叶いそうもないけれど言わずにはおれない

西尾 
アーティストとアクティビストの違いを考えているんですけど、アクティビストは現実の方で変えようとしていると思うんですが、それって限界があって。そこで扱えない事をアーティストが受け持つべきなんじゃないかと。今解決出来ない事を扱いたいです。
__ 
「解決が難しい事」。今日のラストシーンも、それを巡るシーンでしたね。説明する事すら難しい、自分で完全に把握も出来ていない、しかも相手が拒否している、そんな不可能な対話。これを例えば演劇でやるのは意味があると思います。何故なら、情報量をいくらでも積めるメディアだから。
西尾 
最近、森達也さんの新書『放送禁止歌』を読んだんです。同和地区で生まれた歌を扱っていて、どんな歌かと言うと今の辛さをそのまま歌にしたものなんです。あくまで、辛さを解決する為の歌じゃないんですね。何故なら、本当に叶い得ない事だから人の心に響くのであるし、そういう通路を持つ事は人の心を助ける。だから価値がある。森達也さんの取材に部落解放同盟の方がそう答えていたんです。それが、アクティビストとアーティストの違いでもあるなあ、と。
__ 
通路。
西尾 
叶いそうな事だったら口に出しても歌ってもそこまで響かないんですけど、叶いそうもないけれど言わずにはおれない事だから、そこにエネルギーが生まれるんでしょうね。抽象的だけど、そういう事柄を描きたい。人と人の間にある、難しい事柄。これを通して人を描きたいです。

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僕のむこうの風景

__ 
今日はどうぞ、よろしくお願いします。虚構の劇団「エゴ・サーチ」大阪公演、大変面白かったです。本当に面白くて。一番凄いと思ったのは、最後の修羅場のシーンからラストにかけての展開でした。情報量が凄くて、掛け合いの流れがまるで全員で一つの表現をしているかのような、物語演劇なのに、レビュー公演のようなあの一体感。そして清々しい、爽やかなラスト。
小沢 
ありがとうございます。関西での劇団公演はこれで2回目だったのですが、こんなにも喜んでくれる方が多くてびっくりしました。そうですね、清々しく終わったと思って下さったのは、もしかしたら一つには沖縄の離島でラストを迎えるというのが大きいんじゃないかと思うんです。誰もが一度は憧れを持つ場所だと思うんですよね、「南の島」。
__ 
確かに、作品の最初のシーンも島でしたね。
小沢 
この作品の稽古が始まる前の8月後半くらいに、物語の舞台のモデルになっている鳩間島に行ったんです。
__ 
沖縄の離島ですね。
小沢 
そこは本当に、1時間程度あれば徒歩でも一周出来てしまうくらいの小さな島で。風や光や、何か言葉にしてしまうとちっぽけに感じてしまいますけど、その通り大自然の中の島だったんですよ。
__ 
小沢さんは、その島を象徴するような役柄を演じられましたね。
小沢 
そうですね。初演と同じく、その島に住む沖縄の妖精・キジムナーという役柄です(笑)あの島にはじめて行って、改めてもの凄くプレッシャーを感じました。もう圧倒されて。この大きな風景の中、僕はただ一つの点だった。それを前に僕には何が出来るんだろうとか思った時に、役者として出来る大きな楽しみであり、大切な役割について気付いたんです。
__ 
役を演じる以外の?
小沢 
自分がここで受けたエネルギーを、舞台上から生で「伝える」ことです。すごくシンプルで当たり前のことかもしれないですが、それは実は一番大切なことなんじゃないか、って。島で実際に生きている人たちからもらった、生きる力。風景が持っている力。あの島で体験した空気の味や、波の揺れを思い出すと、イメージがぱーっと開いていくんですよね。僕にはそれが見えているし、それを感じているだけで、その僕を見てくれているお客さんはそこから想像をしてくれる。きっとこれは、僕が見ているものに真実味があれば、届くはずだと。ということは、そうか、伝えるというよりは「忘れない」ことなのかもしれないですね。感動を受けた風景を忘れないこと。出会った人たちとの感触を忘れないこと。それを舞台上で想う。そうすればきっと伝わるはずだと。それが、役者としての最大の楽しみだし、それをやらなくてはいけないのかもしれない、と。
虚構の劇団
劇団。詳細はリンクを参照のこと。
虚構の劇団「エゴ・サーチ」
公演時期:2013/10/5~20(東京)、2013/10/24~27(大阪)。会場:あうるすぽっと(東京)、HEP HALL(大阪)。

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Baobab

__ 
今後、どんな感じで攻めていかれますか?
北尾 
アフタートークでも言わせてもらったんですが、今回の作品を通して言葉と身体の関係、そのリスクの面を痛感しました。今一度、身体の方に立ち返っていきたいなと。Baobabも4・5年目と段々と規模が大きくなりつつあるんですが、常々情報量の多い作品を作ってきたんですが、もう少し焦点を絞ったやり方が出来ないか。そして、自分にとってダンスが何なのか、そうした視点を作品の中に芽吹かせたいなと。それが重要な作業だと思いますので。なので、Baobabとしては充電期間に入りたいかなと思っています。
__ 
ご自身にとって、ダンスを見直すと。
北尾 
そうですね、歳相応に傑作を作りたいですね。でも僕にとっては、作ってきた作品はみんな財産なんです。死ぬ時にはその作品を胸に抱いて死んでいきたいと思っています。全ての作品が一つの大きな樹木を構成していて、この作品はこれこれこういう構造の建築物で、これらの作品群が一つの幹を構成していて。そんなイメージの、まるで国を作るような。そんな作品創作をしていきたいなと思っています。

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片岡さんが面白がれる

__ 
片岡さんのショートコント公演と、竜崎さんの本公演。ミジンコターボの作品はこの二形態がありますね。それが奥の深さを感じさせているように思います。
片岡 
本公演とコント公演ではやり方が全然違うんですよ。台本も縦書きと横書きで違うし。何より本公演の方はテキストの量が比較にならないほど多くて、役者がセリフを全部言えるようになるまでは「セリフ返せ返せ、感情なんて後からついてくんねん」言うて。
__ 
コント公演の稽古では。
片岡 
やっぱり僕が書いて演出している分、外したくないポイントはあって。でもそこ以外は○○○にしてあって、日替わりのセリフという訳じゃないんですがあえて役者に委ねている部分なんですよ。
__ 
聞いたことがあります。片岡さんが面白がれるのがポイントなんですよね。
片岡 
あんまり良くないんですけどね。
__ 
何だかミジンコターボの稽古はしんどいけれど物凄く充実してるんだろうなあ、と思うんです。
片岡 
実は稽古以外の時間の過ごし方にも興味があって。ある役者さんが、自分の芝居にどうしても納得いかないと。帰り道が一緒な役者を誘って公園で稽古したというのを後で聞いたり。悩んどんなあと。そういうのって、いいなあと思いますね。

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日没より

__ 
もしかしたら、剥ぎとった末の、何も言えなくなる場だからこそ美しいのかな。「シ・バハマ」は沈黙と静寂の風景が非常に良くて。何だろう、饒舌な沈黙だと思ったんですよ。
北島 
それはうちの言い方だとキレイな絵という事なんですけど、・・・これはさっきの「鉛の夜」のラストの話にもつながるんですけど。
__ 
ええ。
北島 
人が舞台に出てきたら、まず十中八九は喋りますよね。それ自体はやむを得ないものと考えています。で、たくさん喋って、喋ったことの真偽についてあらゆる可能性を検討して、これを繰り返しているうちに大体の選択肢はなくなっていきます。これを「可能性を潰す」と稽古場では言っていますが、可能性がなくなればもう喋ることがなくなるので沈黙が始まる。一方、舞台上には検討のための膨大な情報と身体が残されたままな訳です。ベケット的というか、ベケットを評論しているドゥルーズ的に言うと消尽に近いかも知れませんが、沈黙に伴う情報量の多さが、雄弁な印象になるのかもしれませんね。
__ 
なるほど。・・・男を否定する女達。否定が終わったら、何かの残り滓みたいな生活シーンが描かれるのみでしたね。スズキスズオが否定されつくされて、それを観客が見守っている絵。何故、あの場が焼き付いているんだろう。
北島 
スズキスズオの立ち位置は、客席のすぐ前、照明がギリギリ当たらないあたりになることが多いです。お客さんに背を向ける形になりますが、客席からの目線は、男のそれと近しいものになる。観客はいやでも否定される男の体験を経たうえで、必然として沈黙のシーンを迎えるからじゃないかと・・・その前に飽きるお客さんもいますけどね。ああいう作品なんで。
__ 
そういう事だったんですね。
北島 
嫌いな人は大嫌いだと思います。舞台の上で殺人事件とかが起きないと許せない人は、気をつけてほしいですね。
ナントカ世代06「シ・バハマ」<
公演時期:2008年12月12日(金)~14日(日)。会場:アトリエ劇研。

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引き立て力

岡田 
「悩殺ハムレット」の時に合いの手をほめて下さいましたよね。とても嬉しかったです。
__ 
そうそう、新良さん演じるオフィーリアの歌に、こう、上手く合いの手を入れていましたね。特に、バラードに挟んだ「♪18きっぷ♪」は非常にイメージを刺激されて、兵士なりの気遣いや彼の人生もかいま見れるような名囃子でした。
岡田 
あえて歌を引き立てられるようなものを探していました。そこが目立ってもいけないので。
__ 
いえ、そういう意味でも大丈夫だったと思います。兵士がさりげなくオフィーリアに「辛かったら鈍行でゆっくり景色でも見ながら行けるとこまで行っちゃえよ」という心遣いと、それを2回も合いの手で勧めるという迷いのなさが。そういう情報量の多い台詞が、ただの単語で一瞬にして伝わるというのが凄く可能性を感じました。
岡田 
いやー、嬉しいですね。お客さんも初日から笑って下さって。大丈夫だったんですね。合いの手の動画で勉強した甲斐がありました。

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vol.223 岡田 あがさ

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2012/春
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岡田

だんだん余分なものを取って、余白が残って

__ 
今後、どんな感じで攻めていかれますか?
七井 
今やっているロマンポップの芝居なり、自分の演技のあり方なりが全体的に過剰なんですよ。情報量だったり、熱量だったり。抽象的な話なんですけど。
__ 
というと。
七井 
とある役者の方に、沢先生を見に来ていただいて感想を伺ったんですよ。「テンションの高い会話劇だよね」って。荒削りって。それは事実、普通の会話でもテンションが高いんですよ。何でかなというと、脚本家が「芝居は観客をレイプする事なんだ。みんな、普通の人は見たくないんです、気違いを見たいんです」と常々言っていて。
__ 
なるほど。
七井 
するとどうしても、なんだか会話がおかしくなってくるんですよね(笑い)。例えば、静かな演劇の脚本をロマンポップでやったら全然違う方向になると思うんです。
__ 
そうかもしれませんね。
七井 
私個人の目標としては、今後はそれを削ぎ落としていく方向になるんじゃないかなと。
__ 
削ぎ落とす。引き算していくという感じでしょうか。
七井 
一つの表現に収斂させていくというよりは、だんだん余分なものを取って、余白が残って・・・という方向になったら何か出来るのかなと。舞台に立っていても、そういう実感があるんです。
__ 
わびさび、ですね。多分、理解するのは簡単だけど作るのはめちゃくちゃ難しい美だと思うんですよ。何というか、京都では受け止められやすい表現の方向だと思ういます。
七井 
何にせよ、まだまだ余白よりも伸びしろのある劇団なので、先の話でしかないんですが。

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しっぽを掴む

__ 
引き続き、「かえるくん」について。本番で言葉を出す時に、何か気を使った事はありますか?
豊島 
恥ずかしいんですけど、今回はもう一つ出来ていなくて。でも、お客さんに助けて頂いた点が多いですね。結局、本番で、セリフを通してお客さんと会話する事が重要だなって。
__ 
朗読であれば、そういうコミュニケーションに集中出来そうですね。
豊島 
それが朗読が好きな理由の大きなひとつですね。実は、初演の時に何かもう一つ奥に声のありようみたいなものがあるような気がしたんです。それを探りたいという気持ちがありました。再演の稽古期間では、そのしっぽを触った気がしたんです。
__ 
奥ですか。
豊島 
お客さんが向こうにいて、稽古ではそれを仮定しながらするんですが、そちらへの向かい方で声の出方も変わるのだと思います。その感覚のなかにあるものですね。でも公演の直前数日に情けないことがいろいろあって、本番のころには、しっぽがちょろちょろと動いて・・・。
__ 
そのしっぽというのは、朗読をする上でのもう一つ上の段階、という事だと思うんですけど、声を発する事の真価ですよね。発話して、向こうの人に伝わる間の事だと思うんですけど。
豊島 
そうですね、そのあいだの事ですね。
__ 
しっぽを掴む為に、どのような努力が必要なのでしょうか。
豊島 
きっと、得なければいけない感覚もあると思うんですけど、外していかないといけないものがあるとも思うんですよ。中学から演劇をやってきて、その経験から来る意識や癖から抜け出ないと。
__ 
というのは。
豊島 
舞台でお客さんと関係を結ぶ時の、簡単に依ってしまう便利な型みたいな。私は悪い意味で複雑さを排除しがちなんですよ。すると、単純だけども薄っぺらで嘘くさい表現になってそれが声に出てしまうんです。単純という言葉は好きなんですが、本当にシンプルで美しいものは、逆に凄く情報量が多いと思うんです。もちろん、役者の訓練をしないという事ではなく、余計なものを纏わないようにすることが必要だと思いますね。
__ 
余計なニュアンスをセリフに重ねてしまうのではなく。
豊島 
はい、ここにある本当に見たいものを鈍らせない為に。

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vol.105 豊島 由香

フリー・その他。

2008/春
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豊島

読み抜く・言い抜く

__ 
ジレンマについてもう少し伺います。役者が指定されたある演技に対して持つべきジレンマという事ですが、高杉さんは稽古場などでそれをどのように扱うのでしょうか。
高杉 
元々、うちのあごうがやっている稽古は、何でしょうね。それっぽい抑揚を付けて読むという事を嫌う訳ですね。楽しいシーンのセリフを「楽しそうに読めばいいんでしょう?」という「っぽい」演技というのに対して、先がないと思うんですね。芸術として見た時に、そこから先へのアプローチが何も感じられないんだよね。そこで完結しちゃって、「うん、楽しいシーンという事でやってるんだよね、それっぽく見えるからOK」で。
__ 
最初にゴールを設定して、そこにたどり着いた、という、演技一つを取った時に製作への欲が見られないということでしょうか。
高杉 
うん。そういった場合の役者が出来るアプローチとしては、その「ぽさ」をどれだけ実感として伴えるか、という作業だけだと思うんですけど。
__ 
あと、その納得をどれだけ客席に届けるか、ですね。
高杉 
そうそう。でも役者は、自分の中から出てきた訳ではない、どこまで行っても他人の書いたセリフを言わなければならないというジレンマを抱えなければならないと思うんです
__ 
その上でお聞きしたいのですが、本番1ヵ月前のレオナールFS改の公開稽古を拝見したんです。そこでの高杉さん演じるレオナールの演技は初演とはあまり変わっていない、ちゃんと抑揚の付いたものでした。でも、本番では全く逆の。
高杉 
棒読みでしたね。私一人だけ。
__ 
あれは一体、どういう経緯でああなったのでしょうか。
高杉 
棒読みと言いましたけれども、あれはロボット的な機械音とは違うセリフの出し方だったんですね。ニュアンスを抜いてフラットに読み抜くというか。でもやってみるとこれが出来ないんですね。
__ 
はい。
高杉 
今までやってきた「オルターナティブグリフ」なども、淡々とセリフを言いぬいていく芝居でした。でも、情報量は圧倒的に多かったなと僕も演出も判断していまして。「ぽさ」を抜いてニュートラルな演技で作っても行けるだろうと。今回の「レオナール」でも、最も立ち位置が不安定なレオナールでしたが、演出の判断でああなりました。でも、他の役者も出来るだけシンプルにやってるんですよ。
__ 
そうだったんですか。
高杉 
今までの演技のクセや、感情を思考して出さない、与えられたセリフをつるつると出すという。セリフに意味はあるわけですから。狙ったナチュラリズムとは違うシンプルな芝居を作りました。その中でも僕は極端な形でしたが。でも演出がそれで決めたという事は、後は僕は「何故自分はこんな喋り方をしているのか」という模索な訳ですよ。他の人たちが普通の喋り方をしている中、棒読みで視線も合わない、ずっと瞳孔が開いたように一点を見て喋り抜いていくと。その事自体へのジレンマがあれば良かったんですね。でも、「俺はこう決められたからこうやってるんだよ」という、淡々とした感じじゃなくって、ぼくなりに悩みながら考えながらそこに立っているという、そこが重要だったのかなと終わった今は考えていますね。やってる最中はそれどころじゃなかったんですが。
__ 
なるほど。そういう事だったんですね。
高杉 
そうなんですよ。その中でもやっぱり、たまに自分の中でピンとくる、鳥肌が立つ瞬間がある訳ですよ。その時に「あ、この為か」と思うんですが、それが一体何の為なのか分からない。自分で説明出来ない、今の自分の文化レベルを遥かに超えたところで何かが噛み合った瞬間というか。もう一瞬ですよ。それが何度かあったんですが・・・。
__ 
個人的な感想ですが、高杉さんの演技は、どこがどうとは言えないんですけど苦しそうというか。切実な感じが出ていたと思います。
高杉 
そういう風に感じて貰えたというのは良かったなと思いますね。実際のレオナールという人物も、かなり苦しんでいただろうと思うんですが、それを苦しみとして表現しようとするとまた直接的なものになるだろうし。
WANDERING PARTY13th.オルターナティブグリフ
公演時期:2007/6/15~18。会場:ART COMPLEX1928。
WANDERING PARTY14th「total eclipse」
公演時期:2007/6/15~18日。会場:ART COMPLEX1928。

タグ: 情報量の多い作品づくり