顔の見える観客

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最近考えている事はありますか?何でも結構です。
鳴海 
去年の11月に私たちの新しい劇場がこけら落としを迎えたんですが、PANみえの芸術監督として、津の人たちがもっと劇場を使って人生を楽しんでもらう為にはどういう風に仕掛けていけばいいのか。その事ばかり考えていますね。もちろん作品の事も考えていますが。
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劇場を使って人生を楽しむ。
鳴海 
それはどういう事かというと、もろもろの地域はリトル・トーキョーになってもしょうがないんですよ。良いところは参考にしつつ、大都市の縮小・劣化コピーではない劇場文化を作った方がいい。人口規模も文化の形も違うんです。津には津の文化の充実の仕方があるはずです。どういうスタイルや仕組みがしっくりくるのかを考えています。
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東京以外の演劇人が必ず考えているテーマと言えるかもしれませんね。東京の人から見ると「京都は時間の停まった町」と思われている、みたいな話を聞いたことがあります。それはそうなのかなとも思うし、反感も覚える。鳴海さんは、東京から三重に越されて、「何かが違う」と感覚された事はありますか?
鳴海 
具体的には、東京にいた頃、公演を観に来たお客さんと触れ合える時間というか密度は相対的には薄かったですね。
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短いんですね。
鳴海 
三重だと、劇場以外にも会う機会や場所があって、比較すれば濃いです。私自身はそう感じます。見に来てくれたお客さんの人生にコミットしているという実感が強い。良い影響か悪い影響かは置いといて。それは私にとってはとても嬉しいです。そうは思わない人もいるでしょうけど、私には性に合っている。フランスやドイツで公演した時も、多くのお客さんが私たちに話しかけてくれたことと重なる部分があります。
__ 
お客さんとコミュニケーションが取れる、それは上演側にとっては嬉しくてしょうがない事ですもんね。
鳴海 
もちろん、何千人のお客さんの目に触れるのもとても大事で難しいことですけど、顔の見える観客の一人ひとりの人生の糧になっているという実感も大切な側面だと感じます。私たちは民間の自由度と機動性を活かして、語り合える場としての劇場とその実感を大事にしたいと思っています。
__ 
そうした関係性を知らない人にとっては「時間が止まっている」と見えるのかもしれない?
鳴海 
それは、どうなんでしょうね。人間の身体のサイズは変わっていないけれども細胞が入れ替わり続けている状態は「時間が止まっている」と呼べるのかもしれないし。それとも、延々と流れている川の水面を見て「時間が止まっている」とも言えるかもしれません。東京は文化の新陳代謝も激しく輪郭が変わりやすいので時間が止まっているとは感じません。その意味では京都の印象はちょっと違うなと思います。
__ 
京都、新しいものが出てこないという実感がありますけどね。
鳴海 
クラシックという意味じゃなくすでにあるものを大事にしているというか。基礎が意識的にも無意識的にもしっかりある印象があります。上辺だけでコロコロ変わっていくんじゃなくて、発展させるにしても、リノベーションするにしても、その基礎の部分がどこかで作用しているように思えます。
__ 
ああ、京都はそういうところあるのかな。でも基本的には、京都で演劇をやっている人は常に反逆的というか、既存の物に対して破壊を試みている印象が強いです。というか、そうあってほしい。でもその根っこには、そういう、根っこへのリスペクトは確実にあるでしょうけれど。

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でも、次も来て下さい、きっと

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逆に、観客に何か期待する事、欲望する事はありますか?
油田 
演劇は多様性のあるメディアだと思うんですよね。作品が違えば何もかも違うし、俳優が一人違うだけでもかなり変わる。見ている人のコンディションでも違う。テンションの低い日に見たらやっぱり面白く無い事もありますしね(笑う)。
__ 
年齢層によっても感想って違いますしね。
油田 
それでも、いつ何時でもあなたを受け入れる場所として僕らはある。つまんなくても次絶対来てください、と。
__ 
なるほど。
油田 
いや面白い作品を呼んでるんですよ。でも、あるじゃないですか。あれっ?みたいな事。特に新作とかは。でも僕らは小屋側の人間なので、言い訳は出来ないじゃないですか。でも、次も来て下さい、と。
__ 
でも、頑張って作った作品が面白くない事ってありますよね。
鳴海 
そうですね。まあさっき油田さんのおっしゃったコンディションもありますけど、でも、頑張らなくても上手くいくなんて事はないんですよ。残念ながら頑張っても良いものになるとは限らない。ただ、良いものをつくるためには努力する必要があると信じないといけない、私たちはね。
__ 
そうですね。
鳴海 
私の観劇思考でもあるんですが、もし観た作品が肌に合わなかったとして、その時お客さんが自分にはなぜいまいち面白くなかったんだろうと考えてくれるのなら、それは作品と同時に自分についても考えているんだと思います。それはつまり、他者について考えているんです。自分にはピンとこなかった観劇体験であっても、価値ある劇場体験につなげる回路も私たちは作っていかないといけないんだろうとも思います。「何故面白くなかったのか考えてみませんか」と。肯定も否定もしないですが、その話ができれば2500円は決して無駄じゃないですよ、と。そういう文化の利用の仕方ができると、人生をまちがいなく押し広げることができる。

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KYOTO EXPERIMENT オープンエントリー作品 - Theatre Company shelf『shelf volume 18 [deprived]

矢野 
今度京都に持ってくる作品というのが[deprived]というタイトルで、東京では(仮)とタイトルにつけて4月に上演したんですが、20人しか入らないギャラリーで、一週間ほど上演したんですね。音響や照明効果に頼らず、同じ空間で、観客と空間を共有して、物語を物語るという作品です。一度徹底的に、演劇に付随する様々な要素を削り落として俳優の“語り”の力だけを使った作品を作りたくて。
__ 
東京で上演して、いかがでしたか。
矢野 
今回の[deprived]に限らず、僕たちは基本的に、都度、再演に耐え得る強い作品を作るんだ、という気持ちが強くあります。僕は専業の演出家なので、基本的にテキストは他の誰かが書いたものを使う、というやり方を取っています。セットなども極力作らず、音響も薄く、観客の無意識を支えるように入れるか、あるいは最近はもう音響は無くてもいいかな、という感じで。だいたい装置を建て込む、という感覚からはもう10年ぐらい離れていますね。ただ、再演に耐え得る、といってもそれは同じものを正確に再現できるようにする、ということではなくて、つまりどこに持っていっても同じように上演できるパッケージ化された閉じた作品ではない。環境、つまり劇場という建築物の歴史や場所性、ロケーションなど大きな要素まで含めて、それらを含みこんで、その都度ちょっとずつ作り替えて、稽古場で出来るだけ柔らかく且つしなやかなものを作って、それを現場で毎回、アジャストしてから上演するという感じで。俳優には、まあ相当な負担がかかるんですけど、そういう風に劇場というか<場>の魅力を引き出した方が舞台芸術としてもっとずっと楽しいんじゃないかと。お金が掛からない、というのもありますけどね。でも、貧乏ったらしくはしたくなくて。
__ 
そうした上演形態が、shelfのスタイルですね。
矢野 
貧乏ったらしくしたくない、というのはこちらの気構えの問題でもあって、経費をケチってコンパクトにするというよりか、稽古場で相当な時間をかけ、試行錯誤しながら練り込んで来たものを1ステージ20人しか見られないような空間で上演する。それってむしろ、凄く贅沢なことなんじゃないだろうか、と。もちろんそこには懸念もあって、1ステージ20人だと、変な話客席が全て知り合いで埋まってしまうかもしれない。でもそれは何とかして避けよう。出来るだけ当日券を用意するとか、常連客しか入れないような一見さんお断りの飲食店のような雰囲気じゃなくて、誰でも入れるような、そんなオープンな空間を作ろうと。そのように、どうやって自分たちの存在や場所そのものを社会に対して開いていくか? ということについては、これからももっともっと考えていかないといけないと思っています。ただ先にも言ったように、自分たちのやりたいこと、課題、やるべきことが見えて来ているという意味では今は本当にとても充実した毎日を送っています。
__ 
課題が見えるという事は、少なからず問題に直面していた?
矢野 
将来的に考えて、何というか、テレビの仕事や、演劇、コミュニケーション教育など教える仕事、レッスンプロっていうんですかね、そういう二次的な仕事でなくちゃんとしたアーティストが、純粋に演劇作品を作ることでそれで対価が支払われるような社会になっていかないと、それはちょっと社会として余裕がないというか、貧しい社会なんじゃないかな、と思うんです。例えば俳優や、スタッフにしても例えば子どもを育てながらも演劇活動が出来るような、そんな世界になっていってほしいんです。まあ、そもそも演劇制作って、ビジネスとしてはすごく成り立ちにくいものなんですけどね。資本主義の、市場原理の中では回っていかない。だけど、や、だからこそ一人一人がただ良い作品を作ればいい、作り続けていれば、というのは違うと思ってて、それはそれでちょっと独りよがりな発想だと思うのです。で、だからそういうところから早く脱して、演劇に関わる一人一人が将来についてのそれぞれ明確なビジョンを持って、これからはそれぞれが一芸術家として文化政策などにも積極的にコミットしていかなければならないと思います。じっくりと作品作りをしている僕らのような存在が、ファストフードのように消費されるんじゃなくて、きちんと評価される。社会のなかに位置づけられる。国家百年の計、じゃないですけど、二年とか三年とかそんな目先の利益じゃない、大局的なビジョンを持って、演出家とか、劇団の代表者という者は活動をしていかなきゃいけない。そんなことをずっと考えていて、いろいろと、作品作りだけじゃなく制作的な面でも試行錯誤をしています。

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役者の価値って何なんだろう

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さて、沢さんは映画にも出演されたという事で。映画『星を継ぐ者/Inherit The Stars』。予告編を拝見したんですが、延命さんがカッコ良かったですね。高瀬川すてらさんも。そして、あの吉岡里帆さんが出てますね。
沢  
とにかく、時間を掛けた作品でしたね。演劇と映画がとても魅力的な出会いをしている作品だと思います。今回を機に、映画の方に演劇人を紹介出来たというのが大きいかなと。映画の方からは演劇が畏れ多いというものがあるらしくて。演劇側にもそういう思い込みはあると思うんですけど・・・その間の出会いを、名鑑のような形で紹介出来るような仕組が作れればいいなと思います。
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素晴らしい。撮影自体はどんな経験でしたか?
沢  
一年半ほど撮影期間がありまして。その間、色々ありました。喧嘩もあったし、対話もしたし。深く交流のある作品でしたね。役者の価値って何なんだろうと、そういう事も考えました。役者になりたいという思いを小学校から抱いていたけれど、その時描いた通りに行くわけではないんだな、と。
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そうですね。俳優が生きるというのは、それだけで難しいかもしれない。経済的な事情はどうあれ。
沢  
一緒に演劇をやりたい仲間とも、いつまでも出来る訳じゃないんですよね。京都ロマンポップの作家であるよりふじゆきが上海で仕事してるんですけど、彼といつかもう一度演劇をしたいなとずっと思っていまして。この前の5月、上海に行ったんです。
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おお!
沢  
向こうでの彼の仕事や生活を見たり、お互いの考えを話しあったり。結果、やっぱり無理なんだなと分かって。そういう分岐がある節を迎えて、色々考えますよね。どうしても理想との乖離というか。それがきっかけとなってか、俳優って全く価値が無いなと思っちゃったりするし、演劇はもっと面白くなれるし社会に対して価値を持てるはずなのに、全然足りていない。そういう事を考えながらも、学生演劇祭をやってますけど。
映画『星を継ぐ者/Inherit The Stars』
2014年第6回福岡インディペンデント映画祭コンペティション部門正式出品となった-映画『爛れる/Becomes Sore』の監督・末長敬司と、2011年第5回京都造形芸術大学映画祭において作品-賞・撮影照明賞・録音音響賞・美術賞・女優賞の5冠を達成した映画『つくすみ』のスタ-ッフが、吉岡里帆を主演に迎えて放つ、インディペンデントのスケールを超えたSF大作!*2014年秋より順次公開予定*(公式サイトより)

タグ: 分岐点 社会の中で演劇の果たすべき役割


dracom Gala公演 ウイングフィールド提携公演 たんじょうかい

筒井 
一般の人たちは演劇をどう捉えているんだろうと思って、Gala公演「たんじょうかい」という企画が生まれたんです。大勢の方に面白いと言ってもらえましたが、一方、dracomの祭典をいつも面白いと言ってくれるコアなお客さんは物足りないと。
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dracomには珍しいストレートプレイでしたからね。
筒井 
実はこの公演には狙いがあったんです。大阪のお客さんは、一体何に興味があって劇場に足を運ぶのか?という事です。戯曲か、俳優か、演出か?そういうリサーチの意味もあったんです、実は。上演後にお客さんに書いてもらったアンケートの結果と、公演後の声から総合したら面白い事が分かったんですよ。
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というと。
筒井 
アンケートに「今日劇場に来た理由は何ですか?」という項目を設けたんです。僕は「見たことがない劇作家の作品を見てみたかった」が多いと思っていたんですね。その結果が出ていれば、お客さんは知らない劇作家の、過去の名作に興味がある。つまり、戯曲への興味が大きいという事になる。
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そうですね。
筒井 
しかし、「dracomを観てみたかった」という答えが意外と多かったんです。みんな割と演出に興味があるという事が分かったんです。dracomを見に来る時点で少数派であることは否めないですけど。で、じゃあ、世に言われる大阪戯曲至上主義の正体とは?それは、ある作家の新作が、作家自身によって演出された戯曲に最も忠実な上演を見に劇場に来る事を指しているのかもしれません。であれば、お客さんが横に流れていかない。実際に「たんじょうかい」のアンケートでは、すでにある作家のファンの人で、未見の他の作家の作品を観てみたかった、という回答をした人はたった一人でしたから。戯曲至上主義というよりは作家個人至上主義と呼べるのかな。すると横の流れがより狭くなってしまって、広がりがなさそうな気がしてくるんだけれども。
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作家に人が付いていっているという事かもしれませんね。
筒井 
作家という、保証なんですよ、きっと。演出が作家自身によるものが「本物」であって、その「本物」じゃない公演には足を運ばない、ということになっているのかもしれないですね。もっと多くの劇団や作家が「たんじょうかい」のように積極的に働きかけたらそれなりの成果が得られるのに。
dracom Gala公演 ウイングフィールド提携公演 たんじょうかい
公演時期:2013/6/22~23。会場:ウイングフィールド。

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