芝居を始めた経緯と調子乗りの話

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松永さんが芝居を始めた経緯を教えて頂けないでしょうか。
松永 
始めたのは19歳の頃です。高校を卒業して、いまお世話になっているリコモーションのオーディションを受けたのが最初です。
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表現したいというのは、子供の頃からあったんですかね?
松永 
興味はありました。でも、小学校の2年生からずっとバレーボールをやっていて。本気で取り組んでいて、全国大会にも何度か出場しました。だから、自分にはバレーがあるから、オーディションには行かないと。でもそれは建前で、本当は行きたかったんですね。バレーを言い訳にしていたんです、きっと。その後、高校を卒業した時に、このままじゃダメだと思って。変わりたいと思ったのが一番あったのかな。それからいろんなオーディションを受けて、今の事務所に所属することになりました。
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興味があったんですね。
松永 
あったと思いますね。注目されたい気持ちもあったんだと思います。バレー部のときも女子にモテたりして、今考えたら調子に乗っていたと思います。高校の頃はカットモデルとかもやっていて。あと私、普段から友達とエチュードみたいなことをやっていたんですね。それで褒められたりして、そういう経験が私を調子に乗らせていたと思います。その反動で、今は調子に乗っている自分を自覚するようになってきました。
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調子に乗りながらも自覚している。抑制が効いていると。
松永 
(笑う)自覚せずにはいられなくなったんですよ。一番大きいのは社会人になったからですね。常に謙虚でありたいなあと。

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カーテンコールの瞬間

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中谷さんは、これまでどういった活動をされてきたのでしょうか。
中谷 
中学高校と、バレーボール部だったんですけど、高校の頃はそれこそ小劇場に良く通ってました。
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初めてご覧になったのは。
中谷 
劇団SHOWDOWNですね。高校の友達が出演しておりましたので。お客さんと近くて、うわツバが飛んでくるとか、こんなに近くで見てていいのとか思ってたんですけど、その後、小劇場ならではの良さに気づく事になるんですが。で、大学に入学してから劇団に入って。途中で「テフノロG」に改名したんですけど。
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あ、改名されたんですか。
中谷 
2年の時にやっと大学に芝居が出来るホールが出来たんですね。それをキッカケに。
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横道にそれますが、どんな理由で「テフノロG」なんでしょう。
中谷 
先輩が、「蝶のイメージを持つ名前にしたい」と言い出して。蝶の「てふてふ」という昔の表記から、テクノロジーと結びついて、その日にはイメージキャラクターまで出来ていたという行動の早さで。
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なるほど。テフノロGで、何かしんどかった事はありましたか。
中谷 
しんどかった事ですか。うーん。あんまりないですね。カーテンコールの瞬間、やり遂げたという実感が湧くんですね。それと同時にその公演で辛かった事は全て忘れてしまうので。
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なるほど。分かります。
中谷 
あえて言うなら、胃腸炎を2回やった事と、大学2年の夏公演で2時間半の芝居中、ほぼ半分が自分のセリフだった事ですね。
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2時間半ですか。
中谷 
しかも最初の20分間は全て自分のセリフで。1週間前にようやくセリフが入ったという。まだ台本を持ってるのかって怒られました(笑う)。
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危なかったですね。
SHOWDOWN
元ニットキャップシアターのナツメクニオを中心し、2001年5月に旗揚げ。既成の劇団という枠にとらわれず、いろいろな物を貪欲に吸収しながら、「頭のいらないエンターティメント」をテーマに大衆娯楽の王道を追及する。(公式サイトより)

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