つぐみ荘の日々

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さて、是常さんが次に出演されるこまち日和wake.4「つぐみ荘のブルース」宮川サキさんが初めて、一人芝居以外の作品を作られるという事で。とても楽しみです。
是常 
今回、同じシーンでもキャストが入れ替わるんですよ。固定のシーンもあるんですけど、回ごとに同じシーンでもキャストが違うんですね。
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へえ!
是常 
台本もその分だけあって、本当に毎公演、違うんです。同じシーンを、人がやっているのを見るんですよ。ベースの台本は変わらないのに、全然違うシーンに見えるんですよ。
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それはキャストシャッフルとは違うんですね。その特定のシーンに出てくる人物が違う。
是常 
そうなんです。しかも、サキさんは役者に「そのシェアハウスに住んでいる人の人柄が見たい」と言ってて。だから役作りをしないで欲しいと。ウソをつかないで、そのままでいいからもっと魅力的に、って。私そのものが立ってはいるけれど、私自身じゃなくて。
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その役としてリアルであり、でも、役作りという役者の作業はしないでおく?
是常 
台詞で言っても、この作品では浮くと仰ってて。例えば「あ、そうなんや」という相づちの台詞があるとして、それが「人物その人が本当にそう思って言葉に出した相づち」または「その人がほとんど無意識で口をついて出た言葉」でなければ浮く、と思ってて欲しい、と。そうなると、やってて分かるんですよ。あそこにいると、その人そのものじゃないけれど、こういう人なんだ、こういう癖をもつ人なんだ、というのが分かってしまうんです。凄く変な感じです。自分を少しだけ逸脱しているかのような。役者としては、これは初めての体験かもしれない。
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人柄が見えるようにする、という事なのかな。自然な演技ってありますよね。サキさんが作品から除けておきたい「役作り」は、悪い言い方をすると、きっとお客さんの想像の余地を奪ってしまうものなのかもしれない。現時点で、どういう面白さになると思いますか?
是常 
説明が難しいんですけど、見てて笑っちゃうんです。何回見ても、違うところで笑ってしまう。その人が生活としてやっている事が、外から見ていて何か笑っちゃう。「な・・・何やってるんだろうこの人?」、みたいな。その人そのものを見て、最終的に、その人面白いな、喋ってみたいなと思ってもらえたら。

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