質問 木下 健さんから THE ROB CARLTONさんへ

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前回インタビューさせていただいた短冊ストライプの木下さんから質問を頂いてきております。「何故、演劇を選んだんですか?」
満腹 
僕の場合、THE ROB CARLTONの前身の団体、洛西オールドボーイズからやっていて。それが終わって普通に就職して働いていたんですが、なんだか違和感というか。ちょうど会社を辞めたタイミングに声を掛けてもらって。THE ROB CARLTONに本腰を入れようと思ったんですね。彼らとなら行けるだろうと。
ダイチ 
僕は実は何でもよくて。人が声出して笑っているのを見たらめちゃくちゃ楽しいじゃないですか。元々バンドをやってたんですが、それでメシ食うというのは厳しいなと。音楽を辞めて、どうしようかなと思ってたらボブが「やるから」と。最初はただの手伝いにしようと思ってたんですが、まともに役者が集まらなかったんで。まあ、今は楽しいんでね。
ボブ 
僕の場合は、高校生の頃にクラスで劇をやることになって。僕が台本を書く事になったんです。書いた事無かったんですけど、役者もお客さんも同じ学校の人だから何でもウケるんですけどね。そこでね、ちょっと面白いなと思ってしまって。そこからぼやっと「やってみたいな」と。元々映画が好きで映画の脚本も書いてみたいと思っていたんですが、演劇はレスポンスが良いんですよね。やはり、ライブの良さ。
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そうですね。
ボブ 
舞台だったら、もしかしたら面白いものが作れるかもなと。何事も出来ると思わないと出来ないですしね。そこから、舞台にベクトルがいったんですよね。
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ライブを引っ張れる脚本が書ける、という事ですよね、それは。

タグ: 書いてみたいと思った 高校演劇 就職と演劇の二択 人生の節目 「目の前で起こっている」 入団の経緯 心を揺さぶる


舞台歴が始まる

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西村さんがお芝居を始めたのはどんな経緯があったんでしょうか。
西村 
高校演劇からです。それまでは人前に立って演技するなんて考えた事も無かったんですが、高校で一番仲良かった子が、中学校で演劇をしていたそうで。その子に誘われるままに演劇部に入りました。
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どんな活動でしたか。
西村 
既成よりはオリジナルの作品を作っていました。メンバーの個性を大事にしていましたね。楽しさを重視していたと思います。
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その楽しさが続いて、京都造形芸術大学に。
西村 
はい、造形の映画学科にAO入試で入りました。お芝居に興味があって、でも身体能力には自信がなくて、映像なら望みがあるかなと思って(笑う)。
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なるほど。
西村 
大学も楽しく学んではいたんですけど、やっぱり生の舞台の方に興味が惹かれて。卒業後も、二つの劇団で演劇を続けています。

タグ: 高校演劇 入団の経緯


入りたい、そんな気持ちが最初にあって

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杉原さんがお芝居を始めた経緯を教えて下さい。
杉原 
高校3年の時に演劇部に入部しました。メディアに憧れていて、出演するにはどうすればいいのかと考えたら、演技をしないといけない。なら演劇部に入ろうと。
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3年生で演劇部に入部ですか。
杉原 
しかもその演劇部がですね、部員16人が全員女子だったんです。さらに、僕は3年生なのに他の女子全員2年だったんです。入ったその時から「先輩」と呼ばれる違和感はありつつ、滋賀県大会で音響して、小さい劇場公演をやって、演劇とは何かを初めて知りました。面白いし続けたかったので、演劇を学ぶ大学はどこかというと近畿大学か日本大学か。で、近畿大学に入学して。4年間学んで、匿名劇壇に入りました。
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匿名のメンバーに出会ったのはどんな経緯が。
杉原 
僕が大学二年生の時に授業公演に出たんです。その時、メンバーの佐々木誠に声を掛けてもらって。「もし良かったら匿名劇壇でやらへんか」と誘ってもらったんです。その時はすぐ答えられなかったんですけど・・・
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なるほど。
杉原 
その後、「気持ちいい教育」に客演として出演させてもらって、それからまた時間がちょっと経って。決めて入りました。佐々木誠から大分プッシュされたんですね、それが無かったら入ってなかったと思います。嬉しかったですね。
第三回本公演「気持ちいい教育」
公演時期:2014年5月。会場:シアトリカル應典院。

タグ: 高校演劇 入団の経緯


経験と総括・2

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山野さんがお芝居を始めた経緯を教えてください。
山野 
高校2年の時に文化祭で、クラスで演劇を作る事になったのが人生最初の舞台でした。ちなみに、高校の時の担任の先生が劇研アクターズラボの田中遊さんの公演クラスに参加していたんです。渋谷善史さんという方で現在も田中遊さんのユニットの正直者の会.labで活動されています。その渋谷さんのクラスで文化祭に出て舞台に立ったのが最初です。
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いかがでしたか。
山野 
良かったです!!すごく褒めてもらえて・・・。高校時代の唯一のいい思い出ですね(苦笑)重要な役でプレッシャーも大きかったし、仲間同士で衝突もしたりで大変でしたけど・・・。本当にやっておいて良かったです。僕の人生を大きく変えた出来事でした。しかし、その舞台の直後に急激に体調を崩しまして・・・病院に行ったところある精神科の病気になってしまっていたんですね・・・。実は育った家庭の環境が非常に悪くて・・・物心ついた頃からあまり自分の家庭が好きではなかったんです。そのストレスからか高校に入学した頃から体調も精神状態も悪く、騙し騙し必死に耐えていたんですが、ついに溜まりに溜まったフラストレーションが爆発してしまって・・・。以来学校にもまともに通えなくなり、処方薬依存でボロボロの状態で勉強どころではなくなってしまって・・・。なんとか高校は卒業できましたが当然受験勉強も進学出来ずそのまま自宅に引きこもるようになってしまったんです。
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なるほど。
山野 
それからしばらくブランクが空くんですが、22歳の時にインターネットで某演劇サークルがメンバーを募集していてそこに入ることにしたんです。理由としては当時の僕は仕事も勉強もできていない、友達もほとんどいない、まあニートだったわけで・・・(苦笑)それが嫌で少しでも社会との接点を持たなくてはと思ったんです。「あの時素晴らしい経験を与えてくれた演劇なら自分に希望を与えてくれるのでは・・・」という思いで(苦笑)で入団してしばらく活動していたんですが正直ものすごく面白くなかったんです。考えが甘くて、だらだらしてて。あまりにも演劇を趣味として見ていたので。
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つまり、良くなかったんですね。
山野 
そうですね・・・。そこでしばらく悩んでいたんです。「そのサークルを辞めようか・・・しかし辞めたところで全くの無名の僕がどうやって芝居を続けるのか?いや自分が頑張ってそのサークルを立て直すべきなのか?しかしそのサークルの方達とは根本から考え方が違うのでは?」とかウダウダ考えている矢先にふつうユニットの廣瀬信輔さんと出会ったんです。確か2011年の1月だったと記憶しています。そこで廣瀬さんに気に入ってもらえてふつうユニットの「スペーストラベラーズ」という作品に出演させていただいたんです。その現場で廣瀬さんや他の共演者の皆さんに良くしてもらって・・・随分久しぶりに同年代の人達と関わることができて、喋って、遊んで、作品を造って・・・本当に楽しい現場でした。これをキッカケとして人と関わることを覚えて、徐々に引きこもりからを脱出することができたんです。
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廣瀬さんと出会ったのはどんな経緯が。
山野 
谷さんが参加されていた、劇研アクターズラボの「恋愛論」という作品の挟み込みに、ふつうユニットの出演者募集のチラシがあったんです。当時の僕は今以上に演劇のことを何もわかっていませんでしたから・・・堅苦しいチラシとかだったら逃げ腰になってしまって絶対行けなかったと思うんですけど、そのふつうユニットのチラシがまあ、そのあまり上手くない絵が表にデカデカと描いてあって(笑)書いてあることも砕けた内容だったのでここなら自分でもと思い連絡をとってみたんです。そしたら連絡してきたのは僕一人だけだったらしくて(笑)それがきっかけで(苦笑)もしそれが無かったら現在の自分はなかったかもしれませんね(苦笑)

タグ: 俳優のブランク 自分を変えた、あの舞台 文化祭前夜 劇研アクターズラボ 高校演劇 ひきこもり もう、辞めたい


vol.364 山野 博生

フリー・その他。

2014/春
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山野

新潟と三重、どちらに行くべき

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佐藤さんがお芝居を始めたのはどのような経緯があったのでしょうか。
佐藤 
高校演劇からです。子供の頃から特撮が好きで、小学校の卒業文集に夢は俳優だと書くような子供だったんですよ。高校の演劇部で本間と知り合って、大学でも演劇サークルをやっていて、卒業後に本間に誘われて、いま京都で演劇をやっています。
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大学ではどんな演劇を。
佐藤 
新潟の大学だったんですが、僕らの代は部員が少なくて。しばらくしたら同学年は僕一人になってたんです。代表として頑張って、最終的な成果としては別の劇団のプロデュース公演に、演劇サークルで参加した事です。あの公演は盛り上がりましたね。
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素晴らしい。
佐藤 
今でも彼らとはtwitterで繋がっていて。次回公演のチラシを送ってもらったら、なんと30人ぐらいの名前が載ってたんですよ。何故なのかは意地悪で教えてくれないんですけど、そういう意欲を後輩が見せてくれて僕は嬉しいです。
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それは間違いなく佐藤さんの功績でしょうね。先輩としての。
佐藤 
僕が卒業した翌年から、演劇サークルから演劇部に昇格したみたいで。それも嬉しかったです。
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その公演、行った方がいいでしょうね。
佐藤 
迷ってますね。公演は2月の22日なんですけど、丁度その日は劇団員の松岡咲子が三重で公演をしているんです。
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両方に行ければいいですよね。
佐藤 
そうですね、昔世話になった後輩達を確認してくるか、今の劇団員の仕事を見るか。過去と未来ですよ。どちらにも行ければいいですけど。

タグ: 高校演劇 迷っています


決める

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西分さんが演劇を始めたのはどんな経緯があるのでしょうか。
西分 
高校2年に、演劇部に誘われてお手伝いしたのが最初です。実はそこに四方さんもいて。四方さんは学校の有名人で、プレゼンテーション大会でクラスの代表として出てたんですが、明らかに四方さんだけ空気が違ったんですよ。お芝居をテーマにしたプレゼンで、良く言えば異色の、悪く言えば浮いてるぐらいの。変わった子おるなと思ってたら、演劇部の友達が人手がいないから手伝ってと言われたので。
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なるほど。
西分 
でも、高校演劇の2年間で演劇は辞めようと思ってたんですよ。もう一度始めようと思ったのはピースピットのHYTですね。
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節目があるんですね。
西分 
節目ごとに、何回も辞めようとは思ってるんですけどね。就職の途中でもう無理だと思った時もあったし。でも、壱劇屋に入って、今はもう続けようと決めましたね。
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壱劇屋に入ったのはどんな経緯が。
西分 
HYTのメンバーに竹村さん安達さんがいて、仲良くしてもらって。第7回公演に見に行って、面白くて。それで一緒にやらへんとなって。第9回公演からずっと出て、でも劇団員じゃないというポジションでしたね。普通に就職するつもりやったんで、自分はいつかやろうと思ってたんです。「新しい生活の提案」という作品の時に、同じような立場だった坪坂さんと話したんです。私たちは、このまま就職して壱劇屋に関わらなくなった時に、後悔するんじゃないかと。この人達は面白いし、上に行く人達だと思っているんです。どうなるとしても見届けられないというのは嫌だなあと。端っこでもいいから見ていたいと。坪坂さんとそういう話をして、腹を決めたんです。3年半ぐらい迷ってたんですね。最終的には見届けられる人になりたいなと。
劇団 壱劇屋 第16回公演『新しい生活の提案』
公演時期:2012/2/10~12。会場:LOXODONTABLACK。

タグ: 高校演劇 迷っています ピースピット もう、辞めたい


枚方市にて

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大熊さん率いる壱劇屋は由緒ある磯島高校演劇部のOBを中心に旗揚げされたんですよね。
大熊 
そうですね、いまはもう磯島高校は統廃合でなくなってしまったんですけど。僕らの代の演劇部が全国大会の切符を手にして、でも大会の規約で後輩に切符と台本を引き継いで卒業して。可哀想ですよね。
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あとはお任せ的な。
大熊 
僕らの代は結構、パワーあったんですよ。その時からのメンバーは3人です。さらに、その時代に高校演劇をやっていた人達が中心メンバーですね。前回公演のチラシを作ってくれたのもその時の繋がりだし。
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とても羨ましいですね。私も高校演劇だったので、その当たりの感覚が好きです。

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