地域の芝居の生き残りの難しさ

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油田さんと京都の繋がりを教えて下さい。
油田 
三重と京都、昔は遠かったんですけど、2008年に新名神が通ってからは僕たちの居る津市からは車で一時間半ぐらいあれば行けるんです。半日の予定で京都の芝居を見に行けるんですよ普通に。はじめてこのしたやみさんが三重に来た時に、パンフレットに「新名神のおかげで三重と京都は近くなった。たまには公共工事も良い事をする」って書いた記憶があります。
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なるほど。
油田 
このしたやみさん、田中遊さん、柳沼さん、田辺さん、京都の方にたくさん来て下さって。今度、トリコ・Aさんも来てくださるし、はしぐちさんのコンブリ団も。一個ずつ京都の方と付き合いを作っていってますね。京都に来るのは楽しみです。受け入れをし合える関係ですね。僕らもイサンで公演出来たんですよ。
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ええ。
油田 
今度は、逆に京都に、地域で芝居をうつ事の大事さを示せたらなと。地域でのお芝居って、頑張らないと孤立して無くなってしまうんですよ。頑張っている人へ地域の理解がないと終わってしまうんですよね。それはもちろん、クオリティの高いものを作らないといけないですけど。
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地域における芝居の生き残りの難しさ。
油田 
そこにはただ芝居を打つだけでなく、社会性・公共性が必要だと思うんですよ、絶対に。それは公共ホールがやってきた事ではあるけれど、僕ら民間やNPOも真剣に「演劇や社会・公共にとって有益なモノなんだ」と訴えてやらないといけない筈なんですよ。三重の場合は、まずお客さんに劇場に来てもらうところから始めないといけなかった。とにかくその仕組みとか、演劇はハードルの高いものではないし、終わってからああでもないこうでもないと語り合う楽しみのある、それを言い合って楽しむものなんですよ、という事。クオリティを上げて敷居を下げるという戦いかなと思っています。そこを頑張らないとね。

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全国区をここに作る試み・カラフル3

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イベントプロデューサーとして一番最初の仕事は何でしたか。
大橋 
高校の演劇大会の実行委員会でしたね。合コンじゃないですけど、他校との合同カラオケ大会はいつも盛況でした。
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カラフルという演劇イベントが私と大橋さんの最初のキッカケだったと思います。名古屋の長久手でのカラフル3でしたね。どのような経緯があったのでしょうか。
大橋 
僕が関わり始めたのは第二回からです。第一回の時は、裏で学生演劇合同プロデュースのスタッフをしていました。その翌年、企画者の一人として呼ばれて。3回目のカラフル3は僕の仕切りです。
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なるほど。カラフル3は、東京大阪を主に全国から劇団が集められていましたね。
大橋 
僕個人の思いとしては、名古屋の演劇はこのままじゃ死ぬなと。
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死?
大橋 
名古屋では若手の劇団が中々育っていなかったんですね。その頃はまたお客さんも減っていて。小劇場の折込も数年前に比べて4割くらい減っていたんです。どこかで食い止めないと、と思ったんです。地理的に愛知は東京からも関西からも寄りやすいハブ的な土地なんですが、それなら、全国区をここに作ればいいんじゃないかと。
__ 
というと。
大橋 
東京イコール中心という考え方って、どうしてもあるじゃないですか。東京イコール全国区というイメージにも繋がるんですけど。東京一極集中に対応して「地方」を「地域」と呼ぶ人もいますが、それでもやっぱり閉塞していくんじゃないかと思うんです。地域じゃない、全国区を、日本の中心である名古屋にこそ実現出来るんじゃないか。
__ 
なるほど。
大橋 
だからショーケースという形式が相応しかったんですね。アウェイで来る人の方が本気になるのが理想でした。会場は長久手でしたが、そこで高い評価を受ければ、ホームでも高い評価を受けられると。
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挑発と言えるかもしれませんね。
大橋 
来てくれたらお客さんが1000人入ります、さらに、賞もありますと言って口説きました。その賞についても、誰がどう選んだかを明確にして発表しました。名古屋の人に対しては危機感を煽りたかったんです。実際、呼んできた劇団で賞が総ナメにされてしまったんですけどね。
演劇博覧会 カラフル3
全国の劇団が一堂に会する、まさに博覧会イベント。時期を置いて1stステージ、2ndステージと開催。公演時期:「1st.stage」2009/3/14~15。「2nd.stage」2009/5/2~4。会場:「1st.stage」ゆめたろうプラザ(武豊町民会館)。「2nd.Stage」長久手町文化の家。

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vol.280 大橋 敦史

フリー・その他。

2013/春
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大橋

リセット

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人に影響を与える最大のものは思想だと思うんですが、それを消化出来る人って案外少ないと思うんですよね。自分の憂さを晴らす生き方が増えている中で、思想に触れて、わざわざ立ち止まって考えなおす人は少数になっていくのかもしれない。
鈴木 
それもまたコミュニティなんですよね。今、嫌な人を遠ざけて生活する事がカンタンな社会だと思うんです。嫌な人を受け容れて消化するには、陰口と同時に評価して、理解をするようなやり取りがあった筈なのに。
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今は、紋切り型で切り捨ててしまう。それが普通になってしまったのかもしれな。
鈴木 
楽なんですよね、きっと。というか、そうせざるを得ない状況になってしまっている。あまりにも考えるべき事が多すぎて。単純に都会に人が多すぎるんです。僕はこう考えているんですが、都会から地方に人を流してそこでコミュニティを作ればいいんですよ。当然、文化が無ければ人はいつかないので、文化を発展させて。思うに、都会に文化が集中し過ぎて飽和してしまっているです。インターネットがあるんだったら、文化を地方から発信する役割を負うべきだと思うんです。それが一番、有効なリセットの仕方だと思っています。

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同国の同時代にいる意味

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iakuプロデュースの試みの一つに、大阪の演劇の発信と、他地域との交流を通した活性化があるとの事ですが、その狙いとはどのような。
横山 
今は、関西とか関東とかのくくりがある程度取っ払われつつあると思うんです。東京のカンパニーが自主企画で大阪公演するというケースも増えてきていたり、三重が全国のカンパニー招聘に力を入れていたり、福岡の演劇シーンが興味深かったり。ああ、これはもう、東京の小劇場とか関西の小劇場とかをもっと全国的なムーブメントにしていく時期なんじゃないかと。
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時期。
横山 
東京からきたカンパニーに聞いてみたんですよ、何故大阪公演をしたのかって。一意見ですが、東京では頭打ちでもうお客さんが増えない、単純にもっと多くの人に見て貰いたいという事でした。正直言うと、大阪にそんなに大きなマーケットがある訳ではないですが、でも来てもらいたいです。それが、さきほど言った「分母」を生む事にもつながるし。関西にきて成功する劇団ばかりではないですが、少なくとも、僕が来てほしいと思った劇団には、何らかのアシストをしていきたいですね。これから関西にも、たくさんの演劇を輸入出来るように、地域との連携を深めていきたいです。その一助が出来ればと思っています。
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と交換する形で、横山さんの書かれた作品も全国に行きますね。
横山 
そうですね。全国で自分の作品が毎月やっているようであればとても嬉しいです。関西にもまだまだ良い俳優がいて、厚い層があるという事を知ってもらいたいですね。
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エダニクもサキトサンズも、全国ツアー中ですしね。私はどちらの作品も好きです。それが毎月、日本のどこかで上演されているというのは、考えてみれば嬉しいですね。
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今後、どんな感じで攻めていかれますか?
横山 
iakuプロデュースは2011年から準備して、2012年は種まきの期間でした。2013年を迎えましたが、2014年までには、自分の作品が毎月日本のどこかでかかっていて。さらには、全国でどこでも面白い演劇が見られる状況に向けて、何か自分が関わっているようになっていれば。時間を区切ってしまうのは良くないんですけど、だらだらとは動けないし。出会った人と繋がっていき、地道にでも続けて行きたいです。単純に、各地の演劇人とつながるのは楽しいし。そこは攻めなのかは分からないですけど。
__ 
演劇から地方の垣根が取れて全国化するという流れ。当然の事ながら、各地に同時代の演劇人がいる事が実感できますね。もちろん、いないとは思ってませんでしたけど、いること自体に勇気づけられるというか。次のステージに行こうとしている段階を感じています。
横山 
世間全体が、飽きられる、飽きてしまうサイクルが早い世の中ですからね。それで自分達が諦めてしまう前に、飽きてしまう前に、時間を区切って挑戦していきたいです。

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軽蔑というのは、最後の手段にしてほしい。/無数の眠った声

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最後に。地域の演劇についてお考えを聞かせて頂きたく存じます。私は京都・大阪と住んで来てそれなりに経ち、さらに東京の演劇も面白く拝見するようになってから余計にそうした事を考えるようになったのですが・・・。
藤原 
まだ現時点で確実な答えは返せないんですけど、今後は東京もひとつの地域として見なしていくことになるかもしれないとは思ってます。日本経済が衰退してしまって、明らかに往年のパワーはもはや東京にはない。そのプレゼンスは相対化されざるをえないでしょう。ただ、俳優の演技力とか演出のセンスといった面においては、地方都市と東京とではまだ随分ひらきがあるのではないかとも感じます。京都はちょっと別格でしょうけどね。ただその格差に関しても、人が移動して循環していくことで、変わっていく可能性はあると思います。特に多田淳之介さん(キラリ☆ふじみ芸術監督/東京デスロック主宰)とか、いろんなものを伝播させていく力を持ってる人だと思う。あとこないだ岡崎藝術座の神里雄大くんが言ってたんですけど、もはや「国家」ではなくて「街」単位なんじゃないかと。韓国とか台湾ではなくて、ソウルとか台北なんだと。確かにそういう発想で、アジアの様々な拠点を結んでいったら面白いかなと思います。そういう発想も全然、夢物語ではない。現実の話です。僕は横浜に引っ越してきたけども、東京と横浜も明らかに違う。ここも少し離して考えてみたい。
__ 
距離的に離れてそれぞれの環境がある。
藤原 
それぞれの点はバラバラのままでいいと思うんです。むしろリージョナルな可能性をもっと追求してもいいのかもしれない。それぞれの土地のヴァナキュラーな言葉や記憶にアプローチしていくとか。僕が今横浜でやろうとしているのはおそらくそれです。例えばこの辺りで飲んでると、伊勢佐木町のメリーさんの話が会話の端にのぼったりする。記憶が色濃く残ってるわけですよね。そうやって足場を仮構しつつ、その上で、別の地域に移動して、点と点を結べばいいというか。
__ 
移動する。そうですね、集中する必要はないですね。首都の周りを周回する衛星都市など、存在しない。我々は色々なところに種を撒いていけばいいんですね。
藤原 
あるコミュニティに根ざして生きる人もいます。一方でデラシネとして移動する人もいる。堀江敏幸という作家が『おぱらばん』に書いていた随筆に、スナフキンはムーミンがいるからこそスナフキンでいられるのだ、とあって、なるほどと思いました。寅さんだって、柴又の家と人々があるからこそ寅さんを演じ続けることができる。どっちも必要な存在だと思います。よく、コミュニティの人間がデラシネやノマドを軽蔑し、逆もまた然りということがありますが、その違いは違いとして受け入れて、お互いに敬意をもって耳を傾けることはもっとできるはずだと思います。背景も立場も、やろうとしている事も違うけど、その違いによって相手を否定しているわけではない。自分に自信があれば、他人を軽蔑する必要もないと思います。対話したり、良い意味での喧嘩はあっていいけど、軽蔑は良くないんですよ。これは本当にこの場を借りてみなさんにもお願いしたい。軽蔑というのは、最後の手段にしてほしい。そんなに簡単に切ってはいけないカードだ。
__ 
軽蔑。相手を矮小化して自分の価値観を守ろうとする反応だと思っています。もちろん、間違っていると私も思います。でも大変なんだと思うんですよ。良く知らない相手に対して、窓を開け続けるという事は。それが出来る人というのは、物凄く頼り甲斐を感じますね。藤原さんの窓はかなり広そうな気がしますね。
藤原 
いや、僕はまったく聖人君子ではないですよ(笑)。ただ10代、20代とかなり生きるのが大変で、誇張ではなくて、自殺することばかり考えていたような時期もかなりありました。結局自分にその蛮勇がなかったことをありがたく思うしかない。とはいえ何度かピンチを切り抜けて来られたのは、他人のおかげなんです。それは自分でコントロールできるものではないと思うんですね。もちろん僕にも好き嫌いはありますけど、そう簡単に他人を拒絶できないと思った。誰がどこでどんな救いの手を差し伸べてくれるか、まったく予想外のことばかりが僕の人生には起きてきたんです。そういう意味では、自分で選んだことなんてそんなにないのかもしれない。自堕落な人間です。大抵の場合、いろんなものに巻き込まれて生きてきたから。でも下北沢で35年くらい「いーはとーぼ」という音楽喫茶を経営してきた今沢裕さんという変わった人がいるんですけど、この人が「必然性のないことはするな」と言っていて、最近その意味が少し分かってきたかなとも思います。必然性のないことはしたくない。できればずっと寝ていたい(笑)。代書人バートルビーの言葉を借りて言うならば、「せずにすめばありがたい」んです。でもたぶん、演劇を観て、それを何かしら言葉にしていく作業というのは、僕の中では必然性のある行為なんだと思います。少なくとも今のところはそうですね。あとやっぱり、人間の謎の部分に興味があるんですよねえ・・・・・・。例えば、今そこの歩道におばちゃんが立ってるでしょ?
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いますね。
藤原 
あの人がどういう人生を歩んできたか、僕にはさっぱり分からないし、大抵の人とはそのまますれ違っていくじゃないですか。でも酒場ではそういう人と出会ってしまって、ちょっとここでは書けないような淫靡な話を聴いたりする。公の場にはなかなか出てこないような話というものがやっぱり世の中には眠っている。無数の眠った声。小説や戯曲には、もしかしたらそういう言葉が書かれうるかもしれない。やっぱりそのダークサイドにどうしても惹かれてしまうし、芸術に興味を持つのもそのせいかもしれません。
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分からない何かを、みんな持っている。
藤原 
どんな人にも謎はあります。それを無視して、簡単に他人を軽蔑したりはできないって思います。
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ええ。・・・あのおばちゃん、まだ立ってますね。

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