和田くん

__ 
これまでに自分を変えた舞台とか出来事ってありますか?別に演劇関係じゃなくても大丈夫です。
和田 
そうですね。僕の場合は演劇じゃないですが、トマト祭りを日本でやろうと学生団体を立ち上げた事があって。
二人 
(笑う)。
和田 
日本でトマティーナをやろう、みたいな。大学では起業家精神育成ゼミという団体に入っていたり。でも、メンバー内部の状態があんまりよくなかったり、実際スペインに行ってトマティーナを体験したら、何かちょっと違うなと。
__ 
というと。
和田 
1万人2万人がいてトマトを投げ合って盛り上がる祭りだと思ってたんですが、日本人という事であんまり輪に入れてもらえなかったり・・・あとはその、風土の問題というか。スペインでやるから良いものだったんですよね。日本でしか出来ないイベントがあるんじゃないかと思って、「マンオブザラストサムライ」というイベントとか考えついたんですがそれも頓挫して。まあそれはいいとして。
__ 
伊藤 
マンオブザラストサムライ」気になる。(笑う)何するんかちょっと教えて。
飯嶋 
まあその、日本人て刀を差した時の燃え上がる大和魂というのはハンパないんで、腰に刀差して(安全な奴です)、腹とか急所に風船をくくりつけて、甲冑を付けて全員で切り合いをして、最後まで残っていた男がその年の日本男児や、みたいな。福男みたいな。これは僕の夢なのでいつかやりたいと思ってるんですけど。
飯嶋 
(笑う)
__ 
それは是非やってほしいです。
和田 
そんな企画も落ちた時に、これから僕はどうすればいいんだろうと。いつもお世話になっている人に相談したら、「お前はいつも、頑張ったら手の届きそうな事にしか挑戦せえへん。自分が怖いなと思うような事には挑戦せえへん。やったらスゴイ思われるような事ばかりやっとる」と。本当に自分が気になっている事、つまり俳優ですね。自分が行ける気はしなかったんですけど。トマティーナも「マンオブザラストサムライ」も頓挫したのをキッカケに、俳優への挑戦を始めたという感じですね。
__ 
ありがとうございます。いや、マンオブザは気になります。舞台上でやってほしいです。
飯嶋 
(笑う)やりましょう。
__ 
伊藤さんは。
伊藤 
2年前『Justice Anco』という、演劇部時代に飯嶋が脚本演出した作品です。そのときたまたま、PEOPLE PUPLEの宇田さんが見にいらしてて、僕に目を付けて頂いて。そこから出させて頂くようになって。自分が、ちゃんと俳優というものに意識し始めたのはそれが最初でした。飯嶋には頭があがらないですね。
__ 
ありがとうございます。俳優という、95%が地味な作業で占められる仕事。その上で求められる仕事の成果は、やったらやっただけ出来る性質のものではなくて複雑な上、責任もあくまで個人で背負わなければならないという酷な役割でもあって、そこに踏み出しただけで賞賛に値します。飯嶋さんは?
飯嶋 
僕はですね、東京セレソンデラックスの「夕」という作品の深夜放送を高校の頃に見た事ですね。演劇作品を見て、初めてボロ泣きしてしまって。ここまで人の感情を動かせるものなんや、と。そこから取り組み方がガラッと変わりました。感動して涙が止まらなくて。和田くんの言ってたみたいに、ふわっと軽くなって「あ、今日なんかいい一日や」と思えたんです。これが芝居かと。今までやってた芝居ってなんやったんやと。僕も、人にそういう影響を与える芝居をやりたいですね。
__ 
なるほど。そういえば私は何に感動したかな・・・そうだ、最近、ようやく青年座の作品を拝見したんですよ。実は新劇を見るのが初めてで、もう偉く感動して。一つのシステムに体系付けられた演技の学問を、俳優全員がそれぞれ深めて進化し続けているというのを印象じゃなくて体感したんですよね。
飯嶋 
最近、奇を衒ったみたいな作品が多いという印象を受けてまして。「俺らのやってるのは違うぜ」というのじゃなくて、「僕らは皆さんがやっているのと同じ事をしっかりやりました、さあどうぞ」と提示したいですね。いかんせん、このメンバーは突出した才能がある訳でもないフツーの人たちなんですよ。どう攻めるべきか?だったら、王道を一歩一歩歩んでいこうと。ただちょっと、2月の公演くらいは遊びを入れようとは思います。でも基本的には王道を歩んで行きたいですね。まあ僕らまだ若いんでこれが演劇だみたいに決めたくはないですけど。社会の中で誠実に演劇を作っていきたいなと思っています。

タグ: イベントの立ち上げ めっちゃ泣いた・号泣した ターニング・ポイント


とにかくやってみよう

__ 
松原さんの、最近の役者としてのテーマは何ですか。
松原 
最近は、とにかくやってみよう!というのがありますね。凄く。今、自分の中で芝居が凄く楽しくなっていってるんです。これまでは出来ない事だらけで苦しかったんですけど、最近は「出来なくてもいいじゃないか」ぐらいには思えるようになって。
__ 
素晴らしい。
松原 
人に嫌われたくなくて極度に自意識過剰だったのが、今やっと人並みに落ち着いてきたのかもしれません。失敗して嫌われてもいいやと思えるようになって、何でもやってみよう精神になったんです。すると、芝居ってこんなに楽しかったんだと思えてきて。出来ない事は山ほどありますけど。今は出来ない事は自分の伸びしろを発見したと無理矢理思うようにしています。
__ 
素晴らしい。では、今、注目している劇団員は。
松原 
これは全員ですね。本当に。最近になって入った新しい団員の存在もみんな面白くて注目しています。彼らが入って来たのが私自身のターニングポイントになったというか、正直凄く刺激を受けました。これからも、もっと盗んでいけたらなと思ってます。元々いる皆は、成長の幅が見えると焦りますね。うわぁ、あんな事も出来るようになったのか!みたいな。

タグ: ターニング・ポイント


ク・ビレに出会う

__ 
そして今。せんのさんはク・ビレ邸のブッキングマネージャーをされているんですよね。その経緯を教えてください。
せん 
三名刺繍(劇団レトルト内閣)さんと出会ったのがキッカケですね。私はその頃、バカなイベントばっかりしていて。ハゲヅラ被ったりとか。それをご覧頂いた三名さんが気に入って下さって、交流する内に「おもしろい場所があるよ」と連れて来て下さって。
__ 
なるほど。
せん 
その時やりたかったイベントに、ここが合ってて。良いなと思ってやらせてもらって。実は三名さん、ここを運営されている佐藤香聲さんの劇団に所属されていた時期があったそうで。それから香聲さんにイベントの受付手伝いをお願いされるようになって、出入りし始めたら、いつの間にかブッキングマネージャーになってたんです。
__ 
なるほど、いつの間にか。
せん 
イベントをやるのも好きだし、バーテンダーをやっていたので受付も好きなんです。色々とやらせてもらえるのが嬉しいですね。それから、誰かと誰かを繋げるのが結構好きなんです。ここをキッカケに誰かと誰かが一緒に何かを作るのを目の当たりにすると充実感がありますね。
__ 
つまり、ミナミの帝王ですね。
せん 
(笑う)今は、佐藤香聲さんが代表を務めるアートプロジェクト集団「鞦韆舘(しゅうせんかん)」に所属しています。

タグ: 人脈を繋げる 生きている実感 ターニング・ポイント


僕の折れた音

__ 
伊藤さんの、役者としてのターニングポイントを教えて下さい。
伊藤 
昔、AI・HALLでの芝居に役者として参加した時に大失敗した事です。クライマックスのいいシーンで女の人の名前を呼ぶんですけど、その時思いっきり噛んじゃって。何言ってるか分かんなくなっちゃったんですよ。終演後に色んな人に怒られました。なんでそんな事になったかというと、やっぱり度胸が無かったからなんですね。
__ 
それはへこみますね。大切な時に、落ち着いて実行出来るかという事でしょうね。
伊藤 
はい。だから、プロとしては絶対無理やなこれ、と思ったんですね、こんなんでへこたれてしまうし。
__ 
いい意味でのターニングポイントはありますか?
伊藤 
高校から演劇部だったんですけど、大会に出て、自分の演技で拍手が起こったんですよ。一応、この場では認められているんだって思って。大学入ってからも続けようと思いました。
__ 
それも、これが最後なんですよね。
伊藤 
多少噛んだぐらいじゃ何でもないような勢いで行きます。

タグ: 拍手についてのイシュー とんでもない失敗をしてしまった ターニング・ポイント


vol.353 伊藤 泰三

フリー・その他。

2014/春
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伊藤

あれから

__ 
永津さんがお芝居を始めたのはどんな経緯があったのでしょうか。
永津 
まず、中学の時に演劇部の友達と仲良くなって。それから高校演劇まで続けてました。大学に入ってからは2年ほど辞めていたですが、短大の友達が就職していくのをキッカケに、私も自分の方向性を決めないといけない。そこで劇団ひまわりに入って、今に続いています。
__ 
ありがとうございます。演劇を始めた初期で、転機になった作品があれば教えてください。
永津 
演技集中コースの卒業公演で、「パレード旅団」をやったんです。ダブルキャストでやったんですけど、それが私の中ではいい体験をさせて頂いたなと思います。研究生の最後に一致団結して一つの作品を作る。今となっては有り難い経験だと思うのですが、当時は「それは甘えなんじゃないか」と当時はしていたんです。「全員で力を合わせる」という事が。
__ 
とてもよく分かります。皆で力を合わせる。そう、難しいですよね。
永津 
研究生の時はそれが出来なくて。結構、個人主義というか、そんなスタンスでいたので。
__ 
そうそう、他人に任せるのが苦手で、結局自分でやった方が早い、とかね。
永津 
でもその公演の最後に、「これが全員でやる」って事なんだって実感があって。今も同じ事をしている。あの時に経験しておいて本当に良かったです。

タグ: 他人に任せることの難しさ ターニング・ポイント


ターニング・ポイント

__ 
坂根さんが演劇を始めたのは、どういう経緯があるのでしょうか?
坂根 
中学の頃に特撮を見たんです。僕らと同じ年代の子役が、今見たら下手な演技なんですけど、泥まみれになりながら芝居しているんですよ。僕はその当時、剣道ぐらいしかしていなくて。自分は何もしていない、何かしたいなと思いまして。
__ 
なるほど。
坂根 
自分の演技を見た人にとって、それがターニングポイントになるような、そんな表現がいつか出来たらなと。それが、僕が演劇に関わっている根本ですね。
__ 
そんなに変えられたんですね。坂根さんは。
坂根 
いや、見返したらやっぱり技術的には上手じゃないんですよ。でも、そこで必死に立っているという事が分かるんです。平凡に夢もなく生きて、普通に生活出来たらと思ってた中学生だったんですけど、泥まみれで山の中でロケしてる姿をみたら、何でこの人達はこんな事をしているんだろうと考えだして。俺はなんで剣道しかしてないんだろうと。高校2年から、俳優養成所に通いだしました。

タグ: ターニング・ポイント


京都ロマンポップ さかあがりハリケーンvol.7「ニホンノカビ」

__ 
さて、京都ロマンポップ「ニホンノカビ」お疲れさまでした。大変面白かったです。
玉一 
ありがとうございます。
__ 
まずは、とにかく俳優が魅力的でしたね。玉一さんはもちろん、肥後橋さん、高田会計さんと、一言で言うなら大変奇妙な熱演だったと思うんです。目に焼き付いています。
玉一 
いえいえ。今回は本当に、各自が生きる役割を与えられたなあと思います。演出からの要求はすごく難しくて、それでも、みんなが応えていけたんじゃないかなと。
__ 
魅力的でしたね。高田会計さんが良かったですね。オルテガが何度もキャラ変するのが凄かったですね。最初はクズだったのが、結婚すると別人のように落ち着いたりとか。それが戦場に戻るとやっぱり凄絶な戦士になって。
玉一 
そうですね。今回の作品を通して、改めて、いいメンバー達とやってるなあと思ったんですよね。これまではなかなかうまくコミュニケーションを取れなかったりしたんですが、福岡のコメディフェスティバルから京都での公演とずっとやってきて、ここにきて漸くお互いの特性が分かったような気がするんです。
__ 
なるほど、作品全体のまとまりの良さの正体はそれなのですね。俳優がとても良いと先ほど申し上げたんですけど、それはつまり舞台の時間においての生き方で、ここからここまで行ったら良くないとか、そういうタイミングと加減がいちいちセンスが良いんですよね。安心して見ていられる前衛劇というか。肥後橋さんはそれが超良くて、ぞわぞわかき立てられながら見ていました。その根底に、役者同士の雰囲気の良さがあったのかな。ちょっと納得しました。
玉一 
そうですね、そこを見せるためには。
京都ロマンポップさかあがりハリケーンvol.7「ニホンノカビ」
公演時期:2013/9/21~23(福岡)、2013/11/22(京都)。会場:H732シアター(福岡)、UrBANGUILD(京都)。
国際コメディ演劇フェスティバル
公演時期:2013/9/14~10/6。会場:H732シアター。

タグ: 訳の分からないボールの話 分かりやすい面白さと芸術的な面白さの中間 生きている実感 ツアー演劇の可能性 ターニング・ポイント 正体不明のエネルギー 前衛は手法から作る人々を指す


西原さん、迷う

__ 
今日はどうぞ、宜しくお願いします。
西原 
わぁ、よろしくお願いします。
__ 
西原さんは最近、いかがでしょうか?
西原 
最近、迷っています。
__ 
どういう事で悩んでいるんですか?
西原 
この先の自分の行く末で迷っています。どうなのかな、迷ってないのかな?でも、続ける事が大事なんですよね。先輩たちを見ていたら、やっぱり続けるのが楽しいんだと思うんですけど。
__ 
なるほど。
西原 
格好良く、やりたい事をやってるんや、と言えなってきたんですね。ビビってきてるんですかね。周りの友達は結婚して子供を産んだり、家庭を持ったりしているのに。「きよみちゃんはいつまで変わらんなあ」と言われるのが昔はすごく誇らしげやったんですけど。

タグ: 結婚について ターニング・ポイント


vol.290 西原 希蓉美

フリー・その他。

2013/春
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西原

出会いの連鎖

__ 
思い返すと、カラフル3というイベント。正気の沙汰じゃないですね。
大橋 
一時間の作品を一日八本、隣接する二つの劇場で3日間。舞監が3人いるというね。
__ 
お話を伺っていると、ご出身の愛知の演劇界への思いが動機の中心にあるように思いますが。
大橋 
やっぱり、地元が好きですね。何回かあったんですけど「大橋くん、俺本気になったよ。東京行くわ」って、演劇仲間が言うんですよ。本気になってする事ってつまり、仕事を辞めて東京に行く事なんですね。ここじゃなくて。住んでるところで結果を出せない奴が、アウェーに行って何かが出来るとは思えないんです。残念ながら、よほどの天才筋か才能集団でない限り東京に行ってもしょうがないんじゃないか。一方で創作環境は東京の方が豊かなのは間違いなくて、それを引き止めるのは躊躇われるんですけど。はっきり言うと、腹が立っていて。
__ 
ええ。
大橋 
ここでやろうや、と思ったんです。ここを日本の中心にすればいいんです。まあ、カラフル3は必死の努力にも関わらず結構な赤字を出してしまいましたけどね・・・。スタッフさんたちも本当に苦しい中で尽力してくれて、カンパニーも「こんな協力の仕方見たことのない」と言ってくれたのに。でも振り返ってみると、世の中に演劇を広めるという、自分の一番最初の動機と重なる部分があって。閉塞感に対して打ち勝てたところもあるのかな。
__ 
カラフルが大橋さんに残したものは。
大橋 
借金・・・
__ 
借金以外では。
大橋 
やっぱり出会いですね。名古屋を出るキッカケにはなりました。2年間京都にいって、福岡・金沢で仕事して、大阪に移って。BRAVA!に入ったのも、カラフルのお陰という面もあります。出会いの連鎖ですね。

タグ: 生き方と世の中の為に動く ターニング・ポイント


vol.280 大橋 敦史

フリー・その他。

2013/春
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大橋

ターニングポイント

__ 
私はウォーリーさんの作品はいくつか拝見していると思うんですが、その中でも格別に印象に残っているのが、京阪電車とArtTheaterdbとの企画、「サーカストレインです。
木下 
あれもめちゃくちゃでしたね。
__ 
ちなみに私は先頭車両に座っていました。そこで、白塗りの少年が妹と別れを告げるというシーンがあって、そのシーンでホームにたまたまいたおばあちゃんとの対比がやたら絵になっていたり。
木下 
そういう感想は嬉しいです。あれも京阪電車とはやり合いましたね。当然、全裸とか無茶はNGで、でも男肉duSoleilは上半身裸だし。外の人が事件だと思うような事はしてほしくないという規制はありましたね。上の人をどう説得するか、それを考えるのは好きです。それはOSPFをやって鍛えられたところがあります。あれも、何十団体も出ている中にはアウトなのもあるんですよ。一番最初の神戸でやったフェスティバルはゴキコンが出てたんです。当然、行政からお金の出ている仕事なので、例えば子供に見せられるかどうか、過激な作品を見てこれがアートなのかという話になってくる訳ですよ。でも、行政の線引きも曖昧なんですね。そこで僕は、その線引きを「くっ」て広げてあげて面白さを伝えるのが僕の仕事だと思っています。この人たちは普段こういう表現をしているけど、この下品さはひっくり返すとアートになっていて、具体的にこういう状況だと価値を持つんですよって。アーティストにも乳首に絆創膏を貼ってもらったりして、間に入って調整するんです。それは環境づくりにおいて大事だと思うんですよね。普段アートを見ない企業とか行政の人って、分かんないんですよ。それを丁寧に批評を含めて説明するというのは、自分の創作を守るためにも大事だと思いますね。扇町の時の、むちゃくちゃをしたいという気持ちが今も残っているのかもしれないですね。あの頃は熱さしかなくて言葉を持っていなかった。
__ 
それはきっと、大変なお仕事ですね。「くっ」と曲げた部分に面白いものが存在しうるよ、という事が分かってもらえたら嬉しいですよね。
木下 
そうなんですよ。多分、僕の作品作りはOSPFやオリジナルテンポを始めてから変わったんですよ。というのは、普段の生活の中にも面白い事はたくさんあるんですよ。街を歩いてたり、電車に乗っている時にでも。それを演劇とかパフォーマンスにする事で、世の中の視点が増えるんじゃないかと。そうした作品を自分の劇団だけでやるのではもったいない。例えばフェスティバルでも出来るし、パブリックスペースでも出来るし。だから、そう思っている自分がプロデューサーをしないといけないんだと思うようになりましたね。
__ 
世の中の視点を増やすとは。
木下 
普通に生きていたら当たり前の事をスルーするんですよね。それは、あんまり生きている事にはならないんじゃないか。歳取ってどんどんそうなっていく自分がいて、やばいぞと思ったんですね。きっと。とはいえ、満員電車に詰められて通勤する会社員達も、あの中で何とか楽しみを発見しようとしているんですね、これも歳取ったから分かったんですけど。そういうお手伝いをしたい。それが爆発的に出来たのが「サーカストレイン」だったんだと思います。
__ 
一回限りの公演でしたし、すごく貴重でしたよね。最後に車掌さんが「次は100年後にお会いしましょう」ってアナウンスして。凄く面白かったです。
木下 
あの作品は自分にとってもターニングポイントでした。あれ以降、パブリックスペースでのパフォーマンスが多くなったと思います。路上って未知ですよね。韓国でやったパフォーマンスは路上で寝起きするというものだったんですが、見てる人が携帯で写真を撮ったり、一緒に寝そべってくれたり。能動的な観客っているんですよ。そうか、僕はお客さんを能動的にしたいんだと思う。
__ 
お客さんを能動的にしたい。能動的な観客が、パブリックスペースには存在しうる。
木下 
しうりますね。Instagramでみんないい写真を撮る、いわゆるアーティストなんじゃないかと思う訳で。それが、演劇作品でも同じアプローチを取れるんじゃないか。そう思いますね。もちろん、お金を取って見せる芝居とは線引きも必要かもしれないですね。
アートエリアB1 鉄道芸術祭 vol.0「サーカストレイン」
公演時期:2010/11/14。運転区間:京阪電車「中之島駅」(14:07 発)→「三条」駅(15:35 着)[往路のみ]。走る電車の中でダンスパフォーマンスが楽しめるプログラム「ダンストレイン」。今回は大阪から京都を駆け抜けます。総合アートディレクターとしてウォーリー木下氏を迎え、ダンスだけでなく、音楽や演劇などジャンルにとらわれない表現を取り入れた、ストーリー性のある内容でお届けします。(公式サイトより)
男肉duSoleil
2005年、近畿大学にて碓井節子(うすいせつこ)に師事し、ダンスを学んでいた学生が集まり結成。J-POP、ヒップホップ、レゲエ、漫画、アニメ、ゲームなど、さまざまなポップカルチャーの知識を確信犯的に悪用するという方法論のもと、唯一無二のダンスパフォーマンスを繰り広げている。
OSPF(OSAKA SHORT PLAY FESTIVAL)
演劇祭。2005年~07年に松下IMPホール(大阪・京橋)で4回(05年は春夏2回)開催。

タグ: 「く」「くっ」 路上パフォーマンス ターニング・ポイント


原点、エネルギーのもと

__ 
兵頭さんがこれまで目標にしていたものはありますか?
兵頭 
目標というとちょっと違うかもしれませんが、今現在も目標にしている事があります。いつか、カンヌ映画祭の赤絨毯に戻りたいと思っているんですね。
__ 
なるほど。
兵頭 
本当に、あの時は衝撃で。それでこの世界に入ったんです。当初は女優をやろうだなんて全然思っていなくて。
__ 
どんな体験だったのでしょう。
兵頭 
映画祭初日に赤絨毯を歩いて、お客さんが3000人からいる会場に入って、どわあって沸いた瞬間の有無を言わさず涙が出てくるあの感じ。震えが止まらなくって。巨大スクリーンに自分が出ているのがちょっと信じられなかったです。見終わった後に、スタンディングオベーションで凄い大歓声を頂いて。
__ 
どんな実感がありましたか?
兵頭 
自分が凄いというよりも、たくさんの人が一夏、一つの目標に向かって戦って。それが、自分の生の体験となったというのが凄い印象になりました。それが自分のキッカケになったし、エネルギーの元になっているんですね。原点だと思います。
__ 
そう考えると、近いようで遠い目標ですね。
兵頭 
十年後かもしれないし、二十年後かもしれない。もちろん、こんな事叶わない人の方が多いんですよ。もし叶うなら、今度はもう少し実感をもって(笑う)。

タグ: ターニング・ポイント X年後のあなた


新しい、知らない人

___ 
若旦那は、今後どんな感じで攻めていかれますか?
若旦那 
新しい人を見つけて、恩を売っていきます(笑う)。僕のターニングポイントは、大阪ショートプレイフェスティバルに参加して仕事した事なんですよ。凄い人も、誰も名前を知らない若手も、同じように15分の作品を上演するんですよね。有名無名関わらず。ABC春の文化祭にかのうとおっさんを紹介して、ABCの人に気に入られたり、ピンク地底人を推したり。知られていない人や、若手をどんどん売っていければいいなと思います。
___ 
その、ショーケースの話。確かに若手もベテランも有名無名関わらず並べる事は出来ますよね。でも、カオスにする事は出来ない・・・って、twitterのエントリがあって。一体どうすれば、混沌としたショーケースに出来るのでしょうか。
若旦那 
ジャンルにこだわらず、まず見てみて、それで面白いと思った人を推していくという事じゃないかなと思います。一つの事にオタクな人もいると思うんですが、商店街のショーウインドウに目移りするように、とりあえず気になった公演に行って、その上で面白い、ちゃんと勧められると思われるものを勧めるという事ですかね。客寄せパンダよろしく、この人で集客しようと思ってエントリしない事だと思います。
___ 
客が来るという事が条件ではない。
若旦那 
そうですね。さらに、順番一つで本当に変わるし、そもそも舞台表現がジャンルレスになってきているのもあります。例えばきたまりさんが喋ったりとかMuDAとか、マイクパフォーマンスを取り入れたり。「声も一つの踊り」と言っていました。その作品一つですでにカオスな状態もあるわけですしね。
___ 
チラシのプログラムに載っている情報だけでは、上演中の事なんて何も分からない。でも、とりあえずは、面白いからそこに並んでいるはず。通常の演劇公演でも同様ですね。まずは劇場に行かないと、面白いかどうかは分からないですが。

タグ: カオス・混沌 きたまり 今後の攻め方 ターニング・ポイント


精度、模索中

__ 
今まで、制作として関わってきた仕事の中で、「これ以降仕事のやり方が変わった」みたいな経験ってありますか?
福原 
具体的にこれ、とあげられないのですが、この半年ぐらいの自分の動きは、何年か経って振り返った時のひとつのターニングポイントになるかと思っています。あ、これではあかんなと。自分の持っている引き出しの少なさ、浅さに愕然としまして。これは色々と鍛えなと。制作のひとつひとつの作業の精度をあげていくこともそうだし、ひいては舞台人として社会で生きていく力というのもあります。
__ 
どうやって引き出しを多くしたり深くしたりするかですが。
福原 
それは今まさに模索中・・・といったところでしょうか。どうすれば、相手に満足していただける仕事ができるか、それにはどうすればいいか考えています。
__ 
いけてないと。
福原 
そうですね。ユニット美人の前回公演でも、多くの方に迷惑をかけてしまったので。

タグ: ターニング・ポイント


カーテンコールの瞬間

__ 
中谷さんは、これまでどういった活動をされてきたのでしょうか。
中谷 
中学高校と、バレーボール部だったんですけど、高校の頃はそれこそ小劇場に良く通ってました。
__ 
初めてご覧になったのは。
中谷 
劇団SHOWDOWNですね。高校の友達が出演しておりましたので。お客さんと近くて、うわツバが飛んでくるとか、こんなに近くで見てていいのとか思ってたんですけど、その後、小劇場ならではの良さに気づく事になるんですが。で、大学に入学してから劇団に入って。途中で「テフノロG」に改名したんですけど。
__ 
あ、改名されたんですか。
中谷 
2年の時にやっと大学に芝居が出来るホールが出来たんですね。それをキッカケに。
__ 
横道にそれますが、どんな理由で「テフノロG」なんでしょう。
中谷 
先輩が、「蝶のイメージを持つ名前にしたい」と言い出して。蝶の「てふてふ」という昔の表記から、テクノロジーと結びついて、その日にはイメージキャラクターまで出来ていたという行動の早さで。
__ 
なるほど。テフノロGで、何かしんどかった事はありましたか。
中谷 
しんどかった事ですか。うーん。あんまりないですね。カーテンコールの瞬間、やり遂げたという実感が湧くんですね。それと同時にその公演で辛かった事は全て忘れてしまうので。
__ 
なるほど。分かります。
中谷 
あえて言うなら、胃腸炎を2回やった事と、大学2年の夏公演で2時間半の芝居中、ほぼ半分が自分のセリフだった事ですね。
__ 
2時間半ですか。
中谷 
しかも最初の20分間は全て自分のセリフで。1週間前にようやくセリフが入ったという。まだ台本を持ってるのかって怒られました(笑う)。
__ 
危なかったですね。
SHOWDOWN
元ニットキャップシアターのナツメクニオを中心し、2001年5月に旗揚げ。既成の劇団という枠にとらわれず、いろいろな物を貪欲に吸収しながら、「頭のいらないエンターティメント」をテーマに大衆娯楽の王道を追及する。(公式サイトより)

タグ: カーテンコール バレーやってた ターニング・ポイント


「生まれいづる前の悩み」

__
山本さんは、もとは劇団飛び道具の方だったんですよね。もう、何年ぐらいになりますか。役者を始められて。
山本
13年。短大の演劇部に入った時はスタッフだったんですよ。そんなに熱心にやってた訳ではなくて。公演も年に一本くらいで。本格的に始めたのは飛び道具の旗揚げ公演でした。
__
なんていう公演でしょうか。
山本
「21世紀の森」。その時は卒業してました。誘ってもらって。
__
なるほど。
山本
フリーでやってたのは、5、6年ですね。
__
その中で、出演された中で印象の深いものはありますか。これは私の人生を変えられた、というような。
山本
・・・飛び道具の「生まれいづる前の悩み」という第二回公演が。飛んだり跳ねたりする芝居だったんですけど。私そんなの絶対出来ないと思ってたんですけど。あれが一つ、自分が変わるキッカケになりましたね。
__
どんな風に変わられたんですか。
山本
それまで単純に、自分にはこれは出来ないとかいうのが無数にあったんですね。明るい役は出来ないとか、無茶苦茶な(笑う)。
__
はい。
山本
それはお芝居を始めたばっかりだったからでしょうけども。いきなり意味なく飛んだり跳ねたりするなんて絶対出来ないと思って出演するのが恐怖だったんですが、単純に公演が終わった後私にもこんなことが出来るんだと。しかも本番がちょっと楽しかった。それまでは、芝居を続けていくか迷ってたんですが、続けることに決めて入団しました。
__
なるほど。
山本
今は出来ないかもしれませんけど(笑う)。
劇団飛び道具
京都を拠点に活動する劇団。
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