京都に出会い、京都で出会う

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横山さんがお芝居を始めた経緯を教えてください。
横山 
そうですね。小学生の時に学芸会で褒められたのがきっかけだと思います。それで、中学校、高校と演劇部に入って・・・。なんというか、お芝居をやってる人たちと居るのが楽しかったんですよね。そして、高校2年の頃にヨーロッパ企画さんの「サマータイムマシンブルース2005」を生で観劇して、それが凄く面白かったんですよね。漠然と関西に憧れを持っていたこともあって、大学進学を機に札幌から京都にきて、劇団立命芸術劇場に入団して、月面クロワッサンと出会って。
__ 
月面クロワッサンに出会ったのはどんなキッカケが。
横山 
第一回の学生演劇祭ですね。僕はその時脚本、演出として参加していまして。僕らの次に月面クロワッサンが上演するというプログラムの日があったんですけど、終演後、主催の作道が「すいません。横山さんのお芝居を拝見させて頂いたのですが、ちょっと暗いなと思いまして。僕と一緒に前説をして空気を和らげて貰えませんか」と声を掛けられて、作品と作品の合間に前説をやる事になったんですよね。びっくりしました。その流れのまま月面クロワッサンを初めて観劇して、「どっちみち阪急河原町」という作品だったのですが、明るくて突き抜けた素直なお芝居で、本人とのギャップもあって凄く記憶に残っています。
__ 
2011年に横山さんが「バイバイ、セブンワンダー」で客演されていましたね。入団されたのは2013年でしたね。2年ほど、考えられていたと。
横山 
はい。卒業後、就職せず演劇を続けるかどうか悩んでいたこともあって。ただ、作道の演劇を続けるとは、仕事にするというのはどういう事なのか。作家としてだけでなく、プロデューサーとしての発想やバイタリティーに強く惹かれて、入団しました。
__ 
素晴らしい。ベンチャー企業に入ったという事ですね。
横山 
そういうことなんですかね。けども、新しい取り組み方をしているというワクワク感はあります。もちろん僕たち自身も、自分達のやっている事が正しいのかどうかはわからないですけど。
__ 
正しい事を正しいやり方でやったら何も問題はないと思います。
横山 
それが一番難しい事ですけどね(笑う)

タグ: 自分を変えた、あの舞台 その人に出会ってしまった 入団の経緯 学芸会


存在を許し合える場所

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西尾さんがお芝居を始めたのはどんな経緯があったのでしょうか。
西尾 
中学校で演劇部に入ったんですけど、小学校から学芸会とか好きでしたね。中学校で鴻上尚史さんの「デジャ・ヴュ」をやっていて。意味は分からないけどカッコイイと思ったんですね。
__ 
鳥公園を立ち上げたのはどんな思いがあるのでしょうか。
西尾 
まず、なぜ「鳥公園」という名前にしたのかというと・・・私、二人で話をするのが好きなんですよ。3人以上だと難しいなあと。なんか、聞いていよう、と思っちゃうんですね。どうやったら3人以上の人数で、個のままで自由にいられるだろうと思ったら、それは公園かなあと思いまして。
__ 
ご自身にとって、公園という場所で対人関係の可能性がより開けそうだと思ったんですね?
西尾 
そうですね、公園には話している人もいれば散歩したりお昼寝している人もいるので。でも、みんなお互いが視野に入っている。だから場としてまとまりながらも自由な空間なんじゃないかと思うんです。
__ 
鳥は・・・?
西尾 
鳥はただ単に好きだからです(笑う)

タグ: 鴻上尚史 夜の共犯者 劇団=場所論 学芸会


katacottsについて

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戸谷さんはkatacottsという個人ユニットをされているんですよね。これはどのような経緯で作られたのでしょうか。
戸谷 
私、演劇経験が薄くて、失敗を重ねて、でも色々な表現活動をしていきたいなと思いまして。そういう場が欲しかったんですね。やりたい事があれば着実にというのがモットーです。でも無謀に挑戦していきたいです。
__ 
つまり、演劇が好きだから作ったんですね。演劇が好きだと気付いたのはいつですか?
戸谷 
小学校6年の学芸会です。中高は演劇部だったんですが、そこではもっぱら表方でした。だからスタッフワークに弱いです。大学ではそういうサークルには入っていませんでした。観劇はしていたんですが。劇研のアクターズラボに通っていたこともありました。後は客演を少々。
katacotts
初心に帰って”かたこと”から始めようと名付けた京都の小さな演劇企画。カタコトからいろんなものが広がるように。(公式サイトより)

タグ: 劇研アクターズラボ お遊戯会 学芸会


劇場へ

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演劇を始めた経緯を教えて頂けますでしょうか。
末山 
高校の時に演劇部に入ったのがきっかけです。何か部活に入ろうと思って、でも運動神経がないので運動部じゃないし、めぼしい文化部もないし。何をしたらいいのかと迷っていたら、小学校の頃の学芸会が楽しかったので、それを思い出して。それと、模型を作るのが趣味だったんですが、小道具を作ってみたら面白いんじゃないかなと思って。高校を卒業後、京都府立大学でも演劇部に入りました。
__ 
演劇実験場下鴨劇場ですね。「メガネ大使La・Gun」という作品がありましてですね、それが最高に面白かったんですよ。
末山 
ああ、伝説の。中野貴雄さんの作品ですね。僕ら後輩の間でも「La・Gunの頃が下劇のピークだったよね」と言われているぐらいです。僕らの代からまたちょっと方向性が変わっているみたいです。しょうもないアホな事を、たらたらやる、みたいなのを僕らの代が初めたんですよ。
__ 
下劇、またゆっくり時間を取って見に行きたいですね。ところで、大学の演劇部時代で見た衝撃作を教えてください。
末山 
電視游戲科学舘の惑星組曲と、ショウダウンの「僕らの二日間戦争(改)」でした。京都に来るまで小劇場を見たことがなくって本当に凄かったです。役者さんもすごいし、美術もすごいし。
__ 
懐かしいですね!
末山 
僕が大学に入った時なので、2004年ですね。あと、実は高校の頃に青年団が地元に上演しにきていて。「冒険王」という。子供向けの演劇とか以外で演劇を見たのはあれが初めてです。

タグ: アートコンプレックス1928 ファンタジー 書いてみたいと思った 迷っています メガネ大使La・Gun 伝説的な公演 学芸会


わたしとスケール感

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榊さんがお芝居を始めたのはどういうきっかけがあるのでしょうか。
榊  
小劇場で活動しはじめたのは2010年からです。実は高校演劇から始めていたんですが、もっと遡ると小学校の学芸会の劇からです。それが楽しみで学校に行ってたみたいな。高校卒業後は、演劇をしに上京してきました。
__ 
小劇場をしに上京したという感じ?
榊  
実は、地元が北海道の釧路なので、いわゆる小劇場を観た事がなかったんですよ。むしろ大きい劇団が来て上演するのを観てました。もちろん楽しく観ていたんですが、スケールの大きな演技よりも、どちらかというと普通の日常会話みたいなのが好きだなって。そこで上京したら、そこで小劇場というものに出会って。なんて面白いんだろうと。
__ 
そういう好みって、あるんですよね。反対に小劇場、というかインディーズが嫌いな人もいますからね。
榊  
ありますよね。
__ 
小さい空間だからこそ、粒の細かい表現が出来る。
榊  
そうなんですよね。小さい劇場じゃないと出来ない表現があるという事を知ってもらえれば。

タグ: 北海道出身 学芸会


vol.283 榊 菜津美

フリー・その他。

2013/春
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榊

配剤

__ 
野木さんがお芝居を始めたのはどういうところからでしょうか。
野木 
中学生で、クラスの学芸会で演劇をやったのが最初です。オペラ座の怪人を劇団四季で見たかったのにお小遣いでは見れなくて、なら自分でやろうと。何でそう思ったのかは分かりませんけど。
__ 
見れないなら自分でやる。
野木 
訳わかんないですね(笑う)。みんな分からないながらもはいはいと付き合ってくれて、上演までいきました。
__ 
パラドックス定数」の旗揚げは、大学在学中ですよね。
野木 
はい。戯曲を上演したかったというのもあるんですが、実は日本大学の演劇学科で、周りがポコポコ旗揚げしていて、それに押されて・・・「一番早く潰れる劇団」と噂されていました(笑う)。
__ 
劇団名の由来を教えて下さい。
野木 
旗揚公演に、アインシュタインを題材に選んだんですよ。「神はサイコロを振らない」という。彼の脳がスライスされて、世界中の科学者が保持していて、彼が蘇って探しにいく話。で、ぴあにチケットを預けようと電話した時に団体名を聞かれて。その時、なんと何も考えていなくて、手近にあった資料の本を二冊くらい探って、目にした単語を並べたんですね。「パラドックス」と「定数」って。
__ 
面白いですね。
野木 
後から、「パラドックス」=矛盾、「定数」が固まった数概念という。それすらも矛盾したネーミングという事で、面白がって下さる方もいらして・・・。
__ 
神の配剤的な決まり方ですね。
野木 
そうですかね(笑う)。それから、ネーミングを変えずにここまできました。
__ 
プログラミングだと、コードの最初で宣言する変数で、プログラムの中で何度も呼ばれるものを定数と呼びます。「パラドックス定数」は社会の中にあって、常に矛盾を提起する存在として宣言されていると思っていましたが、そんな事だったんですね。
野木 
ホントにお話した通りなので、何も、なんですよ(笑う)。

タグ: わたしとわたしの矛盾 名称の由来 学芸会


探る

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お芝居を始めたのは、どのようなキッカケでしたか?
竹子 
元々は、小学校の頃、NHK教育で海外ドラマの「アルフ」を見ていて。アルフがシナリオライターになりたいみたいな回があって。私も書きたいと思ったんですね。
__ 
アルフ。私も好きでした。
竹子 
やってみたら、私これ書けるんじゃないかって。クラスの学芸会でも自分で書いたらそれが面白くて。中学校まで、自分が書いてさらに出演したら、出る方も楽しいじゃないって気づいたんですね。高校演劇もやっていたんですが、役者も面白いじゃないと。見ているお客さんに、笑ってもらうのが気持よかったんですね。
__ 
なるほど。
竹子 
大学では、第三劇場に入りました。完全にオリジナルで、シリアスな作品が多かったです。
__ 
笑いからは離れたという事でしょうか。
竹子 
すぐ忘れる笑いより、もっと、ぐっとくるものがあったら、分り易くない何かがお客さんに伝わったら。そうしたら、その人の考えからが変わったり、何か救いになるかもしれないと。それを当時の仲間と話しあった時、「それだ!」と思ったんですね。
__ 
難しいものを簡単に平易化するのではなく、そのまま表現するという事だと思うんですが、とても重要な姿勢だと思います。ただ、その分、劇場に入りにくいと思われてしまうかもしれませんね。
竹子 
そうなんですよね。モヤモヤしたものを、モヤモヤした表現で表そうとしている。課題としては、分かりやすいもの奥に何かがある、というところにまで持って行きたいんですよね。まだまだ、未熟だなあと思います。

タグ: 学芸会


部活から柿喰う客へ

__ 
七味さんがお芝居を始められたのは、どのようなきっかけがあったんでしょうか。
七味 
元々演じることが好きで、幼稚園の学芸会で先生に褒められたのがキッカケですね。普通の町人役で、アドリブでセリフを言ったりした時に。で、小学4年の時に自分で演劇クラブを作ったんですけど、あんまり面白くなくって。
__ 
あ、面白くなかったんですか。
七味 
(笑う)演じることは楽しかったんですけど、クラブは面白くなかったんですよ。それから陸上部とかに入ったんですけど、中学からはまたずっと演劇部でした。今も、根本的にはその部活の延長線上にいるというのは否めない・・・ですね。でも、意識はだいぶ変わったと思います。
__ 
柿喰う客の旗揚げには。
七味 
高校3年の時に、市民ミュージカルに参加したんですよ。歌と踊りが好きだったので。それで、オリジナルミュージカル劇団を作ってしばらくやってたんですが、大学の演劇サークルで中屋敷に出会って、彼が柿喰う客という団体を立ち上げて、それに関わっている内に、いつの間にか劇団員になってました。
__ 
副代表ですね。
七味 
名前だけのね(笑う)うそうそ、色々やってるんですよ。

タグ: ミュージカルの話題 学芸会


いつから

_  
今日はお忙しい中、申し訳ありません。
谷  
いえいえ、宜しくお願いします。
_  
こちらこそ、宜しくお願いします。今日はですね、谷さんがお芝居にどう関わってきて、今後どうなっていくのかを伺いたいと思いまして。まず、お芝居を始められたのはいつからなのでしょうか。
谷  
ええと、中学校の学芸会みたいなので毎年立候補していたんですけど、楽しくて高校演劇もやっていました。
_  
3年間、ずっと。
谷  
はい。短大時代は一応サークルにはなんとなく入ってたんですけど、きちんとお芝居を始めたのは南船北馬一団に入ってからですね。それまで一応、ワークショップに行ってたりもしてたんですが。
_  
南船北馬一団では、何年活動をされていたんでしょうか。
谷  
6年ですね。
_  
初めて南船の舞台に立って、どんな感じでしたか。
谷  
高校の頃同じ部活に入ってた子が一緒の舞台で、その頃と一緒の感覚でやってたんですけど、共演の方がやっぱり上手くて、こういう人達と一緒に芝居できるんだったら楽しいやろうなと。
_  
なるほど。それから、地点の作品に出演されるようになる訳ですけれども、地点へはどんな感じで関わられたのでしょうか。
谷  
初めは、橋本裕介さんからお電話頂いて。面白いお芝居があるから観に来ないかと言われて。それが地点だったんですよ。実はその1年前には三人姉妹を観ていて、「面白いところがあるなー」と覚えていたんですね。橋本さんと後で、あ、知ってたんだという話になって。で、その後橋本さんから電話が掛かってきて「今度三浦さんが京都に移ってくることになって、関西圏の人と知り合いたいからオーディションやるんだが来ませんか」と言われて。そこからですね。
地点
代表・演出、三浦基による特異な表現による硬質な劇空間が特徴。洗練された俳優陣、高度な舞台美術、分断されて文節どころか音節ごとに再構成されたテキストなど、強い印象を残す。
南船北馬一団
大阪の劇団。現在はユニットとして活動。

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キッカケ

__
延命さんて、何から芝居始めたのかなと。
延命
(少し笑う)始めたのは、学芸会が楽しかったから。あんまりちゃんとした動機がないんですよ。
__
ふーん。
延命
高橋さんは何で?
__
あっとね。高校の頃、・・・ちょっとなんだろうな。高校の演劇部に入ったのは通りすがりで。それから立命の月光斜に入ったんだけどあまり水が合わなくて。で、衛星に誘われて入ったんですけどね。
延命
月光斜だったんですか。
__
で、京都のフリンジっていうか小劇場が面白くて。でまあ、京都のフリンジ全体が盛り上がればいいなと思って、こんなことしてますね。
延命
へえー。
__
でも色々難しいですけどね。今日のフリンジ自体、今はあんまり盛り上がってないじゃないですか。
延命
(笑う)
__
4年後にまた盛り上がると思うんですけどね。
延命
ほう。
__
そのためにやってますね。これ。
延命
4年後っていうのは。
__
新しい人が出てくるということです。
延命
あ、今全然いないという・・・?
__
いや、そういうわけではなく、例えば司辻さんとかベビーピーとか色々面白いひとはいるし。だから保ち続けるとは思うけど。わっと来るのは4年後かなと。
延命
じゃあ、今お勤めしながらそういう。
__
ええ。いや大阪にいるんで大阪の小劇場を沢山見ると思いますけど。そんなところかな。
延命
目的がちゃんとしてるんですね。
__
いやいや。そんなことありませんて。
ベビー・ピー
根本コースケ氏などによる演劇ユニット。ナンセンスコメディ、熱いジョジョ劇、お祭り芝居など、想像力を強く掻き立てられる作品群。

タグ: 学芸会