ふたりの会話

__ 
2年、学んだ中で一番ショックを受けた事は何ですか?
西岡 
一番最初の演技の授業。イギリスのRADAでも教えられているローナ・マーシャルさんの授業ですね。二人一組のダイアローグを、とりあえず貴方たちの思ったように作ってきて、と課題を出されまして。ペアの子と試行錯誤して作って、実際見て頂いたら、「お芝居をしているわね」と言われたんです。
__ 
なるほど。
西岡 
それまでやってきた事を根底から覆された気がして。私、今まで何をしてきたんだろう・・・いや、芝居をしているわねって言われたけどそれはどんな事なんだろう? 一年目は、演じるというよりも、まず自分が何者か、どこに立っているのか、その上で自分の癖を見直す、とかそういう、パーソナルな部分に触れる授業がほとんどでした。1年目の授業は、ほぼ毎回ショックを受けまくりでした。こんなにも、自分の体はコントロール出来ないものか、こんなにも私は人の話を聞いていないのか、というように。
__ 
自分の事を見つめる一年だったんですね。
西岡 
私はすごく、怖がりだという事が分かりました。
__ 
怖がり?
西岡 
芝居を始めた頃に自分がどういう演技の作り方をしていたかはあまり覚えてないんですけど・・・パッケージングするのが得意だったんじゃないかと思ってます。パッケージするというのは、例えばいまここで喋っている時、お互いに刺激を感じていますよね。
__ 
ええ。
西岡 
でも、会話している役を演じるとなると、相手からリアルタイムで刺激を受けている事実を忘れてセリフを吐いていたんです。しかも、やりたい絵を最初から決めてしまっていて、そこに向かう為にはどうすればいいのか?というのがある程度「かたち」として出来てしまう。
__ 
会話の交流を予測したり決めたりする事は、安心ですね。たしかにその意味では怖がりと言えるかもしれない。
西岡 
けれども、それはもう相手が誰であっても良いという事なんじゃないかと。多分、講師が言いたい事はそういう事だったんじゃないかと思います。人とどうやって対話するべきかと、それを考えるようになりましたね。
__ 
異なる存在と接する時の、エモーショナルな瞬間、ですね。
西岡 
そうですね、そういう、エモーショナルな状態のフリをしていたんだと思います。本当にそういう状態になる前に、まず「かたち」を作ってしまった。会話先行、頭先行だった。本来なら、もっと何が起こるか分からないのが演劇と交流の醍醐味なんですけど、私は多分それを見過ごしたまま、無自覚に絵を作って出来た気になっていたんです、きっと。でも、そういう事じゃなかったみたいだと。
__ 
それはきっと、舞台と観客席の間でも起こるべき事で。例えばいい映画って、全部の動きにワクワクするじゃないですか。一つ一つの動きや曲線が目に入る度、その効果が純粋に心に響く。意味や意図さえ伝わる。あれは舞台でも起こる。
西岡 
はい。
__ 
とにかく、一年目のスタート地点から、「交流」が本来持つべき価値が見えた。
西岡 
もしかしたらそうかもしれません。今まで関わった戯曲に対しては失礼な事をしていたのかも。答えを一つに決めて掛かってしまうなんて。それが、スタート地点に立つ上で一番大切な事だったのかもしれないなと。
__ 
なるほど。

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許し

__ 
「LIFE」を見ていて、どこか浮遊感があったんですよ。次に何が起こるか分からない事による浮遊感。実はこの間、舞台映像家の方にインタビューしていたんですが、記録映像にした演劇と生の演劇とでは、その情報のあり方が全く違うという事が分かりました。過去の記録映像はその戯曲の物語性が浮かび上がり、生の演劇は俳優が放つ衝動を受ける事が出来る。しかし、戯曲の俳優は何も知らない体でありながら物語の結末を知っている・予定された未来を持っている。であれば、演劇の映像作品とインプロショーは逆の関係にあるなあと。インプロは観客はもちろん俳優も次に何が起こるか知らない。
木村 
ほんとに、何が起こるか知らないからこそ面白いと思います。一緒に発見していく面白さというのでしょうか。
__ 
怖いですけどね。何が起こるか分からない。
木村 
前のめりになって見てしまうお客さんもいますよね。
__ 
俳優が失敗するかもしれなくて、心配になってしまう。
木村 
失敗も見せどころなので、そこも楽しんでもらいたいです。皆が心の中に持っていないといけないのは、「失敗しても良い」という事なんですよ。
__ 
「失敗しても良い」?
木村 
シアトルにいた時、ランディさんという方にインプロを教わっていたんです。「君たちがどんなに失敗してもシアトルの市民にはなんの関わりもないから、どんと楽しんでおいで」と言って下さって。それが凄く素敵だなと。そうあれたらと思います。だいたい、即興の舞台に立つだけで凄い勇気なんですよ。みんな、よくぞ立ってくれているなと。
__ 
そうですね。
木村 
日本は失敗を許さない意識が結構社会に根強くあるけれど、人間は失敗して成長するものだと学んできました。そのような社会であればいいな、って。全部まとめて見せられればいいなと思っています。
__ 
失敗を許す。
木村 
失敗したね、あははって。自分自身を許すし、誰かの失敗も許すし。失敗を楽しんでいくというか。だってそれは面白い事だから。失敗も含めて、その人自身を見せるのが面白いんです。
__ 
素晴らしい。「失敗してもいい」か。
木村 
それは凄く大きなインプロのメッセージで、失敗出来るのであれば役者さんはチャレンジ出来るし、失敗出来るという事は進化のスピードも違うんです。失敗を許されないと、いつの間にか果敢なチャレンジが出来なくなってしまう。失敗を楽しめるのは、ワクワクする環境なんじゃないかと。まあこれはインプロの基本的な考え方なんですが、そういう意識をお客さんが感じて帰ってもらえたら、それが最高ですね。失敗した場面をプププって笑ってほしいし、そうしたらきっと豊かになるんじゃないかなって。

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質問 危口 統之さんから 廣瀬 信輔さんへ

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前回インタビューさせて頂きました、悪魔のしるしの危口統之さんから質問を頂いてきております。「自分の作品は、何年前まで通用すると思いますか?」
廣瀬 
どうでしょうね。僕は、現代で普及しているデバイスを前提にして書いているので。下手したら5年前ですら無理かもしれませんね。演出とか役者で限ったら、何時の時代でも受け入れられるものもあるんじゃないかなとは思いますけどね。そういう表現方法が、その過去の時代にあったら、ですけど。
__ 
今の時代の音楽や漫画や演劇や映画を100年後に持って行っても十分通用するような気がしてならないですよ。もちろん、これから100年後の作品をいま見ても理解出来るような気がする。
廣瀬 
江戸時代に現代口語演劇を持って行ったらどうするでしょうね。どっちかというと、見世物とか技術を見せられる気分になるような気はしますね。話全然関係ないですけど、僕、平賀源内が生まれた村を町にした議員の玄孫なんです。だから平賀源内には結構リスペクトしていて。
__ 
ああ、平賀源内。生き方がロックですよね。
廣瀬 
平賀源内、獄中死してますからね。勘違いで刀振り回して二人殺しちゃって投獄されて。破傷風に罹って。――ッククク・・・
__ 
・・・ッッ・・・アッハッハハハ・・・(爆笑する)

タグ: 古典芸能など 相互承認 感性ではなく考えて表現出来る人 見世物


この生きづらい世界で

__ 
かのうとおっさんの作品、とても好きです。何というか、性悪説を体現したかのような登場人物たちの放埒な姿を見ていると、人間そのものを許せるような気がするんですよね。その奥に、地獄を肯定してやるんだ、的な姿勢を感じるんです。
嘉納 
ありがとうございます。そういう事だと思います。
__ 
クズばかりが出てくる芝居だと思うんですが、書いている方からしてはいかがでしょうか?
嘉納 
特にここ2・3年はそういう方向になってきている気がしますね。それまではちょっとおかしい人々を書いていたんですけど。
__ 
なぜそのような人物を描くようになったのでしょうか?
嘉納 
生きづらい世界だと思うんですよ。ちゃんとしないといけないんですが、そうしたくないなあという気持ちがどこかにあって。立派にいようとすると、ちょっとしんどい。
__ 
成長したくないというのは大変文学的なテーマだ、みたいな評論がどこかにあったような気がします。そういう気持ちが嘉納さんにはある?
嘉納 
20代の頃、立派になろうと振る舞っていた時期があったんです。いい人であろうと、自らを演出しようと、例えば相談されたら「大丈夫だよ」とか答えたり。しばらくして、このままだとつまらない人間になりそうな気がして辞めてしまったんですよね。3ヶ月くらいで。立派な事を言ったりしてたらああこれクソつまんねえなと。

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「我ら役者は影法師」

__ 
色んな人がいて、それで良いと。
藤本 
シェイクスピア作品には様々な解釈を許す多面性があるというか。どういう風な切り口をしても、結構通るんですよね。無理矢理でも。現代の役者に役を振った時に出てくるものには、現代人の彼が反映されている訳ですよ。そこを活かしたいですね。その人ならではの読み方を。
__ 
なるほど。
藤本 
もちろん演出もやっているので、こうしたいというコンセプトはあるんですけども、役者さんに委ねて出てきたものをどう活かせるか。それがどうしたら面白くなっていくのか、役者さんたち全員と共同で作っていくのが理想です。僕が一方的に指示したりする関係性は、なかなか良い秩序を産まないので。お互いに掛け合う。「こんなのはどうだろう」、「うん駄目や」と言いながら、この座組でしかできない、交換不可能なものを作って行きたいですよね。
__ 
ありがとうございます。この「真、夏の夜の夢」、作品としてはどのようなコンセプトがあるのでしょうか。
藤本 
戯曲の最後のセリフが印象的で、「我ら役者は影法師」、私達の芝居は大したことはありませんけれども、夢だと思って下さいというメッセージで締めくくる。まず夢である事が大切で、その世界を描こうというのが一つ目の指針でした。もう一つはやっぱり恋愛モノですので、「夢」と「愛」がコンセプトとして作っています。夢にしても、寝ている時の夢でありながら、実現出来る夢として描きたいですね。愛も、間違っていても構わない、色んな愛の形があっていいという事を舞台上で描けたらと思います。欲張りですけど、そういう風に膨らんでいけばいいなあと思います。
__ 
このお芝居を見たお客さんに、どう思ってもらいたいですか?
藤本 
人が人を好きになるって、いい事だと思ってもらいたいですね。そう思ってもらえなければ駄目だなあと。それは男女間の恋愛だけではなく、男が男に惚れる場合もある訳ですよね。年齢差も関係ない。それが素晴らしいという事を伝えたいですね。ニコニコとした気持ちで見て貰えたらと。

タグ: この座組は凄い どう思ってもらいたいか? ラブストーリー 恋愛至上主義 相互承認 関係性が作品に結実する


エアポケットと自転車

__ 
今日はどうぞ、よろしくお願いします。辻さんは最近はいかがでしょうか?
辻  
最近は、自転車を漕いでいるような感じですね。何かをしないと落ち着かないという感覚があります。でも時々、「こんな事をして大丈夫かな」と思い込んでしまうような。エアポケットのように。
__ 
自転車。
辻  
僕自身が自転車が好きなのもあって。高畑勲さんだと思うんですけど、「自転車は風景を楽しむのに最適な乗り物」だとどこかで言ってたんですよ。僕が思うに、自転車は漕ぎ続けないと倒れてしまう乗り物で、その代わりに小回りが効く。
__ 
いつか車に乗り換えたいと思いますか?
辻  
車だと、道筋を辿って目的地に行く事が主体で、自転車のように風景を風景の中で楽しむ事は難しいんじゃないかなと。僕は、当分自転車に乗っていると思います。
__ 
なるほど。
辻  
普段のバイトに加えて、空いている時間にNPO法人寺子屋共育轍-わだち-というNPOで、ReActionという、演劇に触れた事のない人にも演劇の楽しさを還元するワークショップ(以後、WSと表記)をしたり、京都学生演劇祭の実行委員会でも企画づくりのWSをしたりしています。
__ 
なるほど。
辻  
あとは、僕は立命館大学の劇団月光斜にいたんですけど、たまにそこでWSをしたりしています。演技のやり方を一緒に考えていったり、自分自身の演技について考えてもらったり。
__ 
演劇WS活動で、面白い事はなんですか?
辻  
何点かあるんですが、自分が考えている事が伝わったという実感があると嬉しいですね。それと、自分が新しい視点を提供してあげられたと感じた時。僕自身にも「こういう伝え方があるんだ」と発見していく時もあるんです。終わった後の講師のミーティング(Re:Action)で、そうした気付きを発見出来るんです。参加者も講師も、価値観が色々あって、みんな違ってみんな面白い。
__ 
価値観そのものが様々に違う事をリアルタイムに感じる体験と言えるのかもしれませんね。
辻  
そうですね。価値観をすり合わせていく過程と、つながって結果に結びつく瞬間があると面白いんです。
__ 
すり合わせる。しかし、ある意味ではとても難しそうですね。個人的な体験から言うと、その、自意識が邪魔しそうで。
辻  
そういう人をときほぐしていく喋りだったり、「いてもいいんだよ」という空気をいかに作ってあげられるか。それは僕ら講師の課題です。「いていいんだよ」というのは上から目線で、「一緒に楽しみましょ」というスタンスを取るようにしています。
__ 
そうした空間が受け入れられない人は、一生足が向かなさそうですね。
辻  
最初は戸惑うかもしれませんが、でも、一度慣れてしまえば。水と一緒で。WSを始める前には、お互いにほぐれているという認識を共有するために、めっちゃどうでもいい話をするんですよ。初心者向けの演劇WSとなると、みんな経験がないので、「言われた通りにしよう」となってガチガチなんですね。みんな一緒だよ、という認識を共有して、同じ空気の中に入ってきてほしい。それが大事です。
京都学生演劇祭
学生の街、京都。ここには多くの学生劇団が存在し、日々活動しています。しかし、それぞれの劇団間の交わりは少なく、この地の特徴を生かせないでいるのが特徴です。私たちは、この状況を何とかしたい。互いに触れ合い、競い合うことで互いに成長したい。京都の学生演劇、ひいては京都演劇界を活性化させたい。この演劇祭は、そんな思いのもとに生まれました。京都学生演劇の「今」、そして「これから」を見守ってください。京都演劇界の未来が、ここに集います。(公式サイトより)

タグ: 相互承認 ガチガチな身体


vol.270 辻 悠介

フリー・その他。

2012/春
この人のインタビューページへ
辻

軽蔑というのは、最後の手段にしてほしい。/無数の眠った声

__ 
最後に。地域の演劇についてお考えを聞かせて頂きたく存じます。私は京都・大阪と住んで来てそれなりに経ち、さらに東京の演劇も面白く拝見するようになってから余計にそうした事を考えるようになったのですが・・・。
藤原 
まだ現時点で確実な答えは返せないんですけど、今後は東京もひとつの地域として見なしていくことになるかもしれないとは思ってます。日本経済が衰退してしまって、明らかに往年のパワーはもはや東京にはない。そのプレゼンスは相対化されざるをえないでしょう。ただ、俳優の演技力とか演出のセンスといった面においては、地方都市と東京とではまだ随分ひらきがあるのではないかとも感じます。京都はちょっと別格でしょうけどね。ただその格差に関しても、人が移動して循環していくことで、変わっていく可能性はあると思います。特に多田淳之介さん(キラリ☆ふじみ芸術監督/東京デスロック主宰)とか、いろんなものを伝播させていく力を持ってる人だと思う。あとこないだ岡崎藝術座の神里雄大くんが言ってたんですけど、もはや「国家」ではなくて「街」単位なんじゃないかと。韓国とか台湾ではなくて、ソウルとか台北なんだと。確かにそういう発想で、アジアの様々な拠点を結んでいったら面白いかなと思います。そういう発想も全然、夢物語ではない。現実の話です。僕は横浜に引っ越してきたけども、東京と横浜も明らかに違う。ここも少し離して考えてみたい。
__ 
距離的に離れてそれぞれの環境がある。
藤原 
それぞれの点はバラバラのままでいいと思うんです。むしろリージョナルな可能性をもっと追求してもいいのかもしれない。それぞれの土地のヴァナキュラーな言葉や記憶にアプローチしていくとか。僕が今横浜でやろうとしているのはおそらくそれです。例えばこの辺りで飲んでると、伊勢佐木町のメリーさんの話が会話の端にのぼったりする。記憶が色濃く残ってるわけですよね。そうやって足場を仮構しつつ、その上で、別の地域に移動して、点と点を結べばいいというか。
__ 
移動する。そうですね、集中する必要はないですね。首都の周りを周回する衛星都市など、存在しない。我々は色々なところに種を撒いていけばいいんですね。
藤原 
あるコミュニティに根ざして生きる人もいます。一方でデラシネとして移動する人もいる。堀江敏幸という作家が『おぱらばん』に書いていた随筆に、スナフキンはムーミンがいるからこそスナフキンでいられるのだ、とあって、なるほどと思いました。寅さんだって、柴又の家と人々があるからこそ寅さんを演じ続けることができる。どっちも必要な存在だと思います。よく、コミュニティの人間がデラシネやノマドを軽蔑し、逆もまた然りということがありますが、その違いは違いとして受け入れて、お互いに敬意をもって耳を傾けることはもっとできるはずだと思います。背景も立場も、やろうとしている事も違うけど、その違いによって相手を否定しているわけではない。自分に自信があれば、他人を軽蔑する必要もないと思います。対話したり、良い意味での喧嘩はあっていいけど、軽蔑は良くないんですよ。これは本当にこの場を借りてみなさんにもお願いしたい。軽蔑というのは、最後の手段にしてほしい。そんなに簡単に切ってはいけないカードだ。
__ 
軽蔑。相手を矮小化して自分の価値観を守ろうとする反応だと思っています。もちろん、間違っていると私も思います。でも大変なんだと思うんですよ。良く知らない相手に対して、窓を開け続けるという事は。それが出来る人というのは、物凄く頼り甲斐を感じますね。藤原さんの窓はかなり広そうな気がしますね。
藤原 
いや、僕はまったく聖人君子ではないですよ(笑)。ただ10代、20代とかなり生きるのが大変で、誇張ではなくて、自殺することばかり考えていたような時期もかなりありました。結局自分にその蛮勇がなかったことをありがたく思うしかない。とはいえ何度かピンチを切り抜けて来られたのは、他人のおかげなんです。それは自分でコントロールできるものではないと思うんですね。もちろん僕にも好き嫌いはありますけど、そう簡単に他人を拒絶できないと思った。誰がどこでどんな救いの手を差し伸べてくれるか、まったく予想外のことばかりが僕の人生には起きてきたんです。そういう意味では、自分で選んだことなんてそんなにないのかもしれない。自堕落な人間です。大抵の場合、いろんなものに巻き込まれて生きてきたから。でも下北沢で35年くらい「いーはとーぼ」という音楽喫茶を経営してきた今沢裕さんという変わった人がいるんですけど、この人が「必然性のないことはするな」と言っていて、最近その意味が少し分かってきたかなとも思います。必然性のないことはしたくない。できればずっと寝ていたい(笑)。代書人バートルビーの言葉を借りて言うならば、「せずにすめばありがたい」んです。でもたぶん、演劇を観て、それを何かしら言葉にしていく作業というのは、僕の中では必然性のある行為なんだと思います。少なくとも今のところはそうですね。あとやっぱり、人間の謎の部分に興味があるんですよねえ・・・・・・。例えば、今そこの歩道におばちゃんが立ってるでしょ?
__ 
いますね。
藤原 
あの人がどういう人生を歩んできたか、僕にはさっぱり分からないし、大抵の人とはそのまますれ違っていくじゃないですか。でも酒場ではそういう人と出会ってしまって、ちょっとここでは書けないような淫靡な話を聴いたりする。公の場にはなかなか出てこないような話というものがやっぱり世の中には眠っている。無数の眠った声。小説や戯曲には、もしかしたらそういう言葉が書かれうるかもしれない。やっぱりそのダークサイドにどうしても惹かれてしまうし、芸術に興味を持つのもそのせいかもしれません。
__ 
分からない何かを、みんな持っている。
藤原 
どんな人にも謎はあります。それを無視して、簡単に他人を軽蔑したりはできないって思います。
__ 
ええ。・・・あのおばちゃん、まだ立ってますね。

タグ: 引っ越し 相互承認 手段を選ばない演劇人 地方における演劇の厳しさ


福井菜月さんについて

__ 
福井さんと組んでいるのは。
中西 
一番最初にカンパニーを作った時から一緒なんですよ。この子いいなと思って。二人とも適当なところがあって。反面、お互いに腹立つ事もあるんです。似ているようで似ていない部分もあるから長くやれてるのかな。
__ 
面白いですよね。あの人。
中西 
ですよね。飄々としていて、「度胸だけは付けてきましたわー!」とか言うんですよ。何があっても怖くないんじゃない?って聞いたら、「まあまあ何とかなりますわ大抵な事は」って。無理な事を振っても、はっきり無理と言ったり、頑張ってみてくれたり。そういうところ、頼もしいです。

タグ: 相互承認


いい感じ。もっと盛り上がってほしい

__ 
最近、椎名さんは若手の劇団と主に仕事されているんですね。
椎名 
そうですね。この間入った現場で、僕の年齢の半分の子がオペに入っていました。でも、最近は若手の劇団が元気がいいですね。京都学生演劇祭が影響強いのかな。
__ 
そうかもしれませんね。
椎名 
チラシ束も、若手劇団多いし。いい感じ。もっと盛り上がってほしいです。
__ 
作品を主体とした盛り上がりだと思います。お互いに批判したり評価しあったり。非常に良い雰囲気ですね。
椎名 
そうね。あとはやっぱり、劇団が少ないというのはあまり盛り上がらないんじゃないか。僕らが活発立った頃は、今でも活躍している劇団も含めてたくさん活動していたね。
__ 
盛り上がってましたね。
椎名 
それが少なくなって、一時期落ち着いて下火になってたでしょう。今は、活発な時代になりつつあるんだと思う。
__ 
良い悪いじゃないですけど、プロ化したりとか、会社を立ち上げたりとか。昔はそれが主題でしたが、そう、今の時期はそれはそれほどでもない。いま、若手に向かって、何か一言ありますか?
椎名 
劇団が互いに講演を見て、良い刺激を与え合ってほしいですね。あと、これはスタッフにも言いたいんですけど、やっぱり妥協するなと。音響キッカケがない作品をよう見るねんけど、それは無音劇という選択の一つであって。無自覚に音響キッカケを持たない芝居というのはないんだよ、と。音響は作品全編の全時間に対して考えていないといけないんやね。それをあまり考えてない若手が多いように思うけど。空気を演出するのに最も有効なのは音響なんです。もっと言うと、空気を扱えるのは音響だけなんです。音楽を選んで流せばいい、それだけの仕事じゃないよと。

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