透明な壁を巡る旅

__ 
マイムって、演劇ともダンスとも違うジャンルですよね。だからまだ人類の知らない可能性があると思うんですよ。参入人数もまだそれほど多くはない。というか、歴史がまだ100年経っていない。
黒木 
そうですね。いいむろさんもおっしゃってるんですけど、マイムの良いところって、人生の長い時間を3分くらいの、いや、もっと短い時間で表現出来たりするんです。それが凄く魅力的かなと思っていまして。でも、一時間ちょっとの作品を作りたいんですけど、自分自身で作ろうとすると3分程の作品の方が作りやすくて見やすいし、一つ伝えたい事がドンってくるから。
__ 
最終的にはより深い印象を刻めるかどうか、ですよね。
黒木 
そうですね。
__ 
人生を凝縮して見せる事が出来る・・・ちょっと脇道にそれますが、マイマーってすごく俳優の人格が出ると思いませんか?
黒木 
出ますね。
__ 
これはもう、演劇よりもくっきりと出るんじゃないかと思う。会話ではなく、モノVS人物なので。さらに、触れている人物を見ている観客はどんな状態にあるかと言うと、動きの面白さはもちろん、この人はこれからどうなってしまうんだろうというワクワク感。
黒木 
そうですね。何でしょうか。それこそ、それぞれの人格も含め、役者が客席の地続きに存在しているような・・・それは一要素としてはあると思います。名前が付いていない、情報が少ないからというのもあるかもしれません。誰か分からない方が面白いというのはあるかもしれません。
__ 
しかも誇張された動きで。何故あんなに不自然なのに見せられるんだろう。見えない壁に当たったら絶対、離れますもんね。絶対に触らないと思う。スリル満点ですよね。
黒木 
そんな人がいたらビックリしますよね。
__ 
意外と、その姿が異様だからこそ、何かを感じているのかもしれない。
黒木 
ええ。
__ 
マイムの表現の原理に、何か、触るというアプローチがあって。あるかどうかも分からない透明を触るその者はその瞬間、個として完全なのかもしれない。何故なら彼はその時誰にも支配されず個としてそれに触れる事を選んでいるから。その時だけは確かに、見えない何かに触っている疑念の身体が明確に存在している。この特定によって、絶対に流れ去ってしまう時間や風景を空間にとどめようとする技術なんじゃないかと。凄くエンターテイメント性を持ちながらも、無常さそのものと相性の良い芸能なのかなと思うんです。そこで家族をテーマにした作品を行うというのは興味深いですね。

タグ: 演技の理解、その可能性 役者はノイズを産み出す機械? 役者の認識(クオリア) 瞬きの数をコントロールする俳優 コンセプチュアルな作品 一瞬を切り取る 愛情表現 新しいエンターテイメント パントマイムの話題 関係性が作品に結実する 俳優を通して何かを見る


無は白い顔をしている

__ 
その15周年記念シリーズ2作を両方とも拝見しました。どちらも應典院での上演でしたが、そういえば全て暗幕を吊るのではなく、白幕でしたよね。そういうところの印象が、何故か強くて。全体に、その独特な味付けをしているような気がしたんですよね。
戒田 
ありがとうございます。暗幕ってね、演劇の先人達の偉大な発明やと思うんですよ。あれは「何も無い」という表現なんです。僕たちはそれを借用してる。歴史上初めて暗幕を見たお客さんは「何やあの黒い布?」と思ったんじゃないかと思うんです。
__ 
ああ、そういえばそんな気がしてきました。
戒田 
一方、應典院はベースが白いんです。だから、應典院で「何も無い」のは白色なんじゃないかと思うんですよね。
__ 
應典院での無は白色をしているという事ですね。とても暗示的な観点だと思います。それは「ツキノウタの時に凄く生きたと思うんですよね。冒頭のシーン、音響照明と共にカラフルな幕が捲れ上がっていき、一面が白色になる仕掛けがありました。非常に印象的で見事でした。色とりどりの世界が一瞬でめくれ上がり、白い無になってしまう。
満月動物園第弐拾参夜『ツキノウタ』
公演時期:2015/3/6~3/8。会場:シアトリカル應典院。

タグ: 外の世界と繋がる 一瞬を切り取る 印象に残るシーンを作りたい 世界 会場を使いこなす


コアラからつかむシェイクスピア

__ 
最近、学んだ中での気づきを教えてください。
西岡 
ちょっと大きな話になってしまうかもしれないんですけど、欲望を持ち続ける事かもしれません。結構、欲を表に出しても、すぐ諦めちゃったり、抑制するタイプだと自分では思っています。講師の方のエクササイズの一つで、アニマルエクササイズというものをやったんです。ある動物の事を研究して、完全に動物になっちゃう。私の場合はコアラでした。コアラを研究して擬態する。そこを起点にして、段々とシェイクスピアの登場人物の一人にスライドしていくんですよ。シェイクスピアに出てくる人物は欲求が強いんですよね。
__ 
ええ。
西岡 
その人物の欲求に、自分自身の欲求から近づいていっても分からなかった点が、本能的な動物の形態を借りてそこからスライドさせて行くことによって、「今何がしたい」とか「アイツを叩きのめしてやりたい」とか、ビビッドな欲求になって出てきたんですよ。それが必要なんだなと思いました。日常を切り取った演劇だって、中には非日常なものが紛れ込んでいると思うんですよ。それを全部、日常の自分でやってしまうのはもったいないな、と。自分にはないタフさが必要なんですけど、日常から欲求を閉じこめていると、演じる時に息切れしてしまうんですよ。だから、そういう時の為のトレーニングとして、自分の欲求を素直に出そうと思います。
__ 
アニマルエクササイズか。
西岡 
他の人のアニマルも、どこかその人の個性が出ているんですよ。私自身も、コアラの事を他人とは思えなくなりました。

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ウソのない[2]

__ 
いつか、どんな演技が出来るようになりたいですか?
松下 
ずっと、その芝居の世界が広がり続けるような芝居がしたいです。上演時間は2時間だけだけど、その前もあとも世界があって、そこをただ切り取っただけみたいな芝居がしたいです。
__ 
世界がずっと残っていく・・・?お客さんの心に、そしてよくわからないけれどこの宇宙に?
松下 
はい、個人的にですけど。その為には、存在にウソがあったらダメだなあと。架空の物だから、ウソがないようにしたいですね。お客さんに対しては、ピエロみたいな存在でいたいです。世界中の最も底辺でありたい。尊敬されたいとかではなく、「こんな人達でも存在しているんだから、生きよう」って思ってほしいな、って。2年後、全然違う事を言ってるかもしれませんけど。

タグ: 外の世界と繋がる 宇宙の話 一瞬を切り取る いつか、こんな演技が出来たら 世界 X年後のあなた


写真の向こうにあの光とあの音とあの空間があって・・・

__ 
河西さんが、撮影していて面白いと思う瞬間はいつですか?
河西 
面白い、でシャッターを切っている訳ではないですね。私の理想としては、芝居を見に行って「面白い」と思った瞬間をもう一度思い出せるような、そんな写真が残せた時に「やった」と思うんです。そのときの印象や瞬間を切り取れたら。そんな写真で、誰かにその舞台の体感を追認識させられたらいいですね。
__ 
より追認識出来る写真とは、どんな要件があると思いますか?もちろん、その舞台に感銘を受けたというのはもちろんとして。
河西 
一つには、演劇空間を感じさせられたら良いのかな。その劇場空間にその時間しかいなかった人間の、嘘でもいいからその世界の一瞬を再現するには、空間を感じさせる写真じゃなきゃと思うんです。
__ 
その作品の本番の時間があった事の証明。
河西 
もちろん台本があるから真実じゃないんですけど、俳優もお客さんもいて、太陽の光じゃないですけど照明が天井からキレイな光を舞台に下ろしていて、霧じゃないですけどスモークが空気を見える空間に変えていて。その瞬間には間違いなく存在していた空間だよ、というのをハッキリとさせるには写真しかないんじゃないかと思うんです。
__ 
それは、映像では出来ない事?
河西 
映像には、物語があるから追体験ですね。その瞬間にその人が本物になった瞬間を切り取りたいんです。文脈はなにも分からないですけど、この写真の向こうに光と音と空間があって・・・写真の向こうに劇場がある。

タグ: 一瞬を切り取る


いくつかの到達点

__ 
いつか、こういう演技がしたいというものはありますか?
森  
一人芝居で、セリフを一言も発さずにマイムだけで全てを伝えられるような役者になりたいですね。そういうのが出来たら、役者としての一つの到達点だと思います。
__ 
到達点。
森  
年齢が上の方と共演させて頂くと、やっぱり引っ張って頂くみたいな事はあるんですよ。自分がやらなきゃならないのですが、その時に一人芝居のように、自分で表現内容を決められるような経験があれば全然違うと思うんです。
__ 
その一人芝居、例えばどんなお話になるでしょうか。
森  
日常の一コマを切り取って、その沈黙の空間に緊張感があふれていて、僕のイメージが強く伝わるような。そんなものが作れればと。
__ 
なるほど。頑張って下さい。
森  
森個人としては、殺陣だけの芝居に出たいです!
__ 
今後、どんな感じで攻めていかれますか?
森  
京都といえばZTONみたいにのし上がって行ければと。その一端を担えればと思います。その為には、まず個人的なスキルアップをしないといけないし、次回公演も成功させないと。
__ 
ZTONは京都でもかなりの異色劇団ですからね。

タグ: 俳優の「素」を生かす 揺らぎ、余白 一瞬を切り取る いつか、こんな演技が出来たら パントマイムの話題 今後の攻め方


「業」

__ 
松田さんは定職をもちながら演劇をしているという事で、しかも役職についていながらかなり様々な公演に出演されていますよね。それはきっと大変な事だと思うんですが、どういうバランスでやっているんですか?
松田 
少なくとも楽ではないですよね。自分にとって「芝居って何なんだろう」と考えた場合、ここまで来るともう趣味とは言えないんですよ。趣味って、余暇を利用して、自分の中に何か活力が再生産する役割があるでしょう。ところが、逆にヘトヘトに擦り切れることも多いですから(笑)。
__ 
それはまあ、演劇は作って上演するのにとんでもない労力を費やしますからね。
松田 
もう、「業」なんじゃないか。「それをやらないと生きていけない」という・・・。
__ 
芝居を辞めたらどうなりますか?
松田 
目に力がなくなって、死んだ魚みたいな目になるのではないかと。実際には死ななくても「死んだも同然」だと思います。しかし、その対象は「現代演劇でないといけないのか?」と考えてみると別にそうでもなさそうで、昔から落語や狂言もやってきましたしね。後、文章を書くのも面白いと思います。私、東北に4回ほど震災のボランティアに行ったんですが、その事を勤務先の広報誌に書かせてもらったりして。おかげさまで好評でした。結局、表現する事が自分にとっては大事なんじゃないかと思います。

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vol.293 松田 裕一郎

フリー・その他。

2013/春
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松田

春先の暑い昼 2

__ 
森口さんは最近、いかがでしょうか。
森口 
この間パプリカン・ポップの本番が終わって。次は石原正一ショーさんに客演させてもらうんですけど、その準備期間です。
__ 
「筋肉少女」ですね。
森口 
4年前の作品の再演ですね。前回は私、ウォーズマンの娘役でした。
__ 
それを見ていました、というか、私は舞台での森口さんを以前からよく拝見していまして。ピースピットとか。でもその石原正一ショーの森口さんは特別印象的だったんですよ。あんなポーズで空中を一瞬飛んだじゃないですか。一瞬とはいえ、あんなポーズで。
森口 
ありがとうございます。このお茶、おいしいですね。飲みやすい。苦くもないし。
石原正一
演劇人。石原正一ショー主宰。1989年、演劇活動開始。1995年、"石原正一ショー"旗揚げ。脚本演出を担当、漫画を基にサブカル風ドタバタ演劇を呈示。関西演劇界の年末恒例行事として尽力する。自称”80年代小劇場演劇の継承者”。外部出演も多数。肉声肉体を酷使し漫画の世界を自身で表現する"漫画朗読"の元祖。"振付"もできるし、”イシハラバヤシ”で歌も唄う。(公式BLOG『石原正一ショールーム』より)
ピースピット
劇団「惑星ピスタチオ」(2000年解散)に所属していた役者・末満健一により、2002年に旗揚げされた。特定のメンバーを持たず、公演毎に役者を募る「プロデュース」形式にて、年1~2本のペースで公演を行う。作品的な特徴としては、作りこまれた世界観、遊び心に満ちた演出ギミック、娯楽性を前面に押し出しつつ深い哲学性に支えられたストーリーなどが挙げられる。作風は多岐にわたるが、「街」などの外界と区切られた括りの中で物語が進行されたり、終末世界が舞台となることが多い。また作中に必ず「猫」が登場することも特徴のひとつとして挙げられる。(wikipediaより)
第27回石原正一ショー「筋肉少女」
公演時期:2013/5/1~3(東京)、2013/7/5~8(大阪)。会場:こまばアゴラ劇場(東京)、in→dependent theatre 1st(大阪)。
石原正一演劇生活20周年記念 第20回石原正一ショー「筋肉少女」
公演時期:2009/9/14~30。会場:in→dependent theatre 1st。

タグ: 一瞬を切り取る ピースピット


震撼

藤原 
そもそも僕が演劇に深くコミットするようになったのは、元・快快の篠田千明に呼ばれて「キレなかった14才りたーんず」という企画公演にパンフの編集者として呼ばれたのがきっかけです。こまばアゴラ劇場に毎日貼り付いて、ほぼ全公演をいろんな角度から観つづけたことで、演劇というものの多角的な魅力が見えてきた。なんか、感触をつかんだんですよね、空間の。作り手たちの熱気のぶつかり合いを近くで目撃できたのも大きかった。ただ、観客動員数はすごくあったのに、あの頃の彼ら(6人の演出家たち)は演劇界ではまださほど認められていなくて。「若いやつらが内輪でハッピーなことやって騒いでる」みたいに軽んじられる雰囲気があった。僕はそれらに対して「彼らは彼らなりの若い感性で世界を切り取っていますよ」と証明する必要を感じたんですよね。ただ、そのためには言葉が必要だったし、まずはたくさん舞台を観ないとお話にならなかった。そしたら単純に、いろんな面白い舞台に出くわしていって、気づいたら戻れなくなっていたという(笑)。エンリク・カステーヤさんとの出会いとか衝撃的でしたね・・・・・・。まあこの話は長くなるので今はやめておきます。
__ 
若い才能。認められるべきですね。
藤原 
その過程でマームとジプシーの藤田貴大くんと出会っちゃったのは人生が変わるレベルの大きな出来事でした。『たゆたう、もえる』という作品を、現『シアターガイド』編集長の熊井玲さんに誘われて千秋楽に駆け込みで観に行って、びっくりして。いったいどんな人が作ってるのかと思ったらすっごい線の細い、でもエキゾチックな目をした美青年が現れて、やばいこれはマジで天才に遭遇してしまったと。震撼しましたね。それで家が近かったこともあり、一時期はほぼ毎日くらいのペースで飲んで話してました。村上春樹ふうにいえば、2010年の夏に2人で飲んだビールの量はプール一杯ぶんくらいに相当すると思いますよ(笑)。もちろん演劇の話もしたけど、映画とか小説とかの、あれがヤバイとか凄いとか・・・・・・。彼もやっぱり最初は認められてなかったし、傑出した才能があるからこそ、周囲の反発も凄いものがあったと思います。でも藤田くんはタフだったなー。彼とその仲間たちが、演劇界の空気をずいぶん変えたと思いますね。
__ 
素晴らしい。
藤原 
演劇界にかぎらず、世界は変わりつつあるんだなとひしひし感じてます。震災の前から、戦後日本を支えてきた社会の様々なシステムは斜陽に差し掛かっていた。それが震災で完全に露呈されたと思います。ハリボテだったじゃん!、っていう。逆に言うとこの混乱期は、若い世代にとっては大きなチャンスだとも思う。僕は人生のわりとそれなりの時間を酒場で過ごしてきたので、オッサンに説教されることなんて日常茶飯事だったんですよ。でも震災後、オッサンが自信を喪失したのがハッキリと分かりましたね。むしろ謝られることすらある。こんな日本にして悪かった、とかなんとか・・・・・・。とにかく、いい仕事をする若者がちゃんと認められるのは健全なことだと思う。
__ 
いい仕事をする若手。
藤原 
問題は、僕自身がもはやそれほど若くないということですね(笑)。だから単に若ければいいとも思っていない。大人には大人のやり方ってもんがあると思う。
快快
2004年結成、(2008年4月1日に小指値< koyubichi>から快快に改名)。集団制作という独自のスタイルで作品を発表し続ける、東京を中心に活動する劇団。パフォーミングアーツにおける斬新な表現を開拓し「物語ること」を重視した作風で今日の複雑な都市と人を映し出しながらも、次第に幸福感に包まれゆく人間の性をポップに新しく描いてきた。(公式サイトより)
マームとジプシー
藤田貴大が全作品の脚本と演出を務める演劇団体として2007年設立。同年の『スープも枯れた』にて旗揚げ。作品ごとに出演者とスタッフを集め創作を行っている。08年3月に発表した『ほろほろ』を契機にいくつもの異なったシーンを複雑に交差させ、同時進行に描く手法へと変化。09年11月に発表した『コドモもももも、森んなか』以降の作品では、「記憶」をテーマに作品を創作している。シーンのリフレインを別の角度から見せる映画的手法を特徴とし、そこで生まれる「身体の変化」も丁寧に扱っている。(公式サイトより)

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拡大解釈(1)

___ 
関係性を表すダンスについて。例えば片足を相手の足下に置くような姿勢。見ている人の想像力を一気に喚起するんですよね。そして反面、言葉がないのであれば誤読が生じやすいのではないかと思うのですが。
長谷川 
観客がふっと一瞬一瞬を切り取って、自分の想像力を頼りにシーンとして頭の中で作っていくのが面白いんじゃないかなと思うんです。読者が選択をしていくゲームブックのように。
___ 
なるほど。
長谷川 
この二人は良い関係じゃないのかな、みたいに、勝手に拡大解釈していく。そういうヒントや描写をちりばめていくんです。
___ 
つまり、注意深く見るとどんどん想像力がかき立てられるんですね。
長谷川 
そうですね。探りながら見て貰う面白さはあると思います。次回の「八」(エイト)は挟み舞台なので、距離が近いぶん、そういう体験が出来るんじゃないかな。
___ 
では、テアタータンツに出演される方に求める事はありますか?
長谷川 
それもやっぱり関係性ですね。俳優さんもダンサーさんの使うんですけど、それぞれの良さがあるんですよ。でも、意外にも俳優の生理というものがあって、「動くための理由」がなければ動きにくいみたいなんですね。確かに、そこをクリアにしていく事で作品の強度が上がるというのは確かにあるんですね。但し俳優でもダンサーでも理由がつかない面白さというのも存在するので、それだけやる訳にはいかないんですけど、積み重ねの作業は面白いです。

タグ: 一瞬を切り取る


「ピラカタ」という白紙

__ 
そうした、ごまさんの妄想という神話から生まれた街「ピラカタ」。この街を、国生みの瞬間からマクロ・ミクロな視点にかけて色々な部分から切開し、そこに住む人々を描き出すという作品でした。
ごま 
ガルシア・マルケスという人の書いたシリーズに、マコンドという街の話があるんです。「祖先の墓が出来るまでは、そこは我々の故郷とは言えない」っていう記述があってね。枚方も、僕ら新しい住民にとっては、まだ誰もそこに骨を埋めていなかった。
__ 
でも、次第に人は死んでいく、
ごま 
そう。例えばニュータウンでも死者の形跡というか、証やエピソードは残る。マンションの7Fに住むあの奥さんが育児ノイローゼで子供を落としちゃったとか、あの角で誰かが交通事故に遭って亡くなったとか。怪談話のような体裁で人から人へ伝えられていく。そういうイカガワシイ話を思い切り引き伸ばして神話にまでしてしまった。
__ 
なるほど。
ごま 
でも、枚方って無個性な街なんですよね。神戸とか京都とか、特色があるじゃないですか。枚方にはそういう、これといった特徴もないし、生み出せないところがある。
__ 
真っ白な、歴史のない土地に経済的な理由だけで街を作る。でも、そこに生きている人々は紛れもなく生きているんですよね。例えば、高原さんが演じる少年が自分のおしっこを掛けて形作った「尿神様」(にょうがみさま)。あの存在が非常にリアルに感じたんですよ。
ごま 
適当やね。あの高原さんがやった役が今回一番好きやったね。
__ 
最後のシーン、人々がピラカタ=枚方という街の夜景を眺める時に、それまでの時代も場所も世界の切り取り方も全然違う全てのシーンや、俳優の姿が一つになって、客席をどこか知らない街まで連れ去ってくれたような。その時、舞台で高原さんが電車を持ち上げてしまうみたいな演技までが新鮮だったんですよね。そのラストの演技にドライブ感があって、だから傑作だと思ったんですよね。
高原さん
ニットキャップシアター。女優。

タグ: 一瞬を切り取る 妄想 作家の手つき


撮る

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そういえば、写真を撮るのが趣味なんですよね。
魚森 
3年くらい前からかな。はじめは、自分が見ている風景を「美しい」と思ったり、良い構図の研究だったり。何を選択してどう作品として作るか、とか、自分を整理する為に写真を撮りだしたんですね。それが最近、とっても良い方向に動き出していて。何を見ているか、何を見ていないかを思い知らされるようになりました。美しいとは一概に言えないけれどこういう着眼点はどうだろう、と思うと人に見せています。照明は空間の中で構造を作る仕事なので、写真を「作る」時も生かされているんですね。毎日現場にいられる訳ではないので、良いトレーニングになっています。
__ 
重要なところは、言ってみれば、キレイな風景を見たらどれだけ感動しても写真に撮る必要は生じないと思うんですよ。思い出として頭に焼き付けておけば、可能な限りクリアに再生出来る訳ですから。でも、フレームの四角に切り取るという事は、その感動を作品化するという事ですよね。そこに知覚と感動と製作の密な関係を感じます。良い練習ですね。
魚森 
うん、もう本当に、撮るようになってから光についての説明が出来るようになったんですよね。今では、大事な作業の一つです。
__ 
なるほど。
魚森 
あとは、自分の照明プランの成り立ちを、文章で書き留めておこうと思ったのも、写真を撮るようになってからです。写真と打ち合わせで得たものを照明にして、それを言葉にして取っておくというサイクルが出来始めています。でも、まだ柳川のしかアップしてないんですけどね(笑う)。
柳川
1998年、立命館大学の学生劇団を母体に結成。洗練されたシチュエーションコメディを目指すも、良くも悪くも洗練されず「なんだかよくわからない、面白いのかどうかすら、ちょっと判断しかねる笑い」を目指す、どちらかと言えば、ひとりでこっそり観に行きたい劇団。(公式サイトより)

タグ: 一瞬を切り取る


vol.87 魚森 理恵

フリー・その他。

2006年以前
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魚森