尖った奴でいること

__ 
高山さんがお芝居を始めたのはどんな経緯があったのでしょうか。
高山 
僕は同志社大学の第三劇場から始めたんですけど、大学に入った時は全然、演劇をやろうとは思っていなくて。とりあえずどこかのサークルには入ろうと思っておりまして、例えばバレーボールサークルとかに入ろうと思っていたんですけど、でも運動系のサークルは京田辺キャンパスにしかなくて。今出川キャンパスには文化系しかなかったんですよ。どうしようと思って。入学時にはいっぱい、サークルの新入生募集のチラシをもらったんですけど、そこに第三劇場のチラシがあって。ちょっと調べたら生瀬勝久が昔いた、らしくて、それでなんとなく入ったらこんな事になってしまって・・・(笑う)
__ 
なるほど。
高山 
本当になんとなく、深く考えて芝居を始めた訳ではないですね。今続けていいるのは、こうやって色んな所に出させて頂いて、もっと自分の存在を世に知られたいなあというのが働いて。というか、子供の頃から自分は普通のサラリーマンにはならないだろうなと思ってたし、親にも「アンタは普通に就職とかしなさそうだね」と言われてたし、今はとにかく冒険してみたいなと思って。フリーター1年目です。就活もせず、みんなが就活を始めると同時に金髪にして、シーズンが終わったところで戻して。尖った奴とゼミの友人から言われていました。
__ 
演劇を始めた頃にご覧になった、衝撃を受けた作品はありますか?
高山 
今はもう無くなってしまったんですけど、ひげプロ企画ですね。凄すぎて。引くと同時に、出演された方への憧憬があって。

タグ: 学校の新入生歓迎 衝撃を受けた作品 尖った事をやりたい


vol.400 高山 涼

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2015/春
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高山

中学までは人前に立つのは考えられなくて

__ 
片桐さんの芝居を、CTT大阪の「道の階」を拝見した事があります。とても面白かったです。
片桐 
あ、ありがとうございます。
__ 
月がパン工場に行こうとしていて、それを止める女の子の話でしたね。月が歩く時の音楽が凄く良かったです。
片桐 
嬉しいです。作・演出の久野さんも、またやりたいって言ってて。何か書いているそうですよ。
__ 
またいつか、拝見したいです。まず、片桐さんがお芝居を始めた経緯を伺えますでしょうか。
片桐 
中学までは人前に立つのは考えられなくて、学芸会での楽器演奏は好きだったんですけど。でも高校に入った時、演劇部の新入生歓迎公演を見た時に面白いなって思って。でも、だからと言ってバリバリやっていくとは思って無かったんですけどね。
__ 
なるほど。
片桐 
見学に行って入部したら、面白くてハマってしまいました。でも、あくまでクラブ活動で、卒業してからもやろうとは思わなかったんです。実は中学生の終わり頃から宇宙に興味があってですね、宇宙の研究をする道に進もうと思ってたんですよ。
__ 
宇宙。
片桐 
大学の進路もそのつもりで勉強していたんですが、進路を決める時期に考えてしまったんです。で・・・演劇をやろうと思っちゃったんですよ。親にも先生にも「え?」って顔をされたんですね、そんな潰しの効かない、芸術系の進路を取るなんて、進学校としては前例がなかったらしくて。
C.T.T. Osaka Trial No.11
公演時期:2011/11/29~30。会場:ウイングフィールド。

タグ: 宇宙の話 学校の新入生歓迎


vol.288 片桐 慎和子

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2013/春
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片桐

わたしの舞台暦

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宗岡さんが演劇を始めたのは大学から?
宗岡 
西一風からです。高校の頃は演劇部が無くて、美術部と科学部と数学研究会に入ってたんですけど、演劇にはずっと興味があって。大学に入って、新入生歓迎の立て看板が素敵で、ビアズリーのサロメの絵をパロディにしたものだったんですよ。サロメや三島由紀夫の作品みたいなものがやりたかったので、あ、ここだと思ったんです。
__ 
西一風の何年かはいかがでしたか?
宗岡 
本当に楽しかったです。2回生の春に辞めちゃったんですけど、その時3回生だった市川さんの作品が凄く好きで。
__ 
それから悪い芝居やサワガレやZTONや努力クラブに出演されましたね。参加していて思い出深い作品は。
宗岡 
やっぱり悪い芝居さんの「キョム!」だったかもしれません。唯一、最後まで不貞腐れずにやった作品で、いやいつも真面目なんですけど。元々、京都に来て初めてみた芝居が「嘘ツキ、号泣。」だったし、山崎さんは西一風の先輩なので。有難かったです。
劇団西一風
劇団西一風は立命館大学を拠点に活動を行う演劇サークルです。1985年、越あゆみ氏を筆頭に創立されて以来、「内的爆発」、「身体的速度」、「独創性」をモットーに、京都で独自の表現方法を模索し続けてきました。オリジナルの脚本を使用した様々な表現活動は、大きな反動を呼ぶこともあります。劇団名の由来は『関西を吹き抜ける一陣の風』。本公演は年に三回、春季・夏季・秋季に行われ、その他有志によるプロデュース公演などの活動も精力的に行っています。(公式サイトより)
市川タロ
「デ」。2011年、市川タロの個人ユニットとして活動開始。場所と記憶を俳優の身体を通しながら見つめ直すことを模索する。過去の活動に2011年10月『ルーペ/私のための小さな・・・・・・』。(公式サイトより)
悪い芝居
2004年12月24日、旗揚げ。メンバー11名。京都を拠点に、東京・大阪と活動の幅を広げつつある若手劇団。ぼんやりとした鬱憤から始まる発想を、刺激的に勢いよく噴出し、それでいてポップに仕立て上げる中毒性の高い作品を発表している。誤解されやすい団体名の由来は、『悪いけど、芝居させてください。の略』と、とても謙遜している。(公式サイトより)
サワガレ
「オルタナティブスタンダード」な作品に“非日常の中に片足を突っ込んだ曖昧な感情”を紛れ込ませ、京都の片隅から宇宙に向けて発信している集団。客観的に世の中をとらえたシニカルな作風でありつつも「フィクション性」「エンターテイメント性」を意識しながら独自の世界観を描き出す。スローガンは「謙虚に且つ虎視眈々と。」2012は原点に立ち返り、ちゃんとサワガレますので、どうぞお騒ぎください。(公式サイトより)
劇団ZTON
2006年11月立命館大学在学中の河瀬仁誌を中心に結成。和を主軸としたエンターテイメント性の高い作品を展開し、殺陣・ダンスなどのエネルギッシュな身体表現、歴史と現代を折衷させる斬新な発想と構成により独自の世界観を劇場に作りあげ、新たなスタイルの「活劇」を提供している。(公式サイトより)
努力クラブ
元劇団紫の合田団地と元劇団西一風の佐々木峻一を中心に結成。上の人たちに加えて、斉藤千尋という女の人が制作担当として加入したので、今現在、構成メンバーは3人。今後、増えていったり減っていったりするかどうかはわからない。未来のことは全くわからない。未来のことをわかったようなふりするのは格好悪いとも思うしつまらないとも思う。だから、僕らは未来のことをわかったようなふりをするのはしない。できるだけしない。できるだけしないように努力している。未来のことをわかったふりをしている人がいたら、「それは格好悪いしつまらないことなのですよ」と言ってあげるように努力している。(公式サイトより)
悪い芝居vol.11「キョム!」
公演時期:2010/12/18~26(大阪)2011/1/14~16(東京)。会場:精華小劇場(大阪)駅前劇場(東京)。
悪い芝居vol.11「キョム!」
公演時期:2009/4/16~20(京都)、2009/5/5~6(東京)。会場:ART COMPLEX 1928(京都)、サンモールスタジオ(東京)。

タグ: 学校の新入生歓迎 悪い芝居「キョム!」 「悪い芝居」の存在


vol.284 宗岡 ルリ

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2013/春
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宗岡

あの時代(1)

__ 
ウォーリーさんがお芝居を始めたのは、どのようなきっかけが。
木下 
大学一回生の頃に新入生歓迎公演を見たのが最初です。チラシを配ってた女の子のセンパイが可愛かったからで、「入学早々これかよ大学ってすげえな」って。興味が無かったのに観たらそれこそ凄く面白くて。その時既に、本を書きたいなと思っていたんですね。
__ 
それほど、衝撃的だったんですね。
木下 
始まって暗転して、蓄光テープのかけらがキラキラ一面に光っているのを見たとき、いきなり宇宙やとびっくりして。照明が点いたら役者がいて、「いつの間に~!!」て。なんなん、このトリックはって、こんなんやる事になるんやと。その時期、バンドやるか映画やるかで迷ってたんですが、映画部の作品見たら面白くなくって「3年ここにいたら最終的にこの映画作るんや」と思ったらいやになって。バンドは友達がいなかったので諦めて。
__ 
みんなそう言いますよね。私もそうです。何で、大学入ってから最初に観た芝居ってあんなに面白いんでしょうね。そして、「今見たらきっと面白くないんだろうなあ」と言ってみる。でも、個人的にはもう一度見てもきっと。
木下 
うん。面白いんじゃないかなって思うよ。平林さんも同じ回見てたよね?
平林 
あんなにテンションが高いものを見る機会が、それまでに無かったからじゃないかな。
木下 
そうそう。これぐらいの距離感でわーっと台詞を言われて、もう怒られてるんじゃないかと。
平林 
あれはショックでしたね。
__ 
高校を出て間もない時期の体験。二度とは味わえないんでしょうね、きっと。
木下 
また、音楽がね。かっこいいんですよ。演劇部に入ってから、こんな凄い・・・イギリスってあるんやと。高校出るまで福井だったからね。それがストーンローゼスとか渡されて、そりゃカッコいいスゲエ!ってなるよね。
平林 之英さん
sunday。この日はパンフレット編集のためにご同席して頂きました。

タグ: 学校の新入生歓迎


当初は

__ 
舞台美術のプロである奥村さんに、本日は色々伺えればと存じます。まず最初に、舞台監督を志されたのはいつからなのでしょうか。
奥村 
大学に入った当初は、映画部に入りたかったんです。そこで新入生歓迎上映会に行ったんですが、期待していたものとは違っていて。で、折しも当時未曾有の小劇場ブームだったんです。
__ 
そこで出会ったという事なんですね。
奥村 
大学に演劇部が5つぐらいあって、結構華やかに宣伝したり勧誘したり。何か、勢いあるなあ、楽しそうだなあと思い入部しました。オーディションを受けたりしたんですが、何回か落っこちる度にスタッフに回されるんですよ。最初は演劇って役者する以外に何か仕事があるの?という状態だったんですが。何回か重ねるうち、舞台セットを任されるようになっていきました。
__ 
どのような感じでしたか?
奥村 
やってみたら、割と評判が良かったんです。本当に試行錯誤の手探りでやっていったんですけど、まあそれなりに形にはなったのかな。いま思えば全然大した事なかったんですけどね。長い時間掛けて製作もしていましたし、学内の他の劇団からも美術のお手伝いをお願いされたりして。
__ 
当時の勢いが伝わってくるような気がします。
奥村 
その頃は土田さんはもちろん、松田正隆さんとも一緒にやったり、いまTV局ででディレクターをしている人もいたりして。熱かったですね。

タグ: 学校の新入生歓迎


視覚的な面白さ

__ 
BABさんはどんなキッカケで芝居を始められたのでしょうか?
BAB  
思い起こせば、よくこども劇場に連れられて行ってたんですよね。その時に、オズの魔法使いかな、舞台で女の人が大きなパンをみるみるうちに食べていくシーンがあって。それが面白かったんですよね。
__ 
なるほど。
BAB  
中学校の新入生歓迎のときに演劇部の人たちが身体ひとつでシーンをクルクル変えていったのが面白く感じて、それで中学の演劇部に入部しました。高校・大学では演劇部に入らなかったです。大学時代はバンドやってました。
__ 
どのパートですか?
BAB  
ドラムです。
__ 
ドラム!? 意外ですね。
BAB  
背が低すぎて、ドラムに隠れちゃってました。
__ 
いわゆる、ステルスドラムですね。
BAB  
見えないのに音がするという。面白いのが好きなんでしょうね。それからポコペンに遊びに行くようになって、益山に会って。劇団が子供鉅人に改名するぐらいの時期に入りました。
__ 
最初は、ポコペンのお客さんだったんですね。
BAB  
そうですね。友達がポコペンで展示していて、それを観に行ってからかな。益山の芝居を見たのは、月眠ギャラリーでの出展作品を見たのが最初でした。実は、もっと面白く出来るんじゃないかとその時思って、アンケートに色々書いたのが最初だったのかな。
__ 
物足りなかった?
BAB  
役者の動きとか、もっと演出できるだろうと思って。不完全燃焼だったんじゃないかな。

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