ikiwonomu第1回マイム公演「かつての風景」

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来月公演予定の、ikiwonomu第1回マイム公演「かつての風景」。生演奏とマイムの作品という事で、とても楽しみです。マイム公演という事は、台詞は無いんですよね。
黒木 
そこはいまちょっと迷っていて。言葉を使ったとしてもマイムというジャンルでいけないかな…と思っているんです。演劇から呼んでいる人もいて、その方が台詞を発している時の身体、姿にはやはり生々しさがあって。人が生きているように見えるけれども、その台詞を無くしたマイムにいかにその姿を残すのか、それとも台詞も入れてマイムとして成立させるのか。
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さじ加減の難しいところですね。
黒木 
喋ると演劇やん、ってなりかねないので。悩みながらも楽しくやっていますね。
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どんな公演になりそうでしょうか。
黒木 
その、自分自身が見たいものを実現出来たらいいなと思ってます。人を見せたいというよりは、人を通してその奥に広がっている風景が見えたらいいなと思っています。その息づかいを見せたいですね。
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マイム俳優から見えてくる風景。
ikiwonomu第1回マイム公演「かつての風景」
目の前にある写真。私を取り囲む人びと。
目の前にある写真。弾き語りをする男。
目の前にある写真。出された美味しい食事。
目の前にある写真。の中で笑っているひとりの人。
あなたは、だれ。
私は口いっぱいに広がる人参の香りを味わいながら、目を閉じる。
まぶたの裏は、真夜中のように暗い。
波の音が聞こえてくる。
【公演日程】
6月19日(金) 19:00
20日(土) 15:00 / 19:00
21日(日) 11:00 / 15:00 / 19:00
22日(月) ★13:00 / 17:00
★6月22日(月)13:00の回は、平日マチネ割(500円引き)
[一般]前売2500円 当日3000円
[ユース(25歳以下)・学生]前売・当日共に 2000円
[高校生以下]前売・当日共に 1500円
【会場】KAIKA
【出演】岡村渉 / 菅原ゆうき(兵庫県立ピッコロ劇団) / 豊島勇士 / 仲谷萌 / 黒木夏海

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透明な壁を巡る旅

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マイムって、演劇ともダンスとも違うジャンルですよね。だからまだ人類の知らない可能性があると思うんですよ。参入人数もまだそれほど多くはない。というか、歴史がまだ100年経っていない。
黒木 
そうですね。いいむろさんもおっしゃってるんですけど、マイムの良いところって、人生の長い時間を3分くらいの、いや、もっと短い時間で表現出来たりするんです。それが凄く魅力的かなと思っていまして。でも、一時間ちょっとの作品を作りたいんですけど、自分自身で作ろうとすると3分程の作品の方が作りやすくて見やすいし、一つ伝えたい事がドンってくるから。
__ 
最終的にはより深い印象を刻めるかどうか、ですよね。
黒木 
そうですね。
__ 
人生を凝縮して見せる事が出来る・・・ちょっと脇道にそれますが、マイマーってすごく俳優の人格が出ると思いませんか?
黒木 
出ますね。
__ 
これはもう、演劇よりもくっきりと出るんじゃないかと思う。会話ではなく、モノVS人物なので。さらに、触れている人物を見ている観客はどんな状態にあるかと言うと、動きの面白さはもちろん、この人はこれからどうなってしまうんだろうというワクワク感。
黒木 
そうですね。何でしょうか。それこそ、それぞれの人格も含め、役者が客席の地続きに存在しているような・・・それは一要素としてはあると思います。名前が付いていない、情報が少ないからというのもあるかもしれません。誰か分からない方が面白いというのはあるかもしれません。
__ 
しかも誇張された動きで。何故あんなに不自然なのに見せられるんだろう。見えない壁に当たったら絶対、離れますもんね。絶対に触らないと思う。スリル満点ですよね。
黒木 
そんな人がいたらビックリしますよね。
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意外と、その姿が異様だからこそ、何かを感じているのかもしれない。
黒木 
ええ。
__ 
マイムの表現の原理に、何か、触るというアプローチがあって。あるかどうかも分からない透明を触るその者はその瞬間、個として完全なのかもしれない。何故なら彼はその時誰にも支配されず個としてそれに触れる事を選んでいるから。その時だけは確かに、見えない何かに触っている疑念の身体が明確に存在している。この特定によって、絶対に流れ去ってしまう時間や風景を空間にとどめようとする技術なんじゃないかと。凄くエンターテイメント性を持ちながらも、無常さそのものと相性の良い芸能なのかなと思うんです。そこで家族をテーマにした作品を行うというのは興味深いですね。

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生きている、そして立ち上がる・・・

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戒田さんにとって、魅力的な俳優とは?
戒田 
登場人物の人生をきちんと生きれる俳優。それに尽きますね。文法はアングラでもエンタメでも、静かな芝居でもいいんですけど。脚本を使って人間を表現出来る俳優じゃなければいやだと思っています。そういう人だけ集めているんですけどね。
__ 
台詞の言い方だけ研究している役者は、正直すぐ分かるし、ちょっと注意して観れば役作りの深浅も分かってしまいますからね。誰にでも。
戒田 
最後は俳優自身の人間力だと思うんですよ。舞台に如実に現れるんですよ。「上手にはなったら宜しいがな」とは思いますけどね。でもどういう経験をしてきたかは如実に出てくるんですよね。
__ 
ごく個人的には、観客からの見え方を研究して工夫してくれればもう、良いと思えてしまうんですよね。
戒田 
仰る通りです。
__ 
演劇は、その場に集う事から始まる。であれば、他者の思考の流れくらいは想像して作り上げてほしい。他者の認識に素直になるにはまず自己の素直な気持ちで今の役の気持ちと同調するのが大事で、そこには役者自身の経験や人間力がとても大切ではないかと思っています。
戒田 
ええ。
__ 
満月動物園は個人に陶酔し生死を全うする場所なので、つまり、役者自身による総力戦でもありますよね。尽くされたものを観たいと思っています。
戒田 
役に関しては俳優が専門家であるべきだと思っています。演出ではなく。だって、一人一人の役について演出家がそれを掘り下げていくんなら、何故役者を呼んだんやという話になってしまう。必要な時はやってますけど、でもやっぱり僕とは違う感性で掘り下げてもらいたい。
__ 
必要な時。
戒田 
あまりいい時じゃない(笑う)。
__ 
役の演技について、戒田さんから何も言う事はない?
戒田 
稽古の仕上げの段階では言いますが。序盤ではあくまで、「こういう面があるんじゃない」とか「こうも考えられるよね」という事を提示し続けます。俳優は役の専門家なんだから、全ての可能性を考慮してその中から選択しないとダメだろ、と。人間を描く担当でしょ、と。俳優の中から人間が立ち上がってお客さんの前に寄っていく段階になったら、作品を整えるという意味で指示を出したりしますね。役者の中で登場人物が動き出さないと、物語になりえないので。
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満月動物園は、俳優にとってはやりがいのある環境でしょうね。
戒田 
そこにやりがいを感じてもらえる人が俳優でしょうね。・・・あえて足しておくと、登場人物が生きているというのはあくまで土台で(笑う)。
__ 
それはもちろん。最終的には・・・いや、作品によって違いますけど、向こうの世界に全員で行けたら、まあある程度は成功かな、というぐらいじゃないですか。だからこそ土台作りが重要ですけどね。
戒田 
そうですね。

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観客

高木 
以前は舞台に立つ時、観客を通して向こう側の絶対的な何かに届いてほしい、みたいなことがあったんです。とても小さい存在である自分を俯瞰でみているという実感があったんです。いまは、もう少し観客との距離感を近くありたいなと思っていて。客席に絡んでいく事もあるし、普段誰かと喋っている時のように舞台で振る舞いたい。
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エンターテイメントに近くなった?
高木 
そう言えるのかもしれませんね。コンタクトを大切にするように変わってきたと思います。とは言っても、そう思えるようになってからまだ作品は作ってないんですけど・・・
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新作、楽しみにしてます。

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大阪俳優市場2014に出演して

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今日は、真壁愛さんにお話を伺います。宜しくお願いします。真壁さんは最近、大阪俳優市場を終演されたばかりでしたね。いかがでしたか。
真壁 
こちらこそ、よろしくお願いします。今回の大阪俳優市場、本当に出演出来て良かったです。今まであまり気付く事の出来なかった事に気付かされたという、そんな経験でした。
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というと。
真壁 
役者全員で一緒に芝居をしていて気付く事が多かったです。AチームとBチームに分かれて公演を行ったんですが、私はBチームで役者のリーダーをさせてもらったんです。
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凄いですね。
真壁 
ミジンコターボでは後輩だったので、引っ張って行くみたいな経験はしたことが無かったんです。むしろ先輩に遠慮したり、積極性がなかったり、緊張しすぎていたり。今回は同世代、ほとんどが年下の子と芝居してたんですが、昔の自分の姿がダブって見える気がしたんです。あ、これが今までの自分がやっていた事なんや、と。つまり、同じような事はもうしたらあかんなと。今は、早く次の現場に行きたいですね。もっと自分を試したいです。
ミジンコターボ
大阪芸術大学文芸学科卒業の竜崎だいちの書き下ろしたオリジナル戯曲作を、関西で数多くの外部出演をこなす片岡百萬両が演出するというスタイルで、現在もマイペースに活動中の集団、それがミジンコターボです。最終目標は月面公演(公式サイトより)。2014年春、解散。
大阪俳優市場
大阪俳優市場とは…
若手俳優の育成と発掘 若手俳優の育成と発掘を目的としたもので、売り出し中の芸能事務所各社イチオシの若手俳優、女優を舞台を通して芸能関係者にアピールするものです。3人の演出家からなるオムニバス公演。年に2回公演があり、1人だけではなく全員が主体となった形で、3人の演出家からなるオムニバス形式の3つの話を若手俳優、女優が演じます。若手俳優、女優発掘の場所 芸能関係者にとってはこれから芽を出す、これから輝く俳優、女優たちを見つける絶好の機会です。また、若手俳優、女優達にとっては自分をアピールするまたとないチャンスです!!(公式サイトより)
大阪俳優市場2014
公演時期:2014/8/27~31。会場:世界館。

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vol.376 真壁 愛

フリー・その他。

2014/春
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真壁

個性がめまぐるしく飛び交う、そんな日

__ 
学生演劇祭を通して、ご自身が一番好きな時間はいつですか?
沢  
それはやっぱり、学生の作品を一番最初に見れる時ですね。なんじゃこりゃ、というものもありますけど、でも、お客さんより大分感動しているとは思います。
__ 
なんじゃこりゃ、という作品もありますよね。
沢  
そうですね、面白いものもつまらないものも個性があって、自分の個性を好きなようにつぎ込める。それが許される。それは京都という土地柄の大きな魅力、懐の深さかなと。雑多な感じですね。小屋入りしてからはそういう個性がめまぐるしく飛び交っていて、面白いです。
__ 
楽しみですね。どんなお客さんに見てもらいたいですか?
沢  
やっぱり、同世代の学生には見てもらいたいです。演劇に近い文化系のサークルの人と、ジャンルを越えた交流が生まれたらいいなと。お互いに刺激しあって化学変化が起きたら。
__ 
反対に、演劇祭に来ないであろう方々に一言。
沢  
演劇というジャンルの、それも学生の作品。演劇というジャンルで声を上げようとしている(社会に対してか、同世代に対してか、それとも自分自身に対してかは分からないですけど)。それが最も凝縮して集まっている企画だと思います。是非、複数団体見て頂けたらと思います。
__ 
当日の現場の空気を感じてもらいたいです。きっと、普通の演劇とは違うし、もしかしたら他のどんな演劇祭よりも濃い熱量があるかもしれない。さらに、学生演劇を始めようと思っている方に一言頂けますか。
沢  
中高校招待枠を去年から用意しています。今年も早速申し込みがあったんです。是非、利用してもらいたいです。
__ 
学生演劇を辞めた方々に一言。
沢  
そうですね。学生時代の思い出って沢山あると思うんですけど、僕の場合は一つ上の先輩がいわゆる黄金世代。今でも忘年会を開いてくれるんです。後に続いている後輩が、今も母校で演劇をやっているんですよね。演劇をですね、是非趣味の一つとして。今住んでいる土地の演劇を見ていただきたいですね。

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青が繋がっていく

FJ 
言ってみれば、青い話なんですよ。「お母さんとファック」は。それをごまさんが果実にした、そんな感じです。
__ 
お客さんに、どう感じてもらいたいですか?
FJ 
何というか、思い出話を盛っているような気がして、少し警戒してはいるんですよね。普通にやりたいんです。とか言って当日はノリノリで感傷的なお芝居しているかもしれないけど。とにかく、思い出話をするという事で閉じた世界じゃないですか。それをもうちょっと公にするために、色んな人物を通して僕の話になるんじゃないかと思います。僕の話をごまさんがグレードアップして(いっぱい嘘も入って)、サリngROCKさんの絵にも引っ張られて、一日演出家のドラマベラーターの方にもお話を聞いて。それを僕が思い出して喋ると。
__ 
深みが出るでしょうね。
FJ 
出たらいいですよね。
__ 
そうして積み重ねた全ての関係性が出るんじゃないでしょうか、きっと。色んな人の仕事や意見が入っているものだと思います。
FJ 
大体、5~60分程度のお芝居になります。横山ショーキーさんに生演奏をお願いしていて、僕は出演者なんですけど音響や照明の操作も同時にやります。自分だけいいカッコしたいんちゃうかという気分になってきますけど、でも、面白いと思います。僕の青さの全てを・・・全てじゃないかな、一部を詰め込んだ話になっていると思います。
__ 
楽しみです。

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沈黙の空間に言葉が卸されて、また沈黙に帰って行く。ちょっと頭に思い浮かべていたら気持ちいいですね。安楽死みたいで。舞台上の光景が目に飛び込んできた時、その空間構造は我々の頭蓋骨と同調したもう一つの言語空間になる訳じゃないですか。役者は観客の物語を代弁するもう一人の自分たちで。彼らが黙る瞬間、脳が活動を止める、つまり死を仮想体験するという訳で、それはとても気持ちいい訳ですね。生と死を行き来しているのかもしれませんね。
市川 
役者を、凄く単純な物にしたいんじゃないかなあと。石とかと同じレベルの。「もうこの人は、喋る事は出来ないんだなあ」と思う瞬間。たまに思うんですけど、セリフを忘れた役者って美しいなあと。ウチの役者でよくセリフを忘れるやつがいるんですが、どうしたらいいのか分からない状況になりますよね。そして、その「セリフを忘れた」は舞台上どころか観客も分かるじゃないですか。
__ 
分かります。
市川 
凄く面白い瞬間だなあって。セリフを忘れさせるって難しいですけどね。あの時の面白さって何だろう。観客って、喋っている俳優を通して、本当は自分も語っているんだと思うんですよ。役者がセリフを忘れた瞬間、お客さんは「あ、他人だったんだ」と気づく瞬間なんじゃないか。一緒に頭が真っ白になる。あの空白は、カタパルト発射されたかのような無防備な瞬間になる。

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僕のむこうの風景

__ 
今日はどうぞ、よろしくお願いします。虚構の劇団「エゴ・サーチ」大阪公演、大変面白かったです。本当に面白くて。一番凄いと思ったのは、最後の修羅場のシーンからラストにかけての展開でした。情報量が凄くて、掛け合いの流れがまるで全員で一つの表現をしているかのような、物語演劇なのに、レビュー公演のようなあの一体感。そして清々しい、爽やかなラスト。
小沢 
ありがとうございます。関西での劇団公演はこれで2回目だったのですが、こんなにも喜んでくれる方が多くてびっくりしました。そうですね、清々しく終わったと思って下さったのは、もしかしたら一つには沖縄の離島でラストを迎えるというのが大きいんじゃないかと思うんです。誰もが一度は憧れを持つ場所だと思うんですよね、「南の島」。
__ 
確かに、作品の最初のシーンも島でしたね。
小沢 
この作品の稽古が始まる前の8月後半くらいに、物語の舞台のモデルになっている鳩間島に行ったんです。
__ 
沖縄の離島ですね。
小沢 
そこは本当に、1時間程度あれば徒歩でも一周出来てしまうくらいの小さな島で。風や光や、何か言葉にしてしまうとちっぽけに感じてしまいますけど、その通り大自然の中の島だったんですよ。
__ 
小沢さんは、その島を象徴するような役柄を演じられましたね。
小沢 
そうですね。初演と同じく、その島に住む沖縄の妖精・キジムナーという役柄です(笑)あの島にはじめて行って、改めてもの凄くプレッシャーを感じました。もう圧倒されて。この大きな風景の中、僕はただ一つの点だった。それを前に僕には何が出来るんだろうとか思った時に、役者として出来る大きな楽しみであり、大切な役割について気付いたんです。
__ 
役を演じる以外の?
小沢 
自分がここで受けたエネルギーを、舞台上から生で「伝える」ことです。すごくシンプルで当たり前のことかもしれないですが、それは実は一番大切なことなんじゃないか、って。島で実際に生きている人たちからもらった、生きる力。風景が持っている力。あの島で体験した空気の味や、波の揺れを思い出すと、イメージがぱーっと開いていくんですよね。僕にはそれが見えているし、それを感じているだけで、その僕を見てくれているお客さんはそこから想像をしてくれる。きっとこれは、僕が見ているものに真実味があれば、届くはずだと。ということは、そうか、伝えるというよりは「忘れない」ことなのかもしれないですね。感動を受けた風景を忘れないこと。出会った人たちとの感触を忘れないこと。それを舞台上で想う。そうすればきっと伝わるはずだと。それが、役者としての最大の楽しみだし、それをやらなくてはいけないのかもしれない、と。
虚構の劇団
劇団。詳細はリンクを参照のこと。
虚構の劇団「エゴ・サーチ」
公演時期:2013/10/5~20(東京)、2013/10/24~27(大阪)。会場:あうるすぽっと(東京)、HEP HALL(大阪)。

タグ: 役者の積み上げ 演技の理解、その可能性 キャスティングについて 情報量の多い作品づくり 俳優を通して何かを見る


人間

__ 
藤本さんの演出家としての特長は、ご自身ではどこだと思われますか?
藤本 
演出としての一番願っている事は、引いて舞台を見ていても、大事な瞬間にフォーカスがアップに見えるような感覚が作品に欲しいですね。そこにぎゅっと、そこに今マックスのエネルギーが掛かっている、濃厚な瞬間を舞台で実現したいです。役者としても、そこへのこだわりがありますね。
__ 
ありますよね。後ろの客席から遠くの舞台の人の、例えば振りかざしている腕が迫力を持って大きく見える瞬間。
藤本 
映画のアップみたいに、そこしか見えていないような瞬間がたくさんあるといいお芝居になるんじゃないかなと思います。
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集中しているという事ですね。
藤本 
大事だと思います。
__ 
集中している事が何故大切なのでしょうか。
藤本 
そこに人間が出てくるからだと思いますね。登場人物の人間像や、もしかしたら俳優が持つ人間性などが何ものをも押しのけるほどのパワーを持っていて、そこに見入ってしまう。そこに圧倒されてしまうし、惹かれます。もちろん、引いた目線の作品で素晴らしいものもありますけどね、やっぱりどうしても惹かれてしまいます。それを具現化していくのが本当に難しいんですが。
__ 
そうかもしれませんね。
藤本 
そこで思うのは、型を持たずに柔軟に行こうと。脚本や役者によって変わりますしね。もちろん、型を持つ方はたくさんいらっしゃいますし、本当に強くて魅力的です。が、僕はフラフラしながらの演出なので、うらやましいからこそマネ出来ないですね。
__ 
特定の型を作らない事で、飽きられないし、藤本さんご自身も飽きないんですね。

タグ: 役者の認識(クオリア) エネルギーを持つ戯曲 演技を客席の奥まで届ける 舞台全体を見渡せる感覚 俳優自体の人間力 俳優を通して何かを見る


行くべき時は行こうぜ!

藤原 
ここ数年、大事だと思っているのが「循環」という思想なんです。「金は天下の回りもの」という言葉があるけど、資本主義のシステムって、お金が循環しないと意味がないでしょう? それと、人が移動すること。移動によって、国境も含めたいろんな境界が揺らいでいく。僕は場が停滞しないように、循環するように、引っ掻き回すのが自分の役割だと思ってます。一種の道化ですよね。
__ 
というと。
藤原 
これは批判ではないので誤解しないで欲しいのですが、アカデミックな劇評家タイプだと、「研究」という側面がベースにあるから、どっちかと言うとどっしり構えた文章を書くことが多いと思うんです。
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構えた批評。
藤原 
いやそれ自体は悪いことじゃないですよ。一時的な流行に左右されないで、きちっとした研究成果を積み重ねていくことで後の世に大きな貢献を果たすかもしれない。その仕事はおそらくは重要なものを含みます。ただ、僕はそういう堅実なタイプではない。むしろもっと戦略的に、現実世界の様々な価値の境界を撹乱したい。そこに命賭けてるんですよ。どこにも所属しない、というストレンジャーだからこそ見えてくるものがあると思うから。アウェイの感覚をキープするのは結構つらいんですけどね・・・・・・。例えば北九州の枝光という小さな町に行って、そこで見聞きしたことを人に話したり記事に書いたりする。そこにひっかかりを感じた人が実際に枝光に足を運んだりする。何かと出会う。循環が起こる。それらの予期せぬ出会いが生まれていく可能性は閉ざしたくないと思っているし、そういう循環を促すような回路というか抜け道をほうぼうに生み出していく。四次元殺法的な感じで(笑)。でもそれが「メディア」の役割だと思ってるし、時代の過渡期にはそういう道化的な人物もそれなりの役目を果たしうると思う。今は引きこもりのフリをしてますけどね。
__ 
身軽さ、ですね。
藤原 
でも例えば「越境」っていうと聞こえはいいけど、失敗例もいろいろ見てきてはいるので、あんまり楽観視してないです。とはいえ、あの手この手で動いていく。偶然の出会いもできるだけ受け入れる。まだ出会っていない他者の存在を常に感じる。これはもう自分の手の範囲の及ばない、アンコントローラブルな領域です。ごく素朴に言えば、世界は未知の驚異に満ちているということです。これは雑誌「エクス・ポ」などを通してここ数年お仕事させていただいてきた批評家の佐々木敦さんの思想の影響もやはり受けているのかもしれません。というか僕の中にもともとあったそういう部分を佐々木さんに引き摺り出された気はしています。ただ、未知の世界を目の前にした時に、そこでの道化的振る舞いに関して、自分自身、正体がよく分からなくなってくる。きっといろんな誤解も受けてると思うけど、長い目で見たら自分の行動はそれなりに一貫しているような気もしています。表に見せていることは氷山の一角にすぎなくて、水面下で動いていることのほうがはるかに多いんですけど。twitterもある種の煙幕ですよね。忍術みたいなものです(笑)。
__ 
大切なのは、対話という事でしょうか。
藤原 
対話もそのひとつ、ですね。日本は表向きは単一民族国家だと未だに信じられていて、「私もあなたも同じだよね」という同調を迫る文化。それだと今後の世界に対応していくのは無理なんじゃないですか? すぐ傍にいる隣人が、自分とまったく異なるバックボーンを持った他者かもしれない、という前提で今後はコミュニケーションしていかないと、様々なイシューに対応できないと思う。
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なるほど。
藤原 
まあ、「和を尊ぶ」とか「阿吽の呼吸」みたいな日本式の文化の魅力もあるとは思ってます。だけど異なる他者との交渉力はきっと必要になる。解り合えない、という前提で何をするか。守りたいものがあるのなら、時には喧嘩だってしないといけないかもしれない。あるいは水面下で交渉し、あるいは正々堂々と議論する。行くべき時は行こうぜっていう。そこは今回の岩城京子さんのブログキャンプとか、あと武蔵野美術大学の「mauleaf」という学内広報誌も編集してるんですけど、そういう若い子たちに接する機会を通して、彼ら、というか女の子が多いので「彼女たち」でもいいんですけど、その視界にどんどん異物を放り込んでいきたい。みんな知識や刺激に対して貪欲だなってことも思うから、とにかく全力で球を投げ続けるっていう。

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アピ力

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同じアーティストでも、作品を深める事に集中する人もいれば、作品を社会にコミットさせたい人もいると思います。もちろん、例えの上での大別ですが。KUNIOはまさに後者でしょうか。
小林 
確かに、杉原はそういう面には長けているとは思います。プロデュース能力でしょうか。自分の作品をどう観てほしいか、この作品をどのような経緯や視点で製作を始めて、こういうところを見て欲しいと言える。「観てもらったら分かるんですよ」とかじゃなくて。そういう部分は秀でている。小劇場の中ではちょっと珍しいかもしれません。
__ 
それはそうですね。何によらず、アピールする力は本当に重要ですね。きっと、プロデューサーはもちろん俳優も磨いていくべき分野かもしれません。
小林 
俳優さんとなると、きっと照れがあるかもしれません。それに舞台はナマモノなので、観てもらってなんぼ。でも一年の内、そう何度もやっている訳じゃない。そう考えたらもっと、ワンチャンスをもっと大事にしないといけないですね。
__ 
オーディションというのもありますけどね。ネットの動画とかで充分に伝わればいいんですけどね。
小林 
やっぱり、自分がどういう思いで今の作品に関わっているかとか、好みの話に戻りますけど、自分の趣味や考え方をちゃんと表現してみたらいいんじゃないかなと思いますね。そういう人、少なくないですか。
__ 
そう考えてみれば、あまりいないですね。
小林 
好きな事や思想でもいいですけど、それを通した、その人の感性が分かればいいのかな。
__ 
アピールしたい人自身が持っている批評を通して、問題意識が分かればいいんですよね。
小林 
その人がその作品を通してどう考えたかを読めたら、その人自身への興味は湧くと思うんですね。さらに、その人がどういう人に影響を受けたかというのは、結構大事な情報なんじゃないかと思います。観に行くものを選ぶための。
__ 
文学でもその辺りの情報ははっきりしていますね。それが大きな潮流になっていくんでしょうね。そして、それが裏切られない作品が作られれば。

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ふるえるくちびる

__ 
ウミ下着はこれまで、どのような作品を作ってこられたのでしょうか。
中西 
結構長い間、自分自身の事を描いていたと思います。自分の性の事や、自分の生活について。ずっとそれを描いていたんですが、去年の震災を境に変わったと思います。
__ 
というと。
中西 
震災が起こった日、私、誕生日だったんですよ。それで誰も祝ってくれなくなったのがちょっと引っかかって。私すごく、自分の事ばっかりだったんだなと気付かされました。誰かに何かをしたいとか、寄付したいとか。そういう気持ちが素直に出てこなかったんです。それはどういう事なのかな、みんなどう思っているんだろう。そう考え始めてから、作品の作り方は変わったと思います。
__ 
どのように変わりましたか?
中西 
言葉または身体を使った対話ですね。さらに、それらを通して自分の考え方が揺らいでいくのが面白いなと思っています。
__ 
揺らぐとは。ご自身の考え方によっても、相手との関係性が変わる事もある?
中西 
自分が翻弄されたり、迷ったりすると、観客も一緒に考えてくれるようになるんです。多分、意見したくなると思うんですよね。私と一緒に悩んでくれるようになるんです。
__ 
例えば。
中西 
この間作った「ふるえるくちびる」という、震災と大阪に住んでいる私たちについてのドキュメンタリーみたいな作品。私たちの震災後の過ごし方を紹介したんですね。ゲストも呼んで、強い意見を言われたりしたらどうしようとか思っていたんですけど。それで実際、アンケートにも不快だったと書かれた方もいらっしゃったし、逆に、私たちと同じようにどうしたらいいのか分からなくなって戸惑っているという人たちもいたんです。いろんな意見があってそれが面白かった。それから、お客さんの方から発信したくなるような舞台が作りたいなと考えるようになりました。完成された舞台芸術じゃなくて、お客さんも巻き込んだ作品が作りたいですね。
__ 
ダンス作品でそれをやるというのは珍しいかもしれないですね。
中西 
ダンス関係の人からはダンスじゃないとよく言われ、演劇系の人からはコンテンポラリーダンスだねと言われます(笑う)。どっちでもないんだなと。どっちでもいいんだなと思います。

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地底人から始めたい、新しい流れ

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これまで何回か拝見していますが、ピンク地底人の芝居は前衛的手法とエンタ-テイメント性の融合が特色としてよく挙げられますよね。これは、どういうところから生まれるのでしょうか。
3号 
僕が考えて、役者の人にやってもらって、それが役者の体を通して生まれる事が多いですね。
__ 
「ある光」での、集団の行列による一人の人物のモノローグは大変面白かったです。役者が一列になって、順繰りにモノローグを述べていくという。
3号 
そういうふうに、毎回新しい手法を編み出すのが好きだと言って下さる人もいます。でも、それも最近はもういいかなと思えてきて。このところ、演劇関係全体で、手法がどうのという言い方が多すぎるんじゃないかなと思うんです。ポスト演劇という流れに、みんなそろそろ飽きているんじゃないか。そう思ってたところに今年の岸田戯曲賞の選評を読んだ。野田秀樹さんが「今後は脱ドラマじゃないものも望む」と。あ。やっぱりと思いました。なら、次のターンが始まるなと。僕はそこに一手を打ちたいなと思います。
__ 
地底人が旗手になりたいと。
3号 
そうですね。地底人から始めたいです。やっぱり関西だけでやってたら情報が伝わるのも遅いですし・・・そういう面で東京で作品を上演出来るというのはとても嬉しいです。
ピンク地底人空前の第8回公演「ある光」
公演時期:2012/7/8~10。会場:シアトリカル應典院。

タグ: 野田地図 俳優を通して何かを見る 前衛は手法から作る人々を指す 作家の手つき


向こう側

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骨フェチですか。美しいと思う?
岡田 
なんか、原点って感じがいいですね。最後にはそうなるんだろうなという、笑える感じがします。最終形態なんですよね。
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なるほど。粋みたいな感じですか?日本酒の材料の、中心まで削った米みたいな。
岡田 
そうですね。シェイクスピアで墓堀りが、骨をさらして「コイツ元は道化だったんだけど、今はつまんねーな、なんかおもろいこといってみろよーい!」みたいな台詞が大好きで。ああ、そうだなと思うんです。結局骨になっちゃうよね。滑稽で、しかも偉大よねっていう。
__ 
死んだ状態。我々が死んだ後、死という自然を認めたくなくて、周りのどこかに行ってしまった肉を追悼している訳ですからね。
岡田 
そこに残っている骨なんて、みんな一緒なんですよ。どんな偉い人でも、美人でも。見た目も何も、違う所から来る何かがあるんじゃないかなと。
__ 
違う所から来る何か?
岡田 
それは皮一枚の問題で。芝居している時も、内から来る何かは見た目すら騙せる可能性を秘めているのかもと思うんです。変な事言ってます?
__ 
大丈夫です。観客は常に、俳優ではなく、俳優が行なっている事件を目撃するべき存在だという考え方がありますよね。目撃されるその俳優の姿を通して、向こう側の何かを見れるんですよね。
岡田 
そうなんですよ。
__ 
肉のような汚れではなくて、声のような音じゃなくて。宗教じみてきていますけど・・・。
岡田 
気をつけなければいけないですね(笑う)突き詰めすぎると違う方向に向かいそうですが、本能的に感じてることなんです。
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でも、原理を持って仕事に当たりたいですよね。
岡田 
そう思います。無機質な骨に基づいて、直感的な予感を持つことが良いんじゃないかなと。自分、汚れで芝居している感じはありますけどね(笑う)でも、一瞬でも微かにでも、骨伝導的に伝えられればいいなあと思います。

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vol.223 岡田 あがさ

フリー・その他。

2012/春
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岡田

京都ロマンポップ 本公演「幼稚園演義」

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さて、京都ロマンポップの昨年の本公演「幼稚園演義」。大変面白かったです。歌舞伎の格好とセリフを用いながら、内容自体は幼稚園児の心情をデフォルメしたものだという形式が非常にユニークでした。後半、向坂さん演じる主人公の男の子の語りだったという事が明かされて、その仕掛けの意味が分かるという流れも良かったです。セットも映像も、とても凝っていました。
向坂 
実は歌舞伎にはあまり詳しくなくて。最後まで参考資料は使わなかったんですよ。変に引きずられるよりはいいかなと思って。
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なるほど。
向坂 
元々海外公演をしようと思っているんですが、その試作第一弾ですね。エセ歌舞伎を使ったちゃちい日本っぽさを他ならぬ日本人が演じる面白さが外面にあって、内容としては、日本という国の生活を、幼稚園児を通して伝えたかったんですね。日本人って意外とこういう所があるんだと、表現したかったんです。
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そういえば字幕もありましたしね。海外が射程にあったんですね。
向坂 
脚本家が、今海外に出ているんです。日本の文化を発進しようという思いもあって、僕が演出したら・・・という。形になって良かったです。
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もう一度観たいです。
向坂 
あれは再演したいですね。他にも、「沢先生」や「人を好きになって何が悪い」も、脚本を練ってもう一度再演したいです。
京都ロマンポップ第11回公演『幼稚園演義
公演時期:2011/8/26~30。会場:元・立誠小学校講堂。

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ジョハリの窓

平松 
やっぱり、舞台を作っていく上で、追求して楽しいのは定石にない未知の部分だと思うんです。友人と話していて、ジョハリの窓と言う自己認識のモデルについて聞いたんです。自分が知っている自己、自分だけが知っている他人が知らない自己、自分は知らない他人が知っている自己、自分も他人も知らない自己。そこにある世界を演劇を通して掘るのが、今の僕の仕事かもしれません。
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だから、新しい手法を用いる前衛劇が必要なのかもしれませんね。
平松 
その作品によって穿たれた点が穴になっていって、僕らが知っていって話合う事によって、たどり着けなかった世界をかいま見れるんじゃないかな。
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何故、知られていない自己を探すのでしょうか。
平松 
最後のフロンティアだと思うんですよ、自分の姿って。これだけテクノロジーが発達していても人間の心は全然解明されていない。結局はタンパク質と電気信号の諸相として総合的に説明されるんでしょうけど、何故動いているのかは分かっても・・・
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それが何なのかは分からない。
平松 
そうなんです。演出の三浦さんに声を掛けた時も未知の自己が動いたのかもしれない。何故彼なのか、実は僕も分からないんですよ。三人姉妹を見たときに、どうしようもなく気持ちが動いたんです。全く訳が分からなかったんですが、ものすごく面白かったんです。一ヶ月ほど「なんであの作品はああなっているんだろう」と悩んでしまったんですね。しょうがないから会いに行って、作品を作る事になって。
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話がうまく進んだんですね。
平松 
いえ、最初から狙っていった訳じゃないんですよ。でも一度動くと、僕の気持ちに比例して色々な事が動いていくんです。リスクヘッジの為に動かなかったりじゃなくて、思いつきでも動いたら、今のように全国でツアーになったりするんですね。自分の中ではきっと、目論見はあると思うんですけどね。
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モテ期ですね。
平松 
あはは(笑う)。でも、壮大な事をしているとは思います。

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「どくはく」

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さて、一人芝居フェスでの「どくはく」。大変面白かったです。
大西 
いやー。がっさがさの声で・・・。すみません。
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いえいえ、あのハスキーボイスが良かったと思います。
大西 
みなさん慰めのようにそう仰ってくれるんですよ。申し訳ないです。
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あれはシチュエーション的に、大西さん演じる袖にされた女が、浮気している彼氏に、既に怒鳴った後だと思っているので。あそこで声が枯れていたというのは正しかったと思います。
大西 
ありがたいです。皆さんそう思っておいて下さい(笑う)。
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浮気されている女でしたね。
大西 
私の中にもある気持ちだったんですよ。でもそういう役はやったことが無くて。脚本を見たとき、これが来たか!と思いました。
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演出の上原さんは大西さんのずば抜けた身体性を生かして、内面からわき出る怒りをそのまま表現したかったと言ってました。
大西 
そうなんですか? ずば抜けた身体性?日呂さんは直接ぜんぜん誉めてくれません(笑う)。男性にしたら、あの役はめんどくさい女だなと思われるんじゃないかって思ってました。
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面白かったですよ。あの「袖にされている」というのは誰の心にも生まれる気持ちだと思うんですよ。大西さんみたいな女性的な人が、恋愛というドロドロした関係性を通して、人間性を突きつけた作品だと思っています。何だろう。暗い失恋ソングを聞いて、癒されるみたいな感じですよね。
大西 
良かったです。もう一度、やりたいですね。
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いいですね。もう一回、じっくり見たいと思います。
「最強の一人芝居フェスティバル」INDEPENDENT:11
公演時期:2011/11/24~27。会場:in→dependent theatre 2nd。
「どくはく」
出演:大西千保×脚本:玉置玲央(柿喰う客)×演出:上原日呂(月曜劇団)。

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サワガレ「あいめまいみめい」

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そんな三國さんが作られた芝居ですが、実は私は2本しか拝見していなくて。まずは「あいめまいみめい」ですね。宮崎の狂牛病と昭和の怪事件をモチーフにした作品でした。この素材は、どこから生まれてきたのでしょうか。
三國 
当時、宮崎での狂牛病がヤバいとか、日本は終わりだ、とテレビなんかでも報道されてたんですけど、肝心なところはなにも伝わってこない。変な話、すごく隔たりがあるように感じたんですよ。向うで牛が次々と感染しているのに、スーパーに行ったら牛肉が売られている。価格もそんなに違わない。騒がれている事件と僕の間に、見えないけど距離があるように思ったんですよね。それを芝居にしようと思ったのが始まりです。
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あの時は日本中がその事でばかり騒いでいましたね。それとはあまり関係がなさそうな下山事件も、切り口の一つになっていましたが。
三國 
口蹄疫と似たような話ですが、下山事件が起った当時と今の日本の間のにある隔たりが気になりました。戦後すぐの時期で、革命がどうとか、学生運動がどうとか、日本の共産主義が元気あったりとか・・・。色んな資料を読んでも距離感があったんですよ。宮崎も下山事件も、両方共現実に起こったことかもしれませんが起こったことですが、今の僕自身の生活との距離感が拭えなかったんですよ。
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その距離感は、いつ頃から感じられたものですか?
三國 
感覚として、分からない事があると気付いた日からですね。例えば、僕から見て全然分からなかった芝居を他の批評家が見事に切り口を付けて解説してることあるじゃないですか、僕には感じえないものを感じる人がいる。逆に言えば僕にしか感じられないものもある。もしかすると、演劇を通して身についた感覚かもしれません。
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客観的な批評を通して対象と自分との間に距離を見つけたと。
三國 
そうですね。逆に、必ず批評を出来なくてはいけないのか?という疑問も出てきたんですよ。出来る奴はする、出来ない奴はしない。僕は批評をしたいと思ったらするし、何も感じないものは放っておくし×。それが僕の感性なのかな、と、今は思っています。
サワガレ「あいめまいみめい」
公演時期:2010/9/10~2010/9/12。会場:アートコンプレックス1928。

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AAF リージョナル・シアター2011-京都と愛知-
京都舞台芸術協会プロデュース公演『異邦人』

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今回の山岡さんの「異邦人」。台本はまだ読んでいないのですが、絆というほどロマンチックなものではない、人間関係そのものが抽出される話なんじゃないかなと勝手に想像しています。どう読まれましたか?
押谷 
私もまだ模索中なんですよね。とても日常的なんですよ。身近なんです。人というものが抱える寂しさとその先にある祈りのようなものを浮き彫りにする作品なんじゃないかなと思います。
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寂しさ。それはどのようなものなのでしょうか?
押谷 
人って、誰しも孤独だと思うんですけど、そういうものを抱えながら人と関わり合いたいんですよね。その時の辛さや、確かな感触を通して、「人」を描き出した作品だと思います。
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なるほど。避けようがないですからね、孤独って。
押谷 
難しいんですよね。人と関わる上で、例えば強がったり、ウソをついたり。その人が内側で求めていることが、たくさんのフィルターを通して相手に届く。届いた時には、なんだかおかしな事になってしまっていたみたいな。
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会話劇でですか?
押谷 
そうですね。日常的なんですよ、どこにでもいるよね、という人たちなんです。そこがまた、共感出来るポイントだと思います。
AAF リージョナル・シアター2011-京都と愛知- 京都舞台芸術協会プロデュース公演『異邦人』
山岡徳貴子・作。柳沼昭徳・演出。公演時期:2011/6/9~12(京都)、2011/6/18~19(愛知)。会場:京都芸術センター、愛知県芸術劇場小ホール。

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