おかえり、金田一央紀

___ 
Hauptbahnhofには「中央駅」という意味があるんですね。今回、Hauptbahnhofが京都に移ったのを記念してのインタビューになります。
金田一 
ありがとうございます。
___ 
大学時代を京都で過ごし、留学を経て東京で演劇やタレント活動をしていた金田一さん。東京に戻って気づいた事はなんですか?
金田一 
大学生の時に東京で遊ばなかった自分にとっては、東京に行ってもどこで遊んだらいいか分からなくなってしまうと。六本木とか浅草とか、ついおのぼりさんになっちゃうのね。そんな感覚があったという事。あと、東京の人たちは凄くお酒飲むんですよ。カーテンコールで「じゃあこの後、お酒を飲みにいきましょうか」って。
___ 
それは憧れるなあ。
金田一 
お客さんも一緒にお酒を飲めるみたいな。そういうのはいいなあと思った。早稲田卒の人に多いみたいだね。それからものすごく演劇人がいっぱいいる。その中で、30歳越えて演劇やっているような人はやっぱり上手になってるんだよね。へたくそって言われたら自然に辞めて別の仕事をする(職もたくさんあるからね)。淘汰されていって、「あの人上手いよね」って人はやっぱり残っていくんですよ。不思議なのは、「自分に役者は向いていない」と分からせるようなきっかけが、常に東京にはあるみたいなんだよね。
___ 
そんな空気感があるのかな?
金田一 
うん、あるかもしれないね。

タグ: 『東京』 カーテンコール 留学して表現を学ぶ


もっと、沢山の人とセッションしたいから・・・なのかもしれません

__ 
木村さんがインプロを始められた経緯を伺ってもよろしいでしょうか?
木村 
私、以前、劇団にお世話になっていて。でも物凄い落ちこぼれで、憧れているけれども何をしたいのか分からない状態で劇団にいる、という恐ろしく迷惑な存在だったんです。そもそも、切磋琢磨してコラボレーションして面白い作品が作られていくのが本当なのに、何をしたいのか分からない人がいる。なんじゃそりゃ、ですよね。
__ 
いえいえ。
木村 
本当によく受け入れてくださっていました。でもダメダメで、人としてすごく自信を無くしていた頃、増田記子さんという今も大好きな先輩が、絹川友梨さんのインプロの本を貸してくださって。それを読んで凄く感動したんですね。すぐに絹川さんのWSに行ったのが始まりです。絹川さんのワークショップで、私は私のままでいいんだ、って思えたんです。舞台というか、癒されに行ったようなものでした。
__ 
癒やし。
木村 
当時から周りに素敵な人が沢山いて、でも私はすごくダメだ、と勝手に思い込んでいて。そんな私でもいいんだって思わせてくれたという経験だったんです。
__ 
そして、現在、トランク企画を続けているのですね。その原動力は。
木村 
何でしょうね。インプロを始めてからは、いつも目の前に階段が出来ていくんです。何でしょうね。目の前の人たちが自由になればいいなと思っているんです。自分が自由でありたいために、周りの人も自由であってほしい。自分だけ自由というのはあり得ないですもんね。たとえば、周りの人がリラックスしていたら自分もリラックスできたり。
__ 
なるほど。
木村 
ショーは、それはそれは面白い瞬間で、みんなと積み重ねていく面白さっていったら無いんですよね。全身がワクワクする。周りもそうだと分かる。それをもっと、沢山の人と経験したいから、かもしれません。

タグ: コラボレート 留学して表現を学ぶ 自分は何で演劇を


主体が動かされる時

__ 
「TEA×HOUSE」の時、町家の一部屋で上演されていましたね。出演者はもちろん、観客席がお互いの顔が見える状態でした。「ハシ×ワタシ」も挟み舞台でしたし。そうした距離感を意識されているのでしょうか?
山口 
観客席と舞台を出来るだけ分けないやり方が好きなんです。高校卒業後、演劇を学ぶためにイギリスに留学してたくさんの舞台を観に行っていたんですが、気に入った作品のほとんどは舞台と客席が分かれていない形式が多かったんですよ。観客が舞台と同じ高さで知覚し、体験する。私も、自分の作品を通してそのリミットを広げたいと思うようになりました。
__ 
舞台で起こっている事を体験する。
山口 
同じ空間で観劇するという事。それだけがやりたいわけじゃなんですけどね。変な形にすれば巻き込めるとは一概にいえないし。安易には言えないですけど、意識として、どういう形が合っているのかは考えますね。
__ 
では、山口さんは具体的にどんな面白さを大切にしたいと思いますか?
山口 
何かに動かされている人が、踊りでも演劇でも好きですね。表現する力よりも、キャッチする感度が高い演者がいる作品を作りたいです。
__ 
感度が高いとはどういうことでしょうか?
山口 
演者が表現する内容の完璧さを追求するのではなくて、どれだけ主体が外部のものによって大きく動かされるか、です。
__ 
外の世界というのは、何を指していますか?
山口 
例えば、「TEA×HOUSE」ではブリジットという他者の言葉を通訳して演じてもらいましたが、俳優が置かれているその状況、です。英語から日本語に通訳していくことによって、その俳優が元々の話者に浸食されていく。もちろん俳優は俳優のままで、ブリジット・スコットになってしまうという訳じゃない。影響されているという事(つまり演技ですね)を見せたかったんです。「私はブリジットなんだ」って言い聞かせるみたいなのじゃなくて、あくまで通訳として「私はブリジット・スコットです」と口から言った時に、感度が高ければなってしまう。知らぬ間に徐々になってしまった、そんな瞬間が見たいです。
__ 
主体が動かされる時。
山口 
主体が動かされてしまう時、を見たい。普段もそうじゃないですか。こうして喋っている時も動かされている訳であって。演技はその再構築だと思うんです。私はそれを極端にしてみようと思っているんですね。それを、出来れば面白く見せたいですね。
__ 
主体は主体としてあるけれども、それが何かによって反応する。
山口 
取り憑かれる、乗っ取られるというのに近いクオリティを目指しているのかもしれませんね。
__ 
それは何というか、私があまり触れて来なかった領域かもしれません。具体的にそれがどんな面白さを見せてくれるのか未知数なんです。でも、それがそれだと分かったらものすごく興奮させられると思う。突き動かされている主体の向こうに、大きな力を目にするから。
山口 
その通りだと思います。「動かされる主体」は、受動的に動かされるんじゃなくて、そこには必ず完璧な能動性が必要なんですよ。主体が反応して動かされる、その感度ですよね。どれだけそれに対してクリアに反応できるか。それは「この演技が面白い」という邪念ではなく、素直に反応するのが面白いんだと信じてやっていきたいですね。とても難しいんですが、反応する人間が面白いんだという信念です。そうした事象が起こっていて、観客に体験を与える。
__ 
形骸化からは最も遠くあってほしいですね。
山口 
そうですね。そうありたいです。どうしても、「これだ」と思った瞬間にそれでなくなってしまう。型を作って、それを突き進むという芸術もあるんですが、その瞬間に何かを失うんだと思う。

タグ: 外の世界と繋がる 難しくて、厳しい 会話劇研究 「目の前で起こっている」 反応し合う 観客との関係性 留学して表現を学ぶ 海外で出会ったハコ


未定だけど予定

__ 
今後、どんな本が書きたいなどはありますでしょうか。
大内 
次に書こうと思っている本があります。書きたい設定は沢山あります。その時々でピンとくる設定があったり、生まれるアイデアも死んでしまうアイデアもあるんです。公演が決まったら出せるアイデアを提供しています。
__ 
今後、どんな感じで攻めていかれますか?
大内 
ええと、未定です。最古参の旗揚げメンバーでずっとやってきて、伊沢さんはアメリカ、山口さんはロシアに留学と、メンバーが減っていっているので。他のメンバーにもそれぞれの行く道があるので、まずは腹の探りあいですね(笑う)。僕は続けたいと思っています。飛び道具が続けられないのであれば何か考えないといけないですね。でも、解散するという事はないです。山口さんは1年半で帰ってくるそうだし。
__ 
その時があるんですね。とても楽しみにしております。

タグ: アイデアが死ぬ 留学して表現を学ぶ


切る

__ 
今後、江坂さんはどんな感じで攻めていかれますか?
江坂 
どうですかね。言うても、男肉は色々な芝居が出来るようになって、さだ夢も演出自体が上手くなって、ラップという要素も出てきて。でもダンスは、まだショーダンスとしての使い方しかされていないんです。実はそこに可能性が眠ってるんじゃないか。
__ 
なるほど。
江坂 
僕と団長が、ダンスについての幅を広げていけたらなと考えています。その為の留学でもあるんです。踊る肉体として成立するのには、鍛える事だけじゃ成立しない。まだ何かあるんですよ。
__ 
というと。
江坂 
例えば僕は、現状キレイに体が動かせる事や、振り回す事でダンスを成立させる部分が多いんですね。それでも男肉だったら全体を成立させる構成要素として充当するんですけど、それだけじゃない、もっと別の切り口があるなと。歳とともに切り込む力が弱くなるので、その前に別の切り口をどんどん発見していきたい。もっと言えば、僕らの世代の身体が舞台上で価値を持つにはどうすればいいのかなと。それが個人的にはずっとテーマです。
__ 
昔の人の身体との対比という事ですか?
江坂 
よく「だらしない身体」と言われていますが、実は僕らの身体だけにしか宿らない価値観があると思うんです。男肉でがむしゃらに踊るだけじゃなく、それを発見したいですね。
__ 
「どんどん切り口を発見する」。つまり、可能性がまだまだありそうだと言う事ですね。
江坂 
僕は高校まで運動オンチだったんです。大学時代にさだ夢やみるくとダンスの勉強を重ねて、実践して、それでも今でもダンスが出来ているなんて自分では全く思わない。だったらどうするかと言うと発見していくしか無いんです。確かに僕らは戦争もバブルも通過していません。でも、ありものしかないんだから、潔く自分たちの身体を見直したらいいんじゃないか。
__ 
我々の身体にしか宿っていないもの。それは、いま見えていますか?
江坂 
僕らがいま抱えている身体と、お客さんそれぞれが抱えている身体。二者間は舞台を通して何かを共有しているんじゃないか、という事が、最近のイベント公演を通して見えてきました。そこに来たお客さんが見えているもの、それぞれの価値観。男肉の公演でしか出来ない一過性を通じて共感が生まれるという事自体が面白い現象だと思うんです。
__ 
ごく個人的な思いですが。すみたさんが中央に位置して周りがぐるぐる踊るダンスが強烈に印象に残っています。というか、あれを観るたびに私は気分が悪くなるくらい爆笑するんです。
江坂 
それ昨日、団長も言ってました。「すみたは唯一、あのダンスだけが良い」って。
__ 
ダンスというか、あの光景をよく見つけられたなと思うんですよ。男肉のはダンスから外れているかもしれないし、振付じゃないのかもしれませんけど、だからこそ何かを持っている。それに現時点で立ち会って価値を共有出来る事が、一つの事件かもしれません。

タグ: 今後の攻め方 留学して表現を学ぶ


共有

岡田 
高校の頃、留学プログラムで一年間オーストラリアにいたんです。なので、英語で日常会話くらいは出来るんですよ。でも、だからこそ簡単には気持ち自体が伝わらない事が分かったんです。
__ 
日本語同士でも完全には伝わらないでしょうけどね。
岡田 
向こうにギターを持って行ったので、セッションが出来たんです。そこで気づいたんですけど、もし感想や考えを言葉や身振りで伝えても、ああそうで終わっちゃうんですよね。でも音楽だと、それ以上の感動のところまで通じる。例えば、「僕は今楽しいです」と言ったところで、ああそう、で終わるところを、気持ちを音楽に乗せたら共有出来るんですよ。それは凄いなと。音楽をやる度にそういう事が分かってくるんです。これはもう、趣味に留めているのはもったいないなと。
__ 
共有する。
岡田 
僕は1年程前に悪い芝居に入団したのですが 入団前に一度だけ悪い芝居の本公演を観ていて。実はその作品をを観た時もそういう事を感じたんです。
__ 
というと。
岡田 
それまでに学生劇団の芝居は観る機会があったんですけど、例えば客席に座った時。僕が観たときは 周りで、関係者みたいな人の話が聞こえてくるんですよね。あの役者はああだとか、次見に来て下さいよとか。そこにいて、見る前から置いてけぼり感があったんですね。でも、悪い芝居は全然置いてけぼりにされなかった。むしろ、ちゃんと連れて行ってくれた。そのとき 僕もここで表現が出来るのではと思ったんです。

タグ: 留学して表現を学ぶ


__ 
今日はどうぞ、宜しくお願いします。最近はいかがでしょうか。
高橋 
ひと通り、稽古なども終わって、一段落がつきました。
__ 
そう、高橋さんは4月に札幌に帰られるんですよね。元々、札幌の方という事で。
高橋 
そうなんです。元々は映画から入ろうと思っていたんですが、地元の大学には演劇部とかがなくて。1年間ぐらいサークルに入って普通に大学生をしていました。でも、2年になった時に「これがあと3年続くのか」って愕然として。そこで、京都精華大学との国内交換留学プログラムを取ったのが京都に来たキッカケです。
__ 
精華大生だったんですね。
高橋 
そこから、精華大学の学生劇団である劇的集団忘却曲線に入りました。ユリイカ百貨店の旗揚げ公演に出たのが、小劇場に出た一番最初だと思います。それから1年、ずっと芝居していたんですよ。
__ 
なるほど。伺いたいのですが、京都でお芝居をやる魅力とは?
高橋 
街自体にアートが多いじゃないですか。いて楽しいというか。伝統もあるし。札幌は歴史が浅くて、鉄筋の街なんですよね。色が欲しかったんですよね。
__ 
札幌には色がない?
高橋 
私には見えなかったのかもしれませんけど(笑う)。京都だと、例えば、普通に置いてあるDM一つにもこだわりがあるんですよね。札幌にはカフェや雑貨店も、最近やっとポツポツ出来てきた感じで。
__ 
なるほど。あまり意識した事はないなあ。
ユリイカ百貨店
2001年に脚本・演出を担当するたみおを中心とするプロデュース集団として結成。その後劇団としての活動に形を変え、2005年4月、再度プロデュース集団となる。幼い頃の「空想」と大人になってからの「遊び心」を大切に、ノスタルジックな空気の中に、ほんの少しの「不思議」を加えたユリイカ百貨店ならではの舞台作品を作り続けている。(公式サイトより)

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vol.216 高橋 志保

フリー・その他。

2012/春
この人のインタビューページへ
高橋

トリコ・A演劇公演2011「和知の収穫祭」

___ 
明日から始まるトリコ・Aの「和知の収穫祭」。チラシが非常に魅力的でワクワクします。伺いたいのですが、これは一体どのような企画なのでしょうか。
川那辺 
NPOアトリエ劇研が主催している「むすぶプロジェクト」の一環で、地方にアートを組込めないかという実験的な事業の一つです。そこに、トリコ・Aの山口茜がアーティストとして和知に行くことになりました。山口自身も、フィンランドに留学時、一人の時間が充実していたそうで、和知にいると同じように一人でいる時間があって、それを元に創作をしたいと考えたようです。明日のオープニングパフォーマンスでは、大迫といういま山口が住んでいる集落でダンス作品を上演します。台風で中止にならなければ。
___ 
アートを組み込むとは。
川那辺 
演劇をきっかけにした繋がり作りを狙いとしています。アーティストがそこに住んで作品を創作する、それだけで近所の方など身近なところからどんどん輪が広がっていきます。
___ 
なるほど。
川那辺 
それにそこに住んでいる人たちの協力がなければ絶対に上演出来ないんですよ。特に2つ目の作品の舞台は国の重要文化財なので、役場の方や区長さんにご相談したり、地元の青年団の方々とやり取りしたり。皆さん良い方で、初心に戻るではないですけれど、本当にいろんな方の支えがあって作品って出来るんだなって思いました。
トリコ・A
トリコAは、山口茜が「自分で戯曲を書いて演出をしてみたい」という安易な気持ちを胸に、1999年、勢い余って立ち上げた団体です。当初の団体名は、魚船プロデュースと言いました。以来11年間、基本的には上演ごとに俳優が変わるプロデュース形式で、京都を拠点に演劇を上演してまいりました。やってみると意外と大変だった事が多い様に思いますが、皆様の暖かいご支援のもと、現在も変わらず活動を続けております。(公式サイトより)
トリコ・A 演劇公演「和知の収穫祭」
オープニングパフォーマンス 「Scenic-風景-」
公演時期:2011/9/4。会場:京都府京丹波町大迫・とうがらし畑(雨天の為山口自宅にて)。
和知公演「Fete-祝祭-」
公演時期:2011/9/24~25。会場:京都府京丹波町下粟野 明隆寺観音堂。
京都公演「React upon-反応しあう-」
公演時期:2011/10/28~31。会場:元・立誠小学校。

タグ: 上演出来ない 留学して表現を学ぶ


外に出ること

___ 
ええと、川那辺さんは、いつから演劇を始められたんでしょうか。
川那辺 
アトリエ劇研の芝居工房からです。最初は自分も舞台に立つ側だったんですよ。ちなみに、同期に京都ロマンポップがいました。最近再会してびっくりしました。
___ 
あの沢大洋さんが。
川那辺 
はい。その後、コンテンポラリーダンスにも興味が湧いて、イギリスに語学留学したんです。半年だったんですけどそのままダンス学校に編入しようと思っていたんです。
___ 
イギリスのどこですか?
川那辺 
ロンドンです。生活の中に芸術が生きている街なんですよね。人々の生活にゆとりがあるように思えたのは、例えば美術館が無料だったり、毎晩普通に劇場に足を運んだりだったのかなと。そういう芸術が人に近い環境を日本でも作りたいと思ったことが、制作を目指したキッカケなんです。それで帰国後JCDNトリコ・Aのインターンをさせてもらいました。
___ 
最初に関わった作品は。
川那辺 
「他人(初期化する場合)」の再演でした。すごくしんどかったんですよ。まだ社会に出たこともないひよっこが、いきなり外部と関わる立場になって。でも、当時Afro13のプロデュースだった齋藤努さんに出会ったんです。「他人・・・」の際にコーディネーターをしてくださっていました。
___ 
おお。
川那辺 
それで、大学4回生の時に「就職するかどうしようか迷っているんです」って相談させて頂いたんですね。そうしたら、「せっかく、新卒という枠組みがあるんだったら、一度は普通に就職してみてもいいんじゃない」って。いきなり制作の世界に飛び込むのではなくて、外を見て、芝居をもっと客観的に見られるようにしたい。
___ 
一度、離れてみたかったんですね。
川那辺 
それで、東京の百貨店に就職をしたんです。
___ 
どうでしたか。
川那辺 
後悔した事と同じくらい勉強できた事が多かったです。やっぱり舞台の仕事が好きだったって入ってすぐに気付いて。でも、やっぱり少しは続けなくちゃって思って3年はがんばりました。その時に自分が出来る事の限界が分かったんです。「あー私ってめっちゃ小さいなぁ」って。
京都ロマンポップ
2005年、当時立命館大学生であった向坂達矢(現・代表)、よりふじゆき(脚本家)を中心として旗揚げ。以後一年に2~3本のペースで公演。ポップな新劇というスタイルを取り、芸術的・哲学的テーマを基調とした演劇を製作する。
沢大洋
俳優。京都ロマンポップ。2011年2月に開催された京都学生演劇祭の企画など、役者を越えた活動にも尽力する。
JCDN
NPO法人ジャパンコンテンポラリーダンスネットワーク。コンテンポラリー系のアーティストの公演活動を支援しているNPO。
齋藤努
プロデューサー。コーディネーター。

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質問 高杉 征二さんから 川那辺 香乃さんへ

Q & A
___ 
さて、少し前にインタビューさせて頂きました、高杉征二さんから質問を頂いてきております。
川那辺 
わあ。優しい人ですよね。
___ 
「好きな映画は何ですか?その理由も教えて下さい」。「彼女ならキュートな理由が聞けるはずです」との事です。
川那辺 
最近、映画は見てないんですよ。何がいいかな。「ライオンキング」とか。「ハリーポッター」とか好きですね。
___ 
理由は。
川那辺 
「ライオンキング」は、子供の頃、毎日のように弟達と一緒に見ていて。ミーアキャットとイノシシが、主人公のライオンを助けて仲良くなるんです。虫を食べて暮らしている彼らが、主人公に食べ方を教えるシーン。最初は嫌がっていたのが、食べるとおいしい!で、三人が仲良くなり、歌い出すという(笑)台詞も全部覚えていたことがありました。「ハリーポッター」は原作が好きで、それで留学先もイギリスを選んだという・・・かなり安易ですが。

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学びたい

__ 
弓井さんが、今後関わっていきたいお芝居とは。
弓井 
そうですね。新劇が好きですね。ストレートプレイというか。割と、造形色ではないんですよ。
__ 
京都造形大的カルチャーというか、ポップアートっぽくない、という事でしょうか。
弓井 
そういうものがあるとすれば、ですが。でも、機会があれば是非そういう作品にも出演したいですね。凄く、学びたいという気持ちが強いので。
__ 
学びたい。今まで、どのような事を学ばれてきたのでしょうか?
弓井 
造形大では、割合で言うと3:2:5で講義:基礎:舞台製作という形でしたね。今はカリキュラムが変わったので分かりませんが、私の時はそんな感じでした。とにかく、基礎をすっ飛ばしていたんですね。ストレッチとか、演技のメソッドとか。そういうものに割く時間は例えば欧米の学校に比べたらきっと少なかったと思います。私がいた頃はどちらかというと、作品の制作が主でした。松田正隆先生であったり、大田省吾先生であったり。そこでは、講師の考え方に少しは触れる事が出来たのですが・・・。大学4回になって、学科再編した際に、アメリカからスタニフラフスキーシステムを教えて下さる先生が来たんですよ。凄く衝撃的でしたね。
__ 
基礎~応用の段階を学びなおした、と。
弓井 
実は大学二回の頃から、アクターズラボにも参加していて、そこでも沢山基礎をやっていたんですね。・・・結局、自分に自信がなくて。
__ 
今後は、具体的にどんな形で学んでいくおつもりでしょうか。
弓井 
新国立劇場のオーディションをずっと受けてるんです。今年も受けるんですが。あと、文学座にも挑戦してみようと思っているんですね。スタニフラフスキーメソッドを本格的に教わりたいので。
__ 
なるほど。
弓井 
もちろん、京都でも短い期間であればそういうワークショップを受ける機会もありますので、継続的に受けていこうと思っています。3年は学びたいですね。で、いつかは留学したいと思っているんです。
__ 
留学。どちらにでしょう。
弓井 
ニューヨークです。というのは、大学の先生の影響が強いんですけど。現実的には英語も喋れないし、お金もないんですけど、いつかは。恥ずかしながら。
__ 
なるほど。わかりました。全く恥ずかしい事ではありません。

タグ: 恥ずかしいコト 新劇と「出会う」 留学して表現を学ぶ


vol.94 弓井 茉那

フリー・その他。

2008/春
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弓井

MONOの方向

__
そうしてMONOに入られて、もう何年になるんでしょうか。
垣脇
10年、あ、11年か。
__
旗揚げ当初から、という訳ではないですよね。
垣脇
私が入った時には7年目だと言ってたので、もうすぐ20年ですね。
__
凄い事ですよね。
垣脇
凄い事ですよね(笑う)。7年目に入ったので、新入り気分で入っていたんですね。それから劇団員がほとんど入っていないのでもう新入りじゃないのですが。
__
ええと、MONOにお勤めになっている、という認識で宜しいのでしょうか。
垣脇
はい、一応そうですね。
__
日常業務の他は、例えば他の催し物の受付に立っていらっしゃったりする訳ですけども、そういった事もされているのでしょうか。
垣脇
はい、そう手広くやっている訳ではありませんけども。
__
ありがとうございます。ここで垣脇さんにとっての、制作という業務についてお聞きしたいと思うのですが。具体的にはどういうスタンスで、制作業に当たっているのでしょうか。例えば、MONOの公演ですとか。
垣脇
まあ、これまで劇団はずっと続いているし、座長の土田が割としっかりとしたイメージを持っているので、「こうしていこうよ」とかいう話は土田とよくしますね。それをどう上手く動かしていこうかという事が主ですね。そこから先の仕事が、一般的な制作の仕事ですね。会場を押さえたり。
__
宣伝ですとか。
垣脇
そうですね。その合間合間に次の公演をどうしようかとか考えていくという感じですかね。まあ、いまよりもっと企画性をもってやったりとかいう時期もあったんですが、メンバーも本当に、大人になってしまったし。公演も一年に一回やるぐらいになってるんですね。
__
そうですね。
垣脇
単純に、劇団公演だけやっていても食べていけないという事や、それぞれが演劇に限ったとしても他にやりたい事もあるし。細かい事を言えば、演劇的志向はみんな違うと思うんですね。でも今まで培ってきた呼吸とかもあるので、メンバーがそれを嫌っているのでなければ続けていけばいいじゃないかと。それぞれの別の場所での活動が公演に戻ってきたり。例えば土田も、少し前に留学とかしていたので。
__
まあ、放任主義という。
垣脇
そうですかね(笑う)。だから、今後の事をああしてこうして、とあまり考えすぎても無駄やなというように思っています。流れに従おうと。

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