いまでもどう受け止めていいのか分からないあの出来事

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さて、笑の内閣の「福島~」について。京都公演がひと月前に終わりました。どんな反響がありましたか。
横山 
アンケートを見ると「福島に実際に行ってみようと思った」とか、純粋に興味を持ってくださった方が多くて。「福島に対して何も考えていないじゃないか」という感情的な否定意見はほとんど無かったように思えます。距離が離れているからこそ、そういう引いたところからの意見が多かったのかもしれませんが。
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ご自身としては、福島に対してどんな意見を持つようになりましたか。
横山 
稽古に入る前に今回の座組の方たちと福島に行ってきて、かなり認識が変わりました。放射能による被爆や津波の怖さが、自分の中で凄くリアルになって。町や駅が流されてしまった光景や立ち入り禁止のゲートや誰もいない住宅街。津波や地震の被害と原子力事故による放射能漏れが与えた被害は当たり前だけども違うんだなとか。被災にあった人もそれぞれ違う意識を持ってるだろうし、ましてや被災にあわれた方と僕らとでは、と考えると。
__ 
そうですね。現地にいた人たちとの意識の違いは大きいですよね。
横山 
震災のあったその時間、僕は京都で演劇公演の総括をするミーティングをやっていまして。後輩が携帯で「これちょっと見て下さいよ、こんな事が起こってるらしいですよ」って見せてくれて。現実感が無かったんですよね。どう受け止めたら良いのか分からなくて。その日家に帰ってTVを付けたら砂嵐で、でもネット上からはどんどん情報が入ってきて。悲惨なことが起こっていて。けども、自分の周りが劇的に変わることはなくて。本当によくわからなかったんですよね。でも3年以上経って、実際に現地に行ってみて、自分の中の震災の衝撃や問題意識が形になったというか。
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この間、作演出の高間さんがNHKのラジオに出演されましたよね。その時のtwitterの感想に、「観光地化計画」という副題がどうしても傷ついてしまうという意見がありました。正直それはそうだろうなと思ってしまいますよね。
横山 
ただ、高間さんもラジオで言っていた通り、強い言葉を使う事で興味を引くという。それは手段としてはあると言っていて。
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果たして、被災地としての福島に興味本位で遊びに行っていいのか?という問い。でも、少なくとも、これを演劇で問うのはやっぱり意義があると思うんですよね。ダークツーリズムが今回のテーマですが、理不尽に傷付いた人間に対して、どのように相対するべきなのか。実際にコンタクトして、どんな作用が生まれて、誰が救われたり、あるいは誰かが傷付いてしまうのか? そこは演劇こそが特権的に考えられる領域なんだと思う。直接のコンタクトを主体にしたメディアだから。
横山 
僕自身も今回初めて笑の内閣さんの芝居に出させてもらって、高間さんの考えに触れて。高間さんが最終的にどういう作品にしたいのか、僕もすべて掴んではいないかもしれませんが、今回、この役で呼ばれた役割を果たしたいですね。自分が出ることで、このお芝居がより見やすいものになればと思っています。

タグ: 震災 ウェブ上の感想 生きている実感 アンケートについての話題 大・大・理不尽


役者の条件

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役者の魅力が引き立った今回。石畑さん以外にも、銃を突きつけられた時のイチイチ微妙なポーズになる松原さんのセルフボケツッコミや、佐々木さんの身振り手振りを交えた微妙なニュアンストークのシーンも良かったです。私の席からは芝原さんの顔が半分だけ見えて、意味不明な別れ話を告げられる理不尽さが引き立ってました。その後ろから冷静な福谷さんが見えていて、その絵が映像的で良かったですね。
福谷 
あっはっは。
__ 
東さんの、まるでトラック野郎のような男口調が何故かやたら似合ってたし、杉原さんは声とアクションが素晴らしかったです。さて、福谷さんにとって魅力のある俳優とは?
福谷 
それ、この前twitterで書こうとして止めたんですけど・・・発汗を自分で調節出来るのが優れた俳優なんだろうなと思います。ていうような事をちらっと思いました。
__ 
あると思います。
福谷 
自分の身体を管理出来る人。
__ 
私がいる劇団に昔いた役者さんが、めっちゃ上手い人なんですけど、長台詞の間の瞬きの回数を調節出来ると称されてましたね。
福谷 
そうですよね、そこに自覚的であるべきですよね。ウチの劇団のメンバーがどうかというと出来てたり出来てなかったりするんですけど。意識が及んでいるのがいい俳優なんですよね。

タグ: 大・大・理不尽 自覚的になりたい


大理不尽

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坂本さんの作る作品は、この世にあってどのような存在であってほしいですか?
坂本 
一つあるんです。モテない、鬱屈としたヤツのハケ口。これさえあれば生きられる、みたいな。「いいなあ、こいつら、アホやなあ」と思ってもらいたいです。僕もそういう人たちに励まされてきたんですよ。筋肉少女帯やみうらじゅんさん、そういう人たちに救われてきたんです。目指せ、演劇界のGAROですね。
__ 
サーカスみたいな見世物になればいいんですよね。
坂本 
そうですね、見世物になりたい。
__ 
最近、観客の感情移入について考えているんです。会話劇を見る時、セリフを投げかけられた瞬間の役者って、観客の頭の中では「特定の誰か」として意識されている訳じゃないなあと。
坂本 
ええ。
__ 
極端な例で言うと、空中ブランコから落ちて地面に激突する瞬間、その身体は誰かという属性なんて持っていなくて、砕け散る肉体としてしか印象されないんじゃないかなと思っていて。そして、観客の肉体的感覚はその時の誰でもない身体に強く移入し、その身体が臨む破壊を直観し仮体験するであろうと。であれば、役者に炸裂したエネルギーはそのまま観客の脳みそにて客を焼くんじゃないかと思うんですよ。それは快感を伴うに違いない。だから、処刑の瞬間の理不尽を、尖った劇団には期待してしまうんです。
坂本 
分かります。僕も理不尽見たいです。
__ 
これはもう、世界平和とは完全に関係ないですけどね。
坂本 
真裏ですもんね。
__ 
でも、ハケ口は必要ですからね。
坂本 
そうですね、TVドラマで気が晴れる人もいますけどね。

タグ: 肉体、重心 賛否両論 見世物 大・大・理不尽


應典院舞台芸術祭space×drama2013 特別招致公演 ミジンコターボショートショートvol.11「ゼクシーナンシーモーニングララバイ」

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前回の公演「ゼクシーナンシーモーニングララバイ」。大変面白かったです。当初私は楽しいお芝居を期待して劇場に行ったのですが、実際に受けた印象はそれとはかけ離れた、個人の心情に触れる作品でした。話の筋は、人生に迷って生きる優柔不断な男・シンイチの後をヒロイン・ナンシーが付いて行くというもので、男女同権主義者としては心にクるものがあったんですが、やはり一人の男として、彼の人生は果たして幸せだったんだろうかと。ハッピーな結婚の話だったんですが、そう考えると哀しい感情を掻き立てられるような・・・人生で仕事を見つけられなかった彼は、死後、天国で最高に幸せな結婚式を迎える訳ですが、それは彼の人生にとっては本当の幸せなんだろうか?この話、片岡さんはどのようにして生み出されたのでしょうか。
片岡 
まず、すんごい遠い題材でやりたいと思っていて。僕自身が結婚願望がそんなにないんですよ。じゃあいっそのこと、結婚をモチーフにしたお芝居にしようと。さらに、言い訳ばっかり口ばっかの守るものもない、何の目的もなく生きている男の話を書きたいと思ったんですね。言い訳する奴の話が書きたかったんです。
__ 
なるほど。
片岡 
そして去年、公演直前に入院した話。
__ 
本公演「シニガミと蝋燭」の時、ですね。
片岡 
誕生日の前日にやっちゃって病院に搬送されたんです。ところで入院すると、名前や番号や誕生日が書かれたバンドが手首に巻かれるんですよ。次の日が誕生日だったから一日限りのバンドだったんです。なんや、年齢変わるんかいな、と。稽古場もバタバタしていた状況だったので、僕の状況が誰にも伝わっておらず、期せずして誰も近くにいない、祝ってもらえない誕生日がやってきて、逆に気持ち良かったんです。一人や、と。病室はカレンダーはあったんですが時計が無くて、時間も分からないみたいな残酷さを感じて。人に迷惑は掛けているけど開き直るしかない境地になってました。だって、もう申し訳ないという言葉を重ねてもしょうがなくて。病室から稽古場に連絡を取って、役者さん達に頑張ってもらったんです。そういう、ちょっと死を感じるような事があったんです。人が周りにいっぱいおるけど孤独感がある。そういう感覚は女性には分かってもらえないんじゃないかと思ったんですね。それをやりたい、というのが原動力かなあ。
__ 
そのリストバンドの存在が印象的ですね。誕生日が書いてあるものを手首にはめられるのはちょっとショッキングかもしれません。いや、填めてみないと分からない感慨でしょうけど。
片岡 
そうなんですよ。それにもうその歳ちゃうがなと。もう歳食ったんかいと。去年から入院していたような気になってしまって・・・。劇団員が千羽鶴折って持ってきてくれて、千足りてなかったんですけど。なるべく早く退院したくて、リハビリ以外の時間も頑張ったんですよ。夜中に病院脱出しようとしてみたりして、めっちゃ怒られました。力づくで病院の玄関をこじあけようとしたりして(笑う)。
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「ゼクシー」の主人公のシンちゃんも、言ってみれば寂しい人生だったんじゃないかと思うんです。あの特殊能力も活かせないまま。
片岡 
そうですね。
__ 
私にとっては虚しくて泣ける話でした。
片岡 
男性全てがそうだとは限らないんですが、知人の結婚式にいくと、やっぱり新郎さんではなく新婦さんにフォーカスが当たるんですよね。でも満足気なんですよ。目立ってないけど。目立つ事が良い訳ではないけど。女性がやりたい事をやっているのを見て満足しているというのが、男にはあるんじゃないか。ちょっとロマンチックですが、それを見ているだけでプライスレスというか。シンイチの人生に関して言えば、それが一番のご褒美だったんじゃないかと思うんです。自分が演じてきて、それを感じましたね。
ミジンコターボ-10『シニガミと蝋燭』
公演時期:2012/7/27~29。会場:ABCホール。

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距離

渡邉 
役者さんって、簡単に何かになれたと思いがちじゃないですか。神様だったり、デンマークの王子だったり、80歳のおじいさんとか。嘘付け!って思うんですね。でもやるんですけどね。
__ 
ええ。
渡邉 
でも、違うじゃないかと。じゃあ、そうそう簡単にせりふなんて言えていいのかと思うようになったんですね。どういう風にセリフを言えようか。役を作り込めば作り込むほど、模写も演技も完成度を高めれば高めるほど、「君80歳じゃないよね」って。そんな問題じゃないのかもしれませんけど、今は何となくそう思っています。客席には僕の正体を知っている友人知人がいるんです。
__ 
前回の公演ではどうなさっていたんですか?
渡邉 
これは稽古場でも話されていたやり方なんですけど、自分がその役を説明する意識を持っていました。「家族を理不尽な殺され方をして、それで悲しんでいて、いま人を監禁していて・・・」って。その説明が重なっていけばいくほど、僕との距離が近くなるんじゃないかなと思うんです。

タグ: 嘘のない 大・大・理不尽


あ、これ炎やわ、バートラム暴れてる

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「バートラム」の前半のシーンで、片岡さんが演じるバートラムが牢獄で威張るシーンがありました。そこで唐突に、ダンスシーンが始まりましたよね。音響照明も使って、ダンスチームも出てくる、迫力のあるショーが。あれの運び方は凄く理不尽なのに、強力な説得力がありました。あれはナンセンスで、祝祭的なものを感じたんですよ。何だろう。
竜崎 
あれは、何でああいう風になったのか・・・。普通に牢獄のシーンを書き進めている内に、バートラムが暴れだしたんです。
__ 
おお。
竜崎 
何やろうなあ。牢獄に閉じ込められるシーンを想像したら、私が抑圧に対抗してああいうシーンになったのかなあ。
__ 
なるほど・・・。理不尽というよりは、当然なのかもしれませんね。言葉が無いだけに、視覚言語になっていたと思うんです。一気にお伽話の世界に引きこまれました。
竜崎 
私もあそこは好きなシーンで。私、本を書くのと同時に選曲もしていて。結構序盤に。あの時に流した曲を聞いてのインスピレーションだったかもしれません。あ、これ炎やわ、バートラム暴れてるって思って、ほんならこういうパフォーマンスが出来るわって。
__ 
それは、どういう創作のスタイルと言えるのでしょうか。
竜崎 
私が、想像が立ち上がらないとどうしてもシーンを思い描く事が出来ないんです。曲を聞くと、ばっと立体的に広がる。テーマソングからタイトルが決まる事もあります。これ、他の作家さんが聞いたらどう思うか分からないですけど。
__ 
戯曲を書く竜崎さんは、一つの大きなうねりになっていると捉えた方がいいのかもしれませんね。

タグ: 大・大・理不尽


「ばーかばーか」への恐怖

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俳優としての殿井さんって、私はすごく魅力的だと思っていて。何だか、生活感はあるのにすごく緊張感が漂っているというか。弱男ユニットの「教育」を見たときにもそう思ったんですよ。
殿井 
あー・・・
__ 
生活感はするけど、異常な感じがする。どことなく罪のにおいがするというか、申し訳なさというか。
殿井 
生活感。例えば、先述の弱男ユニット「教育」では、私が演じた鈴木という女の人が、「妊娠資格者試験」(※)に落ち続けていて、やけと理不尽への反抗心から犯罪に走ろうかというところまで追い詰められていきますね。そのあと、ヒモにふられて制度自体を変えていこうと吹っ切れるわけですが、関西弁のセリフでしたし、はじめは他愛のない会話から始まるので、生活感があるのかも。
__ 
そうそう、エゴを前面に出す台詞表現でしたよね。ピンク地底人の「EX.人間」もそうだし。
殿井 
いわれてみると自分の不満をひたすら訴える、という点においては共通していますね。
__ 
ええ、緊張感にあふれた演技でした。
殿井 
『EX.人間』、『教育』、『こいのいたみ』とよくじゃべる、それもちょっと恨み節というか、なんというかをひたすらしゃべり、しゃべりまくる。
__ 
そういう役でしたね。
殿井 
これまで死体の役とか倒れる人とかどちらかというと寡黙な役回りで、しゃべり言葉に近い言葉をもらうことになると責任重大だなぁとおののいてしまうところはあります。たとえば「ばーかばーか」とか何とか、舞台上で言うことになってるときに、いったことないですけど、普段の生活ではそんなこと言っちゃいけないことになってて、それを敢えて言うっていうのはリスキーなんですけど。暴力性を承知で意図的に書かれている言葉なわけですが。でも観ている人にとってある台詞がたまたますっごい傷つくわーっていう琴線に触れちゃうような、食いあわせの悪い言葉になるかもしれないなとか、色々考えてしまいますね。

タグ: 凶暴な役者 資格を取ろう 大・大・理不尽 暴力


vol.165 殿井 歩

フリー・その他。

2011/春
この人のインタビューページへ
殿井

手段としての殺陣

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さて、前述の会話が出来ていない芝居をですね、「仮エンタメ系」と呼ぶことにしましょう。ZTONさんはそれ系と違わせる為にどのような事をしているのでしょうか。
河瀬 
実は、日本刀と殺陣が大好きなんですよね。いつか振るってみたいなあと。でも、殺陣を見せられて楽しいか?というと、僕は楽しくないんですよ。なので、究極的には殺陣は入れたくないんです。話の要所に入れることはありますが。なので、言い方は悪いですがオナニーにならない殺陣の作り方を研究していますね。
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それはどのような。
河瀬 
「ここでこうきたらこう返す」みたいなセオリーには頼らずに、必要なだけの殺陣を作っています。言ったら、目的ではなく、手段としての殺陣なんですよ。ダンスもそうですし。でもそれらを目的としてしまったら、仮エンタメ系となってしまうと思うんです。
__ 
なるほど。では、殺陣などの部分以外の、作品そのものの製作としては。
河瀬 
一番描きたいのは、人間の内面です。一般的に演劇というのは、それを普通の会話劇を通して描いていると思うんですけど、それも見ていて面白くないんですよ。確かに芝居が進むにつれて、キャラクターの心に微妙な変化は表れてくるんですけど、そういった会話劇を見せられても・・・。三谷幸喜の劣化版だと思っちゃうんですよ。例えば初めて演劇を見る人が「どんなんだろう」と思ってちょっと観に行って、そういうものを見せられたとしても絶対に面白くないと思うんです。そこを劇的に、意図的に見せなくてはと思うんです。ダンスや殺陣は、そのための手段として入れていますね。
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例えば、前回の「月黄泉ノ唄」では、主人公の死に別れた筈の妹が鬼として再び現れて、彼女の生への執念と向き合わなければならなかったと。そこで彼の、新しい時代を開きたいという理想とのジレンマが発生していました。結局、妹とはもう一度死に別れなければならなかった訳ですが、実は主人公は芝居が始まった頃よりずっと強くなっていたという、成長を描く物語でもありました。さて、そういった物語を、観客にどのように受け止めて貰いたいのでしょうか。
河瀬 
偉そうなんですけど、「この国はおかしい」と。僕自身は、作品に出てきた蜜さん演じる安陪清明と同じく、世界の矛盾・理不尽を破壊したいなと考えています。この国を疑問に思って貰いたいんですよ。ちょっと政治的かも知れませんけど。
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なるほど。だから、単に激しいだけの仮エンタメとは違うんですね。そういえば、今年の3月の「沙羅双樹のハムレットという作品もそういった面がありました。
蜜さん演じる安陪晴明
陰陽師・安陪晴明を怪演とも言える熱演。
沙羅双樹のハムレット
劇団ZTON vol.3「沙羅双樹のハムレット」公演時期:2008.3.6~9、会場:東山青少年活動センター 創造活動室。

タグ: 「初めて芝居を見たお客さん」 表現=「自己満足、オナニー」? 手段を選ばない演劇人 俳優を通して何かを見る 大・大・理不尽