いこと配置しているんじゃないかと。
__ 
不器用さ。弱男らしい気がします。
稲森 
弱男らしさ。そうそう、チラシ作るにしても、カッコいいデザインとかを色々出してもらうんですけどね。でも、弱男っぽくないものもあって選びきれないんですよね。「弱男っぽさ」が何かというと、それはまだ誰も言葉に出来ていないんですが。
__ 
個人的には、終末感と失恋ソングみたいな感じかな。嫌な予感と絶望が同時にある感じなんだけど、汚くないしごちゃごちゃしていないというか。
稲森 
素材感?
__ 
あ、ちょっと近いかもしれないですね。素の感じがあるんですよ。ナチュラルな。
稲森 
あんまり工業製品ではないような感じですかね。
__ 
そうなんです、それでよく見ると可愛くもあるし、パッケージ化されていない彼らを見るのは、自分の不安定さに優しく触れるられるような。失恋した時に失恋ソングを聞くような感じかも。
稲森 
あー、聞きますね。
__ 
持って生まれた弱さを受け取る事によって、我々が抱えている不安感が形になるんじゃないかなと思うんですよね。その意味では、弱男を面白がれる人は分かれるかもなとは思います。そういう所に魅力があるのではないかと。

タグ: 汚す 器用さ・不器用さ


人間が見れる

__ 
では、稲森さんは弱男のどういう所が魅力だと思われますか?
稲森 
人間。
__ 
おお。
稲森 
人間が見れる所だと思います。人間像という意味ではなくて。私にとって弱男の舞台は、演じる場所というよりは、現実の地続きなんです。
__ 
地続き。
稲森 
私と向井さんは割と長いことやってるんですね。その二人の感じって、私達にしかたぶん出せないんですよ。舞台上にまで二人の関係性が延長している、という事ではなくて。阿吽の呼吸でもないんですけど、ノリですかね。
__ 
ノリが舞台に持ち込まれている?
稲森 
そうですね。関係性とか言っちゃうと、具体的になってしまうので。
__ 
分かる気がします。クセというか、セッションというか。
稲森 
そうですね。音楽みたいな。
__ 
触れ合いみたいな・・・つまり、関係性みたいな高レベルな層じゃなくて、もっと低レベルな、もっと深い層での接触があるんですね。
稲森 
そうですね。頭で考えたコミュニケーションじゃないんですね。
__ 
そういう関係を舞台で見て、我々自身の、リアルタイムな実生活を却って思い出すという事なのかな。ふれあいの記憶が呼び出されるような。だから、役者が不器用だというのは必要な条件なのかもしれませんね。

タグ: 舞台に立つまでの葛藤 器用さ・不器用さ 内輪ウケの・・・ 地続き 劇団力 関係性が作品に結実する