___ 
芝居を始めたキッカケを教えてください。
肥後橋 
高校生の時のクラス演劇がキッカケです。その時期、休み時間になると廊下には必ずと言っていいほどどこかのクラスの女の子が泣いてたり揉めたりするんですよ。それぐらい熱くなる。
___ 
へえ。
肥後橋 
みんなで一つの事をやるって面白いなあと思って、大学でも演劇をやろうと思っていたんです。その当時、クラスに大学生の講師が来て下さったりして。福田恵さんという。
___ 
ああ、福田さんが講師の時代ですか。その時代、福田さんにインタビューしてますからね
肥後橋 
それから高校3年の時にNFに出させてもらったのが、京都での初舞台でした。
___ 
役者としての肥後橋さんが面白いですよね。勢いのある人で、顔芸も凄い面白いのに、内面を表現する芝居をふとした時にされると意外性とともにいとおしくなる感じ。肥後橋さんは、いつか、どんな演技が出来るようになりたいですか?
肥後橋 
僕、よく顔芸だよねって言われるんですよ。あまり意識はしていないんですけど。その、あまりセリフは得意ではないかもしれません。
___ 
ええ。
肥後橋 
セリフが減って悲しむ役者もいるんですが、僕はあまりそういう事もなく。セリフじゃない部分が好きですね、ノンバーバルの一人劇とかしてみたいなと思います。
___ 
IN SITU大石さんが「理想としては、役者の小さい動きだけで全ての意味が変わるような、人物の心の動きが全て分かるようなそんなシーンがしたい」と言ってましたね。
肥後橋 
gateで彼の芝居に出た時、共感する事が多かったです。まあ、細かい動きまでは覚えられないですけど(笑う)。役者をやってて一番影響を受けた事件があって、nono&liliの「カラのウラのソラ」という作品で伊藤えん魔さんと共演した事があるんです。
___ 
ありましたね!
肥後橋 
ゲネが終わった後で、めっちゃ怒られたんですよ。「お前舐めてるのか」「表出ろ」って。僕も若僧だったんでイラっとしてしまって「はあスミマセン」って感じだったんですけど懇々と言われている内にかき立てられたというか。居残って、最後のシーンの稽古を付けてもらったりして。
___ 
素晴らしい、というか羨ましい。
肥後橋 
その時の影響が今でもあります。「ソウルだ、ソウルを持て」と言われました。で、1ステが終わった後、再前列のお客さんが泣いてたんですよ。
___ 
おお!
肥後橋 
終わった後、「おう、ちゃんとやって良かったな」と言われまして。裏で握手しました。その時の経験は財産です。感情を大切に、そこを始まりにして演技する事。えん魔さんにバチバチ怒られながら、「もっとだ、もっと震えろ」と言われながら最後の稽古をしたのが大きいです。
IN SITU
ラテン語で「あるべき場所」という意味で、イン・サイチュと読む。大石達起が、劇団ケッペキ卒団後に自らの新たな表現の場として立ち上げる。主に近代の海外戯曲を上演し、そこに描かれた普遍的な人間の生活、人と人との繋がりを現代に復活させる事で演劇の、あるいは自分自身の「あるべき場所」を追求する。(こりっちより)
nono&lili.
京都を拠点に活動する劇団。
nono&lili,『カラのウラのソラ -弁慶の泣きどころ-』
公演時期:2010/11/26~28。会場:間座スタジオ。

タグ: 自分を変えた、あの舞台 「核心に迫る」 いつか、こんな演技が出来たら 伊藤えん魔さん 美しい1ミリ


等身大の彼女

__ 
いつか、どんな演技が出来るようになりたいですか?
延命 
そこがすぐには出てこないのが問題なんですよね。求められる演技がすぐに出来るようになりたい。それが達成出来なかったという経験も積み重ねていけばいいと。これは伊藤えん魔さんに言ってもらったんですけど。
__ 
というと?
延命 
「お前に生活感とか等身大とか出来る訳無いだろう」と。こっちもそんなの求めてないし、みたいな。
__ 
百物語の時、延命さんは山姥役だったじゃないですか。この人は、こういう事をせざるを得ない人なんだろうなと思いましたけどね。
延命 
えん魔さんも、百物語でしか呼ばないかもしれない、本公演はちょっと、呼ぶかどうか分からない、みたいな事を言われましたね(笑う)。

タグ: いつか、こんな演技が出来たら 伊藤えん魔さん


コレはホントに凄いぞ

__ 
石田さんが演劇に出会ったのはどのような経緯があるのでしょうか。
石田 
二十歳ぐらいのとき、友達が劇団に入ったんです。これ実は、LINX ’ S のテーマ曲を作ってもらった僕の高校時代の友人、JOE BLUES(T∞Virus) なんです。そしてその劇団というのは「マッドエンジェルス」というRock Musical 劇団なんですが、(故、我王銀次氏の基、祭健太氏、角谷芳徳氏、率いる、Rock Musical 劇団)その公演に行ったのが初めてです。もちろんめっちゃ面白かったんですが、芝居を沢山見るようになったという訳ではありませんでした。ただ、そこに客演されていた伊藤えん魔さんは忘れられません。主役を食うような事ばっかりする悪役で、迷いの森に来てしまった主人公達に道を教えるセリフが「じゃあ教えてやる。この道を真っ直ぐ行ったら豊中庄内の駅に出るから、そこで電車に乗って帰れ」と。ファンタジーからいきなりリアルな話に分断されて。それが強烈に残ってましたね。
__ 
なるほど。
石田 
で、それからかなり経って。上の娘(大牧ぽるん)の学童保育の指導員がPEOPLE PURPLEの団員さんだったんですよ。その縁で、KAVCにまで公演を見にいきました。「龍的雲(ロン・ダ・ユン)」。それがまた、あまりに面白くて、それ以降PEOPLE PURPLEだけは必ず行っていました。ただ、色んな所に行くようになったのは、紹介でストーンエイジの公演に家族で行ってからですね。また懐が深いんですよ、打ち上げにも行かせてもらったり、宴会で役者さんとも話せたり・・・。その頃、当時やっていた仕事を辞めたんです。
__ 
思い切りましたね。
石田 
そのタイミングで、何故か特攻舞台Baku-団(現ステージタイガー)の「3ツ目ル愛ズ」を見て。それが本当に衝撃を受けたんです。虎本さんの脚本の力で僕は変えられてしまったんですね。コレはホントに凄いぞ、と。その後、色んな舞台を熱心に観に行くようになりました。だから、結果的に観劇熱キッカケは特攻舞台Baku-団ですね。でも打ち上げに呼んでもらって僕の活動フィールドを広げてもらったのストーンエイジさん。そのキッカケ実はあんまり分からないんですけど。当時何もしていなかったのに。でも、制作の方に「いいですよ来て下さいよ」って。
__ 
紛れ込んでいた、という感じなんですね。
石田 
そうなんですよ、でも行ってみたら良くしてくれて。そうした色んな繋がりから、なんと舞台に出演する事になったんです。最初はお手伝いだと思ってたんですけどね。その時に、芸名が欲しいなと。ストーンエイジ主宰の鮒田直也さんに「石田1967(ナインティーンシックスティセブン)」と付けて頂きました。何故かというと、鮒田さんと僕が同じ世代で、「僕ら世代が頑張らないといけないよね」って。最初はピンとこない名前だったんですけど(笑う)、言ってる内に面白いなと思えてきて、今僕は石田1967です。
PEOPLE PURPLE
2000年1月に作・演出の宇田 学(うだまなぶ)を中心に芝居好きの人間が集まって旗揚げした劇団です。「生でお芝居を見ることのなかった人達にそのおもしろさを知ってもらい、芝居文化を広めていきたい!」という強い思いのもと、神戸を拠点に活動してきました。情熱的な感情を色で表すなら、『赤』。冷静な感情を色で表すなら、『青』。そのどちらも表現するから、『パープル』。「ピープルパープル」って語呂がいいので決まりました。略して「ピーパー」です。(公式サイトより)
劇団The Stone Age!!!
1998年、夏――。大阪シナリオ学校卒業生で立ち上げた劇団「SALT MAKERS」解散後、鮒田を代表とし、坂本・緒方・中井の4人で劇団「The Stone Age」を旗揚げする。現在劇団員は、アサダを加えた中年男5人と閑社明子(制作)の6人。橋の下、この世とあの世の境目などを舞台に一幕で展開するオモロ儚い作品を上演。また、悪の秘密結社ショッカー、倒産寸前の女子プロレスなど特異な世界の人々の熱血を描く青春ドラマチックコメディも手掛ける。目指す作品は笑いとドラマの奇跡の融合。2007年より公演活動休止。2010年から新しい公演シリーズを立ち上げ、活動再開。(公式サイトより)
特攻舞台Baku-団改めステージタイガー
超体育会系演劇。俳優達の鍛え上げられた圧倒的な筋肉。それに最大限の負荷をかける事により、人間の奥深くに眠る野生のエネルギーを創出する。そんな超体育会系演劇を目指すステージタイガーは、関西を代表する強く、切なく、そして狂おしい劇団です。15名を越える劇団員で、自主公演だけに収まらず、ライブハウスから廃校まで、年10本以上のイベントにも出演中。今日もあなたの元へステージタイガー。もう、君にムキキュン。(公式サイトより)

タグ: 伊藤えん魔さん その人に出会ってしまった 衝撃を受けた作品 二十歳のわたし


そこじゃないと見れない演技

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森口さんが演劇を始めた経緯を教えてください。
森口 
親が割と芝居を観るのが好きで、劇場に一緒に連れてってもらったりしていたんです。最初は自分がやるとは思ってなかったんですけど、次第に舞台をやってみたいなと思えてきて。舞台に立ちたくなって、大学の時に養成学校に入っていました。ファントマさんのワークショップを受けたのが小劇場に入った最初ですね。その後、末満さんのHYT(ハーフイヤーシアター)に参加して、今に至ります。
__ 
その頃観た、衝撃を受けた作品はありますか?
森口 
衝撃かどうかは分からないんですけど、ファントマさんの「ジョリー・ロジャー」という作品ですね。あ、こんなに楽しいものがあるんだと思いました。私の演技の根底にあるのは養成所で勉強した新劇系の考え方で、真逆なんです。そんなギャップがあったんですが、それでいいんだ、と。もちろん、どっちも好きなんですけど。
__ 
なるほど。
森口 
関西じゃないと見れない演技だと思うんですよ。だから、大阪に来て初めて見たその文化の演技にびっくりして。もちろん、とても楽しかったです。

タグ: 親に連れられて劇場 伊藤えん魔さん 衝撃を受けた作品


劇団レトルト内閣とその変遷について

__ 
さて、レトルト内閣とその変遷について今日はお話したいと存じます。
三名 
細かく説明しだしたらキリがないんですけど、どういう感じでいきましょうかね。
__ 
まず、私の経験から良いでしょうか。5年前に楽園狂想曲という作品を芸術創造館で拝見し、それから一作品くらい飛ばして全て拝見しています。
三名 
ありがとうございます。
__ 
これは大変失礼な言い方ですが、最初に観たその作品からほぼ別の劇団なんじゃないかというぐらい作品の質が上がったと思っています。偉そうな言い方にならざるを得ないんですが、成長されたなと。最初に観た作品は、下手というよりかは、表現を伝えたいという意思と手法がマッチしておらず、安易な作りに見えたというか・・・やりたいようにやってるだけのように見えてしまったんですね。しかし5年して、演出方法に劇的な変化があり、ほとんど変身しているように思えます。驚きました。何があったんでしょうか。
三名 
楽園狂想曲に関しては、まあ失敗したなというのがあったかなと。
__ 
そうなんですね。
三名 
演出方法として、大劇場寄りの作り方をしてしまったので・・・これではちょっとあかんなと。どこまでいっても大劇場を超えられないし自分達の良さを引き出せない。そういう意味では絶叫ソングもそうでした。社会に訴えるようなというテーマを選んでしまったために、焦点がぼやけていて。演出の面でも、ポイントがハッキリと分からなかったんですよね。
__ 
しかし、「さらばアイドル、君の放つ光線ゆえに」から一転、全く違う演出方法が取られるようになりましたね。「さらばアイドル」は非常に場面転換が多い、暗転と出ハケと映像のテンポが良く、恐ろしいスピードでイメージの切り替わる芝居でした。それまでのレトルト内閣の持っていたイメージを受け継ぎながら、とてもシャープな仕上がりでした。強烈なイメージを伝えるのに必要な、切れ味のあるやり方。演劇に形を借りたパフォーマンス作品と言えるんじゃないかと考えています。そういう作品はあまり観たことがなかったので、新鮮でした。そうなったのは、内から来る表現欲求だけに拘るよりも、演出方法に目を向け始めたからじゃないかと考えているのですが。
三名 
それはありますね。従来の手法を変えようと言い出したのがレトルト内閣の代表でした。
__ 
というと。
三名 
「さらばアイドル」以前は演出に向いていないんじゃないかと思っていて。それならお芝居の鉄則、一場一シーンに則って作ったらクオリティが高くなるんじゃないかなと。ウチは台本を決める会議を毎回するんですが、そこで私が「鉄則通りの大人しい演出をしたい」と言うと、代表の川内が「それは可能性を狭めるから嫌だ」と。「そんな発想ではもうどこにも行けないから、抜けだそう」と。じゃあ思い切ってやってみましょうかという事になって、逆にシーンを細かくぶった切って映画のシーン作りを意識した演出になりました。
__ 
そう、映画みたいな演出でしたよね。
三名 
次の「猿とドレス」はデビッド・リンチやジョーン・ゾーンを研究して、訳の解らない演出をやりました。
__ 
あれは凄かったです。強烈なイメージがあるんですよね。
__ 
しかし、そうした転換は会議で決まった方針なのですね。
三名 
会議はいつも作品が幅広い客層にウケるようにというスタンスで、焦点のボケるものだったんですけど・・・。その時は珍しく、変化や挑戦していこうと代表が言って、すごく感謝しています。
__ 
それからなのか、俳優の会話もモノローグも凄く上手くなっていったような気がします。自分の保守範囲を守るような演技じゃなくて、演じる事に捧げているように感じます。見せ方が変わっただけじゃなくて。この間の「金色夜叉オルタナティブ」も非常に面白かったし。そうなんですよ、劇団って頑張ったら成長するんですよね。少なくとも変わる。でも、俳優の方々は苦労されたんじゃないですか?
三名 
凄く苦労しました(笑う)。早替えであったりとか、複数役があるとか、数秒で暗転するとか。技術も気合もいる(笑う)
__ 
でも、よく訓練されている感じはしますね。全然不安にならない。
三名 
やり始めたら、技術がだんだん蓄積し始めているんですよ。俳優も苦労しながらノウハウを蓄積して、根をあげず助けてくれました。
__ 
たった一作品で変わる事ないですもんね。
三名 
ウチの特徴として、セリフのテンポが早いんですね。以前伊藤えん魔さんがゲストで来て下さったとき、ものすごく多忙な時期を融通してくださって来てくれたんです。バタバタだったので段取りだけ確認して、本番が始まってから、自分の出番までの時間で台本を覚えてはったんです。そろそろ自分の出番かなというシーンで。そしたら、すごいスピードでシーンが変わっていくから「今、どこ?こんな早いんか、間に合わない」って(笑う)。
__ 
それは伊藤えん魔さんが面白い話ですね(笑う)。
三名 
知れば知るほど凄い方です(笑う)。

タグ: 出ハケについて 伊藤えん魔さん 転調 レトルト内閣のウワサ 段取リスト 作家の手つき


伊藤えん魔プロデュース「悪いヒトたち。」

長尾 
あとは、ファントマも良かったですね。「悪いヒトたち。」
__ 
あ、そうなんですか。伊藤えん魔さんの作品、イベントで拝見した事しかなくて。
長尾 
美津乃あわさんがいた時は西遊記とか海賊とかある種のファンタジーの世界をやっていたんですけど。
__ 
ええ、それが最近では現代に舞台を移したとか。
長尾 
そうですね。以前は、強い感情を表現しようと思ったら現代の日本ではどうしてもウソっぽくなってしまう。だから、現実ではない世界で怪物と戦うみたいなシチュエーションで表現していたと。
__ 
強い感情?
長尾 
例えば舞台で「会社に遅れそうなので急いでいる」シーンがあっても、自分が実際に会社に遅れそうで急いでいる時の「死にそうに切羽詰った感」の半分も味わうことができない。でも「銃撃戦のさ中、残弾があと一発になってしまった」シーンを観た時に感じられる「死にそうに切羽詰まった感」でやっと自分が体験した感情に追いついてくる・・・とでもいいましょうか。
__ 
そういう表現をずっとしてきた伊藤さんが、現代ものですか。
長尾 
でも、やってみたら「現代もそれはそれで過酷だなと思った」とトークで仰ってました。観ているこちらとしても面白かったんです。プロ化して、一時代を作った人が、それでもなお新しい方向性を探っている。そういう謙虚さというか誠実さって、力ですよね。
__ 
ああ、今まで見てなかったんですが。見てみたいです。
伊藤えん魔
俳優。演出家。ハードボイルドとギャグを融合したエンターテインメントを追求する劇団ファントマ主宰。
伊藤えん魔プロデュース「悪いヒトたち。」
会場:ABCホール。公演時期:2009年12月3~7日

タグ: ファンタジー 伊藤えん魔さん


vol.129 長尾 かおる

フリー・その他。

2009/春
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長尾