質問 高木 貴久恵さんから 衣笠 友裕さんへ

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前回インタビューさせて頂いた、高木貴久恵さんから質問を頂いてきております。「一番古い記憶を教えて下さい」。
衣笠 
家族旅行で温泉に行った帰り道、転んでペロペロキャンディーを割った事ですね。家の近くまで着いて、歩いていたらこけちゃって。持っていたペロペロキャンディーが全部粉々になったんです。袋から出して間もないのに、全く手を付けてなかったのに。めっちゃ悲しくなっちゃって物凄い泣きました。でも家に帰った後に、母が一個一個洗ってくれて、パズルみたいに一個一個をお皿に並べてはいって渡してくれたんですよね。
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ええっ。
衣笠 
その時、嬉しかったんですけど、ちょっと・・・自分が割ってしまった事でここまで手間を掛けさせてしまった事に悲しくなってしまって。そういう感情で、喜びたいけど喜べないみたいな状態で一つ一つをポリポリ食べたのが一番古い記憶です。
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その、御母上の行動は教育そのものですね。だって、飴は粉々になってしまったけれども、手間を掛ければ戻す事が出来る。とは言っても、完全な元の飴ではない。そういう重大な事を伝えられた教育だったと思うんですよ。最初の記憶になるぐらい。
衣笠 
しかし、そこに僕は罪悪感を覚えてしまったんですよ。
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お母上は、その引け目に気付いてましたよ。
衣笠 
あ、そうなんですかね。
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飴を一つずつ口に運ぶ時、微妙な表情をしていたでしょう。びっくりするぐらい泣き始めた息子と、粉々になった飴、復元してみせたけれども、今度は複雑な表情になってしまって。それはお母上の心に、どのような思いを生じさせたのでしょうか。
衣笠 
何かちょっと、おかんとしても、悲しいじゃないけど、キュッとなる感情があったんじゃないかという気がします。別に新しいのを買えばいいかもしれんし、しょうがないよと諭したらいいかもしれんし、もっと簡単に終わった話かもしれんし。多分、電車の中でずっと大事に持ってたと思うんですよ僕は。帰り道、家の近くになるまで袋を開けなかったぐらい大事に。それが、母親にとっては、僕が大事にしている事が分かったと思うんですね。あともうちょっとで家なのに割れちゃったという事に対して、ちょっと悲しくなったのかなと。
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旅行の帰りのお土産を大事に扱っていた。これは息子の、家族に対する裏表のない愛情表現であると母上は取ったでしょうね。だからこそ、新しい飴を買うという案は旅行の思い出を帳消しにしてしまいかねない。家に着くまでに待ちきれずに封を開けてしまった・・・パンドラの箱ですよね。
衣笠 
そうですね(笑う)
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その悲しさに対して、何かをせずにはいられなかった。すっぱり諦めるという選択肢もあったが、でもあえて修復してあげる事を選んだ。そういう教育を選び取り、息子に見せた。もしかしたら、その時点で息子への放任教育は始まっていたのかもしれない。そうでなければ「自衛隊ええんちゃう」とか言わずに内部進学に行ってくれと言うはず。放任とはつまり、自由と責任という事ですね。
衣笠 
そういえば母は僕のわがままに対しては厳しく、反面、大切なものが失くしたり取られたりしたらすぐに直したり替りを持ってきてくれたんですよ。新しいものを欲しがってもダメって言うんですが。なんか、僕が大切にしているものを同じように大切に扱ってくれたと思います。

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夢が続いてる

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「緑子の部屋」。俳優の方々が強烈だったなあ、って思います。わっしょいハウスの浅井さんは大分昔から知っていますが良かったですね。鳥島さんも印象的でした。そして武井さん演じる女性がですね、自立しているようでありながら本当は足場がない、そんな人間像。頼り無い背中でした。部屋の隅に追いやられて、同棲中の男性に相手にされない彼女は、本当にマッチ棒の折れたみたいな印象を受けましたね。
西尾 
彼女がラストにする夢の話、友達のアヤちゃんがあられもない格好で走っていってビルから飛び降りる話なんですけど、それは実際に武井さんが話してくれた事なんですよ。夢の中だと気づいていて、これは飛び降りるなと予感して。逃げ出したくなったけれども、それでも夢の中で周囲に「あ、逃げた」と思われたくないから「ふんふぅん♪」とか鼻歌みたいなのをしながらその場から避けていって、でも「ああ、あたしは逃げた」という自覚は凄くあったと。
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なるほど。
西尾 
最初、その話を聞いた時は、「この子はそうなるんだろう、落ちるんだろう」という確信の話だったんですけどね。そのピースを私が物語の流れに組み込んで、「罪悪感を感じた後味の悪さの話」になりました。

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罪悪感

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芝居を半年くらい休んで、今また稽古場に戻ってきて。何か思うところはありますか。
小林 
12月までお芝居に出ていて、その時にイッパイアンテナを退団しました。その時、芝居は自分にとって趣味なんだなという事に気付いたんですよ。というのも、劇団に何年も所属させてもらって。自分が出来る事を増やすという必要に迫られて、なら自分は何が出来るの?と自問した時に、出てこない自分が居たんです。演劇をどういう風に社会に見せて行くのか?とか、宣伝美術としてどんな良い物を作りたいのか。イッパイアンテナの小林として考えてと言われて。もちろんそうしたかったんですけど、出て来なかったんですよ。
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なるほど。
小林 
凄く、それがイヤだったんですよ。そういう事をしたくなかったんです。何で自分はこんなんなんだろうと、何か自己嫌悪を感じて。よくよく考えてみると、自分はお芝居を仕事にしたくないんだなあと、なっちゃったんですよ。やっぱり自分にガッカリしましたね。イッパイアンテナの皆がプロ意識を持ってやってたというのに憧れていて尊敬していて素敵だなあと思って、自分もそうなりたいと思ってたんですが、自分はそうじゃなかったんです。何で自分がそうなってるのか、いっぱいいっぱいになっているからだろうかと。だから、一旦休もうと。
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それで、普通に大学生をしていて・・・
小林 
その間も、演劇に対する気持ちは変わらず、自分はそうなんだなあ・・・と思い。実はそうじゃなかった、という可能性も信じているんですけどね。いつか。
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趣味で演劇をするというのも大変ですけどね。
小林 
そうですね、確かに。一旦話は戻りますけど、劇団しようよで芝居に戻った時に、稽古場での居方とか演技の仕方が変わったという事ではないんです。小林由実として芝居をする事は変わらなかったんですが、それ以外のこととのバランスは取り易くなった様に思います。
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なるほど。
小林 
芝居以外の事をするのに罪悪感があったんです。私は芝居をしていなければならないと。今後しばらく、ご縁が無ければ芝居には出ないと思います。趣味なんだなと思ったと同時に、趣味として同じペースで続けようとは思っていなくて。
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それはどういう心の動きなのでしょうか。
小林 
何だろう。元々、単純に芝居が好きでやっていた人間でしかないので。劇団に所属してそれなりに立場が出来たけど、必要に駆られて自分の仕事を次々と入れたりしていて。劇団衛星の皆さんとか、坂口修一さんとお仕事させて頂いて。坂口さんは、予定が無いと不安になる、って。それが芝居で仕事をする事なんだなあ、自分には分不相応だな、と思ったんです。こうして自分のペースを落として、自分の演劇人としての能力は絶対に低下するけど、それでも一回、自分は回り道するべきだろうと。思ったんです。
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3年間イッパイアンテナにいて。大学生のその貴重な時間を芝居してくれていて、見せてくれていてありがとうございました。
小林 
いえいえ。でも今、この決断が出来て良かったなと思いますね。良いのか悪いのかはともかく、後悔は出来ないですね。
イッパイアンテナ
同志社大学の学生劇団「同志社小劇場」のOBを中心として、2007年11月に旗揚げされた演劇団体。 主な演目はコメディとコント。 劇場を気持ちよく走り抜けるライブ空間にすべく日夜活動している。(公式サイトより)

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vol.310 小林 由実

フリー・その他。

2013/春
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小林