『思っている事をちゃんと言う。そして、自分が今どう思っているのかを確認してあげる』

楠  
取り繕うというのは別に二重人格だとかそういう事じゃなくて。社会での生きやすさのためにやっていることです。取り繕っている私が、ある程度批判されたり嫌われても、別にその私はいいや、嫌われたのはコーティングしてる私だからと思えます。武装しているんですね。本当の私が嫌われるのはとても怖いです。それに本当の私は基本的に嫌な事を考えているので、それを表にだすと無駄な争いを生みます。
__ 
なるほど。
楠  
だから、それをやめようと思いました。難しいですね。思っている事を言う方がよっぽど難しい。
__ 
そうですね。
楠  
次に出演する時間堂さんはマイズナーメソッドを実践されていて、その中のひとつ、リピテーションをWSオーディションでやったんですが、それが私の中ではすごい体験だったんです。今日までも、一日もそのことを思い出さない日はないくらいです。
__ 
というと?
楠  
一対一で向かい合って、自分の目に見えている事、自分が感じている事、相手が思っていると思う事を口に出して、繰り返すんです。
__ 
相手の言葉を復唱するんですね。
楠  
そうでもいいし、自分の言葉を復唱してもいいです。やめたくなったらやめてもいい。そのルールだけ説明されて「さあやりましょう」って始まりました。私、その相手の人とめっちゃやりにくかったんです。正直ハズレを引いたとすら思いました。でも、そんな事口に出せないじゃないですか。
__ 
普通はね。
楠  
モヤモヤしていたら黒澤さんが来てくれていて、深呼吸して、手に力が入っているその手を言葉にしてみてと言われました。それが衝撃でした。「やりにくい。やりたくない」って初めて口に出しました。それから私は、いかに自分が思っている事を口にしていなかったかに気がつきました。ちゃんといろんなこと考えているはずなのに口元に高性能のフィルターがかかっていて、選別された言葉しか出していなかったんですね。
__ 
なるほど。でもそれは誰でもそうですけどね。
楠  
そう、誰でもそうなんですけど。私にはそれがすごくショックだったんです。私はこんなに取り繕っていたんだと。自分の汚さも知りました。ワークの後に感想を言い合う時間があって、よれよれでそのことを伝えたら、黒澤さんは「さっきまでの笑顔のあなたより、それを言う今のあなたの方が魅力的だよ」と言ってくれました。私は特に高校生くらいまでが生きにくくて、大人になるにつれて自分を上手に取り繕えるようになり、ある程度の生きやすさをどんどん獲得していってたんです。でもこの一言で、それを辞めようと思いました。『思っている事をちゃんと言う。そして、自分が今どう思っているのかを確認してあげる』。
__ 
それが、「暗闇から手をのばせ!」と、時間堂のオーディションで得た事なんですね。
楠  
とても幸せなことなのですが、私はいま求めている世界に立てている事にある程度充足しています。twitterに書く事も減りました。私はtwitterが好きで、これまでは実際に口にできないけど考えていることはここに書いていたんです。少しだけ自分のことわかってほしいって願いをこめて、やってたんですけど。それはもう必要ないんですよ。
__ 
ぶっちゃけましたね。
楠  
でも、まだまだだと思います。思った事を言えないこともあるし、やりたい事だってあります。もっと自分に「今はどう?」って聞いて、確認してあげたいです。
時間堂
時間堂は、演劇をつくる団体です。1997年から活動をはじめて、東京を本拠地としています。代表者は黒澤世莉です。(公式サイトより)

タグ: 俳優の「素」を生かす 外の世界と繋がる もう、辞めたい


vol.381 楠 海緒

フリー・その他。

2014/春
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楠

経験と総括・2

__ 
山野さんがお芝居を始めた経緯を教えてください。
山野 
高校2年の時に文化祭で、クラスで演劇を作る事になったのが人生最初の舞台でした。ちなみに、高校の時の担任の先生が劇研アクターズラボの田中遊さんの公演クラスに参加していたんです。渋谷善史さんという方で現在も田中遊さんのユニットの正直者の会.labで活動されています。その渋谷さんのクラスで文化祭に出て舞台に立ったのが最初です。
__ 
いかがでしたか。
山野 
良かったです!!すごく褒めてもらえて・・・。高校時代の唯一のいい思い出ですね(苦笑)重要な役でプレッシャーも大きかったし、仲間同士で衝突もしたりで大変でしたけど・・・。本当にやっておいて良かったです。僕の人生を大きく変えた出来事でした。しかし、その舞台の直後に急激に体調を崩しまして・・・病院に行ったところある精神科の病気になってしまっていたんですね・・・。実は育った家庭の環境が非常に悪くて・・・物心ついた頃からあまり自分の家庭が好きではなかったんです。そのストレスからか高校に入学した頃から体調も精神状態も悪く、騙し騙し必死に耐えていたんですが、ついに溜まりに溜まったフラストレーションが爆発してしまって・・・。以来学校にもまともに通えなくなり、処方薬依存でボロボロの状態で勉強どころではなくなってしまって・・・。なんとか高校は卒業できましたが当然受験勉強も進学出来ずそのまま自宅に引きこもるようになってしまったんです。
__ 
なるほど。
山野 
それからしばらくブランクが空くんですが、22歳の時にインターネットで某演劇サークルがメンバーを募集していてそこに入ることにしたんです。理由としては当時の僕は仕事も勉強もできていない、友達もほとんどいない、まあニートだったわけで・・・(苦笑)それが嫌で少しでも社会との接点を持たなくてはと思ったんです。「あの時素晴らしい経験を与えてくれた演劇なら自分に希望を与えてくれるのでは・・・」という思いで(苦笑)で入団してしばらく活動していたんですが正直ものすごく面白くなかったんです。考えが甘くて、だらだらしてて。あまりにも演劇を趣味として見ていたので。
__ 
つまり、良くなかったんですね。
山野 
そうですね・・・。そこでしばらく悩んでいたんです。「そのサークルを辞めようか・・・しかし辞めたところで全くの無名の僕がどうやって芝居を続けるのか?いや自分が頑張ってそのサークルを立て直すべきなのか?しかしそのサークルの方達とは根本から考え方が違うのでは?」とかウダウダ考えている矢先にふつうユニットの廣瀬信輔さんと出会ったんです。確か2011年の1月だったと記憶しています。そこで廣瀬さんに気に入ってもらえてふつうユニットの「スペーストラベラーズ」という作品に出演させていただいたんです。その現場で廣瀬さんや他の共演者の皆さんに良くしてもらって・・・随分久しぶりに同年代の人達と関わることができて、喋って、遊んで、作品を造って・・・本当に楽しい現場でした。これをキッカケとして人と関わることを覚えて、徐々に引きこもりからを脱出することができたんです。
__ 
廣瀬さんと出会ったのはどんな経緯が。
山野 
谷さんが参加されていた、劇研アクターズラボの「恋愛論」という作品の挟み込みに、ふつうユニットの出演者募集のチラシがあったんです。当時の僕は今以上に演劇のことを何もわかっていませんでしたから・・・堅苦しいチラシとかだったら逃げ腰になってしまって絶対行けなかったと思うんですけど、そのふつうユニットのチラシがまあ、そのあまり上手くない絵が表にデカデカと描いてあって(笑)書いてあることも砕けた内容だったのでここなら自分でもと思い連絡をとってみたんです。そしたら連絡してきたのは僕一人だけだったらしくて(笑)それがきっかけで(苦笑)もしそれが無かったら現在の自分はなかったかもしれませんね(苦笑)

タグ: 俳優のブランク 自分を変えた、あの舞台 文化祭前夜 劇研アクターズラボ 高校演劇 ひきこもり もう、辞めたい


vol.364 山野 博生

フリー・その他。

2014/春
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山野

決める

__ 
西分さんが演劇を始めたのはどんな経緯があるのでしょうか。
西分 
高校2年に、演劇部に誘われてお手伝いしたのが最初です。実はそこに四方さんもいて。四方さんは学校の有名人で、プレゼンテーション大会でクラスの代表として出てたんですが、明らかに四方さんだけ空気が違ったんですよ。お芝居をテーマにしたプレゼンで、良く言えば異色の、悪く言えば浮いてるぐらいの。変わった子おるなと思ってたら、演劇部の友達が人手がいないから手伝ってと言われたので。
__ 
なるほど。
西分 
でも、高校演劇の2年間で演劇は辞めようと思ってたんですよ。もう一度始めようと思ったのはピースピットのHYTですね。
__ 
節目があるんですね。
西分 
節目ごとに、何回も辞めようとは思ってるんですけどね。就職の途中でもう無理だと思った時もあったし。でも、壱劇屋に入って、今はもう続けようと決めましたね。
__ 
壱劇屋に入ったのはどんな経緯が。
西分 
HYTのメンバーに竹村さん安達さんがいて、仲良くしてもらって。第7回公演に見に行って、面白くて。それで一緒にやらへんとなって。第9回公演からずっと出て、でも劇団員じゃないというポジションでしたね。普通に就職するつもりやったんで、自分はいつかやろうと思ってたんです。「新しい生活の提案」という作品の時に、同じような立場だった坪坂さんと話したんです。私たちは、このまま就職して壱劇屋に関わらなくなった時に、後悔するんじゃないかと。この人達は面白いし、上に行く人達だと思っているんです。どうなるとしても見届けられないというのは嫌だなあと。端っこでもいいから見ていたいと。坪坂さんとそういう話をして、腹を決めたんです。3年半ぐらい迷ってたんですね。最終的には見届けられる人になりたいなと。
劇団 壱劇屋 第16回公演『新しい生活の提案』
公演時期:2012/2/10~12。会場:LOXODONTABLACK。

タグ: 高校演劇 迷っています ピースピット もう、辞めたい


外へ

__ 
そもそも、木皮さんが表現を始めたのはどういう経緯があるのでしょうか。
木皮 
それはですね、僕、中高とひきこもりだったんですよ。ひきこもりを辞めようと、まずは大学入学から始めました。僕の出身は電車が2時間に1本しか来ない田舎なんですが、その時、映画「ウォーターボーイズ」のように全員で一致団結するみたいなのに憧れていて。その思いが昇華出来そうなのは美大なんじゃないかなと。それで多摩美大造形表現学科映像演劇学科に入学しました。最初は、映画を撮ってたんですよ。
__ 
なるほど。
木皮 
8mmフィルムを使った撮影技術を教えてくれるんですけど、ちょっとこれは「ウォーターボーイズ」とは違うなと思って、途中で演劇にコースを変えました。
__ 
そこで演劇に出会ったんですね。最初の授業はいかがでしたか?
木皮 
何を思ったのか、演出をやりたいと言ってしまって。何も知らないのに。脚本は、清水邦夫さんの「朝に死す」という二人芝居。ものを作った事がない18歳だったので手探りだったんですけど、出来上がったものが目の前にあるという衝撃がありましたね。最初に演出をやって、その感覚を持てたのは大きいですね。新鮮でした。

タグ: 正体不明のエネルギー もう、辞めたい


vol.320 木皮 成

フリー・その他。

2013/春
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木皮

重なる背中

__ 
鈴木さんがお芝居を始めたのはどのようなキッカケが。
鈴木 
元々は、地元いわきの高校の演劇部からでした。でも、2年くらいからあんまり部員と上手くいかなくて。大学に入ってどのサークルにしようかと思ってたらやりたい部活がひとつもなくて。やっぱり演劇部に入ろうかと思って劇団紫に入りました。でも、もやもやした気持ちで・・・そしたら、大学1年の春休みに帰省した時に、東日本大震災を経験したんです。しばらくは放心状態というか、演劇をするとか全く考えられず、芝居自体をすごく嫌なものだと思ったこともあって、大学2年の秋の公演で演劇部自体をやめようと思っていました。そうしたら、2年生の10月公演が終わった時くらいに笑の内閣の高間さんから外部出演のお話を頂いたんです。「ヅッコケ三人組の稽古場有料化反対闘争」という作品。学生だけの公演とはちょっと違うんですよね、共演している方々も意気込みが違うし。初めて、芝居が楽しいと思ったんです。今までは、本番を迎えるまでに必ず1回は「もう辞めよう」と思ってたのに。
__ 
なるほど。
鈴木 
外部に出た時はそういう後悔が1回もなくて。それが、みんながお芝居に没頭している理由なのかなと思ったんです。
__ 
「ヅッコケ三人組の稽古場無料化闘争」。傑作でしたね。面白かったです。その後は「非実在少女のるてちゃん」でしたね。鈴木さん演じる腐女子の妄想シーンが評判が良かったですね。
鈴木 
実はKAIKAで、のるてちゃんの公演を見て。聖羅さんがのるてちゃん役でのびのび演技しているのを見て、羨ましいなあと憧れたんです。私がよく分からないまま演技しているのに比べて・・・。だから、今自分が実際にその場に立って、当時の自分が憧れるに相応しい演技をしているだろうかと。そういう事を考えています。石原正一さんが「筋肉少女」に私を呼んで下さった理由を聞いたんですが、「『のるてちゃん』での私の演技が伸び伸びしていて、いまこれだけ演技をやれている人がいるならオファーしたい」と仰って頂いたんです。そういう気持ちは演技に出るのかなと思います。
__ 
そう、石原正一ショーではテリーマンの娘役でしたね。
鈴木 
物凄く貴重な体験でした。周りの方々は全員私より断然経験の差があって、どうしていいか分からないくらいの。私なんかで大丈夫かと思っていました。
第14次笑の内閣ヅッコケ三人組の稽古場有料化反対闘争
公演時期:2012/1/20~22。会場:東山青少年活動センター。
第16次笑の内閣 「非実在少女のるてちゃん」全国ツアー
公演時期:2012/8全国各地でツアー。
石原正一
演劇人。石原正一ショー主宰。1989年、演劇活動開始。1995年、"石原正一ショー"旗揚げ。脚本演出を担当、漫画を基にサブカル風ドタバタ演劇を呈示。関西演劇界の年末恒例行事として尽力する。自称”80年代小劇場演劇の継承者”。外部出演も多数。肉声肉体を酷使し漫画の世界を自身で表現する"漫画朗読"の元祖。"振付"もできるし、”イシハラバヤシ”で歌も唄う。(公式BLOG『石原正一ショールーム』より)
第27回石原正一ショー「筋肉少女」
公演時期:2013/5/1~3(東京)、2013/7/5~8(大阪)。会場:こまばアゴラ劇場(東京)、in→dependent theatre 1st(大阪)。

タグ: 伸び伸びと演技 石原正一ショー 石原正一 妄想 もう、辞めたい


vol.318 鈴木 ちひろ

フリー・その他。

2013/春
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鈴木

毎回違うものを提示するのが・・・

__ 
男肉の魅力を教えて下さい。
高阪 
やってる側の魅力なんですが、すごくスリルがあるんですね。僕らは台本を使わずに全て口立てで行うんです。だから、本番直前どころか本番中にもセリフが変わるんですよ。
__ 
というと。
高阪 
袖で団長が、「この回で○○○○って言え」って来るんですよ。団長はかっちり固まったものを作りたくはないみたいで。生でやっている以上、毎回違うものを提示するのが醍醐味だと考えているようです。それを味わえるのが役者としては楽しいですよね。観る側としてはどうか分かりませんけれども。
__ 
個人的な話ですが・・・何故こうまで私は男肉に執着するのか。それは多分、その一過性なんじゃないかなと思うんですよ。当時就活していて、演劇を辞めようと思っていたんですが、ピリオドを見た時に、そういう一瞬の熱狂だけを追い求める男肉パフォーマンスに立ち会う事が出来て。
高阪 
はい。
__ 
一時いっときのパフォーマンスが、とにかくその時だけのものだと気持よく割り切ったスタイルに元気づけられました。悪趣味なまでに自分達の好きなものを詰め込んで、100%のオナニーの強度を信じる男肉。可能性を実感したんですね。人間の出来る事には限界があって、でもベストを尽くせばそれで良いんだと。男肉の魅力は、そうした、一瞬にして生まれるアイデアの冴えにある。
高阪 
僕もそこは魅力だと思います。作り方が独特なんですね。自分たちの好きなものをどんどん放り込んでいく。面白いと思っているものについての雑談で稽古が終わった事があるぐらいです。

タグ: 表現=「自己満足、オナニー」? 悪意・悪趣味 もう、辞めたい


バランスについて

__ 
芝居を辞める事について、考えた事はありますか?
高橋 
烏丸ストロークロックの公演に参加していたんですが、それが終わった時期にやめようと思いましたね。今はずっと続けていこうと思っています。やっぱり、一度辞めようとしたからそう思えるようになったと思うんです。
__ 
辞める理由はどのような。
高橋 
やっぱり、生活とのバランスですね。演劇を続けようとするとどうしても仕事生活とバランスが取れなくなってくるんですよ。お金が無くてもやりたいことが出来ていたらいいという人もいますけど、私はそういうふうにはなりきれなくて。
__ 
そうですね。
高橋 
仕事をしていると、どうしても責任が発生するので演劇に割く時間が少なくなる。以前、鈴江さんの作品に2回参加させてもらった事があるんです。鈴江さんは「フリーターで芝居やってる奴より公務員の方がよっぽどいい演技する」って仰るんですよ。最初はどういう意味か分からなかったんですけど、責任感の問題だったんですね。演劇は、自分が選んでやっている事なんですけど、だからこそ責任を持って参加するようになりました。
__ 
なるほどね。個人的には、演劇がサイドビジネスになるぐらいにまでなったらいいんじゃないかなとか思いますけどね。バイト+演劇で月収35万いくみたいな。
高橋 
この間、リーディングで共演した人がオーストラリアで聞いてきたというお話なんですけど。向うの病院で、がん告知などの患者さんとのコミュニケーションに備える研修に役者を使うらしいんですよ、アルバイトで。
__ 
そういう風に、社会が演劇を必要とするケースはもっとたくさんあるんでしょうね。まだ発見されていないだけで。
烏丸ストロークロック
1999年、当時、近畿大学演劇・芸能専攻に在学中だった柳沼昭徳(劇作・演出)を中心とするメンバーによって設立。以降、京都を中心に、大阪・東京で公演活動を行う。叙情的なセリフと繊細な演出で、現代人とその社会が抱える暗部をモチーフに舞台化する。(公式サイトより)
鈴江俊郎氏
劇作家。演出家。office白ヒ沼代表。

タグ: 繊細な俳優 社会、その大きなからくり もう、辞めたい


vol.216 高橋 志保

フリー・その他。

2012/春
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高橋

質問 渡辺 綾子さんから 山本 大樹さんへ

Q & A
__ 
前回インタビューさせて頂きました、同じくイッパイアンテナの渡辺さんから質問を頂いてきております。「役者じゃなかったら何していましたか?」
山本 
そうですねー。役者をしたいという気持ちが根本的過ぎて、逆に気付かなかったんですよ。色々考えて、消去法的にやっと役者に辿り着いたんですが、その前は先生になりたかったんです。
__ 
あ、そうなんですね。何だか似合うと思います。
山本 
ありがとうございます、で、教職課程を取ったんですよ。でも授業には全然行かなかったんです。最低ラインで合格すればいいと思っていたんですが、その前に何故先生になりたいのか考えないとあかんと。整理して考えてその答えが出なかったら辞めようと思って一日考えたんです。最終的な答えは青春ドラマでの先生になりたかったんだと自覚して。文化祭でも生徒の自主性に任せるんじゃなくて、これやろうぜ、って言っちゃうんだろうなって。だから、その道は辞めました。

タグ: もう、辞めたい


どんどん追い続けていると

__ 
さて、古野さんがお芝居を始めたのは。
古野 
高校二年生の時です。それまでバンドを組んでたんですけど、バンド仲間が関わっていた公演にノリで行って。鴻上尚史の「天使は瞳を閉じて」。それから演劇部に手伝いに行ってたんです。スタッフワークが楽しかったんですよね。セットを作ったりとか。
__ 
続けている理由は。
古野 
何というか、「ここまで出来た」っていう状態になっても、まだ分からない部分が出てくるところでしょうか。それをどんどん追い続けていると、辞めようにも辞められないんですね。ありがたい事に、大学に入ってから演劇をしていない時期はないですね。

タグ: 鴻上尚史 もう、辞めたい 自分は何で演劇を


vol.163 古野 陽大

フリー・その他。

2011/春
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古野

演劇自体辞めていたかも

__ 
今まで出演された舞台で、印象に残った舞台は。
森田 
ロクソドンタブラックのフェスにPASSIONEで参加した事ですね。小屋に入ってからも高揚した感じ。集客でも助けられて、満席で本番を迎えられる事の充実感と、それで役者もどんどん輝いていって。三位という結果がついてきたんです。まぁ、結果に作・演出の蟻蛸蛆は満足してませんでしたけど、全体の高揚感が印象に残りましたね。
__ 
なるほど。
森田 
それからもう一つ、大阪のあるプロデュース公演に出演した時に、自分に求められている事が全然違ったので苦労した経験があります。
__ 
というと。
森田 
PASSIONEだと台本が宛書きで、その人が自然に出来る上に輝けるみたいな役を与えてくれるんですよ。それに慣れきっていたんですよね。で、与えられた台本には当時の私には考えられないような役どころが載っていて。それでも頑張ったんですけど「違う」って言われて。
__ 
ええ。
森田 
周囲に迷惑を掛けてしまって、稽古のペースについていけず、蟻蛸蛆に泣きついたり。眠れない日が続きました。結局、役は変更になりました。その時に強く感じたのは、私は演出に「違う」と言われても何がなのか分からないし、稽古が始まったらパニックになるし、結局役者が向いていないんだなってことですね。辞めようかなと思っていたんです。もし「0100」と「Ex.人間」が決まっていなかったら、あの時に演劇じたい辞めていたと思いますね。
__ 
なるほど。
森田 
大阪は京都みたいにゆっくり稽古しないよ、って言われたんですよ。稽古してもお金もらえないからねって。京都だと最初は台本が出来あがっていない事が多いと思うんですけど、大阪だと台本も音楽も全部出来ていて。はい、覚えてきてねって渡されるんですよ。
__ 
そうですね。
森田 
それをケロっとした顔で年間何本もこなせる人が何人もいる。演出が「これやって」って言われたらすぐに対応出来る人が揃っている劇団もある。
__ 
大阪のペース、京都のペース、ほかにも東京や名古屋や福岡や、都市によって色々ペースが違うかもしれませんね。
ロクソドンタブラック
大阪市阿倍野区の劇場。
ピンク地底人饒舌の第五回公演「EX.人間」
公演時期:2009/10/17~18。会場:ロクソドンタブラック。

タグ: もう、辞めたい


質問 松居 大悟さんから 松葉 祥子 さんへ

Q & A
__ 
前回インタビューさせて頂いた方から質問を頂いてきております。ゴジゲンの松居大悟さんからです。1.初体験のエピソードを教えて下さい。
松葉 
何の初体験ですかそれは(笑う)。
__ 
ご自身で読み替えて頂ければとしか言いようがないですが、個人的には初舞台の感想とかお聞きしたいですね。
松葉 
初舞台。私が東京の小劇場に初めて立ったのが「ひげ太夫なんですよ。
__ 
あ、そうなんですか!
松葉 
役者を目指していた頃色んな事があって、辞めようかなと思っていた時にチラシを見たのがキッカケです。ワークショップに行かせてもらって、舞台に立たせて貰ったんですよね。最初は出来なかった事が、練習を重ねて出来るようになったんです。努力すれば側転とかが出来るようになるんだなって。
__ 
2.こいつ、俺の事が好きなんじゃね?って思う瞬間は。ちなみに松居さんはそう思った瞬間、相手の事が怖くなるそうです。
松葉 
うーん、気のせいだろうと思って、自分が意識しすぎだろって思うんですが。あ、休みの日の予定を聞いて来られた時かな。

ひげ太夫
ひげの女優たちが、その鍛え上げた肉体から、次々と繰り出してくる、濃いネタ、熱い殺陣、予想を裏切るストーリー。役者は全部女。一体これ、時代はいつで、どこの国なのか。必要以上に男らしい男が、舞台に居座り、話を込み入らせる。なまめかしい女も、ふとしたことで、ひげをはやす。(公式サイトより)

タグ: もう、辞めたい


vol.154 松葉 祥子

フリー・その他。

2010/春
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松葉

何でも言い合うし、喧嘩もするけど・・・

松葉 
縁があって事務所に所属させて貰って、舞台だけじゃなくて映像の仕事もさせていただいて。小さな役でも、演技でお金をもらうっていうのはこういう事なんだなって。お金って一番分かりやすいじゃないですか、仕事の成果として。初めてもらったとき、仕事として演劇を選んだんだなって実感しました。
__ 
今まで俳優をやってきて、思い出深い仕事はありますか?
松葉 
一時期舞台にも呼ばれないしオーディションは落ちるしってのを繰り返していて。友達はそれでも舞台に出てる。自分は才能無いのかな、辞めようかなと迷っていたんですよ。その時、1年ぶりにelePHANTMoonの「ブロークン・セッション」という舞台のオーディションに受かって、サンモールスタジオという劇場の舞台に立ったんです。
__ 
なるほど。
松葉 
それがサンモールスタジオ2009年度の最優秀女優賞を頂いたんですよ。それが、ずっと続けてきた成果なんだろうなと。今回の芝居でも、もう少し続けようって、自分の先をもう少し見たいと思い直しました。
__ 
なるほど。頑張ってください。どんな形でもよいと思います。
松葉 
ありがとうございます。演劇って自分にとって家族のようなもので、何でも言い合うし、喧嘩もするけど時間が経ったら謝りあえるし、とにかく無条件で自分を受け入れてくれるんですよね。
__ 
演劇から遠ざかった経験とは?
松葉 
3年位前に自分で公演をプロデュースしたんですけど、その時に色んな人に迷惑を掛けちゃったんです。
__ 
ああ、ハセガワアユム(MU)さん脚本の。昨晩ネットで検索して知って、びっくりしました。
松葉 
私も昨晩、こちらのサイトを見て、ハセガワさんだって(笑う)。それでもみなさん頑張って下さって、上演出来たんですよ。当たり前のように思ってたんですけど、公演の幕が開くって奇跡なんですよね。それでもさすがに演劇からは遠ざかったんですが。
__ 
ええ。
松葉 
でももう一度受け入れてくれたんですよ、その時に、私にとってこれは家族なんだなと思いました。喧嘩もするけど、上手く行かないときもあるけど、いつの間にか寄り添ってくれている。
サンモールスタジオ
劇場。新宿区。
MU
ハセガワアユムが主宰とプロデューサーを兼ねる、演劇界では珍しく劇団ではない個人ユニット。名前の由来は、魑魅魍魎の劇団名が溢れる小劇場の中で浮くべく「徹底した意味の無さと妖しさ」を元に命名。(公式サイトより)

タグ: 映像の現場 もう、辞めたい


vol.154 松葉 祥子

フリー・その他。

2010/春
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松葉

これは人生、損してるな。

__ 
大下さんが芝居を始めたのはどうしてなんでしょうか?
大下 
どうしてでしょうね・・・? 以前はピザ屋の店長をやってたんですけど、デリバリー中に事故って記憶喪失になったんですよね。それからの記憶がなくって。
__ 
ええっ。
大下 
でも2日後ぐらいにはお店で働いていたんです。これ、もうやっとれんなと。1日16時間とか働いていて、プライベートの時間が無かったんですよ。これは人生、損してるな。そう考えたんですよね。
__ 
なるほど。
大下 
だから他の事をしようと。何がしたいなというのは無かったんですが。
__ 
記憶喪失というのはすごいですね。
大下 
何も覚えてないんですよ。1日おいて店に出てきたんですけど・・・その日、チェーンの上の人が店に来て、僕の肩を叩いて言うんですよ。
__ 
なんて。
大下 
「おうお前、サイボーグか」って。それ聞いた瞬間、辞めようと。いや、別にその人にも悪気はないと思うんですよ。普段も良い人だし。
__ 
その一言も、労おうとしたんでしょうね。
大下 
でも、僕はそこでやめようと思いました。このまま吸い取られるみたいに自分の時間がないというのは悲しいと。

タグ: もう、辞めたい


質問 中屋敷 法仁さんから 山口さん・西尾さんへ

Q & A
__ 
前回インタビューさせて頂いた、柿喰う客の中屋敷法仁さんからご質問を頂いてきております。「立川談志さんが、『親を大事にしない奴は信用出来ない』と言っています。どうだ」。という。
山口 
親関係ですか。ちょっと重い話ですけど、大学を辞めようか悩んで、先日親に相談したんですよ。映像系の学校に行き直して進路を変えたいと。
西尾 
ああ・・・。
山口 
何言ってるんだと。遊んでないで帰ってこい、バカタレと。いくら活動するにしても大学だけは出ておけと。その頃は必死過ぎて視界が狭くなってたんですよね。大学に充てる時間を自分の映像の勉強やヨーロッパ企画に掛けたくて。結局3日間、親と話して。
__ 
なるほど。
山口 
就職先は自分の希望通り、映像関係に就く事は認めてもらって、でも今の大学だけは卒業する事に決めました。
__ 
偉いですね。いや、親と向き合うのもそうだし、自信の進路を持ってそういう風にきちんと喋れるって。
山口 
社会情勢的にも、自分の進路は間違ってないと思ってて。父親と母親と喋りました。特に親父とは絶対に話しあわないと納得してもらえない。もう、話すしかないんですよ。
西尾 
もう、解決はしたんですか?
山口 
してないですね。とりあえず大学を卒業する時期で。今は普通に大学生しています。思い知りましたね、絶対に大学とヨーロッパ企画は両立ムリです。どっちかがおろそかになるんで。上手い事出来なかったんですよ。
__ 
西尾さんはどうですか?
西尾 
大事にはしてますね。核家族とか、夫婦で二人暮らしとかは出来ないと思いますね。親とかその上の世代を排除した環境って想像出来ないですね。結婚するにしても、嫁入りか婿入りか。
山口 
同棲の憧れってないんですか?
西尾 
相手がいないと一人だけになるっていうのが怖いんですよ。親の意見が聞けない生活って考えられない。
山口 
二人で暮らしたいっていうのはないんですか?
西尾 
あるにはあるんですけど、二人だけの価値観だけになるってのが勿体無いんですよね。8人くらいで暮らしたいです。ウチ、祖父と祖母がめっちゃくちゃしんどい人なんですけど、それを見られる毎日の方が絶対濃いんですよ。
山口 
中々聞かないですね。いや、ちょっとプライベートな時間を一番内側に持ってくるんじゃないかなと。親とかは一段階外に置いて。僕、結構一人で居れるタイプなんですけど。
西尾 
一軒家に住んでると、襖一枚があれば結構知らないフリが出来るじゃないですか。だから1階・2階で完全に区切れるんじゃないかなって。大家族だったらこうなると思いますよ。

タグ: 結婚について もう、辞めたい


稽古場がないからって

__ 
今、お芝居を続けている理由とは。
山口 
何でしょうね。前は、お芝居を好きだから続けているという人をバカじゃないかと思ってたんですよ(笑う)。何も儲からないし。好きだからって。子供かと。今は、自分がそうなってるんですけど。
__ 
あはは。
山口 
前は色々考えていて、理由も沢山あったんですけどね。
__ 
どういう機会で考えが。
山口 
以前、これからの演劇の活動について考えるみたいなシンポジウムに出席した事があったんです。いま何が問題で、今後どう環境づくりをしていくか、というテーマを演劇の制作者や評論家の人が喋って、お客さんも参加するみたいな。そこである俳優さんが言ってたんですよ。その人本番明けでお酒も入ってたんでしょうね、(ちょっと舌足らずに)「ちょっとね、色々分からない。難しい事は分からないんですけど、やりたいからやってるんスよ。問題があったら、例えば稽古場が無ければ探すし、寒ければ毛布持ってくるし。それぐらいの事なんですよ」って。それ聞いてて、ホントそうだと思ったんですよ。僕の周りの稽古場や劇場が減ってる。けど、それで芝居を辞めようなんて思った事ないんですよ。
__ 
そうですね。
山口 
ないならないで見つけたり、外でやったりする。稽古場がないという理由で芝居辞めた奴なんて聞いた事ないですからね。辞める時なんて、他の事に興味が移ったりとかそういう事でしょう。
__ 
まあ、芝居をやろうと思ったらそこにたまたま無料で使える稽古場があったというだけの事ですからね。

タグ: もう、辞めたい 自分は何で演劇を


物凄いエネルギー

_  
今後、蜜さんはどんな感じで。
蜜  
NHKの朝の連ドラに、ヒロインのお兄さん役で出る、という目標がありますね。
_  
それはいいですね。
蜜  
漠然と(笑う)。まあ、これは冗談ですけども。・・・THE RABBIT GANG TROUPEでの公演をやらせてもらって、それ自体は楽しかったんですが。何かもう、いいかな、と思っていて。もちろんやってたんですけど、燃えてこないんですね。SHOWDOWNをやっていた頃はチャリ乗りながら寝てた事もあるほど出来たんですけどね。
_  
マジすか。
蜜  
入院していた時期もあって、辞めようかなとすら思ってたんです。そういう中、HOMURAの公演で河瀬君と出会ったんですよ。河瀬君はSHOWDOWNでの出演も見てくれていて、声を掛けてくれてやっぱり嬉しかったんですね。大学の3~4年で劇団を立ち上げていたりとか、そういう子らの力になりたいなと。
_  
なるほど。
蜜  
まあ、もちろんお互い利用しあうみたいなのもあるんですけど(笑う)、この子らと一緒に売れたらいいなと。
_  
なるほど。ところで、ZTONの魅力というのは。
蜜  
ZTONの魅力か。あー。
_  
まあ、もちろん若さというのがあると思うんですけども。
蜜  
ああ・・・。あいつらに魅力!?(笑う)彼らと一緒に芝居を始めた時、河瀬君の家に飲みに行ったんですよ。したらSHOWDOWNのビデオがあって、そこで僕が台本1ページ分の一人台詞を言うシーンを見せられたんですよ。「僕これ完コピしましたよ」とか言ってコイツ馬鹿じゃねえのと思ったんですけどね(笑う)。でも、そう言ってくれるのは嬉しかったですし。彼らは団員が9人いて、スタッフワークが9人で賄えているんですよね。まあ、ありふれた言葉ですけど可能性を感じたんですね。
_  
考えてみれば、それは凄いですよね。
蜜  
ZTONの旗揚げというのは、河瀬君が3回生の時だったんですよね。3回生でですよ。その時についてくる人がそんなにいたんですよ。劇団を作るって物凄いエネルギーが要るじゃないですか。羨ましいんですね。近くで彼らを見ていたいし、何らかの形で関わりたいんですよ。そういう、人間の熱さというか。言えてないんですけど。
_  
それでは、役者としてはどんな感じで今後攻められていきますか。
蜜  
そうですね・・・。基本能力として、演出家の感覚をちゃんと表現出来る役者にはなりたいですね。当たり前の話ですけど、その役者が立っていると、客が安心する役者っているじゃないですか。
_  
その世界観に調和しているというか、ちゃんと世界の中の人としていてくれると物凄くなじむというか、安心しますよね。
蜜  
演出家に、舞台を任せられる役者になりたいんですね。舞台の広さを、自分の支配下に置きたいというか。出てきた瞬間に、舞台上を把握してしまうというか。
_  
安心しますよね。
THE RABBIT GANG TROUPE
京都を中心に活動する劇団。
ナツメクニオ氏
SHOWDOWNの作家・演出家・俳優。
少年
少年は、2003年度に京都大学劇団ケッペキを卒団した松本健吾(以下少年A)と延命聡子(以下少・F・年)を中心として、京都を拠点に活動する演劇サークル。(公式サイトより)
神戸アートビレッジセンターKAVC
神戸市兵庫区新開地。演劇・美術・映像・音楽などにかかわるさまざまなアーティストたちの制作・練習・発表の場(公式サイトより)。
河瀬氏
劇団ZTON代表。作家・演出家・俳優。

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それから色々な業務に関わっている小林さんなのですが、今後はどうなっていきますか。
小林
結構、ドライで現実的な性格ですので・・・。大学に入った時にこんな考えを持っていまして。3回生後半から就職活動するじゃないですか。その時点で自分に芽がないと思ったら演劇を辞めようと。それをファックさんに言ったら「芽がないってどこで判断するの」て笑われたんですね。性急に色々な事を決めてしまう節があるんですが、20代のうちは迷ったっていいんだと思うようになりまして。色々な事をやっていいんだと思っています。
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では、もし、今後小劇場で生きていくとして。自分の成長に必要なものはなんですか?
小林
自分をプロデュースしていかなければならない、という事ですね。「ブレヒトだよ!」の企画で、100人にチケットを渡しに行くという企画をやっていまして。
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やってますね。
小林
そのチケットを売る為に、人に知って貰わないと駄目じゃないですか。つまり、宣伝の事ですね。
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では、今ご自分に欠けているものと言えば。
小林
それは最近言葉に出来たんですけど、「失敗を恐れない」。衛星は、世代的に私の上は結構あくんですね。特に役者間は。稽古場で作品を作る時に、役者も色々アイデアを出すんです。で、自分は年が下というのもあって、「絶対こんなん通らへん」「スベったらどうしよう」って思って言わないというのがあって。そういうのが良くないなあと。何か、それで何も出来なくなったらどうすると。
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まあ、勇気ですかね。
小林
で、こないだ笑の内閣さんに出させて貰った時は意見を言いやすかったんですよ。環境的にも。衛星でも自分の発言を臆せず言えるようにならなければ、と思います。

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